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April 2019の記事

April 30, 2019

平成最後の日は、出雲北山を縦走して、出雲大社参拝

 平成31年4月30日は平成最後の日である。それで何かそれにふさわしい登山をしようと思い、出雲の山を登ったあと出雲大社に参拝するという計画を思いついた。うまい具合に出雲大社は裏に弥山という山があり、そして弥山は出雲北山山系に連なっているので、その山系の入り口から登って弥山で下りると、ダイレクトに出雲大社に参拝することができる。
 ということで、出雲北山へGo。

【出雲大社駅 「はたでん」】

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 出雲大社まではまずは車で行き、それから出雲大社駅の「はたでん」に乗って、登山口の位置する旅伏駅へ行くことにする。
 この「はたでん」は地元の私鉄「一畑電車株式会社」の運営する鉄路であり、島根のようなところで私鉄が維持できていることに感心してしまった。そこにはいわゆる「地元の人と企業の血のにじむような努力」があるのだとは思う。九州なんて、純粋民間資本の私鉄は福岡にしかないのだから。

【旅伏駅】

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 乗り換えを挟んで旅伏駅に到着。なんだかけっこうな距離を移動してしまった。これは歩いて戻るの大変そう。

【登山口】

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 旅伏駅からの出雲北山縦走は金山の中国自然歩道を使うのが普通だけど、地図をみると、その一本手前の尾根に登山道を示す破線があったのでそれを使用してみた。これは登山口の鹿除けゲート。弥山で下りたところの登山口にも同様のものがあったので、出雲北山は鹿の多い山のようだ。

【登山道】

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 林道を歩くうち、その道は尾根から外れていくので、途中で尾根によじ登り尾根を行ったが、そこはもはや登山道として使われてないらしく、道は相当に荒れていた。どうやら先の林道をそのまま行くのが正解だったようだ。

【宍道湖方面】

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 この尾根は南側が切り立っており、それで眺めはよい。
 山陰の名所、宍道湖を望むことができた。

【ギンリョウソウ】

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 荒れた林を歩くうち、ギンリョウソウを見つけた。
 さほど珍しいものではないけど、その色、姿が独特すぎるので、見つけるとやはり嬉しくなる。

【一本松】

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 荒れた登山道は一本松手前で自然歩道と合流。ここからは歩きやすくなる。

【旅伏山山頂】

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 最初のピークは旅伏山。この山はよく整備されていて、視界は開けている。

【鼻高山】

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 出雲北山縦走は標高ほぼ0mのところから、最高地は536mまで登るコースであり、ここがその最高地。登る高さはたいしたことないと思えるけど、じつは縦走路はピークがいくつもあり、その傾斜が急であることもあって、かなりタフなコースであった。

【激坂解説】

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 それぞれのピークはなだらかになってなくて、傾斜がきつく、特にきついところを解説したものがあった。

【出雲ドーム】

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 縦走路を行くとき、樹の合間から出雲平野が覗くが、そのなかで最も目立つのは出雲ドームであった。

【弥山山頂】

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 いちいち数えてはいなかったが、とにかくけっこうな数のピークを登り下りし、ようやく最後のピーク弥山に到着。弥山という名の山は日本中いたるところにあるけれど、元の意味は「世界の中心」であり、出雲大社の裏に位置するこの山は、その名にふさわしいと言えよう。もっとも、弥山(=須弥山)の概念は仏教によるもので、神社との整合性についてはなかなか微妙なものがある。

【出雲大社】

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 その弥山山頂から、本日目指す出雲大社を見下ろす。大鳥居につながる、こんもりした森が出雲大社である。

【出雲大社】

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 弥山から下山すると、すぐに出雲大社に到着。本日のゴールである。旅伏駅からおよそ17kmの行程であった。
 ここで、参拝をして、本日のミッション終了。

 

 明日からは平成を離れ、令和の日々を過ごすことになるわけであるが、時が過ぎたとき「元号が変わる一日前、平成最後の日は何をやっていただろう?」と思い返すことがあると思う。その時、平成最後の日はこういう印象的なことを行っていたので、「あ、そうだ。出雲大社に登山参拝をしたんだ」と容易に思い出すことができるであろう。
 本日のミッションは、令和を生きる将来の私にとっての、良き贈り物となったはずである。

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April 29, 2019

寿司:鮨とみ田@出雲市

 島根県の寿司店ではたぶん最も有名な店「とみ田」を訪れてみた。
 この店は相当前から江戸前スタイルの鮨を出し、当時の中国地方では珍しい存在であったので、一度は訪れてみたかったものの、島根を訪れる機会が乏しく、今回が初めての訪問となった次第。

【出雲三種の酒】

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 出雲は酒どころであり、良い日本酒を製造していて、それらを飲み比べ。

【ノドグロ】

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 出雲は良港があるので、店の素材はもっぱらそこから仕入れている。
 これは立派なノドグロ。酒も進む。

【鮨】

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 鮨も当然、地獲れの魚を主に使ったものが出て来る。
 握りはこぶりで、ネタにはあらかじめ味をつけて出されてくる。
 これらの鮨は、きつめの酢〆やヅケ等のコテコテの江戸前鮨ではなく、新鮮な素材の良さを生かして店主流にアレンジしたものであった。

 店主は広島で江戸前鮨を習い、それから平成4年に出雲に店を出した。当時は江戸前鮨は地元にはなかなか受け入れられなかったが、店主は適宜改良を重ね、今ではとみ田流といってよい独自の鮨をつくりあげ、観光客のみならず、地元でも人気の寿司店となっている。それゆえ、店は地元の人、観光客、あるいは出張中の人達でにぎわっていた。

 出雲にとみ田ありと言われていた店であるが、そのとおりの良い店であった。

 

 

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新緑の三瓶山@島根

【北の原駐車場から三瓶山を見る】

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 GWの前半は天気が不安定で、3日目は全国的に雨との予報であり、たしかに起きると外は雨が降っていた。それで本日は山には行かず、世界遺産の石見銀山にでも行こうかなと思って車を走らせていたところ、だんだんと雨が上がって来た。
 となると、この近くには中国地方を代表する名山「三瓶山」がある。ダメ元で登山口まで行ってみようと行き先を変更した。
 北の原の登山口に着くと、山そのものはすっぽりと雲のなかにあったが、いちおう雨は降っていない。ならば滅多に来るところでもないので、登ってみようと登山開始。

【姫逃池】

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 登山口近くの池、姫逃池。
 新緑の季節であり、芽生えたばかりの緑が瑞々しい。

【登山口】

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 姫逃池コースから登山開始。
 三瓶山はよく整備された山であり、たくさんの登山道を持っており、うまくいけば男三瓶山と女三瓶山を周回できそうだが、あの雲の状態ではたぶん無理だろうなと予想する。

【自然林】

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 三瓶山は自然林がよく保存されていて、森林浴気分での登山が楽しめた。

【男三瓶山山頂】

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 三瓶山の最高峰の男三瓶山山頂に到着。
 下から見ていたとき、ここは雲のなかであったが、着いてもやっぱり雲のなかであり、視界は利かず、そして暴風が吹き荒れていた。標高1000m以上はまともに行動できる状況でないので、女三瓶山まで行くのはあきらめ、写真を撮って、さっさと退散することにした。

【三瓶山@浮布池から】

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 下山したのち、三瓶山近くの観光名所浮布池に寄って、展望所から三瓶山を眺める。
 先ほどより雲が上方に上がり、全体像らしきものが見えていた。
 火山特有のなだらかな円錐形の峰を連ねる、形の麗しい山系であり、これはぜひとも晴天の日に登りたいと思った。
 宿題を一つかかえ、平成最後の日を過ごすべく、次は出雲へと向かった。

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April 28, 2019

カタクリの道 右谷山南尾根~寂地山@山口県岩国市

 寂地山は、右谷山から冠岳にかけての縦走路がカタクリの名所であり、今の時期はカタクリロードとなるので、それを目当てに登ることにした。
 前回雪の時期に寂地山を登ったときは寂地峡~寂地林道の周回コースを使ったけど、今回は右谷山にも登りたいので別のコースを考える。地図をみると右谷山の南尾根に破線が引かれており、この道を使うと寂地峡駐車場を起点として周回できるので、南尾根を使って登ることにした。

【登山道(?)】

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 駐車場から舗装路をしばし歩き、登山口らしき所から山に入りこむ。すると登山道に続くと思われた踏み跡は沢に消えてしまったので、方向を無理に変え山側に乗り上げると、登山道らしき道を見つけた。
 しかしその道は草に埋もれ、ここ数年まったく使われていない、つまりは廃道化していた。まあ、それでも登山口周囲が藪道でも進むうちまともな登山道になることもあるので、(天草念珠岳とか指宿矢筈岳とかみたいに)、なにはともあれ南尾根を目指して登っていった。

【無線アンテナ】

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 藪道と作業道を交互に行くうち、なんとか尾根に乗り上げると色褪せた赤テープがあったので、やはりかつては登山道に使われていた道と判明した。けれども尾根に入っても道そのものははっきりとせず、獣道を拾いながら登って行くうち、ちょっとした岩場があって、そこに登ると、無線アンテナがあった。 まだ新しく現役のようであるが、山頂ならいざしらず、このようなところに重い無線機を持ってきてCQCQする人がいるらしきことに不思議感を覚えた。

【登山道】

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 南尾根は最初の標高909mのピークに来ると、踏み跡がはっきりしだしてきて、どうやらこのあたりからどこかの登山道と合流しているようであり、歩きやすくなった。

【登山道】

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 標高1000mを越えると植生はブナ林となって、明るい自然林となるので雰囲気がよくなる。そして林間から遠くに目指す右谷山が見え、これで右谷山に着けることが確実になり、ほっとした。

【右谷山山頂】

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 そしてようやく右谷山山頂に到着。
 ここまでで登山はお腹いっぱいもう結構という感じであるが、ここからがカタクリロードの始まり、本番である。
 山頂には一人昼食休憩している人がいて、藪から突如山頂に現れた私を見て、「そこから登れるんですかあ」と驚いたように言ってきた。私は「登れるといえば登れるのですけど、登れないといえば登れません」と曖昧に答えておいた。

【カタクリロード】

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 右谷山から寂地山までの縦走路は、両脇にカタクリの花々が咲くカタクリロード。
 淡い赤紫色の花片を勢いよく後方に反り返らせたカタクリの花は、見ていて元気の塊のようであり、こちらにもなにかのパワーを与えてくれるようで快活な気分になれる。そういう気持ちのよい縦走路がずっと寂地山まで続き、ぞんぶんにこの希なるカタクリロードを楽しめた。

【寂地山山頂】

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 寂地山山頂でいったんのゴール。ここからはカタクリと別れて寂地峡への下山となる。たくさんのカタクリの花も見られたし、不思議物件も見つけたし、ルートファインディングに苦労もしたし、いろいろと盛りだくさん、充実の寂地山登山であった。

【大滝鳴滝温泉】

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 下山後は北広島に移動し、大朝鳴滝温泉に宿泊。大朝インターから下りて山道に入っていき、終点地点に何やら廃墟のような建物が現れ、ここ本当に営業しているのかい?と思ったけど、入ってみたら昭和の古き良き雰囲気を残したロッジみたいな宿であった。老夫婦が切り盛りしている、手造り感濃厚な宿で、そして山菜を使った料理はよかったし、鉱泉の沸かし湯も気持ちよかった。この手のレトロな宿は、これから減って行く一方であろうし、貴重な宿泊体験ができた。

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April 27, 2019

ヤマシャクヤクの楽園 十種ヶ峰@山口市神角

 GWの長い連休は季節の花を求めて、山々を訪ね歩くことにしてみた。
 まずは以前から行きたかった十種ヶ峰のヤマシャクヤクを見に行くことに。

 ヤマシャクヤク自体は九州でもさほど珍しい花ではないけど、山口神角の十種ヶ峰にはその大群落があり、谷一面のヤマシャクヤクが乱れ咲くさまは壮観とのことで定評があるのである。

【登山口】

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 ヤマシャクヤクの旬ということで、登山口は賑わっていた。
 登山口正面に、長門富士と呼ばれる円錐型の十種ヶ峰が見える。

【登山道】

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 登山道には、ヤマシャクルートと名付けられている。
 あとで分かったけど、この登山道はヤマシャクヤクの群落地に入るため、けっこう強引な造りになっており、変化に富んでいて面白かった。

【ヤマシャクヤク】

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 登って行くうち、風景が開けると、そこはヤマシャクヤクの楽園。
 谷一面がヤマシャクヤクに埋め尽くされていた。こんな風景、たぶんここしかないであろう。

【ヤマシャクヤク】

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 ヤマシャクヤクは開く前の薄緑の饅頭みたいなのが可愛らしくて風情があるけど、もちろん咲ききった姿も華麗でよろしい。

【ヤマシャクヤク】

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 ヤマシャクヤクの群落は満開まではあと一歩というところであったが、それでも蕾から咲きかけ、咲ききったもの、いろいろと勢ぞろいしていて、それが花のダンスのようなリズムをつくっていて、見ていて飽きなかった。

【山頂】

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 ヤマシャクヤクの谷を抜けると、登山道は歩きやすくなり、そして視界の開けた山頂へ。
 中国山地の山々と、そして麓に今登って来た神角の村が見えた。

【田圃】

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 十種ヶ峰の登山道は一方通行の周回ルートとなっていて、下山時は田圃のなかを通る。
 ちょうど田植えが終わった時期であり、春ののどかさが、あたり一面に広がっていた。

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April 20, 2019

串揚げ 六覺燈@大阪市

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 出張で久しぶりに大阪へ。
 夕食は何にしようかと思ったけど、大阪の名物は串揚げ、ということで「六覺燈」へ。
 旬の素材を用いた創作系の串揚げ店であり、一般的な大阪串揚げとはイメージが少々異なる、繊細で優しい味付けの串揚げがお任せで次々と出て来る。
 この店はワインでも有名で、「ソムリエのいる串揚げ店」という、少々珍しい特徴を持っている。それを生かして、同じ系統の串揚げを数セットごとまとめて、それにあうグラスワインをペアリングしてくれると楽しそうなのだが、そういうことはなくて、串揚げは各々ランダムにやって来る。それで白、赤、それに日本酒をあらかじめて並べて、来た串揚げにあわせて飲むことにしてみた。野菜系、魚系は白か日本酒、肉系は赤という感じであわせてみたけど、どれも大吟醸が一番あっていたように感じで、串揚げってやっぱり和食なんだよな、と思った。

 一通り食べておおいに満足。
 やはり大阪の串揚げは、美味しい。

 

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April 15, 2019

ノートルダムの詐欺(?)男

【ノートルダム大聖堂@2017年夏】

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 一昨年の夏パリを訪れたとき、パリの観光名所であるノートルダム大聖堂を訪れようとしたところ、入り口の前に大行列ができていた。この大行列に並んで待つには、直射日光の照りつけるパリの夏はあまりに暑すぎ、私はあっさりと大聖堂のなかに入るのを断念し、まわりをぶらぶらと散策し、外の姿の写真でも取っていた。
 すると、中年の小太りの男性が話しかけて来た。
 こういう観光地で異国人が話しかけてきたら、それは詐欺師か物盗りかに決まっているので、普段は相手しないのだが、その人の姿が普通の観光客にしか見えなかったので、つい相手をしてしまった。
 私が日本から来たと言ったら、自分も横浜に建築家の知り合いがいるのでそこに行ったことがある、と返すので、横浜の印象はどうだったかと聞くと、まともな話は返って来ず、いかにもウソっぽかった。
 そして大聖堂には入らないのか?と尋ねるので、「この暑い中、長い時間待ってまで入りたくない」と言うと、「それはよかった。じつは私は入場チケットを持っている。本当はそれでワイフと一緒に来るつもりだったのだが、ワイフが体調が悪くて来れなかった。一枚10ユーロでいいから、一緒に入らないか」と言ってきた。
 ノートルダム大聖堂は、他の観光名所の教会と違って入場料はとらず、そのため無料なのはいいが、行列が大変だと、ガイド本には載っている。いかにもうさんくさい話なのだが、しかし10ユーロで本当に待たずに入れるなら、それはお得だ。
 それで私はその話に乗り、その男のあとについていったのだが、行列の先頭まで行くと、いきなり列の人の抗議の声を無視して強引に入り込んだ。ひえ、これは単なる悪質割り込みだ、これはそこにいる警備員につまみ出される、と私は思い、逃げる準備に入った。しかし男は警備員に何か話しかけると、警備員は入れ、という感じで入り口に腕を向けた。男は私について来い、と手招きしたので、列の人たちにすみませんねえと思いながら、男のあとをつけ、無事に大聖堂のなかに入ることができた。
 チケットなんてないじゃんか、でも入れたし、いったいどういう仕組みになっているんだろう、と私は頭に疑問符をいくつも浮かべながら、とりあえず男にMerciと言って、10ユーロ渡した。

 結局男がいかなるテクニックを用いたのか分らないが、まあ最初の契約通りに、10ユーロで大聖堂に私は入れたわけで、これは正常な商行為と言える。しかし、題名が「詐欺(?)男」となっているのは、このあとに余計な続きがあるからだ。

 大聖堂に入ったのち、男は大聖堂を案内してやるという。こういう怪しげな人物は、これ以上相手したくなかったので、No thank you、あとは私は勝手に観光しますと言うと、自分はガイドをするつもりだったのでガイド代を当てにしていた、それでは困るのでとりあえず5ユーロ払え、と言う。そんなもん最初から言えよ、とは思ったもの、異国の地で、たかが5ユーロでもめるのも面倒だったので、おとなしく5ユーロ払って、そこでお別れとなった。
 彼はまたたぶん同様の詐欺(?)を行うために、大聖堂の外に出て行ったであろう。

【大聖堂】

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   そういうわけで、5ユーロぶん不快な目にあって入った大聖堂であるが、荘厳にして煌びやかな空間、優美にして厳かな彫像の数々、そしてゴシック美術の粋を極めた薔薇窓、じつに素晴らしいものであった。

 そのノートルダム大聖堂、4月15日の失火により大規模火災が生じ、多くの部分が壊れてしまった。完全な復旧には一説によれば50年はかかるとのことである。そうなると私は一生のうちに、もうノートルダム大聖堂を見ることはない、ということになる  。あの時、うさんくさい話に応じ、大聖堂に入ったのは、もはや得ることのない貴重な機会をつかんでいたのだ。
 美しいもの、素晴らしいもの、それらはずっと在り続ける保証などなく、いつ失われてもおかしくないので、見る機会があるならすぐにでも行かねばならない、そういう普遍の教訓を改めて思い知った。

 そしてそれとともに、あの顰蹙なノートルダムの詐欺(?)男、じつは私の恩人であった。ノートルダム大聖堂焼亡の報を聞き、人生なにがどうなっているか、あとにならないと分からない、それもまた思い知った。

 

【炎に包まれるノートルダム大聖堂】

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April 13, 2019

アケボノツツジ@行縢山雌岳

 4月中旬、桜も散ったあと、アケノボツツジの季節を迎える。
 主に南九州の高山で咲く花、アケボノツツジはその花勢の豪華さから、ツツジの女王と称され、そしてその名にふさわしい絢爛たる佇まいを見せる。

 宮崎県北で一番先にアケボノツツジが咲くのは行縢山雌岳なので、好天の週末、登ってみた。

【登山道】

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 行縢山雌岳は展望が利かない山なので、人はたいてい雄岳の方に登り、そして私もそうなのであるが、この季節だけはアケボノツツジ目当てに登山者が増える。
 雌岳にはいろいろ登山ルートがあるが、今回は南尾根の直登ルートを使用。雌岳に一直線に登るルートなので、最も早く登ることができる。ただし、あまり使われていない登山道なので、藪は多いし、難所も多く、それなりの緊張を強いられる。

【登山道】

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 藪を越えると、下草の少ない尾根道となる。ミツバツツジが出迎えてくれる。

【ヒカゲツツジ】

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 雌岳山頂に到着し、東側に少々下りるとヒカゲツツジの群落がある。
 ちょうど花の時期であり、清楚な姿を見ることができた。

【アケボノツツジ】

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 雌岳の稜線上にアケボノツツジの群落があり、ちょうど満開の時期であった。
 アケボノツツジは他のツツジと異なり、葉が出る前に一挙に枝一面に花を咲かせる。そのため、樹全体がピンクの明かりを灯すシャンデリアのような姿となり、じつに豪奢で、美しい。
 それはまさにツツジの女王であり、そして山の女王と言えよう。
 今年も、登山者だけが得ることの出来る、贅沢な時間を味わえた。

 

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April 11, 2019

事象の地平線@ブラックホール撮影の快挙に思う

【世界初のブラックホール画像】

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 たとえばゴビ砂漠のような、何も遮蔽物のないような、だだっ広い平原に居て、ふと「地球に果てはあるのだろうか?」と思ったとする。
 それでまず遠くを見てみると、はるか彼方には地平線が広がっている。肉眼ではその性状は良く分からないので、望遠鏡を使って見てみる。それでもその地平線が果てかどうかは分からない。それでさらに高性能の望遠鏡を注文することにした。
 さてその高性能望遠鏡が届いたとして、「地球に果てはあるのか、あるならどういうものか」という疑問への解答は得られるであろうか。
 私たちは、地球は丸い、それゆえ視覚的には地平線から先は崖の下みたいなものである、ということを知っているので、たとえいかなる高性能の望遠鏡を得たとして、地平線の先からは何の視覚情報を得られないことを分っている。その試みは必ず徒労に終わるのだ。

 話をもっと壮大にして、「宇宙に果てはあるのか?」という深遠かつ難解な謎について考えてみる。これについては、「分かるわけない」というのが模範的解答なのであるが、ただし現在の物理学では「宇宙に果てはある」というのが正解になる。
 これはつまり先の地平線の話と一緒で、私たちが物理法則の下に存在している限り、観察範囲には限界があり、それ以上のものについては観察することは不可能なのであって、ということはそれらは私たちにとって存在していないに等しく、ならばその限界線が宇宙の果てなのである。これを「Event Horizon」、強引に和訳して「事象の地平線」と言う。

【事象の地平線:簡単な概略図】

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 なぜ限界があるかといえば、それは私たちの住む宇宙では、光速が一定であるという大原則があるからだ。そして情報の届く速さは、電磁波にしろ光にしろ、光速が最速であり、これ以上の速さで情報を得ることはできない。
 これをふまえて、宇宙の果てを観察しようとする。宇宙の果てとは、途方もなく遠いところにあるはずだが、その情報は光の速さで来る。星への距離は、光が一年で到達する距離で表すけど、1光年離れた星を観察すると、今見えているその星の姿は1年前の姿である。数億光年離れた星なら、数億年の姿だ。
 ところで宇宙には始まった年があり、それは138億年前であったと証明されている。そうなると138億光年離れた星を観察すると、それはまさに星が、宇宙が生まれたときの姿ということになる。そして、150億光年離れていた星なら、その星の光は宇宙に放たれ地球に向かっている途中であり、それを私たちは観測することはできない。
 つまり、138億光年で境界線が引かれ、ここから先を私たちは決して観察することができない。この境界線が「事象の地平線」である。-もっとも、以上は分かりやすく述べたので、じっさいは宇宙は膨張しているので、この距離はもっと長い。

 事象の地平線は、物理学において実質的に宇宙の果てであり、その先はどうなっているか全く分からない。その先には永遠に似たような宇宙が続いているのか、それとも進み続ければ元のところに戻って来る閉じた空間になっているのか、あるいはまったく別の物理法則の支配する世界が広がっているのか、いずれもあり得るのだけど、観察する手段がない以上、それらは単なる仮説に過ぎず、つまりは分かるわけない、ということになる。

 それから先まったく私たちの手の届かないところ、ということで、宇宙のロマンを感じさせる「事象の地平線」。これはもう一種類、宇宙に存在している。それが今回史上初めて撮影に成功することのできたブラックホールだ。

 ブラックホールはその膨大な重力によって、周囲の空間を歪め、近くのものを次々に引き寄せ、破壊し、飲み込む、宇宙の凶暴なモンスターである。その重力は、光さえも引き込むため、光は一方向にしか進まず、ブラックホールからは何の情報も得ることはできない。つまりブラックホールにも「事象の地平線」があり、その先は宇宙の虚無のごときものなのである。

 今回撮影に成功したM87星雲のブラックホールは、その存在が初めて示されたのは今から約100年前の1918年ヒーバー・カーチス博士の観察によってである。もちろんその当時にブラックホールという概念はなかったのだが、その星域に宇宙ガスが激しく噴出する現象を望遠鏡で発見し、何だかよくわからん現象が起きていると報告し、そして相当後にそれがブラックホールの星間物質破壊に伴う現象ということが判明した。

 それで、そこにブラックホールがあることは長いこと分かっていたのだが、なにしろ5500万年光年という遥かな距離にある天体ゆえ、詳細な観察は不可能であった。
 それを、今回世界約80の研究機関による国際チームが地球上の超高性能電波望遠鏡を集めまくって、口径1万kmという地球サイズの仮想望遠鏡を造り、そこで収集したデータから、ブラックホールの撮影を成功させるという快挙を成し遂げた。そして、そこにははっきりと、ブラックホールの名前そのものの、黒い穴が写っている。この穴の内側にあるのが、かの「事象の地平線」である。

 宇宙ファン、あるいはSFファンにおいて、「実在するけどそれ自体は見ることができない」存在であった「事象の地平線」を見ることができて、本当に感激ものである。

 この写真をこの世に出すために、膨大な努力と、莫大な費用をかけた国際チームにひたすら感謝。そして世の技術の進歩にも感謝。

 

 なお、私が「イベント・ホライゾン(事象の地平線)」という言葉を初めて知り、それについて調べたのは、「イベント・ホライゾン」というSF映画によってであった。「巨大宇宙船イベントホライゾン号が遥か彼方の深宇宙を探険していたらそこには地獄があって、その恐ろしい旅をくぐりぬけたのち無人の漂流船と化したが、突如海王星の傍に現れたので、それを調査に行く」という壮大深遠なテーマをもとに、多額の予算と多大な手間をかけて撮影された大作映画なのだが、しかし出来あがったのは、超絶B級スプラッター映画であった、というきわめて残念な映画であった。こちらの「イベント・ホライゾン」についても、いろいろと語りたいことはあるが、とりあえず今回は、ブラックホールの「事象の地平線」の感想にて終了。

 

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 参考図書 & DVD

 宇宙創成 サイモン シン

 宇宙に終わりはあるのか 吉田伸夫

 映画 イベント・ホライゾン 

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April 07, 2019

桜とSL @ある春の風景

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 国道219号線沿いに車を走らせて、球磨川沿い、堤防に良く植えられている桜を観賞。その途中、球磨村の丘がピンクに染まっていたので、立ち寄って行った。そこは桜の名所、球磨村総合運動公園で、今が桜の旬であった。
 丘の上に着き、桜の花びらが舞うなか、花盛りの公園を見ていると、近くの駅から大きな汽笛が鳴り響いて来た。それは紛うことなき、蒸気機関車の汽笛なのだが、そうか、肥薩線にはまだSLが走っていたのだと思い出した。

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 蒸気機関車は半世紀以上前に新規製造は終えていて、歴史の遺物的存在であるが、一部に熱狂的なファンがいることもあり、僅かな数が、現役として走っている。
 私のような中年にとっては、子供のころ蒸気機関車は普通に走っていて、それはうるさく、ガタガタ揺れ、煙をしょっちゅう吐くので窓も開けるのも困難な、デメリットだらけの交通機関というイメージであり、蒸気機関車に対してはなんら思い入れはなく、それらが次々に運行を停止していくのを、時代の必然と思っていた。
 ただ熊本では、SLはずっと前より阿蘇から熊本駅経由で人吉まで走っていた。SLはなにしろ馬鹿でかい汽笛を放つので、学生時代熊本にいた私は、線路に近いところに住んでいたわけでもないのに、ときおり響くSLの汽笛の音で、時刻に気付いていた。
 それで私にとって、熊本のSL-当時は「あそボーイ」と呼ばれていたーは、「音はすれども姿は見えず」という存在であり、姿を見たことがなかった。
 そのSLはいったん運行を終了したのであるが、その後修理を受けて現役復活。30年以上も前に走っていたものが、いまだにちゃんと動くのだから、蒸気機関車って頑強だなあと感心してしまう。まあ、産業革命時代に原理が作られたものだから、構造が単純で、メンテをしやすいのだろうけど。

 その音だけしか知らなかったSLが、30数年の時を経て、同じ音を立てて、走って来る。私は丘の上で、音のする方向を見つめていた。
 やがてSLは建物のかげから姿を現し、そして活発に黒煙を立てながら、桜の林のなかに入って行き、姿を消した。たなびく膨大な黒煙のみ残して。
 わずか数秒の光景だったけど、学生時代のことを思い出しつつ、私はいろいろと感慨にふけるのであった。

 

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April 06, 2019

登山:市房山@湯前

 今年は暖冬だったので、桜の開花が例年よりも遅れて、南九州では4月初旬が花盛りとなっている。(桜は寒くなることで、開花のスイッチが入る特徴を持っているので、暖冬ではスイッチが入り辛いそうだ)
 それで桜を見に登山に行ってみよう。といって、山にソメイヨシノはないので、桜の名所を訪ねての登山にしてみる。

【市房ダム】

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 熊本、人吉の桜の名所「市房ダム千本桜」。ちょうど桜まつりも行われていた。
 花の時期は、満開を少し過ぎたくらい。それゆえ、ダム周回の道路では風とともに桜吹雪が見られた。もうしばらくすると湖畔はピンク色に染まりそう。

【市房山登山道】

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 桜を見物したのち、市房山キャンプ場の登山口から登山開始。
 四合目の市房神社までは、樹齢1000年に及び「市房杉」と命名された巨大な杉が立ち並ぶ、荘厳な雰囲気の参道である。
 歩いていて非日常感を味わえる道であるけど、本日は気温が初夏なみに高く、風の吹かない林間の道はとにかく暑くて参ってしまった。今シーズの春は、気温の変動が激しくて身体がなかなかついていかない。

【市房神社】

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 四合目の市房神社からは、道は本格的な登山道となる。標高が高くなるのと、風が吹くので、ようやく暑さからは逃れることができた。

【登山道】

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 市房山の花といえば、ミツバツツジとアケボノツツジで有名だけど、まだ時期は早く、ミツバツツジがぽつりぽつりと咲いているのを見るくらいだった。しかし、馬酔木はちょうど満開であった。

【市房山】

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 尾根筋はずっと急傾斜であったが、稜線に出ると傾斜はゆるくなり、目指す市房山の姿も見えてきた。

【市房山】

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 徐々に高度を上げて行き、山頂に近付いたころ、「人吉かめさん」による「山頂まで5分」の標識が。
 九州の多くの山の山頂近くには、「人吉かめさん」によるこの標識が設置されており、九州の岳人は皆知っている存在なのであるが、それで「人吉かめさん」とは何か?というと、じつは知られていない。山岳会なのか、個人なのか、登山グループなのか、はたまた山頂近くの標識には「人吉かめさん」と一言付ける謎ルールが九州にはあるのか。

【山頂】

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 などと「人吉かめさん」について考察しながら歩くうち、ひょっこりと山頂に到着。
 ここからは360度の見晴らしよい風景を楽しめる。とくに本日は快晴なので、九州脊梁山地の山々、霧島の山々、存分にその雄姿を楽しむことができた。

【マンサク】

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 山頂近くにはマンサクがちょうど満開の時期であった。この鮮やかな錦糸卵様の黄色は、青空のもとだと特に映える。

【心見ノ橋】

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 市房山は、このチョックストーンの「心見ノ橋」も名物。山頂のすぐ近くにある。
 「これを渡れない人は、心が汚れている」とのことで心見の橋と名付けれれているのであるが、そういうことを言ってると、高所恐怖症の人はみな心が汚れていることになってしまい、なかなか微妙な命名の橋なのである。

【市房山】

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 市房山は以前は二つ岩経由で周回できたけど、10数年前の台風で登山道が崩れてしまい現在は通行禁止となっている。私が、30年以上前にそこを通ったときは、二つ岩周囲は延々と小ピークが並ぶ、疲れる道であったけど、眺めはよく楽しいルートであったと記憶している。しかし、それも今は不可能。
 山って、登れるうちに登っておかないといけないなあ、と改めて実感。

 それで下山は登って来た道をそのまま戻っていった。
 登山口に着いてから後ろを振り返る。市房山は、青空のもと、どっしりした威容を示していた。

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April 01, 2019

新元号「令和」に思う。

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 五月からの新元号が「令和」に決まった。
 良い元号だと思う。

 出典は万葉集の梅花の宴序からとのことで、この文がまたいい。
 「天平二年正月十三日、師の老の宅に萃りて、宴会を申く。時に、初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」
 万葉集中の有名歌人にして有力政治家の大伴旅人の邸宅で行われた、梅の花を囲んでの宴、それについて記した文である。当時大伴旅人の住んでいたところは大宰府であり、大宰府は梅の名所であるが、当時から梅の名所だったようだ。
 庭いっぱいの梅が紅白それぞれ爛漫と咲き誇り、周りは梅の香りに満たされ、招かれた客人たちはその美しき景色を愛でながら、おおいに歓談し、飲み、騒ぎ、楽しむ。記録者は、この素晴らしき時を、「もし翰苑にあらずは、何を以ちてか情を述べむ」 ―私たちに文字が、文学があるのはなんと有難いことか、この喜びの時を表現する術をもっているわけだから、と述べる。そして古の人は梅についておおいに詩を書いた。我々もそれにならって梅を題材に和歌を読もうではないかと続け、このあと客人たちが読んだ三十二首の和歌が並んでいる。

 古の人とは、古代中国人のことであり、四世紀ころのことを言っているそうだ。梅花の宴が開かれた天平二年は8世紀なので、400年の時を経ての、文学のつながりがある。そして、現代21世紀の日本の元号に、この序文からの言葉が使われたので、1300年の時を経て、また文字がリレーされたのだ。
 記録者(おそらく山上億良)が言うとおり、文字そして文学というものはまったく有難いものであり、これがある限り、文化というものは連綿と受け継がれていく。この伝統を我々は大事に紡いでいきたいものである。

 なお、「令和」という元号には、「美しい調和」という意味が込められており、まったくこの時代、世に調和、そして平和がもたされてもらいたいものだ。
 ただ万葉集の序が書かれた背景を思うと、そこは含蓄に富んでいる。あの時代は、大和朝廷の政治が不安定化し、藤原氏が実権を握るため、朝廷は権謀術数うずまく争いの場と化し、多くの権力者が血を流しあっていた。
 そして大宰府というのは、中央政府からの一種の避難所になっており、そこは政争のない、平穏の場となっており、だからこそ閑雅な梅の宴も開くことができた。ただその分、中央には影響力もなく、有力者たちは無聊をかこつ歯目になり、かつての要衝大宰府は僻地扱いされていった。
 「令和」の時代は、世界はいよいよ混沌となり、各地の争いは激化するのが必定である。その嵐の吹くなか、いかにして本邦は、平和でありえるか。大宰府方式で行くか、あるいは他の手でいくか。これまで以上に知恵が要されるのは間違いない。

 

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