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August 2014の記事

August 31, 2014

映画:イン・トゥ・ザ・ストーム

In_to_the_storm

 上映映画の枠のなかで、毎年必ず数作は上映される大災害(ディザスター)モノの、その今年分のうちの一作。

 この分野の映画に関してはエメリッヒ監督の「2012」が、世界が滅びる様をCGを駆使した圧倒的な画力でまざまざと見せつけ、大災害の映画的表現に関しては、この映画で全ては表現尽くされた、という感がある。

 そして今回の映画では災害の主役は竜巻であり、「2012」レベルの世界規模の災害とはモノが違い過ぎ、画像は期待できないなと思っていたけど、…

 なんの、なんの。
 災害のとんでもない迫力が間近に感じられる作品であった。
 よく考えれば、災害がどんな規模であろうが、それを経験するのは個人の人間なのであり、目の前で繰り広げられる災害が圧倒的であれば、映画の画力も圧倒的になるのは当たり前であったのだ。

 空気の高速の渦である竜巻。
 竜巻はピンからキリまであり、そのピンのスケールのものがアメリカでは多発することはよく知られている。たまには、町一つを崩壊させる竜巻が生じることもあり、アメリカでは竜巻は深刻な自然災害をもたらす存在となっている。
 竜巻はアメリカでは身近な存在なため、その姿を記録する「竜巻ハンター」は立派な職業として成り立っており、本作における竜巻ハンターのピートは、特殊車両を使って竜巻を追いかけている。

 竜巻は非常に複雑な気象条件の結果生じるため、それをリアルで記録するには、運も必要であり、ピートは一年間運に見放されている。
 ところがテキサス州にその一年間の不運を吹き飛ばすような、強大な竜巻が発生しそうな天候が生じていることを知り、ピートとスタッフはその地シルバーストーンに向かう。

 シルバーストーンは小規模な町であり、その日にはちょうど高校の卒業式が行われ、市民たちは普通の生活を送っている。
 それぞれの市民、家族にはそれぞれの物語があり、卒業式に際しての、市民たちのビデオメッセージには、結局はそれぞれの物語が、それなりの波乱はあれど、無事に続いて行くのだろうなとのことが語られている。

 しかし気象条件は激しさを増し、ここで発生した竜巻は、それこそ竜巻を追ってきた竜巻ハンターでさえ予想もしなかった、シルバーストーンの街全体を破壊し、市民の大量犠牲が避けられないような超巨大竜巻となっていた。

 この超トクダネ級、そして破壊神のごとき竜巻をめぐり、竜巻ハンター、それに市民たちが生き残りのために懸命の努力を行う。
 その過程と結果を描いた映画。


 悪天候のなか、天空から悪意を持ったように下りてきて、地上を破壊しまくるいくつもの竜巻の画像がまず迫力満点。
 それから最後に登場するラスボスの超巨大級竜巻は、あまりに巨大すぎ全体像が見えないけど、周りの全てを破壊するシーンでその凄まじさが分かるし、かつ最終盤で見せる、その天空からの眺めは神々しいまでに美しい。

 竜巻が主役のこの映画では、けれども竜巻だけで話を進めるわけにもいかず、人間ドラマもそれに絡めて描かれている。
 その主筋はこの手の災害ものでは定番の家族愛ものなんだけど、ベタではあるが、よく出来ている。特に家族と生徒を助けるために奮闘する教頭役のリチャード・アーミテッジが、いかにもテキサスの親父という感じの逞しく理想的な父親を演じており、存在感が強い。
 またそれとは対称的に、竜巻のことばかり考えている非人間的な竜巻オタクと思われていたピードが、じつは崇高な英雄的精神を持った人物ということが終盤で明らかになり、これも感動的。

 たいへん面白かった映画であった。

 竜巻ファンが本邦にはどれだけいるのか知らないけど、それらの人には「ツィスター」以来の大傑作として勧められるだろうし、ディザスターものが好きな人にはこれも十分勧められる。
 そして、「イン・トゥ・ザ・ストーム」は映画そのものとしても、よく出来ており、今年の夏の映画では、この作品は高い評価を受けるのではないだろうか。

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 映画:イン・トゥ・ザ・ストーム 公式サイト

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映画:LUCY/ルーシー

Lucy

 人間の知的活動を規定しているのは脳という臓器には間違いなく、ただしそれの能力は個人によってずいぶんと違う。
 歴史に残る偉大な芸術は、ほとんど一握り程度の数の個人の脳によって生まれている。物理に関しては宇宙の成り立ちの秘密の半分くらいを個人で暴いたアインシュタインのような脳もある。
 脳は、どうやら個人のたった一つのもので、技術、芸術、科学、学問…etcの深奥までたどり着く可能性を持つ機能を持った臓器であるらしい。

 映画ルーシーは、とある事故により、その無限の可能性を持つ臓器脳の、極限までの機能の発達を強いられた女性の物語。

 この不幸な女性はスカーレット・ヨハンソンが演じている。
 ルーシーは冒頭では少々頭の足りない蓮っ葉な若い女性を演じているが、細胞の急激な増殖をもたらす薬が誤って体内に大量に入ったことから、脳細胞が猛スピードで進化を遂げる。
 映画の前提では、人間は脳の10%しか使っていないそうだが、ルーシーは30%使える時点でほぼ超人となり、さらに40%、50%、60%とアップグレードされていく。
 超人化したときには、ルーシーには元の蓮っ葉なイメージは全くなくなり、機械のように、研ぎ澄まされた、知的な美女へ変貌する。なんとスカーレットは演技の上手の女優であるか、と思うが、しかしこれって元々のスカーレット・ヨハンソンそのものではあるよなあ。

 ルーシーは己の知力の極端な高まりに恐れを抱き、その流れの解答を知ろうとする。彼女は膨大なネット情報から、世界で一人だけ「脳の進化」について正しい認識を持っている博士を見つけ、彼に連絡を取り、パリで合流しようとする。


 そういうことをしているあいだにも、ルーシーの脳は進化を続けていき、ついに100%まで達しようとしている。
 100%まで行ってしまったら、もはや彼女は全てを知り、全てを理解でき、全てを操作できる絶対的な存在になってしまうわけで、…それって「神」ですよねえ。

 映画はそのところまで描いており、ルーシーが時間、空間を自在に操れるようになって、そこで繰り広げられるシーンは独自の美しさと楽しさがある。

 人類が万物の霊長になれたのは、その脳の機能の発達によるものであり、そして脳は他の記憶媒体やコンピューターを補助に使うことにより、まだまだ発達の最中である。
 この発達の行く末がどうなるかについては、昔からSFの興味深いテーマになっていて、それを扱った小説、映画、漫画は数多い。
 しかしながらその分野のものでは、嚆矢的存在であるクラーク作「幼年期の終わり」がじつは決定版のようなものになっていて、これ以上の作品をたぶん我々は持っていない。
 映画ルーシーも、リュック・ベッソン版「幼年期の終わり」と言えぬこともないが、よりエンターテイメントに徹していて、細かい突っ込みを入れなければ、アクション系SFの良作として十分に楽しめるものであった。

 そして、この映画はなによりもヒロインのスカレート・ヨハンセンの存在感がキモなのであり、彼女を眺めているだけでも、映画代の元はとれる、そういう映画でもあった。

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 映画 LUCY/ルーシー:公式サイト

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August 29, 2014

まずは光源。 @深夜の地震

Quake_4

 夜寝ていたら、突然突き上げるような揺れと、それとほぼ同時に横揺れが来て、当然ながら目が覚めた。
 日向灘は地震の巣みたいなところなので、地震じたいはさほど珍しいものではないが、ここまで激しい地震は初めて経験する。

 2011年の東北大震災以来、我々は地震→津波の思考がルーチン化されており、海沿いに住んでいる者は、激しい揺れのあとは、まずは津波の危険の情報を仕入れねばならない。
 私は枕元の読書灯のスイッチを入れて、それからTVのスイッチを入れ、スマホも見てみた。スマホでは公的な地震の情報よりも、SNSでの「揺れた~!」「怖い!」「これ震度いくつ?」とかの地震実況報告が深夜というのに次々と入り、現代人の「まずはスマホor PC」という行動がよく分かったりした。

 さて、ここで問題になるのが、最初の光源である。
 深夜の地震ゆえ起きたときは当然真っ暗なわけであるが、けれど手元の光源がスムーズに点けば、とりあえずは行動が進む。
 今回私は何も考えずに、反射的に行動して、読書灯が点いたから良かったが、…先の東北大震災では地震と同時に広範囲に停電になって、コンセントを使う器具は全て使えなくなってしまった。
 それゆえ、今度の地震が大震災なみに強烈だったら、読書灯を点けようとしても点かず、暗闇のなか私はパニックに陥っていた可能性もあったのである。

 ただし、じつはその可能性はなかった。
 私は読書灯は、コンセントなくとも電池で点くものを使っていて、たとえ停電してもきちんと点いてくれていたはずだから。

【読書灯 GENTOS LUMITZ LED
Led

 この読書灯は本来はアウトドア用のものである。折りたためばガラケーなみの大きさで持ち運びが便利であり、また光量も適度にあるため、テントや車中泊で使うために通販で購入したものだけど、その機動性よりも光の柔らかさが気に入り、家のなかでも使っている。
 これは普段はコンセントから電源を取っているが、停電になったら回路が電池にほうにつながり自立して光を発するわけであり、今回停電になったとしても十分に役に立ったわけだ。
 私はGENTOS社の回し者ではないが、災害時のことなど考えると、これはけっこう優れものではないかと改めて思い、webに載せた次第。もっとも、GENTOS社のHPを見ると、この製品もう販売は終了になっていた。
 たぶんもっといい商品が開発されたのでしょうな。


 地震のほうは、TVにてすぐに津波の心配もないとの報道が出て、ひと安心できた。
 それでもその後、小規模な地震が何度もあり、日向灘の断層の不安定さを改めて知ると同時に、結局は災害対応体制でずっと起きていることになった。


 ところで先日広島で痛ましい大水害が起き、そこで災害警区域の指定が問題になっていた。
 これに指定されると、災害時に備えて、速やかに対応できて避難できるような準備が義務付られることになるそうだ。それはたいへん良いことと思うけど、ただし日本という国土では、全国土がじつは災害警戒区域だと思う。
 私の住むところは災害警戒区域ではないけど、しかし一歩間違えば、激甚な自然災害を蒙る可能性は常にあるわけで、指定されようがなかろうが、その備えは必要と、あの揺れを感じて強く思った。

 まず、とりあえずは光源の確保から始めましょう。

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August 24, 2014

ビーチパーティ (La soirée sur la plage ) @日南伊比井浜

 宮崎は北から南まで美しい海岸線を持っており、そういう海岸線で、宴会が出来るような砂浜使ってワインパーティをやりたいという希望を某氏が持っておられ、それを実現するための話がいつのまにかまとまり、今回開催の運びとなった。

 ビーチでのパーティは普通はBBQということになっている。
 風光明媚なところはたいていまともなレストランとかはなにもない。それで宴会をするには食料・燃料を持参する必要がある。そのなかでBBQなら食材、燃料等の準備が簡単だし、技術を持った調理者も不要で(これはいろいろ意見はあるだろうが)、そしてそこそこの値段がおいしいものも食うのが可能であり、だからビーチパーティはBBQが主体となっている。
 しかし主催者の某氏は食い物に関しては妥協のない人物であった。彼の主張によれば、不便なところでは真に美味しいものを食すのが困難なため、かえってそれを達成すれば、満足感はさらに増す。これをBBQなどやってはそれが体験できず、もったいない話となってしまう。

 というわけで某氏は宮崎市内のイタリアンレストランに強引にケータリングを要請して、日南の伊比井浜に臨時出張店が出来上がることになった。
 それに私も便乗し、いざ伊比井浜へ。

【臨時出張店】
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 伊比井浜は宮崎有数の良い波の押し寄せる浜で、サーファーのメッカみたいなところであり、普段はサーファー達が波乗りを楽しんでいるはずだけど、日暮も近いなか、今は浜辺には宴会の準備をする人たちのみであった。

【浜辺 日暮前】
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 浜辺にはタープのもとにテーブルがセットされ、シャンパングラスに、シャンパンが用意されている。
 …これって、南仏とかなら似合う風景だよなあとか思う。でも宮崎日南では、なにか無理があると思わぬでもない。

【調理器具】
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 ケータリングはいわゆる仕出しとは違い、その場で調理をするものゆえ、こんな野外では大変である。
 それでも、それ用の様々の調理器具を持ってきて、うまく調理してくれたレストランスタッフに感謝。

【ピザ】
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 この店はピザが最大の看板であり、経験豊かなシェフが高品質の小麦粉を用いた生地を上手に熟成させ、石窯で焼き上げるというのが売りである。
 しかしさすがに、仕込んだピザは持ってきたものの、ビーチに石窯を持ってくることは出来ず、移動式の器具で焼くことになった。
 オーナーは店の真のピザを出せずに悔しがっていたけど、十分に美味しかったです。

【ブイヤベース】
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 ビーチサイドパーティゆえ、ブイヤベースはやはり出なければ。
 そして、これはプロの味。具材、出汁、全てがよい。
 浜辺の料理で、これほどあうものもない。
 さらにこれに加えて、この出汁を使ってのリゾットも〆に出てきました。じつに美味。

【日が暮れて】
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 九州は終末は台風が来るなり前線が南下するなり、天気の悪い日が続いていたけど、本日は幸運なことに晴れであった。しかも新月だったので、日が暮れてからは闇が濃くなり、天空に横たわる天の川がクリアに見えて、人里離れた地での夜の宴会の魅力を満喫することができた。
 ただ、風が強く、ずっと浜辺を風が吹き荒れていた。
 そのうちタープが吹き飛ばされ、…結局タープを回収しての宴会となったけど、満天の星空のもとの宴会もたいへん趣あるものであった。

【花火】
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 誰もが、イタリア料理を食べ、ワインを飲み、ということを楽しんでいたけど、それでもビーチパーティゆえ、花火もしようということに。
 周囲に明かりのないなか、こういう線香花火みたいなものは、かえって明かりがまし、夏の風情を楽しめた。

 このケータリング ビーチパーティ。
 ワイン会グループでは初めての試みだったそうだけど、この雰囲気での食事だけでもとても満足できた。
 そしてせっかくこういう美しい地で行うのだから、前後に野外イベントを加えればもっともっと楽しくなりそうなので、それを考慮し、さらに続けていきたいと、おおいに希望した次第であります。

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映画:ゴジラ

Godzilla

 昨年のハリウッド製怪獣映画「パシフィック・リム」があまりに面白かったせいか、その後ハリウッド製の怪獣映画がまた製作されることになり、今度は日本怪獣の大スターを使った「ゴジラ」である。

 「ゴジラ」ハリウッド版については、じつは10年以上も前にエメリッヒ監督により撮影されている。
 その上映時は、さんざんに駄作とこきおろされ、現在もエメリッヒの黒歴史的な駄作とみなされているようであるけど、あれはいわゆる「メリケン人の見たガッジーラ」であって、あの映画は、ゴジラをよく知っている日本人を、呆れさせながらも、その文化感の違いに妙な感慨を抱かせる怪作であり、快作でもあり、…私はけっこう好きなのであった。

 まあそういうわけで今回の「ゴジラ」も、アメリカ人の造ったどうせ画像だけ豪華なゴジラ像に突っ込みを入れてやろうという気で観ていたのであるが、なんのなんの、ゴジラに対するリスペクトに満ちた作品であった。

 日本製「ゴジラ」でのゴジラの真の姿は第一作目に尽きる。
 あそこでは、ゴジラは自然の猛威の象徴であり、日本神話における制御不能の神そのものなのであって、人間はただただ畏怖し、恐れおののくのみであった。

 ハリウッド版ゴジラのゴジラは、これにさらなる役割が付けくわえられ、「調停」あるいは「制御」の能力を持つ、西洋的唯一神に近いものになっていた。これは、ゴジラの使用権を米国が得たときにゴジラの名前が「GODZILLA」となった時点で、そうなるべき定めではあったのではあろう。


 それゆえ今回の「ゴジラ」では、威厳に満ちており、神秘的でもある。
 (前作のハリウッド版の、爬虫類王みたいなのとはえらい違いであった。)

 その怪獣王ゴジラの、映画での姿。
 ビキニ島で水爆で破壊しようとするときの巨大な背ビレのみ見せた写真。ハワイに上陸したとき、闇のなか照明弾に照らされて全貌を見せるシーン。ハワイから西海岸まで巨大原子力空母に護衛(?)されて悠々と泳いでいくシーン。人類が絶望的状況になったときに現れる信頼感あふれる雄姿。
 全てが素晴らしい。

 ギャレス監督がいかにゴジラ第一作目の、あの「ゴジラ」をリスペクトし、その真の姿をハリウッドの超一流の技術で画像にしようかと考え尽くしていることがよく分かるシーンの数々であった。


 脚本的には、米軍の作戦が少々杜撰なのでは?とか、主人公ほとんど不死身じゃんとか、この手のパニック映画では家族愛の見せ場がつきものなのは分かるけどどうにもテンポが悪いとか、それよりなにも芹沢博士が重要な人物そうなのに全然役にたってないじゃん、あれってただのゴジラオタクなのでは? とかいろいろと突っ込みどころはあるのだけど、あのゴジラの迫力あふれる神々しい姿が見られるだけで、十分にこの映画は観る価値がありました。


 製作の決定した続編では、キングギドラや、モスラも登場するそうだけど、筋はまあどうでもいいとして、今回見せてくれた技術で、大画面のなかであの怪獣たちを観させてくれることをおおいに期待している。


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 ゴジラ 公式サイト 

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August 18, 2014

ギエム・ダンス・感謝

Guillem


 フランスの有名ダンサー、シルビエ・ギエムが引退表明を行った。

 …これを伝えた記事の見出しを使って、「有名ダンサー」とか書いたけど、ギエムはバレエ界において、もはや一個人の名前ではない存在となっている。例えるなら、世界文化遺産のようなものであって、それだけで一大ジャンルとして確立している、そういう確固たる芸術そのものであった。「有名ダンサー」どころではないである。

 ギエムは有難いことに親日家であり、九州にもよく訪れていて、福岡公演や熊本公演が行われるとき私は出来るだけ観ることにして、そしてそのたび深い感動を味わった。

 シルビエ・ギエム。
 なぜ彼女が唯一別個の存在であるかはステージを見ると、容易に理解できる。
 なぜなら、多くのダンサーと踊ったとき、彼女だけはまったく別のことをしているから。
 彼女はまるでSF小説における火星人のように、関節がいくつでもあるかのような手足の動きをし、ありえないポーズを見せ、そして重力を無視したようなジャンプをして、さらに空中に留まっている。
 そしてもちろんギエムが宇宙人であるわけはなく、人間って、ここまで肉体を使って素晴らしいパフォーマンスが出来るということを知らしめる、人類の可能性の指標みたいなものであった。

 ギエムの踊りは全て良かった。

 ギエムの踊りはどれも今も脳裏に残っているけど、面白いことに脳裏に動画を走らせると、他のダンサーと違って、ギエムはコマ送り風にそれが蘇る。
 あれほど滑らかに、音楽に沿って踊っていたけど、一瞬、一瞬で決めるポーズが、くっきりはっきりと、静止画のように、流れの中に突出して浮かび、それは舞踏と絵画を混ぜたような芸術に思え、そこにもギエムの独自の魅力があったのだ、とも思う。

 ギエムは日本ではよく「ボレロ」を踊っていた。

 ベジャーレ演出の「ボレロ」は、いろいろと評価の難しいダンスだとは思う。
 基本的には「ボレロ」は、ギリシャ神話からの流れを組む「聖と俗」「高潔さと情欲」とかの二面性を演出した舞踏なのではあり、最初のほうはほとんど場末の淫靡なダンスのような雰囲気がある。しかしだんだんと周囲の群舞が増えてくるにしたがい、「ボレロ」はその姿を変えていく。

 「ボレロ」は、たぶん最初のほうはダンサーは楽しく踊っているとは思うのだけど、周りが躍り出してからは、楽しくないと思う。
 ダンサーは踊りを要求され、その要求は強まり、やがては極端な技術を要する踊りを強いられていく。
 ただし、これが天才の宿命というものではあろうなとは思う。
 「ボレロ」は踊り手が極度に限局されているダンスであり、そしてその踊り手は、「踊ることを強いられる」「踊ることが宿命づけられている」者に限られていた。
 ギエムはまさにその代表的な存在であり、だからギエムの「ボレロ」はその天才の悲愴美が際立っていた。
 あの燃えるフライパンのような赤い舞台のうえで、群舞から、そして観衆から、踊れ踊れという思いを浴びせらながら、ギエムは人間の枠を超えたような、孤独で、屹然とした緊張感あふれるダンスを踊った。そしてそれらの緊張感が頂点に達したあと、すべては突然に崩壊して幕が引かれる。
 そして、「ボレロ」のダンスが終わったのち、カーテンコールに現れたギエムの、なんというか人間に戻ったような笑顔もまた大変印象的であった。
 ギエムって踊っているときは超人的な雰囲気があるけど、こういうときは、普通のスタイルのいい、粋なパリジェンヌという感じである。
 踊りも含め、たいへんいいものを見たというのがギエム公演のいつもの感想であった。


 なにはともあれ、幼少の頃から、バレエという一大芸術分野の最先端を走ってきたギエムの途方もない努力に感謝の念を捧げる。
 そして20世紀の奇跡的存在ともいえるアーティストの生のステージを幾度も見ることが出来た我が身の幸せさもあらためて実感。

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August 10, 2014

キエフクラシックバレエ団 宮崎公演

【倒れた樹】
Typhoon

 7月に宮崎を直撃した台風8号よりも、ずっと離れた海を通っているはずの台風11号は、しかし8号よりも遥かに激しい風雨をもたらし、8月9日土曜日は宮崎県内あらゆるところで避難勧告が出される、近年にない大規模な台風であった。
 その台風が去った翌日、台風一過の青空のもと、宮崎市へバレエを見に行った。

 会場は宮崎市民文化ホールであり、着いてみると、昨日の台風の傷跡が如実に残っていた。
 …この日多くの観客が来るのが分かっているのだから、さっさと片付ければよいのに、と思わぬこともない。

【キエフクラシックバレエ】
Ballet

 バレエは、いま日本全国で公演を行っているキエフクラシックバレエ団。
 キエフのバレエ団は国際的に一流の評価があり、こういうビッグネームが宮崎まで来てくれるのは有難いものだと思いつつ、…パンフレットを見ると、どうも我々が知っているキエフの国立バレエ団とは微妙に違うようであったが、いざ実演をみると、真っ当な素晴らしい技術を持ったプロ集団であった。

 それなりの大箱のホールでの公演はほぼ満員であった。
 地方でのバレエマニアは、バレエを習っている家族がけっこうな数を占めているのが常であり、観客もいかにもそのような人たちが多かった。特にバレエを習っていると思わしき少女たちは、立ち姿と歩く姿がまったく別物なんで目立っている。こういった背筋のピンと立った美しい姿勢と歩き方は幼いころから訓練しとかないと一生覚えられないとか言われているが、実物みるとよく分かる。
 プロになるのは大変だろうけど、一生役立つ習い事として、バレエはたいへん良いものと思われる。

 さて、キエフバレエ公演。
 演目は、チャイコフスキーの三大バレエ「白鳥の湖」「くるみ割り人形」と「眠りの森の美女」のダイジェストというベタなもの。
 ベタであるけど、バタであるがゆえに、どれも楽しいものであった。
 「白鳥の湖」は、もっぱら群舞を主体にしたもの。この群舞は、スラブ系の人たちが踊るために造られたものなのだなあと実感できる、そういう舞台。ああいう整った顔の、手足が長い、スタイルのよい姿態の人たちが集団で踊って、はじめてあの白鳥たちの踊りの哀しみが伝わって来る。

 「くるみ割り人形」と「眠りの森の美女」は、元々あらゆる踊りのオムニパス形式のバレエであり、そしてどれも楽しいものであった。
 どちらも深く考えるところのない、「踊りって素晴らしい」ということを延々を見せてくれるバレエであり、それを美しい容姿のダンサーが卓越した技術で、目の前のステージで見せてくれるので、時が経つのも忘れて、ただただ見惚れることができる。


 バレエはやっぱり素晴らしい。
 とくに生で見るともっと素晴らしい。
 宮崎に来てから、あんまりバレエ観に行く機会なかったけど、もう少し努力して観に行かねば、と改めて思った次第。

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August 09, 2014

祝ミシュラン☆獲得@安春計

 本年の九州料理界の最大のイベント、ミシュランガイド発表が7月10日にあり、九州の食い物好きの人たちからは、いったいどの店が、どの☆で選ばれるだろうかと、興味しんしんの話題となり、事前予報などがnet上に活発に流れていた。
 その事前予報は、私なりには納得できるものではあったけど、発表の日を迎え、その店名を見ると、…地元の人たちの予想はかなり外れておりました。

 それほどミシュランの選択は個性的であった。
 ただ、この相当に偏った選択については、もちろんいろいろな意見はあるのだろうけど、「これぞミシュラン」という選び方ではあり、それはそれで頷けるものではあった。
 ミシュランガイドは、あくまでもミシュランサイドのスタッフが美味いと判断した店を選ぶのであり、その基準については、選んだ店をみると、ミシュラン基準が確立していることは容易に理解できる。
 まあ、地元民の感情的には、なかなか納得はいかんであろうけど。

 それはともあれ、ミシュランの店選択で、寿司においてはその選択基準が江戸前鮨に偏っていることは分かっており、また事前漏れてきたスタッフの評から、「安春計」は選ばれるとは予想できていたけど、やはり☆に選ばれていた。
 そして、その後の初の安春計訪問。

【ミシュランカップ】
1cup

 安春計店主は、「ミシュランなんて…」とか一番言いそうなタイプではあるけど、それはさておきお祭り大好きな人なのであって、九州料理界の久々お祭り、ミシュランの発表会にもしっかり参加されて、おおいに堪能され、ミシュランのコップもGETしてました。

 ミシュランの☆づけに関しては、やはり各店ごとにいろいろと意見があるようで、ミシュランの☆を獲得した寿司店店主たちが、発表会の宴会後の二次会で、某寿司店になだれこみ、喧々諤々の意見を交わしあったそうで、…なんかとても楽しそう。
 福岡の寿司店店主たちは互いの距離が近いのがいいですね。

【鮎の一夜干し】
2ayu

 ミシュランはともかくとして、安春計、相変わらずとてもいいです。
 夏定番の鮎の一夜干しは絶品ですし、造り、鮑、ウニのモロキュウ、それに鮨の数々。
 全て満足。

【シンコとコハダの食べ比べ】
3sinko

4kohada

 今の時期の季節を告げる鮨タネは、やはりシンコ。
 しかしもちろんコハダも美味しいのであり、それぞれの個性をより分かりやすくするため、これらが同時に出てきます。

【中トロヅケ】
5tyuutoro

 安春計のスペシャリテ。
 いい鮪の中トロが入ってきたときの定番。
 安春計のシャリには、やはりこの中トロが一番合う、とも思う。
 香り、味わい、食感、全てが見事。

【賄い料理】
6inro

 ところで今回は店主が店の賄い料理を披露。
 店主は賄いは、店員(って、奥さん一人なんですが)を慰労するためのものだから、これも全力投球のものでないといけないとの信念で、絶対に手抜きはせずに、自身の満足いく美味しいものをつくるそうである。
 その賄い料理が、たまたま余っているとのことだったので、是非にと所望。

 で、出てきたのが、イカの印籠寿司。
 これって、本格的な江戸前寿司で、いわゆる賄い料理とは違いますよねえ。
 このへんが、店主の意外な真面目さを示しているところですか。
 そして食すれば、大変美味でありました。これは定番の料理にしてもらいたいところである。

 「10年通っているけど、これ食べたのは初めてです。こんな料理を隠していたとは」と店主に言ったら、「10年どころじゃないでしょ」と突っ込まれた。
 頭のなかで計算したら、たしかにそうであった。
 月日の経つのは早いなあ~。

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August 05, 2014

夏の定例 田中サイクルビアパーティ

Meeting1

 九州は梅雨は明けたのであり、本来なら好天が続いているはずなのだが、梅雨明けから1週間もたたぬうち前線が下がって来たため、雨が降る日が続いていた。それでも、太平洋から高気圧が張り出してきたため、梅雨前線は北方に消え去り、一挙に日本全国で梅雨が明けた。そしてこれからは好天が続くはずであった。

 この好天の日を利用し、8月最初の土日は、夏期定例の田中サイクルのビアパーティがある。日曜日、午前中にガンガン走って、しっかりと汗をかいた勢いで、夕方からホテルメリージュのビアガーデンで、ビールを飲みまくる、という予定であったのだが…。
 なんと週末にかけて、台風12号が急接近し、南九州にとんでもない豪雨を降らして、各地で避難勧告が出るほどの事態をもたらした。この悪天候では、とても自転車走行会は開けないことになってしまった。

 それで定例ビアパーティは、屋上でのビアガーデンは使わないことになり、屋内のビアホールでの宴会となった。

 まあ、ここはここで雰囲気のよいところなので、新鮮な感じもしたけど、やっぱり夏はビアガーデンだよなあ。涼しい夜風の吹くなか、延岡の夜景を眺めたかった。
 阿蘇望といい、どうにも今年はついていない。


 しかしそんなことより、今年の九州は梅雨明けといえど、どうも天気があやしい日々が続いている。まともな夏日が訪れてこないし、今週もずっと雨模様である。
 平成5年以来の、21年ぶりの冷夏ということにならねばいいのだけど。


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 なんなんでしょうね。この前線と、台風は。(@平成26年夏)

Weather


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