STAP細胞ミステリ(2) ―STAP細胞の将来
理科研の世紀の発見ということで、大々的にマスコミに報道されたSTAP細胞。
この大騒ぎはその後迷走していったわけだけど、その迷走劇は意図せずして、3名の個性的な科学者によって為されたことがあとになって分かった。上の写真は、その3名登場のものである。
STAP細胞の発見史について、簡単に述べてみる。
STAP細胞の歴史は、小保方氏がハーバード大学のラボで、細胞に化学的刺戟を与えることで、万能性を持つ可能性を持つ、ユニークな細胞(STAP細胞)が発現していることを見つけたことに始まる。
その細胞は転写因子(Oct4)を発現しており、あらゆる細胞に分化する可能性を持っているはずだった。しかし小保方氏は、その細胞が万能性を持っているということを証明するスキル(技術)を持っていなかった。
STAP細胞が実在したら、大変な発見である。
当然ラボの主催者はそれを実証したいと思う。それで、ラボ上司はその発見を検証するために、世界中のその分野のプロに、この細胞が万能性を持っているかどうか実証検査をしてほしいと頼むのだが、誰も首を縦に振らなかった。
そんな細胞の存在は有り得ないと誰しも思うし、当然に実証実験はお金と時間の無駄になると思っていたからである。ところが、当時理科研にいた若山照彦先生が、その細胞に興味を抱き、STAP細胞が本当に万能性を持つかどうか実験することにしてみた。
若山先生は、世界で初めてクローンマウスの作成に成功したこの分野の第一人者である。
若山先生は、1997年に世界で初めて「クローン羊」が作成されたという報を聞き、誰もがそれを信じなく、また実証実験も成功しなかったときに、敢えてマウスを使ってその再現実験を企て、苦労の末に遂にクローンマウスを作成に成功した。それによりクローン羊の実在も証明され、クローン羊を作成したキャンベル博士はノーベル賞を受賞した。
このように若山先生は、世間が信じないようなことに敢えて挑むチャレンジ精神の豊富な人であり、STAP細胞へも、そのチャレンジ精神が掻き立てられたのであろう。
ただし、クローンマウスの時と同様に、STAP細胞によるキメラマウスの作成は難航を極めた。今までのES細胞を使ったキメラマウスの作成法ではまったくうまく行かず失敗を重ねるのみであったので、新たな手法を使ったところ、見事にキメラマウスを作成できた。そしてこのキメラマウスはES細胞によるキメラマウスよりも、さらに細胞の初期化が進められていたことが判明し、ここでSTAP細胞の実在が証明された。
そうしてSTAP細胞についての論文が書かれたわけだが、…Natureに投稿されたこの論文は採用をリジェクト(Reject)されてしまった。
Natureの指摘には、いろいろと鋭いところがあり、rejectには十分納得できる理由があった。
それで小保方氏をリーダーとする理科研は、アクセプト(accept)に向けて、追加実験を加えていった。
その結果STAP細胞の論文はacceptされることになるのだが、この論文はじつに美しい。STAP細胞という信じがたい存在について、ある特定の刺戟によってSTAP細胞が分化した細胞から初期化されて生まれるというストーリー(仮説)が提唱され、それを証明する実験が、いくつもなされて証明を積み重ね、ついにはSTAP細胞の独自性が明快になる、論文のお手本のような見事なものである。
ただ、今この論文をレトロにみると、あまりに出来過ぎている。
科学論文は、ある現象について、それが成り立つ理由についてのストーリーを考え、そのストーリーが成り立つ実験が成功されていき、ついにそのストーリーが実在するという証明を持って完結する。
Nature論文でのSTAP細胞もそうであり、STAP細胞というユニークな細胞が、既存のEA細胞でもTS細胞でも、またiPS細胞でもなく、さらには分化されたリンパ球から初期化された細胞であることが、膨大な実験により証明されている。ついでにいえば、特殊な処理をしたSTAP細胞が、多臓器へ分化できるSTAP幹細胞になれるということまで示しているから、そこまでいけばまさに大発見であり、じつに見事な論文であった。…その実験が本物だったなら。
STAP細胞の論文の発表から、その存在の疑惑にいたるスキャンダルで、今はだいぶと情報が出てきたのだが、それでだいたい分かったことは、小保方氏はSTAP細胞と名付けられたユニークな細胞を見つけることは成功したが、それがどういう由来で、どういう可能性を持つのか、よく理解できていなかった。
それで、上司の笹井先生があるストーリーを考えつき、「STAP細胞があるなら、こういう可能性があり、こういうことができる」というふうなアドバイスを与えたようである。(小保方氏にはストーリーを考えつく能力はなかったことは指摘されている。)
小保方氏は明らかに現場タイプの人であり、そのストーリーに沿って、コツコツと実験を積み重ねてきたのであろうが、そのストーリーを実証するために懸命に努力しても、肝心のTCR再構成と、さらには(余計な実験である)三胚葉性分化を実証することは出来なかった。
ここでいったんストーリーをチャラにして、新たなストーリーに基づく実験をリスタートすれば良かったのに、小保方氏は、そのストーリーを成り立たせるべく杜撰な捏造の方向に暴走してしまった。それで、STAP細胞は沈没してしまった。
STAP細胞のストーリーの売りは、「分化された細胞が、単純な外部刺戟により初期化される」ということであるが、そんな奇想天外なストーリーでまず実験を組み立てるより、常識的な線で、STAP細胞は外部刺戟によるinduction(導入)でなく、selection(選択)によって選別されたと考えるのが、元々の実験の流れとしては自然であろう。
そういう方向でSTAP細胞が立証されれば、「生物の身体のなかには、常にごく僅かに初期化された細胞があり、普段は何の役にも立っていないが、過酷な環境のなかでは生き残り、その結果、何らかの役割を発する可能性を持っている」という生物内モデルが確立する。
そうなれば、今までinduction説が主流であった成人型の癌細胞の発生についても、「じつは癌細胞はirregularなものでなくregularなものであり、癌組織の形成については、その増殖の方向を間違えたものにすぎない」とかの説も成り立ち、新たな研究が行われ、種々の発明が為される可能性がある。
STAP細胞論争、小保方氏のやったことがあまりにひどいので、STAP細胞はただの幻であった、と結論づけるのは当然とはいえるが、それにしてはNature論文の実験の結果は捨て去るには惜しいものが多量に含まれている。
STAP細胞は、私見では再生医療の役には立たないとは思うが、初期化細胞、というか未分化細胞についてのミステリについて、多くの解明の鍵を握る存在に思えるので、リベンジの意味も兼ねて、理科研で研究を続行してもらいたいものである。
……………参考………………
文芸春秋4月号 若山先生のインタビュー記事
理科研 STAP細胞ついての報告
Nature letter
Nature article
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