映画: バットマンvsスーパーマン
アメコミ界の二大スター、バットマンとスーパーマンが対決する話。
これっていろいろと無理があると思う。
バットマンは一地方都市の用心棒に過ぎないのに対し、スーパーマンは世界規模の存在で幾度も地球の危機を救っているヒーローである。格が違いすぎる。例えれば、鼠が象に喧嘩をふっかけるような話であり、設定に無理がありすぎ、駄映画になるのは確実と思われた。
しかしそれでも観てみる気になったのは、予告編の出来がよかったのと、バットマンをベン・アフレックが演じるということによる。ベン・アフレックはアホな脚本の映画には出ない役者であり、彼が主演というからには、それなりの意味があるのだろうと思ったのだ。
そして観た感想といえば、なんだか微妙な出来の映画ということ。
バットマンがスーパーマンを地球から排除すべき敵と思いこんだのは、スーパーマンの力が圧倒的すぎて、もしもスーパーマンが人類に敵対する存在となったとき、それを制御するすべがないという不安による。
しかし人類に対して悪意を持つ地球外生物が幾度も地球を襲っているなか、それに対抗しうるのはスーパーマンしかない、という現実があるのに、そのような考えを持つのは、危ない思想であり、ほとんど妄想に近い。
ただ、バットマンがそういう認識を持つにいたった経過は、きちんと映画では語られており、そこにバットマンの性格というものが如実に表れている。
正義の味方であるスーパーマンは、人類にとって圧倒的な存在である。そのような傑出した存在に対して、一般民衆は、憧れと憎しみ、この二律背反する感情を常に抱くものである。そして後者の暗い感情は往々にして暴走しがちだ。
バットマンは全シリーズ通して、良い意味でも悪い意味でも常識的であり、また凡人的な思考の持ち主である。だからこの映画では一般大衆の思考に押される形で、勝手に人類の代表のような存在になり、スーパーマンに対決を迫るわけ。
まあ、そんなこんなで、神に等しいスーパーマンと、特製強化バトルスーツで武装したバットマンとの戦いが始まる。
ここのアクションはひじょうに素晴らしかった。
しかし、アクションよりも、さらなる見所はワンダーウーマンであった。
ワンダーウーマンは、映画のタイトルにはまったく出ていないけど、劇場で配られるしおりに主役2人と並んで載っており、そして主役級の活躍をみせるキャラクターである。
じつのところ私のような中年世代にとっては、ワンダーウーマンとはリンダ・カーターが決定版であり、ワンダーウーマンといえば、誰しもこのリンダ・カーターの姿を思い浮かべるのであって、最初はこの映画のワンダーウーマンには違和感を覚えた。
しかし、場面が進むごとに、この美しく、スタイリッシュで、逞しい女性は、神の娘ワンダーウーマン以外のなにものでもないと思えてきて、よくぞこんなにワンダーウーマンそのものの役者をみつけてきたものだと感心してしまった。まあ、「ワンダーウーマンそのもの」をじっさいに見た人はいないんだけど。
というわけで、ワンダーウーマンの登場からは、彼女の活劇ばかりに目がいってしまい、ワンダーウーマン万歳といった感じとなり、バットマンとスーパーマンの映画がワンダーウーマンの映画に変じてしまった。
ワンダーウーマンに関しては、同じ役者で、つぎなる映画がつくられるそうで、これは楽しみである。
バットマンVSスーパーマン 公式サイト
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