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December 22, 2013

映画:鑑定人と顔のない依頼人

Cinema

 ミステリ映画は昔はよく作られていたけど、近頃は人気のない部門となってしまったようで、上映される本数はずいぶん少なくなっている。そのなかで、なかなかの名作との評判のあるこの映画、ミステリ好きとしては、やはり観てみたくなる。

 あらすじは美術品を題材とした、詐欺ものである。
 主人公は60歳過ぎくらいの中年男性ヴァージル。彼は天才的な鑑定眼を持つ美術鑑定人で、美術館関係者や美術専門家からの信頼篤く、重要な作品の鑑定やオークションを一挙に引き受けている。しかし、彼は偏狭な人物でもあり、他人との関わりがとても苦手で、女性に対して臆病である、それでも女性の美しさはこよなく愛しており、彼は美女を描いた絵画を収集し、それに囲まれて過ごすことを無上の喜びとしていた。
 その彼に、ある日資産家の両親が残した美術品を査定してほしいとの依頼があった。依頼人はクレアという若い女性であったが、彼女は決して自分の姿を見せようとしなかった。彼女は以前に精神に傷を受け、人前に出たり広い場所に出ることができなくなってしまっていたのだ。そういう異常な依頼人に戸惑うヴァージルだが、しかし実は彼も幼きときから精神の傷を抱える身であり、似たものどうしの彼らは次第に心を交わしていき、やがて彼女は社会に復帰していく。

 と、筋だけ追っていけば、「偏屈な中年男の不器用な恋愛物語」みたいな話なのだが、この映画は最初からミステリものと分かっているので、どこかで事件が起きるはずである。
 そして、それはたぶん詐欺事件であろうし、狙われているものはあれであろうな、ということは誰でも分かるのだが、それが成功するにはものすごく手間がかかるであるし、そう上手く行くはずはないのに、それでも結局うまく行ってしまい、そこであれっ?と思ってしまう。
 けれど、その上手くいったシーンで、主人公が絵の裏を見ることにより、状況は一転し、一挙にその訳が分かる。というか、ここで主犯が分かり、すると今までの伏線が全部生きてくることになり、この計画がうまくいった理由も分かる。
 一つ一つの場面に意味があり、伏線が鮮やかにつながる、とてもよく練られた脚本であり、良質なミステリ映画だったと思う。

 しかし、このミステリ映画、そこで終わらないところがまたミソでもあった。

 主人公があっけにとられ、謎が解けたシーンから、簡単なエピローグが始まったとおもいきや、それはけっこう長く、じつは新たな謎を題材としたミステリ第二章が始まったのである。
 この第二章も、第一章で残されていた伏線を回収していく正統的なミステリなのだが、ラストシーンに頭を抱え込まざるをえない仕掛けがあるため、観る人によっていろいろな解釈ができるようになっている。
 それで、このシーンは、バッドエンドともとれるし、微妙なハッピーエンドともとれるし、堂々のハッピーエンドともとれるし…とりあえず私はハッピーエンドと解釈した。

 その解釈についてはネタバレなしでは書けないので、以下については、ネタバレ注意。

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 ここからネタバレ解説

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 ヴァージルは愛した女と親友に裏切られ、かつ命の次に大事にしていた美女の名画も奪われてしまい、絵画の隠し部屋で呆然と立ちすくむ。そして、ショックのあまり歩くこともできぬ廃人になってしまう。
 その廃人状況の彼のところに、秘書が家に届けられた手紙の数々を持ってきた。ヴァージルはそれらを力なく手に取っていたが、そのなかの一通を見て瞳の輝きを取り戻す。
 彼は施設で寝てなんていられるかとばかり、懸命のリハビリを行い、体力を回復して、それからプラハに行き、そこでアパートを借りて暮らすことにした。
 そして、以前にクレアが思い出を語った時、自分の運命の場所と告げたカフェ「Night&day」を訪れる。この店に入り、ヴァージルがテーブルにつく、これがラストシーンである。

 全体としては分かりやすいミステリである。
 まず最初の謎は、あの手紙は何だったのか?である。
 これは、廃人同様の男が、外国まで行ってそこに家を借りるまでの気力を起こさせる魔法の言葉が書かれていたわけだから、それはクレアからの「『Night&Day』で待ってます」との内容以外ありえない。
 そしてそれなら、ここで第一章での伏線、クレアの言葉がきちんと回収される。一つはクレア(小説家という設定になっていた)の電話での編集者への回答「物語はできたけど、最終章だけ書き換えるわ」。もう一つは、隠し部屋に案内されたときにヴァージルに言った言葉「たとえ、どんなことが起きても、私だけはあなたを愛します」。
 詐欺師グループの片棒をかついてでいたクレアだが、彼女だけは本気でヴァージルを愛するようになっていたのだろう。

 そして次の謎は、クレアは本当に来るのか?である。
 これについては、以上のクレアの言葉のように、わざわざそういう伏線を張っていたのだから来るはずなのであるが、…しかし、カフェ「Night&Day」の姿が画面に現れると、途端に観客誰もが不安になってしまう。
 店じゅう、精密に動く歯車が飾られたその一種異様な姿は、詐欺師グループの主要なメンバーであった修理技師ロバートの趣味そのものなのである。
 それで、これも詐欺の一環なのでは、とどうしても疑ってしまう。

 はたして、ヴァージルをプラハの「Night&Day」を訪れさせた手紙は、彼に止めを刺す詐欺の道具だったのか、それとも廃人同様になった彼を少しは元気づけるための同情だったのか、それともやはり本物で、その後クレアが訪れるのか。
 映画は、そこまでの解答を描かずに、クレアを待つヴァージルの姿で終わったが、さてさて、このミステリの正解はなんだったのであろう。

 これについては、観るものの心で解釈するしかなく、ならばハッピーエンドにこしたことはないであろうから、私は、「誠実に女性を愛した中年男の恋の成就の物語」と解釈いたしました。


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 鑑定人と顔のない依頼人 公式サイト


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Comments

昨夜初めてこの映画を観てこちらのページにたどり着きました。
単純な私は『みんなに騙されて愛もコレクションも失いかわいそうなヴァージル』と思っていましたが、こちらの解説を読んで、『こういう解釈ができるのか。。。なるほど!!』と目からウロコでした。

一度にしっかり見たのではなく、10分や20分くらいずつ家事や仕事の合間に見たので、もう一度、今度は切れ目なしで最初から最後まで一気に、セリフにもよーく気をつけて観ようと思います!
解説ありがとうございました!

Posted by: ベル | June 13, 2020 11:12 PM

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