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August 18, 2014

ギエム・ダンス・感謝

Guillem


 フランスの有名ダンサー、シルビエ・ギエムが引退表明を行った。

 …これを伝えた記事の見出しを使って、「有名ダンサー」とか書いたけど、ギエムはバレエ界において、もはや一個人の名前ではない存在となっている。例えるなら、世界文化遺産のようなものであって、それだけで一大ジャンルとして確立している、そういう確固たる芸術そのものであった。「有名ダンサー」どころではないである。

 ギエムは有難いことに親日家であり、九州にもよく訪れていて、福岡公演や熊本公演が行われるとき私は出来るだけ観ることにして、そしてそのたび深い感動を味わった。

 シルビエ・ギエム。
 なぜ彼女が唯一別個の存在であるかはステージを見ると、容易に理解できる。
 なぜなら、多くのダンサーと踊ったとき、彼女だけはまったく別のことをしているから。
 彼女はまるでSF小説における火星人のように、関節がいくつでもあるかのような手足の動きをし、ありえないポーズを見せ、そして重力を無視したようなジャンプをして、さらに空中に留まっている。
 そしてもちろんギエムが宇宙人であるわけはなく、人間って、ここまで肉体を使って素晴らしいパフォーマンスが出来るということを知らしめる、人類の可能性の指標みたいなものであった。

 ギエムの踊りは全て良かった。

 ギエムの踊りはどれも今も脳裏に残っているけど、面白いことに脳裏に動画を走らせると、他のダンサーと違って、ギエムはコマ送り風にそれが蘇る。
 あれほど滑らかに、音楽に沿って踊っていたけど、一瞬、一瞬で決めるポーズが、くっきりはっきりと、静止画のように、流れの中に突出して浮かび、それは舞踏と絵画を混ぜたような芸術に思え、そこにもギエムの独自の魅力があったのだ、とも思う。

 ギエムは日本ではよく「ボレロ」を踊っていた。

 ベジャーレ演出の「ボレロ」は、いろいろと評価の難しいダンスだとは思う。
 基本的には「ボレロ」は、ギリシャ神話からの流れを組む「聖と俗」「高潔さと情欲」とかの二面性を演出した舞踏なのではあり、最初のほうはほとんど場末の淫靡なダンスのような雰囲気がある。しかしだんだんと周囲の群舞が増えてくるにしたがい、「ボレロ」はその姿を変えていく。

 「ボレロ」は、たぶん最初のほうはダンサーは楽しく踊っているとは思うのだけど、周りが躍り出してからは、楽しくないと思う。
 ダンサーは踊りを要求され、その要求は強まり、やがては極端な技術を要する踊りを強いられていく。
 ただし、これが天才の宿命というものではあろうなとは思う。
 「ボレロ」は踊り手が極度に限局されているダンスであり、そしてその踊り手は、「踊ることを強いられる」「踊ることが宿命づけられている」者に限られていた。
 ギエムはまさにその代表的な存在であり、だからギエムの「ボレロ」はその天才の悲愴美が際立っていた。
 あの燃えるフライパンのような赤い舞台のうえで、群舞から、そして観衆から、踊れ踊れという思いを浴びせらながら、ギエムは人間の枠を超えたような、孤独で、屹然とした緊張感あふれるダンスを踊った。そしてそれらの緊張感が頂点に達したあと、すべては突然に崩壊して幕が引かれる。
 そして、「ボレロ」のダンスが終わったのち、カーテンコールに現れたギエムの、なんというか人間に戻ったような笑顔もまた大変印象的であった。
 ギエムって踊っているときは超人的な雰囲気があるけど、こういうときは、普通のスタイルのいい、粋なパリジェンヌという感じである。
 踊りも含め、たいへんいいものを見たというのがギエム公演のいつもの感想であった。


 なにはともあれ、幼少の頃から、バレエという一大芸術分野の最先端を走ってきたギエムの途方もない努力に感謝の念を捧げる。
 そして20世紀の奇跡的存在ともいえるアーティストの生のステージを幾度も見ることが出来た我が身の幸せさもあらためて実感。

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Comments

こんばんは、お久し振りです。

ベジャールのボレロに特別な思いを持つ私が、しゃしゃり出てきました。
ギエムは、ヌレエフ、バリシニコフ、プリセツカヤ、マカロワと並び称される素晴らしいダンサーですが、ベジャールとの相性は私の好みではありません。
オペラ座育ちの端正で正確無比のギエムの踊りと、ベジャール独特の動きが合わないのではと感じています。ベジャールのボレロでなく、ギエムのボレロですね。
ギエムの魅力を余すところなく魅せるのは、フォーサイスの「in the middle somewhat elevated」
http://www.youtube.com/watch?v=WLWDtbHNzxw
だと思っています。

ベジャールの振りは、やはり男性ダンサー向きでしょう。コレオグラファーとして、男性のエロスを表現できる第一人者ですから。女性ダンサーは脇役でしかありません。
ボレロでは、ジョルジュ・ドンが、ベジャールのエロスを具現化できる存在として他の追従を許さないのでは。
40年以上前の初来日で、バレエダンサーというものの素晴らしさを教えてくれたドンのボレロは永久欠番にしても良いくらいだと思っています(笑)

Posted by: あびたろう | August 24, 2014 11:17 PM

おひさしぶりです。
国内、国外、活発な旅行の記事、おおいに参考にさせていただいております。

さて、ここにもベジャール愛好家がおられましたね。
私もベジャールは大好きでありまして、そしてベジャールはけっこうな親日家で、日本公演も多かったので、私もいくつか実演をモーリス・ベジャールバレエ団の舞台を生で見る機会があり、どれも大変良かったです。
ただ、極端なことを言わせていただければあのバレエ団は、真のカリスマ、ジョルジュ・ドンの魅力をいかに引き出し、それを描出するかが、その存在価値のようなバレエ団でもありまして、…私がベジャール・バレエ団を見たことには、とっくにジョルジュ・ドンは早世していたので、たぶんその本当の魅力を知ることはできなかったと思います。
映画「愛と哀しみのボレロ」を見て、衝撃を受けた私としては、なんとかジョルジュ・ドンの生のステージを見たかったのですが、ついにその機会はありませんでした。
だから、あの舞踏の神の化身のごときジョルジュ・ドンを生で見られたあびたろうさんが大変うらやましいです。
あびたろうさんにとっても、生涯の自慢のネタになるのでは。

世の中、見なければいけない大事なものは多く、そしてそれらがいつまでもあるわけはないのだから、なんとか努力して、見られるうちに見なければ、とそう思います。


ちなみに、バレエを題材にした漫画をよく描いていた有吉京子氏に、あきらかにベジャールとジョルジュ・ドンをモデルにした「ニジンスキー寓話」という漫画がありまして、彼らにジョルジュ・ドンを凌駕する若き天才ダンサーがからむ筋で、これがけっこう面白かった記憶があります。

Posted by: 湯平 | August 25, 2014 10:51 PM

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