絵画

March 19, 2016

足立美術館@島根県安来市

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 島根の山間地方にある足立美術館は、その素晴らしい庭園で、世界的に有名である。
 足立美術館の創設者足立全康氏は貧困の身から、辛苦の生活を続けながら巨万の富を築いた立志伝中の人物である。彼は若き時代、横山大観の画を観て感動し、その感動を自らの活力の糧として懸命に生き、そうして実業家として大成功を収めた。
 そして成功してから、当然ながら彼はその富を生かして、横山大観を買い集め、最大の募集家となる。

 優れた絵画は財産価値もあるため、ここまでは成功した実業家としてよくある話ではある。
 そしてそういう話は、たいていは初代、あるいは二代目が身を持ち崩し、そのコレクションは四散してしまうというのが大体のオチなのであるが、足立全康氏はそれらのステレオタイプとは全く異なる道へと行った。

 氏は、偉大なる大観の画を納める器を建造することにする。
 その器は、大観の画を収蔵するにふさわしい、最高級の美術品にしなければならない。大観の画を観に訪れた人たちが、まずはその器に魂消るほどのものに。


 足立美術館、私は訪れたのは初めてだけど、足立翁のもくろみ通り、美術館に入ってその庭園を見て魂消てしまった。
 ここの庭園は、日本式定型に乗っ取った、伝統的なものなのであるが、その広大さが素晴らしい。そして、さらに素晴らしいのは、借景としての、背景にある山々が完璧なまでに、庭園の美しさによりそい、それを互いに高めているところである。
 庭園の奥の山々。そこに近代的建築物や、電線や、電波塔などがあれば、すべてがぶちこわしになってしまうのに、それらは全く排除されている。

 日本庭園は、京都には完成度の高いものがいくらでもあるが、残念ながら借景がひどいことになり、庭の周りを壁で囲って、そこでの小宇宙に閉じ込めているものばかりである。すなわち、昔の頃、借景が素晴らしかった時代とは、本来の姿を変えてしまったものになってしまっている。
 ところが足立美術館では、その借景も庭園の一部として最初から設計し、繊細でかつ雄大な、本来の日本庭園の魅力の真髄を存分に示している。

 いやはや、みごとなものでした。

 「世界が選ぶ日本庭園第一の常連の美術館」という評判はともかくとして、庭園好きの人は絶対に訪れる価値ある美術館である。

 ・・・ただ、この庭園の素晴らしさに圧倒され、メインの大観の画の印象が薄れてしまうのは一般的な感想ではなかろうか。それは、足立翁の意思とはちょっと違った方向に、この美術館はいってしまったと思えなくもない。

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April 07, 2013

絵画:フランシス・ベーコン

 20世紀の画家ではフランシス・ベーコンは重要な位置を占める画家なのだろうけど、図柄から広い人気を博すようなものではなく、マイナー系あるいはオタク系の位置に甘んじているところがある。
 そのベーコンの大規模な展示会が開催されているとのこと。たぶん、もうそのような展示会が開かれることはないであろうから、せっかくなので見に行ってきた。
 もっとも、私はベーコンの、なんでもかんでも捻じり上げたような人体の絵は好きではなく、目当ては枢機卿のシリーズである。

【ヴェラスケスの教皇インノケンティウス10世の肖像による習作】
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 ヴェラスケスによる「インノケンティウス10世肖像」をモチーフにして描かれた連作のうち、最も有名な絵。
 ただし、今回の展示会には出品されていなかった。ちょっと残念。

 この絵は、誰でも初めて見たとき、強いショックを受ける、印象的な絵であろう。
 上方から垂直に降り、下方で四方に弾ける金色の光線に打たれ、そこに座る人物は、恐怖と苦痛の叫び声を上げている。大きな叫び声が聞こえてきそうな臨場感、そしてその絶望感がじかに迫って来る迫真性。
 な、なんなんだ、この絵は!
 とあきれ、絵の前から後ずさりしてしまいそうになるくらい、刺戟の強い絵である。

 ただ、この刺戟は、いわゆる「俗な」、一回やれば馴れてしまうたぐいのもので、2度3度見て、その刺戟性が薄れてしまえば、この絵もあんがいつまらなく感じられてしまう。
 じっさい、ベーコンも一時期は憑かれたように描き続けていたこの「叫ぶ枢機卿」シリーズも、ある時期突然に興味を失い、それからは少しでも似たモチーフのものは描かなくなっている。

 それについては、展示会で上映されていたインタヴューのビデオで、枢機卿シリーズを描かなくなった理由を問われ、ベーコンは「元絵が完璧すぎ、何をどうやっても、どうもならなかったから」みたいなことを言っていた。

 その元絵、

【教皇インノケンティウス10世の肖像】
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 この絵は、人類がその絵画の歴史のなかで持った、何百万、いや、何千万、何億といった肖像画のなかで、最も偉大なものの一つである。
 ヴェラスケス自体が、絵画の歴史のうち、画家トップ10内には必ず選ばれる偉人であり、その偉人の画業のなかでも、最高に属する作品であるからして、優れているのは当たり前なのだが、それにしてもこの絵は素晴らしい。
 色彩、構図、構成、すべてが完璧である。

 …ただし、完璧と言っても、人好きする絵であるかどうかはまた別問題だ。

 ヴェラスケスは描写力が抜群に長けていた人ゆえ、この絵、モデルとなった人物の精神性もあますことなく表現している。
 そして、その精神性であるが、教皇という特殊な立場の人が持つべき聖性が微塵も感じられないのはどうしたことか。
 もちろんカトリック教会のトップに立つものとして重要な、意思の強さとか、精神力の逞しさとかは十分すぎるほど持っているのは分かるが、さらに感じられるものは、意地の悪さとか、残忍さとか、狡猾さとかであり、この人物が教皇に登りつめたのは、決してその聖性や慈悲性ではなく、権謀術数によるものであることまで分かってしまう、そこまで描かれた深い絵だ。
 じっさい、インノケンティウス10世はそういう人物であった。

 ベーコンによれば、彼にとっての暴君であった父が、この絵のインノケンティウス10世によく似ていたそうだ。それで父を罰するために、父の代理であるインノケンティウス10世を罰する絵を描いたとのこと。フロイト的には分かりやすい話だ。
 ただし、それも話半分のような気はする。
 絵をよく見れば、ベーコンの矢である金色の線は、じつは画面中を飛び回っており、一部は椅子と同化して画面からはみ出ている。ベーコンの罰したかったものは、中央の人物ではなく、絵全体である。それならば、攻撃の的はあの完璧な絵であるヴェラスケスの元絵であり、さらにはヴェラスケスその人であると考えるのは、べつに間違ってはいないだろう。ベーコンには、この完璧な絵、そしてそれを描いた画家が、許せない、そういう激情があったのでは。
 しかし、その憎悪に等しい激情は、さらには我が身にも返ってくるようである。
 この絵は、眺めていると、罰していたはずの自分がいつのまにかこの絵のなかに連れ込まれ、自らが中央の椅子に座っている人物となり、金色の光線に貫かれ、叫び声をあげる羽目になってしまう。そういう不気味さがある。展示展に行くと分かるが、ベーコンの絵は、ガラスを使って、絵と自分を一体化させる、そういう凝った仕掛けがしてある。

 こういう他者への攻撃が、自分にも返って来る、無限ループのような苦悶が、枢機卿シリーズ以外の絵でもえんえんと感じられ、どの絵を見ても、なんとも疲れる展示会であった。

 そして私はただ精神的に疲れるだけの立場であったが、なかには肉体的にもその疲れを感じたい人もいるようであった。
 展示室一つをまるまる使って、「ベーコン的肉体の絵画表現」を肉体そのものを使ってダンスしているビデオを上映している部屋があった。そこでのダンスは、自らの身をあらぬ方向に折り曲げる奇々怪々なものであり、たしかにベーコンの世界そのものであった。

 フランシス・ベーコン、奥が深いが、やっぱりあんまり好きにはなれない画家だな。

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 フランシス・ベーコン展 公式サイト

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September 19, 2012

パリ美術館巡り

 パリというのは美術館の宝庫のようなところであり、大はルーブル美術館から小は個人経営のものまで、魅力ある美術館が山ほどある。
 ただ時間的に多くは行けないので、とくに行きたい3つの美術館に絞って訪れてみた。

(1)モロー美術館
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 この美術館は観光地からはずれた住宅街のなかにあり、分かりにくいところにある。…ギュスターブ・モローの邸宅をそのまま美術館にしたのだから当然なのではあるが。
 それゆえ、この美術館はモローの絵の愛好家しか訪れない場所であり、そして扉のところには、フランス語、英語とともに、日本語で「扉を押して下さい」と書かれてあった。モロー、日本人に人気のある画家のようである。
 …もっとも、客少なき美術館のなかのアジア人は、私以外はChinoisばかりだったのは、日本の不景気さおよび中国の景気の良さを意味しているんだろうな。

【美術館内】
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 モロー美術館は珍しく写真撮影可であった。それでカメラで館内を撮っている人が多かったが、…フラッシュ焚くのは止めたほうがいいと思ったなり。
 この部屋にぎっしりと飾られた絵は、その多くが画集で見た覚えのある有名なものばかりであり、モローの絵は、あまり散逸せず、この美術館に集まっているようであった。

【サロメ】
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 モローの名画の数々に満足しつつ、ここで一番の目当ての絵「サロメ」を見る。
 中学生の頃にこの画を画集で見て、なんと美しい絵だと思い、それからずっと実物を見たいと思っていたけど、実物でみる美しさは、当然のことながら画集で見たものよりも、はるかに迫真的なものであった。
 「踊りの報酬として預言者の首を望む」、というサスペンスな場面を描いたものにも関わらず、この絵は、とても静かで、美しかった。
 この絵では、種々に発光する光源があり、それぞれが独自の光を放ちながら、ゆるやかに融合し、調和している。そしてその色は絵全体のなかで混ざることにより、まるで音楽の和音のように響き、登場人物3人はおのおのが、その玄妙なる音楽に静かに聞きふけっている、そういうふうに見える、あるいは聞こえてくる、不思議な感覚を与えてくる絵であった。
 この絵を見るためだけでも、パリに来る価値はあった、せつにそう思う。


(2)オランジェリー美術館

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 次はメジャーどころのオランジェリー美術館。
 この美術館の目玉はモネの睡蓮の絵。
 この絵を収める一室の天井には大きな曇りガラスがはめられており、そこからの間接的な日光を浴びて、睡蓮の絵は、「光の魔術師」と呼ばれたモネが表現したかったはずの、独自の美しさを表現している。
 この一室だけでも素晴らしいが、その他の部屋の印象派の絵もまた見事。

【睡蓮(Wikipediaより)】
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(3)オルセー美術館
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 ルーブル美術館に次ぐ、フランスの象徴的美術館。
 パリに訪れた人は、誰しも訪れたきところである。
 ただ、ここに入る時はチェックが厳しく、また周りには自動小銃抱えた兵士が護衛に何人もいて、ヨーロッパのテロの厳しさも実感させてくれた。

【蛇に噛まれた女(Wikipediaより)】
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 オルセー美術館では、絶頂美術館という本が、いいガイド本であり、美術における官能の表現についてオルセー美術館の数々の作品を挙げて説明していた。そこで、オルセー美術館で入って最初に正面にある彫刻「蛇に噛まれた女(作:クレサンジュ)」が、官能の表現として、最高級のものであり、そして三次元の造形が最も官能の表現に向いている、というふうなことが書いてあった。
 なるほど、そういう事前知識があると、この作品が名美術品の宝庫のオルセー美術館のなかでも、とりわけ傑出した作品ということがよく分かった。

 この美術館の収蔵する美術品の数は圧倒的であり、そしてそのなかには一品だけでも日本に来れば、3ヶ月間満員御礼(福岡の美術館でよくそういう現象が起きる)になるという絵が、山ほどある。
 オルセー美術館は人多き美術館であるが、それでも日本に比べればずっと少なく、落ち着いた雰囲気で、たくさんの名画をじっくりと見ることができた。

 (ただし、たくさんの名画をじっくり見たせいで、印象派の画家では、セザンヌがずば抜けた存在ということも、個人的にはよく分かった。印象派の画家って、いい意味でも悪い意味でも、アマチュアの絵という印象がどうしてもあるのだが、セザンヌだけは、デッサン、描画、色彩、構図、精神性、全てに途方もなく高い力量を持った存在と思い知った。これもオルセー美術館に行っての大事な収穫である。)


 芸術の都パリとはよく言われるが、まったくそのとおりで、訪れたかったけど、時間のなかった美術館が、まだまだ山ほどある。

 パリ、また訪れなくては。

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September 09, 2012

私の好きな絵(4):サロメ (作)モロー

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 聖書の伝えによれば、パレスチナ王ヘロデの後妻の娘サロメは、王宮での祝宴で玉座の前で舞踏を舞い、それはたいそう見事なものであった。喜んだ王は褒美を与えようとした。するとサロメは王国で布教活動を行っていた預言者ヨハネの首を望み、かくてキリストの先導者ヨハネは首を切られることになった。

 他の歴史書の記述もあわせてみれば、ヨハネはけっこう過激な活動家であったらしく、ならば世に不穏をもたらしかねぬヨハネは、為政者サイドから斬首されても仕方のない立場の者ではあり、サロメおよびその周囲の判断は、さほど間違ったものではなかったようだ。

 ただしそれでは、「美しき少女が、預言者の首を望む」という戦慄的な話が、相当に即物的なものとなってしまい、それでは面白くないとのことで、時代を経るにつれ、サロメのエピソードには様々な文芸的修飾が加えられ、やがてサロメは「宿命の女,運命の女」としての位置を持つようになる。
 すなわち、「サロメは愛する男を殺すことでしか自分の愛情を表現出来ない。そういう呪われた定めに生まれた女だ」というふうな。

 この「宿命の女サロメ」の像を確立させていくうえで、大きな役割を果たしたうちの一人が、画家ギュスターブ・モローである。
 モローは19世紀に活躍したフランスの象徴派画家であり、神秘的な画風が特徴であるが、彼はサロメを題材として多くの絵を描いている。
 その多くのサロメシリーズの中で、最も私が愛好するのが冒頭に示した絵。

 これはサロメの絵の定番である、サロメが踊りを終え、褒美として、腕を差し上げ「ヨハネの首を」と望むシーン。

 絵で示される王宮はなんの華やかさもないものの、壁に残る鈍い金色がかつての爛熟を示すようでもあり、しかし今はその爛熟を過ぎ、全体が崩れ、溶解していきそうな、廃墟的な雰囲気を濃厚に漂わせている。
 中央の玉座に座るヘロデ王は、なんの生気もなく、人間というより、情念だけを残した乾ききったミイラにも見え、また玉座の横の帯刀した衛士は、ただ次の出番、預言者の首を切るだけのために存在しているようであり、二人とも命を感じられぬ置物のようだ。
 この死と滅びの雰囲気に満ちた異様な王宮で、一人サロメだけは、瑞々しい生気を放っている。
 彼女は絵のなかで最も目立っており、それは光の使いかたによる。絵のなかで光源は本来は左にある赤・青の奇怪な発光灯なのだろうが、サロメは明らかに自ら白く光っており、その光で、暖かさ、柔らかさを表現し、この崩れかけた、虚無に沈むような王宮のなかで、独立した美しさを誇っている。

【サロメ:拡大図】
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 そのサロメのクローズアップ図。
 モローはサロメの絵をたくさん書いており、とくにそのなかでは「刺青のサロメ」「出現」などが有名であるが、それらで示された、暗い情念を持つ、悪魔的なサロメとは異なり、ここでのサロメは、清楚で、可憐な美少女である。
 まあ、だいたいが聖書のテキストによるサロメは、「母親の言うことをよく聞く、純真で、踊りの上手な娘」だったので、このサロメがもっとも原文に近いものなのではある。

 モローの後期の作品からサロメ像はさらに発展し、それはビアズレーやクリムトなどによる、なんとも禍々しい世紀末的なサロメの絵まで行きつくことになる。そして、そういうサロメに食傷気味な現代人の私としては、モローによるこの「原サロメ」あるいは「初期サロメ」といってよいサロメはかえって新鮮に思え、絵全体の独自の美しさからも、サロメの純粋な美しさからも、たいへん好みの絵となっている。


 …ただし、以上は画集やwebの画像からの私の感想なのではあって、本物を見た人の感想によれば、たとえば王宮の衛士は、凄まじき形相でサロメを睨んでおり、その眼力と表情からは、この絵は決して静的なものではなく、次のシーン、ヨハネの斬首と、そしてサロメの殺害をダイレクトに導く波動のようなものが示され、静的な美しさとともに、じつは迫力あるドラマも感じられる絵らしい。


 やはり、これは生を見てみないといけませんな。


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 参考web

 ・モローのサロメの絵一覧の紹介web
 ・モロー美術館

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January 14, 2012

徳島編(5) 鳴門市 大塚国際美術館

 四国に渡っての私の最大のお目当ては、さぬきうどんツアーでも、古今青柳でも、壺中庵でもなく、鳴門市が世界に誇る「大塚国際美術館」である。
 この美術館は全世界の国宝級の美術品のレプリカを膨大な数展示している。
 レプリカといっても侮るなかれ。
 最高度の複製技術を用いて、原画を陶板に焼き付けたレプリカは、本物よりも本物らしい生々しさと迫真性を持っている。
 それが巨大な美術館内に、古代から現代までの作品1000余点が並べられているわけで、作品そのものと、そしてその数に圧倒されてしまう。
 この美術館は、香川の鳴門市という、全国レベルでは少々不便なところにはあるけど、美術好きな人なら一度は絶対に訪れねばならぬ、三つ星クラスの施設である。

【システィーナ礼拝堂】
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 エスカレーターを上がって最初の部屋が、システィーナ礼拝堂のレプリカである。
 ミケランジェロ作の「創世記」「最後の審判」のみならず、礼拝堂までもレプリカをつくり上げるという、その企てのスケールの大きさにまずは驚いてしまう。

【フェルメール】
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 世界に30数点しかない希少なフェルメールの絵も、一室にずらりと並べられている。
 ターバンの青さも、真珠の銀色も、見事な色で再現されている。

【最後の晩餐】
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 最後の晩餐は、修復前と修復後の2点が対峙するように展示されている。
 見比べるといろいろな違いが見えてきて、興味深い。
 個人的にはこの絵は修復することによって、精神性の深みの部分が失われていしまっているような気がした。

【レンブラントの部屋】
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 この美術館には古代から現代までの絵画の、その時代での最も素晴らしいものが選ばれているわけだが、時代を追ってそれらの名画を見ていると、絵画という芸術の頂点が、バロックのときに来ているのがよく分かった。
 中世がホップ、ルネサンスがステップ、そしてバロックで一挙にジャンプするという感じである。
 近代、現代の絵画の歴史の流れは、絵画という芸術がバロックという偉大な時代を過ぎ、拡散して、各々で袋小路に入っていく過程に思えてしまった。


 大塚国際美術館、一日で全て見る予定であり、後半は早足で歩き、なんとか全部の階と部屋をまわれた。
 開館から閉館まで、6時間以上ずっと立ちっぱなし歩きっぱなし、それに休憩なしで、そうとうに疲れた。

【鯛丸】
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 大塚美術館でヒートアップした頭を、酒と食事で落ち着かせることにしよう。
 本日の宿は、鯛丸。
 大塚国際美術館の近くにある宿で、美術館、それに鳴門海峡を訪れるには便利な宿である。

【造り】
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 鳴門は鳴門海峡が目の前にあるところゆえ、どこの宿も魚がメインのようだ。
 この宿の造りは、いわゆる標準的な造り。
 壺中庵、古今青柳と比べるとけっこう違うが、これはこれなりに、ほっとするような料理でもある。

【五目鍋】
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 鍋はハタハタやらタラバやら、なんでも入れた五目鍋。

 料理は全体的に混沌としていて、造り、鯛シュウマイ、フグの唐揚げ、牛ステーキ、五目鍋、それに鯛茶漬けといった、なんでもあり、という感じのものであった。

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April 02, 2011

恐怖:クレーの絵 and 津波実況中継

 パウル・クレーの絵は夢想的、夢幻的なメルヘンチックなものがよく知られているけど、けっこう恐い絵も描いている。
 その恐い絵のなかに、神経を直接キリキリと締めあげるような絵が一枚あって、最初に見たときから、印象深く心に残っている。その絵には、「恐怖」の感情が満ち、「恐怖」の叫び声が聞こえそうな迫真性があり、そして題名もそのまま「恐怖」となっている。
 この絵である。

【クレー作 「恐怖」】
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 この絵において、恐怖の叫び声を上げているのは、絵のなかの一点、赤い筋が入った小さな球状の物体なのであるが、形態からして受精卵にしか見えず、すなわちこれは生命の最も根源的な姿である。
 その生命が、今もはや逃げ場もないところに追い詰められている。彼を襲っているのは右方から迫って来る、矢印をつけた、多数の触手のようなものであり、そこには無限の悪意、あるいは無限の暴力が感じられる。
 逃げ場もないところで、己の生命が断たれる時間が確実に迫って来ることの、恐怖、そして絶望が、このシンプルにして整然とした絵からひしひしと伝わって来る。クレーの芸のすごさだ。

 クレーは晩年病気とナチスの迫害に苦しめられ、その感情がこの絵の迫真性になんらかの関わりはあるにちがいはない。


 さて、この種の恐怖について、映像を一つ紹介したい。
 見ると、笑ってはいけないと思いつも、つい笑ってしまうのだが、…まあ撮影者は助かったのが最初から分かっているから、それでいいか。
 この動画は今回の大震災の津波を実況中継したもので、最初は津波 キタ━(゚∀゚)━ !!!!! と面白がって部屋から撮影していたのだが、津波はあまりに早く襲来し、あっという間に家の周りも海水で埋まってしまう。のっぴきならぬ事態に撮影者はうろたえ、死の恐怖に声が裏返ってしまう。余裕から恐怖への、この気持の切り替わりのリアルさは、リアルなものだからとしか言いようがなく、そして滅多に記録に残るものでもなく、まさに貴重な映像である。
 撮影者は、しかし精神力と生命力はたいしたものであり、そんな危機的状況でも実況中継は続け、飼い犬まで救助している。将来は大物になる可能性高いなあ。

【東日本大震災 3月11日地震後の津波】

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January 20, 2011

私の好きな絵(3): 北極星号 (作)カッサンドル

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 基本的には日本人は寒いのは苦手なのであり、それゆえ冬は雪に閉ざされる北の地は、わびしく、さびしい地として認識されがちだ。例えば、演歌にしろ、映画にしろ、北に向かう人は心になにかの傷をもち、それゆえ北の地を目指すことになる。

 ヨーロッパはそうでもないようである。
 冒頭に示すカッサンンドルの絵(厳密にはポスターだが)は、1920年代にパリからアムステルダムへ向かう寝台特急が始まったことから、宣伝のために作成されたものである。
 絵はシンプルなつくりであり、広大なる北の大地に、地平線に向けて線路が鋭い軌跡をもって、収束していっている。肝心の特急列車の姿は描かれていないが、この絵の視点は列車からのものであり、この線路のシャープな線が、列車の走る速度の速さをよく示している。
 そして、はるか彼方の地平線上で輝いている星は、絵のモチーフからして北極星なのであるが、天文学的には位置はまったく間違っている。それでも今にも大地から昇ってきたばかり、いや大地から産まれたてきたばかりのような、生命感、躍動感をもって、その星は我々を北へ北へと招いている。その存在感の大きさは、やはり北の夜空の主軸である北極星そのものである。

 絵全体から感じられる疾走感と、期待感。
 ながめる私たちも、はやく北の地へと行きたくなる、そういう誘いに満ちている絵だ。
 北の地は、寒いだろうけど、それ以上の愉しみを与えてくれる、おそらくは美と音と香りに満ちた、そんな魅惑の地、そのようにこの時代のヨーロッパの人は思っていたのでは。

 大地、線路、夜空、それに星を単純な線で描いた構造の絵ながら、旅の楽しさ、期待感、それに人々の憧れが伝わってくる、優れた絵である。

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December 30, 2010

雪のブルターニュ村

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 今日はやけに寒いと思っていたら、外は霙交じりの雨が降り、そして遠くの可愛岳から行縢山にかけては稜線に雲がかかっており、どうやら雪が降っていそうである。
 年末年始にかけては、宮崎県北でも白く染まった山々を見られそうだ。

 雪景色ということで、雪の風景を描いて、印象的なエピソードを持つ絵を紹介してみよう。

 ポール・ゴーギャンは30歳後半に安定した職を投げうち、職業画家の道を目指した、特異な経歴の持ち主である。それは自分の画才に自信を持っていたからであろうし、また後年の評価からはその自信が結局正しかったことが判明するのだが、ゴーギャンの絵は当時は認められることはなく、まったく売れなかった。職を失い、生活に困窮したまま画業を続けるゴーギャンは家族にも理解はされず、ゴーギャンは自分を理解しようとしない家族、ヨーロッパを捨て、「楽園」タヒチへと渡った。

 ゴーギャンはタヒチで強い日の光に照らされた濃い天然色に満ちた自然の世界に大きな影響を受け、原色を多用した豊かな色彩のあふれる、ゴーギャン独自の絵画をつくりあげた。
 ゴーギャンはその作品をひっさげてヨーロッパに戻ったのだが、その斬新的な絵はやはり理解されることはなく、またそのときに家族との復縁も望んだのだけれど、家族がもはやゴーギャンを許すこともなく、ヨーロッパに自分の居るところがないことを知ったゴーギャンはタヒチへと寂しく戻った。

 ゴーギャンは二度とヨーロッパに戻ることはなく、失意と貧困の生活のはてにタヒチのマルキーズ諸島で亡くなった。
 ゴーギャンの亡くなった家には、絵が一枚掛けられていて、ゴーギャンはその絵にずっと手を加え続けていた。
 その絵はゴーギャンの死後競売にかけられたのだが、その絵を現地の競売人は何を描いているか理解できず、「ナイアガラの滝の図」と紹介して売った。

 冒頭の絵が、その絵「雪のブルターニュ村」である。
 タヒチには雪は降らないから、屋根や庭に降り積もっている雪がなんなのか理解できず、水の多量の流れくらいに思って「ナイアガラの滝」と称したわけだ。

 常夏の国タヒチで、そして色鮮やかな原色の樹々や花が満ちている環境のなか、ゴーギャンが家に飾り、そしてずっと手を加えていた絵は、ゴーギャンが完成した色彩あふれるスタイルの絵ではなかった。それは自分を理解しなかったヨーロッパの農村を描いたものであり、そして白を基調とした、淡々とした色彩の、雪の風景であった。それは、タヒチ滞在のあいだ、ずっとゴーギャンの心のなかにあった風景だったのであろう。
 
 ゴーギャンの伝記や、また彼をモデルにしたモームの「月と六ペンス」を読んだりすると、ゴーギャンは我が道を行く、傲岸不遜にして傍若無人な人物に思えるが、しかし彼の絶筆であるこの絵をみると、南国のタヒチで晩年を暮らしていたゴーギャンの、遠い故郷への断ちがたくも、辛く、そして哀切たる思いが伝わってくる。

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November 30, 2010

聖なる森@ベックリン

Hollywoods

 ベクシンスキーの絵を出しておいて、そのままにしておくのもなにか後味が悪いので、ついでとばかり秋の森を描いた絵をもう一枚紹介。
 (個人的には、ベクシンスキーはこの絵を参考にして、あの絵を描いたと思っている)

 秋になり、葉の色は黄色に染まり、風にはらはらと落ちて行く、そういう季節の森。樹々は日の当たる側は、やわらかな太陽の光をたっぷりと浴びて、日を浴びることの喜びを静かに表しているようだ。日は画面の奥に向けて、すべてを吸収されていき、森は生の世界から、荘厳な闇の世界へ化していく。
 絵の中央には、祭壇に火を捧げ礼拝をする人たちがいる。その敬虔な祈りに呼応するかのように、森の奥から神秘的な白衣の人の群れが歩みでてくる。
 この絵に描かれた風景は、おそらく誰も見たことはないような風景であるけれど、しかし、この絵には「森」というものの普遍的世界が明らかに表現されており、それゆえ私たちはこの絵に不思議な既視感と説得力を感じることができる。

 しかり、森とは生命の根源に近いものである。
 森は、全てを受け入れ、全てを育み、やがては全てを弔う。
 神というものを人間が発明する以前に、神に近いものが私たちの身近にすでに存在しており、それを具象的に描いたのがこの絵である。森のなかで礼拝する人たちの祈りの対象は森そのものであり、祈りに応じて現れる人々は森の精霊である。だからこの絵は「Heilige hain(holly woods)=聖なる森」と題されている。

 この絵は日本人にも人気のある名画だけど、「鎮守の森」とかで、身近にある森に神秘的なものを感じてきた日本人には、より理解できやすい絵だと思う。

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秋の怖い絵

Beksinsky


 紅葉の樹々をみると、ついつい思いだしてしまう絵がある。
 ほんとは思いだしたくないんだけど、そのあまりのインパクトの強さから、紅葉の風景が、強制的にその絵の記憶を喚起してしまう。
 もちろん冒頭に示した絵のことなのであるが、なんとも不気味な、神経を逆なでするような、怖い絵である。

 森の樹々は紅葉の盛りである。葉は全て赤く染めあがり、一枚一枚が融合して、枝ごとにかたまりとなり、木とは別の生き物のようになっている。時は夕刻にせまり、その夕日を浴びた樹々の葉はさらに赤みを増して、いまにも血がしたたりそうなまでの壮絶な赤にかわりつつある。なにか嫌なこと、なにか不穏なことが起きる、そういう予感を内包した森。

 そんな雰囲気の森のなか、異形の生首が浮かんでいる。
 その顔、肌の色、目の色からして、この生首は、生者のものではなく、しかし死者のものでもない。この生首は、絵を眺める人への、絵総体のメッセージである。
 眺める者を正面から見つめるその緑の目、表情は、明らかに悪意を告げている。
 この世には、理由もなしに人を不幸にしてしまおうという、純粋な悪意が確と存在しているが、この生首が絵と正対している人に告げる感情は、もっともそれに近いものだ。
 誰もこの絵を見て、温かさとか、慰めとか、愛しさとか、そういう正のものは感じないであろう。感じるのは、突き刺さってくるような、鋭い感情、じっと見ていると自分が不幸になってしまうと思うような、そんな悪意である。

 「怖い絵」は数多けれど、こういう神経をキリキリ締めあげるような、心を痛めるような「怖い絵」はそうはない。
 かなりの秀作に思える。


 …ただこの絵、森の描写も、それに生首の描写も「怖さ」の表現において卓越したものがあると思うが、どうも絵全体としては、両者の存在の必然性があるようには思えないんだよなあ。
 この生首は、この赤く染まった森でなくとも、例えば、廃墟とか、孤島とか、古井戸の上とか、いろいろな「怖い絵」に出て来る場面を背景にしても、十分に絵として成り立つ気がする。
 それどころか、生首、森、一つずつ取り出して絵にしても、それで立派な完成品になるとも思える。

 絵の作者はポーランド出身のズシスワン・ベクシンスキー(Zdzislaw Beksinski)。技法もモチーフも素晴らしいものを持っている画家だけど、いまだにメジャーな存在になっていないのは、そういったところの弱さにも原因があるのではと、私は思っている。

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