宮崎国際音楽祭:蝶々夫人
春の宮崎の音楽一大イベント、宮崎国際音楽祭。最終日は、プッチーニの「蝶々夫人」。
タイトルロールは、世界で活躍している中村恵里さん。
私は、新国立劇場でのスザンナを観て以来の、中村さんのファンなので、彼女の歌を聞くのを楽しみにしていた。
1904年に作曲された「蝶々夫人」は、日本が自身で文化を発信できる力を持つようになるまで、欧米で日本を紹介する有名な文化作品はこれしかなく、「蝶々夫人」で日本を初めて知った、あるいはそれのみでしか日本を知らないという欧米人がたくさんいた、そういう文化史的に重要な作品である。
しかしながら、いざ日本人がこのオペラを観ると、ヤマほど突っ込みどころがあり、それらの場面では「ひょっとしてこれはギャクなのか?」という思いにどうしてもかられ、せっかくの美しい音楽に集中できない、という困った現象も生じがちな問題作品である。
さらには音楽的にも問題がある。主役蝶々さんの歌は、「太めの力強い」声質を持つソプラノ、リリコスピントが要される。その手の歌手は大柄で、体重も多めのことが多い。
そして蝶々さんは、数あまたあるオペラのなかで、一流劇場で主役を普通に日本人歌手が歌うことができる唯一の役であるが、体型的に華奢な日本人がこの役を歌うにはいろいろと無理があり、作曲家プッチーニには、日本人に対してなんらかの誤解があったとしか思えない。
中村さんは典型的なリリックソプラノなので声質は合ってはいないだろうから、さて蝶々夫人にはどのようなアプローチをするのだろうと思っていたのだが、いざ始まってみると、なにしろ表現力の豊かな人なので、自己のものに完全に取り込んだ、とても説得力がある歌であった。
そして、よくよく考えれば蝶々さんって、15歳の愛らしい乙女なんだから、ああいう澄んだ、爽やかな声のほうがかえっていいのでは、とか思ってしまった。
蝶々さんは舞台にでずっぱりで、声に負担の大きい役なのだけど、第一幕、第二幕、第三幕と進むにつれ、歌のテンションはギアをあげていき、見事な盛り上がりをみせて幕となった。
素晴らしい声、素晴らしい歌であった。
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