登山

November 03, 2009

登山&サイクリング:行縢山南面ルート(崖下コース)

 本日は素晴らしい好天である。紅葉の時期でもあり、これは山に登らねばならない。
 午前中に仕事を終え、延岡のランドマークの山、行縢山へと向かう。

 行縢山はそんなに遠いところにある山でもないので、自転車で登山口まで行くことにする。
 山登りのための自転車ということで、ひさびさにジャイアント・グライドの登場。CambiagoやEPSのほうが走るのに楽に決まっているが、さすがにこれらのバイクを登山口に置きっぱなしにするのは社会通念上無茶な行為ゆえ、グライドの選択となる。

【延岡市内からの眺め】
River_side

 延岡市内を流れる大瀬川は、落ち鮎漁のまっさかりである。
 青空を背景に、特徴ある花崗岩の崖を立てている行縢山を望む。

【行縢山近景】
Middle_point

 適度に涼しい快適な気温のなか自転車を進めていくうち、だいぶ行縢山に近付いてきた。
 左の峰が雄岳で、右の少し低いほうが雌岳。この二つの峰の分かれ目に、名滝「行縢の滝」が流れ落ちている。

【登山口(行縢神社)】
Entrance

 100mほどの高さを登ったところで、登山口に着。
 行縢山と滝を御神体とする行縢神社が、その登山口になる。鳥居から先が登山道となっている。

【行縢山南面ルート入り口】
Course1

 半年ほど前に行縢山に登ったとき、頂上から岩壁を伝わってのびているルートをみつけ、途中まで下った。このルートが気になっていたので、今回はこの南面ルート(別名崖下コース)を使って登ることにする。
 鳥居からのルートと、駐車場からのルートが合流する部が南面ルートへの入り口となっている。丸で囲んだ「むかばき青少年自然の家」作成の標識がある。この標識は頂上まで、No.1からNo.20まで番号順に設置されている。これに加え、過剰なほどの赤テープや、他の登山グループが設置した白い標識があるので、それらを確認しながら登れば道には迷わない。

【崖下コース】
Course2

 先で示した入り口からは一回涸沢に入り、対岸に赤テープが目印の登山道があるので、それを登っていく。そしてすぐに行縢山の雄大な崖に突き当たる。南面コースはこの壁に沿って、高度をかせいでいくコースである。

【水場】
Course5

 崖に沿った道を進むうちに、水の流れる音が聞こえると、そこが水場だ。崖を伝わって、水が滴り落ちている。
ここからは登りがきつくなっていき、また足場も悪くなってくる。浮いた石に注意しながら、登っていく。

【尾根上方】
Under_sumitt

 岩がゴロゴロの道を登っていくうち、南に伸びている尾根に入る。そこからは雑木林の中であり、踏み跡がしっかりしていない道となるので、赤テープや標識を確認しながら進んでいく。やがて尾根も相当に登ると、ようやく雄岳に連なる岩が見えてくる。
 ここで今まで西側に向かっていた登山道は、東に向きを変える。頂上への近道に思える岩を直登したくなる気持ちを抑え、標識に沿って進むと眺望が開けてくる。

【行縢山の紅葉】
Red_leaf

 今日は紅葉も楽しみにしていたのだが、まだ時期は早く、この程度の紅葉のぐあいである。
 来週くらいはもっと色づいてくるであろう。
 しばし進むうち、頂上直下の岩場へと出る。

【頂上直下の岩場】
Course7

 この岩場はけっこう険しく、ロープが設置されている。落ちれば命が危ない箇所なので、注意深く登って行けば、ぽっかりと頂上に出る。

【行縢山雄岳頂上】
Course8

 そういうわけで、ようやく行縢山雄岳頂上に到着。1時間半かかってしまった。前に一般道で登ったときより時間がかかっているので、こちらのルートのほうが時間がかかるみたい。距離は短そうだけど。
 秋晴れのもと、東には延岡市、日向灘、南には脊梁山地の巨大な延々と山なみが連なっている。

【南面コース概略図】
Root_map

 南面コース地図を見るだけでは、概略があまり分からなかったが、登るとよく分かった。
 行縢山雄岳の南面は、巨大な崖に、尾根が南側からぶつかり、西側にせせり上がっていくような形しているのだが、登山道は、図の赤字で示すように、崖沿いのその尾根を登りつめていくコースなのである。

【雌岳への入り口】
Froot1

 雄岳に着いたのが午後3時だったので、あと行動できる時間は限られている。
 雄岳のついでに雌岳にも登りたかったが、ちょっと厳しいか。あと1時間行動できるところまで行動することにする。
 一般道に入り、鞍部をいったん下って、それから雌岳への分岐点に着いてから登り返すことにする。
 ここからの雌岳の道は南面ルートなみに荒れており、ルートファインディングが少々難しい。悪天候のときに登ってしまったら、たぶん迷ってしまうと思う。

【行縢の滝 展望所】
View_spot

 ある程度登ると稜線上に出る。基本的には木が茂っていて、あまり展望のきかない道であったが、ときどき眺めのよい岩場がある。そのなかでも一ヶ所、行縢の滝を眼下に望める場所は、絶好の展望所であった。

 雌岳のルートは、恐竜の背みたいなルートで、いくどもいくどもアップダウンを繰り返していく。あれが頂上だろうかと思ってピークに着くと、その奥にまたピークがあるという感じでいつまでたっても雌岳にたどりつく気配がない。
 そのうち午後四時になってしまったので、本日はここで進むのを中止して引き返す。べつだん、雌岳に登らねばならない理由はなにもない。

【行縢山駐車場】
Stop

 下山を急ぎ、登山口の駐車場に日の暮れる前に到着。
 登るときは4~5台の車が駐車していたが、さすがに午後5時に近い時間では、車が残っているはずもなかった。

【延岡市内夜景】
Full_moon

 国道218号線を自転車で走るうち日はどんどん傾いていく。延岡市内についたときには、太陽ははるか西の彼方に沈み、とっぷりと日は暮れた。
 そして東にはまんまるの満月が。
 澄んだ夜空に、皓々と月の輝く、今日は素敵な満月の夜なのであった。

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October 24, 2009

登山:秋の霧島(えびの高原→韓国岳→高千穂河原)

 そろそろ紅葉のシーズンの始まりなので、霧島に登ってみることにする。
 本日の天気予報では午前中は曇りで午後は晴れという中途半端な天気。着くのは午後なので、天気予報を信じて晴れた空のもとでの登山を期待する。

【えびの高原】
Ebino_tableland

 午後1時に韓国岳の登山口であるえびの高原に着くと、まだ天候は曇りであった。えびの高原いったいは濃い霧のなか。正面方向に今から登る韓国岳がそびえているはずだが、何も見えません。

【韓国岳山頂】
Mt_karakuni_sumitt

 午後から登り始めたので、登山道では登山を終え下りて来る人とばかりすれ違う。みな雨具を着ているところをみると、午前中はかなり悪条件の登山だったようだ。
 韓国岳山頂までは500mほどの高さを登る。登山道には道のりを10等分しての何合目という標識があるので、行程がわかりやすい。6合目を過ぎたあたりで急登は終わり、噴火口を巻くような道となって、それから頂上へと到着。頂上にはバンザイ三唱している数人の若者のグループがいたくらいで、シーズンなのに人少なき頂上であった。
 韓国岳登山の途中で、天気予報通り霧は晴れてきたが、それでも遠方の高千穂の峰にはまだ雲がかかっている。

【高千穂の峰】
Mttakachiho_view

 しばらく待つうち、霧がどんどん晴れていき、霧島の縦走路が現れてきた。
 見下ろす山肌の紅葉は3分~5分といったところ。来週くらいからが見ごろになりそうだ。

【雑木林】
Autumn_road

 韓国岳からの下りはガレ場が続き歩きにくい。注意しながら降りて行き、獅子戸岳へ至る鞍部の縦走路に入る。ここの雑木林の紅葉を期待していたけど、まだ早かった。でもここは植生は豊かで、静かな雰囲気のいい道である。霧島縦走路では、この道が私は一番好きだ。

【新燃岳】
Mt_shinmnoe

 獅子戸岳を越えた次は新燃岳である。
 ここの噴火口は、九州最大の露天風呂となっている。ただし底部は硫化水素ガスが満ちており、これに入浴しようと思ったら、ガスマスクなしには不可能。
 もっとも、火口内そのものが立ち入り禁止になっており、そのようなことをしていると絶対に通報されます。

【縦走路にて】
Mtshinmoe2

 人気の高い紅葉シーズンの霧島縦走路とはいえ、天候の悪いなか午後に縦走しているのは私だけであったが、新燃岳で登山者1名とすれ違う。普通の靴にザックもなしのラフな格好で、たぶん新燃岳山麓の温泉宿から散策がてら登ってきたのであろう。けっこうな高さを登らねばならないはずだが、たいしたものだ。

【自然歩道 もみじコース】
Red_leaves

 新燃岳から中岳経由で高千穂河原まで下りていく。
 中岳を過ぎたところで自然歩道が整備されており、もみじ林の植林のなかを歩いていくことになる。ここはそろそろ紅葉づいてきており、なかなかきれいであった。日がもっと照っていれば紅葉の色もより映えていたろうが、残念である。

 えびの高原より3時間半ほどで高千穂河原に着き、縦走終了。
 ここから舗装路を歩いてえびの高原に戻る根性はなく、うまいぐあいに駐車場にとまっていたタクシーに乗って出発地へと戻った。

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September 28, 2009

登山@可愛岳(延岡北川町)

 ようやく涼しくなってきたので、7月に登ってあまりの暑さに途中で撤退してしまった可愛岳へと登ってみる。

【登山口】
Saigo_data_house

 登山口は「西郷資料館」のすぐ近く。写真の右手に見える階段が、北登山道へと続く。西郷軍が敗走路に使った登山道は、資料館の左手にあり、こちらは下山路に使うことにする。

【二本杉】
Two_pine

 北登山道からは眺望は利かない林の中の坂をただただ登って行く。林が切れたところで林道に突き当り、風景が開け、可愛岳の稜線が見える。可愛岳本峰はこちらの登山道からは最後のほうまで見えず、ここから見える峰は稜線上のコブである烏帽子岳だ。

【烏帽子岳からの眺め】
Eboshi_view

 烏帽子岳は標高588m。南面が崖になっていて、見晴らし良好。日向灘、延岡市が眼前に広がっています。
 登山口から標高差約500mを1時間弱で到達。夏の暑い時期に来たときは1時間半以上はかかったので、登山のコンディションがいかに気温に左右されるかがよくわかる。

【前屋敷】
Front_residence

 烏帽子岳からは、小さなアップダウンを繰り返しながら、150mほどの高さを山頂に向けて登って行く稜線路となる。
 途中に「前屋敷」なる、たぶん以前に建物があったであろう石垣跡がある。こんな山奥になんの目的があって建てられたものなのであろう。

【鉾岩からの眺め
Sword_rock

 可愛岳稜線は林の中で眺望はきかないけど、鉾岩と名付けられた岩峰の立っているところは例外的に眺めがよい。岩自体の格好もいいので、ここを山頂ということにしたほうがよいような気もするが、山頂はここより10分ほど行ったところの小広場であり、そこからの眺めはあんまりよくない。

【可愛岳山頂】
Mt_pretty

 山頂からは西方面に祝子川方面に下りる道があるようだが、そっちに行っては元の登山口に戻れなくなるので、元来た道を引き返し、南登山道への分岐から下りに入る。

【羊歯の道】
Fern_road

 南登山道は羊歯が多い道であり、一部は崖を羊歯が覆い面白い道となっていた。この崖に刻まれた道は幅のとても狭いところがあり、そこで間違って羊歯に足を踏み入れると、そこは崖なので、足は宙に浮き、一挙に落ちてしまう。そういうトラップ仕掛けのある、こわい道であった。たぶん、落ちた人はいると思う。

【可愛岳の眺め】
Distant_view

 北登山道からは可愛岳は山頂の近くに到るまで見えなかったけど、南登山道からは可愛岳の全容を見ることができる。
登りはこちらの道を使ったほうが、可愛岳がいかなる山か分かるので、適切に思える。

【南登山道入り口】
Exit

 道が栗林の中になったあと、西郷資料館の近くの登山口へと出た。
 西郷資料館を起点として、ぐるりと可愛岳を回るように登山道が作られており、親切なつくりといえる。
 標高727mという低山ではあるが、道はけっこう変化に富んでおり、ちょっとした岩場もあり、眺めもそれなりに楽しめ、手軽に登れるという利点もあり、いい山だと思う。

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July 20, 2009

登山:烏帽子岳(延岡市北川町)

 「烏帽子岳」といっても、地元の延岡市の人でさえどこにあるか知らない人がほとんどだと思う。私も登って初めて知った。

 延岡市は海と山に囲まれているところであり、東は日向灘、その他の三方は山々である。山々で目立つ山の名前を挙げれば、南は愛宕山、南方面は行縢山、北は可愛岳(えのだけ)となる。いずれも個性的な山容を誇るいい山で、しかも独自の歴史を持つ山である。愛宕山、行縢山は神話の世界に登場するが、可愛岳は明治の初め、西南戦争の舞台に登場する山だ。南北両方のルートから政府軍に攻められた薩軍が、敗退ルートとして選んだのが可愛岳越えで、その敗走ルートがそのまま登山道として残っている。

 可愛岳は花崗岩の岩肌が垂直に聳え立っており、格好のいい山であり、その歴史の探訪も兼ねて、いつかは登りたいと思っていた。

 ところで、今は7月の中旬。
 九州の山の紹介本をみると、登山に適した月として、7月8月はいずこの山も省かれており、7月は山に登るのは適さない月となっている。理由については、その時期登れば容易に分かる。暑くて暑くて、登ってられるものではないからだ。例えるなら、それはサウナの中で2時間も3時間もランニングをするような行為であり、続けているとまじに生命の危機を感じてしまう。九州の夏の登山なんて、(稜線が吹きっさらしで、涼しい久住山などを除いては)、我慢くらべが好きな人以外には、とても勧められるものではない。
 私も10何年以上も前に、何を思ったか、夏に杉ヶ越登山口から傾山に登ろうとしたことがあり、途中であまりの暑さに、脱水症の恐怖を覚えて、撤退してしまった経験がある。それ以来、夏の登山は長野あたりの高山にしか行っていない。

 しかし、本日の午後はなにも用事がなく、また山の本を集中的に読んでいたこともあり、山に登りたくなってしまった。そして、すぐ近くにはまだ登っていない面白そうな山がある。本日の天気予報は、曇りであり、降水確率は50%とのこと。蒸し蒸しして、暑い気候ではあるが、雨が降れば涼しくはなるであろう。雨の恵みを期待して、行ってみた。

【可愛岳案内板】
1entrance

 目的地は可愛岳山頂である。
 国道10号線を北川町で、西郷資料館に向かって入ったところが登山口となる。


【西郷資料館】
2_nannsyu_house

 この案内板より少し進めば西郷資料館がある。
 政府軍に追い詰められた薩軍が最後の軍議を開いた屋敷であり、ここで薩軍は解散令を出し、主だった者たちが脱出することになった。可愛岳から高千穂へ向けての敗走路は、大崩祖母山系を越えていく、九州で最も険しい山系を通るルートであり、そこを重い装備をかかえて突破に成功している薩軍は、軍隊としての能力は歴史的評価としては無能であったのだが、山岳レンジャーとしてみるなら、瞠目すべき能力があったといえる。

 そういうことはともかくとして、薩軍敗走路は眺めが悪そうなので、帰りにとっておくとして、北側の二本杉の稜線に出るルートでまずは登ることにする。

【登山道】
3way

 登ることしてしばらくして、すぐに登山がいやになった
 予想通りというか、予想以上に暑く、しかも蒸し暑かった。曇りで、雨がいつでも降りそうな天気ゆえ、暑さに加え、湿度がすごく高い。まさに蒸し風呂のなかを進む登山である。これが寒さとかなら、防寒具と運動で対処することが出来るが、暑さはどうにもならない。動けば動くほど暑くなるし、涼しくする方法など、なきに等しい。…まさか扇風機をかかえて登るわけにはいかないし。行けど行けども、身体じゅうにまとわりつく暑さと湿気に、いつ登山を止めようかとの思いばかり浮かぶ。
 標高727mで、しかも途中に水場がある山では、オーバスペックといえる持参の1.5リットルの水を、飲んだり、頭にぶっかたりしながら、じゃんじゃん消費して登りいくうち、うやむやのうちに二本杉の稜線に出た。

【二本杉】
4ridge

 ここから稜線に入る。
 向こうに見える山が、最初のピークらしく、あれに登ればあとは平坦な道になると思える。しかし稜線に入っても、風は吹かず、暑さ湿気はまったく変化なし。汗がだらだらと出て、飲んだ水がそのまま汗として流れるような気分。

【烏帽子岳】
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 二本杉から見えていた最初のピークに到着。一応標識があり、「烏帽子岳」なる名前がついていた。標高は588mとのこと。

【烏帽子岳からの延岡方面の眺め】
6view

 山頂は木が伐採されており、そして南方面が断崖絶壁となっていることから眺めはよろしい。天気のよい日は、延岡市から日向灘が一望のもとに望め、さぞかしいい景色が広がっているものと思える。
 今日は天気がよくないので、展望はあまり利かないのが残念。

 烏帽子岳から、ちょっとしたアップダウンを繰り返しながら徐々に高度を増して可愛岳山頂へ向かう道に入るが、道は林の中なので、風は吹かず、むしむしと暑いったらあったものではない。稜線上に入れば、風が吹いて涼しい登山が楽しめるのではという淡い期待を持って、なんとか登ってきたのであるが、さすがにイヤになってきた。雲は厚くなってきて、遠くから雷の音が響いてきた。雨は降らずに、雷かよ、と愚痴りたくなる。
 そして、雷が鳴ったらさすがに心がくじけた。
 あと標高にして150mほど残っているが、こういう真夏に厚着をしてコタツに入るような我慢競技を続行しても、身体に悪いだけである。さっさと下山することにする。

 下山中も暑い暑いと文句を言いながら、元の道を辿り登山口に汗まみれで到着。

 まったく、夏の九州の低山なんて登るもんではありませんな。
 可愛岳はそれなりに人気のある山であるが、今回、まったく他の登山者に会わなかったのは、あまりに当然のことといえる。

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July 19, 2009

ガイド登山について思う

 7月18日に起きた北海道のトムラウシ山大量遭難事故は、あらためてガイド登山というものの難しさを考えさせるものであった。

 山登りは基本的には自分の力で行うべきものであろうが、しかし、自分あるいは自分たちの力量では登山するのが困難である山は当然ある。そういう山に登りたいときは、熟練したガイドの手助けを得ることにより、難しい山でも、より安全により確実に登ることできるようになり、登山の行動範囲を広げることができる。ガイド登山の存在によって、山好きな人たちの登山の幅はたいそう広がった。
 また本邦では、有名な山を登るとガイド登山の一行には必ず遭遇することより、ガイド登山が普遍的なものになっているのは容易にうかがえる。

 ガイド登山は登山の楽しみを高める有効な手段であるが、しかし残念ながら今回のような大惨事の原因にもなってしまう。

 今回事故の起きたトムラウシ山は、今から7年前の2002年にも福岡発のツアー登山の遭難事故が起きている。このときも状況はまったく同じで、悪天候のなかの登山を強行し、その結果一人の命が低体温症で失われてしまった。
 登山は自己責任が基本であるが、商業ベースのガイド登山においては、遭難事故が起きた場合は、ガイドに刑事的責任が問われるのが了解事項となっている。この時の福岡の登山ガイドも有罪の判決を受け確定している。
登山ガイドの責任は、すごく重たいのである。

 だから、というわけでもないし、当然のことなんだろうど、登山においてはまず第一に安全が優先される。登山とは何よりも無事に下山することが大事なスポーツだ。
 しかし、次に大事なことは、山に登ることである。
 そして、ガイドとは、我が力では目的とする山に登れない人を、その山へ登らせることが仕事であり、ある程度の困難は予測の範囲として、その困難を解決しながら、客を山頂(あるいは目的地)に立たせるのが、力量のあかしであり、やりがいでもあろう。

 今回の事故の原因は悪天候になか無理な出発をしてしまったことにある。
 しかし、悪天候といっても、山は天気が変わりやすく、悪天候になるのは当たり前であり、高山を何泊もするような縦走ではずっと好天であることのほうが珍しい。悪天候の行動は、常に登山行為に織り込まれている。
 早い話、悪天候のなか、視界も利かず、強風吹きすさぶなか行動を続けた経験は、山登りをする人なら誰でもあるだろう。

 今回の遭難事故でも、避難小屋からトムラウシに向かったパーティは別にもいたが、そのパーティは、一人が低体温症になりかけたとのことだが、とりあえずは無事に下山している。また事故を起こしたパーティにおいても、四名は暴風のなか18時間以上も行動を続け自力で下山している。(この人たちは、実際のところすごい実力の持ち主だと思います)
 だから、出発の判断は、絶対的な誤りというものでもなかった。誤っていたのは、ガイドの力量と参加客の力量が、総合的にこの天候のなかでは行動は可能であると判断したことだ。残念ながら、このツアー一行には、総合的にはその力はなかった。

 安全を重視するなら小屋に停滞したほうがいいに決まっている。しかし、もう一度繰り返すが、ガイドというのは客を山に登らせるのも大事な仕事だ。そしてより困難な山の登山の成功は、客の満足度も高い。今回は、己と客の力量の判断に間違いがあり、悲惨なことになってしまったが、問題の基本には、「山に登らせてあげたい」というガイドの善意があることは間違いなかろう。

 今回のトムラウシ遭難事故では、最初に低体温症で動けなくなった客とビバークしていたガイドは亡くなり、救助要請のため、先導して下山を急いでいたガイドは途中で体力の限界に達し、行動不能になって倒れていたところを救助されている。
 誰もが全力を尽くした行為であったけど、客も悲惨であったが、ガイドもまた悲惨であった。

 2002年のトムラウシ山遭難事故のあとも、九州発のガイド登山ツアーでは、2004年の屋久島、2006年白馬山と大きな遭難事故が起きている。
 どれも悪天候の中の登山強行という、お決まりのパターンなのであるが、それを「ガイドの判断ミス」「ガイドによる人災」と一言で済ませるのには、私は躊躇してしまう。山の世界なんて狭いものなので、(ツアー登山はたいてい山道具屋関係発であり、そして山道具屋なんて数が限られているので、だいたいその世界内に関係者は入ってしまう)、そこに登場する人物は、直接間接にしろ私は知っている。そして参加客は、どの人も中高年者とはいえ、かなり鍛えた人たちであり、ジムでクライミングのトレーニングをしっかりしている人たちもいた。
 悪天候のなか、ド素人を連れて行っているツアーなら、あっさりとそこで登山を中止にするだろうが、それなりに力量のある人たちのそろっているパーティなら、「やってみようか」と思ってもしまうだろう。登山とは、非日常へのチャレンジでもあるので、克服できる悪天候と判断してしまったら、Go signも出してしまうだろう。悪天候を克服して為した登頂は、なにはどうあれ価値のあるものだから。登山とは、そういう理不尽な満足感も存在するスポーツなのです。残念ながら。
 じっさい、九州発のガイド登山遭難事件はいずれも、ガイドは必死に行動し、救助の要請に成功している。ある意味ガイドだけでは、遭難はしなかったのであり、本人にとってGo signは正しかった。しかし、客は悪天候を克服できず、パーティ全体としてのGo signはまったく間違っていた。

 登山においては、「安全」と「登山の満足感」は必ずしも一致しない。あるときは相反してしまう。登山という行為は、この「安全」と「満足感」のバランスを、己の力量を考えながらとらねばならない。
 ガイド登山においては、そのバランスの取り方、そして力量が、客の数だけあるわけで、Goの判断はとても難しいものであろう。
 そして結果として、誤ったGo signを出して、遭難事故を起こしてしまったガイドの自責感は、考えるだに辛く重いに違いない。

 遭難事故を起こしてしまったあるガイド氏が、その後の登山ガイドの会合で、「ガイドたる者、救助に山小屋に駆け込んだのはいいとして、そのあと、なぜ救助に向かわなかった。たとえ疲労困憊していたとして、歯を食いしばってでも救助に向かい、そこで力尽きて死んでも、それがガイドの務めだろう」と詰られたそうだ。そのガイド氏は、涙を流しながら「自分もそうしたかった。そうしたくないわけはないだろう。でも、自分も低体温症に陥っていて、小屋までたどり着くのが精一杯だったんだ。小屋についたあとは、まったく身体が動かなかったんだ」と嘆いたそうだ。

 その話を聞いて、登山ガイドとはすごい世界なんだなあと思った記憶がある。

 好天のときだけ登山すればいい、というわけにはいかないのが登山というものである。
 これからも登山のGo signについては、ガイドに難しい判断を迫られることがいくらでもあるであろう。
 私の知っているガイド氏たちは、8000m級の山にも登る実力のある人たちであり、天候の読み方、ルートファインディング、レスキューの方法、自己鍛錬等の登山に必要な技術は確立した人たちであるが、それでも事故を起こしてしまっている。それは結局は、パーティ全体の力量を把握しきれていなかったことに由来しており、このことはやはり責められて仕方ないことだろう。

 ガイド登山は、登山の楽しみの幅を広げ、登山を豊かにしたことは間違いない。
 そのガイド登山を、これからも続け、発展させていくためにも、ガイド登山の問題点については、登山界全体でよく検討し、改善をなしていかねばならないと思う。

………………………
(参考) ドキュメント気象遭難
 02年のトムラウシ山遭難事故についての報告が掲載されています。 

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June 29, 2009

剱岳の思い出

 剱岳は7年前に一度登ったことがある。
 日本を代表する名峰なので、季節を変えて数度は訪れたい山だが、なにしろ不便なところにある山であり、九州から行くとすると、富山空港へは福岡から午後に着く便が一本あるのみで、(しかも今は、富山―福岡便そのものがなくなってしまった)、いまだ一回しか訪れる機会を得ていない。
 そのとき見た剱岳の威風堂々たる姿は印象強いものであり、今回の映画を見て、あの時の好天のもとの剱岳を思い出し、北アルプスの縦走も含め懐かしく思った。

 剱岳登山は、室堂平を登山口とする別山尾根ルートが一般的となっている。
 しかしこのルートは、登山口の室堂平の標高が2450mもあるのが問題だ。何度目かの登山ならいざしらず、最初の剱岳登山において、2450mの高さから、2999mの山に登るのは、いくらなんでも反則ワザであるだろうと思い、夏にはあんまり使われていない早月尾根ルートで登ることにした。

【早月尾根登山口】
Sougetu_entrance

 このルートの登山口の馬場島は、標高750m。山頂まで一日で2250mの高さを登る必要があり、登りがいのあるルートであるが、この尾根、「馬鹿尾根」と称されるだけあって、いざ登り始めると、その馬鹿さにうんざりしてしまった。なにしろ樹々に囲まれた登り道がえんえんと続いていくので、展望はきかないし、風は吹かないし、暑さがこもるなか、ただただ坂を登っていくという、山登りというよりは我慢比べのトレーニング的コース。もう二度と行かんわい。
 ようやくにして、標高2200m地点の早月小屋に到達するころ、道は岩稜帯に入り、視界は一挙に開け、ここからが眺めもよいし、道も変化に富み、がぜん面白くなる。

【早月尾根から見る剱岳】
Tsurugi_1

 険しい岩の巨大な塊である剱岳が、晴天の下にくっきりとその姿を見せている。
 明治時代、ここから山頂を目指した測量隊は、稜線の大きな切れ込み(キレット)と、日本の岩塔に行く手を阻まれ、それ以上の行動を断念したと記録に残っているが、それから100年近く経ち、地形が変わってしまったみたいで、さほどの難所はもはやなかった。いくつかの鎖場はあるが、鎖に頼るほどの難路はなく、周囲の絶景を楽しみながら、剱岳山頂に到着。

【剱岳山頂】
Tsurugi2

 瓦礫を積み上げたような山頂に、祠が設置されてある。
 この祠、現在は映画撮影のために撤去されてしまっているとのこと。なんと罰当たりな。

【カニのヨコバイ 上から】
Yokobai_1

 劔沢への下り道は、有名な「カニのヨコバイ」を通る。ここは最初の一歩目のスタンスが見つけにくく、一歩目を踏みだすのにちょっとしたコツがいる。
 見ての通りの断崖絶壁で、ここで足を踏み外して、鎖から手が離れると、一挙に劔沢まで落ちていくこと必定の、スルリ満点の難所だ。
 さすがに、ここだけは鎖に頼らないと、とても通る気がしない。

 そういえば早月小屋で休憩していたとき、小屋の主人から今日はどこまで行くかと聞かれ、「劔沢です」と答えたら、「あなたは速そうだけど、ヨコバイで渋滞があるから、思ってたとおりの時間には劔沢には着かないよ」と忠告された。たしかにちょっとした渋滞はあったけど、ウワサに聞いていた「足のすくんだおばさん達が行列をつくっている、2時間の待ちの渋滞」てな渋滞は、運良くなかった。
 しかし今年の夏は、映画のせいで、すごい渋滞が生じることが予想されますな。

【カニのヨコバイ 下から】
Yokobai2

 カニのヨコバイは、明治の測量隊が山頂へのルートをさぐる際、ここを案内人宇部長治郎が裸足で突破に成功したところだ。(小説の記事からはそうだと思う)
 しかし、他の者が測量の機材を持って登れるルートではとてもないので、ここを使った登頂路は採用されなかった。
 ところで、カニのヨコバイを越えると、山頂まではとくに難所はなく、この壁を越えたところで実質的に剱岳登頂は果たしたことになる。公式には近代で剱岳登頂に成功したのは、測量隊の生田信ということになっているが、実質的には長治郎が、初登頂者といってよいだろう。

【剱岳 別山乗越から】
Tsurugi_3

 劔沢の小屋に泊まったのち、私は上高地へ向けて北アルプスをえんえんと縦走していった。
 その間幸運なことにずっと好天に恵まれ、剱岳もいろいろなところから望むことができた。
 そのうちの何点かを紹介。
 剱岳は劔沢からは、前劔が邪魔するのであんまり姿がよくない。別山乗越まで登ると、姿がよろしくなる。

【剱岳 別山山頂から】
Tsurugi_4

 剱岳は、別山から見るのが姿がもっとも美しいとされている。
 険しい岩稜の尾根を両翼に張った、岩と雪の殿堂たる剱岳が、圧倒たる迫力をもって大地に鎮座している。

【剱岳 雄山山頂から】
Tsurugi_5

 雄山からは、別山の後方に聳える剱岳を眺めることができる。
 立山を御神体とする雄山神社であるが、この風景をみると、剱岳もまた御神体である神社のように思える。

【剣岳 竜王岳あたりから】
Tsurugi_6

 竜王岳のもとの、立山三山と剱岳を一望できる、好写真撮影スポットより。
 ここまで来ると、だいぶ剱岳も遠くなっている。
 なだらかな山々が連なる立山連峰のなかで、剱岳のみが、険しい岩峰を空に突き立てた異形の姿であることがよくわかります。

【おまけ 薬師岳】
Mt_yakushi

 立山を超えて剱岳と別れ、五色ヶ原山荘に泊まった翌日は、薬師岳を越えていく。
この薬師岳が、剱岳に負けず劣らず、馬鹿でかい山であった。
 立山連峰って、山の規模がむやみとでかいところであり、立山連峰の縦走は、縦走というより、3つのでかい山をそれぞれ登り降りするという感覚であった。
 北アルプスの山々は、稜線に出てしまえばさほどのアップダウンがなく山が連なっているのが普通なのに、この立山連峰のみは、そういうことを許してくれないハードな山系であった。

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June 13, 2009

登山:九重大船山 ミヤマキリシマ

 6月第一週はミヤマキリシマ満開の時期なので、それにあわせ第一週週末が九重の山開きの日となっている。このときは2万人くらいの大勢の人が九重に押し寄せて来るので、花の盛りにくわえ、人も盛りで、山じゅう祭りみたいに賑やかでよろしいのだが、第一週は他の予定があり、第二週に登ることにする。結果からいえば、天気がこっちのほうが良かったので、ラッキーであった。

【雨ケ池】
Rain_pond

 大船へは最もポピュラーな登山ルートである、長者原→雨ケ池→坊がつる→大船のルートで登ることにする。
 坊がつるへの峠に位置する雨ケ池は、盆地状の湿地帯になっていて、名前の通り、大雨が降ったのちは浅い池となり、その上に木橋がかけられた形となる。もっとも池ができることは滅多になく、だからこの木橋のホントの意味を知らない人は多いと思う。私もここに池ができているのを見たのは、雨のなか登ったときの一回きりだ。
 雨ケ池は植生の豊かなところで、この時期には、ドウダンツツジ(漢字で書けば「燈台躑躅」。まず読めんな)、イワカガミ、ボケ、ミヤマキリシマなどが咲いているはずであるが、もうだいたい散っていた。

【坊がつる】
Bougaduru

 登山者しか見ることのない、九州で最も美しい盆地「坊がつる」。(大船林道経由で自転車で来る者もいるではないかとかのツッコミはいれないように)
 名峰、久住,三俣山,大船山に囲まれ、清流が湿原のなかを流れていく平地。一面の緑の美しさ、取り囲む山の雄大さ、澄み切った空。ここに寝っ転がって、ただただまわりを眺めていたくなる、そんなところ。
 しかし今回は登山に来ているわけで、テントを張った横に寝っ転がって空を見ている人たちを横目に、登山口より大船山に向けて登っていく。

【大船山】
Mt_taisen

 尾根を登り切り、稜線上に出ると、花は盛りの時期であった。
 ドウダンツツジにミヤマキリシマの2ショット、その奥に見える大船山の山肌には、ミヤマキリシマが満開に咲いている。

【大船山 ミヤマキリシマ近景】
Azalea1

 先ほど見えた山肌のミヤマキリシマ、近づくとこんな具合。
 きつい思いをしながら登ったことが、報われる美しい光景です。

【イワカガミ】
Rock_mirror

 稜線にはイワカガミもたくさん咲いていた。
 お菓子のアポロチョコに似たような色と形の、可憐な花。
 小さな釣鐘にも似ていて、風が吹いて揺れると、チリンチリンとかすかな音を立てそう。

【ミヤマキリシマロード】
Azalea_road

 大船山頂まで登ってから、段原まで下りて、そして北大船へ登り返す。ここが今回の山行のハイライト。
 九重山系にミヤマキリシマは多く咲いているけど、北大船周囲のミヤマキリシマの密集度は格別で、それゆえここの群落は天然記念物に指定されている。まったく、この一帯はミヤマキリシマに埋め尽くされており、それを切り割いて、登山道が作られている。天然記念物に何すんねん、と思わぬこともないが、ミヤマキリシマだらけの山なので、そこに道をつくるしかなかったわけであろう。

 残念ながら、花の状態はいまいちで、登山道全体がミヤマキリシマのピンクの色におおわれる、あの素晴らしい風景は見ることはできなかった。
 運よく花盛りのときに登られたときは、人がどんなに手間をかけて作っても作ることができない、この世のものとも思えないような、華やかで、麗しい空中庭園のなかを歩いて行くことができるのだが、…でも、これくらいの咲きかたでもやはり美しく、十分に楽しめるでしょう。

【満開のミヤマキリシマ】
Azalea2

 でも惜しむらくは、このレベルのミヤマキリシマが、まだまだあってほしかった。
 稜線上で、この一株だけが、満開に花を咲かせていた。
 ミヤマキリシマは本気を出すと、ここまで自身を花だらけに飾ってしまう、テンションの高い植物なのである。このレベルのものが山頂付近で咲きそろったときなど、坊がつるから北大船山~平治岳を見れば、山頂から稜線がピンクに染まり、まるで山がピンクの帽子をかぶったかのように見える。
 そしてそのピンクに染まりし稜線の道を行くときは、まさに夢にしかない道を歩む気持ちにひたれる。
 自然がつくりし、季節のなかで束の間にしか姿を現せない、至高の美しき道。山登りの苦労をした人にしか与えられない、その道を、唖然呆然としながら歩んだのは、いつの日だったか。
 
 ずいぶんと前から訪れている九重であるが、自然環境の変化(特に虫害)で、10年以上前からは、あの途方もない、天上の世界そのものの、華やかで、美しく、ピンク色に輝くミヤマキリシマの道は経験できないでいる。
 しかし、いつかは、またあの道に会えることを期待しつつ、毎年この山を訪れている。
 

 北大船を超えてからは、大戸越経由で、坊がつるへと向かう。
 この道は泥まみれなことで有名であり、昨日雨が降ったことから、登山道は泥田んぼ状態になっているのではと予想していたが、それほどのことはなく、ズボンやシャツが泥まみれになることはなく下山できた。
 全行程6時間ほど。
 ほどよく疲れ、ほどよく汗をかき、さて、由布院へ温泉に入りに向かう。

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May 30, 2009

登山:韓国岳 ミヤマキリシマ

 5月下旬から6月中旬にかけて、九州の山ではミヤマキリシマが開花の時期を迎える。
 ミヤマキリシマは、硫黄の臭いのする、火山の煙が漂ってくるところでしか花をつけない植物である。山頂近くでは、硫黄の濃度が高くなるみたいで、そんな過酷な環境では他に育つ樹々とて少なく、岩肌一面にミヤマキリシマのみが群生して、それが、いっせいにピンクの花を咲かせるさまは、山がピンクに発火したような華やかさがあり、この季節のたびに、その華やかさを求め山に登ることになる。

 ミヤマキリシマの九州での開花の順は、南からであり、霧島→九重→雲仙の順に開花していく。5月下旬においては、まずは霧島が満開の時期を迎えているであろうから、霧島に行くことにする。

 えびの高原の「つつじヶ丘」では、ミヤマキリシマは既に満開であり、丘全体がピンクに染まり、たいそうきれいであった。観光客も多く、道のわきは駐車している車がいっぱいだ。
 この満開の花を見て、それで満足してもいいわけだが、ミヤマキリシマ(深山霧島)は、名前の通り山の中にあってこそその存在感を際立たせる花であり、予定通りに韓国岳に向かう。

 えびの高原から直接韓国岳に登るルートは、途中でのミヤマキリシマの量が少ないので、いったん下って、よりミヤマキリシマを楽しめる大浪池ルートで登ってみた。

【大浪池】
Onami_pond

 登山口から登ること30分ほどして大浪池に到着。見ての通りの、まん丸い元噴火口である。
 さて、ここで問題発生。韓国岳は、この池を半周ぐるりと回って、その先にあるのだけど、そこには霧がかかっており、正面にあるべきはずの姿が見えない。「霧島」という名前が示すとおり、この山系は霧がかかること多き山であり、霧がかかることはべつだん珍しいことでもないのだが、霧の中の登山って、あんまり面白いものではないんだよなあ。登山のモチベーションが落ちてしまう。
 ま、今回はミヤマキリシマが目当てなので、気にせず登山を続けることにする。

【大浪池登山道】
Flowers

 大浪池を巡る登山道。
 植生は豊かであり、照葉樹に交じって、ミヤマキリシマとミツバツツジがピンクと赤の花を咲かせており、互いに色が映えている。

【韓国岳登山道】
Kirisimas_azelea

 大浪池を半周まわって、それからいったん下りてから、韓国岳登山口に到る。そこからは、木製の階段が設置された、よく整備された登山道を行くことになる。
 七合目を超えたあたりから、植生はミヤマキリシマ優位となる。まだ三分咲きくらいで、蕾のほうが目立っている。
 あと1~2週間くらいしてからが、山頂近傍のミヤマキリシマの開花のピークであろう。

【韓国岳山頂】
Karakuni_summit

 霧の中を黙々と登って行き、霧を透かして山頂の標識がぼんやり見えてきて、しばらく歩くうち、あっさりと山頂着。
 当たり前のことながら、霧だらけで、遠景はまったく望めず。山頂から覗きこめるはずの、旧噴火口も、霧で埋まっていた。
 とりあえず頂上着の写真は撮ってはみたものの、光が乏しいせいで、モノクロ写真みたいだなあ。

 あとは、また黙々と来た道を引き返すのみ。
 この登山道の下りは、霧や雨のときは、急な木製の階段がたいへん滑りやすく、視界が悪いことも相まって、難易度の高い道と化す。私は幾度も、この階段でつるりとこけて、ずでででんと落ちていく人を見たことがあるが、幸いそのようなミスはおかすことはなく、無事に登山口に着。

 さて、朝・昼と何も食わずに山に登ったせいで、けっこう腹が減った。
 これから鹿児島市へと行き、「鮨匠のむら」で、がっつりと美味いものを食い、美味い酒をぐいぐいと飲むことにしよう。

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May 10, 2009

登山 5月の大崩山@延岡

 5月初旬は祖母傾大崩山系で、アケボノツツジが咲いている時期なのであるが、ドタバタしているうちに5月も中旬となりそうだ。今のうち登らないと花が全部散ってしまうだろうから、大崩山に登ることにする。
 祝子川登山口より登山を始めること10分、今日がとても暑いことに気づく。歩いても歩いても、まわりに生あたたかい空気がまとわりつき、汗がだらだらと出てくる。こりゃ5月の気温じゃないぞ。(あとでニュースをみると、本日は最高気温が30度を超える真夏日だったそうだ)登山の大敵は暑さである。暑さは体力と気力を奪い、登山の楽しみをおおいに減じてしまう。そういうわけで、こりゃたまらんと暑さにめげて帰ってもいいのだが、大崩山は逃げないけど、アケボノツツジは逃げる。今日は、今年のラストチャンスであろうから、しょうがなく、あづい、あづいとわめきながら、てくてくと登っていった。

【小積ダキ】
River_view

 登山ルートは登りを「わく塚コース」にとる。このコース、祝子川を徒渉してから始まるが、そのときに広がる光景はじつに素晴らしい。誰しも初めてここに立つと、この風景にたまげます。白く輝く巨大な花崗岩の岩の塔が、突兀と、蒼天に向かい聳え立っている。この岩塔の名前は、「小積ダキ」といい、登山のコース中、頂に登ることができます。

 なお、今日は空気が少々霞んでいて、小積ダキが少しぼやけている。
 4年前に登ったときは、空気が澄んでいて、小積ダキの絶景がよりはっきりと見えたので、参考までにその写真も載せてみる。凄いっす。

【小積ダキ 4年前】
Ozumidaki2


【徒渉部の橋】
Bridge

 先の写真にも小さく写っているけど、大崩山登山最初の難関の金属製の橋。けっこうぐらぐらして、足場が悪く、初級者とかには渡るにはちょいと厳しい。数年前は、これは丸太の橋で、もっと恐かった。
 それより前の20数年前は、大崩山登山道は梯子やロープが少なく、技術と根性で登るアスレチックフィールド的な山であり、山慣れした人しか来ない山であったのだが、近頃は整備も進みだいぶ登りやすくなっている。
 もっとも、山のつくり自体が険しいので、今でも九州では一番ハードな山であろう。

【稜線で見る下わく塚】
Sodedaki

 山の中に入り、日陰になっても相変わらず暑い。あづい、あづいと、なおもわめきながら急坂を登っていくうち、稜線上に出る。さすがに風が吹き、暑さは一段落。
 ここからの眺めが、また素晴らしい。大崩山は花崗岩で出来た山であり、稜線もずっと花崗岩の岩肌が露出している。その稜線に、3つ大きな岩の塊が突き出ており、それぞれが「下・中・上わく塚」と名付けられ、これらを巡っていくことになる。

【アケボノツツジ】
Dawn_azalea

 下わく塚へ向かうところで、本日お目当ての、満開のアケボノツツジを発見。
 ピンクの大きな花が、まるで灯りを点すかのように、木の枝に何百も咲き誇り、大きな燭台のようになって、周囲にピンクの色をまき散らしている。この木が今日見たアケボノツツジのうち、最も立派なものであった。たぶん誰しもそう思うようで、この木は登山道から少し離れたところに立っていたが、そこに向かう道が専用にできていた。まさに、「桃李言わざれども下おのずから蹊を成す」の格言を、地で行く木である。
 アケボノツツジは標高の高いところでしか花をつけないので、登山者のみ御用達のような花であり、このような美しい花を見るだけでも、大崩山登山の価値はありますな。

【下わく塚】
Simowaku_2

 下わく塚からの眺望。向こうに桑原山が見えます。
 下わく塚から中わく塚は、花崗岩の痩せた稜線を歩くことになり、高度感抜群。このコースで一番楽しく、また眺めもいいところで、文句なしのハイライト。

【中わく塚】
Nakawaku

 中わく塚から見る上わく塚の光景。
 中わく塚から上わく塚へは稜線が切れ落ちて、キレットとなっており、ここを直接渡って行くのは不可能。ロープ持って行って、支点つくって懸垂すれば行けるかもしれないが、そういう人は見たことない。
 それで、ここからは下に大きくいったん下り、また登り返すことになる。かなりの距離を下るので、初めてのときなどは、道を間違っていないかと不安になったりします。

【(たぶん)ホシガラス】
Star_crow

 その上わく塚へ向かう途中、妙に甲高い声でカラスが鳴いている。変なカラスがいるもんだと、鳴き声の方向を見ると、小柄なカラスがいて、どうもホシガラスのようだ。長野の山ではいくらでもみるホシガラスだけど、九州で見るのは初めだなあ。というか、ホシガラスって九州にいるんだったっけ? でも、尾の白いカラスなんてホシガラスしかいないだろうから、ホシガラスではあろう。あとできちんと調べようと写真に撮ってはみたが、遠くてよく分からん。

【上わく塚】
Kamiwaku

 上わく塚は、3つのわく塚の中では登るのがやや困難で、ちょっとした岩のテクニックがいる。
 以前はここを直登するときは、右側の岩角沿いによじ登るルートで登っていたけど、いつのまにかチムニー(岩溝)に梯子とロープがかけられた直登ルートができている。これは便利だ。さっそくここを登ってみる。

【チムニー出口】
Kamiwaku2

 このチムニー、最後に抜けるところは、チョックストーンがはまっており、トンネル状になっている。これをくぐらないと抜けられないのだが、相当な狭さであり、ザックかついでいると通過するのは無理だ。ここでザックをおろすには、ロープから手を離し、不安定な足場で足を岩溝にはめこんで体を固定して、ザックをおろさないといけない。そんな危ないことを敢えてする理由もないので、おとなしく引き返す。
 あの穴くぐるのは、空身でもいやなので(汚れそうだ)、巻き道使って上に登ってみた。

【チムニー出口2】
Kamiwaku3

 上方からさっきのルートを見おろしてみる。矢印が出口の穴だが、ここから降りる気もまったくしない。使い道の難しい、新ルートである。誰か使ってた人いました?

【七日廻りの岩】
Seven_days_hill

 上わく塚に登ると、ここでのみ、大崩山名物の奇岩「七日廻り岩」を見ることができる。原生林のなかに、にょっきりと一本だけ生えたキャラメルブロック様の岩の塔。かなりの昔、修験僧がこの岩に登ろうと7日まわりとぐるぐる廻ったけど、登る道を見つけられなかったため、そう名付けらたという謂われがあるが、昔の(今も)修験僧の山登りのテクニックはたいしたものゆえ、そんなことがあろうはずなく、たんなる伝説であろう。

 上わく塚を超えから稜線は花崗岩から離れ、クマザサの茂る道となる。ずっと登っていくと大崩山山頂に着くのだが、これが面白くもない道で、山頂もまったく眺望が利かないこともあり、山頂へは向かわず、リンドウの丘経由で坊主尾根より下山することにする。
 大崩山は九州本土で一番美しい山だと思うけど、山頂だけは、魅力に乏しい。一度登れば十分という気がする。じっさいに一回登ってしまえば、次からは山頂をカットするルートを選ぶ人が多い。

【リンドウの丘より】
Rindou

 展望のテラス、リンドウの丘よりわく塚稜線を眺める。
 あの変化に富んだ稜線を歩いてきたのだなあ。

【象岩】
Elephant_way

 登山口より歩くこと3時間半にて、あの高く聳え立っていた小積ダキ頂上に着。
 ここからの眺望はもちろん素晴らしい。右手には、大崩山名物「象岩」が見える。見ての通り、象の形をした岩で、この下にトラバースの登山道が刻まれている。ちょうど2名が下山中である。このトラバースルートは一枚岩の上にあり、落ちるとまず命はないという道だが、ワイヤーやステップもあってよく整備されており、ここから落ちた人の話は聞いたことがない。ただし、通過時は細心の注意が必要であって、ゆっくりと進まねばならず、シーズン中などは、ここでよく渋滞が起きる。

【参考:4年前の渋滞のシーン】
Elephanto_rock


【坊主岩】
Closecropped_head_rock

 「坊主尾根」という名前は、途中にあるこの特徴ある形態をした「坊主岩」から名付けらている。この岩は、他に「米塚」という異名も持つが、見ての通り、そういう形の岩だ。
 坊主岩はつるつるの花崗岩のスラブであり、これに登るのはまず無理であろうが、登ろうとした人がいたみたいで、よく見ると、岩肌に一列リングボルトが打たれている。

【リングボルト】
Pinn

 まともな手がかりも足がかりもないし、規則正しいピンの打ち方からは、アブミかけての人工登攀で登ったのでしょうな。いったいいかなる人がこんな山奥の岩で登攀を試みたのであろうか。
 下山して、大崩山の登山基地みたいなところである温泉館「美人の湯」の管理人さんに聞いてみたが、「10年以上前からボルトはあるけど、どのグループが整備したとかは知らないなあ」とのこと。「あそこは目立つところだから、登ると顰蹙ものなので、登ってはいけませんよ」と言われたが、こんな腐りかけたボルトに命預けて登る度胸など私にはありませんって。

 坊主尾根は、よくもこんな険しく急峻な痩せ尾根にルートを作ったものだと感心するようなルートであるが、そのずっと続く急坂にうんざりするうちに、沢の水音が聞こえだすと、ようやく道はゆるやかになり、そうするうちに祝子川に出て、登山口へと到着。

 4年ぶりに登った大崩山。
 やはり素晴らしい山である。近くに住んでいることから、緑あふれる初夏、紅葉の秋、雪と氷の冬に、また登りに来よう。

……………………………………………

おまけ。

 大崩山の山頂は魅力には乏しいけど、一度は頂点には登るべきなので、ピークハントの意味で登る価値はある。
 しかし、大崩山の山頂にはちょっとして仕掛けがあり、それには留意する必要あり。
 大崩山は、以前は標高1643mの山だったが、2004年に標高が改定され、1644mとなっている。2004年は、全国的に山の標高の見直しがされ、今までは三角点の位置がその山の標高とされていたのだが、実際に一番高いところを山の標高としようという方針のもとに、全国の山が測定されなおされ、その結果、九州では傾山と大崩山の標高が変更になった。
 これは九州の、(おそらくは全国でも)、山好きの人に話題となり、真の山頂getを目指し、登りなおしたモノ好きが、けっこういたりする。(祖母山九合目小屋の宴会で、よく話題になりました)

【大崩山山頂】
Sumitt

 これは4年前の写真である。標高1644mと書いているけど、当然変更後に書き直しているのだ。写真で見える標識の下の三角点は、もはや山頂でなく、真の山頂はその左横の、赤矢印をつけた1mほどの高さの岩である。
 それで、大崩山に登頂するには、この岩に登って、初めて達成したことになる。

【真の山頂】
Sumitt2

 というわけで、面白くもなき大崩山の山頂に、真に登るには、この岩に登る必要あり。
 これは、大崩山の標高が変更になったと聞き、わざわざ登った、モノ好きな者の、足の写真である。
 ただし、山頂まで来て疲れた身で、この足場が安定しているとは言い難い岩に登るのは、他の登山者には、全く勧めません。1mほどの高さの岩ですので、手でタッチでもすれば、真の登頂を触ったことになりますので、それで山頂Get完了と思いますので、それを勧めます。

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May 09, 2009

登山 行縢山@延岡

 延岡市からはたくさんの山が見えるのであるが、そのなかでも行縢山は特徴的な山の形で、とくに目をひく山である。行縢山は山容が面白いことのみならず、古い歴史を持つ山ということでも有名だ。なにしろ日本書紀の最初の方の、ヤマトタケルの物語の舞台となっており、ヤマトタケルが女装して討った熊襲族の長カワカミタケルが住んでいたところが、この行縢山であったとのことだから。もっとも日向の地は熊襲の地と少々離れており、ほんとにカワカミタケルの住んでいた伝説の地かどうか、疑問の余地なしとはいえない。だいたい、前に鹿児島の妙見温泉に行ったとき、カワカミタケルが住んでいたという「熊襲の穴」なる洞窟を見物した記憶があり、南九州は探せば、カワカミタケルがヤマトタケルに討たれた伝承のある地って、まだまだあるのでは。

 それはともかくとして、登山口が市内から30分ほどのところにあり、たいへん登りやすい山であり、天気がよいことから、散歩がてら登ってみることにした。

【行縢山 雌岳】
Mtmukabaki_f

 登山道に入ってしばらくすると、行縢山の雌岳が姿を現す。行縢山は2つの峰から成り立っており、雌峰のほうが尖っている。花崗岩の巨大な岩が、晴天に頭を突っ込んでいます。さらに進んでいくと橋を渡り、ここから行縢の滝を望むことができる。

【行縢の滝】
Mukabaki_fall

 行縢山の雄岳と雌岳の裂け目から、77メートルの高さの滝が流れ落ちている。こういう山の稜線から一気に流れる滝はかなり珍しく、日本の滝100選に選ばれています。登山道は滝方面に向かっており、途中で滝壺に寄ることができます。本日は水量が少ないことから、たいした滝とは感じられなかったけど、雨量の多い季節などは迫力十分な滝の流れを見ることが出来るのでは。

【行縢の滝 滝壺】
Mukabaki_fall2

 稜線上に出ると小さな神社の祠があり、そこを少し下って、滝に至る沢を渡り、雄岳の稜線に入る。雄岳は屏風のような形をしており、その屏風の縁に当たるゆるやかな登り道を進んでうち、雄峰の頂上に着きます。標高は831m、登山口からは1時間くらいの行程。
 頂上にはさえぎるものもなく、延岡から日向灘まで一望に広がる絶景が楽しめます。延岡市は旭化成の大きな赤白エントツがいいランドマークとなっており、どこがどのへんやら容易にわかる。

【行縢山 雄岳山頂】
Mt_mukabaki_summit

【行縢山 雄岳山頂 南面ルート】
Way

 頂上で、持ってきた「宮崎県の山 (山と渓谷社 1994年版)」というガイド本を見ると、頂上から直接下におりることができる「南稜コース」なる道が載っている。雄岳西南方面は、スパッと切れ落ちている崖なので、ほんとにそんな道があるのかいなと思い探索すると、たしかにそれらしき道がある。ケモノ道みたいではあるが、ロープやらテープがところどころにあるので、人間が歩いてよい道のようだ。しかし、下っていくうち、地図では道は稜線を直下していくのに、今進んでいる道は、稜線から離れ崖を巻いて東方面に向かっている。どうもおかしい。このまま進み道に迷うと、登り返さねばならないのが面倒なので、本日はさっさと撤退して山頂に戻り、元来た道を引き返すことにして、下山した。

 行縢山には登山道を記した地図も設置してある。汚れていて読みにくく、読む気もしなかったので写真だけ撮っておいたが、見直すと、その雄峰からの下り道が載っている。それによると、崖を巻いていくのが正しいルートであり、「宮崎県の山」に載っていたコースは、廃道になっていたのか、あるいは間違いだったようだ。
 登山道については、ネットで検索するときれいな地図が載っていたページがあったので、リンクさせていただく。
「行縢山 行縢の滝」


 行縢山は市内から近く、また登山道もよく整備されているから登りやすい山だ。登りやすいわりには、山に変化が富んでいて、景観もよく、水や緑も豊富。
 これは、いい山です。

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January 24, 2009

凍れる久住山

 1月24日から25日にかけて、九州北部に大寒波が到来し、大雪が降るという予想だ。これは久住は雪まみれの雪山と化しているであろう。久住山は木がない山なので、大雪が積もると、プリンみたいな美しい純白の山となる。これは楽しみだ、わくわくしながら九重牧ノ戸登山口に向かう。
 しかし、どうも変だ。大寒波襲撃はたしかだが、道路上に肝心の雪が少ない。チェーンを巻く必要もなく、登山口駐車場に到着。

 いちおう登山道には雪があったので、アイゼンをはめて登っていくが、たいした雪の量ではない。アイゼンが雪を突き刺して、下のコンクリートに当たってしまう。上に登れば、雪は期待できるかなと思ったけど、ずっとこんな調子で、雪はせいぜい5cmくらいしか地表を覆っていなかった。
 でも、寒いことは寒い。沓掛山の温度計はマイナス10度を指していた。おかげで、土は凍り、雪の薄いところでも道はカチカチ。雪山というより、氷の山であった。

【霧氷】
Hoarfrost

 これは立派な霧氷。
 強風が常に当たっているので、風のかたちをした霧氷となっている。

【西千里からの眺望】
Mt_hosho


 牧ノ戸登山道では、ここから見る久住山の眺めがいちばん立派です。
 左手に星生山、右手に久住山が、両翼を張って聳え、雄大な景色となっています。

【久住山】
Mtkuju


 星生崎から見る久住山。大雪が積もったときは、巨大なプリンと化しているんだけど、今日のは岩もチラホラ見えており、出来の悪いかき氷のような山となっている。
 たんたんと登り、山頂より、それなりに一面白色に染まった九重の山々を眺め、下山。

 ニュースを見ると福岡は大雪が降り、交通機関も乱れて大変であったとのこと。
 しかしながら、大分までは雪はやってこず、今回の久住山はまだ雪山になりきれていなかった。
 2月に期待するとするか。

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November 29, 2008

久住山撤退記

 今年は11月末くらいが紅葉の盛りであろうと予測し、そこに宿を予約して、久住に登山に行くことにした。九重の紅葉は、私は赤川登山口のコースのものが好きだ。赤川方面の久住山は雑木林となっており、色鮮やかに山肌が染まるし、山道には落ち葉が敷き詰められてまるで極彩色の絨毯のようになる。
 そういうのを期待して行ったのだが…
Withered_trees


 紅葉の時期の予想は難しい。今年は寒波の訪れが早く、すでに落葉樹はすべて葉を落としており、枯木林となっていた。落ち葉の絨毯も、もう色を失い、ただの枯葉の山。まあ、こういう冬枯れの山はきらいじゃない。枯葉を踏みしめ、まずは扇ヶ鼻へ向かう。

【11月にしては、あまりに寒すぎる久住登山道】
Hoarfrost

 しかし、頂上に近づくにつれ天候が悪くなってくる。頂上近くは雲がかかっていたのが見えていたので、天候が悪くなるのは予想していたが、なんと雲の中は霰であった。天気図によると今日はシベリア寒気団が張り出していたけど、もろにその寒気が九重を直撃している。その霰が横殴りの強風とともに顔にぶつかり、顔が痛くなる。顔が痛くなるのは我慢するとして、寒さはたいそうなものだ。風に体温がどんどん奪われてしまう。途中で、ノースフェイスのゴアテックスの雨具を着込んだから、楽にはなったが、それにしても尋常な寒さではない。

 霰はいつしか雪になり、吹雪といっていい状態。視界が悪くなるなか、なんとか扇ヶ鼻頂上に着。

【なにがなんやらわからんが、扇ヶ鼻山頂】
Frozen_sumitt

 さて、問題はここからだ。赤川口登山コースは、扇ヶ鼻に登った後、西千里ヶ浜を通って、久住山に登ることになる。今までは林のなかを通ってきたので、なんとか強風は緩和されていたが、ここからは寒風吹きっさらしの中を歩いていかねばならない。しかも視界は極端に悪く、下手したらホワイトアウトの危険あり。難易度の高い山行になる。
 でも、なんども通ってる道だし、地図もコンパスもGPSも持っており、道迷いする可能性は低いと思う。そして「吹雪の久住」というスチュエーションは、それなりに進むのにそそられるものがある。ただし、装備に問題あり。紅葉登山の予定のため、秋用の装備しか持っていない。行動中はなんとか体温は維持できるが、休んだりしたら凍えてしまう。

 11月とはいえ、今日の久住は冬山以外のなにものでもない。それも十分にハードな部類の。
 進むべきか、退くべきか。
 一昨年の10月、秋用の装備で猛吹雪の白馬岳稜線につっこみ、遭難事件を起こしてしまったTさんのことを思い出す。あれは悲惨な事故だったなあ。知ってる人も亡くなってしまったし。

 吹雪の久住、なかなか経験できないから、つっこみたいのだが、万が一、素人が装備なしで遭難してしまったら、みっともないし、世間に多大な迷惑をかけることになる。それはよくない。
 まったくの不完全燃焼であったが、ここは扇ヶ鼻で引き返すことにする。

 それにしても久住山を撤退するなんて、…初めての経験だよ。
 たかが久住、されど久住というところか。(久住さん、ごめんなさい)

 下りは身体の筋肉を使わないから、身体が冷えたままである。どんどん体温が奪われていくのが分かる。寒い、寒いとわめきながら、なんとか登山口に到着。雪まみれで汚れてしまったズボンをはきかえ(スパッツさえ持ってきてなかった)、車に乗る。

 はやく温泉に行って、身体を温めなくては。
 さあ、急げ。
 無量塔の極上の温泉が待っている。

【無量塔の部屋風呂】
Hot_spring


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November 22, 2008

韓国岳(霧島)

 工房見習い職員F君は霧島に登ったことがないそうで、それならここに居るあいだに一度霧島に登ろうかということになった。自転車が趣味のF君なので、自転車で御池あたりの登山口まで自転車で行き、そこから高千穂の峰に登って、下山後はまた自転車で戻ってくるという、ややHard、全行程10時間くらいの登山を予定した。
 しかしF君に当日別の予定ができてしまい、3時間程度の登山しかできないことになった。中止してもよかったのだけど、お気楽登山なら連れて行ってほしいと言っていた者がいるのを思い出し、人数を増やし、えびの高原から韓国岳登山という真にお気楽登山に計画を変更する。
 追加参加の者は、登山などしたことはないけど、そろそろダイエットを考えないといけないと自覚しだした者2名。運動しないといけないといつも思っているそうだ。2名とも、べつだん普通の体型だけどね。
 経験上登山という行為はダイエットにならないと知ってるけど、(登ったあとは、いっぱいカロリーを取るから。とくにビールはいくらでも入る)運動の習慣が身につくと太ることはなくなるから、登山の楽しみを知れば、定期的に運動をするだろうし、ダイエットの援護にはなる。今回は登山の楽しみを覚えてもらうべき、スローペースの登山を予定する。
Duck

 登山口に着く前にまずは腹ごしらえ。
 このあたりで登山するときの腹ごしらえの定番として、蕎麦屋の「かわぐち」。霧島山麓にあります。
 私は冷たい蕎麦しか食べないけど、他のものは寒いので暖を求めるのを兼ねて、鴨南蛮を注文。初めて見るけど、けっこう美味しそう。でも、温い蕎麦って、私の感覚では蕎麦のせっかくの香りも、食感もぜんぶ飛んでしまうから、…私は一生食うことはないだろうな。

Mt_karakuni

 車にてえびの高原着。えびの高原は標高1200m、晴天のもと韓国岳が間近に見える。あと500m登ればいいだけなので、見事なまでに楽勝コース。

 …しかし、ひさしぶりに素人と登ったけど、ほんとに普段登ってない人は登る筋力がないのだな。韓国岳は、親切なことに登山道に10刻みで1合~9合の標識があるけど、1合登るだけで息も絶え絶え。「もう、ここで私たちを置いて行ってくださ~い」とか情けないことを言う。
 先頭を行くF君は、つい行き過ぎてしまうので、ところどころヤンキー座りをして後続の我々をじっと待っている。私は、とりあえず登れ、登れ、一歩ずつ登ればいつかは頂上に着くと、叱咤激励しながらサポートに徹する。もう登れませんとの言葉に、今すれ違った山頂から降りてきた人は70代の人だぜ。君らが登れんわけないだろうとか言いながら、なんとか頂上へ向かわせる。…なんて親切なんだ、おれは。

 私の説明通り、一歩ずつ登っていき、ようやく頂上部、火山口の縁にたどりつく。ここからはべつにたいした登りではなく、道に迷うこともないので、私は2名を置いて、通常のペースで山頂の標識のあるところまでさっさと行く。

Summit

 元気いっぱいのF君に、いまだ遠き場所にいる2名。(赤丸で囲っている)

 ようやく頂上に着いた2名。歓声をあげている。着いての言葉は、
 「苦労して到着した山頂からの眺めは最高です。ここまで励まして登らせてくれてありがとうございました」
 これは、登山好きになれる見込みあり。そうなりゃ、ダイエットは簡単ですよ。

 頂上からの眺望を楽しんだのち、さっさと下山。福岡に用事のあるF君をえびのICのバス乗り場で下ろし、残りのメンバーは東霧島温泉で汗を流す。
 ほっかほっかに温まるいい温泉でした。こういうのは女性が時間がかかるに決まっているから、温泉に入るさい、入浴が終わったのちは車で私が待っていると言ったのに、温泉の気持ちよさについつい長湯してしまい、車に向かったさい待っていたのは彼女らであった。

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