STAP細胞ミステリ(1) ―あるいはお化けの証明
本年度の科学のトピックとして、最大級のものとなるはずであった理科研のSTAP細胞発見については、その後の検証で迷走が続き、なにがなにやらよく分からないことになってしまい、はては当事者どうしで論争が泥沼化して、闇試合に突入している気配がある。
本年度どころか、あと数十年は科学界の最大級ゴシップとなってしまったであろう、この騒動をワイドショー的に楽しむというのも、ひとつのスタンスであるが、いちおう科学者の端くれ、およびミステリ好きの一員として、私なりに雑感を述べてみたい。
小保方氏をfirst authorとしての理科研のSTAP細胞の論文は、発表時に世界中のラボの抄読会で感嘆の声とともに読まれたと思う。
この論文は、誰もが信じないような新しい発見について、膨大な実験を積み重ねて、反論の余地もないまでに、自らの仮説を実証していく、極めて理論だった、まさに「究極の理論の追及」とでも称すべく、エキサイティングでスリリングなものであり、読んでいてたいへん楽しいものであった。
ただしその後、小保方氏の実験結果の捏造が判明し、この論文の拠って立つ重要な根拠が崩れてしまい、STAP細胞については信頼性が一挙に崩れてしまった。
小保方氏の「捏造」については、「捏造」どころか、それ以下のレベルの出鱈目なものであり、およそ科学研究の場に身を置いた者なら、誰一人して彼女のやったことについて、理解どころか同情するものもいないであろう。
今回の騒動について、世間一般人より専門家のほうがはるかに意見が厳しいのは、専門家が「研究において、絶対にやってはいけないこと」を理解しているからである。
理科研が論文の撤回を推奨したことから、STAP細胞についてはその存在は極めて疑わしくなっている。
さらに、STAP細胞の発見者小保方氏の、研究者としての資格がきわめて疑わしいから、STAP細胞なんてこの世に存在しない、と判断するのが当然であろう。
STAP細胞なんて、この世に存在しなかった。これで、この騒動は一件落着。
で、本来はいいはずなのだが、…どうもそうはいかない事情があるのが、このSTAP騒動の面白いところではある。
今回のSTAP細胞騒動については、その当事者たちにより色々な記者会見が開かれた。
論文を撤回すべしという理科研の判断に対して、小保方氏は果敢に挑み、「私は200回STAP細胞の作製に成功した」と反論した。
ここで記者および視聴者は、誰しも「ならば、その本物のSTAP細胞とやらを見せてみろよ」と、心のなかで突っ込んだであろう。
ただし、その要求は無茶なのである。
STAP細胞は顕微鏡でしか実物は見られないし、なによりSTAP細胞は、あくまで分化して多能性を示すことで、実在を証明されるのであり、小保方氏が持っているSTAP細胞やらが本当に多能性を示すことで、初めてSTAP細胞であることが証明されるのだから。
今、小保方氏はSTAP細胞の実在を主張している。
存在の怪しいものについては、そのものを明るみの場に出せば、誰もが納得し、話はまとまる。
これは、いわゆる「お化けの証明」というものである。
世の中には、お化けが実在していることを懸命に主張している人たちがけっこうな数いる。しかし、いまだに彼らが世間を納得させられていないのは、彼らがお化けについては、その存在の証明について、状況証拠しか出さないからだ。
「私はお化けを見た」「ある村ではお化けを見たという報告があった」「ある古書では、お化けのスケッチが描かれている」…等々でお化けを認めさせようとするばかりであり、いかにも胡散臭い。ここで、もし彼らがお化けそのものを連れてきて、会見場に出せば、誰しもお化けの存在を100%納得できるのだが、いまだにそういうことをした者がない以上、彼らが信頼されることは永遠にない。
これはお化けを、「ネッシー」とか、「ツチノコ」とか、「儲け話」とか、「低線量被曝障害」とか、「雪男」とか、あるいは「神」とかに言い換えてもいいのであろうが、基本的には、「そのものを出せばいいだけなのに、出せない」という言動、言論については、いっさい信用しないのが、社会人としての常識である。
それで、話はSTAP細胞に戻るのであるが、STAP細胞騒動の極めて面白いところは、こういう問題のある研究者により作成されたSTAP細胞なるものが、Natureの論文を読むかぎり、どうしても実在するとしか考えられないことなのである。
小保方氏により発見されたSTAP細胞はOct4遺伝子が発現することから、万能性を持つことが期待された。
ただこれを証明する技術を小保方氏は持っていなくて、当時理科研に所属していた若山先生にその証明を依頼することになった。若山氏はクローンマウス作成の世界的権威であり、ES細胞などでキメラマウスを作製することに関しても卓越した技術を持っていたからである。
ただし若山氏は従来の手法では、STAP細胞でどうしてもキメラマウスを作製することはできなかった。試行錯誤の末、特殊な手法でついにSTAP細胞でキメラマウスを作製することに成功した。
Nature letterに投稿された、STAP細胞によるキメラマウスの写真である。
蛍光色で光っている部分がSTAP細胞由来の細胞である。つまりこの写真により、STAP細胞はマウスの体細胞に分化することが証明されている。
そして、その蛍光は、マウスの胎児のみならず、胎盤や卵黄膜などの胚外組織にも発現している。
キメラマウスを造れる細胞としてES細胞やiPS細胞が既に知られているが、それらの細胞は胚外組織を造れるまでには初期化されておらず、ということは、この写真で示されている細胞は、ES細胞やiPS細胞などではなく、それよりもっと初期化されたユニークな細胞であることは間違いない。
つまり、STAP細胞がない限り、この写真はこの世に存在しないのである。
「お化けを証明するには、お化けを連れてくればいい」、との論からすれば、この写真がある限り、お化けは存在するとしか考えらない。
STAP細胞騒動について、小保方氏の研究者の資質から、理科研はSTAP細胞を全否定しても良さそうなものだが、STAP細胞の存在についていまだ曖昧な態度をとっているのは、どう考えても、STAP細胞は存在しているとしか思えないからであろう。
あるとしか思えぬSTAP細胞が、いかに本筋を外れ、迷走の極みに陥ってしまったかについて、次回に私見を述べたいと思う。
……………………………………
マウス胎児の写真は、Nature letter: Nature 505 676-680 (30 january 2014) fig.1より
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