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December 2017 posts

December 31, 2017

大晦日そして年明けの夜@フィレンツェ

 ヨーロッパは日本と違って、年末年始はさほど特別視はされてなく、1月1日が休日になっているくらいで、あとは普通の日の扱いとなっている。
 それでも新年を迎える時くらいは、皆で集まりお祝いをするとのことなので、それを観てみることにした。
 ガイド本によると、共和国広場の年越しが、花火があがったりして景気がよいと書いていた。それを第一候補として、ついでに人の集まりそうな広場を訪ねて、新年を迎える場所を探してみよう。

【大聖堂前広場】
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 フィレンツェを象徴する建物「大聖堂」。ここの広場はさすがに人出が多い。しかし、なにかのイヴェントがあるという雰囲気ではなかった。

【鐘楼と大聖堂】
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 本日は月が満月に近く、鐘楼とドームの間に、きれいな月が顔をのぞかせている。

【共和国広場】
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 ツリーと、それにメリーゴーランドの電飾が美しい共和国広場。ここも人は多いが、イヴェントの気配なし。

【ピッティ宮殿】
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 観光名所、ピッティ宮殿。壮大な建物であるが、広場の人の数は少ない。

【ヴェッキオ橋、それにヴェッキオ宮殿のライトアップ】
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 アルノ川は、両側の岩に煌々と明かりが灯され、川面がそれを反射しきれいである。
 そして向うにはライトアップされたヴェッキオ宮殿、その塔からレーザーが放たれていて、どこからでもその場所が分かるようになっている。

【夜の通り】
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 フィレンツェの通りは、過剰ではない、落ち着いた電飾でライトアップされており、この古風な街によくあっていた。

【ヴェッキオ宮殿】
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 その明るい街路に導かれ、ヴェッキオ宮殿へと行く。レーザーを下から見上げる図。

【シニョリーア広場】
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 シニョリーア広場は、なにかの演奏の準備中であった。そのせいか、まだ人出は少ない。

【聖母廣場】
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 アカデミア美術館近くの聖母廣場は、すでにミュージシャンの演奏が始まっており、そしてイノセント博物館を使ってプロジェクションマッピングを行っており、華やかである。

【自由広場】
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 フィレンツェの北にある自由広場。ここは工事中なので、人はまったくいなかった。

【年明け@聖母廣場】
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 いろいろなところを回った結果、いちばん賑わっており、居て楽しそうな聖母廣場で年越しを迎えることにした。
 新年が近くなると、生演奏によるポップミュージックが流れるなか、20秒前くらいから司会者による、10、9、8のカウントダウンが始まった。そして本当の年明けの10秒前くらいに、ゼロ、と宣言され、Happy New Year !の歓声があがった。ラテン民族のおおらかさというか、気の早さというか、なんというか。

【マルコ広場】
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 新年となり、夜空に上がる花火はなかったけど、街中いたるところで爆竹が鳴らされた。それはけっこう長い時間鳴らされていて、ホテルに帰ってからも、外から響いて来た。

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イタリア料理:Lungarno Bistrot@フィレンツェ

【Lungarno Bistrot】
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 大晦日の夜は、Lungarno Bistrotでディナー。
 この店は夜景が美しいアルノ川沿いにあって、観光拠点の共和国広場も近いことから、店のなかから年越し前の賑やかなフィレンツェの風景を楽しめるであろうと思い、選んでみた。
 店に着いてみると、たしかに見晴らしのよさそうな席もあったが、そこはオープンテラスであって、この寒いなかそこで食事を取る気にもなれず、結局室内で食事。まあ、店のなかの雰囲気は優雅かつ快活で、とても良かった。

 大晦日には、特別にNew year’s menuというのもあるとのことだったので、あらかじめそれの希望をmailで出していたけど、「(Japaneseには)量が多すぎるだろうから、店に着いてから決めたほうがよい」との返事だったので、席に着いたあとそのmenuを見たら、たしかに明らかに多すぎだったので、アラカルトで頼むことにした。

【前菜1】
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 海老と黒トリュフのコロッケ。
 熱々の衣をパリっと割ると、トリュフの濃厚な香りが漂う。

【前菜2】
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 トスカーナの伝統的前菜、ということで頼んでみた。
 コールドカット(サラミ、生ハム、チーズの薄切り)、鶏のレバーのパテを乗せたトースト、ブルスケッタ。
 美味しいけど、一人前の前菜にしては量が多い。

【プリモ・ピアット1】
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 海老と、唐墨、レモンのスパゲッティ。茹で加減は見事なアルデンテ。

【プリモ・ピアット2】
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 この地方の名物パスタということで頼んでみた。
 地元の野菜とイチジク、リンゴを詰め込んだパスタ料理である。


 地方色豊かなメニューが多くならび、どれも個性的で、特徴ある美味しい料理の数々であった。
 店の客は、地元の人と、観光客が半々という感じ。地元の人はドレスアップした人が多く、それは大晦日という特別な日を祝う人が多かったからであろうか。

 美味しい料理と、活気ある店の雰囲気とに満足し店を出た。
 そして、もうすぐ新年を迎える、夜のフィレンツェの街を歩いてみよう。

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フィレンツェ 3日目

 ルネッサンスの大天才を幾人も生んだフィレンツェで、その作品が市内に最も残っているのはミケランジェロであり、すでにその作品を各美術館で多く観て来たけど、今回はその本命、彼の大傑作を収める「メディチ家礼拝堂」と「アカデミア美術館」に行くことにする。

【メディチ家礼拝堂】
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 サン・ロレンツォ教会に付属したメディチ家礼拝堂は、豪華かつ荘厳な建物であり、往時のメディチ家の勢力を物語っている。

【メディチ墓碑】
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 礼拝堂奥、ミケランジェロ製作の霊廟は、礼拝堂とは異なり、静謐なる空間。
 そこにミケランジェロ作の彫刻が置かれている。
 「曙」「黄昏」「昼」「夜」とそれぞれ名付けられた彫刻は、生命を持たぬ大理石から穿たれたものとは分かってはいるものの、艶めかしい、独自の、永遠の生命を持ったような、生物感に満ちた異様な作品群である。
 とにかく、これは何かが違う、何か異次元から来たような、この世にあることが間違いなような、とんでもない傑作の数々である。本来こういうものはギリシャ美術の名作のように、作者不詳、それこそ神みたいな存在がつくったことにしておいたほうが落ち着くようなものだろうけど、造った者の名がきちんと記録に残されている、それが不思議に思える至高の芸術品であった。

【アカデミア美術館】
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 次は、アカデミア美術館へ。
 フィレンツェで最も有名な彫刻「ダヴィデ像」は世界中から人気があるので、ここも大行列。そしてウッフィツィ美術館同様、フィレンツェカードはパスカードではなく、やはり専用のほうの行列にならぶ必要がある。20分ほど並んで、美術館へ。

【ダヴィデ像】
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 美術書とか、あるいは雑誌のフォトページとかで、もう見なれた、円蓋のもとのダヴィデ像。
 でも、実物観ると、やはり感動が胸に迫って来る。
 ああ、これがあのダヴィデか!という感じで。

【ダヴィデ像】
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 そうして、今までフィレンツェでさんざん観て来たダビデ像であるが、やはりオリジナルは一味も二味も違うものがあった。
 なにより迫力と躍動感が違う。さらには眼力。ダヴィデが睨む方向の先に行って、ダヴィデ像を観ると、その視線の強さに圧倒されてしまった。

【未完の彫刻像】
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 アカデミア美術館には、ミケランジェロによる未完の彫刻がいくつも並べられていた。
 本来大理石になかに埋もれていた魂を彫り出すべく、そこに刻まれた鑿跡が生々しい、しかし途中で放擲された、大理石の残骸である。なぜこれらが未完で放置されたかには諸説いろいろあるのだが、まあ普通に、このまま彫っていても、傑作になりそうな雰囲気はなく、あんまりいい作品になりそうになかったので、途中で止めたんだろうな、というのが私の観た率直な感想。これら、苦労してミケランジェロが選んだ大理石のなかに、結局彫刻の魂はなかったのだろう。
 と、辛辣なことを言うのは、翌々日観た、ドゥオーモ付属美術館の未完のピエタを観てからのあとの感想。あそこには、本来ある魂を彫り出すのに、苦心惨憺し、結局敗北した、崇高な悲劇性があったけど、この彫刻群にはそういうものはなかった、と思う。

【ダヴィデ像】
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 フィレンツェの御土産店には、どこでもこのダヴィデ像が人気。
 大から小まで、いっぱいサイズがそろっております。

【ジョットの鐘楼】
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 アケデミア美術館から出たあと、チェントロに寄り、ドゥオーモ付属美術館に入ろうとして、行列に並んだあと、フィレンツェカードをリーダーにかざしたら反応しない。受付に理由を聞いたら、チェントロの洗礼堂前の7番の事務所まで行って、切符をGetしないといけないとか言われたので、そこまで行って手続きを済ませた。そこでは、大聖堂クーポラ、付属美術館、鐘楼のチケットをフィレンツェカードで入手できた。それで、鐘楼に登ってみることにした。

【鐘楼からの眺め】
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 チェントロの施設はすべて大人気であり、この写真に写っている行列は、鐘楼入場の行列。
 この行列みると、並ぶ気はしなくなるけど、ここで初めてフィレンツェカードが役に立った。
 この行列には、フィレンツェカード専用の入り口があり、そこでカードとさきほど手に入れたチケットを見せると優先的に入れてくれる。それで待つことなく、鐘楼に登ることができた。

【鐘楼からの眺め】
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 フィレンツェの象徴大聖堂がすぐ隣にあるので、それを観ることができるが、あまりに近すぎるので、あんまり全体像が分からない。
 やはり、大聖堂の姿を正当的に観るには、私はヴェッキオ宮殿を勧めます。

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December 30, 2017

イタリア料理:Taverna del Bronzino@フィレンツェ

 フィレンツェの料理店をネットでいろいろ調べると、ホテルの近くにある「Taverna del Bronzino」が、日本人に評判がよいようなので予約してみた。店のHPもあるので、それで料理について調べてみたら、HPの入り口は英語で案内しているけど、肝心のメニューはイタリア語onlyであり、しかもアラカルトしかないようなので、Google翻訳を使って事前学習しようとしたが、さすがのGoogle翻訳も伊→日は苦手なようで、何がなんだか分からない単語の羅列が出て来て、まったく役に立たない。それなら、店で直接お勧めの料理を聞いてみることにしよう。それで、店を訪ねたら、ちゃんとメニューは英語書きのものが用意されていた。さらに、アラカルト以外にもコースメニューはいくつか用意されており、そのなかに「伝統的トスカーナ料理のコース」というものがあったので、あっさりとそれを注文。
 ・・・フィレンツェでは、レストラン、タベルナ、ビストロ、それにピザ店、どの店でも英語メニューは用意されており、給仕も東洋人に対しては英語で話してくるので言葉の問題ではさほど苦労はなかった。まあ、宮崎の日向市でさえサーフィンの国際大会があったのを契機に、だいたいの店には英語メニューが用意されており、それからすると国際観光都市フィレンツェの料理店に英語メニューがないわけないのであった。

【前菜】
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 トスカーナ特製の豚肉、オリーブオイル漬けの豆に、トスカーナのパン
 油っこそうな料理であるが、意外とあっさりしている。

【第一の皿】
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 リコッタチーズとホウレン草を詰めたカペラッチのパスタ
 メニューには、この店は素材は地元トスカーナ産にこだわっていると詳しく書いており、特に野菜に力を入れているようであった。たしかにこのホウレン草は濃厚な味と香りがする。

【第二の皿】
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 牛肉と、チコリとホウレン草
 素朴に、あまり手を加えずに、肉の魅力そのものを出してきた感じ。

【デザート】
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 写真だけでは量が分かりにくいけど、どの料理も量が多く、牛肉は半分食べるのがやっとであった。
 そしてデザートは各種ケーキが取り放題という、ヨーロピアンスタイル。デザートは別腹という人たちには大歓迎のシステムであるが、さすがにそんなに食えるわけない。
 アイスクリームケーキを薄く一切れと言ったら、OKと返ってきたけど、出された一切れは、向うの感覚では薄く切ったつもりなんだろうけど、これはやっぱり厚いよなあ。

 店はおもに地元の人によく使われているようであった。そして料理も全体的にコテコテしたところはなく家庭的であり、地元の人に愛されるタイプのものであろう。
 サービスの係の人はノリがよく、店の雰囲気は明るく朗らかであり、いかにもイタリアの店という感じであり、楽しい時間を過ごせた。

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フィレンツェ 2日目

 パリではルーブルが、マドリードではプラドがその地の最高レベルのものを多く収蔵した、市を代表する美術館であるが、フィレンツェではウッフィツィがそれになる。ここで、ルネッサンスの美術を開花させたフィレンツェが生んだ天才たちによる絵画、彫刻のたくさんの逸品を観ることができる。

【ウッフィツィ美術館】
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 ウッフィツィ美術館は、市の中央広場からアルノ川への回廊的な建物であり、その立体的な迫力は素晴らしいものがある。

【入り口】
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 世界中から観光客が訪れるフィレンツェにおいて、その観光客がまず訪れる美術館であるだけに、客はたいへん多く、常に大行列がある。
 ガイド本による事前の情報では、フィレンツェカードがあると並ばずに入れるとのことであったが、フィレンツェカードって基本的にはプリペイドカード的役割しかなく、チケットを買うために並ぶ必要はないというだけであって、結局、予約客とフィレンツェカードを持っている人たちによる別の大行列に並ぶことになり、入るのに30分ほどかかった。

【ローマ皇帝像】
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 美術館に入ると、まずは3階まで上がって、それから展示室に行く。このとき3階の入り口にアウグストゥス像があり、そして中に入ると廊下にはずらりと歴代のローマ皇帝の胸像が並べられていた。どれもオリジナルであり、ローマの歴史のファンとして楽しいものがあった。
 フィレンツェは、「ローマの正当な後継者」と自負している都市なので、さもありなんという感じである。ただし、フィレンツェが理想としていたローマは、じつは共和制ローマであり、しかし、ここにあるのは帝政ローマ時代の像ばかりだったのは、少々苦笑させられるものがあった。

【美術品】
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 ウッフィツィ美術館に多数ある、人類の宝のような美術品は、それらをじっくり見ているととても一日では時間が足りない。
 とりあえず、絶対観なければならないいくつかの作品を紹介。
 美術の教科書に載っており、そして美術の歴史における必須品のような絵画が、ナマでじっくりと観られるわけで、まさに目の喜びである。

 そして特に感銘を受けたのが、ダ・ヴィンチの受胎告知。
 聖マリアの前に神の使いが現れるドラマチックなシーンは、数多くの絵が描かれ、それらはウッフィツィ美術館にもたくさん展示されているが、ダ・ヴィンチのこの絵は格がまったく違う。天使ガブリエルの迫真性と神秘性、聖マリアの清らかさと静謐さ、そして画面全体を占める神韻縹渺たる雰囲気。まさに神品というべきもの。

【ヴェッキオ宮殿】
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 ウッフィツィ美術館で名画を観過ぎて、頭が少々疲れたが、その隣にフィレンツェの名所ヴェッキオ宮殿があるのでここも訪れよう。
 フィレンツェの盛期に市政の中心として造られ、今も市役所として現役の建物である。

【ダヴィデ像(コピー)】
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 フィレンツェの精神を象徴するダヴィデ像は、フィレンツェのあちこちにあるのであるが、元々はここに設置されていた。人類の宝を雨ざらし野ざらしにするのはいかがなものかということで、今ではオリジナルはアカデミア美術館に移されて、コピーが置かれている。

【ヴェッキオ宮殿】
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 ヴェッキオ宮殿内の500人広間。
 この大きな部屋の壁には、もともとはダ・ヴィンチとミケランジェロが絵画を描くことになっていたのだが、残念ながら両者とも途中で中止となった。完成していたら、途方もない宝となっていたろうに。
 今はヴァザーリによる勇壮な壁画があり、これも立派なものだ。
 じつはヴァザーリの絵の下には、ダ・ヴィンチの描きかけの作品があり、これを復元しようという話もあったのだが、ヴァザーリの絵も名品なので、剥がすわけにはいかず、結局うやむやとなっている。

【ヴェッキオ宮殿の塔から】
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 フィレンツェで最も立派な建物である大聖堂は、いろいろな所から見下ろして眺めることができる。その代表的なところとしてミケランジェロ広場、ジョットの鐘楼があるけど、前者は遠すぎ、後者は遠すぎるとは思う。
 私としてはヴェッキオ宮殿の塔から見下ろす大聖堂が、距離といい、高さといい、最も適していた。

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December 29, 2017

イタリア料理:il paligio@フィレンツェ

 フィレンツエの一つ星イタリア料理店「Il paligio」は、ホテル・フォーシーズン内にあるレストランである。フォーシーズンはどこの都市でも気合いを入れて造られてるホテルなので、遠目にもすぐ目立つだろうと歩いていってみたら、ホテルのあるはずの場所には古い貴族の大邸宅みたいなものがあり、近代的なビルディングはない。おかしいなあ、と思いつつそこの前に行くと、そこがフォーシーズンであることが判明。そして、その建物はやはり昔の宮殿および修道院をリフォームしてつくられたものであることもあとで知った。

【Il paligio】
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 レストランは高級感あふれている。高い円蓋の天井、豪華壮麗な内装、絵画、照明、装飾品、それにテーブル、食器等々。
 食事は普通にコース料理を頼んだ。

【前菜1】
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 茹でた蛸、香草のクリームソース。

【前菜2】
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 タラバ蟹のプッタネスカ風冷製スープ

【前菜3】
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 炙りホタテをカリフラワーの上に、キャベツのピュレとシャンパンとチュービルのソース

【メイン1】
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 栗、兎シチュー、西洋山葵のリゾット

【メイン2】
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 鹿の腰肉のステーキ、西洋ネズと白ニンジンのピュレと梨のブランデーソース

【デザート】
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 素材もよく、味のバランスも良し。
 見た目美しく、全てに高度な技術の入った、高級系イタリアン。さすが星付きレストランである。
 料理も良かったけど、やはり店の雰囲気が良い。内装、設備が一級なのは当然として、給仕の人たちの物腰や所作が優雅である。そしてこのレストランは、日常使い用ではなく、「特別な日」として使われているようで、ゲストはみなきちんとドレスアップしている。ヨーロッパの人たちは、この手のレストランでの服装がじつによく似あっており、店全体がエレガントな雰囲気に満ち、それを感じるだけでも店に来た価値がある。
 素晴らしいレストランであった。

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フィレンツェ 1日目

 平成29年の年越しは、花の都フィレンツェで過ごすことにした。
 世界有数の観光都市フィレンツェは街の規模が小さいことから、5日もあればだいたい見るべきものはじっくりと見られるだろうと思っていたが、フィレンツェは街全体が美術館、博物館のようなものであり、見るべきものが多すぎて、結局は駈足で街を回らざるを得ず、見残してきたものが多くなり、この美しい街はまた訪れねばと思った。

 その駈足フィレンツェ旅行を忘備録的に。

【サンタ・マリア・ノヴェッラ教会】
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 フィレンツェの鉄道のターミナル傍にある教会。
 フィレンツェを訪れたら、まずは観光パスカードのフィレンツェカードを手に入れる必要がある。それでこの教会の近くにあるインフォメーションでカードを購入した。

【街路からドゥオーモを見る】
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 フィレンツェのシンボルであるサンタ・マリア・デル・フィエーロ大聖堂(ドゥオーモ)は、あまりに大きいので、どこからでもその姿の一部を見ることができる。
 だから、この建物は容易に探して、訪れられる。

【ドゥオーモ】
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 ドゥオーモに到着。
 近くだと大きすぎて、全体像がよく分からない。
 まずは中に入ってみようと思ったが、大行列だったので、あとで入ることにした。(結局、いつ行っても大行列だったので、入れなかった)

【共和国広場】
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 ドゥオーモからアルノ川へと向かう途中にある広場。

【ヴェッキオ橋】
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 アルノ川にいくつもかけられた橋のうち、最も有名な橋。橋の上には宝飾店がずらりと並んでいる。

【アルノ川】
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 イタリアを貫くアルノ川、ヴェッキオ橋からの眺め。

【ミケランジェロ広場】
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 ヴェッキオ橋を渡り、石畳の道を登っていくとミケランジェロ広場に着く。
 その名前の通り、ミケランジェロの代表作ダヴィデ像のコピーが置かれている。

【フィレンツェ展望】
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 ミケランジェロ広場から、フィレンツェ市街が一望できる。
 街の中心には、圧倒的存在感を誇るドゥオーモが。
 そして、ここから見るとドゥオーモの全体像がよく分かる。

【サンタ・クローチェ教会】
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 ミケランジェロ広場から下りて、広場からよく見えていたサンタ・クローチェ教会に行く。

【ミケランジェロの墓】
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 サンタ・クローチェ教会にはフィレンツェで活躍した有名人の墓がいくつもある。
 そして、そのなかでも特に有名なミケランジェロの墓。

【バルジェロ美術館】
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 サンタ・クローチェ教会から、バルジェロ美術館へ。
 フィレンツェの旅では、美術品で見たいものが多数あったが、優先順位でいえば、この美術館所蔵のダヴィデ像(ドナテッロ作)が一番だったので、美術館ではまずはここを訪れることにした。

【ダヴィデ像】
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 自立心と抵抗心が市民の心の核であるフィレンツェでは、それを象徴するダヴィデの像が、様々な作者により造られ、たくさんの像が設置されているわけだが、(実際に訪れてみると、うんざりするほどダヴィデの像がある)、そのなかで、ミケランジェロの高名なダヴィデ像よりも芸術的評価の高いダヴィデ像がこの美術館にある。
 しかし、二次元像で見ても、その価値がよく分からないので、実物を見てみたかった。
 そして、いざ実物を見てみると、そう言われる理由があっさりと分かった。
 とにかく美しい。そして精神性が高い。雄々しさとともに、戦いのあとの、儚さ、哀しさ、そういう複雑な感情が見事に表現されていた。

【イサクの犠牲】
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 バルジェロ美術館の至宝は、ダヴィデ像以外にも数多くあり、この「イサクの犠牲」は、ルネッサンスの幕開けを告げる重要な作品。
 歴史が、目の前にある生々しさ。


 バルジェロ美術館で、たくさんの名品を見て、酔うような感覚を覚え、けっこう疲れたが、しかし明日はさらなる大物美術館「ウフィツィ」を訪れる予定。
 しっかりと体調を整えていこう。

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December 24, 2017

不思議物件:土々呂の謎の塔

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 国道10号線を自転車で走っていたら、土々呂漁港を見下ろす小高い丘に、なにやら塔らしきものが建築中なのを見つけた。周りがメッシュシートで覆われているので、その本体の姿ははっきりとはしないが、かなりの高さのある塔であることは間違いない。
 全体的な形からは、「燈台」「電波塔」「煙突」「監視塔」などのどれかとは思われるが、どれもピンとはこない。
 ここは漁港なので、燈台はあってもいいが、この高さなら沿岸燈台だろうけど、それなら場所的にもっと沖側にないとおかしいし、もし防波堤燈台的なものだとしたら、それは既に足元にある。電波塔だと位置的には適切と思われるが、しかし電波塔は既に立っており、奥に一本小さく写っている。煙突ならその下になんらかの燃焼行為をする建物が付随しないといけないが、それらしきものは見えない。近頃隣の半島から不審船が日本海側に続々と漂着しており、それに備えての監視塔建設、というのはトピカルではあるが、この海域は日本海側ほど物騒ではなく、その必要性は乏しいだろう。
 というわけで、いろいろ考えるものの、どの説もピタっとはまるものはなく、そのまま国道を走っていたが、あの塔、どうも既視感がある、なんだったかな~と思いつつ走るうち、やはり国道10号線沿いに、「それ」が見え、なんであったかを思い出した。

【ヒマラヤ スポーツ&ゴルフ 延岡店】
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 スポーツチェーン店、ヒマラヤの広告塔である。
 これは、高さといい、形状といい、土々呂の塔によく似ている。これにシートかぶせたら、そのまま土々呂タワーになりそうだ。
 それで、これが土々呂の塔の正解、ということなら話は早いが、これはあくまで広告塔であり、ヒマラヤの本体は当然大きな平屋の店舗なのであって、ヒマラヤスポーツがまさか塔のみ土々呂に建設するわけない。もし建設したなら、笑う。
 結局、既視感の謎はとけたものの、おおもとの謎、「土々呂の塔は何なのか?」は分からぬままであった。

 ところが数週間して、同じ場所を通ったとき、塔は完成していてシートが払われており、その正体はあっさりと判明した。

【土々呂タワー】
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 携帯電話の基地局、電波塔であった。
 奥に同じようなものが立っていたため、まさかこれも電波塔とは予想していなかったが、誰が見てもこれは電波塔である。
 ということは、違う会社の電波塔が似たようなところに立った、ということなのであろう。どっちがどっちかは知らないが、たぶん奥がドコモで、新しいのがau。

 なにはともあれ、頭の片隅に残っていた疑問の一つが解決したわけで、少しばかりすっきりした気分で新年を迎えられることとなった。

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December 23, 2017

ジビエ忘年会@大崩山

 宮崎県北は山深い地であり、野生獣が数多く生息しており、それらは近年になってどんどん増殖して、農業・林業に深刻な害を及ぼしている。
 11月に狩猟解禁となり、大崩山美人の湯館長の大事な仕事、害獣駆除の日々がスタートとなった。そこで獲られた獣は、館長の元にストックされ、熟成されていたのであるが、そのままにしておいていいわけはなく、本年度も残り少なくなった日、大崩チームの忘年会が「大崩山・美人の湯」において開催され、それらのジビエでパーティを行うこととなった。
 まあつまりは、大崩山は景観の美ならず、美味しいものもふんだんにあるという、魅力あふれる地であることを、ともに実感しあい、満足しあうという、県北ならではの贅沢な会なのである。

【鹿のロースト、鹿カツ】
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【猪の肝臓、肉の煮込み】
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【熟成鴨焼き】
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【鹿肉煮込み】
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【鮎焼き】
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 ジビエのみならず、川魚、野菜も、地元で取れた、まさに自給自足のものばかり。
 いずれも、「地」の力に満ちた、味わい深い料理の数々であった。

【会場風景@大崩山美人の湯】
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 忘年会といっても、時期がちょうどクリスマス前なので、みなさん配られたサンタ帽をかぶってのパーティ。
 これは、延岡に最近ドンキが開店されたので、そこで大量に仕入れたものである。
 延岡、衰退の一路とか言われてはいるが、駅も新築しているし、ドンキも出来たしで、意外と盛り返している傾向はあるようだ。

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December 22, 2017

映画:スター・ウォーズ 最後のジェダイ

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 スペースオペラの大作、スター・ウォーズは当初から9作での構成が予定されており、それは宿命の一族「スカイウォーカー家」の物語が主軸となるものであった。
 1~6部はルーカスによって作成されたが、残りの3部は、ルーカスが体力的に無理だったのか、製作の権利を他社に移し、新たな製作陣でつくられることとなった。

 その再開された3部作は、「スカイウォーカー家の物語」という基本設定は継承されており、今回は4~6部の主人公であった、ジェダイ史上最高の才能の持ち主「ルーク・スカイウォーカー」についてかなりの割合をもって描かれ、彼の運命についてのいったんの結末をみせている。

 のだけど、なんか、どうにも納得いかず、もやもやしたものが残るのが、今回の映画の問題点といえば問題点ではあった。
 まあ、最初から「ジェダイ」というものが、もやもやした、あやふやなものであったから、そうなるのもしかたのないものかもしれないが。

 スター・ウォーズ世界では、「フォース」というものが世に満ちており、それを操る能力を持ち、かつその操作法の修業を積んだものがジェダイと呼ばれる。
 その能力は、遠隔操作でものを動かしたり、あるいは人の呼吸を止めて命を奪ったり、……は近代的動力・兵器が存在している世なのであまり大きな意味はないとして、その他に人の思考を読んだり、思考を操ったりする、というものがある。これは人間社会において、たいへん強力な能力であり、それを持ったジェダイは社会組織の上層部に位置し、「裁定者」「調停者」等の役割を果たしている。しかしそれは同時にたいへん危険な能力でもあり、それゆえジェダイは独自のマンツーマン方式による厳格な教育法を取り入れ、さらにギルド内に厳しい戒律を課している。

 けれども、そんな危険かつ便利な能力は、かならず一定数の者によって、それが善意が悪意かにかかわらず、本来の使い方と違った方法に用いられ、世を混乱に巻き込んでしまう。
 だいたいが、ジェダイの徒弟システム自体がうまく運用できたいたとはとうてい思えず、スター・ウォーズで幾組も出て来た子弟コンビは、かなりの割合で破綻している。マスター・ヨーダだって、ジェダイとしては偉大だったのかもしれないが、師匠として有能であったとはとうてい思えぬし。それで、ジェダイにおいて一定の割合で、「悪いジェダイ」が生まれ、それが災厄の原因となる。
 とにかく、ジェダイがあの社会にとって、常に厄介な存在であったことは間違いない。

 スター・ウォーズ弟7作では、若きフォース使いレイが、隠遁した伝説のジェダイ騎士ルークのもとを訪れ、ライトセーバーを渡すところで幕となっていた。
 その続編の今作では、とうぜん今までの作品群の基本設定を受けつぎ、ルークが師匠となってレイを鍛える、ということにならねばならないのだが、すんなりとはそうならない。
 なにしろルークは、自己であれ他者であれ、ジェダイという存在に疲れ果てており、ジェダイは滅ぶべしという信念に行きついているので、まっとうな修行が始まるわけもない。そして、ついにはスカイウォーカーの一族であり、ルークの甥であるカイロ・レンが暗黒面に堕ちた真の理由も明らかにされ、若きレイはルークとの決別を決意する。
 というわけで、ルークは今作において、廃人に等しい扱いを受けている。

 エンドアの戦いから30年経ち、伝説的存在となってしまったルークにはいろいろあったではあろうし、それに元々ルークはそれほど心の強い人ではない。(スカイウォーカー家の男性のメンタルの弱さは、まさにお家芸みたいなものだし)
 それゆえ、ルークがあれほど心が弱っているのはべつに不思議はないが、しかしその30年間については映画はなにも説明していないので、観る側としては、最初にルークがレイから渡されたライトセーバーをぽいっと捨てたところで、???となり、その後の展開も?マークが続いてしまう。特にカイロ・レンとのシーンは、弟6作目のルークを知る人には最大級の?マークが頭に浮かんでしまうであろう。

 でもまあ、とにかくルークの物語を最後まで描いたのは、それはそれで結構なことだとは思う。
 なによりルークを演じた、マーク・ハミルの演技は素晴らしいものであった。マーク・ハミルにとってルーク・スカイウォーカーは、人生と一体化したような、幸福でもあり不幸でもある、運命的な役であったわけだが、あの複雑な役を見事に演じ切っていたと思う。つまりは観客にとっては理解しがたいルーク像も、マーク・ハミルの熱演により、これもやはりルークなのだと、納得させるものはあったのだから。
 そして終幕近く、孤島に座禅するルークをバックに二つの太陽が沈むシーン。ああ、ルークはこの二つの太陽とともにずっとあったのだと、Epi4から見続けて来たファンにはぐっとくる感動的な名場面であった。


 ・・・ルークのことばかり書いて、他のことには手が回らなかったが、2時間半近い長尺のわりには、見所が多くて、そんな時間を感じさせない面白い活劇だったと思う。
 「スター・ウォーズ」というものに思い入れのあんまりない人には、映画にすんなりと入っていける、よい娯楽映画であろう。

【Binary Sunset】

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 スター・ウォーズ 最後のジェダイ 公式サイト

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December 17, 2017

雪の大船山@平成29年12月

 土曜の久住御池に続き、日曜日は大船山に登山。
 土曜は悪天候のなかの登山で大変であったが、本日の予報は午前は曇り、午後から晴れてくるという、まずまずの天候。もっとも当地の気温は最高でもマイナス2度というハードな日であり、高所ではさらに寒いに決まっているので、やはりしっかりとした防寒装備は必要である。
 そして晴れるのが午後からになるので、午後1時くらいに山頂に着くように、遅めの午前9時半にスタートした。

【タデ原湿原】
1

 長者原登山口から、すでに雪が積もっている。
 雲は高めのところにかかっており、目の前の指山レベルは問題ないが、その奥の三俣山は雲のなかだ。

【雨ヶ池】
2

 雨ヶ池は、雪におおわれ、雪ヶ池になっていた。

【坊がつる】
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 坊がつるは適度な雪の積もりぐあい。
 目指す大船山は、いまだ雲のなか。

【大船山五合目】
4

 坊がつるまでは、登山者の足跡も多かったが、大船山への登山道はぐっと少なくなる。新しい足跡は一人ぶんくらい、多くて2~3人といったところであった。(結局、このルートで出会ったのは一人だけだった。)
 そして五合目の展望所で坊がつるを眺める。大船山もこの高さでは雲はかかっておらず、まずまずの展望。

【登山道の霧氷】
5

 雲の流れは早く、ときおり陽が射せば、霧氷が輝いてきれいである。

【大船山山頂】
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 午後1時頃、大船山山頂に到着。
 残念ながらまだガスがかかっており、展望はきかなかった。

【御池】
9

 山頂から見る大船山名物の御池。完全凍結である。
 山頂にしばし滞在したが、ガスはだんだんと払われてきてはいるものの、山頂近傍からガスがなくなるにはまだ時間がかかりそうなので、一年で最も日の短い時期に、山頂に長く留まりたくなく、山頂からの展望はあきらめて下山することにした。

【稜線から】
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 高度を下げると、ガスの中から抜け出て、一挙に展望がきいた。
 大船山は山肌全体が樹氷で白く染まり、向かいの三俣山も半分くらいが白く染まっている。
 見事な風景であり、これを見たかったのだ。

【段原から】
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 行きのときはまだガスにおおわれていた段原も、山頂から戻ったときにはガスは払われ、展望がよい。
 向かいには白く輝く北大船山。

【段原から】
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 山頂方向を振り返れば、ようやくガスから大船山山頂が姿を現していた。
 今なら山頂からの景色もきれいだろうが、30分かけて登り返す気は、さらさらない。

【坊がつるから】
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 坊がつるに下りることには、空は晴れ渡っていた。
 青い空のもとに、純白の大船山が聳えている。ただただ美しい。

【坊がつるから】
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 三俣山も、半分は白くなっている。
 どっしりした安定感ある山容が、三俣山の特徴である。

【登山道から】
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 坊がつるから雨ヶ池に向けて登っている途中にある展望所からの、坊がつると大船山の眺め。
 大空を切り取る、白いスカイラインが見事。

【雨ヶ池】
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 帰りでの雨ヶ池。
 行きでは、ここから何も見えなかったが、空が晴れると、白い洋菓子のような、平治岳と北大船の美しい姿が見られた。


 今シーズンの九州はひさしぶりに雪が多いようなので、いろいろな山で雪模様を楽しめそうである。


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December 16, 2017

凍える久住@平成29年12月

 九州の山は例年より1ヶ月早く雪山シーズン突入。
 牧ノ戸峠のライブカメラを見ると、この時期なのに雪がたくさんと積もっている。
 これは是非とも行かねば、とは思うものの、週末の土曜日の予報では、天気は悪く、山間部はずっと雲がかかっており、さらには寒波が厳しく、すでに真冬の寒さになっているとのこと。
 寒さは装備次第でどうにともなるが、雲がずっと滞在しているなら展望はきかないので、それで眺望が魅力の久住山には登らず、この時期の久住の名物の凍結御池、それに中岳に行ってみることにした。

【牧ノ戸登山口】
1

 登山口からすでに登山道は雪道である。

【登山道】
2

 ガスに覆われ、視界がきかないなかを進む。
 扇ヶ鼻分岐手前あたりは霧氷ができやすいところだが、本日もきれいな霧氷が見られた。

【西千里浜】
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 西千里浜は風の通り道なので、降った雪はすぐに吹き払われ、雪が積もりにくく、それゆえ凍結したカチンカチンの道となっていた。ここはアイゼンを利かして慎重に歩こう。
 このあたりからさらにガスは濃くなり、風も強くなり、そして気温はマイナスなので、そうなるとどうなるかいえば、氷点下の水分が何かに吹き付けられると、そこで凍ってしまう。すなわち登山者の、登山着、帽子、ゴーグル、その他なにからなにまで白く凍り、パリパリになってしまった。
 前もよく見えぬガスから、ときおり人が姿を現すと、その姿はまさにパリパリの氷結魔人といった感じであり、この後何人もそういう魔人の姿を見た。

【御池】
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5

 本日の目的地、御池に到着。見事に完全凍結である。
 しかし視界はきかず、狭い池の対岸さえ見えない。

【中岳へ】
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 御池と中岳はセットみたいなものなので、御池に来たからには、凍った御池を渡ってそれから中岳に登ってみよう。
 ガスは濃く、視界のまったくきかないなか歩を進め、最初の少し開けたところで右に曲がり、中岳に向かっていったが、どうにも地形の感じが妙である。ここはぜったいに稜線上ではない。それでGarminGPSを見て現在地を確認すると、なんと全然違う方向である避難所のほうに向かっている。持ってて良かったGPS、ということで来た道を引き返し、それから正規の中岳への稜線ルートに入った。

【中岳】
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 中岳山頂に着くと、稜線上でさえ風が強かったが、山頂はさらに風の速度が増している。そして気温も寒さの極みであって、とても長居できるところではなく、写真を撮ってさっさと退散。
 帰路も、天候が回復することはなく、ガスにつつまれたままの寒い道のりであった。

 駐車場に着くと、車もパリパリに凍っており、中に入ると窓全てが凍りついており、まったく何も見えない。暖房を全開で利かして解凍しようやく出発できた。


 そして長者原のホテルに泊まり、今シーズン初の雪見風呂で私自身も解凍。
 こうして寒い一日が終わったのであった。


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December 14, 2017

映画:オリエント急行殺人事件 & 「名探偵」に対する私的考察

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 ミステリ映画の傑作「オリエント急行殺人事件(1974年)を、「超豪華キャストでリメイクした」、というこの映画。前作はたしかに大俳優を綺羅星のごとく配役したオールスターキャストの映画であったけど、今回の配役では大スターといえるのは、ジョニデとペネロペくらいであって、あとは往年の大スターが2~3名、将来大スターになるであろう有望若手女優が一名、残りはまあ普通という、超豪華とうたうには微妙なものであった。
 ジョニデは被害者役なので、そうなると真犯人はペネロペで決まりだろう、と大体のミステリ劇なら想像はつくけど、ただしこの作品はそう単純ではない。
 というのはアガサ・クリスティの原作自体がミステリの代表的古典であって、ミステリ好きなら内容はまず知っているだろうし、また映画のほうも有名な古典的名作であり、つまりはこの映画を観る人の大半は、犯人を最初から知っている、それを大前提として作られているからだ。
 そうなると製作者は、古典の音楽を編曲するかのごとく、いかに現代風にアレンジを利かせるか、というのが勝負になる。アレンジといっても、これほどの古典ミステリを、大改編するわけにはいかないだろうから、原典の本筋を保持したまま、新たな魅力を描出する、そういう手腕が必要になる。どういうふうにみせるのだろう?

 まあ、そんなことをまず考えながら映画を観てみたが、この映画は当たりであった。何より映像が素晴らしい。
 あのころの世界の憧れであった豪華寝台特急が、時代背景そのままに再現され、異様にまでに美しいイスタンブールを出発してから、険しい氷雪の山岳地帯を進んで行き、突然の雪崩による脱線事故が起きる、これら一連の映像美は見事の一言。
 そして、この事故から映画は主に列車内に場面が移り、突然起きた謎に満ちた殺人劇をテーマにさまざまな人間劇が繰り広げられる。

 ここでの劇は、1974年製作の前作が名探偵ポワロの老練な会話術を駆使した推理劇を主体にしていたのに比べ、謎解きは淡泊に進められ、それよりも、列車内にいた人々の「正体」をあぶりだすことにポワロの考察は主体となり、そしてそれはやがてポワロ自体の「正体」もあぶりだすことになっていく。この緊張感に満ちた人間劇は、最後のクライマックスのところ、「犯人は誰か?」ということとともに、「名探偵とは何か?」という問いへも、一定の解答を示すことになり、感動的な終幕を迎える。


 ここで、いったん映画から離れて、「名探偵」というものについて考えてみる。
 いわゆる推理劇、「謎解き」という人々の興味をそそる題材は、古代より多く創作に扱われてきた。これらの謎解きは、種々な立場の人々によって行われてきたのだが、近代になって、「犯罪者を特定できる、もっとも強力な存在であるはずの警察等の公的捜査機関でも手におえないような難事件を解決できる」、超人的頭脳を持った「名探偵」が活躍する推理劇が開発され、それ以降は推理小説は名探偵がセットということになった。

 小説を含めた創作では、様々な職業の人が登場し、それらはほとんど現実に存在する職業ではあるが、こんなに多くの小説が書かれた推理小説において、「名探偵」とはまったくの架空の存在であり、そんな者は現実には存在しない。
 しかし、そういう架空の職業がなぜ創作にこれだけ出てくるかといえば、それは理由は明らかだ。「名探偵」というものがあまりに魅力的だったからだ。

 世の中、ある分野において、何が発祥かという問いは、けっこう難しいことが多いのだが、「名探偵」についてははっきりしている。
 アメリカの作家「エドガー・ポー」が書いた小説「モルグ街の殺人」に登場する探偵「オーギュスト・デュパン」が、名探偵の原点であり、決定版である。これ以後の「名探偵」はすべてデュパンのパロディ、と言ってはなんだが、弟、子、孫、曾孫、そういった存在であり、つまりは派生物である。シャーロック・ホームズが代表的な「子」であり、クリスティ女史創出のポワロは「孫」くらいに位置する。

 さて、現実には存在しないような超人的能力を持った「名探偵」が登場する推理小説は、初期のほうは読者は鮮やかな謎解きを楽しんでいればよかったのだが、そのうちだんだんと問題点が出て来た。
 一番の問題点は、名探偵に精神的負担が課せられることになったことだ。
 推理小説では、通常の捜査では解決困難な難題がテーマになるので、犯人も相当に能力の高い者が担当になる。そうなると、事件が終末に近くなり、真の解答を知るのは、この世に名探偵と犯人のみ、という状況が生じる。それは、犯人を告発できるのは、この世に名探偵一人のみ、という状況であり、つまりは名探偵には必然的に、裁判官的な、人を裁く役が回ってくるのだ。犯人にも、それなりに事情はあるのであって、それを考慮もせずに、ばったばったと犯人を摘発していくことは、名探偵といえど、神ならぬ身、きわめて精神的に負担がかかることであり、こういうことが続くと心が壊れかねない。
 この問題については、当然推理小説創生の早い段階から生じ、特にクリスティと同世代の大作家、エラリー・クイーンにおいて顕著となり、やがては後年のクリスティも直面することになり、読者を当惑させる作品を残している。

 ここでまた映画に戻る。
 しかしながらポワロは、そういう苦悩とは関係ないような名探偵として、冒頭部で登場する。彼は世の中には善と悪の二つしかない、すべては、そのどちらかに分かれるという考えの持ち主で、きわめて怜悧な、あるいは冷淡な精神で事件に対処する。
 ところが、オリエント急行殺人事件では、なにが善か悪か、誰が善人で悪人なのか、非常に複雑難解な状況となり、ポワロは懊悩のすえ、ある決断をくだす。この決断にいたる、ポワロの精神の葛藤劇が、この映画での見せ場というか山場であり、それはとても感動的に描かれていたと思う。とくにその舞台が素晴らしかった。

 以下、その舞台について書いてみる。
 ここからは少々ネタバレを含むので注意。


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【終幕の舞台】
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 推理劇の〆の王道は、容疑者一同を一室に集め、おもむろに名探偵が「犯人はここに居る」と宣言し、それから推理を述べる、というものである。
 オリエント急行殺人事件にもその場面はあるのだが、原作と違い、一同は客車のなかに集まるのでなく、避難先のトンネル内に一列に並んで座っている。
 この構図、誰が見てもダ・ヴィンチの「最後の晩餐」そのものである。

【最後の晩餐@ダ・ヴィンチ】
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 「最後の晩餐」は、いうまでもなく、イエス・キリストが捕えられる前夜を描いた名画である。ここでイエスは、集まった弟子たちのなかに裏切り者がいることを告げ、弟子たちは動揺する、その一瞬を捉えた絵だ。この場面って、容疑者一同集めての、名探偵による犯人(裏切り者)宣告、という推理劇の〆そのものである。
 そして名探偵イエスは、裏切り者はユダ一人だけでなく、お前たち全員だと、アクロバット的な宣言を続ける。身に覚えなき弟子たちは仰天し、そして一番弟子ペテロは、師よなんてことを言うのです、私はけっしてあなたを裏切りませんと主張するが、イエスは、いやお前は一回のみならず三回も私を裏切ると断言する。
 聖書は、最後の晩餐のあと、イエスの言葉とおりに弟子たちが裏切るシーンを、執拗なまでに詳細に描いているが、これらの弟子は将来のキリスト教の主要な布教者であり、特にペトロは初代法王なんだから、もう少しマイルドな描写のしようもあるだろうにと私などは思ってしまうが、ここまでリアルに書いているのは、ようするにこれが当時皆に知れ渡っていた、まぎれなき事実だった、ということなのだろう。
 なにはともあれ、この最後の晩餐における人間劇は、「人間の心の弱さ、卑怯さ」を、厳格に物語っており、そして人間とはかくも弱き存在なので、それを乗り越えるためには、超常的なもの、つまりは宗教が必要ですよ、とそんな結論をつけにいっているのが、聖書という書物ではある。

 そして、現代版の「最後の晩餐」では、人間劇はどう描かれたか。
 さすがに初版から2000年近く経っては、人間も進歩はしたようで、ここで描かれるのは「弱さ」や「卑怯さ」ではない。
 名探偵の指摘に、集まった人々はうろたえることせず、かえって自らの信念を貫こうとする。そして、ポワロの残酷な試しに、そこである登場人物が見せたのは、強い覚悟、強い意志であり、それは人間の精神の崇高性を示すものであった。
 それによりポワロは、心に強い印象を受け、そうして彼は単純な善悪二元論を脱して、次なる高みに脱却していく。
 すなわち、この映画では主人公はポワロであり、主筋はポワロの精神の成長劇だったのである。

 この映画はシリーズ化されるそうで、次は「ナイルに死す」であることが、終幕で明かされているけど、そこでは以前に作られた作品とずいぶんと違ったポワロ像が楽しめそうだ。


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 オリエント急行殺人事件 公式サイト

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December 10, 2017

弟31回青太マラソン & ワイン会

Aotai

 宮崎の冬の名物、青島太平洋マラソン。
 昨年話のタネに走ってみたら、たいへんきつかったが、それなりに面白くもあったので、今年はどうしようと思いつつ、申し込み初日にネットにつないだら、あっさりとつながりエントリできたので、参加してみることにした。
 これは、私はけっこう幸運だったのであり、申し込みはあっという間に〆切りとなって、参加できなかった人がたくさんいたことをあとで知った。

 エントリが6月だったので、半年あればそれなりに準備はできると思いつつ、宮崎は夏は暑いのでまったく走れず、10月になってようやく涼しくなったので、晴れた朝に適度に走っていたが、11月になって急に朝が寒くなりまた走れなくなった。
 それなら休日の午後でも使って練習すればいいようなものだが、休日にわざわざ長距離走る気にもなれず、たいていは山に登ってしまっていたので、せめて山登りをしているときは、平地では速度を速めて、なるべく筋力をつけるような歩き方をこころがけて、それなりに準備を整えた。

 そして当日となる。
 昨年の経験から、5kmまではアップなのでだるい、10kmくらいでエンジンがかかる、10kmくらいから25kmまでは快適、25kmから30kmまではきつくなり、そして30kmからが苦難の走り、となるのはだいたい分かっている。
 すなわち30kmから先が、マラソンの核心であり醍醐味なので、ここまでいかに体力筋力を温存しつつ、しかしそれなりの速度で走るか、それらを考えながらの走りとした。
 ここが昨年と違うところである。

 今回は天気予報では晴れであったが、ずっと曇天であり、ときおり小雨も降る寒い日であり、マラソンにとっては好コンディションであった。
 そのため、走りだすと、昨年より足が軽く感じられ、20kmまでは1km5分30秒、20~30kmは6分のペースで快調に走られた。しかしながら、30km過ぎると途端に脚力が低下し、ぐっとブレーキがかかってしまって、トロピカルロードの10kmは果てしなき苦行の旅となった。
 これは昨年同様であり、全然学習してないじゃんか、ということになるのだろうが、しかし全体の速度を遅くしたら筋力が温存できるかどうか、というのもなかなか難しいところであり、全体としての最適なバランスの走り方って、結局は数をこなさないと会得できないのだろうなと思った。

 そういうわけで、トロピカルロードは、まさに棒になった脚を無理やり前に出しながら、まわりの美しい青島、太平洋の眺めもどうでもよく、早く終われ、早くゴールに着け、とそれだけ念じながら、へろへろになってなんとかゴール。

 それでも終わってしまえば、ゴール会場での冷たいコカコーラは身体中にしみわたる爽やかさ、美味しさであり、そしてもう走らなくてよい、という安堵感、解放感はたまらないものであって、この一時の幸福感をいったん知ってしまうと、マラソンってなかなか止められないだろうな、と実感する。
 じっさい、こんなきついスポーツなのに、愛好者はヤマほどいるわけだし。


 ゴール会場でしばしくつろいで、それから完走証をもらった。
 タイムは4時間半ばであった。昨年よりも15分ほどタイムを縮められたので、それなりに進歩はしていたみたいであった。


 青太マラソンは、フェニック並木で有名な国道220号線から宮崎中心街の橘通りから宮崎神宮前の国道を、ランナー専用に貸し切って使う、大イベントであり、普段は車しか走れぬ宮崎の主要道路を、堂々と走れる、走っていてたいへん気持ちのよいものであり、宮崎に住んでいて、それなりに走れる人はやはり一度は参加したほうがよいイベントだと思う。
 私も来年も参加してみたいが、問題はネットにつながるかどうか、まずはそれからだな。

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 さて、本日はもう一つイベントがあり、夜は宮崎市のフレンチレストランでワインラヴァーの忘年会である。
 マラソン後、温泉施設で、おもに水風呂に入って、しっかりとクーリング。私の場合、これしとかないと、翌朝、けっこうな確率で足が攣ってしまう。そのあとしばし休憩して、レストランへGo。

【ワイン】
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 今年最後のワイン会、ということもあって、なんだか気合の入ったワインが並んでいる。
 とくに今回のスターは、主催者持ち込みの「Le Fleur 89」。元々生産量も少なく、しかも生産者もいなくなったので、今では入手困難となった幻のワインであるが、ワインには旬というものがあり、もう飲みごろだろうからと、主催者が放出を決めたもの。

【Le Fleur 89】
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 ワインというものは、べつに貯蔵品とか美術品とかではなく、飲んでから初めて価値を持つものなので、もっとも美味しいと思われているときに抜栓され、周囲に香りをまきちらし、飲まれていくのが、世のため、人のため、ワインのため、というものであり、そしてじっさいにこのような美味しいワインを飲め、みな幸福感にひたるのであった。

【メイン料理】
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 本日の料理は、いつもながらシェフの腕が立っており、どれもすばらしいもの。
 今の時期、もっとも旨味のます蝦夷鹿に、黒トリュフをたっぷりとかけて。

【クレープシュゼット】
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 デザートは、ソムリエ氏の名人芸がみられるクレープシュゼット。


 マラソンも完走でき、美味い料理と、豪華なワインも楽しめた、実り多き一日であった。

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December 03, 2017

納会サイクリング+忘年会@田中サイクル

 一年の経つのは早いもので、忘年会をちょいと前にしたと思ったら、もう師走である。早いなあ~。 
 ・・・中高年の、一般的感想か。

 それで12月になると、最初の週末日曜は、恒例の田中サイクル納会サイクリング。
 この会は、毎度天候が悪くて、中止になるパターンが多いけど、今回は天気予報では晴天である。
 これは気持ちよいサイクリングを楽しめる、と思っていたのだが、当日の朝は、外を見ると路面は濡れているし、上空の雲は雨雲である。
 となると本降りにはならないにしても、小雨まじりのサイクリングになると思い、とてもスリックタイヤのロードバイクで走る気にはならず、近頃街乗りで愛用しているクロスバイクGiant Escape R3でGo。ちなみにこのバイクはアルミフレームなので、頑丈なリアキャリアを設置しており、荷台に嵩張る雨具の類も詰め込めた。

【田中サイクル前】
1

 店主の一年の〆の挨拶のあと、午前9時にスタート。

【五十鈴小学校前】
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Escape

 店からは、グリーンロードを使って、五十鈴小学校まで走行。
 この道は広くて、交通量も少なく、サイクリングに適した道である。
 しかし、私はここでEscape R3の欠陥を発見。
 このバイク、シティサイクルに比べると、はるかに快適に走られるのだが、ロードバイククに比べると、まったく性能が違う。
 ペダルを踏み込んだときの推進力が弱いので、ロードバイクのあとを、ドラフティングしても、脚を止めると、あっというまに後退するので、まったく脚が休めない。
 おかげで、常に先頭に立っているような感じで脚を回さないと、とてもロードバイクについていけないので、たいへんに疲れました。
 やっぱり、「颯爽と走る」という能力において、ロードバイクはどうしようもないまで偉大です。

【松瀬】
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 五十鈴小学校前からは、五十鈴川に沿って走り、松瀬の商店から北方へ向かう。
 この商店は、地元の野菜や、イチゴ、蜂蜜、自然薯がリーゾナムルな値段で売っていて、いい店である。参加者は、いろいろと購買いたしました。

【田中サイクル前】
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 北方から大瀬川に沿って、田中サイクルへと戻る。
 途中小雨が降ったが、着いてみると、予報通りの好天になった。

【カレー】
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 納会サイクリング名物の昼食は、田中サイクル特製カレー。
 大きな鍋でカレーをつくると、それだけうまさは倍増になる。

【忘年会】
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 忘年会は恒例の松乃寿司にて。
 いつも行われる抽選会の景品は、今回はサイクルグッズではなく、店主が先月訪れた四国でGetした土産の数々。
 四国の名物といえば、うどんに酒に酒の肴etc。
 どれも当たってうれしいものであった。

 店主は四国の変化に富んだ美しい風景に感激し、来年は四国サイクリングツアーを計画したいとのことで、私もなんとか参加したいものです。


 田中サイクル会。
 今年もいろいろなイベントはあったけど、誰も大きなケガも病気もせずに過ごせた年であり、来年もそれを続けていきましょう。

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December 02, 2017

臼杵で登山と河豚:鎮南山&うおんたな

 紅葉を求めて九州の低山を登るシリーズ3回目。
 今回は臼杵の紅葉の名所、鎮南山を登ってみよう。そして臼杵は、河豚の名所でもあるから、登山のついでに河豚も味わってみるという二段構えの計画である。

【登山道への入り口】
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 鎮南山の登山口は、国道217号線からこの細い坂道を登って行く。
 見た目、進むとどんどん狭くなりそうな道なので、不安を感じたが、上に見えるカーブを超えるとそれなりに広くなってくるので、あんまり心配はいらなかった。

【跨道橋】
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 先の道を行くとやがて道が行き止まりとなり、その奥に駐車場がある。
 車を止め、登山口方向に歩くとすぐに高速道路をまたぐ橋に出る。

【登山口】
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 橋を渡ると、すぐに鎮南山登山口。
 まっすぐの林道と、左の階段、どちらを使っても同じ道に出る。
 まずは奥に紅葉の見える林道に行こう。

【林道】
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 林道には、明るい陽光を浴びて、紅葉が鮮やか。

【リトル鎮南山】
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 林道から登山道に入り、しばし上って行くと、最初の展望所である「リトル鎮南山」に着く。
 ここから臼杵市、それに臼杵湾がよく見渡せる。
 手前の雑木林がほどよく紅葉しており、晩秋のすてきな風景だ。

【登山道】
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 登山道は7~8合目あたりが、楓が多く植樹されており、旬の時期はさぞかし美しいと思われる。
 本日はピークを1週間ほど過ぎており、色褪せた紅葉と、それにどっさり散った枯葉によるややさびしい風景。

【塔尾】
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 鎮南山は二峰の山で、手前のピークが塔尾。石鎚社が祀られている。
 石鎚社の本家はもちろん四国の石鎚山であるが、あそこまで行って登るのは大変なので、こういう地の便のよいところにも石鎚社があるのは、御神体にとっても、参拝者にとってもいいことであろう。たぶん。

【展望】
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 ここからの展望は、先ほどのリトル鎮南山よりも標高が高くなるぶん、さらに景色がよい。
 そして臼杵市って、そこを歩いているときはそれなりに広さを感じるのだが、全体像をみると、ずいぶんとコンパクトな街であることがよく分かる。

【鎮南山山頂】
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 次なるピークは、塔尾から歩いて600mくらいのところ。
 鎮南山は臼杵市民に親しまれ、よく登られる山なのであるが、塔尾までと、それから先は道の踏み跡がまったく違っており、塔尾以降の道はあまり使われている雰囲気はなかった。
 ネット情報では、鎮南山は一般には塔尾が山頂と思われている、とのことだが、たしかにその通りであった。

【山頂展望所】
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 鎮南山山頂はあんまり展望はよくないけど、少しばかり西方に行くと、3mくらいの高さの岩があって、そこに登ると展望がよい。
 臼杵湾に浮かぶ、おむすび型の津久見島が印象的だ。

【山庵寺分岐】
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 山頂からは北方向に下っていくと、山庵寺へと続く。
 しかし、その分岐点、赤テープが張られ、通行禁止となっていた。
 それでさらに下って、林道経由で寺へ向こうことにした。

【林道】
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 登山道をずっと下ると、やがていったん舗装路に出る。ここから山庵寺へ向かう。

【山庵寺】
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 林道を歩くうち、山庵寺へ。
 この寺、いわゆる人里離れたところにある、本当の「山の中の寺」であり、調べると、いろいろと複雑な歴史があり、面白い。
 ここで休憩していた地元の人としばし雑談。
 しょっちゅうこの山に登っている人だったけど、やはり紅葉のピークは1週間前だったそうだ。

【下山】
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 山庵寺からしばし林道を歩いて、元の登山道に合流し、それから下山。
 登山口へは、行くとき使わなかった階段を使用。
 ここを下山に使うと、展望が良いので、下山にはこの道を使うのがよいようだ。

【河豚セット@臼杵】
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 最初に述べたように、今のシーズンの臼杵は、紅葉の山が名物、だけというわけではなく、どころか、河豚のほうがよほどの名物なので、山登りだけで済ますのはもったいなく、河豚を食わないわけにはいかない。
 それで、臼杵の鮮魚居酒屋店の名店「うおんたな」で、河豚セットを楽しんできた。
 臼杵は、河豚を出す店が、専門店から寿司店、居酒屋、料亭、いろいろとあり、そのすべてで、それに見合った美味しい河豚料理を出す、まさに「河豚の聖地」なのである。

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