スポーツ

October 02, 2019

ラグビー ワールドカップ観戦記@大分市

【ビッグアイ@Wikipediaより】

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 ラグビー ワールドカップ、ニュージーランドVSカナダ戦が大分ビッグアイでの初試合として開催されるので観に行ってきた。
 ラグビーって、観ていてこんなに面白いスポーツもそうはないと思うけど、贔屓のチームがあるわけでもなく、年末年始の花園大会をたまに観るくらいが、私にとっては関の山であった。しかしラグビーのようなメジャースポーツのワールドカップが本邦で開催されるのは、私の人生でただ一回のチャンスであろうから、この機会を利用して、世界最高峰のラグビーを観るために、大分市のビッグアイまで遠征した次第。

 10月2日はあいにく台風が九州の西を通過中で、天気が不安定なのが確定していた。チケットには、通常の雨なら決行、場内での傘は禁止なので、雨具を持参してください、とか書いていたので、それ相当のものを準備して持って行ったけど、会場に着いてみると、ビッグアイは屋根が閉っていたので必要なかった。
 ビッグアイはその名前の通り、中央部が開いていたはずだが、じつは開閉式なのであった。

【キックオフ】

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 国家斉唱のあと、オールブラックスの勇壮なハカを観たのち、キックオフ。オールブラックス選手がいっせいにカナダサイドに攻め入り、スクラム組んだのちは、あっさりとゴールラインに押し込み、先制。
 それからもオールブラックスは圧倒的な強さを見せ、カナダに一瞬の隙が出来たと思ったら、ボールを奪った選手はフィールドを颯爽と駆け抜けトライ、トライ、トライ。カナダがなんとか反撃しようとゴールライン近くまで迫っても、結局は頑強なオールブラックスのディフェンスに拒まれ押し返され、さらにはカウンターをくらってしまう。
 フィジカルストレンス、スピード、テクニック、それら全てオールブラックスがカナダを上回っているので、もう後半になっては、試合の形をなさなくなってしまった。
 ラグビーって、実力が痛いほどに如実そのままに現れるスポーツだなあ、と私は感心してしまった。そして、それで先日の日本VSアイルランド戦において、日本が勝利を収めたのは、奇跡とか偶然ではなく、たんに実力によるものであることも分かった。奇跡や偶然でなんとかなるほどラグビーは甘いスポーツではないっす。
 それにしても、ニュージーランドとカナダ、どちらも大英帝国の移民の国なのに、どこでどうやってこんなに差がついてしまったのだ。

【日程シャツ:ニュージランドサポーター】

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 試合には外国人も多く来ていたけど、当たり前ながら主力はニュージーランド人とカナダ人。前者は黒の、後者は赤のシャツを着ているので見分けは簡単につく。
 私の席の隣は、五人のニュージーランド人オヤジ組であった。
 試合前に、隣の人が「お前はどちらの味方なんだ?」と聞いてきたので、「日本でラグビーワールドカップが開かれるなんて一生で一回しかないだろうから記念に来た。だから、どちらのチームのサポーターでもないが、グッドプレイ、グッドゲームを期待している」と正直に答えておいた。そして「オールブラックスは日本でも大変有名なチームで、特にハカはよく知られている。ライブでそれを観るのが楽しみだ」と言うと、その一つ隣の人が、「彼はハカが得意なんだ。一緒にダンスしてくれるよ」と言い、みなで笑った。
 彼らは大分のような地方都市に、ビッグアイのようなビューティフルな会場があることを称賛していた。ただし席が小さくて、外国人には辛いと文句も言っていた。私はビッグアイ建設の由来について一通り説明したのち、ビッグアイに外国人がたくさん来るのはレアケースなので、どうもすみません、I’m sorry on behalh of Japaneseと謝っておいた。
 試合が始まると、当然オールブラックスの快進撃に、隣組は大騒ぎで盛り上がっており、その流れでついつい私もオ-ルブラックスを応援していたけど、後半になり差が付きすぎると、会場全体はカナダ贔屓の雰囲気になり、カナダの選手がニュージーランドフィールド内に切り込むと大歓声が上がり、しかし大抵はあっさりと拒まれるので、しゅんとなる、その繰り返しであった。会場としては、カナダにワントライくらいはさせてやれよ、という感じであったが、オールブラックスは無情なのであった。

 試合が終わったのち、オヤジ組に「日本ではどれくらい観戦するのか」と尋ねたら、くるっと振り返りシャツの背中を見せてもらった。このずらりと並んだ日程、日本全国を追いかけるのである。うーむ、マニアってたいしたものだなあ。

【大分駅前】

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 試合終了後は、大観衆のピストン輸送のためのシャトルバスの大行列に並んで順番を待つ。大分駅や別府駅から3万人近くの人を運ぶ大事業。様々なバス会社、大分県中のバスが集まっていた。
 ビッグアイは公共交通機関のアプローチシステムが貧弱なので、こういうピストン方式をとらないといけないのは理解できるけど、どうにも手際が悪いのが気になった。
 ビッグアイはトリニータの本拠地であり、その試合にも3万人の人は集まるので、輸送システムは確立しているのだろうと勝手に思っていたけど、いざそれを利用しようとすると、どこがどの行列で、どこが最後尾なのか、どうにもはっきりせず、まるで試行錯誤の段階のように見えた。これが駅内の人や道路の交通量の多い休日昼間の開催時は、けっこうたいへんな混雑渋滞になるのではと危惧した次第。まあ、それこそ試行錯誤を重ね、改善はしていくのだろうけど。

 結局、午後11時を過ぎて大分駅に着き、駅近くの駐車場を出発。
 台風通過中、大分市は小雨で済んでいたけど、高速に乗って走っていると、宮崎方面に雷が光っている。いやだな~と思いながら走るうち、県境近くで突如豪雨となり、50km制限となっていた。そしてその速度で走っていてもフロントガラスには雨が水平方向に滝のように叩き、道路は時に川となる。ただ、川に突っ込み、どんなにタイヤが水を撒き散らそうが、まったくハンドルは取られず、車の走行は安定していたので、「ああ、電子制御式四駆(インテリジェント四駆)の車にしておいてほんとに良かった」と心から思った。
 豪雨のなかを安全運転で走るなか、蒲江インターの次で一般道に下りようかなと思っていたが、そこらあたりで雨が弱まったので、東九州道をそのまま走り、宮崎に入ってからはほぼ上がったので、そこからは安心して走ることができた。

 ラグビー、試合はまあ楽しかったけど、会場までの大混雑のアプローチと帰り、そして豪雨のなかの運転、ラグビー以外で疲れ果てた一日であった。

 

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June 08, 2019

多摩川ランニング & てんぷら近藤@銀座

 金曜、「かわむら」で遅い夕食を食べたのち、土曜日の朝を迎える。
 ひさしぶりに肉をたらふく食べたので、やはり胃がもたれていて、どうにもすっきりしない。そして本日の夕方には、有名な天麩羅店「てんぷら近藤」に予約を入れていた。
 これはなにか運動しないと、夕食が入らない、ということで軽くランニングをすることにした。
 東京も梅雨は突入していたが、予報では曇り時々雨とのことで、ランニングには支障はないようである。そしてランニングに適したところをネットで検索すると、多摩川沿いの10kmを走るコースが信号もほとんどなく道も変化に富んでいて面白そうなので、行ってみることにした。

【矢口渡駅】

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 東京とは交通の便利のよいところであり、たいていの所は電車を乗り継いで行けば到着できる。
 多摩川ランニングのスタート&ゴールは、この矢口渡駅である。

【多摩川】

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 多摩川のコースは河川敷や土手を走ることが出来る。土手のほうが眺めが良いので、おもに土手を走ってみた。

【川崎市】

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 多摩川の向うは川崎市である。高層ビルディングが立ち並び、けっこうな都会だ。川崎市、行ったことはないけど、たいしたものであったのだ。

【多摩川大橋】

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 丸子橋で折り返して、そして多摩川大橋を渡って駅まで戻った。合計で約13kmのランニングであった。気温は高めだったけど、川沿いにはいい風が吹いていて、快適に走ることができた。

 

【てんぷら近藤】

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 走ったおかげでいい塩梅に腹もすき、夕方「てんぷら近藤」へ。
 この店は、野菜の天麩羅で有名であり、たしかにどれもいい素材を使って、その甘味旨味を高めるよう揚げていて、なるほどこれはたしかに評判になるわけだと思った。上の天麩羅は「甘甘娘」という、それだけでたいへん甘いトウモロコシを、天麩羅にすることによりさらに甘みを増している。
 そして近藤の名物は下の写真の「さつま芋の天麩羅」。さつま芋の甘さを生かす料理法といえば、まずは石焼き芋であるが、天麩羅でもそれができるはずとの考えで、手間暇かけて揚げ物にしあげたもの。たしかに甘みたっぷりであるが、それならべつに石焼き芋でもいいのでは、と思わぬこともない。

 てんぷら近藤は広い店で、カウンターに20人以上の客が並んでいるけど、高齢の店主は一手に揚げるのを引き受け、お弟子さんたちの指揮も行い、店全体を〆ている。まさに職人芸の極みであり、その姿を見ているだけでも、こちらの気も引き締まってきた。

 

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December 09, 2018

第32回青島太平洋マラソン2018 & 忘年会

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 宮崎屈指の人気スポーツイベント、青島太平洋マラソン。近頃は人気が出過ぎて、エントリーするのも大変であり、今回も回線がなかなかつながらない受付サイトに、これは駄目かなあと思っていたらなんとかつながりエントリーできた。

 エントリーが6月なので、開催まで半年間あるのでじゅうぶん練習ができそうだけど、宮崎は夏から秋は暑くてとても走る気にはなれず、10月後半からようやく涼しくなったら、それは紅葉登山のシーズンなので、週末は長距離走るよりも登山のほうがはるかに楽しいゆえ、当ブログの記事にあるように、ついつい紅葉登山にばかりでかけてしまい、結局真っ当な練習ができずに当日を迎えることとなった。

 いつものごとく、世の中にはこんなにマラソン愛好者がいるんだと感心する、たくさんの人の集まった会場から、フェニックスの立ち並ぶ220号線を走っていく。気温は低めでいいコンディションで脚も快調に前に出る。ところが10kmあたり、南宮崎のショッピングモールのあるところらへん、あそこは舗装路が荒れていて凸凹しているのだが、周囲を見渡しながら走っていて、足元の注意がおろそかになっていたせいで、その窪んでいるところに足を引っ掛け、転倒してしまった。時速10kmくらいで走っているせいで、手をついて身体を支えるというわけにはいかず、手をついたのちそのまま左半身から落ちて左肩を強打。けっこう痛かった。
 観衆が多いところだったので、みっともないことこのうえなかったが、脚には異常なかったので、応急処置したのち、そのままラン続行。

 教訓:荒れている路面を走るときは、路面に神経を集中しましょう。

 30kmまでは1時間10kmのペースで走れたが、運動公園に戻ってからトロピカルロードを走るときは、脚の筋肉に疲労が蓄積して、いわゆる「足が棒」の状態。そして36kmのところで、このまま走り続けると筋肉が攣りそうな痛みを覚えてきて、やむなく歩きと走りを交えながら進めることにした。
 42kmを走りきるのがマラソンというスポーツなら、私のマラソンは36kmで終了ということになる。あとはともかくゴールに帰ることのみ専念し、ラン&ウォークでとりあえずゴール。それでも4時間30分台というタイムは、あんまり昨年と変わっていないのはどういうわけか。

 なにはともあれ、第32回青太マラソンは、いろいろと反省と教訓を残して終了。反省については、走り込みが足らなかったからに尽きる。これも登山ばっかり行ってランを怠けていたせいであり、来年エントリできたら、秋の紅葉登山は控えて、見立や五ヶ瀬の川沿いの紅葉ランでもして鍛えようかな、などとたぶんやらないであろうことを考えたりした。

 マラソンのあとは、宮崎市のマリックスで温泉に入って、仮眠室で休憩してから、寿司店「よし信」でカウンター貸切りの忘年会に参加。
 マラソンでこけて大変だったんですよ~などと話すうち、店主がカロリー相当消費したでしょうから、握りのシャリを多めにしますかと気をつかって言ってくれる。しかしこの店のシャリは少なめのほうがバランスがいいので、いつもの握りでお願いする。
 美味しい鮨と酒を堪能したのち、二次会は本日開店の「スタンド・ステッサへ」へ。本格的石窯ピザで有名なステッサが宮崎市の中心街に出したスタンドバーとレストランの融合したユニークな店。飲食にとても使い勝手のよい店で、開店早々客も多く、これは人気店になると思った。

 マラソン、寿司店、スタンドバーと宮崎市の魅力をいろいろ楽しんだ週末であった。

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December 10, 2017

弟31回青太マラソン & ワイン会

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 宮崎の冬の名物、青島太平洋マラソン。
 昨年話のタネに走ってみたら、たいへんきつかったが、それなりに面白くもあったので、今年はどうしようと思いつつ、申し込み初日にネットにつないだら、あっさりとつながりエントリできたので、参加してみることにした。
 これは、私はけっこう幸運だったのであり、申し込みはあっという間に〆切りとなって、参加できなかった人がたくさんいたことをあとで知った。

 エントリが6月だったので、半年あればそれなりに準備はできると思いつつ、宮崎は夏は暑いのでまったく走れず、10月になってようやく涼しくなったので、晴れた朝に適度に走っていたが、11月になって急に朝が寒くなりまた走れなくなった。
 それなら休日の午後でも使って練習すればいいようなものだが、休日にわざわざ長距離走る気にもなれず、たいていは山に登ってしまっていたので、せめて山登りをしているときは、平地では速度を速めて、なるべく筋力をつけるような歩き方をこころがけて、それなりに準備を整えた。

 そして当日となる。
 昨年の経験から、5kmまではアップなのでだるい、10kmくらいでエンジンがかかる、10kmくらいから25kmまでは快適、25kmから30kmまではきつくなり、そして30kmからが苦難の走り、となるのはだいたい分かっている。
 すなわち30kmから先が、マラソンの核心であり醍醐味なので、ここまでいかに体力筋力を温存しつつ、しかしそれなりの速度で走るか、それらを考えながらの走りとした。
 ここが昨年と違うところである。

 今回は天気予報では晴れであったが、ずっと曇天であり、ときおり小雨も降る寒い日であり、マラソンにとっては好コンディションであった。
 そのため、走りだすと、昨年より足が軽く感じられ、20kmまでは1km5分30秒、20~30kmは6分のペースで快調に走られた。しかしながら、30km過ぎると途端に脚力が低下し、ぐっとブレーキがかかってしまって、トロピカルロードの10kmは果てしなき苦行の旅となった。
 これは昨年同様であり、全然学習してないじゃんか、ということになるのだろうが、しかし全体の速度を遅くしたら筋力が温存できるかどうか、というのもなかなか難しいところであり、全体としての最適なバランスの走り方って、結局は数をこなさないと会得できないのだろうなと思った。

 そういうわけで、トロピカルロードは、まさに棒になった脚を無理やり前に出しながら、まわりの美しい青島、太平洋の眺めもどうでもよく、早く終われ、早くゴールに着け、とそれだけ念じながら、へろへろになってなんとかゴール。

 それでも終わってしまえば、ゴール会場での冷たいコカコーラは身体中にしみわたる爽やかさ、美味しさであり、そしてもう走らなくてよい、という安堵感、解放感はたまらないものであって、この一時の幸福感をいったん知ってしまうと、マラソンってなかなか止められないだろうな、と実感する。
 じっさい、こんなきついスポーツなのに、愛好者はヤマほどいるわけだし。


 ゴール会場でしばしくつろいで、それから完走証をもらった。
 タイムは4時間半ばであった。昨年よりも15分ほどタイムを縮められたので、それなりに進歩はしていたみたいであった。


 青太マラソンは、フェニック並木で有名な国道220号線から宮崎中心街の橘通りから宮崎神宮前の国道を、ランナー専用に貸し切って使う、大イベントであり、普段は車しか走れぬ宮崎の主要道路を、堂々と走れる、走っていてたいへん気持ちのよいものであり、宮崎に住んでいて、それなりに走れる人はやはり一度は参加したほうがよいイベントだと思う。
 私も来年も参加してみたいが、問題はネットにつながるかどうか、まずはそれからだな。

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 さて、本日はもう一つイベントがあり、夜は宮崎市のフレンチレストランでワインラヴァーの忘年会である。
 マラソン後、温泉施設で、おもに水風呂に入って、しっかりとクーリング。私の場合、これしとかないと、翌朝、けっこうな確率で足が攣ってしまう。そのあとしばし休憩して、レストランへGo。

【ワイン】
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 今年最後のワイン会、ということもあって、なんだか気合の入ったワインが並んでいる。
 とくに今回のスターは、主催者持ち込みの「Le Fleur 89」。元々生産量も少なく、しかも生産者もいなくなったので、今では入手困難となった幻のワインであるが、ワインには旬というものがあり、もう飲みごろだろうからと、主催者が放出を決めたもの。

【Le Fleur 89】
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 ワインというものは、べつに貯蔵品とか美術品とかではなく、飲んでから初めて価値を持つものなので、もっとも美味しいと思われているときに抜栓され、周囲に香りをまきちらし、飲まれていくのが、世のため、人のため、ワインのため、というものであり、そしてじっさいにこのような美味しいワインを飲め、みな幸福感にひたるのであった。

【メイン料理】
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 本日の料理は、いつもながらシェフの腕が立っており、どれもすばらしいもの。
 今の時期、もっとも旨味のます蝦夷鹿に、黒トリュフをたっぷりとかけて。

【クレープシュゼット】
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 デザートは、ソムリエ氏の名人芸がみられるクレープシュゼット。


 マラソンも完走でき、美味い料理と、豪華なワインも楽しめた、実り多き一日であった。

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October 01, 2017

世界ジュニアサーフィン選手権@日向市お倉ヶ浜

 サーフィンの国際大会が日向市のお倉ヶ浜で9月末から9日間の日程で開かれている。
 宮崎では、日向から日南にかけては、日本有数のサーフィンの名所であって、それ目的に宮崎に移住する人も多いという、波乗りにとっての憧れの地らしい。
 その場で、世界中から人がやってくるビッグイヴェントが開催されたのである。

 マリーンスポーツに興味のない私としては、サーフィンといえば、名画「ビッグウェンズデー」の知識くらいしかないわけだが、(いったい何十年前の映画だよ、という突っ込みはさておき)、プロのトップアスリートの技が間近で生でみられる機会は滅多にないので、行ってみることにした。

【競技風景】
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 サーフィンって、波に乗り、波を飛び、波を切り裂く、波と闘う激しいスポーツなのであった。
 アクロバットな技などなかった「ビッグウェンズデー」のサーフィンとは、相当に違っていた。・・・月日の流れとともに、物事はいろいろと変わるのである。

【競技風景】
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 各国の選手が演技するたび、その国の応援団が旗を振って応援する。
 ブラジル、アルゼンチン等の南米の国が特に乗りが良かった。

 

 サーフィンのルールについては何も知らない私であったが、この競技はルール上、常に選手に指示と経過を伝えねばならないみたいで、ずっとスピーカーで沖の競技者に対して点数とか順番を伝えていたので、競技の流れがわかりやすかった。
 それに選手が繰り出す技の得点については、素晴らしい技が出ると、観衆が歓声を上げるし、それに見ているうちに「これは、いい得点出るな」ということが分かりだし、ルールを知らない者でも存分に楽しめた。

 ただサーフィンって、見ているうちに、結局は乗る波の良し悪しで、そのパフォーマンスも相当に影響されるのも分かり、採点競技としては、少々問題のあるスポーツではないかとの疑問も持ってしまった。
 寄せくる波は、すべてが違う波であり、そのなかにほんの一部ある素晴らしい波をとらえれば、納得の演技ができる可能性が高まるわけだけど、そういう波が制限時間内に来るとも限らぬし、しかも競技は4人一組でするので、せっかく素晴らしい波が来ても、乗れる波には優先順位があるので、個人によって好きな波が自由に選べるというわけではなかったわけだし。

 とはいえ、いい波が来たときのトップアスリート達の演技は、本当に見事なものであった。人間って、鍛えればこんなとんでもないこともできるんだなあ、という感嘆を与えてくれる、最高レベルのスポーツ大会でみられる「人間賛歌」そのものであった。


 日向という地は、全国レベルからすると交通や宿泊の便の悪い、こういう国際大会を開催するには地の利のない地であるが、その問題を克服して、このような大規模な大会を開いてくれて関係者の努力に感謝至極である。
 もちろん、この地で最高のパフォーマンスを演じ、サーフィンの魅力を何万人もの観客に教えてくれた選手たちにも。

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December 11, 2016

青島太平洋マラソンを走ってみた

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 宮崎県最大のスポーツイベント、青太マラソン。
 7年前に職場のイベントで、この大会のハーフマラソンを走ったことがある。ハーフのコースは、メインである宮崎中心街から宮崎神宮までの道を走らないものであり、本当の魅力を味わえなかったので、いつかはフルマラソンを走ってみたいと思っていた。
 しかしハーフでもけっこうきつかったのに、フルマラソンはもっときついに決まっているので、エントリは躊躇していたのだが、青太マラソンの人気がどんどん高まり、来年からは抽選制になるらしいとのことだったので、確実にエントリできる最後のチャンスである今年の大会に、エントリしてみた。

 出場するからには完走はしてみたい。
 そして青太マラソンは、制限時間が6時間半とけっこう緩めなので、まあ完走はできるだろう。
 前回のハーフは2時間7分で走っているので、今回は前半2時間半、後半3時間半は可能だろうから、そのペースで計6時間くらいで走ることを目標とした。

 そして当日を迎える。見事なまでの快晴であった。しかも気温も低めで、絶好のマラソン日和である。
 私は最後尾のFグループであり、号砲が鳴ってもぜんぜん進まないなか、800mくらい余分に歩いたのち、ようやくゲートをくぐれた。
 登山でもそうだが、この手のスポーツは最初の15分くらいは調子がでないけど、エンジンがかかってからは快調に身体が動く。そして気候のコンディションが良く、また日頃見なれた街のなか、車道を大勢のランナーが独占して走るのも面白く、大変気持ちよく走ることができた。それこそ途中に「日向市まで67km」という標識が出ているのを見て、日向市まで走ってみたいなあ、などと不遜なことを思ってしまったほどに。

 しかしながら30kmを過ぎ、サンマリン球場に近づくころに、足の調子が急におかしくなりだした。筋肉があちこち痛くなり、足が前に進むのを拒否するのである。だからといって、立ち止まったり、歩くわけにもいかず、ここは気力で足を前に進めていくしかない。ペースもぐっと落ちて来る。
 この30kmの壁はおそらくマラソン特有のものらしく、あとでSNSにずらりと載っていたランナー達の完走証をみると、みな30kmまでは同じようなペースで走っていても、30km過ぎるとぐっとペースが落ちていた。これは速い人も遅い人も同様である。

 そういうわけで、30kmを過ぎてから、「真のマラソン」に遭遇することになり、トロピカルロードに出てから見える、折り返し点の青島がずいぶんと遠くに見えてしまった。そして折り返し点を過ぎてから見えるサンマリン球場がまたやたらに、絶望的に遠く見える。あと5kmなんだから、頭のなかではたいした距離ではないことは分かっているのだが、すでにダメージを受けている身体がその感覚を拒否するのである。
 30km過ぎてからは、マラソンはまさに気力のスポーツと化し、前半と別のスポーツに化ける。一種の修業である。その過酷な修行を経て、ようやくフィニッシュのゲートをくぐったときは本当にほっとした。もう走らなくていいんだ、もう立ち止まっていいんだ、それがとてもうれしい。

 そして完走証と完走記念品を受け取り、着替え場に行って着替えていると、気分が悪くなり、頭がふらふらした。これは以前ハードなサイクリングで経験したハンガーノックだとすぐ気付き、記念にもらったマンゴーメロンパンをただちに食べ、そして復活。必ず食いながら行うサイクリングと違って、マラソンは栄養補給はしなくてよいスポーツと思っていたら、そうではなかった。

 フルマラソン、やはりやってみないと分からないことが多々ある。
 そして肝心のタイムは、4時間台後半であった。予想より早かったのは、周りのランナーのペースに引きずられたせいだと思う。平凡なタイムだけど、50過ぎた中年男の初マラソン挑戦にしては、がんばったたぐいではあろう。

 なにはともあれ、長年の宿題を一つやり遂げた満足感は大きい。
 また、最後の10kmはともかくとして、走ることの爽快感もじゅうぶんに味わえた青太マラソンであった。来年も、エントリにトライしてみようかな。

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March 05, 2011

五ヶ瀬でスキー & 「なんちゃってモーグラー」講義

【五ヶ瀬スキー場】
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 今シーズンは雪山ばっかり登っていて、スキーをまともに滑っていなかったので、これが最後の機会であろうと、五ヶ瀬スキー場へと行ってきた。

 本日は見事な快晴である。
 3月にしては雪はまだ多く残っており、1キロコースがフルで滑ることができた。今シーズンの雪の多さがよく分かる。

【モーグルバーン】
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 五ヶ瀬の名物は、モーグルバーン。西日本のスキー場では、これがあるとこは珍しい。
 「なんちゃってモーグラー」の私としては、これを愉しまないわけにはいかず、かれこれ10本は滑った。1年ぶりのモーグルは最初のうちはなかなかリズムが合わずにガタガタと滑っていたけど、後半では勘が戻ってきて、それなりのリズムで滑ることができた。

 ところでモーグルを滑る人にもいろいろあり、それを大雑把に分けると
 (1) モーグラー以前: モーグルバーンに入ってはいくものの、スピードの制御ができなくなり、コブからはじき出されてしまうか、転倒してしまう。
 (2) なんちゃってモーグラー: ターンも板のずらしも、なっちゃいないが、それでもなんとかコブから出ずにコースを滑りきる。
 (3) モーグラー: きちんとしたカービングでコースを滑る。見た目の格好よさは前者とはケタ違いである。


 モーグルの滑り方はインストラクターにずいぶんと習ったけど、コブをカービングで滑っていく技術は私にはとても無理であり、いまだに私は「なんちゃってモーグラー」にとどまっている。ただし、「なんちゃってモーグラー」の技術があれば、不整地はどこでも滑られるようになるので、まあこれ以上の技術もいらないよなあとは思っている。

 五ヶ瀬のモーグルバーンを滑っている人たちを見ていると、「モーグラー以前」の人も多く、滑るうちに途中でコブから脱出している。その原因はスピードのコントロールができなくなってしまったことが主である。
 モーグルコースを滑るようになれる第一ステップの技術は、「コブ内でのスピード制御」にあるわけだが、これについてはインストラクターから習った講義がずいぶんとためになったので、ブログで紹介しておく。

【コブ上のスキーヤー】
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 モーグルバーンのなかでは、スキーヤーは板をコブにぶつけることと、板を横にずらすことによってスピードをコントロールしている。そして溝内のコブの上に乗ったときは最も減速できているはずだが、初級者では、ここからスピードが出てしまい、次のコブで速度が増してしまって、コブからはじき出される、というパターンとなりがちだ。
 これはなぜかというと、コブを越えるさいに、どうしても身体が後ろに傾いてしまい、そのためブレーキがかからずに、どんどんスピードが出てしまうからである。

【板の跳ね上げと、滑る方向の意識】
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 コブの中を進むときは、コブが恐いので、初級者は身体は後傾がちになる。
 それで、インストラクターから習ったのは、「ともかく身体は前傾、前傾!」である。そのためには、(1)コブを越えたときは板の後ろを跳ね上げる (2)コブを越えたときは、コブの底目指して落ちていくと意識を持つ この二つを常に留意しておくと、身体は必ず前傾になる、ということであった。
 言うは易し行うは難しで、なかなか実行はできなかったけど、ともかくこの二つを頭の中で唱えるうちに、私もなんとかコース内での前傾姿勢は保たれ、スピードの制御はできるようになった。

 そして意識が前方向に向かううち、スキー先端をどこにぶつけるかというラインが知らずして見えて来ることがある。そうなると板はコブを次々と滑らかに越えて行き、素晴らしい速度とリズムでモーグルバーンを滑走することができるので、「おれって、じつはものすごく上手いんじゃないの?」とか思ったりすることがある。
 私はこれを「スキーの神がおりてきた時」と称しているが、これは不整地好きのスキーヤーはけっこう経験するものだそうだ。残念ながら、スキーの神様は滅多におりてくることはなく、本日10本滑ったけど、神はついにおりてこなかった。

 来シーズン、また頑張って滑ってみるか。

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January 15, 2011

吹雪の五ヶ瀬スキー場

 今年の1月は寒波が連続的に到来しており、五ヶ瀬スキー場にも1月にしては珍しく、雪がたっぷりと積もり、全コースオープンとなっており、雪質も極上とのことである。
 その五ヶ瀬を楽しむため、熊本のスキーチームが集団で来るとのmailがあった。しかし前日の宮崎の天気予報をみると、曇り時々雪で、五ヶ瀬の地理条件を考えるとあんまりスキーを楽しめるような天気ではないので、不参加にしておいた。
 だが当日になって、天気予報をみると曇りのち晴れである。そして延岡でもたしかに午前10時を過ぎて晴れて来たので、これはスキー日和だ、と五ヶ瀬スキー場に行くことにした。

【大橋】
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 好天を期待してのスキー行くであったが、高千穂を抜けるころから、どうも話がおかしなことになってきた。
 雪が降り出し、国道265線に入ると路面にも雪が積もっている。国道から五ヶ瀬スキー場への山道に入ると、積雪はともかくとして、雪の降りがさらに激しくなってきた。

 そしてスキー場駐車場に着いて、車の扉を開けると、雪が真横から強風とともに入って来た。
 …これは吹雪である。

 吹雪ではあれど、せっかく来たからには1本くらいは滑ってみたい。とりあえずリフト乗り場まで行ったら、ちょうどそこで熊本のスキーチームの人と会った。
 「吹雪でどうにもならないから、もう帰ります」とのことであった。

【スキー場】
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 スキー場に着けば、やはり吹雪であった。
 五ヶ瀬スキー場はもろに脊梁山地の風の通り道に当たるので、こういうときは間違いなく吹雪の世界となる。
 吹雪のなかのスキーなんてたまったものじゃないなあ、とリフトで隣に乗っていた人と愚痴を語りあうが、天気予報に関しては元々「曇りのち雪」であったとのこと。これは私の勘違いということでなく、山脈ひとつ隔てて宮崎は東側は晴れ、西側は雪だったわけだ。
 数本滑ってはみたものの、視界が利かず、ぜんせん面白くなかったので、それで終了してさっさと帰った。帰れば延岡は予報通り晴れである。…なんかおもしろくなかった。

 大事な教訓:天気予報はちゃんと現地のものを調べましょう。

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February 10, 2010

遥かなるウィスラー

 今年の冬のオリンピックは、カナダのウィスラーをメイン会場として行われる。
 ウィスラー(+ブロッコム)は二つの大きな連山から成るスキーエリアであり、その規模の広さとコースの豊かさから、世界のスキーヤーの憧れの地となっていて、世界中のスキーヤーが集まるスキーの聖地とされている。

 不詳私もスキーヤーの末席の一員として、8年前にウィスラーに滞在したことがある。
 オリンピックイヤーを記念して、その時の思い出でもUPしてみる。

【ウィスラーのスキー場】
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 カナダの山はなにしろ規模が大きい。それを丸々スキー場にしているわけだから、広いのなんのって。
 ここから見える山々、すべてがスキーコースである。どこを滑ろうが自由だ。

 なお、カナダは自己責任の国なので、いかに危険そうなコースでも己の責任において滑ることが可能となる。一応難しさの目安として各コースの入り口には標識が付けられており、己の技量に適したコースを滑るようにアドバイスされている。
 最も難しいコースでは黒ダイヤが二つ付けられており、そのコースは、たいていは90度近い傾斜の、ほとんど「垂直の崖」と称すべきコースである。最初に見たときなど、私は立ち止まって見おろしながら、ほんとにこれはスキーコースなのだろうかと不審に思った。そのうち後ろから来た外人のあんちゃんが、お前が行かないのなら俺が先に行くとばかり、颯爽と崖に飛び出して、落ちるよりも早いスピードで滑走していったので、なるほどほんとにスキーコースだったんだなと納得した。過保護の日本のスキー場ではあり得ないコースがウィスラーにはいくらでもあり、これもウィスラーの魅力である。


【ウィスラーボウル Whistler Bowl】
Bowl

 ここがウィスラーの名物、山頂近くの広大なカール地形を生かした、ボウルと名付けられたスキーコース。雪質が良く、自在にコースをとれるために、立派なコブがいっぱい育っている。
 滑っていて楽しいコースだが、なにしろ人気のあるコースゆえ、人が多いこと。写真に写っている人の群れは全てリフト待ちの人である。私も結局1時間近く待たされることになった。これ、休日ではなくて、普通の日のこと。休日ならもっとすごい待ち時間になるんでしょうな。
 ウィスラースキー場は、全体的にいつでもどこでも人が多かった。

【ブロッコム氷河】
Ice_river

 ウィスラスキー場は、ウィスラー山とブロッコム山の二つの峰から成るコースであるが、ブロッコム山には氷河がある。
 氷河というのは、これこそそのまま天然のスキーコースなのであり、ここを滑ると大自然を滑走しているという気分にひたれる。なにしろ、氷河そのものだけあって、コースは雄大であるし、また滑走面は凹凸不整であり、雪質もどんどん変わるため、まさに自然を相手にした滑走を楽しめることになる。
 氷と雪の国カナダならではの、魅力あふれるコースである。

 ウィスラーのスキー場はあまりにコースが多すぎ、1週間程度の滞在ではとても全部は回れない。ただ面白いコースはだいたい山の上のほうに固まっているので、そこを中心に回れば十分にウィスラーの魅力を堪能できると思う。

【ウィスラー村 Whistler Village】
Village

 ウィスラー山の麓には、ウィスラーヴィレッジと名付けられた、リゾート村がある。山荘風な建物や、古式なホテルが立ち並ぶ、いかにも洒落たリゾート地らしいつくりだ。
 ウィスラーには長期滞在のスキー客が多いので、そういう人たちを対象とした貸し別荘も多くある。そこでは当然自炊であり、そのために食品の品ぞろえの多いスーパーが数軒あり、また大きな酒販売店もある。
 私も訪れたときは貸し別荘(コンドミニアム)を利用し、さんざん滑ったあとは、さんざん飲んで食った。

 日本のスキーリゾート地は、だいたいはプリンスが造っており、また利用者が国内客ばかりということもあり、どうしてもこじんまりとしている。
 ウィスラーに行って、スキー場の広さにはもちろん感心したが、それとともにこのウィスラーヴィレッジの広さと使いやすさ、そして心地よさにも感心した。


 今年のバンクーバーオリンピック、選手達の活躍とともに、かつて訪れたウィスラーの素晴らしい風景を眺めることができることも楽しみである。
 遥かなるウィスラーに、もうしばらくすればまた会える。

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January 17, 2010

広島でスキー(恐羅漢、大佐)

 広島の恐羅漢スキー場は、雪さえあれば変化に富んだ面白いコースをいくつも滑ることのできる魅力的なスキー場である。今年のドカ雪のおかげで、恐羅漢は全コースオープンとなり、これは楽しめそうだ。
 熊本市のスキー道具店から、広島恐羅漢行きの有志を集めるメールが届いたので、それではと行くことにする。

 広島行は、メンバー4名。店のワゴン車で行く。
 今年は雪が多いので、スキー場に遊びに行く人が増えており、店主は板のメンテナンスに追われ、夜遅くまで仕事をしている。私が店に着いたのが夜の12時近くであったが、まだ預かった板を磨いていた。これに加え、週末は九州のスキー場に道具のレンタルおよびレッスンに出るわけで、この時期大忙しで大変である。
 さて、夜1時に広島に向けてGoということになるが、…おや店主もメンバーに加わっており、広島にスキーに行くとのこと。せっかくの稼ぎ時なのに、店主仕事せんかいとか言いたくなるが、これほどまでにドカ雪が降ったならば、なにはともあれ滑らねばならないというスキーヤーの魂が、仕事などさせないのでしょうな。

【恐羅漢スキー場】
1

 恐羅漢スキー場は見事な雪の積もり方。
 ちゃんと樹氷も出来ている。

【カヤ畑コース】
2

 恐羅漢名物は、やはりカヤ畑コース。右側のコースは中ほどが崖になっており、マジに垂直に切り落ちている。
 ここをスキー板を真下に向け、重力に身をまかせて飛び出し、雪を切り裂きながら一気に滑り下りると、その快感から誰しもカヤ畑コースの魅力にとりつかれてしまう。まあ、たいていは途中で転んで、雪まみれになってしまい、快感もへったくれもなくなるのだが。

【カヤ畑コース】
3

 上から見るとこんな感じ。
 コースがスパっと切り落ちています。

 恐羅漢スキー場は、非圧雪のコースが多く、コブがよく育っている。
 コブとの果たしなき格闘が、また恐羅漢の魅力でもある。

【びっくり海老カレー】
Curry

 昼食はレストハウスにて。
 店主によれば恐羅漢の名物は、「びっくり海老カレー」だそうで、それにする。
 大きな有頭の海老が3つ。カリカリに揚げられて、カレーに乗っている。
 ビールによく合いそうな料理であるが、午後も滑るのでビールはぐっと我慢する。

【鴨鍋】
Nabe

 午後いっぱい滑ったのちは、民宿「あるぺん屋」に宿泊。
 芸北エリアの民宿を熟知しているスキー店店主は、料理の美味い民宿を宿に選ぶことにしている。
 「あるぺん屋」は、たしかに料理がなかなか良かった。鴨鍋や、自家製チーズなどが名物。

【どぶろく】
Doburoku

 名物には、さらにどぶろくがある。
 自家製であるが、密造酒というわけではなく、ちゃんと酒造の免許を持っているそうだ。


【大佐スキー場(矢印が頂上)】
Oosa

 翌日は大佐スキー場へと行く。
 大佐スキー場は、大佐山頂上まで圧雪車が入っており、頂上までスキーコースがある。
 ただし予算の関係か、リフトは途中までしかかかっていず、頂上までは通じていない。それゆえ頂上までは途中から歩いて登らねばならない。
 山登りじゃないんだから、べつだん頂上まで登らねばならない理由もないのだが、ついつい登ってしまう。

【大佐山頂上】
Summit

 頂上まで来ればさすがに眺めがよい。北は日本海側まで見渡すことができます。

【チャンピオンコース】
Osa2

 大佐の名物は、やはりチャンピオンコース。
 傾斜30度の幅広い圧雪コースは、高速で大回りターンをしながら滑ると、爽快感みなぎります。

 二日間さんざん滑りまくり、さすがにもう結構となったところで終了。
 広く長いゲレンデはさすがに滑り甲斐があります。

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スキー用具店 マックスポーツバー 
民宿アルペン屋 

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