旅行・地域

November 04, 2017

秋の吉野山@奈良

 秋に訪れた奈良。「平地の紅葉はまだ始まっていないので、標高の高いところに行ってみよう」の二日目は吉野山。日本を代表する桜の名所吉野山はじつは紅葉の名所でもあるのだ。桜の名所は、標高の低いところから「下千本」「中千本」「上千本」「奥千本」と続き、そこはまた紅葉の名所でもある。それらを下から順に訪れれば、どこかで紅葉は見られるであろう。

【吉野駅前】
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 吉野山の玄関吉野駅は、下千本あたりの標高である。この奥にバス停があり、そこから上のほうまでは行けるが、たいした距離でもないので、歩いて登ってみよう。

【ケーブル乗り場】
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 駅からしばらく歩いたところにあるケーブル乗り場。現在は修理中とのことで動いていない。
 紅葉は1~3分といったところ。

【下千本】
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 下千本は紅葉はまだ紅葉の時期ではなく、桜の枯葉でくすんだ色となっていた。

【金峯寺蔵王堂】
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 吉野山は辺鄙なところではあるが、いくつもの壮大な寺社、仏閣が建立されている。
 そのなかでも堂々たる威容を誇るのが、金峯寺蔵王堂であり、よくこんなところにこんな立派なものがあるものだと感心してしまう。
 そして、それは吉野山が、政治・宗教史的に重要な場所であり、そしてこの金峯寺は修験道の総本山であるからなのだ。

【中千本】
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 吉野駅から奥千本に行く道は、中千本の手前で二手に分かれる。右手は杉林のなかを行く道、左手は中千本を通る道である。
 中千本は帰りに行くことにして、右手の道を行くことにした。

【杉林】
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 吉野山はもちろん名杉の産地であり、このように良く手入れされた美しい杉が、立ち並んでいる。

【高城山展望台】
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 やがて、紅葉の名所の高城山展望台へと。
 ここは5~7分の紅葉の具合であり、奈良に来て、ようやく見事に美しい紅葉の姿を見ることができた。

【金峰神社】
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 高城山で紅葉を満喫したのち、奥千本へと向かう。
 奥千本へはこの金峰神社への急勾配の坂を上る必要がある。

【西行庵へ】
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 奥千本は、吉野山の最奥地。
 そして吉野山は、西行法師がこよなく愛した山であり、そこに庵を結んでいた実話がある。
 その西行法師の庵のあった地が、奥千本の地でもあり、この案内標識に沿って奥千本に行こう。

【奥千本&西行庵】
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 奥千本は、一番標高の高いところなので、紅葉の旬であろうと思っていたが、まだ5分程度であり、西行庵周囲はまだ始まったばかりであった。
 しかし、この静かで、自然に満ちた地は、たしかに詩人西行法師の愛した地にふさわしく、とても趣あるところであった。

 奥千本のあとは、上千本経由で下山するつもりであったが、このころから雨が降り出し、雨のなかずっと歩く気もせず、金峰寺前のバス亭からバスに乗って下山した。
 というわけで、見逃した場所がいろいろあり、次回は早いうち、つまりは桜の時期にまた訪れたく思った。


 ……………………

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November 03, 2017

秋の室生寺:東海自然歩道を歩く

 11月最初の週。連休を利用して古都奈良を訪れた。
 秋なので紅葉を目当てであったが、関西はまだ紅葉は早く、標高の高いところでちらほら紅葉が始まっているとの情報。
 それで、適度な標高のある、室生寺界隈を訪れることにした。

【室生口大野駅】
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 室生寺には近鉄の室生口大野駅から下車して、それから向かうことになる。
 この駅、いわゆる「山間の鄙びた駅」で、風情があってよい。

【宇陀川】
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 駅を出てしばらくして、道路の傍を宇陀川が流れる。

【室生寺橋】
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 駅前から県道28号線をしばし歩き、大野寺を過ぎると、ここで標識が現れる。
 左の橋を行けば室生寺まで6kmとの小さな標識があり、まずはこの「室生橋」を渡っていく。

【東海自然歩道入り口】
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 先の橋を渡った道は、やがて県道28号線にまた合流し、面白くもない舗装路をしばらく歩いたのち、東海自然歩道の入り口が見えてくる。

【東海自然歩道】
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 県道を歩けば、川沿いの平坦な道であるが、東海自然歩道は林間の道を行き、門森峠に向かって300mほどの高さを登る必要がある。
 立派に手入れされたスギやヒノキのなかの道であり、時折太陽が直線の光を葉の間から射して、室生寺までの参道らしい、神秘的な光景を見せてくれる。
 ただし、この参道はあまり使われていないらしく、全行程のうち2kmほどは荒れるがままになっていて、普通の靴で訪れた私としては歩きにくかった。

【門森峠】
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 門森峠の手前1kmくらいから道は敷石で整備され、歩きやすい道となる。
 そして目立つ、特徴ある岩のあるところが峠であり、ここからはずっと下りとなる。

【公園】
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 急な坂が続く下り道で、ゆるやかになるころ、人の声が響いてきたが、そこはまだ室生寺ではない。
 そこは山間にある「室生山上公園芸術の森」であって、個性的なオブジェが芝生の上に並ぶ公園があり、休日を利用して訪れる人たちでにぎわっていた。

【室生集落】
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 公園を過ぎると、ようやく人の住む地、室生集落が見えてきた。
 そのなかに、ひときわ印象的な、黄色に染まった銀杏の大木が見え、そこが本日の目的地室生寺である。

【室生寺太鼓橋】
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 自然歩道のいったんの終点地は、この太鼓橋。赤い楓の木がお迎え。

【仁王門】
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 室生寺は、全体的には紅葉はまだまだであったが、仁王門の周囲はまずまずの紅葉が見られた。

【参道、灌頂堂】
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 室生寺は、山の傾斜に建てられた寺なので、奥の院までずっと登って参拝することになる。

【五重塔】
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 室生寺のシンボル、五重塔。
 五重塔は、「高さが勝負」という建築物であり、他の有名な五重塔はその高さで圧倒的な存在感を示すものばかりだけど、この寺の五重塔はきわめてコンパクトなつくりであり、それがゆえに独特の個性があって、じつに味がある。

【奥の院】
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 五重の塔の奥には、急峻な階段を登ってたどりつく奥の院があり、そこが今回の室生寺東海自然歩道のゴール。

【室生龍穴神社】
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 室生寺からの帰りは、あの山をまた越える気もしないので、駅へのバスを使うことにする。バスは1時間に1本しかなく、待ち時間が30分ほどあったので、近くの神社室生龍穴神社にお参り。
 ここも神秘的な雰囲気のただよういい神社であった。
 ここでお参りして、あと室生寺の門前のお土産店で買い物したのち、やってきたバスに乗って帰った。

 紅葉の時期にはまだ2週間ほど早かったけど、趣ある建築物がいくつも建つ室生寺、やはり一度は訪れるべき場所である。

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October 07, 2017

愛媛観光 : 佐田岬→下灘駅→道後温泉

 10月になって涼しくなり、紅葉の季節である。
 ただし九州では、この連休はまだ紅葉には早い。どこの山に登っても、紅葉を楽しむことはできないであろう。
 それで、連休は九州を離れて遠出して、紅葉を見に行くことにした。
 昨年、同様の思いで、鳥取の大山は紅葉の旬だろうと勝手に思って大山に出かけたら、紅葉は1分程度であり、がっかりしたので、今回はきちんと事前情報を得ることにした。
 すると四国の石鎚山が、山頂近傍がちょうど紅葉の旬ということで、石鎚山に行くことにした。

 連休の天気予報では、土曜日は曇り時々雨、日曜は晴れということである。
 そのため、土曜日は登山には使わないことにして、土曜日は四国に渡りはするものの、いったん松山市に泊まり、ゆったりとすることにした。

【佐田岬】
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 四国にフェリーで渡り、まずは佐田岬に寄ってみる。
 愛媛から大分に向かって、細長く突き出ている佐田岬半島は、山の尾根がそのまま海に突っ込んでいるような、面白い地形の地であり、ドライブしていると特異な風景をずっと眺めていることができて楽しい。
 その道をずっと行ったのち、駐車場に車を止め、2km弱の歩道を歩いて佐田岬へと到達する。

【佐田岬】
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 地図で見てわかる通り、ここは狭い海峡になっており、潮の流れが厳しい。
 そしてそのおかげで、良い漁場になっているようで、激しい潮を制御しながら、幾艘もの漁船が漁を行っていた。

【佐田岬 : 燈台と海鳥群】
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 豊富な魚を狙っているのは漁師たちのみでなく、岬に群れる海鳥達も、始終岬を周回して、魚の群れが来たときは海に突っ込んでいた。

【佐田岬 : 大砲】
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 佐田岬は海の交通の要所であり、太平洋から瀬戸内海に入る船は、かならずここの目の前の海峡を通らねばならない。
 先の大戦のとき、本土決戦に備えて、この岬に大砲が設置され、そのレプリカが展示されている。
 ・・・江戸時代ならいざ知らず、二次大戦の時代で、もしこの海峡に異国の軍艦が来るなら、制空権が取られたあとに決まっているので、相当な苦労をして設置したであろう、この対艦武器に、何の意味があるか、私としては考え込んでしまうわけであるが、当時はそのようなことを平気でやってしまう、政治・軍事の思考の貧困さが実在した、そういう事実をこの大砲は示している。
 そして、じつのところ、そういった現実的思考あるいは科学的思考の貧困さは、今なおあらゆる領域で、今の日本に頑として存在しているわけであって、ならばこの大砲は、我々そのものの象徴であるような気もして、いろいろと考えてしまった。

【下灘駅】
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 JR四国予讃線の無人駅である、「下灘駅」。
 一日の利用乗客は60人ほどという、零細駅であるが、海にとても近いロケーションにあることから、「日本一海に近い駅」として、全国的に有名であり、列車は使わないものの、その風景を愛でるために、多くの観光客が立ち寄る、四国きっての名物駅となっている。

【下灘駅】
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 駅と海を一緒に撮るアングル。
 じつのところ、地方住まいの身としては、こういう辺鄙な駅と、静かな海は、似たようなものはよく見ているので、あまり新鮮さは感じなかったが、でもその二つを組み合わせると、独特の風情ある風景が生まれるわけで、たしかにこの風景を求めて全国から観光客が来る、その理由がよく分かった。

【道後温泉】
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 松山はいろいろと名物があるけど、その筆頭は道後温泉。
 四国は温泉に乏しい地であるが、この温泉ばかりは、万葉集の昔から名が伝わる名湯である。
 そして道後温泉の象徴である道後温泉本館を見物し、そしてその周囲を散策。
 それから松山市へ行って宿泊。
 明日は石鎚山に登ろう。

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September 17, 2017

綾界隈@台風18号到来の宮崎

【9月17日天気図】
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 9月になって涼しくなり、山のシーズン到来というわけで、連休は山登りと温泉で楽しもうと思っていたのだが、そこへ連休を狙ったかのように、大型の台風18号が、進路が不安定なまま九州に向かってきて、予定がまったく立たなくなったので大人しく前半はインドアで過ごしていた。
 そして16日の夜には、台風の進路がはっきりし、17日の午前中に鹿児島上陸ということで予測が立てやすくなった。
 その日は綾町の温泉宿「酒泉の杜 綾陽亭」に予約を入れていた。当たり前のことながら、旅館というものは、当日にキャンセルをするとキャンセル料を取られるのだが、このときは数日前に宿からあり、「台風の場合はキャンセル料はとりませんので、キャンセルされる場合は早めにご連絡お願いします」との電話があり、なかなか出来た宿と思った。
 当日になり、天気図をみて計画をねる。
 まず宮崎では台風は午後に直撃ということになる。そして雨については、前線との関係で県北はひどいことになりそうだが、宮崎市から綾町へのルートはさほどの雨は降らなさそうである。
 それで、午前中にとっとと綾に移動して、台風本番は施設内で迎えるというプランを立てた。「酒泉の杜」は、温泉、ワイナリー、レストラン等のあるリゾート施設なので、チャックインまで充分に時間をつぶせるであろう。

 ということで、いつもより遥かに車の数の少ない10号線を車で走り、11時頃に綾に到着。
 ところが、時間をつぶすはすの予定の酒泉の杜、本日は台風のせいで全施設営業中止となっていた。・・・よく考えれば当たり前なのだが、その可能性についてはすっかり失念していた。反省。

【酒泉の杜】
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 施設の臨時休業とととも、イベントも中止のお知らせ。

【綾陽亭 客室】
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 というわけで、酒泉の杜をぶらぶらして時間を過ごすという計画があっさりと没になったのだが、宿のほうが特例で12時からチェックインさせてくれた。有難きかな。
 広々として、品のよい、快適な部屋である。
 この部屋のソファに寝っ転がり、午後からは嵐の様相になってきた外を眺めながら、読書や音楽で、ゆったりと時を過ごした。

【部屋風呂】
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 部屋風呂も檜の立派なものである。

【大浴場】
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 酒泉の杜の大浴場は、本日は宿泊者専用である。
 得した気分になった。

【夕方】
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 海上にいたころはゆっくりと進んでいた台風ではあったが、九州に上陸してからは速度を上げ、あっというまに当地を過ぎ去り、夕方には晴れ間も見えた。
 連休中の、迷惑千万の邪魔虫であった台風のとりあえずの通過であった。
 ちなみに、飛行機も飛ばす、JRも全区間運休というこの日、宿のキャンセルは2組だけだったそうだ。どうやって遠くから来れたのだろう?と思ってしまうが、台風に慣れた日本人は、旅のやりかたもそれぞれの工夫をもっているようだ。

【夕食】
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 夕食は、宮崎の地元のものをふんだんに使ったもの。
 綾町取れの野菜、茸、日向鶏、地頭鶏、宮崎牛、日向灘の魚、天然鮎、宮崎産の鰻等々、〆はやはり宮崎名物レタス巻き。
 この宿は県外の観光客が訪れることが多いので、そういう人たちにとって満足度の高い料理であろう。もちろん県内の者にとっても、十分に美味しい料理の数々である。

【照葉大吊橋】
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 翌日は台風一過の晴天である。
 それで綾の観光地を散策。
 まずは、一番の名所「綾の大吊橋」。
 原生林の峡谷にかけられた、世界最大規模の長さを高さを持つ、大吊橋。
 足元は一部が網状になっていて、歩いていると高度感抜群である。

【花時計】
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 直径26mという大きな花時計。
 花の時期はとてもきれいなのであるが、少々時期外れであった。

【綾城】
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 綾の町を見下ろす場所にある、ユニークな造形の城。
 ここからの眺めはじつに素晴らしい。


 台風直撃の連休、それなりに充実した休日を過ごすことができた。

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August 12, 2017

平戸観光

 盆休みは里帰りのついでに、長崎まで足を伸ばし、平戸を観光してきた。
 平戸は玄界灘に面して、小高い山々が連なっている地形だから、つねに潮風が吹いて少しは涼しいであろうとの魂胆であったけど、・・・やっぱり暑かった。
 地球温暖化の時代、夏はどこも暑いですな。

【田平天主堂】
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 平戸は島であり、橋を渡って行かねばばならないが、その橋の手前にあるのが田平天主堂。
 赤煉瓦の、経て来た歴史を伝える造りが印象的な美しい教会である。
 聖地ルルドを模した洞窟も併設されている。

【平戸大橋】
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 この赤く立派な橋により、平戸は陸続きとなっている。築四十年である。

【川内峠】
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 平戸はほとんど平地がなく、山で出来ている地形。その山地の小高いところにある展望所が川内峠。
 360度広がる風景から、九十九島や、壱岐まで見ることができる。

【春日の棚田】
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 平戸はその地形から、水田はどうしても棚田形式となる。
 一枚一枚積み上がって行く田は、独特の美しさがあるが、作業は大変そうであった。

【平戸城】
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 山鹿流により建てられた珍しい城、とのことであるが、素人にはその違いがよく分からない。
 天守閣に登れば、平戸の街並み、港、それに島々を見渡すことができる。

【ザビエル記念堂】
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 日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルは、日本各所で布教を行ったので、その名をつけた教会が日本に多くある。これもそのうちの一つ。
 中央の尖塔を囲むように、いくつもの小尖塔が取り囲む、ゴシック様式の荘厳な教会である。

【最教寺】
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 真言宗派のお寺。
 空海が唐から帰国したとき、最初に護摩を焚いた場所につくられたお寺だそうだ。
 空海もまた伝承、伝説の多い人物である。
 3階の展望所から平戸を見渡せるが、高さがそれほどないので、平戸城ほどの展望はない。

【塩俵の断崖】
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 平戸から生月大橋を渡って、生月島まで行くと、この柱状節理が美しい「塩俵の断崖」を望むことができる。
 このへんには火山がないので、どうやって出来たのか不思議に思ったが、調べてみると1000~600万年くらい前には、この地域では活発な火山活動が起きていたとのことであった。

【夕食】
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 平戸は漁も盛んなところなので、夕食は魚つくし。
 新鮮な魚でおおいに酒を飲みましょう。
 そして〆は、平戸名物「鯛めし」で。

【平戸の夜景】
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 平戸の美しい建築物は夜にはライトアップされており、それらを巡る遊覧バスも各ホテルから出ている。
 私はホテルの近くの展望台に登り、街を一望。平戸城や、ザビエル記念堂が白く浮かびあがっている。


 平戸は大陸に近く、昔から海外との交流がさかんであった地なので、さまざまな歴史記念物があり、そして地形が複雑なので自然も美しい。
 訪れるべき場所が多く、いいところであった。

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July 19, 2017

遥かなるモン・サン=ミッシェル 2日目

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 モン・サン=ミッシェル二日目。
 日の出時刻前にホテルを出発。雲がどんよりとたちこめ、これは日の出は期待できそうにない。
 早朝ゆえ、昼間は観光客、シャトルバス、馬車でにぎわう橋は、ほとんど人がいない。

【東の空】
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 東の空を眺めながら歩いたが、日の出の時刻を過ぎても朝日は雲のなかであった。

【モン・サン=ミッシェル】
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 モン・サン=ミッシェル、観光客はいないけれど、この時刻には島内の施設のために、多くの荷物、商品が運び込まれているようであった。

【入り口】
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 入り口。閑散としている。

【王の門】
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 跳ね橋を持つ、「王の門」。
 その手前左手にあるのが、ジャンボオムレツで有名なレストラン「ラ・メール・プラール」。

【グランドゥ・リュ(大通り)】
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 土産屋やレストランが立ち並び、昼間は人で混雑しているグランドゥ・リュも早朝は静かな通りである。

【グランドゥ・リュでの荷物運搬】
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 この通りはとても狭く、そのわりには店が多いので、荷物はどうやって運んでいるのだろうと誰でも思うだろうが、その正解はこの写真。
 入り口に止めた車から、電動の軽フォークリフトで運び入れているのであった。

【北の塔】
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 北の塔から東の空を眺める。ついに太陽は、その姿を見せそうにない。

【修道院】
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 北の塔から修道院を見る。
 晴れていれば、朝日の染まる修道院の姿を見ることができたのだが、残念。
 修道院入り口の手前で引き返し、ホテルに戻って朝食をとり、それから修道院の開いている時刻に出なおした。

【グランドゥ・リュ】
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 昼間になると、グランドゥ・リュは人で賑わっている。
 ここを歩く気もしないので、王の門からすぐ右手の迂回路を使って北の塔経由で修道院へと行った。

【西のテラス】
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 修道院に入ったのちは、「西のテラス」と呼ばれる展望所からの眺めがたいへん素晴らしい。西方向の広々たる海と大地を眺めることができる。

【ミカエル像】
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 礼拝堂にはこの地に聖堂を建てよと命じた天使ミカエルの像が祀られている。

【中庭】
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 モン・サン=ミッシェル名物の美しい庭園は工事中であった。なんでもこの下の部屋が雨漏りするのでそれの対策だそうだ。
 ここはなにしろ古い建物なので、あちらこちら修復中であった。

【レリーフ像】
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 伝説によると、天使ミカエルはこの地に聖堂を建てさせようと、この地の司教オベールの夢元に現れそう命じたそうだ。しかし司教はそれを単なる夢と思い、何度ミカエルが現れても無視していた。業を煮やしたミカエルは夢に出たついでに、司教の頭を指でつつき頭蓋骨に穴を開けるという過激な手段に出た。畏れおののいた司教はあわてて島に聖堂を造り、それがモン・サン=ミッシェルの起源とされる。
 このレリーフはその光景を描いたもの。
 なお、オベール司教は重傷を負いながら生命は大丈夫だったようで、神につかえる人生を全うしたのちはサン・ジェルヴェ教会に葬られ、彼の穴の開いた頭蓋骨は聖遺物として公開されている。

【モン・サン=ミッシェル 荷物運搬路】
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 モン・サン=ミッシェルは、聖堂、修道院、城塞、牢獄と、時代によっていろいろな使い方をされた複雑な歴史を持つ。牢獄時代は2万人近くの人が住んでいたそうで、大量の荷物の運搬が必要となり、大車輪を上階で回して、この通路を使って荷物を揚げていたそうだ。

【干潟から】
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 「海に浮かぶモン・サン=ミッシェル」というのを見てみたかったが、今回はその機会はなかった。でも、潮が引いているので周りを歩くことができたので、しばし干潟を散策。
 モン・サン=ミッシェル橋から見た姿が正面像として有名だが、違うところからの眺めもまた趣があってよい。

【サントベール協会】
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 島からは小さな岬のように海に突き出た磯が何ケ所かあり、それぞれにまるで砦のように塔や協会が建てられている。そのうちの一つがサントベール協会。
 ここまで行ったのち潮が満ちて来て、それ以上行けなくなり島一周散策は諦め、元の道を引き返した。

【モン・サン=ミッシェル】
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 島内、修道院、干潟を十分に満喫して橋を引き返す。
 そしてモン・サン=ミッシェルを振り返る。
 やはり唯一無二の個性ある風景である。
 一度は訪れるべきところと思っていたけど、本当に訪れてみてよかったと実感した。

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November 26, 2016

紅葉の京都@平成28年秋

 山の自然の紅葉もいいけれど、植樹された庭園の紅葉もまたいいものである。
 その人工的紅葉の美の極致ともいえる、京都の紅葉を今年もまた見に行った。

【東福寺】
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 まずは京都でもトップクラスの紅葉が見られる東福寺へと。
 ここの通天橋は時期がうまくあえば、空気まで真っ赤に染まるような、一面の紅葉の世界のなかを橋で渡ることになるのだが、・・・あんまり時期がよくなくて、だいぶと散っており、先週くらいがピークだったようだ。
 それでも、おそらく今日が紅葉が見られる最後の週末らしいとの情報から、人が非常に多く、渋滞のなかの紅葉見物。

【醍醐寺】
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 続いては伏見に移動して、醍醐寺へ。
 ここは弁天堂に到る紅葉のトンネル、そして弁天堂の池に生える紅葉が見ものなのであるが、トンネルのところはまだ紅葉の時期になってなく、弁天堂周囲の紅葉は色づきがよくなかった。
 それでも一本だけきれいに紅葉している樹があり、それを写真に。

【南禅寺】
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 醍醐寺からは東西線で蹴上駅に戻り、南禅寺へ。
 ここの庭が私は好きである。
 紅葉は時期を過ぎていたが、それでも敷き詰められた紅葉もまた美しい。

【永観堂】
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 南禅寺から永観堂へ。
 紅葉の樹々の質は、京都のあらゆるところでもここが一番なのではなかろうか。
 一本、一本美しい紅葉の樹々があり楽しめたが、しかし多宝塔から境内全体を見下ろせば、紅葉はスカスカ気味であり、もう時期は過ぎていたことも分かる。

【知恩院】
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 紅葉はライトアップされればさらに美しくなるので、夜も紅葉見物へ。
 まずは高台寺に行ってみたが、とんでもない行列であり、入るのに相当な時間がかかりそうなのでパス。そして知恩院前に行ったらここも大行列なのであきらめ、青蓮院に行くとここも延々たる行列であった。
 結局、ライトアップ見物はあきらめ、知恩院前の紅葉のみ写真に撮ってみた。

 秋の京都は毎年来ていたが、ここまでの人出は初めての経験である。
 そしてこれから、京都を訪れる人は多くなることはあれ、少なくなることはないだろうから、ずっとこのような状況が続くのであろう。
 来年からは戦略をねりなおし、郊外、あるいは穴場を探して訪れることにしてみるか。

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November 05, 2016

国東~耶馬渓 紅葉散策

 千燈岳から下山し、それからは明日耶馬渓の山に登る予定なので、耶馬渓へと移動。
 その途中に紅葉の名所「鬼城岩峰」に寄ってみた。

【鬼城岩峰】
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 国東半島特有の奇岩巨岩が連なる山である。
 ここの紅葉が並石ダムの湖面に映える姿は有名であるが、紅葉はまだまだであった。

【三嶋神社】
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 ダムの湖畔から少しあがったところにある三嶋神社にも寄ってみた。
 この神社は入り口のところに大きな銀杏の樹が植えられており、その実がどっさりと落ちているところであった。
 境内いっぱいにも銀杏の実が落ちていて、あたりを覆いつくしている。
 秋ならではの面白い眺めであった。

【一目八景】
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 並石ダムから耶馬渓に移動。
 耶馬渓は標高が高いこともあり、紅葉は平地と比べだいぶと進んでいた。
 ピークはあと一週間後というところか。
 名勝「一目八景」の風景を眺めつつ、ポケモンを探す。
 ポケモンは観光名所に数多く出てくるはずであるが、あんまり出なかった。
 いろいろなところに出かけるたびに、ポケモンを探してはいるもの、いまだ遅々として集まらず。全部集めるのにどれくらいかかるんだろ?

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October 22, 2016

雨の日は滝&九州遺産巡り

 10月も下旬になり紅葉の季節になり、ちらほらと山々の紅葉情報も届いているのだが、せっかくの週末が雨となり、山には登る気がしない。
 雨で楽しめるものといえば、滝くらいしかないので、こういうときしかしない滝めぐりをしてみよう。目指す滝を選ぶにあたっては、私が不思議物件のネタ本として愛読している「九州遺産」という本に、いくつかの芸術的建築物が滝とセットとなって載っていたので、その二つ「白水の滝」「沈堕の滝」を訪れることにした。

【白水の滝】
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 竹田市の名瀑「白水の滝」。
 阿蘇の噴火でつくられた火山岩による崖から、直接水が噴き出て滝となっている。
 だからよく見ると、この滝はいくつもの水流が集まって滝を形成していることが分かる。
 この滝は二段構えになっており、二段目のほうは先の伏流水の滝を集めて水流が滝となっている。こちらはだから水の流れが太い。

【音無井路十二号分水】
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 白水の滝の近くにあるのが、この音無井路十二号分水。
 写真を見ただけでは何がなんやらよく分からん施設であるが、実物を見ると原理がよく分かる。
 竹田という地は水の豊富なところであるが、土地の起伏が激しく、農業用水をまんべんなく引くのが困難な地である。それを解決しようとしたのが、この分水。
 円形の真ん中では周囲の地から水をサイホンの原理で汲みだしている。ここから水がどんどん湧いてくる。そしてそこから外の円に水はあふれ、これが三等分され地下に引いている導管によって、三方向に平等に流されている。
 造形の面白さもあるが、このダイナミックな水の動きが見ていて飽きず、この分水、一度は見るべき価値あるものだ。

【沈堕の滝】
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 続いて豊後大野に移動し、「沈堕の滝」へ。
 この滝も阿蘇の大噴火をベースにして形成された滝であり、幅100mに及ぶ柱状節理の壁に幾筋にも別れた滝が流れる、見事な景観となっている。
 この滝はそのままダムの形をしており、そしてじっさいにダムとして使われていたので、滝の上部に堰堤が築かれており、それゆえ人工物+天然物のハイブリッドとなったユニークな景観をみせている。

【沈堕発電所跡】
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 沈堕の滝は発電施設として使われており、それで滝の下部に石造りの発電所が造られていた。
 明治時代の建築物で、石積みの壁面にアーチが並んでおり、廃墟と化した今ではなにやら神殿風の雰囲気もある。内部に入ることもでき、そこでは蔦が生い茂り、廃墟マニアとかにはとてもうけるような、いい廃墟っぷりである。


 「九州遺産」には、たくさんの訪れたい建築物が載っており、そしてそのなかには先の地震で崩壊したものや、もう撤去されたものがあり、これらがまだ残っているうちに、処々訪れてみたいものだと改めて思った。


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August 27, 2016

和食:きじの松田屋@菊池市

 暑いなか不動岩を登り、下山後は菊池温泉に泊まり、気持ちのよい風呂に入って登山(というか暑さ)の疲れを癒す。
 夕食はどうするかといえば、菊池には「きじの松田屋」という雉料理の名店があることが知られており、今まで訪れる機会がなかったので、行ってみることにした。

 「きじの松田屋」は、雉を育てながら料理店を経営しているので、山のなかにあり、菊池市から阿蘇外輪山方向に向かい7kmほどをタクシーで行く必要がある。
 そして着いてみれば、菊池川源流に近き地ゆえ、自然豊かなところにあり、その高台にあるので、周囲の雑木林や田圃を一望することができる。

【店からの風景】
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 料理は雉をいろいろな調理法で楽しめるフルコースを頼んでみた。

【料理】
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 雉という食材、私は今までジビエでしか食ったことはないのでその印象が強く、この店の雉はあの独特のクセのあるものかと思ったら、とても素直で上品な味のものであった。
 それゆえジビエ料理的なもの、あるいは地鶏的なもの-宮崎の地頭鶏や熊本の天草大王みたいな濃厚系な味を持つものを期待しておくと、ちょいと肩すかしを食うと思うけど、(私がくらったのだけど)、これが食べ進むうち、だんだんとその旨みの深みが分かってきて、雉という食材の素晴らしさをおおいに知ることができた。
 雉のタタキはまずは雉という食材をストレートに味わせてくれる。そしてそれを溶岩焼きにすると(いわゆる焼鳥)、雉の脂がとてもすっきりした純粋なものなので、これを合わせて肉を焼きあげると、雉肉の澄んだ旨みがよく分かり、それでいくらでも食える気になる。
 鍋は雉の骨をしっかりと煮込んだ出汁で食う。溶岩焼き同様に、その美味い出汁に包まれたあっさりした味の雉がさらに旨みを深め、これもいくらでも食べる気になれる。

 フルコース、大満足の料理であった。
 この店はかなり不便なところにあるので、訪れるのが大変なのであるが、それでも遠方から客がよく訪れる、その理由がよく分かりました。

 もっとも、「雉はあっさり系統の肉なので、いくらで食べられる」とは書いたが、この店では写真に示すように肉は最初から多量に出すし、それに追加もあるので、全部食べるのはかなり困難ではある。
 それゆえ私は残念ながら少量を残してしまったのだが、でも、その余りは新鮮なまま、この店の番をしている名犬ルパンの餌となり、それを食しているルパン号の嬉しそうな鳴き声を聞くことができ、・・・なんかうれしかった。

【名犬 ルパン@店主ブログより】
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 「きじの松田屋」店主は熊本で大企業に勤めていたのであるが、田舎で自由きままに農業をやりたいという希望強く、その夢を実現するために早期退職をして、それから熊本中探して、この菊池の水源近き地を理想の地として見出し、今までの資産をこれに費やして購入した。
 そして雑木林を開拓して、男手一本で田圃、柿林を造り、さらには雉の養雉も行い、雉を全国に配送するかたわら、ついには雉料理店も開店し、そのレベルの高さから、食べ物好きな人たちが遠方から訪れるという、サクセスストーリーを築きあげた。
 そのテンション、エネルギーに高さにはほとほと感心するしかなく、食事をしながら店主の話を聞くと、それだけで元気をもらった気分になれます。

 このようなエネルギー、そういう力は遺伝するらしく、店主の息子が阿蘇の産山で熊本赤牛を出す民宿を経営してるそうで紹介を受けた。そこもまたぜひ訪れてみたい。

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 きじの松田屋→HP
 産山の赤牛の店:「山の里」→HP

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