時事

August 22, 2016

2016リオオリンピック雑感

【鷲巣巌@「アカギ」第28巻より】
Wasizu_2

 まずはギャンブル漫画「アカギ」の登場人物鷲巣巌の台詞から。
 鷲巣巌は卓越した頭脳と精神力の持ち主で、その能力を最大限生かして巨万の富を得て、戦後の日本の政財界の裏の帝王として君臨していた。彼は75年の生涯の全ての勝負に勝ち続けた、ギャンブル漫画史における最強の人物である。
 しかし彼は人生の最終盤に、悪魔のごとき賭博の天才(=アカギ)に出会ってしまい、自分の血液を賭けの対象とした、文字通り生命をかけての勝負をすることになる。白熱の勝負が繰り広げられ、両者とも血を限界ぎりぎりまで抜かれて、お互いあと一回勝てば、相手の命を奪い、そして最終的に勝てるという状況になる。
 ここで、ついに勝利を確信した鷲巣巌が発した言葉が冒頭。

 「勝つには、勝ち切るには、何と多くの辛抱が必要なことか

 人生の全てで勝ち続け、勝ちを積み上げて人生を築き上げて来た男の述懐だけあって、とても説得力がある。
 そう、まったく、勝つとは辛抱のいるものなのである。途方もなく。


 今回のリオオリンピックは地球の裏で開催されていることから、放送の時間が早朝に偏り、出勤前の時間が利用できて、多くの競技をライブでじっくりと見ることができた。
 放送はもっぱら日本選手が出場しているものになり、それで柔道、卓球、レスリング、体操、バトミントン等々、オリンピックのときしか見ないような競技をふんだんに見ることになる。これらが、見ていて非常に心臓に悪い。どの競技も瞬間々々で勝負が動き、ほんのわずかな油断も許されないものばかり。棒から手が離れるなり、着地が乱れるなり、相手に後ろをとられるなり、投げられるなり、あっという間の出来ごとで勝負がひっくり返る、そういう瞬間が競技中ずっと続いているわけで、まったく見ていてたまらない。
 今回日本勢は金メダルを量産したけど、それには安心して見ていられるものは殆どなかった。王者と言われた体操の内村選手も薄氷を踏むような勝利だったし、伊調選手も最後の3秒での奇跡的逆転勝利であった。バトミントンダブルは絶望的状況からの挽回であり、どれも勝者と敗者の差は紙一重であった。

 それでもやはり勝者と敗者を分かつものは、じつは歴然とあったのであろう。
 傍から見た一般者でさえ心臓に悪いほどの緊張感を与えるのに、今までとんでもない努力を重ねてきた当の本人たちのプレッシャーがいかなるものかと考えると、それは想像を絶するものには違いなく、それをねじふせて、最後まで己の最高を出すことに尽力できたものに、最終的な勝者の栄光が与えられた。
 その凄まじい精神の劇の「芯」が、まさに鷲巣御大の言う、「辛抱」に違いない。途方もないプレッシャー、緊張感、それらに耐えきった、すなわち辛抱しきった者が最後に勝利を得る。
 オリンピックのように勝利の価値が大きなものは、それだけ辛抱も大きなものが必要となり、今度のオリンピックではそれらの葛藤劇もまた見ることがでた。体力、精神、いずれも超人的な人々たちの4年に一度の祭典。
 そして、それが次は日本にやってくる。

【リオオリンピック 閉会式】
Photo

 次回は東京である。
 ということは、現地開催ゆえライブは基本的には週末しか見られない。それはもったいない。
 それで、4年後はなんとしてもライブそのものを見たいので、いつもはとらぬ夏季休暇を4年後にはしっかりと取って東京でナマで見たいと思う。
 ここで問題はチケットだ。
 リオオリンピックで、本当にもったいないと思ったのは、会場がいくらでも空席があったことである。あれは日本では考えられない。18年前の長野オリンピックでは、鍛え抜かれた超一流のアスリート達の芸に魅せられ、どのマイナー競技でさえすぐに完売になり、「チケットぴあ」のいずれのチケットもソールドアウトになっていたのは記憶に新しい。(って、20年近く経ったのだが)
 東京オリンピックも当然のごとく、チケットの争奪は大変であろう。
 ここはなんとしてもチケットGetの知恵を振り絞らねばならないのだが、・・・まあ、4年あるのでゆっくり考えておこうか。
 私がチケットをGetできたかどうかの解答は、4年後にまた、とのことで。

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April 16, 2016

阿蘇大橋崩落に唖然@熊本地震

 木曜日の夜に突然スマホから地震緊急警報が鳴り、その後しばらくして震度4くらいの強い地震があった。ああなかなか便利な仕組みだなあと思ったのち、何よりこわい津波を警戒して震源地をチェックすると、それは熊本であり宮崎県北からはずいぶん離れていた。この距離でここまで揺れるのだから熊本は大変だろうなと思った。
 そしてその後も、宮崎県北は震度4クラスの地震が夜どおし何度も生じ、家がぐらぐらと揺れた。九州とは地震は少ない地なので、滅多におきぬ現象。私が今までの人生で経験した地震を、今夜一晩で追い抜いた質と量であった。しかしさすがに時間が経つとともに、最初の大きな一発からは、地震の大きさは小さくなっていき、また余震の間隔も長くなっていった。もうこのままフェイドアウトしていくのだろうなと思い、翌日は予定通り関西へ出張した。

 関西では、当然地震警報など鳴ることもなく夜を過ごし、さて翌朝、6時のニュースを見て、唖然としてしまった。

【ニュース画像より】
Aso_bridge

 なんで阿蘇大橋が崩落しているんだ?
 ここは熊本市の震源とは離れているし、それに地震は木曜夜だったはず。
 それでSNSをチェックしてみたら、金曜深夜にとんでもない地震がやってきたとの報告がずらずらと載っていた。
 結局木曜夜の地震は前震であり、その後1日ほどして本震が訪れ、さらには震源地は阿蘇から大分方向に移動して、幾度も強い地震を起こしたという、前例のない、時間差攻撃を起こした震災なのであった。

 現代はネットというものがあり、またSNSというものもあるので、熊本在住の知人の安否は容易に分かり、いちおう皆無事であったが、それでも近況報告を読み、Uploadされた写真を見ると、そこでは信じがたいことが書かれ、とんでもない光景が載っていた。

 震災の規模は大きく、また範囲も広大なことから、復旧、復興には長期間がかかるのは間違いなかろう。


 話は戻り、それにしても、阿蘇大橋の所の山崩壊はほんとに痛い。
 阿蘇大橋のあった立野は、阿蘇の外輪山の唯一の切れ目であり、阿蘇の玄関みたいなところである。それが、よくもまあピンポイントで、この交通の要所に山崩れが起きたものだ。なんと不運なことか。
 そして、まずは山崩れところを通っている、九州横断の軸である、国道57号線とJR豊肥線を復旧させねばならないわけだが、山一つが崩れているのだから、どうやって復旧させてよいのか見当もつかないし、たいへんな難工事が要されるのはまちがいない。


 しかし、いかに難しかろうが、時間がかかろうが、復旧はなされねばならないし、またなされるであろう。
 この天災の多い国土に住み続けていた我々には、それを克服してきた、技術と胆力があるわけだから。


 阿蘇大橋は、1ヶ月ほど前に自転車旅行で渡った。
 まさか、それが渡り納めになるとは夢にも思わなかったわけであるが、いつかまたこの黒川の渓谷に新たなる大橋がかけられる日が来て、そしてそこを自転車で渡ってみたい。

【阿蘇大橋@3月13日平成28年】
Asoohashi


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January 07, 2015

「私はシャルリではない」:一人の日本人がシャルリエドブ社テロ事件について感じこと

Je_suis

 1月7日に、フランスのシャルリ週刊誌社をテロリストが襲撃する事件があり、12人の社員が殺害された。この悲劇に対して、多くのフランス人が追悼の意を捧げ、パリでは表現の自由を守るための大規模なデモが行われた。
 私も、この勇敢な記者たちの死にたいして、哀しみと同情の念を持った。…最初のうちは。

 しかしいったん彼らの風刺漫画を見て、一気にその同情の念が失われてしまった。

 これはひどい。ひどすぎる。

 私は風刺というものは、高度な知性と批評精神から成り立っているものと思っていた。しかしこの風刺画にはそのようなものは一かけらもなかった。
 そこには、イスラム教徒に対する侮辱と憎悪しか感じることは出来なかった。

 イスラム教徒が開祖ムハンマドを何よりも崇敬しているのは、世界的常識である。そのムハンマドを貶める、この下品でインモラルな漫画を見て、イスラム教徒でもない私が不快感を感じるくらいだから、敬虔なムスリムの多くは激しい憤りを感じただろう。
 基本的にはムスリムは穏健な人が大部分で、その憤りを行為にするこはなかったであろう。しかしフランス語を読めるムスリムは何億人もいるのだから、そのうちの僅かな者が殺意を覚えてもまったく不思議ではない。
 ペンの暴力に対して、その手段を持たぬものが、剣を用いたのは自然なこととさえ覚えてしまう。

 もちろん私はテロ行為は絶対に許されるべきでないと確信している。しかしこれほどの侮辱に対して、暴力が行われたことについては、理解はできる。
 (繰り返して言うが、どんな理由があっても、テロは絶対的に許されないと私は思っている。)

 今度の事件を機会に、人々は表現の自由が大事だと主張した。
 もちろん表現の自由はとても大事である。しかし、表現というものは、それが発信されたなら、必ず人に影響を与えるものであるから、その自由は決して無制限なものではありえない。それはあくまでも、節度と良識に基づいてなされるべきである。

 文明人は、人に自分の考えを広く伝える手段を持っている。
 そして、文明人である以上は、節度と良識に基づき、その意見を発信するべきだと思う。そうでなければ、その発信された意見は、容易に暴力に化すことができる。それこそ今回の事件と同様に。

 フランスのデモでは、「私はシャルリだ」とのプラカードを掲げる多数の人がいた。しかし、彼らが求める無制限の自由は、また新たなる争いを産むのではないのか?
 その光景をながめ、一日本人の私としては、「私はシャルリではない」とつぶやくしかなかった。


 そして、シャルリーエブドとは比べ物にならない小さなブログの書き手の私であるが、他山の石として、自戒に努めたいと心底思った。

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Je ne suis pas Charlie : La pensée de un Japonais au attentat contre Charlie Hebdo.

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 Le 7 Janvier 2 terroristes ont attaqué au bureau du journal Charlie. Et 12 personnes ont été tués. C’était une tragédie choquante. Beaucoup de français se sont sentis tristes, et ils ont tenu la démonstration pour faire appel à la ≪Liberté de l’expression≫ à Paris.
 Je me suis aussi senti une émotion de triste et compassion, …au début.
 Cependant une fois que j’ai vu des bandles dessinées qu’ils disaient ce sont la ≪Satire≫, J’ai aussitôt perdu cette émotion.

 Les BDs. Ce sont terrible. Trop terrible !

 Je pensais la ≪Satire≫ est formé par l’intelligence supérieure et l’esprit de critique. Mais il n y a pas un morceau des celles dans les BDs. Je ne me suis rien senti que l’insulte et l’haine pour musulmen dans les BDs.

 C’est sens commun que musulmen prieux respecte le plus Mohammed qui est un chef religieux. Et ces BDs que sont vulgaires et immmorals l’a insulté trés impoliment. Comme je – je suis japonais et n’est pas musulmen – me suis senti désagréable , beaucoup de musulmens semblent avoir en colère sérieusement.
 Généralement plupart des musulments sont doux, ils n’ont pas fait changer cette colère pour un action. Mais il y a plusieurs cent millions musulmens qui lisent le français dans le monde. Il est naturel que peu de gens décide de avoir recours à la violence.
 Contre la violence de plume, on qui n’a pas ce moyen doit penser que one utiliser l’épée.

 Evidemment je suis convaincru que terrorisme n’est jamais permis, absolument!
 Mais je peux comprendre l’émotion que ils ont fait cette violense.
 (Je me répéte que tous terrolismes ne sont jamais permis malgré que il y a toute raison)

 Concernant cette affaire, on réclame la liberté de l’expression.
 Bien sûr celle est trés important. Mais celle n’est pas illimité.
 L’exprssion doit influencer sur le monde. Donc cette libeté doit être fait avec le modération et le bon sens.
 Si l’expression perd ceux, celle seviendra exessive. L’expression exessive cause une querelle, et enfin celle enlevera la liberté de l’expression soi-même.

 L’homme civilisé a le moyen de répondre son avis. Et il faut avoir la modération et le bon sens pour répondre.
 Sinon l’expression deviendra facilement la violence de mot. Et celle invitera nouvelle violence comme cette affaire.

 En démostration beaucoup de français marchaient en ayant un placard ecrit ≪Je suis Charlie ≫.
 Mais je –un japonais- n’a pas pu le consentir.
 Je préviens si cette situation continue, l’affaire pareille arrivera. J’ai du penser ≪Je ne suis pa Charlie≫.

 Je suis un écrivain de ce petit blog que ne être pas comparé à ≪Charlie Hebdo≫. Mais je dois apprendre le bon sens plus car j’ai su cette affaire.

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August 29, 2014

まずは光源。 @深夜の地震

Quake_4

 夜寝ていたら、突然突き上げるような揺れと、それとほぼ同時に横揺れが来て、当然ながら目が覚めた。
 日向灘は地震の巣みたいなところなので、地震じたいはさほど珍しいものではないが、ここまで激しい地震は初めて経験する。

 2011年の東北大震災以来、我々は地震→津波の思考がルーチン化されており、海沿いに住んでいる者は、激しい揺れのあとは、まずは津波の危険の情報を仕入れねばならない。
 私は枕元の読書灯のスイッチを入れて、それからTVのスイッチを入れ、スマホも見てみた。スマホでは公的な地震の情報よりも、SNSでの「揺れた~!」「怖い!」「これ震度いくつ?」とかの地震実況報告が深夜というのに次々と入り、現代人の「まずはスマホor PC」という行動がよく分かったりした。

 さて、ここで問題になるのが、最初の光源である。
 深夜の地震ゆえ起きたときは当然真っ暗なわけであるが、けれど手元の光源がスムーズに点けば、とりあえずは行動が進む。
 今回私は何も考えずに、反射的に行動して、読書灯が点いたから良かったが、…先の東北大震災では地震と同時に広範囲に停電になって、コンセントを使う器具は全て使えなくなってしまった。
 それゆえ、今度の地震が大震災なみに強烈だったら、読書灯を点けようとしても点かず、暗闇のなか私はパニックに陥っていた可能性もあったのである。

 ただし、じつはその可能性はなかった。
 私は読書灯は、コンセントなくとも電池で点くものを使っていて、たとえ停電してもきちんと点いてくれていたはずだから。

【読書灯 GENTOS LUMITZ LED
Led

 この読書灯は本来はアウトドア用のものである。折りたためばガラケーなみの大きさで持ち運びが便利であり、また光量も適度にあるため、テントや車中泊で使うために通販で購入したものだけど、その機動性よりも光の柔らかさが気に入り、家のなかでも使っている。
 これは普段はコンセントから電源を取っているが、停電になったら回路が電池にほうにつながり自立して光を発するわけであり、今回停電になったとしても十分に役に立ったわけだ。
 私はGENTOS社の回し者ではないが、災害時のことなど考えると、これはけっこう優れものではないかと改めて思い、webに載せた次第。もっとも、GENTOS社のHPを見ると、この製品もう販売は終了になっていた。
 たぶんもっといい商品が開発されたのでしょうな。


 地震のほうは、TVにてすぐに津波の心配もないとの報道が出て、ひと安心できた。
 それでもその後、小規模な地震が何度もあり、日向灘の断層の不安定さを改めて知ると同時に、結局は災害対応体制でずっと起きていることになった。


 ところで先日広島で痛ましい大水害が起き、そこで災害警区域の指定が問題になっていた。
 これに指定されると、災害時に備えて、速やかに対応できて避難できるような準備が義務付られることになるそうだ。それはたいへん良いことと思うけど、ただし日本という国土では、全国土がじつは災害警戒区域だと思う。
 私の住むところは災害警戒区域ではないけど、しかし一歩間違えば、激甚な自然災害を蒙る可能性は常にあるわけで、指定されようがなかろうが、その備えは必要と、あの揺れを感じて強く思った。

 まず、とりあえずは光源の確保から始めましょう。

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August 18, 2014

ギエム・ダンス・感謝

Guillem


 フランスの有名ダンサー、シルビエ・ギエムが引退表明を行った。

 …これを伝えた記事の見出しを使って、「有名ダンサー」とか書いたけど、ギエムはバレエ界において、もはや一個人の名前ではない存在となっている。例えるなら、世界文化遺産のようなものであって、それだけで一大ジャンルとして確立している、そういう確固たる芸術そのものであった。「有名ダンサー」どころではないである。

 ギエムは有難いことに親日家であり、九州にもよく訪れていて、福岡公演や熊本公演が行われるとき私は出来るだけ観ることにして、そしてそのたび深い感動を味わった。

 シルビエ・ギエム。
 なぜ彼女が唯一別個の存在であるかはステージを見ると、容易に理解できる。
 なぜなら、多くのダンサーと踊ったとき、彼女だけはまったく別のことをしているから。
 彼女はまるでSF小説における火星人のように、関節がいくつでもあるかのような手足の動きをし、ありえないポーズを見せ、そして重力を無視したようなジャンプをして、さらに空中に留まっている。
 そしてもちろんギエムが宇宙人であるわけはなく、人間って、ここまで肉体を使って素晴らしいパフォーマンスが出来るということを知らしめる、人類の可能性の指標みたいなものであった。

 ギエムの踊りは全て良かった。

 ギエムの踊りはどれも今も脳裏に残っているけど、面白いことに脳裏に動画を走らせると、他のダンサーと違って、ギエムはコマ送り風にそれが蘇る。
 あれほど滑らかに、音楽に沿って踊っていたけど、一瞬、一瞬で決めるポーズが、くっきりはっきりと、静止画のように、流れの中に突出して浮かび、それは舞踏と絵画を混ぜたような芸術に思え、そこにもギエムの独自の魅力があったのだ、とも思う。

 ギエムは日本ではよく「ボレロ」を踊っていた。

 ベジャーレ演出の「ボレロ」は、いろいろと評価の難しいダンスだとは思う。
 基本的には「ボレロ」は、ギリシャ神話からの流れを組む「聖と俗」「高潔さと情欲」とかの二面性を演出した舞踏なのではあり、最初のほうはほとんど場末の淫靡なダンスのような雰囲気がある。しかしだんだんと周囲の群舞が増えてくるにしたがい、「ボレロ」はその姿を変えていく。

 「ボレロ」は、たぶん最初のほうはダンサーは楽しく踊っているとは思うのだけど、周りが躍り出してからは、楽しくないと思う。
 ダンサーは踊りを要求され、その要求は強まり、やがては極端な技術を要する踊りを強いられていく。
 ただし、これが天才の宿命というものではあろうなとは思う。
 「ボレロ」は踊り手が極度に限局されているダンスであり、そしてその踊り手は、「踊ることを強いられる」「踊ることが宿命づけられている」者に限られていた。
 ギエムはまさにその代表的な存在であり、だからギエムの「ボレロ」はその天才の悲愴美が際立っていた。
 あの燃えるフライパンのような赤い舞台のうえで、群舞から、そして観衆から、踊れ踊れという思いを浴びせらながら、ギエムは人間の枠を超えたような、孤独で、屹然とした緊張感あふれるダンスを踊った。そしてそれらの緊張感が頂点に達したあと、すべては突然に崩壊して幕が引かれる。
 そして、「ボレロ」のダンスが終わったのち、カーテンコールに現れたギエムの、なんというか人間に戻ったような笑顔もまた大変印象的であった。
 ギエムって踊っているときは超人的な雰囲気があるけど、こういうときは、普通のスタイルのいい、粋なパリジェンヌという感じである。
 踊りも含め、たいへんいいものを見たというのがギエム公演のいつもの感想であった。


 なにはともあれ、幼少の頃から、バレエという一大芸術分野の最先端を走ってきたギエムの途方もない努力に感謝の念を捧げる。
 そして20世紀の奇跡的存在ともいえるアーティストの生のステージを幾度も見ることが出来た我が身の幸せさもあらためて実感。

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August 09, 2014

祝ミシュラン☆獲得@安春計

 本年の九州料理界の最大のイベント、ミシュランガイド発表が7月10日にあり、九州の食い物好きの人たちからは、いったいどの店が、どの☆で選ばれるだろうかと、興味しんしんの話題となり、事前予報などがnet上に活発に流れていた。
 その事前予報は、私なりには納得できるものではあったけど、発表の日を迎え、その店名を見ると、…地元の人たちの予想はかなり外れておりました。

 それほどミシュランの選択は個性的であった。
 ただ、この相当に偏った選択については、もちろんいろいろな意見はあるのだろうけど、「これぞミシュラン」という選び方ではあり、それはそれで頷けるものではあった。
 ミシュランガイドは、あくまでもミシュランサイドのスタッフが美味いと判断した店を選ぶのであり、その基準については、選んだ店をみると、ミシュラン基準が確立していることは容易に理解できる。
 まあ、地元民の感情的には、なかなか納得はいかんであろうけど。

 それはともあれ、ミシュランの店選択で、寿司においてはその選択基準が江戸前鮨に偏っていることは分かっており、また事前漏れてきたスタッフの評から、「安春計」は選ばれるとは予想できていたけど、やはり☆に選ばれていた。
 そして、その後の初の安春計訪問。

【ミシュランカップ】
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 安春計店主は、「ミシュランなんて…」とか一番言いそうなタイプではあるけど、それはさておきお祭り大好きな人なのであって、九州料理界の久々お祭り、ミシュランの発表会にもしっかり参加されて、おおいに堪能され、ミシュランのコップもGETしてました。

 ミシュランの☆づけに関しては、やはり各店ごとにいろいろと意見があるようで、ミシュランの☆を獲得した寿司店店主たちが、発表会の宴会後の二次会で、某寿司店になだれこみ、喧々諤々の意見を交わしあったそうで、…なんかとても楽しそう。
 福岡の寿司店店主たちは互いの距離が近いのがいいですね。

【鮎の一夜干し】
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 ミシュランはともかくとして、安春計、相変わらずとてもいいです。
 夏定番の鮎の一夜干しは絶品ですし、造り、鮑、ウニのモロキュウ、それに鮨の数々。
 全て満足。

【シンコとコハダの食べ比べ】
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4kohada

 今の時期の季節を告げる鮨タネは、やはりシンコ。
 しかしもちろんコハダも美味しいのであり、それぞれの個性をより分かりやすくするため、これらが同時に出てきます。

【中トロヅケ】
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 安春計のスペシャリテ。
 いい鮪の中トロが入ってきたときの定番。
 安春計のシャリには、やはりこの中トロが一番合う、とも思う。
 香り、味わい、食感、全てが見事。

【賄い料理】
6inro

 ところで今回は店主が店の賄い料理を披露。
 店主は賄いは、店員(って、奥さん一人なんですが)を慰労するためのものだから、これも全力投球のものでないといけないとの信念で、絶対に手抜きはせずに、自身の満足いく美味しいものをつくるそうである。
 その賄い料理が、たまたま余っているとのことだったので、是非にと所望。

 で、出てきたのが、イカの印籠寿司。
 これって、本格的な江戸前寿司で、いわゆる賄い料理とは違いますよねえ。
 このへんが、店主の意外な真面目さを示しているところですか。
 そして食すれば、大変美味でありました。これは定番の料理にしてもらいたいところである。

 「10年通っているけど、これ食べたのは初めてです。こんな料理を隠していたとは」と店主に言ったら、「10年どころじゃないでしょ」と突っ込まれた。
 頭のなかで計算したら、たしかにそうであった。
 月日の経つのは早いなあ~。

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April 22, 2014

STAP細胞ミステリ(2) ―STAP細胞の将来

Stap

 理科研の世紀の発見ということで、大々的にマスコミに報道されたSTAP細胞。
 この大騒ぎはその後迷走していったわけだけど、その迷走劇は意図せずして、3名の個性的な科学者によって為されたことがあとになって分かった。上の写真は、その3名登場のものである。

 STAP細胞の発見史について、簡単に述べてみる。
 STAP細胞の歴史は、小保方氏がハーバード大学のラボで、細胞に化学的刺戟を与えることで、万能性を持つ可能性を持つ、ユニークな細胞(STAP細胞)が発現していることを見つけたことに始まる。
 その細胞は転写因子(Oct4)を発現しており、あらゆる細胞に分化する可能性を持っているはずだった。しかし小保方氏は、その細胞が万能性を持っているということを証明するスキル(技術)を持っていなかった。

 STAP細胞が実在したら、大変な発見である。
 当然ラボの主催者はそれを実証したいと思う。それで、ラボ上司はその発見を検証するために、世界中のその分野のプロに、この細胞が万能性を持っているかどうか実証検査をしてほしいと頼むのだが、誰も首を縦に振らなかった。
 そんな細胞の存在は有り得ないと誰しも思うし、当然に実証実験はお金と時間の無駄になると思っていたからである。ところが、当時理科研にいた若山照彦先生が、その細胞に興味を抱き、STAP細胞が本当に万能性を持つかどうか実験することにしてみた。
 若山先生は、世界で初めてクローンマウスの作成に成功したこの分野の第一人者である。
 若山先生は、1997年に世界で初めて「クローン羊」が作成されたという報を聞き、誰もがそれを信じなく、また実証実験も成功しなかったときに、敢えてマウスを使ってその再現実験を企て、苦労の末に遂にクローンマウスを作成に成功した。それによりクローン羊の実在も証明され、クローン羊を作成したキャンベル博士はノーベル賞を受賞した。

 このように若山先生は、世間が信じないようなことに敢えて挑むチャレンジ精神の豊富な人であり、STAP細胞へも、そのチャレンジ精神が掻き立てられたのであろう。

 ただし、クローンマウスの時と同様に、STAP細胞によるキメラマウスの作成は難航を極めた。今までのES細胞を使ったキメラマウスの作成法ではまったくうまく行かず失敗を重ねるのみであったので、新たな手法を使ったところ、見事にキメラマウスを作成できた。そしてこのキメラマウスはES細胞によるキメラマウスよりも、さらに細胞の初期化が進められていたことが判明し、ここでSTAP細胞の実在が証明された。


 そうしてSTAP細胞についての論文が書かれたわけだが、…Natureに投稿されたこの論文は採用をリジェクト(Reject)されてしまった。
 Natureの指摘には、いろいろと鋭いところがあり、rejectには十分納得できる理由があった。
 それで小保方氏をリーダーとする理科研は、アクセプト(accept)に向けて、追加実験を加えていった。

 その結果STAP細胞の論文はacceptされることになるのだが、この論文はじつに美しい。STAP細胞という信じがたい存在について、ある特定の刺戟によってSTAP細胞が分化した細胞から初期化されて生まれるというストーリー(仮説)が提唱され、それを証明する実験が、いくつもなされて証明を積み重ね、ついにはSTAP細胞の独自性が明快になる、論文のお手本のような見事なものである。

 ただ、今この論文をレトロにみると、あまりに出来過ぎている。
 科学論文は、ある現象について、それが成り立つ理由についてのストーリーを考え、そのストーリーが成り立つ実験が成功されていき、ついにそのストーリーが実在するという証明を持って完結する。

 Nature論文でのSTAP細胞もそうであり、STAP細胞というユニークな細胞が、既存のEA細胞でもTS細胞でも、またiPS細胞でもなく、さらには分化されたリンパ球から初期化された細胞であることが、膨大な実験により証明されている。ついでにいえば、特殊な処理をしたSTAP細胞が、多臓器へ分化できるSTAP幹細胞になれるということまで示しているから、そこまでいけばまさに大発見であり、じつに見事な論文であった。…その実験が本物だったなら。


 STAP細胞の論文の発表から、その存在の疑惑にいたるスキャンダルで、今はだいぶと情報が出てきたのだが、それでだいたい分かったことは、小保方氏はSTAP細胞と名付けられたユニークな細胞を見つけることは成功したが、それがどういう由来で、どういう可能性を持つのか、よく理解できていなかった。
 それで、上司の笹井先生があるストーリーを考えつき、「STAP細胞があるなら、こういう可能性があり、こういうことができる」というふうなアドバイスを与えたようである。(小保方氏にはストーリーを考えつく能力はなかったことは指摘されている。)
 小保方氏は明らかに現場タイプの人であり、そのストーリーに沿って、コツコツと実験を積み重ねてきたのであろうが、そのストーリーを実証するために懸命に努力しても、肝心のTCR再構成と、さらには(余計な実験である)三胚葉性分化を実証することは出来なかった。
 ここでいったんストーリーをチャラにして、新たなストーリーに基づく実験をリスタートすれば良かったのに、小保方氏は、そのストーリーを成り立たせるべく杜撰な捏造の方向に暴走してしまった。それで、STAP細胞は沈没してしまった。


 STAP細胞のストーリーの売りは、「分化された細胞が、単純な外部刺戟により初期化される」ということであるが、そんな奇想天外なストーリーでまず実験を組み立てるより、常識的な線で、STAP細胞は外部刺戟によるinduction(導入)でなく、selection(選択)によって選別されたと考えるのが、元々の実験の流れとしては自然であろう。

 そういう方向でSTAP細胞が立証されれば、「生物の身体のなかには、常にごく僅かに初期化された細胞があり、普段は何の役にも立っていないが、過酷な環境のなかでは生き残り、その結果、何らかの役割を発する可能性を持っている」という生物内モデルが確立する。
 そうなれば、今までinduction説が主流であった成人型の癌細胞の発生についても、「じつは癌細胞はirregularなものでなくregularなものであり、癌組織の形成については、その増殖の方向を間違えたものにすぎない」とかの説も成り立ち、新たな研究が行われ、種々の発明が為される可能性がある。

 STAP細胞論争、小保方氏のやったことがあまりにひどいので、STAP細胞はただの幻であった、と結論づけるのは当然とはいえるが、それにしてはNature論文の実験の結果は捨て去るには惜しいものが多量に含まれている。
 STAP細胞は、私見では再生医療の役には立たないとは思うが、初期化細胞、というか未分化細胞についてのミステリについて、多くの解明の鍵を握る存在に思えるので、リベンジの意味も兼ねて、理科研で研究を続行してもらいたいものである。


 ……………参考………………
 文芸春秋4月号 若山先生のインタビュー記事
 理科研 STAP細胞ついての報告
 Nature letter
 Nature article

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April 21, 2014

STAP細胞ミステリ(1) ―あるいはお化けの証明

 本年度の科学のトピックとして、最大級のものとなるはずであった理科研のSTAP細胞発見については、その後の検証で迷走が続き、なにがなにやらよく分からないことになってしまい、はては当事者どうしで論争が泥沼化して、闇試合に突入している気配がある。

 本年度どころか、あと数十年は科学界の最大級ゴシップとなってしまったであろう、この騒動をワイドショー的に楽しむというのも、ひとつのスタンスであるが、いちおう科学者の端くれ、およびミステリ好きの一員として、私なりに雑感を述べてみたい。

 小保方氏をfirst authorとしての理科研のSTAP細胞の論文は、発表時に世界中のラボの抄読会で感嘆の声とともに読まれたと思う。
 この論文は、誰もが信じないような新しい発見について、膨大な実験を積み重ねて、反論の余地もないまでに、自らの仮説を実証していく、極めて理論だった、まさに「究極の理論の追及」とでも称すべく、エキサイティングでスリリングなものであり、読んでいてたいへん楽しいものであった。

 ただしその後、小保方氏の実験結果の捏造が判明し、この論文の拠って立つ重要な根拠が崩れてしまい、STAP細胞については信頼性が一挙に崩れてしまった。

 小保方氏の「捏造」については、「捏造」どころか、それ以下のレベルの出鱈目なものであり、およそ科学研究の場に身を置いた者なら、誰一人して彼女のやったことについて、理解どころか同情するものもいないであろう。
 今回の騒動について、世間一般人より専門家のほうがはるかに意見が厳しいのは、専門家が「研究において、絶対にやってはいけないこと」を理解しているからである。

 理科研が論文の撤回を推奨したことから、STAP細胞についてはその存在は極めて疑わしくなっている。
 さらに、STAP細胞の発見者小保方氏の、研究者としての資格がきわめて疑わしいから、STAP細胞なんてこの世に存在しない、と判断するのが当然であろう。

 STAP細胞なんて、この世に存在しなかった。これで、この騒動は一件落着。
 で、本来はいいはずなのだが、…どうもそうはいかない事情があるのが、このSTAP騒動の面白いところではある。

 今回のSTAP細胞騒動については、その当事者たちにより色々な記者会見が開かれた。
 論文を撤回すべしという理科研の判断に対して、小保方氏は果敢に挑み、「私は200回STAP細胞の作製に成功した」と反論した。

 ここで記者および視聴者は、誰しも「ならば、その本物のSTAP細胞とやらを見せてみろよ」と、心のなかで突っ込んだであろう。

 ただし、その要求は無茶なのである。
 STAP細胞は顕微鏡でしか実物は見られないし、なによりSTAP細胞は、あくまで分化して多能性を示すことで、実在を証明されるのであり、小保方氏が持っているSTAP細胞やらが本当に多能性を示すことで、初めてSTAP細胞であることが証明されるのだから。

 今、小保方氏はSTAP細胞の実在を主張している。

 存在の怪しいものについては、そのものを明るみの場に出せば、誰もが納得し、話はまとまる。
 これは、いわゆる「お化けの証明」というものである。

【お化けの証明】
Obake

 世の中には、お化けが実在していることを懸命に主張している人たちがけっこうな数いる。しかし、いまだに彼らが世間を納得させられていないのは、彼らがお化けについては、その存在の証明について、状況証拠しか出さないからだ。
 「私はお化けを見た」「ある村ではお化けを見たという報告があった」「ある古書では、お化けのスケッチが描かれている」…等々でお化けを認めさせようとするばかりであり、いかにも胡散臭い。ここで、もし彼らがお化けそのものを連れてきて、会見場に出せば、誰しもお化けの存在を100%納得できるのだが、いまだにそういうことをした者がない以上、彼らが信頼されることは永遠にない。
 これはお化けを、「ネッシー」とか、「ツチノコ」とか、「儲け話」とか、「低線量被曝障害」とか、「雪男」とか、あるいは「神」とかに言い換えてもいいのであろうが、基本的には、「そのものを出せばいいだけなのに、出せない」という言動、言論については、いっさい信用しないのが、社会人としての常識である。


 それで、話はSTAP細胞に戻るのであるが、STAP細胞騒動の極めて面白いところは、こういう問題のある研究者により作成されたSTAP細胞なるものが、Natureの論文を読むかぎり、どうしても実在するとしか考えられないことなのである。

 小保方氏により発見されたSTAP細胞はOct4遺伝子が発現することから、万能性を持つことが期待された。
 ただこれを証明する技術を小保方氏は持っていなくて、当時理科研に所属していた若山先生にその証明を依頼することになった。若山氏はクローンマウス作成の世界的権威であり、ES細胞などでキメラマウスを作製することに関しても卓越した技術を持っていたからである。
 ただし若山氏は従来の手法では、STAP細胞でどうしてもキメラマウスを作製することはできなかった。試行錯誤の末、特殊な手法でついにSTAP細胞でキメラマウスを作製することに成功した。

【STAP細胞によるキメラマウス】
Mouse_6

 Nature letterに投稿された、STAP細胞によるキメラマウスの写真である。
 蛍光色で光っている部分がSTAP細胞由来の細胞である。つまりこの写真により、STAP細胞はマウスの体細胞に分化することが証明されている。
 そして、その蛍光は、マウスの胎児のみならず、胎盤や卵黄膜などの胚外組織にも発現している。
 キメラマウスを造れる細胞としてES細胞やiPS細胞が既に知られているが、それらの細胞は胚外組織を造れるまでには初期化されておらず、ということは、この写真で示されている細胞は、ES細胞やiPS細胞などではなく、それよりもっと初期化されたユニークな細胞であることは間違いない。

 つまり、STAP細胞がない限り、この写真はこの世に存在しないのである。
 
 「お化けを証明するには、お化けを連れてくればいい」、との論からすれば、この写真がある限り、お化けは存在するとしか考えらない。

 STAP細胞騒動について、小保方氏の研究者の資質から、理科研はSTAP細胞を全否定しても良さそうなものだが、STAP細胞の存在についていまだ曖昧な態度をとっているのは、どう考えても、STAP細胞は存在しているとしか思えないからであろう。

 あるとしか思えぬSTAP細胞が、いかに本筋を外れ、迷走の極みに陥ってしまったかについて、次回に私見を述べたいと思う。


 ……………………………………
 マウス胎児の写真は、Nature letter: Nature 505 676-680 (30 january 2014) fig.1より

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February 23, 2014

ソチオリンピック雑感

 2014年冬季オリンピックは時差の関係で、競技のライブ中継は深夜から早朝にかけて行われることが多く、寝不足さえ我慢すればリアルタイムで素晴らしい演技を生で見られる好条件のオリンピックであった。

 オリンピック序盤の楽しみは、まずはフィギアスケート団体。
 ここでは開催国ロシアが、威信をかけて優勝を目指すので、各部門とも精鋭ぞろいである。
 そして、なんといっても注目はプルシェンコ。
 プルシェンコという人は、フィギアスケート界のみならず、己の身体で、技術、芸術とも最高峰のパフォーマンスを演じられるということで、全アスリート界から憧憬されている、いわば「生ける伝説」のような人物である。
 その伝説上の人物の演技を、最高の舞台で、生で見られるという、貴重な経験がこのオリンピックではできるのだ。

 そして、ロシアはフィギア男子の枠は一つしかなく、プルシェンコがSP、フリーとも一人で滑った
 彼の演技は、やはり神がかったレベルのもので、会場は大盛り上がりであった。
 今回の大会では、前評判は羽生、パトリック・チャンの二人が突出していたが、休養復帰後のプルシェンコはジャンプ、スピン、ステップ等、誰が見ても図抜けた演技を示し、観客に、この人は今なお別格ということを知らしめた。

 団体は、予想通り、圧倒的強さでロシアが金を獲り、次は個人戦である。

 今度のオリンピックのフィギアでは、浅田真央の4年越しの銀からのリベンジが話題になっていたけど、それはプルシェンコも同様なのであり、どころか祖国で開催されるオリンピックゆえ、皇帝プルシェンコが個人戦で金を奪還することは、個人の枠を超えた重要なプロジェクトとなろうから、これはプルシェンコも大いに気合いが入った演技をするであろう。
 私たちは、そういうプルシェンコの競技人生集大成のようなSP、フリー、そしてエジュシビションを見ることになる。なんという贅沢であろう。

 そうして個人フリーの日、わくわくしてテレビを見ていたところ、…SP本番前の練習のとき、プルシェンコは妙につらそうな顔をしていて、なにやら嫌な雰囲気である。そうしてその嫌な雰囲気がぬぐえぬなか、彼は演技開始前にレフリーのところに行き、なんとまさかの棄権宣言。
 私はガガーン、とショックを受け、え~、あんなに楽しみにしていたSPが! フリーが!! エキシビションが!!と、その後茫然自失状態となり、あとの選手の演技は、ただ眺めているだけとなった。


 そして、その後さらにプルシェンコの引退も発表され止めをさされ、フィギアについては私はほとんど廃人状態になってしまい、あとはどうでもよくなってしまった。

 世間は、羽生君の金メダルや、浅田真央の奇跡の復活フリー演技で沸いていたようだが、(号外も出てたな)、私はプルシェンコショックが強すぎ、フィギアスケートにはたいして興を持てなかったのが残念。

 ウィンタースポーツ、4年に一度の最高の舞台。
 スキー、スケート、スノボ等々、一流のアスリート達が覇を競い合う、巨大な祭典だったのだけど、…結局、プルシェンコに始まり、プルシェンコに終わってしまったソチオリンピックであった。
 まったく、あのプルシェンコの棄権のシーンは、すでに今年度の最大のトラウマになりつつある。



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