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November 16, 2019

ブルックナー第八交響曲@メータ指揮ベルリンフィル公演

 Bpo

 福岡市でメータの指揮によるブルックナー第八交響曲(以下ブル8)の公演があるとのこと。ベルリンフィル演奏とのことで大変そそられるが、S席36000円という値段は、ブル8のような本邦では決してメジャーではない曲目では強気と思われ、私もしばし逡巡したのだが、ブルックナーの交響曲の金管強調の大型なもの、第5や第8は、ベルリンフィルやシカゴ響みたいな超高性能デジタルタイプオーケストラで聴いてみたく、だいたいベルリンフィルが九州に来ること自体が珍しく、さらには名指揮者メータ氏も今年は御歳83才ということで、いつ引退するや分からない、ということもあり、結局チケットをゲットしてみた。それにしても、私がクラシックを聞きだした頃は、メータって「若手の有望指揮者」という位置づけだったんだが、もうそんな歳になっているんだ。そりゃ私も歳取るわけだよ。

 そういうわけで、久々に福岡市へ。会場のアクロスに着いてみたら、当日券は売り切れとの看板が出ていた。こんな一般受けするとも思えない曲の高額演奏会が売り切れとは、福岡市おそるべし、と思った。

 肝心の演奏については、とても素晴らしいものであった。
 ブル8の第一楽章、私はじつはこの楽章は苦手であった。何か大きな深刻な感情があり、ずっとそれを引き摺りながら進む音楽。解決に向かいたい、解放に向かいたい、そういう情熱はひしひしと感じられるもの、一歩進んでは二歩下がり、安らかな休息にやっと入ったと思ったらすぐにまた格闘の場に戻って来る、そういうことを繰り返しながら、最後は何らの解決策もないまま諦めの境地で終わってしまう。大規模で大迫力のある音楽なんだけど、カタルシスがない、やるせない音楽、そういう印象であった。いや、ナマで聴いても印象はその通りであったのだが、ナマだと、音楽が生まれ、それが消え、また生まれ、なんだかある巨大な生命集合体の生ける歴史がダイレクトに見えて来る、特異な圧倒的な経験ができた。これはブルックナーという稀代の大作曲家の傑作を、名指揮者が世界有数の高性能オケを使って演奏したからこそ感じられる、得難いものであった。

 そしてずっと何らかの抑圧を感じていた第一楽章のあと、それを受けて第二楽章は主題を前進、発展させていき、そして爆発する。明らかに景色が変わる。ここにはあの苦しい第一楽章をくぐり抜けて来たものしか得られない。新たな世界がある。その世界に入ったのちは聴衆は音楽の激流にただただ飲まれ流されていく。

 弟三楽章アダージョ。ブルックナーの書いたもののなかで、いや音楽史上で、最も美しい曲。そして深遠な思索を奏でる曲。あまりにも美しい弦の調べのなかに、ホルン、そしてはープが世界の神秘の答えを告げるがごとく、荘厳な調べを奏で、それらの調べが絡み合い、もつれながら、壮大なクライマックスへとたどり着く。あまり出番のないシンバル奏者は、このクライマックの前に立ちあがり、来るぞ、来るぞ、との雰囲気を開場に満たし、そしてクライマックスでバーンとシンバルを鳴らす。ライブならではの迫力。

 フィナーレは、弦楽器のリズムをバックに金管群がファンファーレを鳴らし出すと、一挙にオーケストラの楽団員が倍に増えたかのごとく、オーケストラの音量が膨れ上がり、さらにはこれに凄まじいまでの迫力をもったティンパニが加わって、音の大饗宴が続く。野蛮な、とでも称したい生命力あふれたオーケストラの大饗宴は、ずっとこのまま続いてほしいと思うくらいの充足感をもって進行していくが、やがては全ての楽章の主題をまとめていくコーダに突入し、そしてオーケストラの全力を振りしぼったがごとく輝かしい音を放って終宴となる。

 素晴らしい、じつに素晴らしい。

 ・・・のだけど、まだ残響が残っているのに、拍手した聴衆が少数ながらいたのには心底腹が立った。ブルックナーの音楽って、残響が消えるまでがブルックナーの音楽なのであって、そういう風に作曲されている。それはブルックナーの理解の初歩中の初歩だろうに。ブルックナーの音楽の最後の音が響いたのちは、あれが消えるまで余韻を存分に味わうという幸福な音楽経験をして、それから全ての音が消え去ったのち拍手、が本道というものである。だいたい、それを知らぬ客のために演奏の始まる前にわざわざ会場放送で、「福岡シンフォニーホールではマナー向上に努めています。指揮者の手が下りるまで拍手は控えてください」って流されていたのに、なぜなんだろう。いまだに腹が立つ。ただ、3年前にプロムシュテットが宮崎市でブル7を振ってくれた時、やはり開演前にスポンサーの局アナが舞台に出て来て、「ブルックナーは残響が消えるまでが演奏です。拍手はそのあとにしてください」と具体的な指示をしたのに、終楽章が終わるやいなやただちに拍手、さらにはブラボーと叫ぶ人がけっこういたのに辟易したから、そういう人たちが一定数紛れこむのは仕方ないのだろう。でもそういう「分っていない」人たちが高い金払って、ブルックナー聴きに来る理由がよく分からない。ブルックナーって基本的に「信者」しか聴きに来ない作曲家だし、だいたい「信者」じゃないと、あの長い、難しい曲を、狭い椅子に長時間座って聴けないと思うんだけどなあ。

 以上、「信者」の愚痴でした。

 

 

 愚痴で〆るのもなんだから、ブルックナーへの私流の賛辞も書いておく。
 ブルックナーの音楽、生で聴いてあらためて実感したけど、交響曲ってここまで複雑にして深遠な音を出せる、ということに感嘆した。もちろん、交響曲ってあらゆる種類の楽器を使って合奏するわけだから、その組み合わせによって無限といってよい音が出せるのは分かるけど、その無限に近い音のなかで、それがブルックナーのような崇高にして深遠な調べに結実するのは、たぶん針の穴を通すがごとき困難さを要する作業だと思う。
 交響曲という分野は、いったんはベートォヴェン(特に第九)によって頂点に達して、その達成したあまりの完成度によって、「後世の作曲家は、もはや交響曲を書く気になれない」てなことをブラームスが言っていたりするわけで、じっさいベートォヴェン以後、大作曲家によりいくつもの交響曲は書かれたものの、ベートォヴェンに比肩するようなものはついぞ書かれなかった。そして、そのままだと、交響曲という分野は、そこで完結してしまいかねなくなっていた。

 そこにブルックナーが現れた。って、彼はべつに交響曲の救世主たろうなどと思ってこの分野に進出したわけでなく、交響曲を書くことが己の人生そのものと固く信じ、その道を突き進んできた。けれどもその作曲家人生は決して幸福なものではなく、彼の書く交響曲はその時代にとってはあまりに規格外であり、理解されずにいた。今回聴いたブル8でさえ、当人にとっては畢生の大作だったのだが、途方もない努力の末書きあげたのち、演奏を依頼した指揮者には、無視されるか、あるいは演奏不可能です、と突き返され自信を喪失し、何度も曲を書きなおしたり、さらには昔の自作へも自信を失いその改訂さえやりだしている。

 同時代には評価されず後世で評価された天才って、たいていはたとえ周囲が理解せずとも己のみは自分の天才を信じているものだが、ブルックナーの場合はそういう自負心は得られず、ずっと己の天才性に疑義を感じながら作曲人生を続けねばならなかった。それでも彼が作曲を死ぬ当日まで続けたのは、「自分には音楽しかない」という、強固な信念があったからだ。まあ、世の中には今でもそういうぐあいに「自分には○○しかない(○○は美術、音楽、小説、詩等なんでもいい)」と思い込み、その○○に人生を浪費して終わってしまう凡人はヤマほどいるわけだが、極めて稀に、そのなかに真の天才がいて、その人たちの仕事は後世に残ることになる。そしてブルックナーはそういうなかでも、超弩級の傑出した天才だったので、見事に彼の信念は実ることになった。

 じっさい、ベートォヴェンによって袋小路に入ってしまったかに見えた交響曲は、ブルックナーの手によって新たな扉が開かれた。ベートォヴェン第九の終楽章は、冒頭の不協和音、各楽章のテーマの否定等、苦心惨憺して新たな音楽の扉を開こうとして努力しているけど、結局その扉開けるのを諦めて、合唱へと逃げている。けれども我々はブルックナーによってその扉が開けられたことを知っている。交響曲はまだまだ新しい響き、新しい音、新しい旋律があることを知った。あの偉大なベートォヴェンの先にもまだ傑作の森があることを教えてくれたのである。

 世の芸術には、残念ながら、もうピークを過ぎ、我々はもはやその分野の新たなものは望めず、昔の作品をどう解釈するかにのみ興味が絞られている、そういうものがじつは数多い。しかし、ある大天才の出現により、それに新たな生命が吹き込まれ、その分野が蘇ることもある。ブルックナーの達成した業績はその重要にして貴重な一例だと思う。

 

 

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