イタリア料理:フォリオリーナ・デッラ・ポルタ・フォルトゥーナ/Fogliolina della Porta Fortuna@軽井沢
イタリア料理が好きな人なら、誰でもその名前を知っており、伝説的な存在となっているレストランが軽井沢にある。レストランは上記の長い名前の店で、シェフはイタリア料理界の鬼才として知られる小林幸司氏である。
この店が伝説的存在になっているのには、いろいろな理由があるのであるが、その一つは予約がとても困難なことである。
小林シェフは創作系イタリア料理の名人で、その料理は独創的、芸術的なものであり、ゆえに調理に手間がかかりすぎ、一回に対応できる客の数が限られてしまうため、一日に昼・夜各一組ずつしか予約が取れない。そのため需要に対して、供給がまったく追い付かないので、予約がたいへん困難となっている。
それで私もこの店については、名前はよく知ってるが、結局行かないまま終わる店だなくらいに思っていた。ところが、マリーエ時代からの常連氏が予約が取れたとのことで、参加のお誘いがあり、ありがたくそれに便乗し、はるか軽井沢まで遠征。
この店、軽井沢でも辺鄙なところにあり、位置は分かりにくいはずだが、有名店であるため地元のタクシーの運転手はだいたい知っており、軽井沢駅で「小林さんの店」といえば通じる。
軽井沢、雪道を走って行き、このイタリア国旗があるところが店の入り口である。
ダイニングに入れば、窓から見える庭には、白い雪が積もっている。暖炉には火がくべられ、外とは隔絶した心地よい空間。デーブルにはメニューが並べられており、本日のコース料理とワインの内容が詳しく書かれているが、それがずいぶんと達筆である。最初のほうは、Proposta di Fogliolina e Fortuna / Vino Rosso alla Bagne Maria profumo di gingaroとなんとか読めるけど(正確な綴りは自信ない)、後のほうになると、筆に勢いがついてきたらしく綴りが絵画的になってきて、よほどイタリア語に慣れた人でないとたぶん読解不能。このメニュー表だけで、「この店は尋常な店ではない」と分からせてくれる。
それはそうと 、迂闊な私は、上の 一行≪Proposta di Fogliolina e Fortuna ≫を見て、「最初から自分の店の名前を間違っているけど、これはなんなんだ? なにかのギャグか?」と思ってしまっていた。
今、blogを書くにあたってメニュー表を見直したところ、あっさりと疑問解決。というか、店の中での会話で「店名のうち、Fogliolina(葉)は小林シェフの奥さん葉子さんから取られている」との知識を得たことから気付かねばならなかったのだ。あとのFogliolina の次のFortuna(幸運)は当然小林幸司シェフのことだろうから、これは「葉子と幸司の提案」、すなわち「今日のメニューは小林シェフ夫婦の二人でつくり上げたものです」との意味だったのである。
…しかし、普通はやっぱり分からないよなあ。
そして、食前酒ののち、料理が運ばれてくる。
鹿肉のローストに、シチリアのチーズと黒胡椒、蕪の薄切りを乗せ、それにニンニク、アンチョビ、野菜のスープをかけたもの。
味が豊かで強い食材の、多重奏のような料理。
主役は鹿肉なのだろうけど、どれもが主役のようでもあり、なんとも賑やかな料理である。
ヒメジのムニエルに野菜とアーティチョークオリーブ等でつくられたスープに赤ワインビネガーで味を整えたもの。
白身魚にしては味の強いヒメジに、これも個性の強いソースがからみ、豊かな香りと味を楽しめる。
白インゲン豆と、茸、ニンニクなどのスープと、黒キャベツ、ドライトマトのピュレ。これにフォアグラのロースト。
…と、今までメニューを簡潔に並べてみたけど、この店では一品ごとにシェフが運んできて、そこで料理の説明がある。
これがまたやたらに詳しくて、聞いているうちに唖然呆然とする内容の濃さ。
このスープでいえば、
(1) まずトスカーナ産の小粒の白インゲン豆を使う。これを茹でる。
(2) 合わせるのはまず茸である。この時期が旬のイタリアの野生のオルモ茸(フランスではシャントレル茸)、これをオーブンでロースト。これに薄切りしたエシュロット、ニンニク、ローストしたハムを加え、香りを立てる。それに白インゲン豆を加えてから、野菜のスープを入れて煮込む。それをミキサーで濾してスープの出来あがり。
(3) 緑色のピュレは、イタリア産の黒キャベツに、ニンニク、エシュロットを加え、それに半分のドライトマトを加えて酸味をつけて、さらに野菜のスープを加えて煮込んだあとミキサーにかけて濾したもの。
(4)なかに入っているのは鴨のフォアグラ。紙で包んで焼き、香りを高くして、それから表面を強く焼き、オーブンに入れてローストして切り分けたもの。
という複雑にして大変な手間暇をかけてものである。この長く難解な手順について、それを、料理の温度が適温のうちに一挙に怒涛の早口でシェフが語り、その内容と語り口にテーブル一同圧倒されるということが、料理が運ばれるごとに続く。
いやはや、料理そのものも一流の芸であるが、このプレゼンもまたシェフの一流の芸となっている。
パスタはフィットチーネのカルボナーラ風。
ホロホロ鳥の卵黄を使ったパスタに、チンタネーズ豚の頬肉、チコリ、黒トリュフなどを合わせている。
香り豊かで、それに個性的なパスタ麺と、食材の取り合わせで、いかにも豪華なパスタとなっている。
メインは野生の山鳩の胸肉の鉄フライパン焼き。
サルミソースは山鳩の肉と内臓と骨に人参、白玉葱、生ハム、セージ、白ワインビネガー、赤ワインを加えてオーブンで煮込んだあと、骨を除いて細かく刻んだもの。さらにサフランを使った羊のチーズを熟成させたものをピュレにしてホロホロ鳥の卵を溶いたものをソースにして合わせている。
野菜は苦みのあるイタリア産のもの。
このサルミソースが、まさに絶品であり、それぞれの特徴あるソースと素材とぶつかりあって、さらに味を変化させる。
羊と牛を半々つかった白カビチーズの表面を炙ったもの。これにアザミのフリットを添えて。
デザートは林檎のコンポートにチョコレートソースをかけたもの。
フルコースを通し、小林劇場とも称すべく、独自の世界にどっぷりとつかれた。シェフの目指していた「非日常空間の演出」の見事な具現化と思う。
いやはや、イタリアンレストランは数あれど、これほどまでの個性の強い料理と空間は、まずはないと思う。というより、レストランの範疇を越えたところに、この店は存在しているように思える。
ただ、この店での料理、美味い不味いでいえば、もちろん不味いわけはなく、美味しいに決まってはいるものの、万人向けの美味しさかといえば、疑問なしとはいえない。目指すものが尖鋭あるいは高すぎ、どうにも私のような一般人にはついていけないところもあった。
ここでの調理はなにかの化学実験のようでもあり、出された料理は精密にして複雑なる化学実験の成果のようにも思える。それこそ、シェフからは、この世の様々な物質を集め、それに種々の手を加え、ついにはそこから全く別の究極の物質を生み出そうと努力した古の錬金術師のような鬼気迫る熱意、執念が感じられ、そうなるとこの店の料理は美味い、不味いなどを超越した次元でつくられて当然とも思える。
それで、この店の料理を食べていると、「そもそも料理とはいったい何なのか?」という根源的、哲学的な命題まで頭に浮かび、そうだ、料理とは舌でのみ味わうものではない、頭でも味わうべきものなのだ、などと考えてしまう。
とにもかくにも、伝説的存在の小林シェフの料理、聞きしに勝る独創的にして個性的なものであった。まさに世界に一軒、オンリーワンの店。イタリア料理好きな者にとっては、必ず経験すべき店。
予約の超困難なこの店を体験でき、とても幸運であった。このような機会を与えてくれたY部長にひたすら感謝。
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