歌劇:タンホイザー@香港芸術節2019年
吟遊詩人であるタンホイザーはエリザベート姫という恋人がいたが、清き乙女である姫との愛に物足りなさを覚え、愛欲の女神ヴェーヌスの統べる国ヴェーヌスベルクに赴き、そこで情欲の日々に溺れる。しかしタンホイザーはその生活に飽きてそこを去ろうとする。タンホイザーに惚れていたヴェーヌスは彼を引き止めようとするも、もうヴェーヌスに興味を失っていたタンホイザーは彼女を振りきって、元住んでいた国に戻り、姫とも復縁した。
そして国では歌合戦が開かれ、そこでの歌のお題は「愛とは何か?」というものであり、歌手たちは騎士道精神に満ちた奉仕の愛の歌を次々に歌いあげる。それを聞いていたタンホイザーはその欺瞞性に腹を立て、さらには俺は本当の愛欲というものを知っているのだぞと自慢したくなり、ヴェーヌスを称える愛欲賛歌を朗々と歌い、その場にいた騎士達や領主から総スカンをくらい追放されてしまった。
一時の私憤で全てを失ったタンホイザーはうろたえ、元の生活に戻るためにローマまで行って教皇に赦しを乞うのだが、「お前のような罪深きものが赦されることは永遠にないだろう」と冷たく突き放される。そういうことならばと、一回袖にしたヴェーヌスのもとに戻り、また愛欲の日々に浸ろうとヴェーヌスベルクに向かうことにした。そこへエリザベート姫の葬列が通る。エリザベート姫はタンホイザーの罪の赦しを得るべく自分の命を絶ったのだ。己の愚かさに悲嘆にくれ、姫の亡きがらにすがるタンホイザーのもと、ローマの教皇から使者が現れる。エリザベート姫の願いが聞きいられ、タンホイザーの罪は赦されたのだとの知らせをもって。
というふうな話。
あら筋だけ書くと、いかにもつまらないというか、男にとって都合のいい話、というのはヴァグナーの楽劇の特徴ではある。しかし良い脚本を書く才能はなかったけど、音楽の創造については音楽史上希にみる才能を持っていた大天才の造り上げた作品だけあって、いざ幕があけ音楽が鳴り出すと、序曲最初のホルンの抒情的な調べから一気に音楽に引き込まれ、その旋律が盛り上がっていきトロンボーンが咆哮するころには世界がこの音楽に満たされているような、圧倒的な迫力でもって劇は進んでいく。
そういうふうに音楽はとてもよい。しかし、ヴァグナーの楽劇は、CDとかで聞くぶんにはそうも思わないのだが、劇場でライブを観ると、「筋はこんなにくだらないのに、何故こんなにも自分は感動してしまうのだろう」という感想が、どうにも頭のなかに浮かんでしまうのが常ではある。
ヴァグナーの劇はだいたいワンパターンで、「情欲、情動に溺れた人物が、自らの救済を試みるも、己の欲の深さにそれはできず、結局は自分を愛する乙女の献身にてようやく救われた」というものである。タンホイザーは典型的なそれであり、ヴァグナーはその後もえんえんと似たような筋の楽劇を亡くなるまで書き続けることになる。
ヴァグナーの伝記を読むと、ヴァグナー自体が情欲に溺れ続けた人であり、自身の懊悩を一貫して書き続け、そして己の欲望を音楽に浄化することによって己の精神を救おうとした、芸術家としてはある意味立派な人であり、しかし情欲から死ぬまで逃げられなかった点では、業の深い人であった。
ただしヴァグナーの時代の倫理観は現在では少々厳しすぎる点があり、(もちろんヴァグナーその人のように、人妻ばかり手を出して、さらには自分の弟子の妻を奪って我がものにしてしまうようなのは、さすがに今の基準でも論外だとは思うけど)、あの時代の倫理観に基づくタンホイザーの苦悩について、現代人には理解しがたいことも多く、そのため今回の演出は、全体的にすべてを曖昧にした、観客によって解釈自由というふうなものになっていた。
今回の演出を担当したビエイトという人は、独特のエログロ路線で有名だそうだが、べつにそんなに個性的な演出はなく、演出家自身の独自の解釈はあえて盛り込まず、ヒントは与えますが解答はありませんよ、といった抽象的な場面が続いた。これはつまりは演出家自体、タンホイザーについてよく分かっていなかった、あるいは現代の倫理観では観客をうまく納得させる解釈を作れなかった、というふうなことだったのだろう。
そういうわけで、演出に関してはグダグダだったと思うが、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏はさすが本場だけあって立派なものであり、ヴァグナーの偉大な音楽に酔いしれることができた。
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