旅行・地域

September 17, 2017

綾界隈@台風18号到来の宮崎

【9月17日天気図】
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 9月になって涼しくなり、山のシーズン到来というわけで、連休は山登りと温泉で楽しもうと思っていたのだが、そこへ連休を狙ったかのように、大型の台風18号が、進路が不安定なまま九州に向かってきて、予定がまったく立たなくなったので大人しく前半はインドアで過ごしていた。
 そして16日の夜には、台風の進路がはっきりし、17日の午前中に鹿児島上陸ということで予測が立てやすくなった。
 その日は綾町の温泉宿「酒泉の杜 綾陽亭」に予約を入れていた。当たり前のことながら、旅館というものは、当日にキャンセルをするとキャンセル料を取られるのだが、このときは数日前に宿からあり、「台風の場合はキャンセル料はとりませんので、キャンセルされる場合は早めにご連絡お願いします」との電話があり、なかなか出来た宿と思った。
 当日になり、天気図をみて計画をねる。
 まず宮崎では台風は午後に直撃ということになる。そして雨については、前線との関係で県北はひどいことになりそうだが、宮崎市から綾町へのルートはさほどの雨は降らなさそうである。
 それで、午前中にとっとと綾に移動して、台風本番は施設内で迎えるというプランを立てた。「酒泉の杜」は、温泉、ワイナリー、レストラン等のあるリゾート施設なので、チャックインまで充分に時間をつぶせるであろう。

 ということで、いつもより遥かに車の数の少ない10号線を車で走り、11時頃に綾に到着。
 ところが、時間をつぶすはすの予定の酒泉の杜、本日は台風のせいで全施設営業中止となっていた。・・・よく考えれば当たり前なのだが、その可能性についてはすっかり失念していた。反省。

【酒泉の杜】
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 施設の臨時休業とととも、イベントも中止のお知らせ。

【綾陽亭 客室】
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 というわけで、酒泉の杜をぶらぶらして時間を過ごすという計画があっさりと没になったのだが、宿のほうが特例で12時からチェックインさせてくれた。有難きかな。
 広々として、品のよい、快適な部屋である。
 この部屋のソファに寝っ転がり、午後からは嵐の様相になってきた外を眺めながら、読書や音楽で、ゆったりと時を過ごした。

【部屋風呂】
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 部屋風呂も檜の立派なものである。

【大浴場】
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 酒泉の杜の大浴場は、本日は宿泊者専用である。
 得した気分になった。

【夕方】
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 海上にいたころはゆっくりと進んでいた台風ではあったが、九州に上陸してからは速度を上げ、あっというまに当地を過ぎ去り、夕方には晴れ間も見えた。
 連休中の、迷惑千万の邪魔虫であった台風のとりあえずの通過であった。
 ちなみに、飛行機も飛ばす、JRも全区間運休というこの日、宿のキャンセルは2組だけだったそうだ。どうやって遠くから来れたのだろう?と思ってしまうが、台風に慣れた日本人は、旅のやりかたもそれぞれの工夫をもっているようだ。

【夕食】
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 夕食は、宮崎の地元のものをふんだんに使ったもの。
 綾町取れの野菜、茸、日向鶏、地頭鶏、宮崎牛、日向灘の魚、天然鮎、宮崎産の鰻等々、〆はやはり宮崎名物レタス巻き。
 この宿は県外の観光客が訪れることが多いので、そういう人たちにとって満足度の高い料理であろう。もちろん県内の者にとっても、十分に美味しい料理の数々である。

【照葉大吊橋】
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 翌日は台風一過の晴天である。
 それで綾の観光地を散策。
 まずは、一番の名所「綾の大吊橋」。
 原生林の峡谷にかけられた、世界最大規模の長さを高さを持つ、大吊橋。
 足元は一部が網状になっていて、歩いていると高度感抜群である。

【花時計】
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 直径26mという大きな花時計。
 花の時期はとてもきれいなのであるが、少々時期外れであった。

【綾城】
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 綾の町を見下ろす場所にある、ユニークな造形の城。
 ここからの眺めはじつに素晴らしい。


 台風直撃の連休、それなりに充実した休日を過ごすことができた。

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August 12, 2017

平戸観光

 盆休みは里帰りのついでに、長崎まで足を伸ばし、平戸を観光してきた。
 平戸は玄界灘に面して、小高い山々が連なっている地形だから、つねに潮風が吹いて少しは涼しいであろうとの魂胆であったけど、・・・やっぱり暑かった。
 地球温暖化の時代、夏はどこも暑いですな。

【田平天主堂】
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 平戸は島であり、橋を渡って行かねばばならないが、その橋の手前にあるのが田平天主堂。
 赤煉瓦の、経て来た歴史を伝える造りが印象的な美しい教会である。
 聖地ルルドを模した洞窟も併設されている。

【平戸大橋】
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 この赤く立派な橋により、平戸は陸続きとなっている。築四十年である。

【川内峠】
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 平戸はほとんど平地がなく、山で出来ている地形。その山地の小高いところにある展望所が川内峠。
 360度広がる風景から、九十九島や、壱岐まで見ることができる。

【春日の棚田】
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 平戸はその地形から、水田はどうしても棚田形式となる。
 一枚一枚積み上がって行く田は、独特の美しさがあるが、作業は大変そうであった。

【平戸城】
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 山鹿流により建てられた珍しい城、とのことであるが、素人にはその違いがよく分からない。
 天守閣に登れば、平戸の街並み、港、それに島々を見渡すことができる。

【ザビエル記念堂】
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 日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは、日本各所で布教を行ったので、その名をつけた教会が日本に多くある。これもそのうちの一つ。
 中央の尖塔を囲むように、いくつもの小尖塔が取り囲む、ゴシック様式の荘厳な教会である。

【最教寺】
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 真言宗派のお寺。
 空海が唐から帰国したとき、最初に護摩を焚いた場所につくられたお寺だそうだ。
 空海もまた伝承、伝説の多い人物である。
 3階の展望所から平戸を見渡せるが、高さがそれほどないので、平戸城ほどの展望はない。

【塩俵の断崖】
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 平戸から生月大橋を渡って、生月島まで行くと、この柱状節理が美しい「塩俵の断崖」を望むことができる。
 このへんには火山がないので、どうやって出来たのか不思議に思ったが、調べてみると1000~600万年くらい前には、この地域では活発な火山活動が起きていたとのことであった。

【夕食】
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 平戸は漁も盛んなところなので、夕食は魚つくし。
 新鮮な魚でおおいに酒を飲みましょう。
 そして〆は、平戸名物「鯛めし」で。

【平戸の夜景】
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 平戸の美しい建築物は夜にはライトアップされており、それらを巡る遊覧バスも各ホテルから出ている。
 私はホテルの近くの展望台に登り、街を一望。平戸城や、ザビエル記念堂が白く浮かびあがっている。


 平戸は大陸に近く、昔から海外との交流がさかんであった地なので、さまざまな歴史記念物があり、そして地形が複雑なので自然も美しい。
 訪れるべき場所が多く、いいところであった。

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July 19, 2017

遥かなるモン・サン=ミッシェル 2日目

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 モン・サン=ミッシェル二日目。
 日の出時刻前にホテルを出発。雲がどんよりとたちこめ、これは日の出は期待できそうにない。
 早朝ゆえ、昼間は観光客、シャトルバス、馬車でにぎわう橋は、ほとんど人がいない。

【東の空】
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 東の空を眺めながら歩いたが、日の出の時刻を過ぎても朝日は雲のなかであった。

【モン・サン=ミッシェル】
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 モン・サン=ミッシェル、観光客はいないけれど、この時刻には島内の施設のために、多くの荷物、商品が運び込まれているようであった。

【入り口】
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 入り口。閑散としている。

【王の門】
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 跳ね橋を持つ、「王の門」。
 その手前左手にあるのが、ジャンボオムレツで有名なレストラン「ラ・メール・プラール」。

【グランドゥ・リュ(大通り)】
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 土産屋やレストランが立ち並び、昼間は人で混雑しているグランドゥ・リュも早朝は静かな通りである。

【グランドゥ・リュでの荷物運搬】
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 この通りはとても狭く、そのわりには店が多いので、荷物はどうやって運んでいるのだろうと誰でも思うだろうが、その正解はこの写真。
 入り口に止めた車から、電動の軽フォークリフトで運び入れているのであった。

【北の塔】
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 北の塔から東の空を眺める。ついに太陽は、その姿を見せそうにない。

【修道院】
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 北の塔から修道院を見る。
 晴れていれば、朝日の染まる修道院の姿を見ることができたのだが、残念。
 修道院入り口の手前で引き返し、ホテルに戻って朝食をとり、それから修道院の開いている時刻に出なおした。

【グランドゥ・リュ】
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 昼間になると、グランドゥ・リュは人で賑わっている。
 ここを歩く気もしないので、王の門からすぐ右手の迂回路を使って北の塔経由で修道院へと行った。

【西のテラス】
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 修道院に入ったのちは、「西のテラス」と呼ばれる展望所からの眺めがたいへん素晴らしい。西方向の広々たる海と大地を眺めることができる。

【ミカエル像】
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 礼拝堂にはこの地に聖堂を建てよと命じた天使ミカエルの像が祀られている。

【中庭】
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 モン・サン=ミッシェル名物の美しい庭園は工事中であった。なんでもこの下の部屋が雨漏りするのでそれの対策だそうだ。
 ここはなにしろ古い建物なので、あちらこちら修復中であった。

【レリーフ像】
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 伝説によると、天使ミカエルはこの地に聖堂を建てさせようと、この地の司教オベールの夢元に現れそう命じたそうだ。しかし司教はそれを単なる夢と思い、何度ミカエルが現れても無視していた。業を煮やしたミカエルは夢に出たついでに、司教の頭を指でつつき頭蓋骨に穴を開けるという過激な手段に出た。畏れおののいた司教はあわてて島に聖堂を造り、それがモン・サン=ミッシェルの起源とされる。
 このレリーフはその光景を描いたもの。
 なお、オベール司教は重傷を負いながら生命は大丈夫だったようで、神につかえる人生を全うしたのちはサン・ジェルヴェ教会に葬られ、彼の穴の開いた頭蓋骨は聖遺物として公開されている。

【モン・サン=ミッシェル 荷物運搬路】
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 モン・サン=ミッシェルは、聖堂、修道院、城塞、牢獄と、時代によっていろいろな使い方をされた複雑な歴史を持つ。牢獄時代は2万人近くの人が住んでいたそうで、大量の荷物の運搬が必要となり、大車輪を上階で回して、この通路を使って荷物を揚げていたそうだ。

【干潟から】
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 「海に浮かぶモン・サン=ミッシェル」というのを見てみたかったが、今回はその機会はなかった。でも、潮が引いているので周りを歩くことができたので、しばし干潟を散策。
 モン・サン=ミッシェル橋から見た姿が正面像として有名だが、違うところからの眺めもまた趣があってよい。

【サントベール協会】
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 島からは小さな岬のように海に突き出た磯が何ケ所かあり、それぞれにまるで砦のように塔や協会が建てられている。そのうちの一つがサントベール協会。
 ここまで行ったのち潮が満ちて来て、それ以上行けなくなり島一周散策は諦め、元の道を引き返した。

【モン・サン=ミッシェル】
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 島内、修道院、干潟を十分に満喫して橋を引き返す。
 そしてモン・サン=ミッシェルを振り返る。
 やはり唯一無二の個性ある風景である。
 一度は訪れるべきところと思っていたけど、本当に訪れてみてよかったと実感した。

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November 26, 2016

紅葉の京都@平成28年秋

 山の自然の紅葉もいいけれど、植樹された庭園の紅葉もまたいいものである。
 その人工的紅葉の美の極致ともいえる、京都の紅葉を今年もまた見に行った。

【東福寺】
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 まずは京都でもトップクラスの紅葉が見られる東福寺へと。
 ここの通天橋は時期がうまくあえば、空気まで真っ赤に染まるような、一面の紅葉の世界のなかを橋で渡ることになるのだが、・・・あんまり時期がよくなくて、だいぶと散っており、先週くらいがピークだったようだ。
 それでも、おそらく今日が紅葉が見られる最後の週末らしいとの情報から、人が非常に多く、渋滞のなかの紅葉見物。

【醍醐寺】
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 続いては伏見に移動して、醍醐寺へ。
 ここは弁天堂に到る紅葉のトンネル、そして弁天堂の池に生える紅葉が見ものなのであるが、トンネルのところはまだ紅葉の時期になってなく、弁天堂周囲の紅葉は色づきがよくなかった。
 それでも一本だけきれいに紅葉している樹があり、それを写真に。

【南禅寺】
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 醍醐寺からは東西線で蹴上駅に戻り、南禅寺へ。
 ここの庭が私は好きである。
 紅葉は時期を過ぎていたが、それでも敷き詰められた紅葉もまた美しい。

【永観堂】
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 南禅寺から永観堂へ。
 紅葉の樹々の質は、京都のあらゆるところでもここが一番なのではなかろうか。
 一本、一本美しい紅葉の樹々があり楽しめたが、しかし多宝塔から境内全体を見下ろせば、紅葉はスカスカ気味であり、もう時期は過ぎていたことも分かる。

【知恩院】
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 紅葉はライトアップされればさらに美しくなるので、夜も紅葉見物へ。
 まずは高台寺に行ってみたが、とんでもない行列であり、入るのに相当な時間がかかりそうなのでパス。そして知恩院前に行ったらここも大行列なのであきらめ、青蓮院に行くとここも延々たる行列であった。
 結局、ライトアップ見物はあきらめ、知恩院前の紅葉のみ写真に撮ってみた。

 秋の京都は毎年来ていたが、ここまでの人出は初めての経験である。
 そしてこれから、京都を訪れる人は多くなることはあれ、少なくなることはないだろうから、ずっとこのような状況が続くのであろう。
 来年からは戦略をねりなおし、郊外、あるいは穴場を探して訪れることにしてみるか。

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November 05, 2016

国東~耶馬渓 紅葉散策

 千燈岳から下山し、それからは明日耶馬渓の山に登る予定なので、耶馬渓へと移動。
 その途中に紅葉の名所「鬼城岩峰」に寄ってみた。

【鬼城岩峰】
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 国東半島特有の奇岩巨岩が連なる山である。
 ここの紅葉が並石ダムの湖面に映える姿は有名であるが、紅葉はまだまだであった。

【三嶋神社】
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 ダムの湖畔から少しあがったところにある三嶋神社にも寄ってみた。
 この神社は入り口のところに大きな銀杏の樹が植えられており、その実がどっさりと落ちているところであった。
 境内いっぱいにも銀杏の実が落ちていて、あたりを覆いつくしている。
 秋ならではの面白い眺めであった。

【一目八景】
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 並石ダムから耶馬渓に移動。
 耶馬渓は標高が高いこともあり、紅葉は平地と比べだいぶと進んでいた。
 ピークはあと一週間後というところか。
 名勝「一目八景」の風景を眺めつつ、ポケモンを探す。
 ポケモンは観光名所に数多く出てくるはずであるが、あんまり出なかった。
 いろいろなところに出かけるたびに、ポケモンを探してはいるもの、いまだ遅々として集まらず。全部集めるのにどれくらいかかるんだろ?

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October 22, 2016

雨の日は滝&九州遺産巡り

 10月も下旬になり紅葉の季節になり、ちらほらと山々の紅葉情報も届いているのだが、せっかくの週末が雨となり、山には登る気がしない。
 雨で楽しめるものといえば、滝くらいしかないので、こういうときしかしない滝めぐりをしてみよう。目指す滝を選ぶにあたっては、私が不思議物件のネタ本として愛読している「九州遺産」という本に、いくつかの芸術的建築物が滝とセットとなって載っていたので、その二つ「白水の滝」「沈堕の滝」を訪れることにした。

【白水の滝】
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 竹田市の名瀑「白水の滝」。
 阿蘇の噴火でつくられた火山岩による崖から、直接水が噴き出て滝となっている。
 だからよく見ると、この滝はいくつもの水流が集まって滝を形成していることが分かる。
 この滝は二段構えになっており、二段目のほうは先の伏流水の滝を集めて水流が滝となっている。こちらはだから水の流れが太い。

【音無井路十二号分水】
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 白水の滝の近くにあるのが、この音無井路十二号分水。
 写真を見ただけでは何がなんやらよく分からん施設であるが、実物を見ると原理がよく分かる。
 竹田という地は水の豊富なところであるが、土地の起伏が激しく、農業用水をまんべんなく引くのが困難な地である。それを解決しようとしたのが、この分水。
 円形の真ん中では周囲の地から水をサイホンの原理で汲みだしている。ここから水がどんどん湧いてくる。そしてそこから外の円に水はあふれ、これが三等分され地下に引いている導管によって、三方向に平等に流されている。
 造形の面白さもあるが、このダイナミックな水の動きが見ていて飽きず、この分水、一度は見るべき価値あるものだ。

【沈堕の滝】
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 続いて豊後大野に移動し、「沈堕の滝」へ。
 この滝も阿蘇の大噴火をベースにして形成された滝であり、幅100mに及ぶ柱状節理の壁に幾筋にも別れた滝が流れる、見事な景観となっている。
 この滝はそのままダムの形をしており、そしてじっさいにダムとして使われていたので、滝の上部に堰堤が築かれており、それゆえ人工物+天然物のハイブリッドとなったユニークな景観をみせている。

【沈堕発電所跡】
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 沈堕の滝は発電施設として使われており、それで滝の下部に石造りの発電所が造られていた。
 明治時代の建築物で、石積みの壁面にアーチが並んでおり、廃墟と化した今ではなにやら神殿風の雰囲気もある。内部に入ることもでき、そこでは蔦が生い茂り、廃墟マニアとかにはとてもうけるような、いい廃墟っぷりである。


 「九州遺産」には、たくさんの訪れたい建築物が載っており、そしてそのなかには先の地震で崩壊したものや、もう撤去されたものがあり、これらがまだ残っているうちに、処々訪れてみたいものだと改めて思った。


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August 27, 2016

和食:きじの松田屋@菊池市

 暑いなか不動岩を登り、下山後は菊池温泉に泊まり、気持ちのよい風呂に入って登山(というか暑さ)の疲れを癒す。
 夕食はどうするかといえば、菊池には「きじの松田屋」という雉料理の名店があることが知られており、今まで訪れる機会がなかったので、行ってみることにした。

 「きじの松田屋」は、雉を育てながら料理店を経営しているので、山のなかにあり、菊池市から阿蘇外輪山方向に向かい7kmほどをタクシーで行く必要がある。
 そして着いてみれば、菊池川源流に近き地ゆえ、自然豊かなところにあり、その高台にあるので、周囲の雑木林や田圃を一望することができる。

【店からの風景】
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 料理は雉をいろいろな調理法で楽しめるフルコースを頼んでみた。

【料理】
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 雉という食材、私は今までジビエでしか食ったことはないのでその印象が強く、この店の雉はあの独特のクセのあるものかと思ったら、とても素直で上品な味のものであった。
 それゆえジビエ料理的なもの、あるいは地鶏的なもの-宮崎の地頭鶏や熊本の天草大王みたいな濃厚系な味を持つものを期待しておくと、ちょいと肩すかしを食うと思うけど、(私がくらったのだけど)、これが食べ進むうち、だんだんとその旨みの深みが分かってきて、雉という食材の素晴らしさをおおいに知ることができた。
 雉のタタキはまずは雉という食材をストレートに味わせてくれる。そしてそれを溶岩焼きにすると(いわゆる焼鳥)、雉の脂がとてもすっきりした純粋なものなので、これを合わせて肉を焼きあげると、雉肉の澄んだ旨みがよく分かり、それでいくらでも食える気になる。
 鍋は雉の骨をしっかりと煮込んだ出汁で食う。溶岩焼き同様に、その美味い出汁に包まれたあっさりした味の雉がさらに旨みを深め、これもいくらでも食べる気になれる。

 フルコース、大満足の料理であった。
 この店はかなり不便なところにあるので、訪れるのが大変なのであるが、それでも遠方から客がよく訪れる、その理由がよく分かりました。

 もっとも、「雉はあっさり系統の肉なので、いくらで食べられる」とは書いたが、この店では写真に示すように肉は最初から多量に出すし、それに追加もあるので、全部食べるのはかなり困難ではある。
 それゆえ私は残念ながら少量を残してしまったのだが、でも、その余りは新鮮なまま、この店の番をしている名犬ルパンの餌となり、それを食しているルパン号の嬉しそうな鳴き声を聞くことができ、・・・なんかうれしかった。

【名犬 ルパン@店主ブログより】
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 「きじの松田屋」店主は熊本で大企業に勤めていたのであるが、田舎で自由きままに農業をやりたいという希望強く、その夢を実現するために早期退職をして、それから熊本中探して、この菊池の水源近き地を理想の地として見出し、今までの資産をこれに費やして購入した。
 そして雑木林を開拓して、男手一本で田圃、柿林を造り、さらには雉の養雉も行い、雉を全国に配送するかたわら、ついには雉料理店も開店し、そのレベルの高さから、食べ物好きな人たちが遠方から訪れるという、サクセスストーリーを築きあげた。
 そのテンション、エネルギーに高さにはほとほと感心するしかなく、食事をしながら店主の話を聞くと、それだけで元気をもらった気分になれます。

 このようなエネルギー、そういう力は遺伝するらしく、店主の息子が阿蘇の産山で熊本赤牛を出す民宿を経営してるそうで紹介を受けた。そこもまたぜひ訪れてみたい。

 ……………………………

 きじの松田屋→HP
 産山の赤牛の店:「山の里」→HP

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August 20, 2016

錦江湾花火大会&「のむら」で鮨@鹿児島市

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 江戸時代から薩摩人は花火が大好きであり、それで鹿児島の花火大会は、他の地の花火大会とはひとあじ違う、迫力のあるものが楽しめる。
 二尺玉がぽんぽんと打ち上がり、夜空に大輪の花火を開かせ、そして鹿児島中に轟音を響かせる。ほとんど騒音なみの音量だが、そこは桜島という大先輩が鎮座している地ゆえ、みな耐性ができており、この光と音のショーを心から楽しんでいる。

 花火を存分に楽しんだのちは、「鮨匠のむら」で夕食。

 いつも満席の「のむら」であるが、今日は席に余裕がある。
というのも、本日は花火大会があったので、昼あるいは夕早めに食事を終わらせ、それから花火大会見物に行く人が多かったからだそうだ。
 だから、私は夕の二回転目、ということになるわけ。

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 8月は唐津の赤ウニの最盛期。
 壱岐の腕きき漁師さんと契約して、そこで獲れた最上質の雲丹のみを仕入れているので、相変わらずすこぶる美味である。
 まずは雲丹のみを食す。このまったく雑味のない、旨みと、甘みがたまらない。
 次は雲丹の茶碗蒸し。ほっこりと温められた雲丹は、少々変わった食感となり、そして甘みが増す。茶碗蒸しは、白身がアコウ、椎茸、山芋、サツマイモ、アオリイカが入った贅沢なもの。
 そして雲丹の握り。甘さ抑えめ、人肌のシャリが、雲丹の旨さをいっそう引き立てる。
 さらには雲丹丼。たっぷり雲丹をとって、口に運び、悶絶級の愉悦を味わう。

 雲丹以外の魚、握りもまた当然美味く、いつもながらの口八丁手八丁の店主のショーを楽しみました。

 錦江湾の花火に、のむらの鮨。
 鹿児島の夏の、極上の一夜であった。

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August 07, 2016

天草を食べ尽くそう 3日目 天草下島観光→たなか畜産

 天草最終日は、昼に「たなか畜産」の焼肉。
 この店は最上質の黒毛和牛が食べ放題という、熊本最強のコストパフォーマンスを誇る有名な焼肉店だそうで、肉好きの人が天草を訪れたときは訪問必須の店だそうだ。

 ホテルのチェックインから「たなか畜産」の昼食までは時間があることから、参加者6名中、3名がイルカウォッチングへ。イルカに興味のない人たちは、私が車で下島の観光名所を案内することにした。なにせ、天草に来たのが人生初、という人ばかりだったので、天草に来て訪れたのは飲食店のみというのも勿体ない話だし。

 天草の下島の名所といえば、本渡から順に、苓北のおっぱい岩 、サンセットライン鬼海ヶ浦展望所、白鶴浜、妙見浦、大江教会、崎津教会、ハイヤ大橋といったところだろうから、それらを目的にGo。

【おっぱい岩】
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【(参考)おっぱい岩 :干潮時】
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 乳房状の岩が磯に転がっている「おっぱい岩」。
 潮汐の力により奇妙な形に刻まれた岩で、このようなものがずっと磯に転がったままでいることが、天草灘という海の穏やかさを知らせてくれる、そういう自然物なのだが、・・・この岩、干潮時にしか姿を見せず、今回は海のなかにほとんどが沈んでいて、わずかに先っぽが見えるだけであった。残念。

【鬼海ヶ浦展望所】
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 天草に西海岸は夕日が沈む姿がとても美しいため、サンセットラインと名付けられている。そのなかでもとくに展望の良いのが、鬼海ヶ浦展望所。そして夕日の時でなくとも、青い海にいくつもの奇岩が屹立した姿は、とても見事である。

【妙見浦】
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 妙見浦。道路から撮影したので、なんだかよくわからん風景になっているけど、ここも巨岩が海からいくつも突き出ている名勝。当然海の中も変化に富んでいるので、ダイビングスポットとしても有名であり、他県から毎週ダイビングに通う人もいるほどの人気の地である。
 下のほうからダイバー達らしい、にぎやかな声が響いていたので、今日もにぎわっているようであった。

 ところで苓北から大江あたりに抜けたところで気付いたのだが、天草下島って大きな島であり、こりゃ3時間で全体を観光できるようなところではとてもない。元天草住民として、今更なんなんだ、という話ではあるが。
 博物館とかも寄るなら、二日はかかる広さの島である。

【崎津天主堂】
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 海のそばのこじんまりとした教会。
 禁教時代にも信仰が続いていた長い歴史を持つ天草で、その象徴的存在である。
 街中から見る天主堂も味があるのだが、本日は観光客で駐車場が埋め尽くされており近づけず、それで崎津漁港から遠景を眺めるのみ。

【たなか畜産】
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 結局牛深までは行けずに、河浦から本渡へ戻り、昼食の「たなか畜産」へ。

【焼肉】
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 この店、昼は予約が取れないので、行列に並ぶ必要がある。今回は、イルカ観光組が既に席をとってくれていたので、我々はすぐに店に入ることができた。
 まずはステーキから焼く。シャトーブリオン、サーロイン、イチボ、ランプと高級部位ばかりであり、これらは焼肉奉行のY部長に焼き加減をまかせることに。

【焼肉】
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 最初に運ばれたステーキを片づけたのちは、食い放題の焼肉を獲りに行こう。
 食い放題なのに、これらはA4~5の黒毛和牛が使われており、普通の食い放題焼き肉屋と比べると、とんでもない違いである。
 我々が頼んだ、ステーキ+焼肉食べ放題セットはビール、焼酎、ワインその他飲み放題がついて5500円。(私はノンアルコール組だったので、4500円)
 都市部の鉄板焼き店とかで食べると、この2~3倍は軽くいくだろうから、評判通り素晴らしいコストパフォーマンスを持つ店である。

 さんざん食い、さんざん飲み、こうして3日間の旅は終了。
 天草はやはり美味しいところであった。

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August 05, 2016

天草を食べ尽くそう 1日目 :寿司たいと@天草市本渡

 4月下旬の熊本大震災から3ヶ月ほど経ち、交通機関や宿泊施設の復旧は相当進んでいるのだけど、観光客の戻りは悪く、いずこの宿泊施設、そして飲食店が客の減少に困っている状況が続いている。
 これに何らかの応援をしたいと思った熊本在住の者が音頭を取り、県外の美味いもの好きな人たちに連絡をとって、そういうことでもない限り滅多に来ない天草で食べ歩きツアーをしようという企画が持ち上がった。

 天草は私は以前住んでいたことがあり、店の新規開拓という面では興はそそられなかったが、それでも天草を訪れること初めての人ばかりのツアーゆえ、天草観光のガイドの役にでも立つではあろうと思い、それに参加することにした。

 そして企画がまとまって、具体的にどの店に行くかとのプランが送られてきたのだが、

 ・1日目夜 寿司たいと→二次会 鮮魚系居酒屋あるいはバー
 ・2日目昼 奴寿司 夜 串焼よみや→二次会 蛇の目寿司
 ・3日目昼 田中畜産 A5牛食べ放題

 というハードなプラン。
 一日目はともかくとして、メインの二日目は天草を代表する寿司店2店のハシゴに串焼店がはさまるというカオスなプランであり、三日目は昼から焼肉食い放題。
 これは若いものならともかくとして、中年主体の一行にはきついのでは、とは思ったが、今回の参加メンバーを眺めると、いずれも鉄の胃袋を持つ人達ばかりで、・・・とにかく皆さまの健啖ぶりに感心しつつ、こちらはもっぱらお酒を楽しむことで乗り切ろうと思い、天草にGo。

【新天門橋@建設中】
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 熊本にとって天草は観光宝庫のような場所であるが、交通の便が悪すぎるため、集客に限界がある。
 交通難の理由は簡単で、天草の島々にかかっている橋が一本ずつしかないからで、どうやってもここで交通渋滞が起きるからである。
 それを解消するために、まずは天草一号橋の横に、新たなバイパスを設けるべく、新天門橋が建設中だ。これが完成すると、天草の交通の便はぐっとよくなると思う。


 天草の五つの橋を越え、そして本渡への瀬戸大橋を越えて、ホテルにチェックインしたのち、本日の夕食店「寿司たいと」へ。
 この店は、天草本渡の寿司店に勤めていた職人が、自分流の寿司を握ろうと10年ほど前に独立して開業した店である。

【寿司】
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 店主は江戸前指向なのであり、鮨の形はほどよい大きさで、地紙型のシャープな形。
 鮨種は地元の素材にこだわり、鯛、クエ、アワビ、イカ、海老、鰆、雲丹等々、いずれも天草のものである。
 天草は海産物の宝庫であり、良い素材がとれることで有名である。とくにコハダやハモなど。しかしそれらは熊本ではあまり人気がないため、もっぱら福岡や築地に卸され、地元でそれらのネタを食うことができないという、和食好きなものにとっては理不尽な状況になっていたが、それでも少数の店がなんとかそれらの素材をキープし、そして良質な鮨にして供してくれている。
 「寿司たいと」はその代表的な店である。
 鮨全体としては、江戸前直球というわけでもなく、〆方はやや浅目であり、またシャリも酢や塩は柔らかな塩梅。あえて言えば、優しい江戸前流といった感じで、そしてこれは天草の人たちが好む味付けにあっており、天草流ともいえるであろう。
 そして写真でわかるように鰹のユニークな形、鮑の包丁の入れ方、海老の茹で方と切り方、穴子のシャリのゆるやかさとかが示すように、仕事はじつに丁寧であり、たいへん好感のもてる鮨である。
 季節の変わり目ごとに天草を訪れ、この鮨を食いたくなる、そういう魅力あふれる鮨であった。


Rentier


 鮨を食ったのち、二次会はバー「ランティエ」へ。
 この店には、「寿司たいと」から徒歩で行ったのであるが、途中ラーメン店「鳥骨鶏 龍」があり、福岡から来た者が、「天草にもこの店があるのか。福岡とどう違うか調べてみる」と言い、2名がそこに行ってしまった。
 我々はそのままランティエに行ったのであるが、・・・失礼ながら、天草本渡にこういうエレガントな店があるとは、ぜんぜん思っていなかった。いい店であった。
 そして30分ほどして、先ほどのラーメン組が合流し、さんざん騒いでそれからホテルへ戻る。

 他の者はタクシー使用とのことだったが、ホテルまでは2kmほどの道だったので、私は歩いて帰ることにした。するとそれにつきあう者が一名いて、一緒に歩いて帰ることにした。彼女は食文化に造詣が深い人であり、食について語り合いながらの文化的散歩、ということはまったくなく、互いにスマホをチェックしながらのポケモンGo。
 あの快活な音楽を聞きながらのポケモン探しであったが、・・・天草本渡って、ろくなポケモンいないねえ~とお互い嘆きながらの帰り道であった。

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