フランス

July 18, 2017

遥かなるモン・サン=ミッシェル 1日目

 世界遺産、モン・サン=ミッシェル(Le Mont-Saint-Michel)に行ってみようと思った。
 それで行く方法を調べてみたら、けっこう不便なところにあることが判明。日本からダイレクトに行こうと思ったら、空港→バス→TGV→バスと何度も乗り継ぎがあり、大きな荷物を持っている旅行者には辛い。だいたい半日かけてのフライトあとに、そんなに何度も交通機関を乗り下りするのは体力的には無理があると思い、いったんはパリに宿泊し、そこを起点としてバスツアーを利用し一泊二日でモン・サン=ミッシェルを観光するという、いちばん楽そうなプランを立ててみた。

 パリで二泊して時差ぼけをある程度修正したのち、早朝からのJTB主催のバスツアーに参加。JTBのオフィスはオペラ座の近くにあり便利である。パリでは、テロの影響がまだあるのか日本人観光客はとんと見なかったが、さすがにJTBのツアーでは日本人ばかりが30名ほど集まって来た。
 日本人のガイド氏はフランス在住の長いベテランであり、話題が豊富であって、バス旅行中楽しめた。
 ツアーは海岸の小さな港町オンフルールに寄ったのち、モン・サン=ミッシェルの対岸に到着。パリから6時間ほどかけての長旅である。
 まずは昼食ということで、モン・サン=ミッシェルがよく見えるレストランで、名物のオムレツを食べる。

【モン・サン=ミッシェルとオムレツ 】
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 これ、噂に聞いていたほどのジャンボなものではなかった。
 モン・サン=ミッシェルのオムレツは、レストラン「ラ・メール・プラール」が本家なのであるが、あれは大きすぎて日本人観光客には不評なことが多く、それでこのレストランでは小さめのサイズにしている、とのことであった。
 このオムレツ、日本のものとはまったく違っていて、ふわふわの泡々で、まるで玉子と空気を食べているような不思議な食感のものである。そして、玉子とバターの素材はとても良く、普通に美味しい。

【大雨襲来】
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 モン・サン=ミッシェルのあるノルマンディー地方の海岸沿いはたいへん天候が不安定であり、晴れと曇り、雨がしょっちゅう入れ替わる。
 本日も午前中は天気が良かったが、午後から厚い雲が一帯を多い、そして土砂降りの雨が降って来た。写真ではよく写っていないが、いまその大雨が降って、歩いてモン・サン=ミッシェルへ行った人たちが急いで戻ってきているところ。

【雷雲のもとのモン・サン=ミッシェル】
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 我々は雨が止むのをレストランで待ったのち、それから出発。
 雨は上がったものの、雨雲はまだ残っており、そこに幾度も稲妻が走っている。
 稲妻を背負ったモン・サン=ミッシェルの姿は格好よく、なんとか一枚の写真に収めようと何度も何度もtryしたが、雷が光ったときシャッターを押しても、すでにそれは手遅れで、といって雷が出るタイミングなど予想も出来ず、結局一枚も雷を撮れなかった。残念。

【モン・サン=ミッシェル】
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 モン・サン=ミッシェルは、シャトルバス駐車場付近から見る姿が一番絵になるそうで、これがそこからの写真。
 このあと、島のなかをしばし散策して、それからまた橋を戻ってホテルへと。

【ルレ・サンミッシェル】
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 ホテル、ルレ・サンミッシェルはモン・サン=ミッシェル対岸にあり、正面にモン・サン=ミッシェルがあるので、どの部屋からもその姿を見ることができるというのが売りである。
 で、私の泊まった部屋からは、・・・木立に隠れてあんまり見えない。
 じつはこのホテルには「冬(つまり樹が葉を落としたとき)にしかモン・サン=ミッシェル全貌が見えない部屋がいくつかあるのだが、その一つに当たってしまった。
 まあ、モン・サン=ミッシェルはさんざん見たし、あえて部屋から見たいとも思わなかったのだが、なんか納得いかないなあ。

【夕食】
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 午後7時半から夕食。
 フランスはサマータイムなので、まだまだ外は明るい。そして雲はいつしか吹き払われ、青空が広がっていた。その青空のもとのモン・サン=ミッシェルを眺めながらの食事である。
 モン・サン=ミッシェルは、干潟の牧草地に、潮風の当たる牧草で育った「プレサレ羊」が名物だそうで、その羊のロースト。日本の羊料理と違って、羊特有のにおいと味がしっかりとして、いかにもヨーロッパの料理という感じである。

 夕食を終えたのち、日が暮れるのを待ってから、モン・サン=ミッシェルのライトアップを見に行こうと思っていたけど、いつまでたっても、午後10時を過ぎても暗くならず、バス旅の疲れもあり、ついつい熟睡。
 起きたら深夜の2時であった。これはいかん、と思い、とにかく外出。

【深夜のモン・サン=ミッシェル】
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 ホテルを出ると、橋の手前までは、小さいながらも明かりがあったが、それからは明かりはなく、真っ暗である。
 そして遠くにモン・サン=ミッシェルが見える。
 当然ライトアップの時間は過ぎており、いくつかの照明のみがぼんやりとその姿を浮かばせていた。

【深夜のモン・サン=ミッシェル】
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 暗いなか、橋の上まで来たが、どこまでが橋の端か分からないくらいに真っ暗であり、ライトとか持ってきてなかったので、これ以上進むのを諦めた。
 しかし暗いのと雲が払われていたことで、頭上には無数の星々がきらめいていて、そして天空にまさに天の川が、輝く川の姿をして横切っていて、そのもとにモン・サン=ミッシェル、という荘厳な光景を見ることができた。
 写真では捉えることは不可能であったが、あの美しい姿はくっきりと記憶に残っている。
 いいものを見ることができた。


 ホテルに帰ったのち、また寝なおす。
 明朝は、「朝日に照らされるモン・サン=ミッシェル」を見たいので、目覚ましは日の出前の時刻にセットしておいた。

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January 07, 2015

「私はシャルリではない」:一人の日本人がシャルリエドブ社テロ事件について感じこと

Je_suis

 1月7日に、フランスのシャルリ週刊誌社をテロリストが襲撃する事件があり、12人の社員が殺害された。この悲劇に対して、多くのフランス人が追悼の意を捧げ、パリでは表現の自由を守るための大規模なデモが行われた。
 私も、この勇敢な記者たちの死にたいして、哀しみと同情の念を持った。…最初のうちは。

 しかしいったん彼らの風刺漫画を見て、一気にその同情の念が失われてしまった。

 これはひどい。ひどすぎる。

 私は風刺というものは、高度な知性と批評精神から成り立っているものと思っていた。しかしこの風刺画にはそのようなものは一かけらもなかった。
 そこには、イスラム教徒に対する侮辱と憎悪しか感じることは出来なかった。

 イスラム教徒が開祖ムハンマドを何よりも崇敬しているのは、世界的常識である。そのムハンマドを貶める、この下品でインモラルな漫画を見て、イスラム教徒でもない私が不快感を感じるくらいだから、敬虔なムスリムの多くは激しい憤りを感じただろう。
 基本的にはムスリムは穏健な人が大部分で、その憤りを行為にするこはなかったであろう。しかしフランス語を読めるムスリムは何億人もいるのだから、そのうちの僅かな者が殺意を覚えてもまったく不思議ではない。
 ペンの暴力に対して、その手段を持たぬものが、剣を用いたのは自然なこととさえ覚えてしまう。

 もちろん私はテロ行為は絶対に許されるべきでないと確信している。しかしこれほどの侮辱に対して、暴力が行われたことについては、理解はできる。
 (繰り返して言うが、どんな理由があっても、テロは絶対的に許されないと私は思っている。)

 今度の事件を機会に、人々は表現の自由が大事だと主張した。
 もちろん表現の自由はとても大事である。しかし、表現というものは、それが発信されたなら、必ず人に影響を与えるものであるから、その自由は決して無制限なものではありえない。それはあくまでも、節度と良識に基づいてなされるべきである。

 文明人は、人に自分の考えを広く伝える手段を持っている。
 そして、文明人である以上は、節度と良識に基づき、その意見を発信するべきだと思う。そうでなければ、その発信された意見は、容易に暴力に化すことができる。それこそ今回の事件と同様に。

 フランスのデモでは、「私はシャルリだ」とのプラカードを掲げる多数の人がいた。しかし、彼らが求める無制限の自由は、また新たなる争いを産むのではないのか?
 その光景をながめ、一日本人の私としては、「私はシャルリではない」とつぶやくしかなかった。


 そして、シャルリーエブドとは比べ物にならない小さなブログの書き手の私であるが、他山の石として、自戒に努めたいと心底思った。

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Je ne suis pas Charlie : La pensée de un Japonais au attentat contre Charlie Hebdo.

Je_suis_2

 Le 7 Janvier 2 terroristes ont attaqué au bureau du journal Charlie. Et 12 personnes ont été tués. C’était une tragédie choquante. Beaucoup de français se sont sentis tristes, et ils ont tenu la démonstration pour faire appel à la ≪Liberté de l’expression≫ à Paris.
 Je me suis aussi senti une émotion de triste et compassion, …au début.
 Cependant une fois que j’ai vu des bandles dessinées qu’ils disaient ce sont la ≪Satire≫, J’ai aussitôt perdu cette émotion.

 Les BDs. Ce sont terrible. Trop terrible !

 Je pensais la ≪Satire≫ est formé par l’intelligence supérieure et l’esprit de critique. Mais il n y a pas un morceau des celles dans les BDs. Je ne me suis rien senti que l’insulte et l’haine pour musulmen dans les BDs.

 C’est sens commun que musulmen prieux respecte le plus Mohammed qui est un chef religieux. Et ces BDs que sont vulgaires et immmorals l’a insulté trés impoliment. Comme je – je suis japonais et n’est pas musulmen – me suis senti désagréable , beaucoup de musulmens semblent avoir en colère sérieusement.
 Généralement plupart des musulments sont doux, ils n’ont pas fait changer cette colère pour un action. Mais il y a plusieurs cent millions musulmens qui lisent le français dans le monde. Il est naturel que peu de gens décide de avoir recours à la violence.
 Contre la violence de plume, on qui n’a pas ce moyen doit penser que one utiliser l’épée.

 Evidemment je suis convaincru que terrorisme n’est jamais permis, absolument!
 Mais je peux comprendre l’émotion que ils ont fait cette violense.
 (Je me répéte que tous terrolismes ne sont jamais permis malgré que il y a toute raison)

 Concernant cette affaire, on réclame la liberté de l’expression.
 Bien sûr celle est trés important. Mais celle n’est pas illimité.
 L’exprssion doit influencer sur le monde. Donc cette libeté doit être fait avec le modération et le bon sens.
 Si l’expression perd ceux, celle seviendra exessive. L’expression exessive cause une querelle, et enfin celle enlevera la liberté de l’expression soi-même.

 L’homme civilisé a le moyen de répondre son avis. Et il faut avoir la modération et le bon sens pour répondre.
 Sinon l’expression deviendra facilement la violence de mot. Et celle invitera nouvelle violence comme cette affaire.

 En démostration beaucoup de français marchaient en ayant un placard ecrit ≪Je suis Charlie ≫.
 Mais je –un japonais- n’a pas pu le consentir.
 Je préviens si cette situation continue, l’affaire pareille arrivera. J’ai du penser ≪Je ne suis pa Charlie≫.

 Je suis un écrivain de ce petit blog que ne être pas comparé à ≪Charlie Hebdo≫. Mais je dois apprendre le bon sens plus car j’ai su cette affaire.

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September 13, 2012

フランス行くところ、行きたいところ(4) ブドウ畑

 ブルゴーニュのワインって種類が多いので、有名どころ以外はとても名前なんて覚えてられないのだが、なぜそんなに多いかと言えば、ブルゴーニュにはワイン畑の数が多いことによる。フランスのワインの規格は厳密なので、ワイン畑の数に応じて名前がつけられており、ワイン畑の多いブルゴーニュでは、当然それに比例してワインの種類もあるわけだ。

 ブルゴーニュのワインは人気があるため、はるばる海を越えて日本にもやって来る。そして、そのなかでもとくに素晴らしいワインがワイン会などに出され、こんなに美味しいワインはいったいどんな所から産まれるのだろう? 一度その産地を見てみたい、というふうな思いからも今回のツアーは組まれたわけである。

 延々とブドウ畑が広がる、「黄金の丘」(Côte d'or)と呼ばれる丘陵地のなかで、とりあえずは、これは是非とも見とかなければ、という畑。

 グラン エシェゾー !
Echezeaux_fig

 ラ・ターシュ !!
La_tache

 モンラッシュ !!!
Mont_rachet

 ロマネ・コンティ !!!!
Romaneeconti

 まあ、畑だけ見ていても、やがては欲求不満になるだろうから、どこかのワイナリーにでも寄るのだろうが、今のところどうなっているのか不明。


【ボーヌ :オテル・デュー】
Beaune

 ワインの聖地ブルーゴニュの中心地がボーヌ(Beaune)。
 ワイン市場がたくさんあり、様々なワインを試飲することができる。
 ここで飲み過ぎないようにしよう。

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September 12, 2012

フランス行くところ、行きたいところ(3) レストラン2

 ・アルベージュ (L’Arpège)
Larpge

 オーナーシェフのアランパッサール(Alain Passard)氏はアラン・サンドラス氏に師事していた。以前は「肉の魔術師」と呼ばれるほど、肉の焼き具合が上手であり、肉料理で有名だったが、狂牛病などの事件を境に野菜料理に目覚め、今は野菜料理のエキスパートとして知られるようになった。用いる野菜は自家製というこだわりよう。店内にはその野菜が飾られている。
 野菜は徹底的に美味さを引き出すスタイルであり、それらの料理を食べると野菜に対しての考え方が変わるそうである。
 野菜の他の看板料理は「半熟卵」にラビオリ。

 この店、パリで最も予約の取れない店ということになっているが、よく取れたもんだ。宮崎の旅行代理店の実力、あなどるべからず。

 地図
 公式サイト


 ・ルドワイヤン (Ledoyen)
Ledoyen

 1792年創業という非常に歴史ある老舗レストラン。ナポレオンも訪れたことがあり、ここでジョゼフィーヌと出会ったそうだ。コンコルド広場の近くという一等地にある。
 グランシェフのクリスチャン・ル・スケール(Cristian Le Squer)氏は、Cusine bourgeoise、いわゆるフランスの古典的、家庭的な料理をベースにした料理を得意とする。贅沢な素材を用いるよりも、鮮度の良い魚や、仔牛の胸腺などを使った料理のほうに特徴があるとのこと。

 地図
 公式サイト


 ・ル ムーリス (Le Meurice)
Room2

 宮殿ホテル「ル・ムーリス」のレストランであり、ベルサイユ宮殿を模したという内装はゴージャスそのものである。
 シェフのヤニック・アレノ(Yannick Alleno)氏は44歳という年齢の若き気鋭の料理人。フランスの郷土料理の伝統も取り入れながら、新たな試みを加え、大胆で冒険的な料理を特徴とする。

 地図
 公式サイト


 以上の6軒を回る予定。
 それにしてもフランスの一流レストランは、どれも公式サイトを持っていて、それに月ごとのメニューが詳しく載っているから事前に検討でき便利である。さすが食の大国フランスであると感心。
 (ルドワイヤンのサイトはなにがなんやらよく分からんが)

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September 11, 2012

フランス行くところ、行きたいところ(2) レストラン

 ・プレカトラン Pre Catelan
Precatelan

 ブローニューの森の中の、大変雰囲気のよいレストラン。
 ロブションの一番弟子のフレデリック・アントン氏が総料理長。「素材の香りと風味を巧みな現代性で演出し、精密でありながら芸術的な料理を創る」そうだ。たしかに料理の写真を見てみると、絵画のような色彩を持つ、美しい料理が撮られている。メニューをみてみると、魚料理が得意な感じである。

 地図
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 ・サンドランス Senderens
Senderens

 ソースこってりの伝統的フランス料理からの脱却を図った、「ヌーベル・キュィジーヌ」の鬼才と呼ばれた料理人、アラン・サンドランス(Alain Senderens)の店。
 日本料理にも興味を示しており、日本料理の素材、手法を応用したフランス料理も得意としている。美山荘の中東氏とはコラボもやっており、今回はその美山荘からの紹介みたいな感じで訪問、名物料理は「オマール海老のバニラ風味(Homard a la Vanille)」、「フォワグラのキャベツ包み(Foie gras de canard au chou)」、「鴨のアピシウス風(Canard Apicius Plat de l'Epoque Romaine)」など。

 ところで、日本語のwebでこの店とシェフのことを調べると、Wikipediaでさえ「サンドランス」と表記されているけど、どう考えても「サンドラン」としか読めないですよねえ。

 地図
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 ・ベルナール ロワゾー(BERNARD LOISEAU)
Loiseau_2

 このレストランの前オーナー、ベルナール・ロワゾー氏はヌーベル・キュイジーヌからさらに一歩進め、バターやクリーム、オイルなど排除し、肉などの焼き汁を水でデグラセしてソースを作る手法で料理をつくり、それを称して「水の料理(cuisine à l'eau)」と自ら呼び、その独創的な才能から、料理界のモーツァルトとも称された。
 ロワゾーのスペシャリテは「蛙grenouilleの腿肉のニンニクのピュレとパセリソース添え」。これは写真で見ても、ものすごく美味そうであり、是非とも食わねば。
 それに加え「鶏のデュメーヌ風」も是非食わねばならぬものだそうである。

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September 10, 2012

フランス行くところ、行きたいところ(1)

 宮崎市のワイン好きの者たちが、7日間ほどフランスに滞在して、「有名な食事処(いわゆる星付レストラン)でワインを飲みまくるぞ~!、ついでにブドウ畑も見まくるぞ~!」というツアーを組み、それに私も参加を予定しているのであるが、いったいどういうレストランに行くのか、どういうブドウ畑に行くのか、などをまったく調べもせぬまま、その時期が迫ってしまった。

 とりえずは、泥縄式に勉強をせねばならぬのだろうが、レストランとブドウ畑だけで済ますのも勿体なく、パリの美術館巡りをしたり、観光名所のいくつかも訪れたい。

 それで、それらのレストランや、美術館、観光名所等をいくつかチェックして、ブログにずらずらと並べてみよう。
 それにより、それらを勉強するモチベーションも上がるであろう。
 …しかし、フランス行きまであと一週間もない。あせあせ。


 美術館

 (1)ギュスターヴ・モロー美術館
 ギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau)は象徴主義の先駆者で、芸術史上に大きな位置を占める画家であるが、同時代の印象派のほうが人気があることから、本邦ではマイナー系に思われているようだ。
 しかしこの人の絵は、何を題材にしても、神秘的な奥行があり、そしてまた色も澄んだ美しさを持ち、精神性と審美性の双方を高いレベルで兼ね備えたものであって、同時代の著名な画家たちに決して劣らぬ、大画家だと思う。
 ただ、モローの絵って、ヨーロッパでもそれほど人気はないようで、そのため散逸は避けられており、主要な作品はモロー美術館にどっさりとそろっている。
 それらをじっくりと見て過ごしたい。

 地図
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(2) オルセー美術館
 日本人は印象派の画家が好きであり、そして私も当然好きである。
 オルセー美術館は、印象派の絵の収蔵数からいって、印象派の殿堂みたいな美術館であり、ここも是非行かねばならぬ。
 じつは前に一度パリに行ったとき、ルーブルとここは外せないと思っていたのだが、なにしろルーブルに収められている作品数が膨大過ぎ、ルーブルにやたらに時間をとられ、結局ここは訪れる時間がなかった。
 そういうわけで、今回は是非とも訪れねば。

 地図
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(3)オランジュリー美術館
 印象派好きの者としては、オルセーのあとはここも訪れたい。
 この美術館はなんといってもモネの睡蓮の美術館であり、光の魔術師であるモネの睡蓮の連作を実物大で、細部まで見てみたい。

 地図
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September 09, 2012

私の好きな絵(4):サロメ (作)モロー

Salome1

 聖書の伝えによれば、パレスチナ王ヘロデの後妻の娘サロメは、王宮での祝宴で玉座の前で舞踏を舞い、それはたいそう見事なものであった。喜んだ王は褒美を与えようとした。するとサロメは王国で布教活動を行っていた預言者ヨハネの首を望み、かくてキリストの先導者ヨハネは首を切られることになった。

 他の歴史書の記述もあわせてみれば、ヨハネはけっこう過激な活動家であったらしく、ならば世に不穏をもたらしかねぬヨハネは、為政者サイドから斬首されても仕方のない立場の者ではあり、サロメおよびその周囲の判断は、さほど間違ったものではなかったようだ。

 ただしそれでは、「美しき少女が、預言者の首を望む」という戦慄的な話が、相当に即物的なものとなってしまい、それでは面白くないとのことで、時代を経るにつれ、サロメのエピソードには様々な文芸的修飾が加えられ、やがてサロメは「宿命の女,運命の女」としての位置を持つようになる。
 すなわち、「サロメは愛する男を殺すことでしか自分の愛情を表現出来ない。そういう呪われた定めに生まれた女だ」というふうな。

 この「宿命の女サロメ」の像を確立させていくうえで、大きな役割を果たしたうちの一人が、画家ギュスターブ・モローである。
 モローは19世紀に活躍したフランスの象徴派画家であり、神秘的な画風が特徴であるが、彼はサロメを題材として多くの絵を描いている。
 その多くのサロメシリーズの中で、最も私が愛好するのが冒頭に示した絵。

 これはサロメの絵の定番である、サロメが踊りを終え、褒美として、腕を差し上げ「ヨハネの首を」と望むシーン。

 絵で示される王宮はなんの華やかさもないものの、壁に残る鈍い金色がかつての爛熟を示すようでもあり、しかし今はその爛熟を過ぎ、全体が崩れ、溶解していきそうな、廃墟的な雰囲気を濃厚に漂わせている。
 中央の玉座に座るヘロデ王は、なんの生気もなく、人間というより、情念だけを残した乾ききったミイラにも見え、また玉座の横の帯刀した衛士は、ただ次の出番、預言者の首を切るだけのために存在しているようであり、二人とも命を感じられぬ置物のようだ。
 この死と滅びの雰囲気に満ちた異様な王宮で、一人サロメだけは、瑞々しい生気を放っている。
 彼女は絵のなかで最も目立っており、それは光の使いかたによる。絵のなかで光源は本来は左にある赤・青の奇怪な発光灯なのだろうが、サロメは明らかに自ら白く光っており、その光で、暖かさ、柔らかさを表現し、この崩れかけた、虚無に沈むような王宮のなかで、独立した美しさを誇っている。

【サロメ:拡大図】
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 そのサロメのクローズアップ図。
 モローはサロメの絵をたくさん書いており、とくにそのなかでは「刺青のサロメ」「出現」などが有名であるが、それらで示された、暗い情念を持つ、悪魔的なサロメとは異なり、ここでのサロメは、清楚で、可憐な美少女である。
 まあ、だいたいが聖書のテキストによるサロメは、「母親の言うことをよく聞く、純真で、踊りの上手な娘」だったので、このサロメがもっとも原文に近いものなのではある。

 モローの後期の作品からサロメ像はさらに発展し、それはビアズレーやクリムトなどによる、なんとも禍々しい世紀末的なサロメの絵まで行きつくことになる。そして、そういうサロメに食傷気味な現代人の私としては、モローによるこの「原サロメ」あるいは「初期サロメ」といってよいサロメはかえって新鮮に思え、絵全体の独自の美しさからも、サロメの純粋な美しさからも、たいへん好みの絵となっている。


 …ただし、以上は画集やwebの画像からの私の感想なのではあって、本物を見た人の感想によれば、たとえば王宮の衛士は、凄まじき形相でサロメを睨んでおり、その眼力と表情からは、この絵は決して静的なものではなく、次のシーン、ヨハネの斬首と、そしてサロメの殺害をダイレクトに導く波動のようなものが示され、静的な美しさとともに、じつは迫力あるドラマも感じられる絵らしい。


 やはり、これは生を見てみないといけませんな。


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 参考web

 ・モローのサロメの絵一覧の紹介web
 ・モロー美術館

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