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July 17, 2020

天才が天才を語る @将棋棋聖戦雑感

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 現在の将棋界の最強者渡辺棋聖に、新進気鋭の高校生棋士藤井聡太七段が挑んだ棋聖戦は激闘の結果、藤井七段のタイトル奪取となり、最年少タイトル獲得の記録更新となった。

 ここで将棋の歴史をさらりと解説してみる。
 江戸時代は幕府に庇護されて家元制であった将棋界が、明治維新になってスポンサーを失い、家元制度を廃止して実力制に変更したのち、その世界は中国大陸の歴代王朝みたいなものになった。
 将棋という激しいゲームは、その強さは純粋に才能によって決まるので、強い者は子供の頃から図抜けて強く、その強さは頭の体力が弱って来る40才代まで持続する。そして将棋の世界では、真の天才はだいたい25年に一度くらいの周期で出現する、というのが今までの歴史で分かっている。人類って、それが種としての能力の限界のようなのだ。この25年に一度の天才が覇者となって将棋界を20年間くらい統一し、その力が衰えてくると群雄割拠の戦国時代がしばし続く。やがてそのうち棋界の法則に従い、一人の超天才がまた出現して棋界を統一する。そういうことをずっと繰り返してきた。
 おおざっぱにいえば50年代から70年代までが大山康晴の時代、70年代から90年代が中原誠の時代、そして90年代からが羽生善治の時代である。羽生は平成の30余年を第一人者で棋界に君臨することになった。鬼神とも畏れられたその強さは、しかし近年となってさすがに衰えて来て、ずっと保持してきたタイトルを次々と手放すことになり、そこから将棋界は一時期8人もの棋士で8つのタイトルを分け合うまさに戦国時代になった。こうして将棋界は、次代の覇者を迎えるばかりの状況となった。
 その時代の覇者は誰か? ということに関しては4年前に既に答えは出ていた。2016年に当時中学生の藤井聡太がプロ入りしたからである。彼がやがて棋界を制覇する器であるのは衆目の一致するところであり、そしてあとは、いつ彼が棋界の覇者になるのかということだけが将棋ファンの関心となっていた。

 羽生級、藤井級の天才は滅多に出てこないけど、しかし、今回の挑戦を受けた渡辺棋聖だって大変な天才である。なにしろ彼も中学生の時にプロになり、20歳にして将棋界最高位の一つである竜王を獲得し、それから現在に至るまで何らかのタイトルを保持している、将棋史に残る名棋士であるのは誰もが認めるところである。
 そして渡辺は頭の回転が早く、笑いのセンスもよくて、彼の将棋の解説はとても面白く分かりやすい。また文才もあってブログや週刊誌のエッセイも質が高い。さらには元棋士であった妻はメジャー少年雑誌に連載を持っており、そこで渡辺棋士のリアルな将棋生活が楽しくかつ詳細に書かれている。渡辺は将棋界随一のスポークスマンであり、その棋譜とともに、将棋界への貢献度は非常に高いものと言える。
 しかしながら、羽生が日本中誰でも知っている有名人なのに比べて、渡辺の人気は将棋界に限定されていて知名度ははるかに低い。渡辺明の名を聞いたのは、今回の藤井新棋聖誕生のニュースが初めて、という人は多かったろう。
 渡辺明の有能さに比して、その待遇はあまりに低すぎる、と私などは残念に思っているのだが、その原因については、渡辺明がキャラクター的に地味であったからというのが定説になっており、これは本人にはどうしようもないことなのであって、重ね重ね残念である。これについては当人が漫画で茶化して述べていて、まあ面白いけど、ちょっとかなしい。

【将棋の渡辺くん(1)】

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 渡辺明は将棋の評論家としても出色の才があり、その核心をついて正直な評は参考になることが多い。
 渡辺明は強敵ぞろいの羽生世代(羽生、森内、佐藤、郷田等々)と互角以上に戦い続け、さらには自分より若い世代の挑戦を退け続けてきた強者であるが、ついに渡辺時代というものは築けなかった。いや、渡辺の棋士人生では今が最も強いのは明らかであり、羽生世代がすっかり衰えた今、彼が覇者になる可能性もないことはなかったのだが、藤井聡太の台頭があまりに予想通りであったため、その実現は極めて可能性が低くなった。渡辺自身がそれを確実に想定しており、将棋界は羽生時代ののち自分たちがゴチャゴチャ争っているうちに、藤井くんがそれを横目に一挙に抜き去り、自分たちは藤井くんを追いかける存在になるであろうと既に一昨年の時点で言っていた。

【将棋の渡辺くん(2)】

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 渡辺明ほどのトップレベルの棋士になると、トーナメント戦上位か、タイトルリーグでしか棋戦が組まれないため、新人棋士は指す機会がほとんどないのだが、藤井は強いのでトーナメント戦を容易に勝ち抜き上位に上がって来るので、プロ入り二年目にしてさっそく渡辺と対戦が組まれることになった。
 それはトーナメント朝日杯の決勝戦であった。渡辺は藤井との対戦に対し、こちらは長くプロでトップをはってきた先輩だ。いくらなんでも今はまだ自分の力のほうが上だろう。ここは、「おれと戦うなんて10年早いんだよ」、と圧勝して先輩の貫録を見せつけてやる、という予定だったのだが、あに図らんや、自分のほうが鎧袖一触されてしまい、藤井は想像以上にはるかに強い、自分はもう抜き去られているのではなかろうかと考え、いや待て、藤井とて万能というわけではない、苦手な戦法や指し方もあるであろう、自分はそれをしっかりと研究して勝負に持ち込まないといけないと自省した。

【将棋の渡辺くん(3)】

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 それから2年が経った。
 藤井はついにタイトル戦である棋聖戦トーナメントを勝ち抜き、最年少記録で挑戦者となった。
 渡辺棋聖は最も手強い挑戦者を迎えることになった。渡辺は藤井の強さは十分に知っているが、相手はまだ17歳、そしてマスコミの注目を大いに浴びるこの一戦では、なんとしてでも勝たねばならない大一番である。渡辺は宣言通り、対藤井戦へ徹底的な研究を重ねてこの戦いに臨んだ。

 今回の棋聖戦の全四局は、将棋史に残る熱戦ぞろいで、どれも大変に面白かった。渡辺は精緻を極めた構想で、中盤までに優位を築く。しかし藤井は盤面全体を使った妙手奇手のたぐいを繰り出し、局面を複雑極まりないものに誘導する。そして終盤に近づき、最善手をずっと続けないと勝てないような際どい局面にいたると、たいていは渡辺が最初に最善手を逃す立場になり、するとそこを起点として一挙に藤井が優勢を築きあげそのまま押し切ってしまう。こういう戦いが繰り返され、結果3勝1敗で藤井が最年少でタイトルを獲得したのは全国に大きく報道されたとおり。

 この棋聖戦について渡辺明がブログや談話で述懐しているけど、我々からは拮抗した名勝負にみえていた各局も、渡辺にとっては、競いあっているうちに、相手から予想もしない手が次々に出て来るので、自分がどう指したらいいのか分からなくなり、良い対応手を見つけられずに、ずるずると負けに引きずり込まれていった、もう棋力が違っていて、お手上げとしかいいようのないものであったそうだ。しかし、相手が圧倒的に強いということは分かったが、まさかこのままずっと負け続けるわけにもいかないので、なんとかさらなる研究を積み重ね、彼の弱点をみつけ反撃の手がかりにしたいとも語っていた。

 天才のことは天才が最も知っているのであって、今回の藤井新棋聖の強さの本質というのは渡辺の批評がたいへん分かりやすく、有難いものであった。

 私は、昭和50年代、谷川浩司の名人奪取の頃からずっと将棋を観戦しているけど、羽生の台頭から君臨あたりが、棋譜そのものも、世間の盛り上がりも一番面白かった。そして羽生に続く30数年ぶりの新覇者の登場、これによってあと30年間はまたスリリングで熱い棋戦の数々を楽しめそうである。人生の新たな楽しみが出来たことに感謝。

 …………………………

・ 記事中の漫画は、伊奈めぐみ著「将棋の渡辺くん」から。漫画自体も面白けいど、wikipediaに書かれている執筆に到る過程もまた面白い。

 

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Comments

私ゃ将棋そのものの価値が解らんです。
25年に一度の天才なら理論物理学か超拝金主義なる
次世代のイデオロギー創造に着手して欲しい。

Posted by: 天ちゃん | July 23, 2020 11:07 PM

天才の存在と出現は人類の大きな謎の一つですが、私としては「天才」は歴史が生み出す自然現象のように理解しています。歴史をみると、この時代にはこんな天才が必要であるというときに、そういう天才がうまい具合に出現しますから。そして天才の生まれないときって、それは時代が天才を必要としないときだと思います。理論物理の天才にしろ、昔のように綺羅星のごとき物理の天才たちが出現したときと違い、現代はそういう天才が必要でない時代なっているのでは。

Posted by: 湯平 | July 27, 2020 05:56 PM

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