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March 2016の記事

March 26, 2016

春の行縢山

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 暖かくなり、もう行縢山のミツバツツジが咲きだすころだろうと思い、ぶらりと行縢山へ。
 雄岳に登ると、日当たりのよい頂上はミツバツツジが5分咲きといったところで、春の訪れを告げていた。

 山頂には県外かららしい登山グループがいて、「これがアケボノツツジか。きれいだな~」などと、とんでもない間違いを言っていた。さすがに、そういう誤解を持ち続けるのは当人にとってもよろしくないことと思い、やんわりと、「それはミツバツツジという花で、アケボノツツジはあと2~3週間後に、あっちの雌岳のほうで咲きますよ」と教えておきました。

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March 21, 2016

長門の名勝

 山陰の幹線道路、191号線はそのまま走っていると、海岸線に沿っていくつもある山陰の名勝を見逃すことになってしまう。だから観光目的でこの地を訪れた人は、適宜枝道に入ってそれらを訪れるようにしないといけない。

【元乃隅稲成神社】
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 稲荷神社といえば、赤い鳥居がいくつも連なっている形式が名物となっていたりするけど、ある意味その完成形が見られるのが、ここ元乃隅稲成神社。
 この神社の設立のもともとの理由は、海の幸への感謝だったそうだが、海に向かう小さな岬へ、祈りを捧げるがごとく、伸びて行く鳥居の群が、少々コミカルな雰囲気をまといながら、それでも真摯で荘厳な風景を形づくっている。
 日本海、岩礁、岬、そして社が一体化した、素晴らしい風景。

【角島大橋】
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 角島大橋は、角島へ渡された1780mの長大な橋である。
 人口900人ほどの小さな島への橋としては、オーバースペックなような気がしないでもないが、しかし国定公園のなかの橋なので、景観を損ねないように多大な労苦をかけて設計された橋は、きわめて完成度が高く、じつに美しい。
 さらに山口の海は、日本海にしては透明度が高く、南洋の海のようなエメラルドグリーンであって、天気のよい日は絵葉書のような風景がそこに広がっている。


 元乃隅稲成神社も角島大橋も、その魅力は晴天の日に最も発揮されるのであり、今回の旅行はちょうどその晴天にめぐりあえ、幸運であった。

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March 20, 2016

萩の春の花

 美保関からは萩に移動。
 萩は山陰有数の観光名所なので見処は多いけれど、歴史ファンの私は、史跡のたぐいはもう飽きるほど訪れたので、今回は旬の花を訪ねることにする。

【笠山】
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 萩の笠山は、自然林がそのまま残されており、それが大量の椿というおもしろい山であって、今の時期は咲き誇る椿を楽しむことができる。
 ・・・そのはずだが、暖冬のせいか、椿は旬を終え、大地に散っている椿の花ばかりが印象的であった。

【萩城跡】
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 萩城跡は、桜の名所である。
 暖冬ゆえ桜の時期は早いかと思いきや、3月は妙に寒い日が続いたことから、蕾はそのままのようで、1分~3分咲きというところであった。
 椿か、桜、どちらかは見頃だろうと予測していたのだが、どちらもはずれ。
 まあ、こういうこともある。

【萩の食事】
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 萩は漁港が近いことから海産物が美味しい地であるが、それとともに地元の特産牛もあることから、魚・肉、どちらも美味しい地である。
 河豚、烏賊、海老、鮑、それに見萩牛で、萩の夕食を楽しもう。

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March 19, 2016

旅館:美保館@美保関

【美保館本館】
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 かつて海の交通の要所として栄えた美保関は、いくつも遊郭が立ち並ぶような華やかな街だったのであるが、だんだんと寂れていき、今は観光と漁業の町になっている。
 その美保関のなかに、かつて栄えたときの名残を残す建物がいくつかあって、それらは国の登録文化財となっている。
 美保館はそのうちの一つであり、本館は、宿全体の朝食会場として使われており、全体も見物することができる。
 華やかな催しものが出来そうな、豪奢なつくりであり、昭和の古き良き時代を思わせる建物である。

【美保館旧館】
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 美保館は、本館のほうはもう旅館としては使われておらず、美保港に臨むビルが真間として宿泊施設となっている。
 ただし、もう一軒、本館の真向かいに旧館があり、そこが一組宿泊することができる。
 ここは、「文化財に泊まれる宿」として有名であり、ネットで検索すると空いていたので、そこに泊まってみた。

 本館同様、じつにレトロかつ重厚であり、この無駄―というか贅沢な空間の使いかたが、それが自然に演出されていることから、部屋に入ったときにタイムスリップしたような、懐かしい感じを受けることができる。

 ただし、この建物は路地にある旅館ゆえ、窓からの風景は美保関の通りなのであって、本来の美保関のウリである、向かいに名峰大山が迫る日本海の眺めが見られぬのは残念。

【展望風呂】
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 旧館のほうは眺めはよくないが、新館に行って、屋上の展望風呂に行けば、素晴らしい眺めを楽しむことができる。
 港に、小さな灯台、海を行き来する漁船たち、そして奥にそびえる伯耆大山。(・・・今回は雲がかかって見られなかったが)
 美保館に泊まったとき、この展望露天はぜひとも経験すべきところであろう。

【食事】
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 宿の食事は良港が近くにいくらでもあることから、新鮮な海の幸尽くしである。さらには地元名物の出雲蕎麦も。
 いずれも美味しかったけど、この地は本来は松葉蟹が一番の名物のはずなのだが、禁漁ぎりぎりの時に来てしまったので、蟹は紅ズワイのみであったのが少々残念であった。
 この旅館はやはり、松葉蟹の旬の時期に来るのがベストであろう。

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美保関@島根

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 島根半島は非常に複雑な形をしている。島根は古代から栄えた地ゆえ、奈良時代に書かれた風土記に、その複雑な地形ができた由来が書かれている。
 そして、島根半島の突端に位置するのが美保関であり、ここは海の交通の要所にあるゆえ、とくに江戸時代に栄え、現在も当時の建物が残っている。

【美保神社】
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 美保関を訪れたら、まずは美保神社に参ろう。
 山陰では出雲大社に次ぐ格、由緒ある神社である。

【青石畳通り】
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 神社から奥の寺へ向けて、街中を趣ある石畳の道が通っている。
 かつてこの地が栄えた頃、この通りには遊郭が軒を並べていたそうで、当時の姿を残した旅館「美保館」もある。

【美保関港】
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 美保関港は天然の良港。
 そこに常夜燈と小さな赤い橋があり、よい風景のアクセントになっている。

【イカ一夜干し】
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 漁業と観光の町、美保関では、このように港であがったイカやアジなどが店の前で干されている。

【日本海風景】
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 港からゆるい登りの県道2号線を歩いて、美保灯台を目指す。
 東側には日本海が広がり、その向うの鳥取には伯耆大山が聳えているはずなのだが、あいにく雲が邪魔してその雄姿を見ることができなかった。

【美保関灯台】
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 島根半島はリアス式海岸になっており、険しい切り立った崖が連なる海の難所である。そこを照らす美保関灯台は重要な存在であり、山陰最古の灯台である。

【遊歩道】
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 美保関灯台から山の稜線に沿って遊歩道がつくられ、そこを歩いて行くと元の美保関港に戻れる。
 ときおり広がる日本海の風景を楽しみながら、よく整備された道を行く。

【リフト乗り場あと】
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 山頂を過ぎ、五本松公園にいたると、かつてのリフト乗り場あとがあった。
 このようなものがあるということは、観光地として相当に栄えたものと思われる。
 風光明媚な地であるし、近くの境港市が観光地として人気が出て来たのだから、美保関もまた復活してもおかしくはなさそう。

【美保関港】
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 美保関に戻ると、ヤマザクラが満開であった。
 季節は春なのである。

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水木しげるロード@境港市

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 妖怪のオブジェが商店街の通りにいくつも立ち並ぶ、「水木しげるロード」を訪れた。
 妖怪好きの私としては、ぜひとも訪れねばならない所であり、じっさいここが出来た20年近く前に一度行ったことがある。
 そのときはまだ妖怪の数も少なく、水木しげるプロダクションによる有名どころの妖怪が主であり、また商店街も寂れた雰囲気があったけど、ひさかたぶりに訪れてみると、妖怪の数はぐっと増えており、人出も多く、商店街も賑わっていた。
 町興しとしての見事な例であり、日本人の妖怪好きをうまく生かした発想の勝利といえよう。(もっとも、同じコンセプトの京都の妖怪ストリートは、あんまり成功していないようだが)

 通りの妖怪は、マイナーどころのものが増えており、一般にはあまり知られていないものが多く見られたが、おそらくはガイド本みたいなものが用意されているとは思われる。
 まあ、私はほとんど知っていたけど。
 こういうオブジェ化できる妖怪の元ネタは、たいていは江戸時代の画家鳥山石燕の妖怪図から来ており、それを勉強しておくとだいたいのことは分かる。

 そしてそれらの妖怪を眺めながら歩いていると、妖怪「枕返し」を見つけた。
 枕返し、これはなかなか根性の入っている妖怪である。
 妖怪とは、うすぐらい闇のなかに生息する曖昧模糊とした存在ゆえ、光みちた近代になって人の住むところに出没することは稀になったのだが、「枕返し」はいまだ現役の妖怪である。
 これがどういう妖怪かといえば、人が寝ているときにこっそりと現れ、枕を動かすという悪戯をする妖怪である。朝目が覚めたときに、頭の下にあるはずの枕がずいぶんと離れたところにあったりすることは、現代人でもよく経験することではあるが、・・・いまだ「枕返し」は健気にがんばっている、というわけだ。

【妖怪枕返し】
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 ところで、水木しげるロードの妖怪たちよりも妖怪っぽいものが、境港に行く途中にあった。
 ダイハツの車のCMでも有名になった「江島大橋」である。
 望遠レンズの使用によって、信じがたい急傾斜に見えることで知られている。

【江島大橋】
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 しかし、この橋、写真のマジックではなく、実物を見たらとんでもない急坂であった。
 予備知識のあった私でも、実物を見たらギョッとしたので、これいきなり見るとぜったいびっくりします。

【江島大橋】
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 水木しげるロードに行く人は、ぜひとも「現在の妖怪」的存在であるこの橋を見ることをお勧めいたします。

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足立美術館@島根県安来市

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 島根の山間地方にある足立美術館は、その素晴らしい庭園で、世界的に有名である。
 足立美術館の創設者足立全康氏は貧困の身から、辛苦の生活を続けながら巨万の富を築いた立志伝中の人物である。彼は若き時代、横山大観の画を観て感動し、その感動を自らの活力の糧として懸命に生き、そうして実業家として大成功を収めた。
 そして成功してから、当然ながら彼はその富を生かして、横山大観を買い集め、最大の募集家となる。

 優れた絵画は財産価値もあるため、ここまでは成功した実業家としてよくある話ではある。
 そしてそういう話は、たいていは初代、あるいは二代目が身を持ち崩し、そのコレクションは四散してしまうというのが大体のオチなのであるが、足立全康氏はそれらのステレオタイプとは全く異なる道へと行った。

 氏は、偉大なる大観の画を納める器を建造することにする。
 その器は、大観の画を収蔵するにふさわしい、最高級の美術品にしなければならない。大観の画を観に訪れた人たちが、まずはその器に魂消るほどのものに。


 足立美術館、私は訪れたのは初めてだけど、足立翁のもくろみ通り、美術館に入ってその庭園を見て魂消てしまった。
 ここの庭園は、日本式定型に乗っ取った、伝統的なものなのであるが、その広大さが素晴らしい。そして、さらに素晴らしいのは、借景としての、背景にある山々が完璧なまでに、庭園の美しさによりそい、それを互いに高めているところである。
 庭園の奥の山々。そこに近代的建築物や、電線や、電波塔などがあれば、すべてがぶちこわしになってしまうのに、それらは全く排除されている。

 日本庭園は、京都には完成度の高いものがいくらでもあるが、残念ながら借景がひどいことになり、庭の周りを壁で囲って、そこでの小宇宙に閉じ込めているものばかりである。すなわち、昔の頃、借景が素晴らしかった時代とは、本来の姿を変えてしまったものになってしまっている。
 ところが足立美術館では、その借景も庭園の一部として最初から設計し、繊細でかつ雄大な、本来の日本庭園の魅力の真髄を存分に示している。

 いやはや、みごとなものでした。

 「世界が選ぶ日本庭園第一の常連の美術館」という評判はともかくとして、庭園好きの人は絶対に訪れる価値ある美術館である。

 ・・・ただ、この庭園の素晴らしさに圧倒され、メインの大観の画の印象が薄れてしまうのは一般的な感想ではなかろうか。それは、足立翁の意思とはちょっと違った方向に、この美術館はいってしまったと思えなくもない。

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March 13, 2016

サイクリング:野焼きの阿蘇

 天気予報では土曜は晴れだが、日曜は低気圧が近づいてきていることから微妙であった。
 当日になると、予報では午前午後は曇りで、本格的に降るのは夜になってからのようだ。
 午前から雨なら、ミニベロの特性を生かし、近くの市川駅まで行って折りたたんで、それからJRで帰ることにしていてが、これなら自転車で宮崎に帰りつけそうなので、自転車で高森峠を越えて帰ることにする。

【朝食】
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 朝食は、品数豊富、量も豊富である。
 そして、炊き立て御飯はたいへん美味であり、本日のサイクリングのためのいいカロリー補給となった。

【阿蘇大橋】
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 国道57号線をまずは立野方向に進み、阿蘇大橋を渡って111号線に入るルートで行く。

【南郷谷】
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 本日は阿蘇は野焼きが行われており、いたる所で炎と煙が立っていた。
 向かいは阿蘇外輪山。

【阿蘇五岳】
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 こちらは阿蘇五岳。
 山肌を炎が走っていく。
 このような手間をかけて、阿蘇から九重の草原は維持されているのである。

【高森市街地】
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 国道をまっすぐ道なりに行くと、高森峠越えの狭いトンネルが続く、自転車の天敵のような道に行ってしまいひどい目にあうので、いったん高森市街地に入り、151号線のほうを行く。
 ちょうど祭りが行われていた。

【高森自然公園】
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 市街地を山に向けて走って行くと、高森公園の九十九折りの道に入る。
 ここには桜がずっと植えられていて、旬のころは桜が咲き誇る、美しい風景を楽しめるのだが、今の時期は蕾さえない。

【高森自然公園】
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 道は九十九折りで、見晴らしはよい。
 そのぶん登るべき方向もしっかりと見え、・・・まだまだ登らないといけない。

【阿蘇南郷谷】
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 振り返れば、阿蘇の野焼きの煙が遠く見える

【高森峠登山口】
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 このルートのいちおうの峠は、高森峠登山口。
 高森峠そのものは別の位置にある。

【高森峠登山口】
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 本日は登山口周辺にずらりと車がとまっており、なんでこんなに登山者がいるのだろうかと不思議に思ったが、消防車がとまっていることで理由が分かった。
 野焼きで人がたくさん入っているんだな。

【梶原バス停】
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 坂をずっと下りて行けば、このバス停で265線に出る。
 ここから500mほど高森側に引き返し、それから325号線に入ってから高千穂を目指す。

【奥阿蘇大橋】
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 高森からこの奥阿蘇大橋まではずっと下りであり、楽をできる。

【国道325号線】
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 この道を高千穂方向へ走っていると、荷物を満載した自転車、5~10台くらいの若者のグループといくつもすれ違った。
 遠方から来ているようだったけど、ずいぶんと大きなサイクルグループであった。

【青雲橋】
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 高千穂を過ぎ、旧218号線に入って日之影に入る。
 巨大な青雲橋。

【吾味駅前休憩所】
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 五ヶ瀬川沿いに走り、赤い三角屋根の駅舎で有名な吾味駅前の休憩所にて休憩。
 前にある八の戸ダムの湖面を見ていると、小さな波紋がいくつも現れ、これから雨が降り出した。

【細見橋】
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 雨は小降のままで特に苦労することなく走行。
 そして細見橋を渡る。
 218号線方面を走ると、この橋で、「ああ着いた」と、サイクリングが終了した気分にいつもなってしまう。
 ほんとはまだまだ残っているのだが。


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 本日の走行距離 122.3km

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March 12, 2016

サイクリング:やまなみハイウエイ@別府~牧ノ戸峠~阿蘇市川・旅館「千の森」

 熊本阿蘇から大分別府に到る、九州を代表する山岳ルート「やまなみハイウエイ」は、九州在住の山好きサイクリストは一度は走ってみたい道である。私は部分的には走ったことはあるのだが、全部を通して走ったことはなかったので、好天を利用して走ってみることにした。

【別府駅】
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 まずは別府駅まで輪行し、駅からスタート。
 やまなみハイウエイの起点は厳密にはこことは微妙に違うのだが、別府市街地あたりは山岳道路というわけでもなく、そこは深く考えないことにする。

【別府市街地】
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 温泉の硫黄の香り別府市街地を行く。
 前に見えるのがかの有名な杉乃井ホテル。その奥に、山頂が樹氷で白くなっている鶴見岳が見える。

【やまなみハイウエイ】
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 別府ICを少し過ぎたとこから、道の勾配が強くなり、山登りの開始である。
 私的には、ここがやまなみハイウエイの始点である。

【鶴見岳ロープウエイ乗り場】
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 鶴見岳ロープウエイ乗り場までは、道の傾斜はきつい。
 ここを過ぎると、少しは楽になる。

【城島高原】
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 城島高原前からは由布岳が見える。
 由布岳も樹氷で山頂近傍が白く染まっている。
 このことから分かるように、本日は気温は寒かった。
 登りだと、寒さはたいして気にならないが、下りになると寒いだろうなあと嫌に思った。

【由布岳登山口】
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 本日の第一の峠、由布岳登山口に到着。標高780m。別府駅が海抜10mだから、770mをまず登ったことになる。

【由布岳】
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 峠からは由布岳を眺めながら下って行く。
 予想していた通り、寒い。

【由布院】
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 下った底は、由布院の街。
 観光名所であるが、素通りである。

【飯田高原】
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 アップダウンを繰り返して、やがて風景が開けたところが現れ、そこが飯田高原。
 聳える九重の山々には雪が積もっている。

【長者原】
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 長者原に来ると、九重の山もぐんと近づく。
 ひときわ白く見える山が硫黄山。

【牧ノ戸峠へ】
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 長者原の標高が約1000m、牧ノ戸峠が1330mなので、300mと少しばかりをここから登って行く。
 観光バスがよく通るような観光道路なので、傾斜はたいしたことはなく、ゆっくりと景色を楽しみながら登って行こう。

【牧ノ戸峠】
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 久住山の登山口でもある牧ノ戸峠。
 登山口近辺には雪はあまり残っていなかったが、これより標高高いところでは雪山が楽しめたであろう。たぶん今シーズンの最後の雪山。

【ミルクロードとの分岐】
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 牧ノ戸峠から瀬の本高原に下り、ここからはほとんど下り道を進んでいき、ミルクロードとの分岐へ。右に曲がればミルクロード、真っ直ぐ方向がやまなみハイウエイである。ここからは少し登って、それから一挙に阿蘇外輪山を下って行く。

【阿蘇城山展望所】
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 外輪山下りの途中の展望所が城山展望所。
 ここからは雄大な阿蘇の五岳を見ることができる。

【宮地駅前】
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 やがて道は阿蘇盆地のなかのフラットな道に入り、国道57号線に合流するところが、やまなみハイウエイの終点である。別府から約90km、獲得標高は2100mの山岳道路であった。

【阿蘇盆地内】
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 阿蘇盆地内の国道57号線をのんびりと走る。中岳は相変わらず白煙をもくもくと揚げている。

【阿蘇市川 「千の森」】
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 宮地駅前からは10kmほど走り、本日の宿の「千の森」に到着。
 天気が良いということで急遽決めたサイクリングであるが、前日にネットで検索すると、阿蘇の温泉宿でここが空いていたので予約したのである。この宿の事前の情報は、「広い部屋風呂がある。料理店が経営している。」の2点であり、疲れ切ったサイクリングのゴールに適した宿であろう。

【部屋】
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 部屋は広くて、玄関にも余裕があり、自転車は数台でもとめられる。
 サイクリストにとって、便利なつくりの宿である。
 もっともこの宿の全体的な雰囲気は、「ひっそりたたずむ、隠れ家の宿」であり、あんまりスポーツ指向のサイクリストが来るたぐいの宿ではないようだ。

【部屋風呂】
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 広大な庭が見られる半露天風呂にゆったりとつかって、サイクリングの疲れを癒しましょう。

【夕食】
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 夕食は地のものをおおく取り入れた郷土料理系のものであった。
 熊本名物馬刺し、それに阿蘇名物「肥後の赤牛」を食い、しっかりと本日消費したカロリーを補給しよう。

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 本日の走行距離:99.3km

 【本日の走行ルート】


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March 05, 2016

河津桜@津久見四浦半島

 春を告げる桜は、ソメイヨシノは3月下旬あたりから開花するけど、河津桜はそれより1ヶ月ほど早く咲きだす。
 津久見市の四浦半島には、その河津桜が四千本ほど植えられており、もう存分に開花しているとのことで、それを見に行ってみた。

【蒲戸崎自然公園入口】
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 四浦半島の付け根近くに位置する蒲戸崎自然公園前の駐車場に車を止め、まずは展望台に上ることにする。

【展望台へ】
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 展望台への登り道はよく整備されていて、このように100mごとに標識がある。

【展望台】
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 登りつめれば展望台。

【展望台から】
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 展望台からは、豊後水道を望むことができる。
 無料の望遠鏡も設置されており、隅々の景色がくっきりと見られる。

【駐車場】
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 広々した海の眺めを楽しんだのちは、元にところに下り、そして自転車で桜見物に出発。

【河津桜】
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 「半島」という地形は、ひたすらアップダウンがあるものであるが、ここ四浦半島もその例にもれず、幾度も幾度も坂を越えては下り、やがて河津桜が現れて来た。

【河津桜マップ】
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 四浦半島には、このように桜を植えているポイントおよび現在地を記した地図が、いたるところに設置されており、それに従って半島を巡ればよいので、便利である。

【河津桜】
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 カーブに沿っての桜並木。
 花蜜目当てのメジロが飛んだりしていて、ほほえましい。

【河津桜】
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 桜と港。

【海岸線】
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 北側の海岸線に出ると、フラットな走りやすい道である。
 向かいに、人家が丘に密集した島が見え、あそこまで行ってみることにしよう。

【保戸島】
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 道路をずっと行くと、行き止まりになっていた。
 すぐ近くに見える島、あんなに建物があるのに、半島からは橋がかかっていない。
 私の常識だとあれほど人が住んでいて、かつ海峡間が狭い島はたいていは橋がかかっているのだが、・・・不思議だ。

【イルカ島へ】
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 道を引き返し、一つ山を越えて、また海側に下りると、四浦半島のもう一つの名物「つくみイルカ島」へと着く。
 このあたりからは桜も少なくなる。

【蒲戸崎自然公園へ】
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 国道217号線を通り、四浦半島にまた入って、少し登れば、車を止めていた駐車場である。

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March 01, 2016

国際化時代、料理店も大変である。 :たつ庄@薬院

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 安春計の店主をリーダーとする薬院界隈の寿司店グループの若手のホープの店、「たつ庄」を訪れた。

 ところで、日本は近年海外旅行の人気ある対象に急上昇中であるが、東アジアの玄関に位置する福岡ではその傾向が顕著であり、料理店も外国の方が訪れることが多くなっている。
 とりわけミシュランが刊行されて、そこで星が付いた店は特に人気が高くなっており、そういう店は和食に興味ある外国人がよく訪れるようになっている。
 「たつ庄」も星付き店であり、当然外国人がどんどん訪れるようになっているそうだ。

 美味い鮨とツマミを食いながらの店主との雑談で、そういう話が出て、そして今日も客は大半が中国と韓国からの人だという。
 冒頭で示した写真は、鮨のネタを説明する、中国語の本であり、中国の人にはそれを用いながら食事の説明をするそうだ。さらには、英語のネタ解説表みたいなものも準備されており、店主はそれらを適宜用いながら、鮨を提供していた。

【お手拭き】
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 ただ、寿司店の慣習はやはり独特だな、とも思ったのが「お手拭き」の件。
 寿司店では鮨を出すときに、指拭き用にお手拭きが供される店が多い。それは鮨を手でつかんで食べる人が多いから、ということからなんだけど、「たつ庄」では最初からそれが用意されていた。
 すると、外国の人たちは、店に入って席に着くと、まずそれで手を拭うのである。

 それで女将さんは、「いや、これは違うのです」と、ジェスチャーで示すのであるが、客はきょとんとして、なんだかよく理解できていない。
 そしてそれは入って来る外国の方々がみんなそんなだから、なんだか可笑しかった。

 私の隣に座った韓国からの人もそんなだったから、とりあえず私が「それは鮨が来たときに手を拭うもので、手を洗うためにはもう少し待てばwet hand towelが来ます。私が今使っているおしぼりがそれです」とか説明して、納得はしていたけど、よく考えれば、そういうタオルが二種類あるのも面白い習慣ですね。今まで思ったことなかったけど。

 それからその客は料理を楽しんでいたのであるが、やがてツマミで出て来たミズイカと、鮨で出て来たスミイカがどう違うか疑問に思ったようで、それが私にふられ、とりあえず「イカにもいろいろあって、あっちがソフト、スティック、こっちがハード、エラスティック、いちおうハードなほうがスシにはスータブルなので、スシになっている」とか適当に答えておいたのであるが、・・・寿司の説明って日本語でも難しいのに、これが外国語だともっと大変であると思った。
 さらには、和食だと、さらに複雑な料理が出て来るわけで、京都・東京あたりでの人気和食店ではもっと説明が大変なことは間違いない。

 寿司店や割烹では、料理に加え、店の人たちとの会話も、その店の大切な魅力なのであり、これからの外国人の客が増えて来る時代、彼らへの対応もまた大事なのであり、こりゃ大変だなあと、ひとごとながら実感いたしました。

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