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August 24, 2016

読書:コンビニ人間 (著)村田 沙耶香

Convvenience_2

 月刊誌「文芸春秋」は毎月読んでいるので、年に2回発表される芥川賞作品もそのついでにだらだらと読んでいるが、今回の受賞作「コンビニ人間」は、久方ぶりにとんでもなく面白いと思った作品。たぶん川上弘美の「蛇を踏む」以来だから、かれこれ20年ぶり。

 主人公は、「変人」である。
 彼女は小学生の頃から他人と変わっていた。あるとき公園に小鳥が死んで落ちているのを見つけ母のところに持っていき「これを持ち帰って、焼き鳥にしよう」と言った。なぜなら家族はみな焼鳥が大好きだったからである。しかし母は愕然として、こんな可哀相な小鳥に対して何を言うのかと責めた。
 小学校のクラスで、授業中に男子生徒が喧嘩で殴りあいをしたとき、みんなが「止めて、止めて」と騒いだことがあった。主人公は掃除箱からスコップを持ちだし、一人の頭をぶん殴って戦意を喪失させ、残る一人にも殴りかかったところで周囲に必死に制止される。
 ある時は、ヒステリー持ちの女教師が感情の制御が効かなくなり、教壇でパニック状態になって怒りまくり、みんながおろおろしたとき、彼女は女教師に近づき、スカートとパンツを一挙におろし、そこで女教師を一瞬にして静かにさせ事態を収めた。もっともそのかわりに女教師は泣きだしたわけだが。主人公がそういう行動をとった理由は、「家でみた映画で、服を脱がされた女性がすぐに静かになったシーンがあったから」であった。
 主人公の行動は、彼女なりの体系だった論理に基づき、またその論理はそれなりに正しいのだが、周囲はまったく理解できず、彼女はしょっちゅう親とともに職員室に呼び出され、親はいつも「なんでこの子は普通のことができないんだろう」と嘆く。

 こういう人物がやがて36歳になるまでの人生を題材としたこの小説は、ミステリ系あるいは社会派の作家が書いたなら、やがて社会を震撼させるサイコパスの一代記とかになりそうだが、しかし本小説の主人公は心の優しい人物だったので、そうはならない。

 主人公は自分の論理に基づいた行動により、家族が迷惑を受け悲しむのを知り、そういうことが起きないように努力する。自分を抑え、自分の論理でなく、他人の論理で行動する、すなわち他人の真似をして生きるようにして、無用なトラブルを避けながら人生を送った。

 しかし学生時代まではそれでよいとして、やがては社会に出て自活しなければならない。彼女には、社会のなかで「自分のやりたいようにして生きる」という選択は最初からないので、「社会人」として生きるには何らかの規範が必要になる。
 ここで主人公が見つけたのがコンビニストアのバイトである。
 コンビニでは全てがマニュアル化されている。挨拶のしかた、客への対応、同遼とのつきあい、仕入れ、展示、発注などの業務全般等々。彼女はそれらを完璧に己がものものとした。彼女は思考・行動をコンビニと一体化させ、まさに「コンビニ人間」と化す。
 彼女は「コンビニ人間」となったことで、社会のなかのパーツにぴったりとはまり、それからは順調な人生を送る。そして、その生活は16年続いた。
 さすがに同じコンビニ一店でのバイト生活が16年間も続くと、周囲から奇異の目で見られてくる。何故この人は正社員にもならずにずっとバイト生活を続けているのだろう? そもそも仕事以外ではまったく他人とつきあっていないが、人間的にひどい欠陥があるのだろうか? 等々、主人公にとってはお節介でしかない周囲からの干渉が増え、彼女の「コンビニ人間」としての生活が脅かされてくる。
 その頃、コンビニに生活能力ゼロの全くの駄目男が入社し、主人公が「とりあえず男とつきあえば、社会からまともだと扱われるらしい」と思い、彼がコンビニをクビになったあと、共同生活を始めて、物語は新たな方向に展開する。


 とにかくおもしろい小説である。
 主人公の思考が相当にぶっ飛んでいるわりには、論理としては一貫していて揺るがないので、主人公の存在感がとてもしっかりしている。そしてそういった「自分が確立し過ぎている」人はどうしても社会と齟齬を来し、その社会生活は軋轢を生みがちになる。そういった人がなんとか社会に参加するには、往々にして宗教とかににすがって、そのコミュニティの一員になったりしがちだが、主人公は「コンビニ」という、現代社会の最も機能的で合理的なものを発見し、社会参加へのてがかりとすることができた。
 ただし宗教の信者とかと違って、「コンビニ人間」の存在はまだまだ世間には認知されていないので、周囲には理解されがたい。
 この小説では、「コンビニ人間」として生きて行くことに困難を感じた主人公が、それに対処するため新たな試みを行い、紆余曲折があって、やがていかなる人生を選択するに到ったかまでをきちんと書いている。


 この小説の作者村田沙耶香氏は三十七歳独身女性、大学卒業後からずっとコンビニのアルバイトをやりながら作家稼業を行っていたという。
 それで誰しもこれは自身をモデルにした小説だと思うだろうけど、文芸春秋に載っていたインタヴュー記事によると、「主人公と私はまったく違う」とのことである。ただしコンビニへの愛情は本物であり、自分はコンビニにより救われたとまで言い切る。
 現代社会では不可欠の存在となっているコンビニ。物流以外でも、それは精神社会にも影響を及ぼしている。その目でコンビニを見直すと、いろいろとまた違うものが見えてきそうだ。

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 村田沙耶香著 コンビニ人間

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