我が名はローエングリン Ich bin Lohengrin genannt
ヴァグナーのオペラ「ローエングリン」のことを調べていて、「ローエングリン」で画像を検索したら、なぜか馬の画像ばかりがずらずらと出て来る。競馬のことなどたいして知らないから、よほど有名な馬なのかと思ってその「ローエングリン」と名付けられた競走馬のWikipediaの記事を読んでみたが、そんなにたいした記録を残した馬というわけでもない。
ローエングリンって元々はアーサー王の伝説にも登場する、聖杯の加護により超常の力を得た騎士であり、ヨーロッパでは超有名な英雄のことなのだが、本邦ではそういう並み程度の馬にも劣る知名度なのか…
と妙なことに感心してしまったが、よく考えるとこの知名度も重要なんだなと思い返した。
ローエングリンというオペラの筋は、「素性を知られると霊性を失ってしまう騎士ローエングリンが、自分の素姓を知らせないことを条件にエルザ姫と結婚したが、超人的存在であるローエングリンの存在に耐えきれず、エルザは騎士に正体を問いただす。騎士は自分の素姓を皆の前で語り、王国を去って行った」というふうなものである。
「Who are you?」というのは人間の社会生活において、常に根源的な問いというのは分かるにせよ、一国を支える重要人物へ、その国の姫君たるものが、あらかじめ禁じられた問いをするとは何と愚かな、と観客は思ってしまう。
ただし、それは私たちがその騎士が「ローエングリン」ということを知っているから、とも言える。台本や筋など知らぬ、一番最初に見た観客だって、オペラの題名がローエングリンである以上、正体不明の騎士は英雄ローエングリン以外のなにものでもないと、登場した時点で分かるし。
けれども、劇のなかの一人物の視点からすると、まったく別のものが見えてこよう。
エルザ姫にとっては、彼は命の恩人みたいなものなのではあるが、巨大な白鳥の曳く船に乗って後光を背負って突然現れ、無双の剣術を操るわ、超常的な雰囲気を常に身にまとっているわ、自分の正体は絶対に探るななどと要求するわ、で、客観的に考えて、この騎士はどう考えても怪しさ満点の人物である。やることなすこと、ほとんど人間離れしており、もののけのたぐいかもしれない。いずれ王国に害をなしても不思議でない人物でもある。
そういう怪しい人物と結婚生活を続けるのは、よほど鈍感か、あるいは強靭な精神の人でないと無理であり、エルザ姫の問いは仕方なかったと言える。
これがもし「ローエングリン」というものの存在が世に知られていたら、エルザ姫は、「もしかしてこの人間離れした人はローエングリンか、その同類みたいなものかもしれない」と思い、多少の我慢は出来ていたかもしれないが、そういう情報がない以上、不安は募るばかりであったろう。
というわけで、以前の考えを変更して、私はエルザ姫に同情することにした。
ところで、なぜローエングリンを調べていたかといえば、連休を利用して海外にオペラ・ローエングリンを観に行くからである。その準備に、現代ではいかなる演出でやってるのか、現代の演奏形式などについて調べていたのだが、あんまり面白い情報は得られなかった。やはり、台本を読みながら音楽をじっくり聴くのが一番いい事前準備であるように思う。
それにしても、ヴァグナーの音楽は麻薬じみたところがあり、聴き出すと延々と聴いてしまいがちになる。そして特にローエングリンというオペラは、全幕似たような音楽が鳴り続け、それがゆっくりと情感を高めて行き、巨大なクライマックを形成していく、ということが何度も繰り返され、この長大な音楽にどっぷりと浸ってしまう。
そのクライマックスでも、最も盛り上がるのは、ローエングリンが自分の名を告げるところ。
Ich bin Lohengrin genannt!(我が名はローエングリン!)
ここの誇り高き高揚感と、群衆の驚きとどよめき、エルザの絶望、全てが極めて高度の表現力でなされ、まさに旋律の魔術師ヴァグナーの芸の真骨頂。
じつに素晴らしい。素晴らしすぎて、ここの部分の音楽が、頭の中で勝手にエンドレスで回っている状態であり、…少々困っている。
とにかく、あと数日すれば、この至高の音楽が生で聴かれるわけで、とても楽しみである。
【ローエングリン第三幕第三場 In fernem land】
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