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December 11, 2018

「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞の謎について考えてみる

 映画「ボヘミアンラプソディ」を観た人がたいていそうであるように、私もそれからクイーンの音楽CDを棚から掘り出して、その音楽に聴きふけっている。
 クイーンにはいい曲の多いことに感心すると同時に、やはり「ボヘミアン・ラプソディ」はそのなかでも傑出しているな、とも思う。この曲がクイーンを、そしてあの時代の音楽を代表する傑作と評価されているのは当然であろう。

 ただ、この曲、内容がかなり難しい。
 曲全体としては一人の若者のストーリーで、ある若者が殺人という犯罪を犯し、自分の人生が終わってしまったと嘆く。そしてそのあと世間から厳しい非難と糾弾を受け、それに激しく抗うも、その嵐のような責め苦の日々が終わったのち、自分の罪を受け入れ、静かに諦念の境地に到る、という一幕が描かれている。

 ここで歌詞について考えてみるが、いったいその若者は何者なのか、そして殺した相手は誰なのか、さらにはその犯罪の動機はいったい何なのか、という謎がある。
 歌詞では、若者は社会人になりたての若さであり、殺人については銃を一発額に撃った、くらいの情報しかなく、誰が、誰を、いかなる理由で、ということのいっさいの詳細は不明である。
 しかしながら、大きなヒントはある。
 それは若者が我が身を嘆いての一言、「I sometimes wish I'd never been born at all」。「僕なんて生まれて来なかったほうが良かったと思うんだ」、という台詞である。
 「never been born」は、ここでは自責に使われているけど、普通は「お前なんか生まれてこなかったほうがよかったんだ」と、他人を責めるときの定番の悪口である。馬鹿、アホ、間抜け、等々悪口にはいろいろあるが、これは本人の存在自体を否定する、悪口のなかでも特上級のものであり、これを口にするときは絶交覚悟が必定の、強い力を持つ悪口だ。

 古来よりこの悪口は無数に放たれたのであろうが、しかし、史料に残されたもので、最大級に有名なものが一つある。言った人、言われた人は、それこそ世界中知らぬ者のいない有名人だし。
 その史料は、世界最大のベストセラーである聖書で、言った人はイエス、言われた人はユダである。

【最後の晩餐:サンマルコ教会壁画】
Last

 聖書の受難物語の「最後の晩餐」のシーン、十二人の使徒を前にしてイエスは「お前たちのなかに私を裏切る者がいる」と言い、そしてその裏切り者がユダということを示す。それに続きイエスはユダに言い放つ。
 「It would be far better for that man if he had never been born. -お前のようなものは、いっそ生まれて来なかったほうが、ずっとよかったのだ」
 愛と慈悲の人であるイエスにしては、あまりにひどい言い草であり、古来よりここは論争の的になっていて、ゆえにとても大きな罪を犯す運命にあるユダへの同情からイエスはこのように言ったのだと、好意的に読み取る人もいるが、受難物語の筋を追っていけば、ここではイエスは裏切り者に対して単純に激怒していたと捉えるのが、自然な解釈であろう。
 だいたい、「愛と慈悲の人」というイエスのイメージは後世のものであり、聖書に描かれたイエスは、神殿の境内で暴れたり、実がなっていないからといってイチジクの樹に怒って呪いの言葉をかけたりと、相当に気性が荒い人物であったから、これくらいの悪口は平気で放ってなにもおかしくない。

 ボヘミアン・ラプソディの歌詞は神話や史実をいろいろ引用しており、フレディがこの語句を偶然使うことはありえず、意図をもって聖書から取ったのは明らかだと思う。
 そしてもしこの若者をユダとし、殺した相手をイエスとすると、曲で示される若者の激しい懊悩、そして世間の圧倒的な糾弾が、案外とよく理解できる。それこそ、「20世紀の受難曲」としていいくらいに。
 まあ、以上は少々極端な解釈であり、私も「若者=ユダ」とまでは思わないが、それでもnever been bornというキーワードから、若者の犯した犯罪が衝動とか無思慮とかによるものでなく、深く長く悩み抜いた末、自分の最も大切な人を敢えて捨て去る決断をした、深刻な葛藤劇が、そこにあったのは間違いないと思う。あの受難劇のユダの物語のように。

 もちろんボヘミアン・ラプソディの歌詞の本当の意味については、作詞者フレディしか知らないだろうし、そしてたぶんフレディ自体もじつは知ってないとは思う。
 それが、本当に優れた、後世に伝わっていく名作というものであって、その作品は最終的には作者を離れて、聴く人々によって、無数の解釈を与えてくれる。
 ボヘミアン・ラプソディは、そういう名作の、典型的なものであろう

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