旅行・地域

July 07, 2019

御田祭@美郷町西郷区

 七夕の日、美郷町の有名な祭り「御田祭」に行ってきた。
 千年近い歴史を持つ田代神社の田植えの祭りであり、それは神社前の神田において、牛馬、人力を用いて整地を行い、そのあと田植えを行うという、機械化の進んだ現代ではもう行われなくなった伝統的田植えを神前にて行うという、希少価値ある祭りなのである。

【馬入れ】

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 いきなりクライマックスから紹介。
 大きな裸馬にまたがって、青年たちが神田を疾走。泥飛沫を上げながらの豪快な疾走。なお、鞍も鐙もない裸馬ゆえ、乗り手はしょっちゅう泥の中へと落馬して、かなり危険な行為ではある。

【牛入れ】

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 馬に続いては牛の神田入り。
 この牛たち、普段は農耕などしないだろうから、泥田に入るのを露骨に嫌がっていて、泥のなかに入れられると興奮状態になり、引き手たちの手綱を振り払い、逃げ回る。そして泥田のなかで暴れているぶんにはいいのだが、一匹が畔に乗り上げ、そこで向きを変え観光客に向かって突進してきた。それはまさに猪突猛進というべき勢いであり、そしてその観光客のなかに私もいたので、慌てて横に飛んで逃げて難を逃れた。
 それって、ほぼ間一髪のタイミングであり、カメラのファインダー覗いていたら、行動が遅れて間違いなく牛にぶつけられていたところであった。そうなるとただで済むわけもなく、病院送りは確実であり、あやうく宮日新聞に載ってしまうところであった。あぶない、あぶない。

【牛入れ】

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 というわけで、牛のほうはあまり整地に役立たず、引き手によって懸命に宥められていた。写真にするとのどかな風景であるが、内実はかなり緊張感あるのである。

【御輿入れ】

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 牛馬に引き続き、人の手でも整地を行う。
 青年たちが御輿をかついで神田を一周。そのあとは大暴れし、泥のかけあい。

【代掻き】

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 また馬の登場。今回は泥田のなかの疾走でなく、真っ当に農具を使っての整地。こういう時でないと今では滅多に見られぬ、犂を引いての代掻きである。

【田植え@早乙女】

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 整地が終わったのち、絣と編み笠姿の早乙女達によって、田植えが始まる。バックグランドには、催馬楽の囃子歌。

【田植え終了】

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 二列の早乙女達の列が離れていくにつれ、田植えも進んでいき、そしてほぼ終了。
 泥田が、一面稲苗の植わった田圃に変わった姿はなかなかに感動的。しかし、賑わっていた観光客は途中で飽きたのかほぼ帰ってしまい、がらーんとしているのは少々味気ない。

【早乙女meet巫女】

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 神事が全て終わり、足を洗いに行く早乙女たち。そこに巫女が通りかかり、互いに「かわいい~」と言い合う、ほほえましい風景。

 御田祭は普段見られぬものがふんだんに見られ、静も動も、いい被写体が多く、場内には高性能カメラを抱えたプロとアマチュアのカメラマンがたくさん居た。県外からも撮影目的で多くの人が訪れるそうだ。
 御田祭写真コンテストもあり、各所から送られた写真が後日順位を付けて発表されるそうである。
 私も突進してくる暴れ牛の近影を撮っていたら、それはずいぶんと迫力ある写真だろうから、いい順位を取れたかもしれないが、しかしそれは即私の病院送りを意味するわけで、そんな写真が撮れなくて幸いであった。

 こうして今年の御田祭は私に、「暴れ牛は怖い」という大事な教訓を与えて終わったのであった。

 

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June 15, 2019

令和記念登山:四王寺山@大宰府

 5月に元号が新しくなったのでそれを記念した登山をしようしようと思いつつ、ミヤマキリシマのほうに気をとられているうちに一月が過ぎた。このままだらだらしていると暑くなって登山シーズンから外れてしまうので、さっさと計画を立てることにする。
 令和といえば、大宰府がその所縁の地。大宰府の登山といえば、普通は宝満山ということになるのだが、令和発祥のコアの地は、梅園の宴を催した大伴旅人の住宅があったとされる坂本八幡宮である。坂本八幡宮は四王寺山の登山口に当たるので、四王寺山を登ることにしてみた。こういうことがないと、他県の者はあまり登る機会もない山でもあるし。

【大宰府駅】

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 四王寺山、まずは大宰府駅から出発。
 天気予報では終日雨とのことであったが、やはり小雨が降っている。とりあえずは雨具を装着して行ってみよう。

【市街地】

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 坂本八幡宮までは市街地のなかを歩く。
 大宰府目当ての観光客が多いなか、ザックかついで傘もささずに歩く私の姿はけっこう違和感があったと思う。

【大宰府政庁跡】

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 かつては朝廷の出向機関であり、九州全体を管轄する権限を持ち「遠の朝廷」と呼ばれた大宰府も、今ではほとんど何も残っていなくて、ただの更地が広がる。この奥に見える山が四王寺山であるが、大半はガスのなかだ。

【坂本八幡宮】

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 今回の目的の一つである坂本八幡宮。
 新元号令和のおかげで、観光客の多く訪れる地となっていて、近くの駐車場には大型バスが何台も入って来た。当然、参拝の長い行列ができていた。
 この神社、じつは大友旅人を祀っているわけでも、創立に大伴旅人が関与しているわけでもないのだが、1300年も前に、この地で令和の典拠となる梅園の宴が開かれたので、それを偲ぶべく人々が集っているのである。

 さて、ここから登山が始まるのだが、雨は相変わらず降っている。標高100m以上は雲のなかで見晴らしは利きそうにない。雨のずっと降るなか、景色も楽しめない登山はやる気がでない。それで四王寺山の山4つを巡る全周回コースは諦めて、3つを巡る短縮コースにした。

【岩屋城跡】

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 最初のピークは岩屋城跡。戦国時代の大友氏と薩摩氏の壮絶な戦いで知られている。そういう重要な戦いの場になるだけあって、大宰府を見渡す交通の要所に位置する山なのだが、あいにくの天気で、大宰府の地はぼんやりとしか見えない。

【大原山】

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 親水公園を経由して、大原山へ。今回ではここが一番高い所で、標高354mである。四王寺山は最高が410mの低い山なので、雨が降っていてもたいしたことない山だろうと思っていたが、雲のなかに入ると、風は強くなるし、雨は横殴りに降ってくるしで、寒いわ痛いわで、けっこうひどい目にあってしまった。やはり山というものは、天気次第で容易に牙をむく。なめてはいけません。なめたつもりはなかったんだけど。

【一番札所】

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 四王寺山は名前の通り、宗教的な山でもあり、三十三ヶ所の札所があり、それぞれに石仏が祀られている。
 ここは一番札所であるが、滝のそばで、神秘的趣のある地であった。

【大宰府天満宮】

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 下山して、大宰府最大の名所である天満宮にお参り。
 ここも大行列であった。元々、受験の神様ということで参拝客の多い神社であったけど、令和効果でさらに人が増したようだ。
 しかし、令和効果で四王寺山も登山客が増えそうなものだが、本日はあいにくの天気のせいか、他に登山者は誰も見ることはなかった。

【二日市温泉】

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 登山後は近くの二日市温泉へ。二日市温泉は古い歴史を持つ温泉であり、万葉集にこの地を詠んだ大友旅人の和歌が残っている。
 そして、四王寺山で寒い目にあった私にとって、ここの微かに硫黄漂う、保温力のある温泉は、極上ものの気持ちよさであった。

 

 ……………………………

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May 11, 2019

お好み焼き慈恩弘国@京都市 

 京都市東寺の近くに、「慈恩弘国」というお好み焼店がある。
 この店、愛読している奇食の館というブログで10年ほど前に見つけ気になっていたのだけど、なかなか訪れる機会がなく過ぎていた。今回京都滞在の際、夜の食事はどこに行くとも決めていなかったので、この店にしてみた。

【慈恩弘国】

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 店の名前は、弘法大師ゆかりの東寺のすぐ近くにあることから付けられたと、建て前上はなってはいるが、暖簾の紋章を見てわかるように、ガンダムのジオン公国のパロディである。
 店の設定としては、敗れてなくなったはずのジオン公国が、じつは地球の京都に残党が逃れていて、細々とお好み焼きを売って国費を稼ぎながら、ジオン再興の日を企てている、ということらしい。関東の下町の安アパートの一室に事務所を構え、地球征服を企んでいるメトロン星人なみに、スケールが大きいのか、あるいは小さいのかよく分からん話ではあるが、そういうわけで、この店はじつは一独立国なのであり、だから店に入る行為は入店ではなく、入国となる。でもパスポートはいらない。

【店主】

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 入国すると、ジオンの軍服を着た店主がお迎え。
 いちおうランバラル大尉ということになっている。
 大尉は当然軍人が本職のため、お好み焼きを焼くのはじつは苦手だそうだ。

【メニュー】

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 お好み焼きは、メニュー見てわかるように、ザク焼、ドム焼、グフ焼等、アニメにちなんだ命名で、そのキャラクターに似せたお好み焼きが出てくる。
 スタンダードメニューはザク焼のようなので、それを頼んでみた。ついでにビールも頼んだけど、その名も「ギレン・ザ・ビール」であった。

【ザク焼】

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 というわけで、これがザク焼。なるほどザクの特徴であるモノアイが目立っている。そしてザクのイメージカラーである緑色のレタスが載っている。このザク焼にはもう一つ仕掛けがあり、このレタスをヘラで切るときに、「ザクっ」と音を立てるから、それもザク焼の所以だそうだ。

 このザク焼をアテにギレン・ザ・ビールを飲みながら、店主といろいろ歓談。
 雑談の内容は、もっぱらガンダムの話になるのであるが、この店は店主のキャラもぶっ飛んでいるけど、客も相当なもので、日本のみならず全世界からガンオタが訪ねて来るそうだ。まあ、ガンダムはワールドワイドな日本の文化コンテンツであるからして世界に名前が轟いているのは当たり前として、このようなマイナーな店がまた世界に知られている、というのもネット社会の面白いところだと思う。

 ところで、この国のお好み焼き、食べログの評価を見ると、ずらずらとひどいことが書かれており、それをあとで読んでみて、まったくその通りと私はけらけらと笑ってしまったのであるが、ただここのコンセプトはあくまでも第一はガンダムリスペクトであり、お好み焼きについてはそのついでのネタみたいなものなので、味うんぬんを言うのは野暮だとは思う。慈恩弘国がお好み焼きを国家収入の糧として考えたのは何故かというと、それには土地的な理由がある。

 慈恩弘国は京都駅周辺に位置するけど、この地はじつはお好み焼の名所みたいなところで、多くのお好み焼店が存在している。それはここらが以前九条葱の産地であり、今もそれを取り扱う店が多く、その九条葱はお好み焼きにとても合うので、それゆえ昔からお好み焼き屋が多かったそうだ。
 そして店主は長年京都に住みたがっていたが、予算の折り合いのつく、東寺近くのこの家を購入することができた。その家は、この地に多いお好み焼き店だったので、商売を始める際、そのまま営業するのが最も手っ取り早く、実際にその家をなんら改造することなく、お好み焼き店としてスタートすることとなったそうだ。
 だから、その購入した家がもしラーメン店だったら、慈恩弘国はラーメン店だったわけで、ザクラーメン、ドムラーメンなりがメニューに並んでいたであろう。

 慈恩弘国は店を構えて14年になるそうだ。ま、建国14年だな。慈恩弘国は、お好み焼き屋の激戦区で、14年間勝ち抜いてきたのである。当初は店主自身が、こういう一発芸みたいな店は早々に潰れると思っていたのだけど、ガンダムのファンが日本全国のみならず、世界各国からも訪れて来るので、ずっと現役でやってこれた、と感慨深く話していた。まったく、浜の真砂は尽きるとも、世にガンオタの種は尽きまじ、というわけですな。
 こういう店は、お好み焼そのものに対してのリピーターはたぶん居ないだろうけど、only one的な魅力を持っているので、これからもずっとこの地に在り続けるであろう。

【任命証】

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 慈恩弘国では、店を出るとき、もとい出国の際にポイント・カードとして、この名刺大の任命証が貰える。
 初訪の客は「二等兵」から始まり、来るたびに階級が上がって行くそうだ。「それでは、元帥目指して頑張ります」といちおう私は答えておいたけど、まあ、一回行ったからもういいか。

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 慈恩弘国 ホームページ

 

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May 06, 2019

対馬の神社

 日本の神社は古来は神々の宿る地を信仰の対象として、それ全体を「神社」として敬っていたのだけど、時代が経るにつれて、神道の洗練化とともに、今ある鳥居、参道、拝殿、本殿を持つ、一般的な「神社」となっていった。
 対馬の神社も、一応は鳥居、参道、社殿を持つ形が多かったけど、しかしなお古来のアニミズムを伝える、その空間全体が厳かさを持つ、そういう神社がまだ残されていた。
 対馬を訪れたさい、対馬の代表的な神社をいくつか行ってみたので、それらを紹介。

【多久頭魂神社】

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 これは豆酘の多久頭魂神社。
 対馬特有の神である、多久頭神を祀る神社であり、のちに対馬の天道信仰と結びついて、近くに聳える竜良山を御神体とした遥拝所となっていた。だから初期には神殿を持たない神社であった。
 この神社一帯は自然が多く残されており、特に御神木である大樟が神秘的かつ荘厳な印象を与える。

【天道多久頭魂神社】

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 多久頭魂神社は上対馬にもあり、朝鮮半島に正対する国境の要衝の地にある。
 この神社は神殿を持たず、御神体はやはり奥に聳える天道山であり、その遥拝所となっている。
 そして対馬特有の石積の塔が独特の雰囲気を醸し出している。これは結界との仕切りを意味するもので、この先が神域となる。

【和多都美神社】

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 海に囲まれた島である対馬には、当然海の神様を祀る神社がいくつかあり、そのなかで最も有名なのが和多都美神社。海神である豊玉彦尊がこの地に宮殿を造ったことに由来する伝説を持つ。
 海に立つ二つの鳥居は、本殿への水路の道を示すようでもあり、この神社が竜宮城を連想させる、と言われている。

【海神神社】

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 先の和多都美神社と同じ流れを引く、豊玉姫命を祭神とする神社。長い石段を登って行き、ようやく神殿に到る。
 古い歴史を持つ神社であり、この一帯は聖域視されていて、自然林がよく保護されており、その自然と古い建物が相まって、荘厳な雰囲気を感じとることができる。
 この神社は、韓国人グループに仏像を盗まれ、それがいまだに返ってこないことでも有名になってしまった。

 

 対馬の神社には古代神道の雰囲気がまだ濃厚に残っているところが多く、そのため神社研究家、あるいは神社マニアがよく訪れるそうだ。あるマニアは毎年訪れて神社ばかり訪ね歩いているそうで、「このような土地は他にはない」と絶賛していたそうである。
 その話を聞いたときは、話半分に聞いていたが、いざ自分で訪れてみると、たしかにそれもよく分かる、そういう魅力のある神社ばかりであった。

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May 03, 2019

ヒトツバタゴ@対馬鰐浦

 GW中に咲く花を求めて、あちこちを旅しているのだが、今回の長期休暇を利用して、一度行きたかった対馬のヒトツバタゴ大群生地を訪れることにしてみた。
 ヒトツバタゴは大陸系の樹木で、それゆえ大陸に近い対馬に自生しており、とくに鰐浦地区にはその大群落があって、開花の時期である5月初旬には、山そのものが白く染まることで有名なのである。

 その対馬、車で行くとけっこう大変であった。
 博多筑港からのフェリーは夜の12時に出港して、朝の5時に対馬の厳原に着くという、何やら使いにくい時間帯。もっとも、これは搭載している車の大半が荷物運搬のトラックであって、トラックは市場が開く前の早朝に配送を行う必要があるゆえ、こういう時間になっているようだ。私はそれに便乗しているわけで、文句は言えない。

【対馬の夜明け】

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 というわけで、夜が明けぬ前に対馬の港に着き、それから対馬の北端近くに位置する鰐浦を目指す。途中、対馬を上下に分ける万関橋あたりで夜が明け、いい夜明けの景色が見られた。

【ヒトツバタゴ】

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 鰐浦に着く頃には夜もすっかり明け、青空が広がっていた。そして国道382号線から鰐浦地区に入ると、いきなり山肌を白く染めるヒトツバタゴの姿が見えた。

【ヒトツバタゴ】

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 鰐浦港をヒトツバタゴを見ながらしばし散策したのち、この地区を一望できる韓国展望所に移動。
 ヒトツバタゴは野生では、生育できる地区が限られているようで、岬の突端近くと、海に近い部位を好んで咲いているようである。

【ヒトツバタゴ】

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 続いて、もう少し近くで鰐浦のヒトツバタゴを見られる「ヒトツバタゴ展望所」にと行ってみる。
 新緑のなか、白いヒトツバタゴが印象的である。
 ヒトツバタゴはいくつかの別名を持っており、その一つが「ウミテラシ」。花が満開の頃、鰐浦の湾はこの花の照り返しで白く輝き、湾外から港を目指す船にとっての分かりやすい道標となっていたらしい。その別名通り、海を照らすかのような鮮やかな白い花であった。

 ヒトツバタゴは対馬の島全体で見ることができたけど、このように大群落を作っているのは、この鰐浦一ヶ所であり、よほど条件が良いのであろう。貴重な存在である。国の天然記念物になっているのもよく分かる。

【ヒトツバタゴ】

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 ヒトツバタゴは対馬を代表する樹なので、街路樹や、民家の植木にも使われている。
 民家のものはよく手入れされているので、樹勢もよかった。そのうちの一本の近接影を参考までに紹介。
 樹全体が白い花で覆われ、まるで雪の時期の樹氷のようにも見える。

【高麗山登山口】

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 鰐浦のヒトツバタゴを見たあとは、対馬上島の山を二つ登る予定にしていた。
 そのうちの一つが高麗山。
 鰐浦地区の近くにあり、ここに登ると、鰐浦地区が一望できるはずで、ヒトツバタゴのさらなる良い眺めが経験できるであろうという目論見である。
 しかしながら登山口に着くと、自衛隊による「この山は自衛隊施設があるため立入りはご遠慮ください」の看板があった。登山の一般的ガイド本である山渓出版の「分県登山ガイド 長崎県の山」によれば登山可のはずなので変に思ったが、警告を無視して登るわけにもいかず、ここはUターンして、次の目的地、対馬御岳へと行くことにした。

 

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April 07, 2019

桜とSL @ある春の風景

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 国道219号線沿いに車を走らせて、球磨川沿い、堤防に良く植えられている桜を観賞。その途中、球磨村の丘がピンクに染まっていたので、立ち寄って行った。そこは桜の名所、球磨村総合運動公園で、今が桜の旬であった。
 丘の上に着き、桜の花びらが舞うなか、花盛りの公園を見ていると、近くの駅から大きな汽笛が鳴り響いて来た。それは紛うことなき、蒸気機関車の汽笛なのだが、そうか、肥薩線にはまだSLが走っていたのだと思い出した。

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 蒸気機関車は半世紀以上前に新規製造は終えていて、歴史の遺物的存在であるが、一部に熱狂的なファンがいることもあり、僅かな数が、現役として走っている。
 私のような中年にとっては、子供のころ蒸気機関車は普通に走っていて、それはうるさく、ガタガタ揺れ、煙をしょっちゅう吐くので窓も開けるのも困難な、デメリットだらけの交通機関というイメージであり、蒸気機関車に対してはなんら思い入れはなく、それらが次々に運行を停止していくのを、時代の必然と思っていた。
 ただ熊本では、SLはずっと前より阿蘇から熊本駅経由で人吉まで走っていた。SLはなにしろ馬鹿でかい汽笛を放つので、学生時代熊本にいた私は、線路に近いところに住んでいたわけでもないのに、ときおり響くSLの汽笛の音で、時刻に気付いていた。
 それで私にとって、熊本のSL-当時は「あそボーイ」と呼ばれていたーは、「音はすれども姿は見えず」という存在であり、姿を見たことがなかった。
 そのSLはいったん運行を終了したのであるが、その後修理を受けて現役復活。30年以上も前に走っていたものが、いまだにちゃんと動くのだから、蒸気機関車って頑強だなあと感心してしまう。まあ、産業革命時代に原理が作られたものだから、構造が単純で、メンテをしやすいのだろうけど。

 その音だけしか知らなかったSLが、30数年の時を経て、同じ音を立てて、走って来る。私は丘の上で、音のする方向を見つめていた。
 やがてSLは建物のかげから姿を現し、そして活発に黒煙を立てながら、桜の林のなかに入って行き、姿を消した。たなびく膨大な黒煙のみ残して。
 わずか数秒の光景だったけど、学生時代のことを思い出しつつ、私はいろいろと感慨にふけるのであった。

 

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March 30, 2019

大海寿司&別府の変遷

 ひさしぶりに別府を訪れてみたら、ずいぶんと人の通りが多いのに驚いた。
 以前は閑散としていた駅前通りは、若者受けしそうな、カジュアルな新しい店が何軒も出来ており、食料品店もまた多く立ち並んでいる。
 そして道歩く人は異国語を話す人も多く、別府って、インバウンド効果が如術に現れている街だなあ、と実感。

【料理&鮨】
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 大海寿司に入って、「なんだか人が増えましたねえ、数年前までは閑散としていたのに」と言うと、とにかく別府のいたる所で外国人観光客が増えてきた、とのこと。路地の少し奥まったところにある大海寿司にも、ときおりひょっこりと外国人観光客が顔をのぞかすことも増えてきたそうで、………まあ、そのあとのことの話まではあえて聞かないことにしました。

 大海寿司の料理、豊かな海産物に恵まれた大分の、そのなかでも特上のものを使った素晴らしい料理の数々を楽しむ。今が旬のオコゼに、アオリイカ、赤貝、関鯖、車海老等々。どれも本当に美味しい。

 別府は、観光客はおもに温泉を目当てに訪れるわけだけど、ここは食の宝庫の地でもあるので、料理でも「とり天」以外の名物をどんどん出して、そして「食の地」としても有名になってほしいと思った。

 ………というふうなことを話すと、別府は宿泊のキャパが全く足りなくて、ホテルも何軒か新たに建設はしているものの、現在の空前の人手不足が災いして従業員が集まらずうまく稼働ができない状況であり、なかなか大変なのです、とのことであった。

 ほんの数年間までは、別府はあまりに人がいなくて、廃墟になってしまいそうなので、NPOが人を集める運動をやっていた、そういう時代があったのに、変われば変わるものだと私は感心したのであった。

 

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March 11, 2019

春の国東半島

 3月半ば、雪にしろ、花にしろ中途半端な時期であり、それでは古仏や寺を目当てに国東半島を散策してみることにしよう。

【両子寺】
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 国東半島は火山である両子山を中央に配する険しい地形の半島であり、それゆえ奈良時代から修験者の修業の場として開かれていた。そこにはたくさんの磨崖仏や寺院があり、歴史の刻みこまれた地である。そしてそれらのもので一番有名なのが両子寺の山門。この仁王像は芸術性高く、石段を背景に格調が高い。

【仁王像2】
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 先の山門を進み、次の石段ではまた仁王像がある。こちらは、少々くだけた表現の、庶民的な仁王像である。

【狛犬】
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 石段は続き、逞しい狛犬に挨拶して登って行く。

【道】
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 奥の院を過ぎると道は山道となる。

【針の耳】
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 百体の観音像を祀っている岩壁の隙間、針の耳をくぐってそれから下り道を行く。

【熊野磨崖仏石段】
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 両子寺の次は、これも国東半島の名所「熊野磨崖仏」へ。

【鬼の石段】
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 磨崖仏までは、鬼が一夜で築いたという伝説のある、乱積みの石段を登って行く。

【熊野磨崖仏】
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 階段の途中で、磨崖仏のある岩壁へ。
 この磨崖仏は不動明王を彫っているのだが、普通のものと違って柔和な顔立ちが特徴。
 そしてその隣には大日如来像も彫られている。

【清明石】
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 磨崖仏と奥社のお参りを済ませて、返りはパワースポットに寄ってみる。安倍清明由来の地だそうで、ここは見晴らしがよく、たしかに何かの「気」はありそう。

【海喜荘】
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 両子寺と熊野磨崖仏参拝ののちは、国東半島の東端にある、料理旅館「海喜荘」へ。
 このあたりは寂れた漁港町という雰囲気のところだけど、この旅館はオーバースペック気味に立派な建物である。おそらくこの地は、かつて栄えたことがあったと思われる。

【料理】
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 料理は国東で獲れた新鮮な魚介類を使ったもの。城下カレイに、平目、車海老、アオリイカ。どれも国東が海の宝庫の地であることを示す良いものばかりである。

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December 24, 2018

巨瀬の源流の散歩道 滝巡り

 原鶴温泉の近くに「調音の滝」という有名な滝がある。
 昨日は雨がずっと降っていたので、流量が多くなっているだろうから、見ごたえがあると思い、帰路に寄ってみることにした。

【滝巡り案内図】
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 調音の滝公園に着いてみると、滝は調音の滝のみならず、あと3つあるとの案内表示。
 それでは散策がてら全部見てみよう。

【調音の滝】
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 調音の滝は駐車場のすぐ近くにある滝である。
 滝というものは日本には無数にあるけど、立派な滝は登山道や獣道を長い時間をかけて歩くという苦労をして、ようやくたどり着ける、というロケショーンにあることが多いが、調音の滝は、舗装道のすぐ近くにあり、たいへん便利な位置にある。

【魚返しの滝】
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 続いては「魚返しの滝」。
 魚はじつは様々な移動手段を持っており、このような滝では魚を通行禁止にすることはできない。これは生物学の豆知識。

【斧渕の滝】
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 今までの滝では、この滝が一番落差が大きくて見ごたえがあった。
 斧渕という名前から、滝壷が何か変わった形の渕になっているのかなと思ったが、普通の渕であった。

【三重の滝】
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 巨瀬厳流滝巡りの〆はこの「三重の滝」である。しかし林道を歩くうち、道はひどい藪となり、普通の靴ではとても進めるものでなく、見ることなく断念し撤退した。
 舗装路歩きの散策路だったので、油断して登山靴は履いていなかった。残念。

【耳納スカイライン】
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 散策路は鷹取山まで続いていると、最初の案内図に書いていたけど、そこまで行く気はせず、峠にあたる耳納スカイラインまで行き、それから引き返した。


 今回の滝巡りは、降雨後という狙い目どおり、どれも十分な水量のある滝を見ることができた。あ、三重の滝を除いてだが。

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November 24, 2018

唐津の紅葉巡り

【唐津城】
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 唐津城といえば、巨大な藤棚で有名だけど、紅葉もなかなかのものである。
 本日は天気もよく、陽光に照らされた紅葉がひときわ美しく映えた。
 城に登ってからの唐津市街の眺めもまたよろしい。海岸に沿っての中洲にある街並み、そして遠くに虹の松原。

 城散策ののちは城下の旅館に一泊して、それから紅葉の本命である、唐津市厳木の「環境芸術の森」へ。
 ここは、佐賀県随一であることは言うに及ばず、九州でも一番のカエデの樹を有する紅葉の名所であって、ちかごろとくに人気が出てきたという。

【環境芸術の森】
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 作礼山の麓にある環境芸術の森に到着。
 紅葉は残念ながらピークを過ぎており、半分ほどは落葉しているとのこと。

【環境芸術の森 紅葉】
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 半分終わっているといっても、樹々の数が多いので、けっこうな数のよく染まった紅葉が残っており、いい景色である。
 そして散った落ち葉も、樹々のあいまに絨毯のように積もり、それもまた美しい。

【風遊山荘】
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 敷地内には、山荘があり、その居間から眺める紅葉の景色が日本画のようだと名高いのだが、残念ながら旬は過ぎていた。
 でも、紅葉の盛りの頃はたしかに素晴らしい景色が広がることは十分想像できた。

 紅葉をたっぷり見物したのちは、次の目的地へ移動。

【我楽房】
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 唐津市厳木のもう一つの名物は、パン屋「我楽房」。
 この店、材料、製法、焼き方、すべてに独自のこだわりをもってパンをつくっており、その味の良さで人気店となっている。
 で、そこへと向かったが、山に入ってからは、人家とてないくねくね道をずっと登って行き、本当にこんなところにパン屋があるのだろうかと不安に思うころ、ようやく標識が出てから、激坂を登り我楽房に到着。

【我楽房 パン】
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 こういうところで、こういう店をやっているからには、店主は相当の風流人だろうと思うけど、現れた店主はやっぱりそういう感じの人物であった。
 パンは数種類あるけど、どれも特大サイズであり、いろいろ試すというわけにはいかなそう。
 選んでみた「幡随院長兵衛」なるパンは、この店の名物らしい、塩味ゴマ風味のパン。
 食べてみれば、素朴ながら、小麦粉本来の旨さ、甘さが口のなかに広がる、とても美味しいパンであった。人気があるわけだ。

【我楽房】
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 我楽房は、店そのものがアートになっていて、いろいろと工夫がある。
とくに店主手製の超大型スピーカーは、低音が非常によく響き、とても聴きごたえある音を出していた。
 また庭に植えられていた紅葉も美しかった。

 ここでも紅葉を体験でき、唐津の紅葉巡りは充実したものとなった。

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