海外旅行

February 28, 2019

香港 音楽と食の旅

 毎年春に香港で開かれる芸術祭で当代一流のアーティスト達の演奏を楽しみ、かつ香港特有の多彩な中華料理も満喫しようという、恒例の音楽と食の旅に、今年も行ってきた。

 初日、香港に夕方到着。
 演奏会は午後8時からで、夕食はその後10時からというゆっくりプランなので、ホテルでのんびり寛いでそれから出かけようと思っていたら、スマホのグループメールに「演奏の前にホール近くの料理店で小腹を満たしてからコンサートに行きましょう。皆そろっています」とのお知らせが。
 それで、せっかくなのでその料理店へと。

【華苑 潮州閣】
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 この店は予約とかはしていなかったのだけど、ネイザンロード界隈を歩いていて、よさげな雰囲気の店なので入ってみたとのこと。
 私が着いたときにはだいぶ料理が来ていて、みなわいわいと楽しく騒いでいた。
 潮州料理の店のようで、素材をシンプルに味付けした料理の数々。一通り食べたのちの〆は、炒飯に焼そば。
 美味しかったけど、「小腹を満たす」なんて量ではなかったな。ビールもさんざん飲んだし。

【NHK交響楽団】
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 食事を済ませたのち、すぐ近くの文化センターホールに行き、NHK交響楽団による演奏を観賞。
 プログラムは、(1)武満 徹/ハウ・スロー・ザ・ウィンド (2)ラヴェル/ピアノ協奏曲 ト長調 (3)プロコフィエフ/交響曲 第6番という何やら玄人好みの構成。指揮はN響首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィ氏。

 香港に来てまでN響を聞かなくとも、という気がしないでもないが、この芸術祭は各国の一流オーケストラが来ているので、それらと日本のオーケストラの聴き比べが出来て、ためになった。

 曲のなかでは、ラヴェルが一番良かった。曲そのものが親しみやすいし、ピアノを弾いたツゥオ・チャン氏も大変なテクニシャンで、快適なリズム・メロディに溢れたこの曲の魅力を存分に引き出していたと思う。
 武満徹の音楽については、こういうのは「音楽的教養」の勉強みたいなものなんだろうなとか思いながら聞き、プロコフィエフと共に、こんな音符が好き勝手に飛び交うような難しい音楽を正確に弾ききるN響の技量に感心した。さらには聞きながら、音楽って本来はエンターテイメントそのもののはずなのに、どうしてクラシック音楽の歴史は、その本質と離れる方向に進んでしまったのだろうとかいろいろ考えた。

【潮福蒸気石鍋】
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 演奏会のあとは、尖沙咀の料理店「潮福蒸気石鍋」。
 この店の料理は、「中華料理」の本道とは少し外れたところにあり、潮州料理を東南アジアの料理器具を用いてアレンジしたもの。
 テーブルの上に載せてある陣笠帽みたいなのがそれで、この下に素材を置いて、蒸気で蒸すという、ある意味シンプルな料理であるが、この器具の構造に何やら秘訣があるらしく、通常の蒸し料理よりも香りや味の凝集度が増している。

【素材】
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 こういうふうに生きている新鮮な具材を展示して、それらをチョイスして調理してもらうのが潮州料理の特徴である。

【料理】
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 この店では様々な素材を蒸したあと、それらから滴り落ちたエキスによるお粥で〆るという流れになっているので、まずは鍋底に米と具を敷く。

【料理】
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 貝、魚、海老、鶏肉、野菜、糸瓜等々が、高圧蒸気で一気に調理され、次々に出てくる。

【お粥】
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 そして、全部の素材が蒸されたあと、それらの全てのエキスを吸い込んだお粥がいつの間にか鍋底に出来ている。
 これがやはりとても見事な味。

 日本にはない珍しい料理であり、普通に美味しいので、香港に来た際はぜひ経験すべき店だと思う。

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January 01, 2019

イタリア料理:Acanto@ミラノ

 1月1日の夕食は、ミラノの有名ホテル「プリンシペ・ディ・サヴォイア」のレストラン「Acanto」にて。
 年始年末にさして重きをおかぬヨーロッパといえど、1月1日はさすがに閉店のレストランが多く、そのなかホテルのレストランは確実に休日でも営業しているので、便利である。

 食事はコースは量が多すぎそうだったので、アラカルトで、前菜はパスタ、それにメインを二種類とした。

【パスタ】
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 パスタはなるべくシンプルなものを選び、蛸のスパゲッティ。オリーブオイルと黒胡椒。

【魚料理】
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 鱸のグリル塩焼。それにチコリとキャビアの付け合わせ。キャビアをたっぷり使っており、こちらのほうが主張が強かった。

【肉料理】
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 若鳥の胸肉ロースト。黒トリュフと杏茸。
 ジューシーな鶏肉。焼き加減も丁度よい。

 料理は、「イタリアンと言いながら、じつはパスタもあるフランス料理」といった感じの、高級系料理であった。ホテルが五つ星だから、レストランもそういう趣向になるみたい。
 料理も良かったが、また内装が素晴らしく、豪華で華やかなものであった。サービスも充実丁寧なものであって、新年早々快適な気持ちで過ごすことができた。

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ミラノ散策

 ミラノでは「最後の晩餐」と「大聖堂」が圧倒的で、これでお腹いっぱい、という感じにもなったのだが、ここは世界的観光地であって、まだまだ見るべきものはある。
 それで散策がてら、それらを訪ねてみた。

【ガッレリア】
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 ミラノ大聖堂からスカラ座はアーケードでつながっていて、ミラノ一の繁華街となっている。見事な造形であり、繁華街そのものが芸術作品である。

【スカラ広場】
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 アーケードを抜けるとスカラ座広場。
 ここでは、シャネル5番の香水のオブジェが大人気であった。

【スカラ座】
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 音楽好きにとって、ミラノといえば「スカラ座」。
 といってもそれは中で音楽が鳴って初めて価値あるものなのであり、それで何か面白いものを演っていたらチケットを取ろうかと思っていたけど、年末の演目は「くるみ割り人形」であり、食指が動かないのでやめておいた。 これについては、またの機会にということで。

【マリーノ宮】
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 宮殿として建てられ、現在は市庁舎として使われている建物。普段は公開されていないが、年末年始は絵画展覧会御が催されていたので入場することができた。絵画よりも、建物そのもののほうが印象的であった。

【ポルディ・ペッツォーリ美術館】
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 ミラノの貴族の個人収集美術品を私邸に展示した美術品。建築、それに収集品でこの持ち主の趣味がよく分かる、まさに私立美術館であった。

【モンテ・ナポレオーネ通り】
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 日本で言えば銀座に当たる、ショッピングストリート。一流のブランドショップが立ち並ぶ。
 Brioniだけ入ってみたけど、日本と似たような品揃えであった。さらには、どこの店舗も客が入っていないのも、日本同様であった。この手の店って、どうやって成り立っているのがいつも不思議に思ってしまう。

【モンタネリ公園】
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 ミラノには公園が多いけど、そのうちの一つ。
 ホテルの近くだったので、ここをよく通った。

【ミラノ中央駅】
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 ムッソリーニが国家の威信をかけて造った駅だそうで、たしかに威風堂々たる立派な駅である。
 外見はローマ帝国式であるが、中の設備は近代的であった。

【プレラ美術館】
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 ミラノ一の規模の美術館。収蔵品も名品ぞろい。
 ただし、休館日が年末年始に集中してしまい、入館する機会がなかった。

【スフォルツォ城】
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 文化が華やいだルネッサンス期に立てられた城塞。中には博物館、美術館があるのだけど、あいにく休館日。

【教会】
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 歴史上ミラノ一の有名人となると、たぶんローマ帝国時代のミラノ大司教アンブロージョとなるのだろうけど、彼を祀ったサンタンブロージュ教会はロマネスク建築の傑作と言われており、訪れてみることにした。しかしGoogle mapに従って行くと、そこにはロマネスクとは大違いの近代的教会があって驚いた。
 これは単にGoogle mapの間違いで、そこはサンタンブロージュという地区であって、教会名で検索しても、そこにポイントを置いてしまうのであった。改めて訪ね直す気力もなく、結局教会には行っていない。

【ナヴィリオ運河】
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 かつてミラノは運河がはりめぐされ、運河の町だったのだが、今では多くは埋め立てられ残っていない。
 その名残を示すのが、ナヴィリオ運河。露天市が開かれ、人通り多いにぎやかなところである。


 ミラノ、いろいろ見残したものは多いので、いつかまた訪れてみることにしてみよう。

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December 31, 2018

最後の平成年越しを、Pont de ferr@ミラノにて。

 平成30年大晦日は平成最後の年越しの日。
 ミラノ大聖堂を見物して、それから市街地を散策したのちホテルへと戻る。ミラノは日本より8時間遅れているので、午後からはBSテレビで紅白歌合戦を見ながらの年越し、という一般的日本人的の過ごし方をした。

【鉄橋】
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 意外と充実した内容の紅白に感心したのち、それから今夜のレストラン「Pont de ferr(鉄橋)」へと。このレストラン、名前はフランス語だが、イタリアンの店である。
 駅からすぐに観光名所のナヴィリオ運河があり、店の近くにその名前の由来である鉄橋があり、これを越えてしばらくのところに店があった。

【new year’s eve menu】
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 本日は年末なので、メニューは一種類「The new year’s eve menu」、年末特別コースである。
 照明の暗い店だったので、うまく写真は撮れていないけど、いくつか並べてみる。
 前菜は6皿で、創作系のイタリアン。牡蠣、マグロ、海老、蛸といった地元の海産物を用いたものが続く。そしてパスタはアザミクとアンチョビのトルテリーニ。ミラノ名物リゾットはヤマウズラとココアのリゾット。メイン料理はアーティチョークにベルガモットと鹿肉。
 いずれもミシュラン星付き店だけある、良い素材を使い、丁寧な調理がなされた素晴らしいものばかりであった。

 夕食は午後8時からのスタートだったけど、ゆっくりしたペースで進み、そして12時近くになると全ての客にシャンパンが配られる。そうして多くの者は、外に出る。そこには大勢の人が運河沿いに集まっていて、新年の訪れを待っていた。やがて新年の到来とともに、あちこちで大きな花火が夜空に打ち上げられた。そして小さな仕掛け花火も、人の集まっている様々なところで火がつけられ、閃光と爆裂音を放ち、あたり一帯光と音で満たされた。人々はたがいに歓声をあげて抱き合い、新年を祝う。
 う~む、イタリアだなあと、この暖かな雰囲気の喧騒に、実感した。

【ナヴィリオ運河地区 年越し】
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 騒ぎが一段落したところで私は店に戻って、残りのメニューを味わい、ゆったりとした気分であらためて新年の訪れを祝った。

 食事が終わったのち、まだ運行していた地下鉄を使って、ホテルへと戻った。
 ミラノ中央駅から出たとき、そこはもう閑散としていたが、おそらく花火のあとの名残のような、煙とにおいが漂っていた。

 日本から8時間遅れの平成最後の年越し、ここイタリアでも終了である。

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誰でもたまげるミラノ大聖堂

【ミラノ大聖堂】
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【大聖堂前広場(臨時コンサート会場)】
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 観光都市ミラノの二大名物は「最後の晩餐」と「ミラノ大聖堂」。
 「最後の晩餐」の次は大聖堂に行こう。
 地下鉄駅を出ると、すぐ正面に大聖堂がある。その姿、世界最大級のゴシック建築といわれるだけあって、壮大壮麗そのものである。青空を背景に、大理石の尖塔を100本以上も突き立てる巨大建築物、見ただけで圧倒されてしまった。

 大聖堂は祈りの場である教会なので以前は入場料無料だったそうだが、今は有料なのでまずはチケットを買わねばならない。教会の近くにチケットオフィスがあるので、そこでまず購入。
 大聖堂はミラノに来た人は必ず寄る人気観光地なので、教会前にはいつも入場待ちの長い行列ができている。この行列に並ばずに済む「fast ticket」なるチケットもあるのだが、それは10時から開始であり、それ以前に来てしまったので、通常のチケットを購入して行列に並んでみた。
 入場の速度は、扉の前でのセキュリティチェックにかかっており、列は遅々として進まないのだが、ちょうど年末なので広場でコンサートが行われていて、退屈はしなかった。

【礼拝堂】
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 1時間ほど並んでようやく中に入ることができた。
 日の光がステンドグラスを通して差し込み、厳かな雰囲気をかもしだしている。中にあまたある宗教画、偉人像もまたその荘厳さを増している。さらには高い天井を支える幾本もの太い大理石の柱が、幾何学的統制をもって立ち並ぶ様が、この建築物そのものの非日常感を増幅させ、ここが外界と違う世界にある、という感覚を覚えさせる。
 神秘的空間の魅力に満ちた場所であり、これは長時間行列しても、必ず入らねばならないところだと実感した。

【大聖堂テラス】
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 この高い大聖堂には、テラスにいたる階段があり、そこも名所なので行ってみた。
 昔に造られたとおぼしい、やたらに狭い階段を登って行き、そしてテラスにいたる。道が狭いので、ここも行列ができている。
 屋上テラスはガイド本には「ミラノの街を一望できる」と書いていたけど、大聖堂はゴシック建築の常として、尖塔が立ちまくっているので、それが視界を邪魔して、風景が広がって見える場所はほとんどなかった。
 写真はテラスに着いてのもの。一番高い尖塔の上には、黄金に輝くマリア像。テラスにはくつろぐ観光客が多くいるけど、このテラス傾いているので、居心地はあんまり良くない。

【テラス展望】
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 テラス展望は、尖塔や壁のあいまから、街の一部が見えるという感じ。まあ展望台として造ったわけでもないからこんな感じでしょう。
 テラスから下りて行く通路側からは、世界一醜いビルと称される「ヴェラスコタワー」を見ることができる。こういう不安定そうな建築物を見ると、ミラノって地震の少ない地なんだろうなと思う。大聖堂だって、中規模な地震が起きると、尖塔の先端に設置してある聖人の立像がいっぱい落ちてきそうだ。

【正面扉】
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 大聖堂の名物その3、正面の青銅の大扉。
 聖母マリアの一生が描かれ、受胎告知、三博士礼拝、ピエタまで、いくつもの聖書の場面が精緻に彫られている。見事な工芸品であり芸術品である。


 ミラノ大聖堂、これは誰が見てもたまげるような大伽藍であり、全体をよく見れば、完成に500年の歳月がかかったことが納得できる、とんでもなく手間がかかった建築物であった。そしてさらにはこのような建物が現在も維持できているところに、カソリック教会の実力というものも知ることができた。

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December 30, 2018

絵画:最後の晩餐@ミラノ

 絵画というものは移動性があるので、有名な絵画は待っていれば日本の美術館に来ることがあり、わざわざそれが常設されている異国の地まで行かずとも見る機会がいつかはあるのだが、そのなかで「移動不可能な名画」がいくつかあり、それらは現地まで行かねば見ることができない。
 その「移動不可能な名画」の代表的存在であるダ・ヴィンチ作の「最後の晩餐」を見に、ミラノに行くことにした。

 「最後の晩餐」はサンタ・マリア-デッレ・グラツィエ教会の食堂の壁に描かれていて、教会ごと世界遺産になっている。絵画の歴史のなかでも特級の傑作が、壁画という不安定な状況におかれているので、厳重に保全管理されており、見物の客の数は限定されていて、事前の予約が必要になる。
 それでネットで予約を取ろうとしたが、チケットオフィスのサイトはイタリア語であって、なんだかよく分からない。それで確実を期して少々値ははるが英語ガイドツアーのほうの予約をとっておいた。

【チケットオフィス】
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 mail添付のファイルを印刷したチケットでは、指定時間の前に教会の前に集まってくださいと書いていたので、早めに教会前に着。開館前からチケットオフィスの前には行列が出来ていた。当日券はまずない、との情報だったので、予約していたチケットを早めに受け取りに来ていた人であろうか。

【サンタ・マリア-デッレ・グラツィエ教会前】
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 ガイドツアーに関しては、それらしきオフィスはなかったが、教会の前にいるとだんだん外国人観光客らしい人たちが集まって来たので、彼らと話すとどうやら同じツアーメンバーらしかった。ただし持っているチケットはそれぞれ、自分たちの言語のものなので、本当のところはまだ不明であった。(写真での、土産ものを売る準備をしている人の後ろにいるグループがそれである)
 そして入館予定時間5分ほど前に現地人のガイドの人が来て、参加者の名簿と参加者を確認して、チケットとイヤホンガイドを渡して、それからツアー開始。

 教会の付設美術館は、外見とは違って、中はモダンスタイル。ガラスの扉でいくつかの部屋が仕切られていて、絵画のある部屋に前のグループが入っているあいだ、そこで待機ということになる。グループは30人弱ほどで、見物の時間は15分と決まっていた。やがて我々のグループの番となり、入室である。

【最後の晩餐】
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 壁画の部屋に入室すると、人々はまず絵の前に行くのだけど、ガイドはそれを制して最初は部屋の後方から見るように指示。そこで説明があったのだが、この絵は正面のイエスの顔を消失点とした遠近法で描かれている。それは壁、天井、床にはっきりしたラインが引かれていて、非常に分かりやすい形で示されており、その絵のラインはこの実際の部屋の天井と床のラインにもつながっていて、それゆえ部屋と絵が融合して一挙に奥行きを深め、我々が最後の晩餐に参加しているような臨場感を与えてくれる。ダ・ヴィンチは「壁画」という材料を、このように効率的に利用したわけだ。
 これは実物を観ないと分からない、そして教えられねば分からないことで、ガイドツアーの良さであった。

【最後の晩餐の設置部屋 概略図】
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 いちおう、部屋全体の概略図を示してみる。
 このように床と天井のラインが引かれ、中に入った見物者が壁画を見ると、その視点は正面のイエスに一挙に持っていかれる。
 さて、部屋と壁画の一体性を実感したのち、それから壁画の近くに案内され、絵の細部を見る。
 この絵は損傷が激しく、絵具の剥落が多いため、オリジナルの色は非常に損なわれていることが知られており、元が100とすると今は10くらいの色しか残されていないそうだが、それでも十分に元の絵の美しさを想像できる、その程度には残されていた。
 そして鮮烈な色は失われたにしろ、その表現の素晴らしさは健在であり、師イエスの突然の「お前たちのなかに私を裏切る者がいる」の宣言のあとの、弟子たちの動揺、疑念、激情、憤怒、怯え、等々の感情が渦巻く、このドラマチックな一瞬の場面が、ダ・ヴィンチの卓越した技術で切り取られ、永遠の姿となって、私たちに強い印象を与える。
 人類の芸術史上の大天才ダ・ヴィンチの最高峰の作品だけあって、この絵画が語りかけるものは多く、そして深い。
 この壁画を見るためだけでもミラノに来る価値はある、そういう作品であった。

 ただし、この傑作を生で見られるのは15分という短い時間なので、ミラノに来る手間を考えると、コスパはまったくよくないのだが。

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September 21, 2018

ロンドン行ったところ、見たところ

【大英博物館】
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 ロンドン随一の名所といえば、大英博物館。何はともあれここに行ってみよう。

【展示物】
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 膨大な大英博物館の収蔵物のうち、一番人気はロゼッタストーン。ここは常に大勢の人だかり。
 大文明を築いたエジプト王国において、王国の没落とともに、滅びてしまったと思われていた古代エジプト語(神聖文字)が、この石碑を手がかりにして解読できるようになり、古代のエジプトの書物が読めるようになった、歴史的記念物。
 学者シャンポリオンによる神聖文字の解読の物語は読んでいてとても面白いけど、「エジプトの古代語はじつは文字の形を変えて、コプト語として現代まで細々と生き残っていた。つまり古代エジプト語は滅びていなかった」というオチはけっこう好きである。

【展示物】
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 館内の展示品でひときわ目を引くのが、モアイ像。
 はるか離れた太平洋上の孤島、イースター島からわざわざ運んできたもので、レプリカでなく、本物である。
 しかもこれは本物すぎるほどの本物。
 イースター島では、かつて信仰の対象とされていたモアイ像は、歴史の流れとともに住民から見捨てられ、殆どのモアイは倒れたままに放置されていたのだが、一体だけ立ったまま残っていた。そのモアイは、島民から特別なものとして神聖視され、大事に祀られていたのだが、イギリス海軍の調査隊は、わざわざその一体を強奪するようにしてイギリスに持ってきて、そのモアイ像がこれとのことである。それゆえ、イースター島の先住民から返還を強く要求されている。

【展示物】
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 アテネのパルテノンを模した部屋に、パルテノンから持ってきた大理石の彫像の数々が並べられている。持ってきたエルギン卿の名前から、エルギンマーブルと名付けられた傑作の数々。
 もちろんギリシャからは返還の要求があるけど、イギリス政府は頑として応じていない。

 大英博物館には、とにかく世界中の宝が集められており、その量と質に圧倒されるわけであるが、ただしイギリス本国のものは非常に少ないのもまた印象的である。
 創造よりは、収集の才に長けた民族であったのだろうか。

 そしてこれらの宝を奪われた各国が文句を言ってくるのもよく分かるが、しかしながら近年の中近東や北アフリカの混乱で、数多くの芸術品、美術品が奪われ、破壊されたことを考えると、人類の宝は、こういうきちんと維持管理できる施設が保管すべきとも思え、なかなかに難しい問題である。

【ロンドン塔】
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 これもロンドン名物、ロンドン塔。
 塔というより城塞である。
 世界でも有数の幽霊の名所であるが、外見的にはそういった凄惨なイメージは乏しく感じられた。
 中に入ってみようかとも思ったが、入り口も切符売り場も長蛇の列だったので、あきらめた。

【ロンドンアイ】
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 テムズ川傍にそびえる大観覧車のロンドンアイ。
 かなりの高さまで達するので、ここから一望するロンドンの眺めはいいだろうと思い、乗ってみようかとは思ったけど、ここも入り口、切符売り場とも大行列であり、あきらめた。

【ノッティングヒル】
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 ロンドンを舞台にした映画は数多かれど、私としてはまずは「ノッティングヒルの恋人」の舞台であるノッティングヒルを訪れたい。
 ジュリア・ロバーツの超人的な美人っぷりが印象的な映画ではあるが、それとともに洒落た感じの美しいノッティングヒルの街もまた印象的であったから。
 ノッティングヒルでは、主人公の営む本屋と、それから住んでいた家がそのままの形で残っていたので、そこを訪れてみた。それから街を散策。パステルカラーで彩られた高級住宅街が、エレガントであり、とても趣味よく思えた。

【セントブライズ教会】
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 ロンドンには有名な教会がいくつもあり、そのどの教会も立派な建物であり、なかには美術品も多く飾られているであろうと思われた。しかし、それらの教会は、入るには予約がいるようで、なかなか容易に観光客は入られない。
 他の国の教会は、宗教行事と関係なしに、容易に入ることができるのに、これはカソリックと英国教会の文化の違いなのであろうか。

 そのなか、路地に「これは世界的に有名な教会です。お寄りください」みたいなことを書いている看板を見つけ、それに従ってその教会に入ってみた。
 ……、まあ普通の教会であった。
 どこがどう有名なのだろうと思っているうち、近所の住民らしき中年のご婦人が傍に来ていろいろと説明してくれた。ロンドンの大火から始まるロンドンの歴史を絡めての、けっこう長い説明だったのだが、要は「近くのケーキ職人が、この教会の形をモチーフにウェディングケーキをつくり、それが現代に到るウェディングケーキの発祥となった。だから世界中の花嫁たちは、この教会で結婚式をあげることに憧れている」とのことであった。
 なるほど。聞かねば分からなかった。

 ちなみにロンドンにおいて、住民はたいてい親切で礼儀正しかった。「イギリスは紳士の国」と言われているけど、今回の旅で本当だったことを知った。

【バッキンガム宮殿 衛兵交代式】
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 ロンドン名物、バッキンガム宮殿における、赤い上着に黒の帽子の衛兵たちの交代式。
 交代時刻近くに行くと、すでに正門近くの多くの人で占められており、観るスペースがない。それで衛兵の出発場所であるウエリントン兵舎に行き、バンド演奏とともに出発するところを観た。
 賑やかな楽隊の音楽とともに行進する衛兵を、しばらくバッキンガム宮殿まで後をついて行った。

【パディントン@パディントン駅】
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 ロンドンの主要駅であるパディントン駅は、有名な「くまのパディントン」の出身地でもある。それゆえ銅像が置かれており、記念撮影。


 ロンドン、いろいろと回ってみたけど、とにかく行くべきところが多すぎて、まだまだ見残したところがたくさんあるので、近いうちにロンドンを再訪してみたい。

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イギリス料理:サヴォイ・グリル@ロンドン

 近代ホテルの歴史はここから始まったと称される老舗ホテル「ザ・サヴォイ」のなかのレストラン。
 ガイド本「地球の歩き方」のイギリス料理の項に、このレストランが一番最初に紹介されていたので、それなりの店ではあるだろうと思い、選んでみた。

【ザ・サヴォイ】
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 このホテル一目見た時、どうも見覚えがある気がしたが、「ノッティングヒルの恋人」のロケに使われていたのをあとで思いだした。

 ホテルに入ると、さすが高級ホテルの典型であって、全てが格調高いつくりであった。
 レストラン「サヴォイ・グリル Savoy grill」は玄関から入ってすぐのところにあった。
 中に案内されると、室内はホテル同様に、高級感あふれる空間であった。客もドレスコードをみなきちんと守っており、今回訪れたレストランではここが一番格が高いと思った。

【舌ビラメのグリル】
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 この店のスペシャリテである舌ビラメのグリル。
 ドーバー海峡の質のよい舌ビラメを厳選して調理したものだそうだ。

【鶏の丸焼き】
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 この店のスペシャリテは魚は舌ビラメ、肉はローストビーフだそうだが、メニューをみるとビーフは300g以上からとなっており、その量をとても食べられるわけないので、鶏を選んでみた。

 それで、魚も鶏も、普通に火を通して、普通に味付けしたという感じで、よく言えば昔からの料理を伝える伝統的な料理、悪く言えばあんまり特徴のない料理、というところで、私の感覚としては、いわゆる世間一般が想像する「イギリス料理」に、これはけっこう近いものではと思った。

 もちろん、不味い、とかいうことはまったくなく、普通においしい料理である。
 そして何と言っても、クラシカルなレストランの雰囲気がたいへん良く、かつてハリウッドの大スター達がこのレストランを贔屓にして幾度も訪れたという歴史をダイレクトに感じとれる、そういう大いなる魅力がある。

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憧れのアビーロード

【アビーロード ジャケット】
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 ビートルズは今では伝説的、神話的グループではあるけど、私のような中年世代にとっては、解散がTVのニュースになったことや、新聞に大きな記事で載ったことが記憶に残っている、僅かながらも時代を共有できた、我が身の一つとなっている大事な存在である。

 ビートルズがポップス音楽史上いかに偉大な存在であるかは、私ごときがいちいち説明するまでもないけれど、その偉大な存在を我々はライブで知る経験は永遠に失われている。
 しかしビートルズがこの世にあった、というその名残は世界各所に残されており、それを目当てにリバプールやロンドンを訪れる人はいまなお多い。それは、なにやら宗教信仰にも似た行為であり、じっさいいくつかの地は「聖地」と呼ばれている。

 今回ロンドンを訪れたさい、是非とも訪れたかった憧れの地、世界一有名な交差点とも言われる「アビーロード交差点」に行ってみた。

【ポールの家】
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 アビーロードに行くためには、普通は地下鉄のセント・ジョンズ・ウッズ駅で下りてから歩くことになる。その途中にポールの自宅があるので、それにまず寄ってみた。
 そしてここからアビーロード交差点へ向かう。

【アビーロード交差点】
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 アビーロード交差点はその有名さは歴史的価値によるものであり、交差点そのものはいたって普通のものである。しかし、観光名所だけあって、観光客が群がっているので、これがそうだと行けばすぐ分かる。
 そして、アビーロード交差点は現役の交差点なので車の通行量は多く、それが邪魔となり、アルバムジャケット通りの構図の写真を撮影するのはけっこう難しい。
 だいたいジャケットでの撮影位置は、車道上なので、撮影ポイントを確保することからして難儀である。

【アビーロード交差点】
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 とりあえず、交差点向かいの安全なところから写真を撮ったが、ジャケットとは異なる方向からの写真になり、風情がない。

【アビーロード交差点】
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 それで、車の流れが切れたところを狙って、車道上から写真を一枚。
 なんとかそれっぽい写真とはなった。
 しかし冒頭のジャケットの写真と改めて比べると、同じところを撮ったのに、まったく芸術的雰囲気がないのは、哀しい。やはりプロが撮った写真は、構図、ピント、フォーカス、光と影、等々全てにおいて素晴らしい。


 アビーロード交差点では、観光客がひっきりなしにポーズをつけて歩いているので被写体には事欠かないが、せっかくなので私もこの交差点を横断してみた。
 1969年の8月8日、今から半世紀近く前に、ジョン・リンゴ・ポール・ジョージの、音楽の歴史をつくった四人組が渡った交差点を、その音楽に強い影響を受けて生きていた、東洋の日本人の私が遠路はるばる来て、自分の足でしっかりと歩いて行く。

 たいへん感慨深いものがあった。

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September 20, 2018

オセロ@ロンドン グローブ座

【グローブ座】
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 イギリスという国は、ヨーロッパにおいて政治・経済・産業・科学等の分野で歴史的に非常に重要な役割を果たした国であるが、芸術面においてはさしたる役を果たしていない面がある。
 それこそ大英博物館に行ったら、そこには偉大な美術品は数多くあるものの、大半は他国から持ち運んできたものであり、自国産のものは極めて乏しく、イギリスは芸術に関しては、国力が弱かったようだ。
 ではイギリスに偉大な芸術を生み出す作家はいなかったかといえば、まあ数は全然いないのだが、一人だけ特筆すべき大物がいて、彼一人でその分野において、それ以後の作家を全員束にしてもとうてい敵わないような仕事を成し遂げた、そういう大天才がいる。
 もちろん、ウィリアム・シェイクスピアのことであって、彼の創作した劇はいまなお世界中で演じられ、ずっと高い人気を保ち、かつ現代の劇作家たちにも尽きることなき影響を与え続けている。

 だからイギリスに行ったからには、シェイクスピアの劇は当然観るべきであり、そしてそれは聖地グローブ座で観るに限る。
 それではネットでグローブ座のチケットを購入してみよう。で、グローブ座のホームページを開くと、いろいろな劇が載っていたけど、旅程からは「オセロ」しか観られないことが分かった。「オセロ」は、シェイクスピアの劇のなかでは私は例外的にあまり好きでないのだが、しかしこれしかないのでとにかくゲット。

 ゲットしたのちメールが来て、料金払ってチケットを自宅に送ってもらうか、あるいはメールの添付アドレスにあるチケットを印刷して持ってくること、とのことが書いていた。そりゃ印刷のほうが楽なので印刷してみた。

【Eチケット(の一部)】
Ticket_2

 印刷したはいいのだけど、PDF文書を印刷しただけの「print at home tickets」なるEチケットであり、バーコードやQRコードがあるわけでもなく、これって簡単に偽造ができそうである。
 それでこんなのが本当に使えるのかいと不安に思い、念のため当日早めに劇場に行ってカウンターで聞いてみたら、まったく問題なしとのことで、ひと安心。私以外にも同じように不安に思う人もたぶんいるであろうから、いちおうwebに情報提供しときました。

 そして劇が始まった。
 私はシェイクスピアの悲劇では、オセロは苦手である。
 何故かというと、登場人物がイヤーゴを除いて、全員馬鹿にしか見えないからだ。それゆえ、馬鹿の群れが、一人の悪人に振り回され、悲劇の底に陥って行く、そういう馬鹿の愚かな集団劇に思え、悲劇特有のカタルシスを感じられないからである。
 そしてさらに大事なことには、シェイクスピアの主な悲劇は、登場人物は各人が懸命に自分の人生を己の強い意思で切り開いているけど、劇全体には、見えない巨大な歯車のようなものが回っていて、誰しもがいかに逃れようとしても、その歯車に巻き込まれ、砕かれ、破滅していく、そういう形をとっている。脚本の行間全体に感じ取れる、劇を進行させていくその歯車の超自然的かつ圧倒的な存在感が、シェイクスピア悲劇の真の醍醐味と私は思うのだが、「オセロ」にはそういうものはない。
 劇を回していくのは、イヤーゴという、肉体を持った一人の人間であり、彼の策略通りに人々は動き、そして破滅していく。それゆえ、その劇は「人間の劇」以上のものは感じられない。

 というふうな印象を私は持っていたわけだが、舞台が始まってしまうと、やっぱりシェイクスピアだけあって、とても面白い。なにしろあらゆる台詞が過剰なまでに美しく、過剰なまでに意味深いものなので、その素晴らしい台詞を一流の役者たちが途切れることなく喋りまくるのだから、まさに言葉の贅沢なショーである。

 さらには劇を読んでいるだけでは分からないものが、舞台にするとよく分かったりする。
 「オセロ」では、イヤーゴが劇進行係であり、その台詞は非常に多い。そしてその台詞の多くは一人言であり、彼はなんらかの行動をなすとき、常に一人言を言って説明をするので読者は筋を容易に追えるわけだが、現実的にはあんなに一人言を言う人間の存在は奇妙である。「オセロ」を読んでいると、「なんでこの男はこんなに一人言ばかり言うのだろう?」と変に思ってしまうのだが、舞台を観てそのわけがわかった。
 あれは一人言ではなかった。観客に向かって己の心情と行動を説明しているのであった。
 グローブ座の造りは、舞台のすぐ前が立見席になっていて、役者たちは観客に話しかけ、その反応を伺いながら演技を進めて行く。反応が悪いと、そこにちょっとしたアドリブも追加されていた。そしてそのやり取りには笑いもあり、憎しみもあり、恐怖もある。シェイクスピアの劇は、観客も劇のなかに取り込む、全体一体型の仕組みであり、まさに生き物であったのだ。

 そういう具合に、興味深く劇を観るうち、終幕となる。
 本来「オセロ」は罪なく気高きものが滅び、悪人はなんの反省もなく沈黙に沈む、なんの救いもないエンディングなのだが、現代的感覚ではこれはひどい、ということになっているのであろうか、そのあとに舞踊と歌による、「でも、二人はあの世で、あらためて結ばれることになりました」というふうなシーンが付け加えられていた。
 たいへん美しいシーンではあったが、……まあ蛇足だよな。

 「オセロ」、好きではなかったが、やっぱりシェイクスピア、圧倒されるものがありました。
 そして、次回は「マクベス」「ハムレット」「リア王」、残りの悲劇も是非観たい。

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【グローブ座】
28

 立見席のヤードはもちろん自由席。
 早めに並ぶと、舞台のすぐ近くで観ることが出来る。でも、90分立ちっぱなしは、中年の人とかにはきつそうであった。

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