雑感

February 25, 2018

平昌オリンピック雑感:「兄より優れた弟など存在しない」& 高木姉妹の話 

Brothe


 冒頭の句、「兄より優れた弟など存在しない」は、コミック「北斗の拳」からのものであり、この台詞を放った人物ジャギの悪辣なキャラのインパクトもあって、名言・名言の宝庫である当作中でも、もっとも有名なものの一つである。
 この台詞、客観的には「人それぞれだろう」の一言で済ませばいいだけのことにも思えるが、しかし、当事者、すなわち優秀な弟(妹)をもってしまった兄(姉)にとってはなかなか深刻であり、奥が深い、そういう台詞とも言える。

 話は本題に移る。
 8年前のバンクーバーオリンピック、その時スピードスケートの選手のメンバーに15歳の高木美帆が選ばれた。当時のスピードスケートにおける有名な選手は、橋本聖子、岡崎朋美といったところであり、失礼ながらこの種目は、年配の女性が活躍する分野と一般的に認識されていたところ、突如一世代以上違う若い中学生が登場したわけで、それは鮮やかな印象を与えた。
 もちろん彼女はオリンピック選手に選ばれるだけあって、抜群の実績もその若さで築いており、当時は「スケート界の宝」、「日本一有名な中学生」などと称された。今でいえば、将棋の藤井六段みたいなものであり、それほどセンセーショナルなものであった。

 彼女がスケートを始めたのは、兄、そして姉がスケートを行っていたからである。両者とも優秀なスケーターで、特に姉の菜那は小学生、中学生の全国大会で優勝するほどの実力者であった。
 この優秀なる姉に憧れ、その背中を追いかけていた、妹美帆は、じつは天才であった。リンクに上がるたびに速度を速めて行き、その勢いで中学生の新記録を連発して、あれよあれよといううちに実力者の姉を追い抜いてしまった。そして、スピードスケート史上最年少でオリンピック選手に選ばれた。

 姉、高木菜那にとっては、これは面白くないに決まっている。自分のマネをして競技に入った妹が、じつは天才であって、自分が努力のすえに築いてきた地位をあっさりと追い越してしまったのだ。あまつさえ彼女は有名人となり、自分はどこにいっても「高木美帆の姉」と認識されるようになってしまったのだから。
 妹が幼いころは、当然はるかに自分に劣っていたわけで、それを教え鍛えていたら、いつしか自分を凌駕する存在になってしまい、あの台詞じゃないが、「姉より優れた妹がいるなんて・・・」と、忸怩たる、あるいは憤怒の思いはずっとあったであろう。

 とまれ、ここで終われば、「優れた妹が、あっさり姉を追い抜いた」、ありふれた話に過ぎなかった。けれど高木姉妹の物語はこの後二転三転する。

 新星のごとく現れ、将来を嘱望された高木美帆は、しかし、バンクーバーののち失速し、その恵まれた才能を花開かせることはなく、低迷することになった。
 それを横目に台頭したのが姉の菜那である。彼女は妹に強いライバル意識を持ち、不屈の努力を重ね、次のソチオリンピックの代表選手に選ばれるまでに己を鍛え上げた。

 これに衝撃を受けたのが、高木美帆である。一時ははるかに追い抜いたはずの姉が、追い抜き返してしまった。口惜しくないはずがない。
 これからまた姉妹のバトルが始まる。姉妹の専門は中長距離だったので、分野が重なる。オリンピックに出場できる選手には枠があるので、姉妹はその狭い枠を目指して努力するわけだが、とにかく相手に抜きんでねば、出場できるチャンスが大きく減ることになる。
 そのバトルについては、姉妹愛など全くない、とにかく相手に勝たねばの意識の強い、修羅の世界であった。高木姉妹は、両者正直な人であり、そのあたりの事情を赤裸々に語っていて、読んでてたいへん面白いのだが、当事者にとっては面白いどころの話ではなかったであろう。


 そして話はようやく現在、平昌にたどりつく。
 彼女らの切磋琢磨たる努力は、二人を同時に平昌オリンピックに導いた。
 ただし、その実績ははるかに妹美帆が上であった。彼女はその天賦の才能を花開かせ、世界における中長距離の第一人者となり、ワールドカップでは何度も優勝もはたしていた。
 そして高木美帆は平昌でも活躍し、個人種目で銀・銅のメダルを獲得した。残るは金である。

Ceremony

 そして、迎えた団体パシュート。3人のメンバーのうち、2名は高木姉妹であり、彼らは、見事な滑りをみせて圧勝して金を獲得した。そしてこの金を得たのは高木美帆の力に多くかかっていた、というのは衆目の一致するところである。彼女が強大な動力源となり、チームを引っ張ったことによって、あのオリンピックレコードとなる速度を出せたのである。
 もっともパシュートはチームの統一も重要な勝ちの要素であり、日本がそれに最も長じていたのは事実であって、それには高木姉妹の、姉妹ならではのコンビネーションも大いに預かっていたであろう。

 高木菜那は、フィジカルには及ばず、とうてい勝てなかった妹に、それを戦術的にサポートすることにより、お互いを高めて、世界のトップに上り詰めることができたのだ。妹よりも優れていなかった姉は、しかしそれを自覚して、サポートすることにより、己も高めることができたのだ。

 姉妹の厳しき葛藤の物語は、平昌で美しく結実したのである。


 ・・・というふうに、話をしめるはずだったが、この姉妹の物語には次の章があった。

 女子スピードスケートの最終種目「マススタート」の選手に高木菜那は選ばれていた。この種目は競輪みたいなものであって、肉体的な力とともに、智略も要され、全体を通して優れた戦略をめぐらす必要がある。
 彼女は完璧といってよいレース運びで、なんと優勝を果たした。
 妹が個人種目で果たしていなかった金を獲得したのである。

Gold

 天才の姉も、じつは天才であったのだ。今までそれに人が気付かなかったのは、才能の方向が違っていたからであって、姉はきちんとその方向の才能を伸ばしていたのである。

 高木菜那は、これからは「高木美帆の姉」扱いはされることなく、ピンで主役を張れる、本来もっていた実力にふさわしい扱いを受けることになるであろう。そしてそれはさらに高木姉妹の力を向上させていくであろう。

 最初のほうで、スピードスケート界の年齢の話をしたけど、今回500mで31歳で金メダルをとった小平選手の例をみてもわかるとおり、この競技は息の長いものであり、この姉妹の物語はまだ続いて行くに違いない。

 4年後、北京での彼女らの活躍が今から楽しみである。

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December 14, 2017

映画:オリエント急行殺人事件 & 「名探偵」に対する私的考察

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 ミステリ映画の傑作「オリエント急行殺人事件(1974年)を、「超豪華キャストでリメイクした」、というこの映画。前作はたしかに大俳優を綺羅星のごとく配役したオールスターキャストの映画であったけど、今回の配役では大スターといえるのは、ジョニデとペネロペくらいであって、あとは往年の大スターが2~3名、将来大スターになるであろう有望若手女優が一名、残りはまあ普通という、超豪華とうたうには微妙なものであった。
 ジョニデは被害者役なので、そうなると真犯人はペネロペで決まりだろう、と大体のミステリ劇なら想像はつくけど、ただしこの作品はそう単純ではない。
 というのはアガサ・クリスティの原作自体がミステリの代表的古典であって、ミステリ好きなら内容はまず知っているだろうし、また映画のほうも有名な古典的名作であり、つまりはこの映画を観る人の大半は、犯人を最初から知っている、それを大前提として作られているからだ。
 そうなると製作者は、古典の音楽を編曲するかのごとく、いかに現代風にアレンジを利かせるか、というのが勝負になる。アレンジといっても、これほどの古典ミステリを、大改編するわけにはいかないだろうから、原典の本筋を保持したまま、新たな魅力を描出する、そういう手腕が必要になる。どういうふうにみせるのだろう?

 まあ、そんなことをまず考えながら映画を観てみたが、この映画は当たりであった。何より映像が素晴らしい。
 あのころの世界の憧れであった豪華寝台特急が、時代背景そのままに再現され、異様にまでに美しいイスタンブールを出発してから、険しい氷雪の山岳地帯を進んで行き、突然の雪崩による脱線事故が起きる、これら一連の映像美は見事の一言。
 そして、この事故から映画は主に列車内に場面が移り、突然起きた謎に満ちた殺人劇をテーマにさまざまな人間劇が繰り広げられる。

 ここでの劇は、1974年製作の前作が名探偵ポワロの老練な会話術を駆使した推理劇を主体にしていたのに比べ、謎解きは淡泊に進められ、それよりも、列車内にいた人々の「正体」をあぶりだすことにポワロの考察は主体となり、そしてそれはやがてポワロ自体の「正体」もあぶりだすことになっていく。この緊張感に満ちた人間劇は、最後のクライマックスのところ、「犯人は誰か?」ということとともに、「名探偵とは何か?」という問いへも、一定の解答を示すことになり、感動的な終幕を迎える。


 ここで、いったん映画から離れて、「名探偵」というものについて考えてみる。
 いわゆる推理劇、「謎解き」という人々の興味をそそる題材は、古代より多く創作に扱われてきた。これらの謎解きは、種々な立場の人々によって行われてきたのだが、近代になって、「犯罪者を特定できる、もっとも強力な存在であるはずの警察等の公的捜査機関でも手におえないような難事件を解決できる」、超人的頭脳を持った「名探偵」が活躍する推理劇が開発され、それ以降は推理小説は名探偵がセットということになった。

 小説を含めた創作では、様々な職業の人が登場し、それらはほとんど現実に存在する職業ではあるが、こんなに多くの小説が書かれた推理小説において、「名探偵」とはまったくの架空の存在であり、そんな者は現実には存在しない。
 しかし、そういう架空の職業がなぜ創作にこれだけ出てくるかといえば、それは理由は明らかだ。「名探偵」というものがあまりに魅力的だったからだ。

 世の中、ある分野において、何が発祥かという問いは、けっこう難しいことが多いのだが、「名探偵」についてははっきりしている。
 アメリカの作家「エドガー・ポー」が書いた小説「モルグ街の殺人」に登場する探偵「オーギュスト・デュパン」が、名探偵の原点であり、決定版である。これ以後の「名探偵」はすべてデュパンのパロディ、と言ってはなんだが、弟、子、孫、曾孫、そういった存在であり、つまりは派生物である。シャーロック・ホームズが代表的な「子」であり、クリスティ女史創出のポワロは「孫」くらいに位置する。

 さて、現実には存在しないような超人的能力を持った「名探偵」が登場する推理小説は、初期のほうは読者は鮮やかな謎解きを楽しんでいればよかったのだが、そのうちだんだんと問題点が出て来た。
 一番の問題点は、名探偵に精神的負担が課せられることになったことだ。
 推理小説では、通常の捜査では解決困難な難題がテーマになるので、犯人も相当に能力の高い者が担当になる。そうなると、事件が終末に近くなり、真の解答を知るのは、この世に名探偵と犯人のみ、という状況が生じる。それは、犯人を告発できるのは、この世に名探偵一人のみ、という状況であり、つまりは名探偵には必然的に、裁判官的な、人を裁く役が回ってくるのだ。犯人にも、それなりに事情はあるのであって、それを考慮もせずに、ばったばったと犯人を摘発していくことは、名探偵といえど、神ならぬ身、きわめて精神的に負担がかかることであり、こういうことが続くと心が壊れかねない。
 この問題については、当然推理小説創生の早い段階から生じ、特にクリスティと同世代の大作家、エラリー・クイーンにおいて顕著となり、やがては後年のクリスティも直面することになり、読者を当惑させる作品を残している。

 ここでまた映画に戻る。
 しかしながらポワロは、そういう苦悩とは関係ないような名探偵として、冒頭部で登場する。彼は世の中には善と悪の二つしかない、すべては、そのどちらかに分かれるという考えの持ち主で、きわめて怜悧な、あるいは冷淡な精神で事件に対処する。
 ところが、オリエント急行殺人事件では、なにが善か悪か、誰が善人で悪人なのか、非常に複雑難解な状況となり、ポワロは懊悩のすえ、ある決断をくだす。この決断にいたる、ポワロの精神の葛藤劇が、この映画での見せ場というか山場であり、それはとても感動的に描かれていたと思う。とくにその舞台が素晴らしかった。

 以下、その舞台について書いてみる。
 ここからは少々ネタバレを含むので注意。


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【終幕の舞台】
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 推理劇の〆の王道は、容疑者一同を一室に集め、おもむろに名探偵が「犯人はここに居る」と宣言し、それから推理を述べる、というものである。
 オリエント急行殺人事件にもその場面はあるのだが、原作と違い、一同は客車のなかに集まるのでなく、避難先のトンネル内に一列に並んで座っている。
 この構図、誰が見てもダ・ヴィンチの「最後の晩餐」そのものである。

【最後の晩餐@ダ・ヴィンチ】
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 「最後の晩餐」は、いうまでもなく、イエス・キリストが捕えられる前夜を描いた名画である。ここでイエスは、集まった弟子たちのなかに裏切り者がいることを告げ、弟子たちは動揺する、その一瞬を捉えた絵だ。この場面って、容疑者一同集めての、名探偵による犯人(裏切り者)宣告、という推理劇の〆そのものである。
 そして名探偵イエスは、裏切り者はユダ一人だけでなく、お前たち全員だと、アクロバット的な宣言を続ける。身に覚えなき弟子たちは仰天し、そして一番弟子ペテロは、師よなんてことを言うのです、私はけっしてあなたを裏切りませんと主張するが、イエスは、いやお前は一回のみならず三回も私を裏切ると断言する。
 聖書は、最後の晩餐のあと、イエスの言葉とおりに弟子たちが裏切るシーンを、執拗なまでに詳細に描いているが、これらの弟子は将来のキリスト教の主要な布教者であり、特にペトロは初代法王なんだから、もう少しマイルドな描写のしようもあるだろうにと私などは思ってしまうが、ここまでリアルに書いているのは、ようするにこれが当時皆に知れ渡っていた、まぎれなき事実だった、ということなのだろう。
 なにはともあれ、この最後の晩餐における人間劇は、「人間の心の弱さ、卑怯さ」を、厳格に物語っており、そして人間とはかくも弱き存在なので、それを乗り越えるためには、超常的なもの、つまりは宗教が必要ですよ、とそんな結論をつけにいっているのが、聖書という書物ではある。

 そして、現代版の「最後の晩餐」では、人間劇はどう描かれたか。
 さすがに初版から2000年近く経っては、人間も進歩はしたようで、ここで描かれるのは「弱さ」や「卑怯さ」ではない。
 名探偵の指摘に、集まった人々はうろたえることせず、かえって自らの信念を貫こうとする。そして、ポワロの残酷な試しに、そこである登場人物が見せたのは、強い覚悟、強い意志であり、それは人間の精神の崇高性を示すものであった。
 それによりポワロは、心に強い印象を受け、そうして彼は単純な善悪二元論を脱して、次なる高みに脱却していく。
 すなわち、この映画では主人公はポワロであり、主筋はポワロの精神の成長劇だったのである。

 この映画はシリーズ化されるそうで、次は「ナイルに死す」であることが、終幕で明かされているけど、そこでは以前に作られた作品とずいぶんと違ったポワロ像が楽しめそうだ。


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 オリエント急行殺人事件 公式サイト

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May 15, 2016

トスカそれから鮨 @宮崎国際音楽祭&光洋

 5月の連休を主として開かれる宮崎の国際音楽祭。
 その名の通り、実力ある国際的音楽家が招かれ、様々な演奏会を催してくれる、宮崎の年に一度の音楽の祝祭である。

 この音楽祭、けっこうマニアックであり、一般受けするような演目は案外少なく、演奏家のこの曲をやりたいという意気込みが伝わるプログラムが多くて、新しい時代を築こうとする意思が満ちている、そういう音楽祭である。
 というわけで、音楽好きの他県のかたも、どんどん来て頂きたいなあ、とも思う。

【トスカ】
Tosca

 今回、そのプログラムのなかで私が選んだのが、最終日の「トスカ」。
 ・・・じつは、私はあんまり尖鋭的なプログラムは好きでなく、古典的な曲目を選んでしまった。
 演奏は、指揮:広上淳一、ソプラノ:シューイン・リー、テノール:福井敬と、昨年の「トゥーランドット」とメインは同じメンバー。
 あの「トゥーランドット」は熱演であったから、今回も同じような熱演が期待できると思ったら、その通りであり、宮崎でこのような全身の力を振り絞った、ホール中を沸かせる、素晴らしい熱演が今年も聞けたことに感謝。
 来年もまた同じメンバーが来てほしいものだ。

【寿司】
Sushi

 オペラ演奏会のあとは、光洋で夕食。
 いつもながらの美味い鮨とツマミ、それからそれに合わせたワイン・酒をおおいに楽しむ。
 宮崎国際音楽祭は2週間あったのだが、この店もその間、関係者たちで賑わっていただろうと尋ねたら、やはりそうとのことであった。
 そして、彼ら超一流の音楽家は、命なみに大事な楽器を常に持参しているそうで、この時期、光洋以外にも、宮崎の名だたる料理店は、一個何億円もするような楽器が、ゴロゴロと店に置かれており、芸術家の存在に加え、それらの歴史的楽器があるので、店は一種独特な雰囲気になるそうである。

 地方はどうしても外来の文化が弱いのであるが、こういう芸術祭が、いろいろな形で刺戟を与えてくれて、そしてそれから新たなものが築きあげてくれることにおおいに期待。そしてそれは十分、種は播かれていると思う。

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May 03, 2016

五月の嵐:三朝→防府を移動

【5月3日天気図:低気圧 976hPa(!)】
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 三佛寺を参ったのちは、三朝から山口県の防府へ移動。
 たいした距離でもないから時間はかからないだろうと思っていたら、なんのなんの。
 5月3日は西日本を強烈な低気圧が襲い、各地は台風なみの強風および大雨に襲われていた。
 そして午前中、雨はまだ降っていなかったが、強風のために山陰道は通行止めになっていた。そして下道の9号線はGWが災いして、ずっと渋滞である。

【国道9号線渋滞の図】
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 のろのろと進むうち、松江あたりからようやく高速道路に入ることができ、それから松江自動車道~山陽道と走る。
 高速道路は強風のため、一部で50km制限となっており、じっさい吹き荒れる突風で車が揺れるので、普通に速度は出せない。そして午後になって雨が強く降りだし、視界も悪くなった。非常に条件の悪い道路状況であり、 そして夜のニュースで、私が通ったあとに、この高速道で大規模な事故が起きたことを知った。
 こういう、ろくでもない暴風雨のなかを走り、そして防府へ到着。

【防府のホテルで】
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 防府のホテルでチェックインを済まして部屋に入ると、カーテンを伝わって、ぽたぽたと雨が漏れて来る。天井からではなく、強風のために窓のどこかがずれてそこから雨が漏れて来ているようであった。
 このまま水たまりができても困るので、フロントにバケツか何か持ってくるように頼んだ。まずは現状を見にやってきた係の人は、雨漏りを見てしばし絶句していた。そして、バケツじゃ音がうるさいとでも思ったのか、改めて来たときは何枚もの厚いタオルを持ってきて、これでしのいでくださいとのことであった。
 
 今までいくらでもホテルには泊まったが、雨漏りするホテルは初めての経験である。
 このホテルは造りはまっとうであったからして、今回の暴風雨のひどさを物語る事象なのであろう。


 それにしても、「5月の嵐」はさほど珍しくないものとはいえ、GWのまんなかに来るとは、意地悪な嵐であった。
 この日は各地でいろいろなイベントがあったはずで、観光業界もかきいれどきだったのに、せっかくのチャンスを逃したであろう。そして九州では、九州最大規模のサイクリング大会「ツールド国東」がこの日に行われていたはずだが、このレベルの嵐が大分を襲ったのならたぶん中止になっただろうと思ったが、なんと強行されたそうだ。
 おかげで、完走目的のサイクリング大会が、自転車を走らせることも困難な、生還目的のサバイバル大会に化けたとかの報告があとでなされていた。
 三徳山登れなかったとかで愚痴をこぼしている私など、悲惨さにおいて、ぜんぜんたいしたレベルではなかったということだ。

【防府の寿司店】
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 今回の低気圧は足が早く、やってくるのも急激であったが、去るのも早く、あれほど荒れ狂った天候は、夕方になるとすっかり回復し、雨もあがり、空が明るくなった。
 それで周囲を散策し、そこで目にとまった寿司店で夕食をとることにした。
 そうとう昔からやっているような、地元に根付いた、落ち着いた雰囲気の寿司店であった。
 防府の地酒の「佐波川」で一杯やりながら、酒肴、鮨、そしてこの店の名物らしい「納豆高菜巻き」などを食す。
 そして、今までの登山よりもよほどハードであった本日のドライブを思い返しながら、無事にたどりつけてよかったと思うのであった。

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March 01, 2016

国際化時代、料理店も大変である。 :たつ庄@薬院

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 安春計の店主をリーダーとする薬院界隈の寿司店グループの若手のホープの店、「たつ庄」を訪れた。

 ところで、日本は近年海外旅行の人気ある対象に急上昇中であるが、東アジアの玄関に位置する福岡ではその傾向が顕著であり、料理店も外国の方が訪れることが多くなっている。
 とりわけミシュランが刊行されて、そこで星が付いた店は特に人気が高くなっており、そういう店は和食に興味ある外国人がよく訪れるようになっている。
 「たつ庄」も星付き店であり、当然外国人がどんどん訪れるようになっているそうだ。

 美味い鮨とツマミを食いながらの店主との雑談で、そういう話が出て、そして今日も客は大半が中国と韓国からの人だという。
 冒頭で示した写真は、鮨のネタを説明する、中国語の本であり、中国の人にはそれを用いながら食事の説明をするそうだ。さらには、英語のネタ解説表みたいなものも準備されており、店主はそれらを適宜用いながら、鮨を提供していた。

【お手拭き】
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 ただ、寿司店の慣習はやはり独特だな、とも思ったのが「お手拭き」の件。
 寿司店では鮨を出すときに、指拭き用にお手拭きが供される店が多い。それは鮨を手でつかんで食べる人が多いから、ということからなんだけど、「たつ庄」では最初からそれが用意されていた。
 すると、外国の人たちは、店に入って席に着くと、まずそれで手を拭うのである。

 それで女将さんは、「いや、これは違うのです」と、ジェスチャーで示すのであるが、客はきょとんとして、なんだかよく理解できていない。
 そしてそれは入って来る外国の方々がみんなそんなだから、なんだか可笑しかった。

 私の隣に座った韓国からの人もそんなだったから、とりあえず私が「それは鮨が来たときに手を拭うもので、手を洗うためにはもう少し待てばwet hand towelが来ます。私が今使っているおしぼりがそれです」とか説明して、納得はしていたけど、よく考えれば、そういうタオルが二種類あるのも面白い習慣ですね。今まで思ったことなかったけど。

 それからその客は料理を楽しんでいたのであるが、やがてツマミで出て来たミズイカと、鮨で出て来たスミイカがどう違うか疑問に思ったようで、それが私にふられ、とりあえず「イカにもいろいろあって、あっちがソフト、スティック、こっちがハード、エラスティック、いちおうハードなほうがスシにはスータブルなので、スシになっている」とか適当に答えておいたのであるが、・・・寿司の説明って日本語でも難しいのに、これが外国語だともっと大変であると思った。
 さらには、和食だと、さらに複雑な料理が出て来るわけで、京都・東京あたりでの人気和食店ではもっと説明が大変なことは間違いない。

 寿司店や割烹では、料理に加え、店の人たちとの会話も、その店の大切な魅力なのであり、これからの外国人の客が増えて来る時代、彼らへの対応もまた大事なのであり、こりゃ大変だなあと、ひとごとながら実感いたしました。

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February 07, 2015

朝霧の由布院 & 風のハルカ

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 由布院は、盆地のなかに大分川が流れており、また温泉の湧く金鱗湖もあることから、寒い朝には朝霧が立ち、それが盆地全体を覆ってしまう朝霧が発生することで知られている。
 その風景を最も立地よく見ることができるのが、由布岳への途中にある「狭霧台」であり観光名所になっている。

 高速道路を走っていると、別府ICから峠を越えたところで由布院盆地が見渡せるが、そこで朝霧に包まれている由布院が見えた。
 これはいい撮影対象だと思った。この風景の撮影ポイントとしては、まずは「狭霧台」であろうが、本日の目的地は三俣山であり、湯布院ICから降りて、方向が逆なのでほかのポイントを探す。

 朝霧に沈む由布院を撮るには、少し小高いところでないといけないので、すぐに「ハルカの丘」が思い浮かんだ。
 湯布院ICを出てすぐのところにハルカの丘の手前まで行ける道路があるので、その道に入ろうとしたら雪に埋もれていた。入っていける雰囲気ではなかったので、次の撮影ポイント「蛇原展望所」へと向かった。

【蛇原展望所】
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 ここで撮ったのが、冒頭の写真である。
 冠雪の由布岳をバックに、霧をまっとった由布院の風景が、じつに幽玄なたたずまいを見せている。

 この風景を見たことに満足して、長者原へと向かった。

 
 ところで、10年前にNHKの朝ドラマで「風のハルカ」という、由布院を舞台にしての青春劇があった。当然ながら由布院でロケをしていたので、さすがプロが撮った、由布院の名景色が次々に現れ、由布院の魅力を全国的に再認識させてドラマだったと思う。
 そのなかで、主人公のハルカが住む家が、由布院郊外の丘にあり、それが「ハルカの丘」。
 ここは由布岳と由布院盆地を一望に見渡せる良所であり、…しかし旅館とかはなく、10年たった今でも草地のままで開発されることなく、少々残念に思っているところである。
 持ち主(たぶん九州電力)の思惑もいろいろあるのだろうけど、ここは開発してもらいたいなあ、と個人的には思っている。

 10年前には、ここは観光地みたいになっており、そのロケ地を訪ねる人が多かった。

 その頃撮った写真を紹介。

【ハルカの家】
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 小高い丘「ハルカの丘」に建つ、風見鶏のあるこの家が「ハルカの家」。主人公一家の住まいである。

【由布院風景】
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 ハルカの丘からは、由布院全景を見渡すことができる。
 ドラマでは、この風景を前に、主人公の父親が、人生に疲れた憂いを乗せて、懸命にトランペットを吹いていた。

【ハルカの家(その2)】
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 ハルカの家は、じつはハリボテのようなもので、その内部はほとんどなく、家のなかの撮影は東京のスタジオでされていた。
 だから撮影の合間には、このような骨組みだけの姿になったり、ちゃんとした家らしい姿になったりしていて、変化の激しい家だったのだ。


 それにしても、もうあれから10年経ったのか。

 ハルカの家は今は跡形もないが、それでも、由布岳はあのときの姿のまま、あり続けている。

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 風のハルカ NHK公式ページ

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April 22, 2014

STAP細胞ミステリ(2) ―STAP細胞の将来

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 理科研の世紀の発見ということで、大々的にマスコミに報道されたSTAP細胞。
 この大騒ぎはその後迷走していったわけだけど、その迷走劇は意図せずして、3名の個性的な科学者によって為されたことがあとになって分かった。上の写真は、その3名登場のものである。

 STAP細胞の発見史について、簡単に述べてみる。
 STAP細胞の歴史は、小保方氏がハーバード大学のラボで、細胞に化学的刺戟を与えることで、万能性を持つ可能性を持つ、ユニークな細胞(STAP細胞)が発現していることを見つけたことに始まる。
 その細胞は転写因子(Oct4)を発現しており、あらゆる細胞に分化する可能性を持っているはずだった。しかし小保方氏は、その細胞が万能性を持っているということを証明するスキル(技術)を持っていなかった。

 STAP細胞が実在したら、大変な発見である。
 当然ラボの主催者はそれを実証したいと思う。それで、ラボ上司はその発見を検証するために、世界中のその分野のプロに、この細胞が万能性を持っているかどうか実証検査をしてほしいと頼むのだが、誰も首を縦に振らなかった。
 そんな細胞の存在は有り得ないと誰しも思うし、当然に実証実験はお金と時間の無駄になると思っていたからである。ところが、当時理科研にいた若山照彦先生が、その細胞に興味を抱き、STAP細胞が本当に万能性を持つかどうか実験することにしてみた。
 若山先生は、世界で初めてクローンマウスの作成に成功したこの分野の第一人者である。
 若山先生は、1997年に世界で初めて「クローン羊」が作成されたという報を聞き、誰もがそれを信じなく、また実証実験も成功しなかったときに、敢えてマウスを使ってその再現実験を企て、苦労の末に遂にクローンマウスを作成に成功した。それによりクローン羊の実在も証明され、クローン羊を作成したキャンベル博士はノーベル賞を受賞した。

 このように若山先生は、世間が信じないようなことに敢えて挑むチャレンジ精神の豊富な人であり、STAP細胞へも、そのチャレンジ精神が掻き立てられたのであろう。

 ただし、クローンマウスの時と同様に、STAP細胞によるキメラマウスの作成は難航を極めた。今までのES細胞を使ったキメラマウスの作成法ではまったくうまく行かず失敗を重ねるのみであったので、新たな手法を使ったところ、見事にキメラマウスを作成できた。そしてこのキメラマウスはES細胞によるキメラマウスよりも、さらに細胞の初期化が進められていたことが判明し、ここでSTAP細胞の実在が証明された。


 そうしてSTAP細胞についての論文が書かれたわけだが、…Natureに投稿されたこの論文は採用をリジェクト(Reject)されてしまった。
 Natureの指摘には、いろいろと鋭いところがあり、rejectには十分納得できる理由があった。
 それで小保方氏をリーダーとする理科研は、アクセプト(accept)に向けて、追加実験を加えていった。

 その結果STAP細胞の論文はacceptされることになるのだが、この論文はじつに美しい。STAP細胞という信じがたい存在について、ある特定の刺戟によってSTAP細胞が分化した細胞から初期化されて生まれるというストーリー(仮説)が提唱され、それを証明する実験が、いくつもなされて証明を積み重ね、ついにはSTAP細胞の独自性が明快になる、論文のお手本のような見事なものである。

 ただ、今この論文をレトロにみると、あまりに出来過ぎている。
 科学論文は、ある現象について、それが成り立つ理由についてのストーリーを考え、そのストーリーが成り立つ実験が成功されていき、ついにそのストーリーが実在するという証明を持って完結する。

 Nature論文でのSTAP細胞もそうであり、STAP細胞というユニークな細胞が、既存のEA細胞でもTS細胞でも、またiPS細胞でもなく、さらには分化されたリンパ球から初期化された細胞であることが、膨大な実験により証明されている。ついでにいえば、特殊な処理をしたSTAP細胞が、多臓器へ分化できるSTAP幹細胞になれるということまで示しているから、そこまでいけばまさに大発見であり、じつに見事な論文であった。…その実験が本物だったなら。


 STAP細胞の論文の発表から、その存在の疑惑にいたるスキャンダルで、今はだいぶと情報が出てきたのだが、それでだいたい分かったことは、小保方氏はSTAP細胞と名付けられたユニークな細胞を見つけることは成功したが、それがどういう由来で、どういう可能性を持つのか、よく理解できていなかった。
 それで、上司の笹井先生があるストーリーを考えつき、「STAP細胞があるなら、こういう可能性があり、こういうことができる」というふうなアドバイスを与えたようである。(小保方氏にはストーリーを考えつく能力はなかったことは指摘されている。)
 小保方氏は明らかに現場タイプの人であり、そのストーリーに沿って、コツコツと実験を積み重ねてきたのであろうが、そのストーリーを実証するために懸命に努力しても、肝心のTCR再構成と、さらには(余計な実験である)三胚葉性分化を実証することは出来なかった。
 ここでいったんストーリーをチャラにして、新たなストーリーに基づく実験をリスタートすれば良かったのに、小保方氏は、そのストーリーを成り立たせるべく杜撰な捏造の方向に暴走してしまった。それで、STAP細胞は沈没してしまった。


 STAP細胞のストーリーの売りは、「分化された細胞が、単純な外部刺戟により初期化される」ということであるが、そんな奇想天外なストーリーでまず実験を組み立てるより、常識的な線で、STAP細胞は外部刺戟によるinduction(導入)でなく、selection(選択)によって選別されたと考えるのが、元々の実験の流れとしては自然であろう。

 そういう方向でSTAP細胞が立証されれば、「生物の身体のなかには、常にごく僅かに初期化された細胞があり、普段は何の役にも立っていないが、過酷な環境のなかでは生き残り、その結果、何らかの役割を発する可能性を持っている」という生物内モデルが確立する。
 そうなれば、今までinduction説が主流であった成人型の癌細胞の発生についても、「じつは癌細胞はirregularなものでなくregularなものであり、癌組織の形成については、その増殖の方向を間違えたものにすぎない」とかの説も成り立ち、新たな研究が行われ、種々の発明が為される可能性がある。

 STAP細胞論争、小保方氏のやったことがあまりにひどいので、STAP細胞はただの幻であった、と結論づけるのは当然とはいえるが、それにしてはNature論文の実験の結果は捨て去るには惜しいものが多量に含まれている。
 STAP細胞は、私見では再生医療の役には立たないとは思うが、初期化細胞、というか未分化細胞についてのミステリについて、多くの解明の鍵を握る存在に思えるので、リベンジの意味も兼ねて、理科研で研究を続行してもらいたいものである。


 ……………参考………………
 文芸春秋4月号 若山先生のインタビュー記事
 理科研 STAP細胞ついての報告
 Nature letter
 Nature article

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April 21, 2014

STAP細胞ミステリ(1) ―あるいはお化けの証明

 本年度の科学のトピックとして、最大級のものとなるはずであった理科研のSTAP細胞発見については、その後の検証で迷走が続き、なにがなにやらよく分からないことになってしまい、はては当事者どうしで論争が泥沼化して、闇試合に突入している気配がある。

 本年度どころか、あと数十年は科学界の最大級ゴシップとなってしまったであろう、この騒動をワイドショー的に楽しむというのも、ひとつのスタンスであるが、いちおう科学者の端くれ、およびミステリ好きの一員として、私なりに雑感を述べてみたい。

 小保方氏をfirst authorとしての理科研のSTAP細胞の論文は、発表時に世界中のラボの抄読会で感嘆の声とともに読まれたと思う。
 この論文は、誰もが信じないような新しい発見について、膨大な実験を積み重ねて、反論の余地もないまでに、自らの仮説を実証していく、極めて理論だった、まさに「究極の理論の追及」とでも称すべく、エキサイティングでスリリングなものであり、読んでいてたいへん楽しいものであった。

 ただしその後、小保方氏の実験結果の捏造が判明し、この論文の拠って立つ重要な根拠が崩れてしまい、STAP細胞については信頼性が一挙に崩れてしまった。

 小保方氏の「捏造」については、「捏造」どころか、それ以下のレベルの出鱈目なものであり、およそ科学研究の場に身を置いた者なら、誰一人して彼女のやったことについて、理解どころか同情するものもいないであろう。
 今回の騒動について、世間一般人より専門家のほうがはるかに意見が厳しいのは、専門家が「研究において、絶対にやってはいけないこと」を理解しているからである。

 理科研が論文の撤回を推奨したことから、STAP細胞についてはその存在は極めて疑わしくなっている。
 さらに、STAP細胞の発見者小保方氏の、研究者としての資格がきわめて疑わしいから、STAP細胞なんてこの世に存在しない、と判断するのが当然であろう。

 STAP細胞なんて、この世に存在しなかった。これで、この騒動は一件落着。
 で、本来はいいはずなのだが、…どうもそうはいかない事情があるのが、このSTAP騒動の面白いところではある。

 今回のSTAP細胞騒動については、その当事者たちにより色々な記者会見が開かれた。
 論文を撤回すべしという理科研の判断に対して、小保方氏は果敢に挑み、「私は200回STAP細胞の作製に成功した」と反論した。

 ここで記者および視聴者は、誰しも「ならば、その本物のSTAP細胞とやらを見せてみろよ」と、心のなかで突っ込んだであろう。

 ただし、その要求は無茶なのである。
 STAP細胞は顕微鏡でしか実物は見られないし、なによりSTAP細胞は、あくまで分化して多能性を示すことで、実在を証明されるのであり、小保方氏が持っているSTAP細胞やらが本当に多能性を示すことで、初めてSTAP細胞であることが証明されるのだから。

 今、小保方氏はSTAP細胞の実在を主張している。

 存在の怪しいものについては、そのものを明るみの場に出せば、誰もが納得し、話はまとまる。
 これは、いわゆる「お化けの証明」というものである。

【お化けの証明】
Obake

 世の中には、お化けが実在していることを懸命に主張している人たちがけっこうな数いる。しかし、いまだに彼らが世間を納得させられていないのは、彼らがお化けについては、その存在の証明について、状況証拠しか出さないからだ。
 「私はお化けを見た」「ある村ではお化けを見たという報告があった」「ある古書では、お化けのスケッチが描かれている」…等々でお化けを認めさせようとするばかりであり、いかにも胡散臭い。ここで、もし彼らがお化けそのものを連れてきて、会見場に出せば、誰しもお化けの存在を100%納得できるのだが、いまだにそういうことをした者がない以上、彼らが信頼されることは永遠にない。
 これはお化けを、「ネッシー」とか、「ツチノコ」とか、「儲け話」とか、「低線量被曝障害」とか、「雪男」とか、あるいは「神」とかに言い換えてもいいのであろうが、基本的には、「そのものを出せばいいだけなのに、出せない」という言動、言論については、いっさい信用しないのが、社会人としての常識である。


 それで、話はSTAP細胞に戻るのであるが、STAP細胞騒動の極めて面白いところは、こういう問題のある研究者により作成されたSTAP細胞なるものが、Natureの論文を読むかぎり、どうしても実在するとしか考えられないことなのである。

 小保方氏により発見されたSTAP細胞はOct4遺伝子が発現することから、万能性を持つことが期待された。
 ただこれを証明する技術を小保方氏は持っていなくて、当時理科研に所属していた若山先生にその証明を依頼することになった。若山氏はクローンマウス作成の世界的権威であり、ES細胞などでキメラマウスを作製することに関しても卓越した技術を持っていたからである。
 ただし若山氏は従来の手法では、STAP細胞でどうしてもキメラマウスを作製することはできなかった。試行錯誤の末、特殊な手法でついにSTAP細胞でキメラマウスを作製することに成功した。

【STAP細胞によるキメラマウス】
Mouse_6

 Nature letterに投稿された、STAP細胞によるキメラマウスの写真である。
 蛍光色で光っている部分がSTAP細胞由来の細胞である。つまりこの写真により、STAP細胞はマウスの体細胞に分化することが証明されている。
 そして、その蛍光は、マウスの胎児のみならず、胎盤や卵黄膜などの胚外組織にも発現している。
 キメラマウスを造れる細胞としてES細胞やiPS細胞が既に知られているが、それらの細胞は胚外組織を造れるまでには初期化されておらず、ということは、この写真で示されている細胞は、ES細胞やiPS細胞などではなく、それよりもっと初期化されたユニークな細胞であることは間違いない。

 つまり、STAP細胞がない限り、この写真はこの世に存在しないのである。
 
 「お化けを証明するには、お化けを連れてくればいい」、との論からすれば、この写真がある限り、お化けは存在するとしか考えらない。

 STAP細胞騒動について、小保方氏の研究者の資質から、理科研はSTAP細胞を全否定しても良さそうなものだが、STAP細胞の存在についていまだ曖昧な態度をとっているのは、どう考えても、STAP細胞は存在しているとしか思えないからであろう。

 あるとしか思えぬSTAP細胞が、いかに本筋を外れ、迷走の極みに陥ってしまったかについて、次回に私見を述べたいと思う。


 ……………………………………
 マウス胎児の写真は、Nature letter: Nature 505 676-680 (30 january 2014) fig.1より

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March 18, 2014

我が名はローエングリン Ich bin Lohengrin genannt

Lohengrin

 ヴァグナーのオペラ「ローエングリン」のことを調べていて、「ローエングリン」で画像を検索したら、なぜか馬の画像ばかりがずらずらと出て来る。競馬のことなどたいして知らないから、よほど有名な馬なのかと思ってその「ローエングリン」と名付けられた競走馬のWikipediaの記事を読んでみたが、そんなにたいした記録を残した馬というわけでもない。
 ローエングリンって元々はアーサー王の伝説にも登場する、聖杯の加護により超常の力を得た騎士であり、ヨーロッパでは超有名な英雄のことなのだが、本邦ではそういう並み程度の馬にも劣る知名度なのか…

 と妙なことに感心してしまったが、よく考えるとこの知名度も重要なんだなと思い返した。

 ローエングリンというオペラの筋は、「素性を知られると霊性を失ってしまう騎士ローエングリンが、自分の素姓を知らせないことを条件にエルザ姫と結婚したが、超人的存在であるローエングリンの存在に耐えきれず、エルザは騎士に正体を問いただす。騎士は自分の素姓を皆の前で語り、王国を去って行った」というふうなものである。
 「Who are you?」というのは人間の社会生活において、常に根源的な問いというのは分かるにせよ、一国を支える重要人物へ、その国の姫君たるものが、あらかじめ禁じられた問いをするとは何と愚かな、と観客は思ってしまう。

 ただし、それは私たちがその騎士が「ローエングリン」ということを知っているから、とも言える。台本や筋など知らぬ、一番最初に見た観客だって、オペラの題名がローエングリンである以上、正体不明の騎士は英雄ローエングリン以外のなにものでもないと、登場した時点で分かるし。

 けれども、劇のなかの一人物の視点からすると、まったく別のものが見えてこよう。
 エルザ姫にとっては、彼は命の恩人みたいなものなのではあるが、巨大な白鳥の曳く船に乗って後光を背負って突然現れ、無双の剣術を操るわ、超常的な雰囲気を常に身にまとっているわ、自分の正体は絶対に探るななどと要求するわ、で、客観的に考えて、この騎士はどう考えても怪しさ満点の人物である。やることなすこと、ほとんど人間離れしており、もののけのたぐいかもしれない。いずれ王国に害をなしても不思議でない人物でもある。
 そういう怪しい人物と結婚生活を続けるのは、よほど鈍感か、あるいは強靭な精神の人でないと無理であり、エルザ姫の問いは仕方なかったと言える。

  これがもし「ローエングリン」というものの存在が世に知られていたら、エルザ姫は、「もしかしてこの人間離れした人はローエングリンか、その同類みたいなものかもしれない」と思い、多少の我慢は出来ていたかもしれないが、そういう情報がない以上、不安は募るばかりであったろう。

 というわけで、以前の考えを変更して、私はエルザ姫に同情することにした。


 ところで、なぜローエングリンを調べていたかといえば、連休を利用して海外にオペラ・ローエングリンを観に行くからである。その準備に、現代ではいかなる演出でやってるのか、現代の演奏形式などについて調べていたのだが、あんまり面白い情報は得られなかった。やはり、台本を読みながら音楽をじっくり聴くのが一番いい事前準備であるように思う。

 それにしても、ヴァグナーの音楽は麻薬じみたところがあり、聴き出すと延々と聴いてしまいがちになる。そして特にローエングリンというオペラは、全幕似たような音楽が鳴り続け、それがゆっくりと情感を高めて行き、巨大なクライマックを形成していく、ということが何度も繰り返され、この長大な音楽にどっぷりと浸ってしまう。
 そのクライマックスでも、最も盛り上がるのは、ローエングリンが自分の名を告げるところ。
 Ich bin Lohengrin genannt!(我が名はローエングリン!)
 ここの誇り高き高揚感と、群衆の驚きとどよめき、エルザの絶望、全てが極めて高度の表現力でなされ、まさに旋律の魔術師ヴァグナーの芸の真骨頂。

 じつに素晴らしい。素晴らしすぎて、ここの部分の音楽が、頭の中で勝手にエンドレスで回っている状態であり、…少々困っている。

 とにかく、あと数日すれば、この至高の音楽が生で聴かれるわけで、とても楽しみである。


【ローエングリン第三幕第三場 In fernem land】

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February 23, 2014

ソチオリンピック雑感

 2014年冬季オリンピックは時差の関係で、競技のライブ中継は深夜から早朝にかけて行われることが多く、寝不足さえ我慢すればリアルタイムで素晴らしい演技を生で見られる好条件のオリンピックであった。

 オリンピック序盤の楽しみは、まずはフィギアスケート団体。
 ここでは開催国ロシアが、威信をかけて優勝を目指すので、各部門とも精鋭ぞろいである。
 そして、なんといっても注目はプルシェンコ。
 プルシェンコという人は、フィギアスケート界のみならず、己の身体で、技術、芸術とも最高峰のパフォーマンスを演じられるということで、全アスリート界から憧憬されている、いわば「生ける伝説」のような人物である。
 その伝説上の人物の演技を、最高の舞台で、生で見られるという、貴重な経験がこのオリンピックではできるのだ。

 そして、ロシアはフィギア男子の枠は一つしかなく、プルシェンコがSP、フリーとも一人で滑った
 彼の演技は、やはり神がかったレベルのもので、会場は大盛り上がりであった。
 今回の大会では、前評判は羽生、パトリック・チャンの二人が突出していたが、休養復帰後のプルシェンコはジャンプ、スピン、ステップ等、誰が見ても図抜けた演技を示し、観客に、この人は今なお別格ということを知らしめた。

 団体は、予想通り、圧倒的強さでロシアが金を獲り、次は個人戦である。

 今度のオリンピックのフィギアでは、浅田真央の4年越しの銀からのリベンジが話題になっていたけど、それはプルシェンコも同様なのであり、どころか祖国で開催されるオリンピックゆえ、皇帝プルシェンコが個人戦で金を奪還することは、個人の枠を超えた重要なプロジェクトとなろうから、これはプルシェンコも大いに気合いが入った演技をするであろう。
 私たちは、そういうプルシェンコの競技人生集大成のようなSP、フリー、そしてエジュシビションを見ることになる。なんという贅沢であろう。

 そうして個人フリーの日、わくわくしてテレビを見ていたところ、…SP本番前の練習のとき、プルシェンコは妙につらそうな顔をしていて、なにやら嫌な雰囲気である。そうしてその嫌な雰囲気がぬぐえぬなか、彼は演技開始前にレフリーのところに行き、なんとまさかの棄権宣言。
 私はガガーン、とショックを受け、え~、あんなに楽しみにしていたSPが! フリーが!! エキシビションが!!と、その後茫然自失状態となり、あとの選手の演技は、ただ眺めているだけとなった。


 そして、その後さらにプルシェンコの引退も発表され止めをさされ、フィギアについては私はほとんど廃人状態になってしまい、あとはどうでもよくなってしまった。

 世間は、羽生君の金メダルや、浅田真央の奇跡の復活フリー演技で沸いていたようだが、(号外も出てたな)、私はプルシェンコショックが強すぎ、フィギアスケートにはたいして興を持てなかったのが残念。

 ウィンタースポーツ、4年に一度の最高の舞台。
 スキー、スケート、スノボ等々、一流のアスリート達が覇を競い合う、巨大な祭典だったのだけど、…結局、プルシェンコに始まり、プルシェンコに終わってしまったソチオリンピックであった。
 まったく、あのプルシェンコの棄権のシーンは、すでに今年度の最大のトラウマになりつつある。



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