絵画

February 26, 2020

グリザベラ@キャッツはなぜ嫌われているのか? & 絵画と寓意

【グリザベラ:Elain Paige】

Elain-paige

 以前キャッツの四季版ミュージカルを福岡で観たのち、西中洲で宴会してからカラオケで二次会を開いていたときに、「グリザベラはどうしてあんなに嫌われているのか?」という話題が出た。
 劇中の野良猫コミュニティでは個性豊かな猫たちが勝手気ままに仲良く暮らしているのに、グリザベラだけは禍々しいもののように扱われ、姿を見せただけで舞台の雰囲気が暗転し、みなグリザベラから逃げ去ってしまう。
 それほどまでに忌み嫌われているグリザベラであるが、劇中ではそれに対する詳しい説明がないので戸惑う人がいるようだ。それで何故グリザベラが嫌われているかについての考察をふんふんと聞いているうち、いろいろな解答例がでたけど、それらは
(1)グリザベラが娼婦だから。
(2)グリザベラがかつて猫のグループにひどいことをしたから。
(3)グリザベラが空気を読まない、いわゆるKY猫だから。
 と三つくらいにまとまることになった。
 これらについて解説を述べると、
(1)の娼婦説についてはまずないだろう。西洋の芸術作品において娼婦という職業はいろいろと複雑な役割を持たされることになるが、たいていは魅力的な役であり、一方的に忌避される存在ではない。だいたい劇中の妖艶猫ボンバルリーナとかディミータとかはその手の職業猫っぽいし。
(2)については、それならきちんとその過去について述べるはずなので却下。
(3)については判断が微妙である。グリザベラがKYなのは事実で、そして「嫌われているのに、それに気がつかずにグループに接しようとするので、さらに嫌われる」悪循環の原因になっているのは明らかなのだが、大本の「何故嫌われているか」の説明にはならない。
 というわけですべて不正解。

 じつはグリザベラが嫌われている理由、それはあまりに明らかなので、劇中ではいちいち説明する必要はないのである。ただしそれは西洋の文化基準によるもので、西洋人には明らかでも、東洋的文化基準とはずれているので、それで我々には分かりにくいんだなあ、とこれらのディベートを聞きながら私は思った。

 正解をあっさりと述べると、グリザベラが嫌われているのは彼女が老女だからである。西洋文化的には、老いたる女性は、それだけで忌避されるべき忌まわしい存在なのだ。東洋にはそんな文化はないので、このへんにどうしても違和感を持ってしまうのであるが、そういう前提があることを知っておかないとキャッツは肝心のところが分からないであろうと思う。

 

 以上については私の勝手な思い込みとか思う人もいるであろうが、これについては西洋の美術の勉強をすると、イロハ的に最初のほうで入って来る知識なので、その手の勉強が好きな人にとっては常識である。
 写真と違って絵画にはそこにあるものは全て意図を持って存在している。そして西洋美術においては、画かれた人物なり静物にはアレゴリー(寓意)とかアトリビュート(特定へのヒント)が関わっているものが多く、それらを読み解くことによって、絵全体の理解が進みやすい。だから西洋の美術を観賞するときに、これらのアレゴリーやアトリビュートの知識があると、より一層理解が深まり、興が増す。
 そして「老女」のアレゴリーはまずは「死」。そして「忌むべきもの」「禍々しいもの」というふうになる。「老女」は人に否応なく死という不吉なものを意識させる、汚らわしい、なるべくなら身近から遠ざけるべき存在、というわけだ。
 私は若いころ美術のムック本でその項を読んだとき、我々の東洋文化の常識から外れたその概念に、ひっでぇなあと憤慨した記憶がある。そして、ならそれは男性だって一緒だろうという当然次に思う疑問に対してのムック本の解答は、老いたる男「老人」のアレゴリーは「叡智」とか「賢明」とかいう良いものである、ということだったので呆れてしまった。つまりあちらの文化的には「老女」というものは若き日の美しさを失ってしまった全く役に立たないどころか忌むべき存在なのに対して、「老人」のほうは若き日の体力は失ってしまってもその分智恵と経験を蓄えた敬すべき存在だ、ということだ。こういうアレゴリーがあるので、西洋の宗教画などでは威厳ある男性の神は老人ないしは壮年の姿で描かれることが多い。対して神々しい女神はまず若い女性の姿であり、老いた姿で描かれることはまずない。


 ともあれ、西洋の芸術では、女性に対して若さを過剰に賛美し、そのかえりに老女を卑下する概念が基礎にあるため、老女はいかなる分野でも大きな役はもらえない。もしもらえるならその不吉さを表に出した「魔女」役くらいであり、だから美術、小説、劇、童話では、存在感ある老女ってたいていは「魔女」である。あの膨大な多種多彩の魅力あるキャラクターを創出した偉大なシェイクスピアでさえ、その多作の劇で、一流の俳優が演じるに値する老女役って、マクベスの魔女くらいであろう。
 まったくこの文化は今にいたるまで徹底しており、ミュージカルのキャッツでは老女グリザベラがああも嫌われているのに対して、老人男性陣では、長老オールド・デュトロノミーは畏敬の対象だし、肥満猫バストファー・ジョーンズも尊敬されていて、老残の駄目オヤジ猫アスパラガスでさえ皆から愛されている。ずいぶんな違いである。

 もっとも21世紀の西洋では、性別・人種等の差別を防ぐべくポリコレがうるさいので、ハリウッドも原作をそのまま映画化することはできず、老女グリザベラは中年女性に、智恵深き長老オールド・デュトロノミーは女性に変更になっている。作成陣もさすがにキャットは元のままでは現代の映画にはできないと認識していたのだ。ただし役割りの改変はよいとして、歌詞はそのまま採用したために、クライマックスの「メモリー」の整合がとれなくなっている。メモリーでは「年をとって私は若き日の美しさを失ってしまい、誰も相手をしてくれなくなった。こういう年老いた哀れな私に誰か触ってください」とグリザベラが切々と感動的に歌い上げるのに、それを歌うのが現役感バリバリの艶満な中年女性じゃ違和感ありまくりで、原作を知らずに映画を観た人はこの場面で、頭に?マークがいっぱい浮かんだのでないだろうか。映画キャッツが多くの評者から、まったくの怪作と評されることになった要因の一つである。
 ま、ポリコレというのはあくまでも建て前なので、ハリウッドの現実は今もそのままである。ハリウッドでは男性俳優が年をとってキャリアップするにつれギャラも上がっていくのに対して、女優は若き頃と比べての年を経ての扱いって男性と比べてひどいの一言だ。「ノッティングヒルの恋人」でのジュリア・ロバーツの嘆きは、今も通用するものだろう。

 こういう妙ちくりんな文化、それが当たり前の概念として存在しているため、西洋の絵画ではそれが堂々と描かれている。
 代表例として、ハンス・バルデゥング・グリーンの「女の三世代と死」をあげてみよう。

 

【The Three Ages of Woman and Death】

3-age

 解説をする必要もないような露骨な絵であるけど、絵には女性の三世代、「赤ん坊と若い女性、それに老女」それに砂時計と折れた槍を持った「死」が描かれている。
 若い女性は美しさの盛りであり、生の豊かさを謳歌しているさなかである。しかしその隣の老女は「美しいお前が味わっている人生の豊かさは束の間のものであって、すぐに私のような醜い存在になってしまうのだ。さあ、早くこっちに来なさい」というふうな表情で布を引っ張っている。そして老女と一体化した「死」は、その流れる時の速さを測るかのように砂時計を見つめている。
 この不快な絵、好意的に解釈するなら、「若きの日は貴重である。だから大事に使いなさい」との教訓を描いたものとかにもなりそうだが、しかし絵そのものからは、中心に置かれた老女の存在感がもっとも強く、それはやはりこの世に実在する、最も死に近きアイコンとして扱われていると解釈せざるをえない。

 

 もう一枚、有名な老女の絵をあげてみよう。

【la Vecchia(老女)】

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 天才画家ジョルジョーネ作。16世紀に画かれたもので、当時肖像画というものはたいてい金持ちから注文されるものであり、こういう一般の女性の老いたる姿の肖像画自体がたいへん珍しい。どのような意図でもって画かれたのか不明であるけど、ヒントらしきものはある。それは老女の手に握られた紙片であり、そこには「Col tempo /(with time)時とともに」と書かれてある。つまりは「老女」そのものを題材にしたものではなく、そこには時間というものが大事な役割を果たしていて、そして老女は時間によってそうなったということだ。この老女は今まで述べた概念に沿うごとく、人生に疲れ切った表情をし、もはや若きときの美しさは全て失われた、死に近き存在に思える。ま、典型的な「老女」だ。
 こういう、「時がたてば、どんなに美しい女でもこうなってしまうんだ」という、女性への悪意に満ちた、掛けておいて不快になるような、どこにも置き場のないような絵ってなぜ画かれたのだろう。
 つらつらと私が妄想するに、この絵にはモデルがあったのだろう。それも若い美人の。ある時その女性に懸想した画家がくどいたところ、こっぴどく振られた。それを逆恨みした画家、なんとか仕返しをしたく、いろいろと考えたところ、己の卓越した技術を用いることを思いついた。その女性の年を取ったリアルな姿を想像して描き、時とともに必ず来る醜い姿を見せつけるという。その陰険な企てに画家は持てる技術を全て使い、その女性が見れば、絶対に己自身の老いた姿ということが分かる超写実的な絵を生みだした。そしてそれを彼女に送りつけ、恐怖と絶望に沈ませるという、思い通りの結果を得て画家は大いに満足した、とかいうのはどうだろう。じっさいそれくらいの強い意思がないと、このような悪意の塊のような絵は描けないと思う。
 ただ、画家の真意なり悪意がどうあれ、老女の概念の典型を目指したようなこの絵は、描いた画家ジョルジョーネが天才であったために、当初の意図を超えた、偉大な名画となっている。
 老女はたしかに人生に疲れ果てた老残の姿をさらしているけど、そこには真摯に懸命に辛い人生をやり遂げた形が、表情に克明に刻まれており、そしてその人生から得られた諦念とか洞察とか悟りとか慈愛といった複雑にして深奥な精神が、その強い眼差しから伝わってくる。余計なことが書かれた紙変がなければ、この絵はある老女の一生の精神劇を画像化した名品として、普通に観賞されるであろうに。まったくもってもったいない。

 

 キャッツのグリザベラついでに、絵の紹介まで来たけど、最後の私の妄想のところ、じつはネタみたいなものがある。
 ジョルジョーネの「老女」のモデル、いろいろと説はあるのだけど、有力なものにジョルジョーネの代表作「テンペスタ」の女性モデルを老化させたものというのがある。テンペスタに描かれている授乳中の半裸の若い女性がそれで、この女性と老女は顔の輪郭とかパーツのつくりがほぼ一致するそうだ。だからもしその若い女性をわざわざ老化させた絵を描いたなら、その理由って、やっぱりモデルへの嫌がらせくらいしか思いつかないので、先のような妄想を思いついた次第。

【テンペスタ La Tempesta】

Latempest

【比較】

Compare

 似ている…… のかなあ。

 

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December 30, 2018

絵画:最後の晩餐@ミラノ

 絵画というものは移動性があるので、有名な絵画は待っていれば日本の美術館に来ることがあり、わざわざそれが常設されている異国の地まで行かずとも見る機会がいつかはあるのだが、そのなかで「移動不可能な名画」がいくつかあり、それらは現地まで行かねば見ることができない。
 その「移動不可能な名画」の代表的存在であるダ・ヴィンチ作の「最後の晩餐」を見に、ミラノに行くことにした。

 「最後の晩餐」はサンタ・マリア-デッレ・グラツィエ教会の食堂の壁に描かれていて、教会ごと世界遺産になっている。絵画の歴史のなかでも特級の傑作が、壁画という不安定な状況におかれているので、厳重に保全管理されており、見物の客の数は限定されていて、事前の予約が必要になる。
 それでネットで予約を取ろうとしたが、チケットオフィスのサイトはイタリア語であって、なんだかよく分からない。それで確実を期して少々値ははるが英語ガイドツアーのほうの予約をとっておいた。

【チケットオフィス】
Ticket_office

 mail添付のファイルを印刷したチケットでは、指定時間の前に教会の前に集まってくださいと書いていたので、早めに教会前に着。開館前からチケットオフィスの前には行列が出来ていた。当日券はまずない、との情報だったので、予約していたチケットを早めに受け取りに来ていた人であろうか。

【サンタ・マリア-デッレ・グラツィエ教会前】
Front

 ガイドツアーに関しては、それらしきオフィスはなかったが、教会の前にいるとだんだん外国人観光客らしい人たちが集まって来たので、彼らと話すとどうやら同じツアーメンバーらしかった。ただし持っているチケットはそれぞれ、自分たちの言語のものなので、本当のところはまだ不明であった。(写真での、土産ものを売る準備をしている人の後ろにいるグループがそれである)
 そして入館予定時間5分ほど前に現地人のガイドの人が来て、参加者の名簿と参加者を確認して、チケットとイヤホンガイドを渡して、それからツアー開始。

 教会の付設美術館は、外見とは違って、中はモダンスタイル。ガラスの扉でいくつかの部屋が仕切られていて、絵画のある部屋に前のグループが入っているあいだ、そこで待機ということになる。グループは30人弱ほどで、見物の時間は15分と決まっていた。やがて我々のグループの番となり、入室である。

【最後の晩餐】
Last_supper_da_vinci_2

 壁画の部屋に入室すると、人々はまず絵の前に行くのだけど、ガイドはそれを制して最初は部屋の後方から見るように指示。そこで説明があったのだが、この絵は正面のイエスの顔を消失点とした遠近法で描かれている。それは壁、天井、床にはっきりしたラインが引かれていて、非常に分かりやすい形で示されており、その絵のラインはこの実際の部屋の天井と床のラインにもつながっていて、それゆえ部屋と絵が融合して一挙に奥行きを深め、我々が最後の晩餐に参加しているような臨場感を与えてくれる。ダ・ヴィンチは「壁画」という材料を、このように効率的に利用したわけだ。
 これは実物を観ないと分からない、そして教えられねば分からないことで、ガイドツアーの良さであった。

【最後の晩餐の設置部屋 概略図】
Ls2

 いちおう、部屋全体の概略図を示してみる。
 このように床と天井のラインが引かれ、中に入った見物者が壁画を見ると、その視点は正面のイエスに一挙に持っていかれる。
 さて、部屋と壁画の一体性を実感したのち、それから壁画の近くに案内され、絵の細部を見る。
 この絵は損傷が激しく、絵具の剥落が多いため、オリジナルの色は非常に損なわれていることが知られており、元が100とすると今は10くらいの色しか残されていないそうだが、それでも十分に元の絵の美しさを想像できる、その程度には残されていた。
 そして鮮烈な色は失われたにしろ、その表現の素晴らしさは健在であり、師イエスの突然の「お前たちのなかに私を裏切る者がいる」の宣言のあとの、弟子たちの動揺、疑念、激情、憤怒、怯え、等々の感情が渦巻く、このドラマチックな一瞬の場面が、ダ・ヴィンチの卓越した技術で切り取られ、永遠の姿となって、私たちに強い印象を与える。
 人類の芸術史上の大天才ダ・ヴィンチの最高峰の作品だけあって、この絵画が語りかけるものは多く、そして深い。
 この壁画を見るためだけでもミラノに来る価値はある、そういう作品であった。

 ただし、この傑作を生で見られるのは15分という短い時間なので、ミラノに来る手間を考えると、コスパはまったくよくないのだが。

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December 11, 2018

「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞の謎について考えてみる

 映画「ボヘミアンラプソディ」を観た人がたいていそうであるように、私もそれからクイーンの音楽CDを棚から掘り出して、その音楽に聴きふけっている。
 クイーンにはいい曲の多いことに感心すると同時に、やはり「ボヘミアン・ラプソディ」はそのなかでも傑出しているな、とも思う。この曲がクイーンを、そしてあの時代の音楽を代表する傑作と評価されているのは当然であろう。

 ただ、この曲、内容がかなり難しい。
 曲全体としては一人の若者のストーリーで、ある若者が殺人という犯罪を犯し、自分の人生が終わってしまったと嘆く。そしてそのあと世間から厳しい非難と糾弾を受け、それに激しく抗うも、その嵐のような責め苦の日々が終わったのち、自分の罪を受け入れ、静かに諦念の境地に到る、という一幕が描かれている。

 ここで歌詞について考えてみるが、いったいその若者は何者なのか、そして殺した相手は誰なのか、さらにはその犯罪の動機はいったい何なのか、という謎がある。
 歌詞では、若者は社会人になりたての若さであり、殺人については銃を一発額に撃った、くらいの情報しかなく、誰が、誰を、いかなる理由で、ということのいっさいの詳細は不明である。
 しかしながら、大きなヒントはある。
 それは若者が我が身を嘆いての一言、「I sometimes wish I'd never been born at all」。「僕なんて生まれて来なかったほうが良かったと思うんだ」、という台詞である。
 「never been born」は、ここでは自責に使われているけど、普通は「お前なんか生まれてこなかったほうがよかったんだ」と、他人を責めるときの定番の悪口である。馬鹿、アホ、間抜け、等々悪口にはいろいろあるが、これは本人の存在自体を否定する、悪口のなかでも特上級のものであり、これを口にするときは絶交覚悟が必定の、強い力を持つ悪口だ。

 古来よりこの悪口は無数に放たれたのであろうが、しかし、史料に残されたもので、最大級に有名なものが一つある。言った人、言われた人は、それこそ世界中知らぬ者のいない有名人だし。
 その史料は、世界最大のベストセラーである聖書で、言った人はイエス、言われた人はユダである。

【最後の晩餐:サンマルコ教会壁画】
Last

 聖書の受難物語の「最後の晩餐」のシーン、十二人の使徒を前にしてイエスは「お前たちのなかに私を裏切る者がいる」と言い、そしてその裏切り者がユダということを示す。それに続きイエスはユダに言い放つ。
 「It would be far better for that man if he had never been born. -お前のようなものは、いっそ生まれて来なかったほうが、ずっとよかったのだ」
 愛と慈悲の人であるイエスにしては、あまりにひどい言い草であり、古来よりここは論争の的になっていて、ゆえにとても大きな罪を犯す運命にあるユダへの同情からイエスはこのように言ったのだと、好意的に読み取る人もいるが、受難物語の筋を追っていけば、ここではイエスは裏切り者に対して単純に激怒していたと捉えるのが、自然な解釈であろう。
 だいたい、「愛と慈悲の人」というイエスのイメージは後世のものであり、聖書に描かれたイエスは、神殿の境内で暴れたり、実がなっていないからといってイチジクの樹に怒って呪いの言葉をかけたりと、相当に気性が荒い人物であったから、これくらいの悪口は平気で放ってなにもおかしくない。

 ボヘミアン・ラプソディの歌詞は神話や史実をいろいろ引用しており、フレディがこの語句を偶然使うことはありえず、意図をもって聖書から取ったのは明らかだと思う。
 そしてもしこの若者をユダとし、殺した相手をイエスとすると、曲で示される若者の激しい懊悩、そして世間の圧倒的な糾弾が、案外とよく理解できる。それこそ、「20世紀の受難曲」としていいくらいに。
 まあ、以上は少々極端な解釈であり、私も「若者=ユダ」とまでは思わないが、それでもnever been bornというキーワードから、若者の犯した犯罪が衝動とか無思慮とかによるものでなく、深く長く悩み抜いた末、自分の最も大切な人を敢えて捨て去る決断をした、深刻な葛藤劇が、そこにあったのは間違いないと思う。あの受難劇のユダの物語のように。

 もちろんボヘミアン・ラプソディの歌詞の本当の意味については、作詞者フレディしか知らないだろうし、そしてたぶんフレディ自体もじつは知ってないとは思う。
 それが、本当に優れた、後世に伝わっていく名作というものであって、その作品は最終的には作者を離れて、聴く人々によって、無数の解釈を与えてくれる。
 ボヘミアン・ラプソディは、そういう名作の、典型的なものであろう

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January 02, 2018

フィレンツェ5日目→羽田

 フィレンツェ滞在5日目。本日午後に飛行機に乗るので、観光は午前中のみである。

【聖マルコ修道院】
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 「天使の画家」フラ・アンジェリコの作品が多く納められていることで名高い、聖マルコ修道院。修道僧の暮らすたくさんの部屋ごとに彼の絵が飾られており、それらはどれも優しさと慈しみに満ちたものであり、いかにもこの静謐な修道院にふさわしいものばかりであった。
 その多くの絵のなかで最も有名なものが「受胎告知」である。ダ・ヴィンチのような迫真性や迫力はないけれど、穏やかで、暖かな雰囲気を持つ独特の名画である。敬虔な修道僧でもあった、フラ・アンジェリコの人柄を偲ばせてくれる。

 聖マルコ修道院から、次は大聖堂近くの大聖堂付属美術館へ。

【大聖堂付属美術館 ピエタ】
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 以前大聖堂に置かれていた美術品が置かれている美術館。この美術館も観るべきものが多く、けっこうな時間がかかった。
 最も印象的だったのは、やはりミケランジェロの「フィレンツェのピエタ」。
 ミケランジェロが自身の墓に飾るために作成された像であるが、途中で製作は放棄され未完となった。
 全体像はともかくとして、彫られた部分だけでも傑作であることは間違いないけど、若い頃のピエタとは違い、この像には観るものをして、心を沈ませる、悲劇性や懊悩といった苦々しいものがどうしても感じさせられる。そしてそれは大理石から深い精神劇を抉りだす、芸術家の大変な苦心をもどうしても思い知らさせるものでもあった。

【大聖堂付属美術館 マグダラのマリア】
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 数ある彫刻群のうち、もっとも個性的なものがドナテッロ作のマグダラのマリア像。
 やつれ果てた、みすぼらしい装いのマグダラのマリアは、しかし、その真摯な祈りの姿から、崇高な精神性を放っている。
 初期ルネッサンスの巨匠ドナテッロは、私は今まで美術書でしかその作品を観たことはなかったけど、フィレンツェに多く置かれている彼の彫刻をオリジナルでみると、どれも感銘を受けるものばかりで、その実力の高さをよく知ることができた。

【ペレートラ空港】
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 フィレンツェの空路の入り口、ペレートラ空港。この空港、フィレンツェに近いので、便利なのではあるが、滑走路が短く大型の旅客機が利用できないのが難である。
 そして今回使用のエア・ドロミティは来るときも1時間くらい出発が遅れたが、帰りもまた1時間遅れるとのことである。ラテン系の航空会社はどうも信用できないなあ。まあ、親会社はルフトハンザなのだが。
 フランクフルトでの乗継ぎは、タイトな時間割りで大丈夫かなあと危惧していたが、イミグレがほとんど素通り状態だったのが幸いして、ギリギリで乗ることができた。エア・ドロミティからの乗り継ぎ組以外はみな既に着席して、我々をただ待っている状況のようであった。
 ただし、エア・ドロミティからの荷物搬入とかあるので、結局は出発は定刻よりも遅れるだろうと思っていたら、定刻通りに出発。エア・ドロミティやるじゃん、とか感心してしまった。

【羽田空港】
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 そうして着いた羽田空港。天気良好である。
 ルフトハンザの飛行機は、日本でも滅多に見なくなったジャンボであった。あんまり乗り心地のいい飛行機でもなかったので、これが廃れた理由はよく分かった。
 さて、降りてみると、なんと私の荷物がLOSTになっていることが判明。乗り継ぎのさい積みそこねたそうで、・・・エア・ドロミティ、やっぱりできんやつだったか。感心して損した。

【羽田 寿司幸】
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 Lost baggageについては、3時間後に飛んでくるANA機が運んでくれるとのことであった。自宅に郵送でもよいのだが、それもあとが面倒なので、今日のうちに手にいれるべく、空港で時間をつぶすことにした。
 そういうわけで、第一ターミナルの寿司店で、酒を飲みながらだらだらと過ごした。
 平成30年の寿司の食べ初めは、「羽田 寿司幸」であった。

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December 30, 2017

フィレンツェ 2日目

 パリではルーブルが、マドリードではプラドがその地の最高レベルのものを多く収蔵した、市を代表する美術館であるが、フィレンツェではウッフィツィがそれになる。ここで、ルネッサンスの美術を開花させたフィレンツェが生んだ天才たちによる絵画、彫刻のたくさんの逸品を観ることができる。

【ウッフィツィ美術館】
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 ウッフィツィ美術館は、市の中央広場からアルノ川への回廊的な建物であり、その立体的な迫力は素晴らしいものがある。

【入り口】
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 世界中から観光客が訪れるフィレンツェにおいて、その観光客がまず訪れる美術館であるだけに、客はたいへん多く、常に大行列がある。
 ガイド本による事前の情報では、フィレンツェカードがあると並ばずに入れるとのことであったが、フィレンツェカードって基本的にはプリペイドカード的役割しかなく、チケットを買うために並ぶ必要はないというだけであって、結局、予約客とフィレンツェカードを持っている人たちによる別の大行列に並ぶことになり、入るのに30分ほどかかった。

【ローマ皇帝像】
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 美術館に入ると、まずは3階まで上がって、それから展示室に行く。このとき3階の入り口にアウグストゥス像があり、そして中に入ると廊下にはずらりと歴代のローマ皇帝の胸像が並べられていた。どれもオリジナルであり、ローマの歴史のファンとして楽しいものがあった。
 フィレンツェは、「ローマの正当な後継者」と自負している都市なので、さもありなんという感じである。ただし、フィレンツェが理想としていたローマは、じつは共和制ローマであり、しかし、ここにあるのは帝政ローマ時代の像ばかりだったのは、少々苦笑させられるものがあった。

【美術品】
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 ウッフィツィ美術館に多数ある、人類の宝のような美術品は、それらをじっくり見ているととても一日では時間が足りない。
 とりあえず、絶対観なければならないいくつかの作品を紹介。
 美術の教科書に載っており、そして美術の歴史における必須品のような絵画が、ナマでじっくりと観られるわけで、まさに目の喜びである。

 そして特に感銘を受けたのが、ダ・ヴィンチの受胎告知。
 聖マリアの前に神の使いが現れるドラマチックなシーンは、数多くの絵が描かれ、それらはウッフィツィ美術館にもたくさん展示されているが、ダ・ヴィンチのこの絵は格がまったく違う。天使ガブリエルの迫真性と神秘性、聖マリアの清らかさと静謐さ、そして画面全体を占める神韻縹渺たる雰囲気。まさに神品というべきもの。

【ヴェッキオ宮殿】
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 ウッフィツィ美術館で名画を観過ぎて、頭が少々疲れたが、その隣にフィレンツェの名所ヴェッキオ宮殿があるのでここも訪れよう。
 フィレンツェの盛期に市政の中心として造られ、今も市役所として現役の建物である。

【ダヴィデ像(コピー)】
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 フィレンツェの精神を象徴するダヴィデ像は、フィレンツェのあちこちにあるのであるが、元々はここに設置されていた。人類の宝を雨ざらし野ざらしにするのはいかがなものかということで、今ではオリジナルはアカデミア美術館に移されて、コピーが置かれている。

【ヴェッキオ宮殿】
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 ヴェッキオ宮殿内の500人広間。
 この大きな部屋の壁には、もともとはダ・ヴィンチとミケランジェロが絵画を描くことになっていたのだが、残念ながら両者とも途中で中止となった。完成していたら、途方もない宝となっていたろうに。
 今はヴァザーリによる勇壮な壁画があり、これも立派なものだ。
 じつはヴァザーリの絵の下には、ダ・ヴィンチの描きかけの作品があり、これを復元しようという話もあったのだが、ヴァザーリの絵も名品なので、剥がすわけにはいかず、結局うやむやとなっている。

【ヴェッキオ宮殿の塔から】
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 フィレンツェで最も立派な建物である大聖堂は、いろいろな所から見下ろして眺めることができる。その代表的なところとしてミケランジェロ広場、ジョットの鐘楼があるけど、前者は遠すぎ、後者は遠すぎるとは思う。
 私としてはヴェッキオ宮殿の塔から見下ろす大聖堂が、距離といい、高さといい、最も適していた。

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December 29, 2017

フィレンツェ 1日目

 平成29年の年越しは、花の都フィレンツェで過ごすことにした。
 世界有数の観光都市フィレンツェは街の規模が小さいことから、5日もあればだいたい見るべきものはじっくりと見られるだろうと思っていたが、フィレンツェは街全体が美術館、博物館のようなものであり、見るべきものが多すぎて、結局は駈足で街を回らざるを得ず、見残してきたものが多くなり、この美しい街はまた訪れねばと思った。

 その駈足フィレンツェ旅行を忘備録的に。

【サンタ・マリア・ノヴェッラ教会】
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 フィレンツェの鉄道のターミナル傍にある教会。
 フィレンツェを訪れたら、まずは観光パスカードのフィレンツェカードを手に入れる必要がある。それでこの教会の近くにあるインフォメーションでカードを購入した。

【街路からドゥオーモを見る】
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 フィレンツェのシンボルであるサンタ・マリア・デル・フィエーロ大聖堂(ドゥオーモ)は、あまりに大きいので、どこからでもその姿の一部を見ることができる。
 だから、この建物は容易に探して、訪れられる。

【ドゥオーモ】
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 ドゥオーモに到着。
 近くだと大きすぎて、全体像がよく分からない。
 まずは中に入ってみようと思ったが、大行列だったので、あとで入ることにした。(結局、いつ行っても大行列だったので、入れなかった)

【共和国広場】
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 ドゥオーモからアルノ川へと向かう途中にある広場。

【ヴェッキオ橋】
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 アルノ川にいくつもかけられた橋のうち、最も有名な橋。橋の上には宝飾店がずらりと並んでいる。

【アルノ川】
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 イタリアを貫くアルノ川、ヴェッキオ橋からの眺め。

【ミケランジェロ広場】
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 ヴェッキオ橋を渡り、石畳の道を登っていくとミケランジェロ広場に着く。
 その名前の通り、ミケランジェロの代表作ダヴィデ像のコピーが置かれている。

【フィレンツェ展望】
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 ミケランジェロ広場から、フィレンツェ市街が一望できる。
 街の中心には、圧倒的存在感を誇るドゥオーモが。
 そして、ここから見るとドゥオーモの全体像がよく分かる。

【サンタ・クローチェ教会】
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 ミケランジェロ広場から下りて、広場からよく見えていたサンタ・クローチェ教会に行く。

【ミケランジェロの墓】
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 サンタ・クローチェ教会にはフィレンツェで活躍した有名人の墓がいくつもある。
 そして、そのなかでも特に有名なミケランジェロの墓。

【バルジェロ美術館】
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 サンタ・クローチェ教会から、バルジェロ美術館へ。
 フィレンツェの旅では、美術品で見たいものが多数あったが、優先順位でいえば、この美術館所蔵のダヴィデ像(ドナテッロ作)が一番だったので、美術館ではまずはここを訪れることにした。

【ダヴィデ像】
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 自立心と抵抗心が市民の心の核であるフィレンツェでは、それを象徴するダヴィデの像が、様々な作者により造られ、たくさんの像が設置されているわけだが、(実際に訪れてみると、うんざりするほどダヴィデの像がある)、そのなかで、ミケランジェロの高名なダヴィデ像よりも芸術的評価の高いダヴィデ像がこの美術館にある。
 しかし、二次元像で見ても、その価値がよく分からないので、実物を見てみたかった。
 そして、いざ実物を見てみると、そう言われる理由があっさりと分かった。
 とにかく美しい。そして精神性が高い。雄々しさとともに、戦いのあとの、儚さ、哀しさ、そういう複雑な感情が見事に表現されていた。

【イサクの犠牲】
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 バルジェロ美術館の至宝は、ダヴィデ像以外にも数多くあり、この「イサクの犠牲」は、ルネッサンスの幕開けを告げる重要な作品。
 歴史が、目の前にある生々しさ。


 バルジェロ美術館で、たくさんの名品を見て、酔うような感覚を覚え、けっこう疲れたが、しかし明日はさらなる大物美術館「ウフィツィ」を訪れる予定。
 しっかりと体調を整えていこう。

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December 14, 2017

映画:オリエント急行殺人事件 & 「名探偵」に対する私的考察

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 ミステリ映画の傑作「オリエント急行殺人事件(1974年)を、「超豪華キャストでリメイクした」、というこの映画。前作はたしかに大俳優を綺羅星のごとく配役したオールスターキャストの映画であったけど、今回の配役では大スターといえるのは、ジョニデとペネロペくらいであって、あとは往年の大スターが2~3名、将来大スターになるであろう有望若手女優が一名、残りはまあ普通という、超豪華とうたうには微妙なものであった。
 ジョニデは被害者役なので、そうなると真犯人はペネロペで決まりだろう、と大体のミステリ劇なら想像はつくけど、ただしこの作品はそう単純ではない。
 というのはアガサ・クリスティの原作自体がミステリの代表的古典であって、ミステリ好きなら内容はまず知っているだろうし、また映画のほうも有名な古典的名作であり、つまりはこの映画を観る人の大半は、犯人を最初から知っている、それを大前提として作られているからだ。
 そうなると製作者は、古典の音楽を編曲するかのごとく、いかに現代風にアレンジを利かせるか、というのが勝負になる。アレンジといっても、これほどの古典ミステリを、大改編するわけにはいかないだろうから、原典の本筋を保持したまま、新たな魅力を描出する、そういう手腕が必要になる。どういうふうにみせるのだろう?

 まあ、そんなことをまず考えながら映画を観てみたが、この映画は当たりであった。何より映像が素晴らしい。
 あのころの世界の憧れであった豪華寝台特急が、時代背景そのままに再現され、異様にまでに美しいイスタンブールを出発してから、険しい氷雪の山岳地帯を進んで行き、突然の雪崩による脱線事故が起きる、これら一連の映像美は見事の一言。
 そして、この事故から映画は主に列車内に場面が移り、突然起きた謎に満ちた殺人劇をテーマにさまざまな人間劇が繰り広げられる。

 ここでの劇は、1974年製作の前作が名探偵ポワロの老練な会話術を駆使した推理劇を主体にしていたのに比べ、謎解きは淡泊に進められ、それよりも、列車内にいた人々の「正体」をあぶりだすことにポワロの考察は主体となり、そしてそれはやがてポワロ自体の「正体」もあぶりだすことになっていく。この緊張感に満ちた人間劇は、最後のクライマックスのところ、「犯人は誰か?」ということとともに、「名探偵とは何か?」という問いへも、一定の解答を示すことになり、感動的な終幕を迎える。


 ここで、いったん映画から離れて、「名探偵」というものについて考えてみる。
 いわゆる推理劇、「謎解き」という人々の興味をそそる題材は、古代より多く創作に扱われてきた。これらの謎解きは、種々な立場の人々によって行われてきたのだが、近代になって、「犯罪者を特定できる、もっとも強力な存在であるはずの警察等の公的捜査機関でも手におえないような難事件を解決できる」、超人的頭脳を持った「名探偵」が活躍する推理劇が開発され、それ以降は推理小説は名探偵がセットということになった。

 小説を含めた創作では、様々な職業の人が登場し、それらはほとんど現実に存在する職業ではあるが、こんなに多くの小説が書かれた推理小説において、「名探偵」とはまったくの架空の存在であり、そんな者は現実には存在しない。
 しかし、そういう架空の職業がなぜ創作にこれだけ出てくるかといえば、それは理由は明らかだ。「名探偵」というものがあまりに魅力的だったからだ。

 世の中、ある分野において、何が発祥かという問いは、けっこう難しいことが多いのだが、「名探偵」についてははっきりしている。
 アメリカの作家「エドガー・ポー」が書いた小説「モルグ街の殺人」に登場する探偵「オーギュスト・デュパン」が、名探偵の原点であり、決定版である。これ以後の「名探偵」はすべてデュパンのパロディ、と言ってはなんだが、弟、子、孫、曾孫、そういった存在であり、つまりは派生物である。シャーロック・ホームズが代表的な「子」であり、クリスティ女史創出のポワロは「孫」くらいに位置する。

 さて、現実には存在しないような超人的能力を持った「名探偵」が登場する推理小説は、初期のほうは読者は鮮やかな謎解きを楽しんでいればよかったのだが、そのうちだんだんと問題点が出て来た。
 一番の問題点は、名探偵に精神的負担が課せられることになったことだ。
 推理小説では、通常の捜査では解決困難な難題がテーマになるので、犯人も相当に能力の高い者が担当になる。そうなると、事件が終末に近くなり、真の解答を知るのは、この世に名探偵と犯人のみ、という状況が生じる。それは、犯人を告発できるのは、この世に名探偵一人のみ、という状況であり、つまりは名探偵には必然的に、裁判官的な、人を裁く役が回ってくるのだ。犯人にも、それなりに事情はあるのであって、それを考慮もせずに、ばったばったと犯人を摘発していくことは、名探偵といえど、神ならぬ身、きわめて精神的に負担がかかることであり、こういうことが続くと心が壊れかねない。
 この問題については、当然推理小説創生の早い段階から生じ、特にクリスティと同世代の大作家、エラリー・クイーンにおいて顕著となり、やがては後年のクリスティも直面することになり、読者を当惑させる作品を残している。

 ここでまた映画に戻る。
 しかしながらポワロは、そういう苦悩とは関係ないような名探偵として、冒頭部で登場する。彼は世の中には善と悪の二つしかない、すべては、そのどちらかに分かれるという考えの持ち主で、きわめて怜悧な、あるいは冷淡な精神で事件に対処する。
 ところが、オリエント急行殺人事件では、なにが善か悪か、誰が善人で悪人なのか、非常に複雑難解な状況となり、ポワロは懊悩のすえ、ある決断をくだす。この決断にいたる、ポワロの精神の葛藤劇が、この映画での見せ場というか山場であり、それはとても感動的に描かれていたと思う。とくにその舞台が素晴らしかった。

 以下、その舞台について書いてみる。
 ここからは少々ネタバレを含むので注意。


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【終幕の舞台】
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 推理劇の〆の王道は、容疑者一同を一室に集め、おもむろに名探偵が「犯人はここに居る」と宣言し、それから推理を述べる、というものである。
 オリエント急行殺人事件にもその場面はあるのだが、原作と違い、一同は客車のなかに集まるのでなく、避難先のトンネル内に一列に並んで座っている。
 この構図、誰が見てもダ・ヴィンチの「最後の晩餐」そのものである。

【最後の晩餐@ダ・ヴィンチ】
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 「最後の晩餐」は、いうまでもなく、イエス・キリストが捕えられる前夜を描いた名画である。ここでイエスは、集まった弟子たちのなかに裏切り者がいることを告げ、弟子たちは動揺する、その一瞬を捉えた絵だ。この場面って、容疑者一同集めての、名探偵による犯人(裏切り者)宣告、という推理劇の〆そのものである。
 そして名探偵イエスは、裏切り者はユダ一人だけでなく、お前たち全員だと、アクロバット的な宣言を続ける。身に覚えなき弟子たちは仰天し、そして一番弟子ペテロは、師よなんてことを言うのです、私はけっしてあなたを裏切りませんと主張するが、イエスは、いやお前は一回のみならず三回も私を裏切ると断言する。
 聖書は、最後の晩餐のあと、イエスの言葉とおりに弟子たちが裏切るシーンを、執拗なまでに詳細に描いているが、これらの弟子は将来のキリスト教の主要な布教者であり、特にペトロは初代法王なんだから、もう少しマイルドな描写のしようもあるだろうにと私などは思ってしまうが、ここまでリアルに書いているのは、ようするにこれが当時皆に知れ渡っていた、まぎれなき事実だった、ということなのだろう。
 なにはともあれ、この最後の晩餐における人間劇は、「人間の心の弱さ、卑怯さ」を、厳格に物語っており、そして人間とはかくも弱き存在なので、それを乗り越えるためには、超常的なもの、つまりは宗教が必要ですよ、とそんな結論をつけにいっているのが、聖書という書物ではある。

 そして、現代版の「最後の晩餐」では、人間劇はどう描かれたか。
 さすがに初版から2000年近く経っては、人間も進歩はしたようで、ここで描かれるのは「弱さ」や「卑怯さ」ではない。
 名探偵の指摘に、集まった人々はうろたえることせず、かえって自らの信念を貫こうとする。そして、ポワロの残酷な試しに、そこである登場人物が見せたのは、強い覚悟、強い意志であり、それは人間の精神の崇高性を示すものであった。
 それによりポワロは、心に強い印象を受け、そうして彼は単純な善悪二元論を脱して、次なる高みに脱却していく。
 すなわち、この映画では主人公はポワロであり、主筋はポワロの精神の成長劇だったのである。

 この映画はシリーズ化されるそうで、次は「ナイルに死す」であることが、終幕で明かされているけど、そこでは以前に作られた作品とずいぶんと違ったポワロ像が楽しめそうだ。


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 オリエント急行殺人事件 公式サイト

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March 19, 2016

足立美術館@島根県安来市

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 島根の山間地方にある足立美術館は、その素晴らしい庭園で、世界的に有名である。
 足立美術館の創設者足立全康氏は貧困の身から、辛苦の生活を続けながら巨万の富を築いた立志伝中の人物である。彼は若き時代、横山大観の画を観て感動し、その感動を自らの活力の糧として懸命に生き、そうして実業家として大成功を収めた。
 そして成功してから、当然ながら彼はその富を生かして、横山大観を買い集め、最大の募集家となる。

 優れた絵画は財産価値もあるため、ここまでは成功した実業家としてよくある話ではある。
 そしてそういう話は、たいていは初代、あるいは二代目が身を持ち崩し、そのコレクションは四散してしまうというのが大体のオチなのであるが、足立全康氏はそれらのステレオタイプとは全く異なる道へと行った。

 氏は、偉大なる大観の画を納める器を建造することにする。
 その器は、大観の画を収蔵するにふさわしい、最高級の美術品にしなければならない。大観の画を観に訪れた人たちが、まずはその器に魂消るほどのものに。


 足立美術館、私は訪れたのは初めてだけど、足立翁のもくろみ通り、美術館に入ってその庭園を見て魂消てしまった。
 ここの庭園は、日本式定型に乗っ取った、伝統的なものなのであるが、その広大さが素晴らしい。そして、さらに素晴らしいのは、借景としての、背景にある山々が完璧なまでに、庭園の美しさによりそい、それを互いに高めているところである。
 庭園の奥の山々。そこに近代的建築物や、電線や、電波塔などがあれば、すべてがぶちこわしになってしまうのに、それらは全く排除されている。

 日本庭園は、京都には完成度の高いものがいくらでもあるが、残念ながら借景がひどいことになり、庭の周りを壁で囲って、そこでの小宇宙に閉じ込めているものばかりである。すなわち、昔の頃、借景が素晴らしかった時代とは、本来の姿を変えてしまったものになってしまっている。
 ところが足立美術館では、その借景も庭園の一部として最初から設計し、繊細でかつ雄大な、本来の日本庭園の魅力の真髄を存分に示している。

 いやはや、みごとなものでした。

 「世界が選ぶ日本庭園第一の常連の美術館」という評判はともかくとして、庭園好きの人は絶対に訪れる価値ある美術館である。

 ・・・ただ、この庭園の素晴らしさに圧倒され、メインの大観の画の印象が薄れてしまうのは一般的な感想ではなかろうか。それは、足立翁の意思とはちょっと違った方向に、この美術館はいってしまったと思えなくもない。

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April 07, 2013

絵画:フランシス・ベーコン

 20世紀の画家ではフランシス・ベーコンは重要な位置を占める画家なのだろうけど、図柄から広い人気を博すようなものではなく、マイナー系あるいはオタク系の位置に甘んじているところがある。
 そのベーコンの大規模な展示会が開催されているとのこと。たぶん、もうそのような展示会が開かれることはないであろうから、せっかくなので見に行ってきた。
 もっとも、私はベーコンの、なんでもかんでも捻じり上げたような人体の絵は好きではなく、目当ては枢機卿のシリーズである。

【ヴェラスケスの教皇インノケンティウス10世の肖像による習作】
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 ヴェラスケスによる「インノケンティウス10世肖像」をモチーフにして描かれた連作のうち、最も有名な絵。
 ただし、今回の展示会には出品されていなかった。ちょっと残念。

 この絵は、誰でも初めて見たとき、強いショックを受ける、印象的な絵であろう。
 上方から垂直に降り、下方で四方に弾ける金色の光線に打たれ、そこに座る人物は、恐怖と苦痛の叫び声を上げている。大きな叫び声が聞こえてきそうな臨場感、そしてその絶望感がじかに迫って来る迫真性。
 な、なんなんだ、この絵は!
 とあきれ、絵の前から後ずさりしてしまいそうになるくらい、刺戟の強い絵である。

 ただ、この刺戟は、いわゆる「俗な」、一回やれば馴れてしまうたぐいのもので、2度3度見て、その刺戟性が薄れてしまえば、この絵もあんがいつまらなく感じられてしまう。
 じっさい、ベーコンも一時期は憑かれたように描き続けていたこの「叫ぶ枢機卿」シリーズも、ある時期突然に興味を失い、それからは少しでも似たモチーフのものは描かなくなっている。

 それについては、展示会で上映されていたインタヴューのビデオで、枢機卿シリーズを描かなくなった理由を問われ、ベーコンは「元絵が完璧すぎ、何をどうやっても、どうもならなかったから」みたいなことを言っていた。

 その元絵、

【教皇インノケンティウス10世の肖像】
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 この絵は、人類がその絵画の歴史のなかで持った、何百万、いや、何千万、何億といった肖像画のなかで、最も偉大なものの一つである。
 ヴェラスケス自体が、絵画の歴史のうち、画家トップ10内には必ず選ばれる偉人であり、その偉人の画業のなかでも、最高に属する作品であるからして、優れているのは当たり前なのだが、それにしてもこの絵は素晴らしい。
 色彩、構図、構成、すべてが完璧である。

 …ただし、完璧と言っても、人好きする絵であるかどうかはまた別問題だ。

 ヴェラスケスは描写力が抜群に長けていた人ゆえ、この絵、モデルとなった人物の精神性もあますことなく表現している。
 そして、その精神性であるが、教皇という特殊な立場の人が持つべき聖性が微塵も感じられないのはどうしたことか。
 もちろんカトリック教会のトップに立つものとして重要な、意思の強さとか、精神力の逞しさとかは十分すぎるほど持っているのは分かるが、さらに感じられるものは、意地の悪さとか、残忍さとか、狡猾さとかであり、この人物が教皇に登りつめたのは、決してその聖性や慈悲性ではなく、権謀術数によるものであることまで分かってしまう、そこまで描かれた深い絵だ。
 じっさい、インノケンティウス10世はそういう人物であった。

 ベーコンによれば、彼にとっての暴君であった父が、この絵のインノケンティウス10世によく似ていたそうだ。それで父を罰するために、父の代理であるインノケンティウス10世を罰する絵を描いたとのこと。フロイト的には分かりやすい話だ。
 ただし、それも話半分のような気はする。
 絵をよく見れば、ベーコンの矢である金色の線は、じつは画面中を飛び回っており、一部は椅子と同化して画面からはみ出ている。ベーコンの罰したかったものは、中央の人物ではなく、絵全体である。それならば、攻撃の的はあの完璧な絵であるヴェラスケスの元絵であり、さらにはヴェラスケスその人であると考えるのは、べつに間違ってはいないだろう。ベーコンには、この完璧な絵、そしてそれを描いた画家が、許せない、そういう激情があったのでは。
 しかし、その憎悪に等しい激情は、さらには我が身にも返ってくるようである。
 この絵は、眺めていると、罰していたはずの自分がいつのまにかこの絵のなかに連れ込まれ、自らが中央の椅子に座っている人物となり、金色の光線に貫かれ、叫び声をあげる羽目になってしまう。そういう不気味さがある。展示展に行くと分かるが、ベーコンの絵は、ガラスを使って、絵と自分を一体化させる、そういう凝った仕掛けがしてある。

 こういう他者への攻撃が、自分にも返って来る、無限ループのような苦悶が、枢機卿シリーズ以外の絵でもえんえんと感じられ、どの絵を見ても、なんとも疲れる展示会であった。

 そして私はただ精神的に疲れるだけの立場であったが、なかには肉体的にもその疲れを感じたい人もいるようであった。
 展示室一つをまるまる使って、「ベーコン的肉体の絵画表現」を肉体そのものを使ってダンスしているビデオを上映している部屋があった。そこでのダンスは、自らの身をあらぬ方向に折り曲げる奇々怪々なものであり、たしかにベーコンの世界そのものであった。

 フランシス・ベーコン、奥が深いが、やっぱりあんまり好きにはなれない画家だな。

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 フランシス・ベーコン展 公式サイト

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September 19, 2012

パリ美術館巡り

 パリというのは美術館の宝庫のようなところであり、大はルーブル美術館から小は個人経営のものまで、魅力ある美術館が山ほどある。
 ただ時間的に多くは行けないので、とくに行きたい3つの美術館に絞って訪れてみた。

(1)モロー美術館
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 この美術館は観光地からはずれた住宅街のなかにあり、分かりにくいところにある。…ギュスターブ・モローの邸宅をそのまま美術館にしたのだから当然なのではあるが。
 それゆえ、この美術館はモローの絵の愛好家しか訪れない場所であり、そして扉のところには、フランス語、英語とともに、日本語で「扉を押して下さい」と書かれてあった。モロー、日本人に人気のある画家のようである。
 …もっとも、客少なき美術館のなかのアジア人は、私以外はChinoisばかりだったのは、日本の不景気さおよび中国の景気の良さを意味しているんだろうな。

【美術館内】
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 モロー美術館は珍しく写真撮影可であった。それでカメラで館内を撮っている人が多かったが、…フラッシュ焚くのは止めたほうがいいと思ったなり。
 この部屋にぎっしりと飾られた絵は、その多くが画集で見た覚えのある有名なものばかりであり、モローの絵は、あまり散逸せず、この美術館に集まっているようであった。

【サロメ】
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 モローの名画の数々に満足しつつ、ここで一番の目当ての絵「サロメ」を見る。
 中学生の頃にこの画を画集で見て、なんと美しい絵だと思い、それからずっと実物を見たいと思っていたけど、実物でみる美しさは、当然のことながら画集で見たものよりも、はるかに迫真的なものであった。
 「踊りの報酬として預言者の首を望む」、というサスペンスな場面を描いたものにも関わらず、この絵は、とても静かで、美しかった。
 この絵では、種々に発光する光源があり、それぞれが独自の光を放ちながら、ゆるやかに融合し、調和している。そしてその色は絵全体のなかで混ざることにより、まるで音楽の和音のように響き、登場人物3人はおのおのが、その玄妙なる音楽に静かに聞きふけっている、そういうふうに見える、あるいは聞こえてくる、不思議な感覚を与えてくる絵であった。
 この絵を見るためだけでも、パリに来る価値はあった、せつにそう思う。


(2)オランジェリー美術館

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 次はメジャーどころのオランジェリー美術館。
 この美術館の目玉はモネの睡蓮の絵。
 この絵を収める一室の天井には大きな曇りガラスがはめられており、そこからの間接的な日光を浴びて、睡蓮の絵は、「光の魔術師」と呼ばれたモネが表現したかったはずの、独自の美しさを表現している。
 この一室だけでも素晴らしいが、その他の部屋の印象派の絵もまた見事。

【睡蓮(Wikipediaより)】
Suiren


(3)オルセー美術館
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 ルーブル美術館に次ぐ、フランスの象徴的美術館。
 パリに訪れた人は、誰しも訪れたきところである。
 ただ、ここに入る時はチェックが厳しく、また周りには自動小銃抱えた兵士が護衛に何人もいて、ヨーロッパのテロの厳しさも実感させてくれた。

【蛇に噛まれた女(Wikipediaより)】
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 オルセー美術館では、絶頂美術館という本が、いいガイド本であり、美術における官能の表現についてオルセー美術館の数々の作品を挙げて説明していた。そこで、オルセー美術館で入って最初に正面にある彫刻「蛇に噛まれた女(作:クレサンジュ)」が、官能の表現として、最高級のものであり、そして三次元の造形が最も官能の表現に向いている、というふうなことが書いてあった。
 なるほど、そういう事前知識があると、この作品が名美術品の宝庫のオルセー美術館のなかでも、とりわけ傑出した作品ということがよく分かった。

 この美術館の収蔵する美術品の数は圧倒的であり、そしてそのなかには一品だけでも日本に来れば、3ヶ月間満員御礼(福岡の美術館でよくそういう現象が起きる)になるという絵が、山ほどある。
 オルセー美術館は人多き美術館であるが、それでも日本に比べればずっと少なく、落ち着いた雰囲気で、たくさんの名画をじっくりと見ることができた。

 (ただし、たくさんの名画をじっくり見たせいで、印象派の画家では、セザンヌがずば抜けた存在ということも、個人的にはよく分かった。印象派の画家って、いい意味でも悪い意味でも、アマチュアの絵という印象がどうしてもあるのだが、セザンヌだけは、デッサン、描画、色彩、構図、精神性、全てに途方もなく高い力量を持った存在と思い知った。これもオルセー美術館に行っての大事な収穫である。)


 芸術の都パリとはよく言われるが、まったくそのとおりで、訪れたかったけど、時間のなかった美術館が、まだまだ山ほどある。

 パリ、また訪れなくては。

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