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May 02, 2019

映画:アベンジャーズ・エンドゲーム

Avengersendgame

 10年近くにわたって続けられてきたハリウッド大作映画シリーズ、「アベンジャーズ」の最終章。
 アベンジャーズはキャラが多く、それによって派生した作品も多いので、全部は見ていないものの、主筋はアイアンマンとキャプテンアメリカが動かしており、彼らが出ている作品はだいたい見ているし、なにより直接の前作インフィニティ・ウォーも見ているので、本作品も事前学習なくとも問題なく見られると思っていた。

 ところが冒頭近く、全然知らない人物が宇宙空間にド派手に現れ、それが神のごとき超常的パワーの持ち主であり、「いったい、こいつは何者なんだ。こいつが最初から登場していれば、サノスなんて鎧袖一触じゃなかったんかい」とか思ってしまい、上映中ずっと気になってしまった。
 あとでパンフレットで確認すると、それは宇宙の英雄キャプテン・マーベルで、前作の最後でニック・フューリーが助けを求めるためにポケベルで連絡をとった人物その人なのであり、きちんと伏線が張られていていたのであった。しかし映画「キャプテン・マーベル」はつい最近上映まで上映していたけど、インフィニティ・ウォーにつながる作品とは思えず、食指がうごかず見逃してしまっていたのは残念。あれ見ていれば、彼女が登場したとき、待ってました、とのカタルシスが得られたのに。

 そういうわけで冒頭は躓いてしまったけど、3時間かかるこの大作、見どころ、見せ場がずっとスピーディに続き、たいへん楽しく見させてもらった。

 

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 以下の感想、少々ネタバレあり。

 

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 この映画の前半は失われたアベンジャーズを復活させるための、生き残りのメンバーによる冒険談である。それは単なるバトル、知力戦に留まらず、それぞれのメンバーの人生をたどるものであり、静かな感動を呼ぶシーンに満ちていた。
 とりわけ、ブラック・ウィドウの物語。改造人間であるブラック・ウィドウは一般人からすると最強レベルに強いのであろうが、超人ぞろいのアベンジャーズのなかにあっては最弱レベルであり、あんまり役に立っているようには思えなかった。しかし彼女にはその知能と責任感によって、生き残りのメンバーのなかで最も精力的に仕事を行い、そして重大な役張りを果たすことになる。
 アベンジャーズのなかにあって端役であるブラック・ウィドウに、スカーレット・ヨハンソンのような大女優を使うことに私は違和感を感じていたが、しかしこれほど重要な役に成長するなら、それは正しい選択であったことが分かった。・・・しかしながら、スカーレット・ヨハンソンの代表作がどうやらアベンジャーズになってしまいそうなのはいかがなものかとも思ってしまう。「真珠の耳飾りの少女」で有名になったころの彼女が、こういう方向に進むなんて全然予想できなかったなあ。

 そして物語の後半、苦難のすえアベンジャーズが蘇り、勢ぞろいして、リーダーであるキャップの号令、「アベンジャーズ集合!」のもとに始まる大バトル、これは迫力満点であった。とりわけ、ワンダとサノスのタイマン、「ワンダってこんなに強かったのか」と感嘆してしまうほどの圧倒的パワーを見せ、アベンジャーズではキャプテン・マーベル除くと、じつはワンダが最強なのでは、と思ってしまった。まあ、ワンダが叫んでいたごとく、あれはワンダがキレたから強さが増強したらしきせいもあるみたいだが。
 やがて戦闘が続き、敵の強力兵器にアベンジャーズが押されるなか、キャプテン・マーベルが雲のなかから突如現れ、登場するやとんでもない無双ぶりを発揮する。この人ひとりいたらアベンジャース必要ないんあじゃね、って思うくらいの強さで。しかしキャプテン・マーベルって、なんでいっつも遅れてやってくるのだろう?

 などなど思ううち、やがてサノスとアベンジャーズの物語は解決に向かう。前作で、ドクター・ストレンジがトニーに謝って「There was no other way. これしか方法がなかったんだ」と言って消え去ったが、たしかにそういう方法にて。それにしてもこのシーン見て、インフィニティ・ウォーを思い返し、これが唯一の解決法かよ、ひでぇ話だな、ドクター・ストレンジってなんてひどいやつなんだ、そりゃ謝るわけだ、とか思ってしまった。さらにはなにか他に方法がありそうに私には思えた。それこそ、キャプテン・マーベルがいるだろう、というふうに。ただし、そういうのは誰でも思いつくことであり、ドクター・ストレンジの言を信じるなら、ドクター・ストレンジはそういうのを当然含めて、無限に近い選択肢を試したのち、サノスに勝てるには結局あれ一つしか見つけられなかったわけで、まあ仕方なかったのだろうなあ、と無理に納得した。

 大対決が解決したのちは、アベンジャーズ個々の物語に移る。
 映画は、アベンジャーズの主要人物、―冒頭のポスターに出ている者たちのエピローグを語る。それは彼らの人生を語りきっていたり、あるいは新たな人生の幕開けを告げたりで、この10年間彼らにつきあっていた観客として、胸に迫って来るものがあるいいシーンの数々であった。

 莫大な費用をかけて、良い脚本を練り、一流の役者を雇い、そして最新レベルの映像を撮る。まさにハリウッド映画の見本のような映画であり、存分に楽しめた。
 平成の時代、映画の技術は革新的に進歩したが、令和の時代を迎えて、さらに面白く、楽しい映画の数々を経験していきたいものだ。

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 アベンジャーズ・エンドゲーム 公式サイト

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