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September 20, 2018

オセロ@ロンドン グローブ座

【グローブ座】
Globe_theatre

 イギリスという国は、ヨーロッパにおいて政治・経済・産業・科学等の分野で歴史的に非常に重要な役割を果たした国であるが、芸術面においてはさしたる役を果たしていない面がある。
 それこそ大英博物館に行ったら、そこには偉大な美術品は数多くあるものの、大半は他国から持ち運んできたものであり、自国産のものは極めて乏しく、イギリスは芸術に関しては、国力が弱かったようだ。
 ではイギリスに偉大な芸術を生み出す作家はいなかったかといえば、まあ数は全然いないのだが、一人だけ特筆すべき大物がいて、彼一人でその分野において、それ以後の作家を全員束にしてもとうてい敵わないような仕事を成し遂げた、そういう大天才がいる。
 もちろん、ウィリアム・シェイクスピアのことであって、彼の創作した劇はいまなお世界中で演じられ、ずっと高い人気を保ち、かつ現代の劇作家たちにも尽きることな影響を与え続けている。

 だからイギリスに行ったからには、シェイクスピアの劇は当然観るべきであり、そしてそれは聖地グローブ座で観るに限る。
 それではネットでグローブ座のチケットを購入してみよう。で、グローブ座のホームページを開くと、いろいろな劇が載っていたけど、旅程からは「オセロ」しか観られないことが分かった。「オセロ」は、シェイクスピアの劇のなかでは私は例外的にあまり好きでないのだが、しかしこれしかないのでとにかくゲット。

 ゲットしたのちメールが来て、料金払ってチケットを自宅に送ってもらうか、あるいはメールの添付アドレスにあるチケットを印刷して持ってくること、とのことが書いていた。そりゃ印刷のほうが楽なので印刷してみた。

【Eチケット(の一部)】
Ticket_2

 印刷したはいいのだけど、PDF文書を印刷しただけの「print at home tickets」なるEチケットであり、バーコードやQRコードがあるわけでもなく、これって簡単に偽造ができそうである。
 それでこんなのが本当に使えるのかいと不安に思い、念のため当日早めに劇場に行ってカウンターで聞いてみたら、まったく問題なしとのことで、ひと安心。私以外にも同じように不安に思う人もたぶんいるであろうから、いちおうwebに情報提供しときました。

 そして劇が始まった。
 私はシェイクスピアの悲劇では、オセロは苦手である。
 何故かというと、登場人物がイヤーゴを除いて、全員馬鹿にしか見えないからだ。それゆえ、馬鹿の群れが、一人の悪人に振り回され、悲劇の底に陥って行く、そういう馬鹿の愚かな集団劇に思え、悲劇特有のカタルシスを感じられないからである。
 そしてさらに大事なことには、シェイクスピアの主な悲劇は、登場人物は各人が懸命に自分の人生を己の強い意思で切り開いているけど、劇全体には、見えない巨大な歯車のようなものが回っていて、誰しもがいかに逃れようとしても、その歯車に巻き込まれ、砕かれ、破滅していく、そういう形をとっている。脚本の行間全体に感じ取れる、劇を進行させていくその歯車の超自然的かつ圧倒的な存在感が、シェイクスピア悲劇の真の醍醐味と私は思うのだが、「オセロ」にはそういうものはない。
 劇を回していくのは、イヤーゴという、肉体を持った一人の人間であり、彼の策略通りに人々は動き、そして破滅していく。それゆえ、その劇は「人間の劇」以上のものは感じられない。

 というふうな印象を私は持っていたわけだが、舞台が始まってしまうと、やっぱりシェイクスピアだけあって、とても面白い。なにしろあらゆる台詞が過剰なまでに美しく、過剰なまでに意味深いものなので、その素晴らしい台詞を一流の役者たちが途切れることなく喋りまくるのだから、まさに言葉の贅沢なショーである。

 さらには劇を読んでいるだけでは分からないものが、舞台にするとよく分かったりする。
 「オセロ」では、イヤーゴが劇進行係であり、その台詞は非常に多い。そしてその台詞の多くは一人言であり、彼はなんらかの行動をなすとき、常に一人言を言って説明をするので読者は筋を容易に追えるわけだが、現実的にはあんなに一人言を言う人間の存在は奇妙である。「オセロ」を読んでいると、「なんでこの男はこんなに一人言ばかり言うのだろう?」と変に思ってしまうのだが、舞台を観てそのわけがわかった。
 あれは一人言ではなかった。観客に向かって己の心情と行動を説明しているのであった。
 グローブ座の造りは、舞台のすぐ前が立見席になっていて、役者たちは観客に話しかけ、その反応を伺いながら演技を進めて行く。反応が悪いと、そこにちょっとしたアドリブも追加されていた。そしてそのやり取りには笑いもあり、憎しみもあり、恐怖もある。シェイクスピアの劇は、観客も劇のなかに取り込む、全体一体型の仕組みであり、まさに生き物であったのだ。

 そういう具合に、興味深く劇を観るうち、終幕となる。
 本来「オセロ」は罪なく気高きものが滅び、悪人はなんの反省もなく沈黙に沈む、なんの救いもないエンディングなのだが、現代的感覚ではこれはひどい、ということになっているのであろうか、そのあとに舞踊と歌による、「でも、二人はあの世で、あらためて結ばれることになりました」というふうなシーンが付け加えられていた。
 たいへん美しいシーンではあったが、……まあ蛇足だよな。

 「オセロ」、好きではなかったが、やっぱりシェイクスピア、圧倒されるものがありました。
 そして、次回は「マクベス」「ハムレット」「リア王」、残りの悲劇も是非観たい。

 ……………………………

【グローブ座】
28

 立見席のヤードはもちろん自由席。
 早めに並ぶと、舞台のすぐ近くで観ることが出来る。でも、90分立ちっぱなしは、中年の人とかにはきつそうであった。

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