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December 2013の記事

December 31, 2013

平成25年の年越し@祖母山九合目小屋

 大晦日はどこで過ごそうかと迷っていたけど、宮崎県山間部の元日の朝は晴れとの予報だったため、初日の出を祖母山山頂で迎えようと、九合目小屋に宿泊することにした。
 今年の年末は大寒波が到来し、九州の高い山はどこも多量の雪が積もっているので、雪山も楽しめるであろう。

【尾平越トンネル】
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 県道7号線、宮崎大分県境の尾平越トンネル。
 ここまでは南側なので、道路には雪はなかったが、トンネルを越えると、そこから雪国となる。

【尾平越 大分側】
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 尾平越トンネルを抜けると、全体が日陰になることもあり、雪道となる。
 下り坂なので、徐行しながらゆっくりと下っていく。

【雪道】
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 雪道は、ただ雪が積もっている道なら走りやすいのだけど、この道路は中途半端に交通量があるので、轍が出来ており、そしてその轍が一部凍っていた。
 凍り道ではスタッドレスタイヤがグリップせず、時々カーブで車が斜め方向のまま滑ったりして、なんとも非日常的な感覚を覚えながらのドライブとなる。そのまま制動が効かなければ、下手すれりゃガードレールにぶち当たると焦ったりする時もあったが、雪道にタイヤが乗ると制動は回復するので、滑る、グリップ、ハンドルを切る、とそういう感じのギャクシャクした運転を繰り返し、標高がそうとう下ったところで雪道脱出。
 普段こういう道を走り慣れていない者には、スリルに満ちた道であった。

【尾平登山口駐車場】
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 尾平登山口駐車場に着くと、駐車していた車は一台のみであった。
 祖母山は、大晦日はけっこう人が多く登るはずだが、今年は例外的に少ないのだろうかと思ったが、…じつはそうでもなかった。

【祖母山】
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 尾平から見る祖母山。
 いいぐあいに雪が積もっている。

【登山道】
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 宮原コース、標高1000mくらいまでは、登山道に雪はなかった。
 そして30日くらいから寒波が緩んでおり、気温は晩秋程度であって、冬装備で登っているためずいぶんと汗をかくはめになった。

【登山道】
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 標高1000mを越えると、さすがに雪が積もっていた。大気も冷たくなり、ようやく雪山らしい登山となる。

【祖母山】
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 ここまで登れば、祖母山もだいぶ近づいてきた。
 岩と氷と雪の峻厳たる世界。

【登山道】
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 標高1200mから雪が深くなり、アイゼン装着。サクサクと雪を踏みしめながらの登山。

【登山道】
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 宮原尾根を登りつめ、稜線へと到着。

【縦走路】
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 縦走路、高度1500mを過ぎれば、樹々は凍りついており、白く美しい光景が続く。

【馬の背】
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 切り立った岩場で、難所の馬の背も、雪が積もっているせいで、いつもよりは足場がよい。
 ここまで来れば、九合目小屋もあと少し。
 しばし歩くと、テント場で、今日は3張りのテントがあった。

【祖母山九合目小屋】
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 本日の宿の九合目小屋である。

【九合目小屋 宴会の図】
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 いつもは週末といえど人の少なき九合目小屋であるが、アケボノツツジと紅葉の時期、そして大晦日ばかりは多くの人が泊まる。今夜は30名ほどの人が宿泊していた。尾平駐車場の車の数からは計算があわないが、大半は北谷から登ってきたとのことであった。
 なかは常連の人が主であり、最高齢者は87歳で、肉を担ぎあげて好き焼きで年越しパーティーをやっており、その元気には驚かされる。
 私は単独行の人たちの卓に加わり、小屋番さんを交えて、歓談。
 そのなかの若者は神原登山口から2時間半で登ってきたとのこと。冬の重装備で雪道をその時間とは、ただものではない。聞けば、トラレンが趣味であり、職業的にもとても鍛えこんでいる人なのであった。もう一人の女性は話をするうち、テントの鉄人Sさんということが判明。いつもはテント泊専門の登山者なのだが、今回は大晦日の九合目小屋の雰囲気を味わいとのことで、小屋泊にしたそうだ。

 大晦日、世間は紅白でも見ながら蕎麦でも食って年を越すのであろうが、山小屋の夜は早い。
 …早いといっても、それでも10時過ぎなのだが、明かりは消え、明日山頂の初日の出に備えることとなった。

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December 29, 2013

雪の山陰地方

【大橋:朝食】
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 朝は雪の景色をみながら風呂に入り、それから朝食。
 この地の名物として、出雲蕎麦があった。

 仲居さんから、周りは雪だし、路面が凍っているところもあるので、旅館でゆっくりして雪も緩んでから出発することを勧められた。
 そして太陽も相当に高く上がったころに出発。

【伯耆大山】
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 琴浦PAから見る鳥取の名峰伯耆大山。
 天気が良かったので、青空を背景に白く輝く大山を見たかったのだが、あいにく山頂近くに雲がかかっていた。

【日本海】
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 海側には日本海が広がっている。
 今日のような穏やかな天候のときでも、海は荒れていた。
 冬の日本海とは、厳しき海である。

【宍道湖】
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 松江市に入ると、右手に大きな湖が見えて来る。
 蜆や鰻で有名な宍道湖である。
 写真を撮っていると、ちょうど鉄道が走ってきた。

【出雲大社】
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 そして、今日の目的地の出雲大社へと。
 今年は平成の大遷宮であり、本殿の改修が終わったところである。

【出雲大社本殿】
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 出雲大社本殿は、荘厳さを感じさせる立派な建物である。
 平成の大遷宮の年だけあって、参拝客も多い。
 これが大晦日や初詣のときは、さらに人であふれかえることであろう。

【神楽殿】
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 出雲大社に来れば、やはりこの大注連縄は必ず見るべきもの。
 初めて見た人は誰でも、この太さ、長さには驚いてしまう。

 出雲大社に参拝したのちは、9号線を江津まで走り、それから浜田道へと入った。
 この地方をドライブするのは7年ぶりくらいだったが、交通の便がよくなっていることに感心した。

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December 28, 2013

和食:蟹会席@三朝温泉 旅館大橋

【水仙の間】
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 三朝温泉の老舗旅館「大橋」は、建物全体が文化財となっており、部屋もそれぞれ趣のある凝ったつくりのものばかりである。
 今回泊まった「水仙の間」は、十八畳一間という、やたらな広さが特徴の部屋。普通に使っては空間を持てあましてしまうので、本来は家族で使うようなものであろう。

【八寸、茹で蟹、東伯牛】
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 卓には最初から八寸、茹で蟹、それに牛肉が並べられている。
 八寸は御節であった。
 牛肉は東伯牛という鳥取のブランド牛。これはあとで鉄器で焼いて食べる。
 そして、なにより目当てのズワイガニ。サイズ大きめのズワイガニを、静かに食べ進めて行く。

【椀物】
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 椀物は、蛤の紅白真丈。出汁は薄めであり、京風の上品なものである。

【活蟹刺身】
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 ズワイガニは、刺身も魅力。噛めば、ほのかに広がる甘さがとてもよい。
 ちなみに二本蝋燭が立っているのは、漁火に見立てた演出とのこと。この料理は、部屋を暗くしてから運ばれてきます。

【甲羅焼き】
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 活蟹のミソと身の甲羅焼き。
 熱が通って半生となってところで、モミジオロシとアサツキを掻き回せて頂きます。見た目はなんだが、濃厚な旨を楽しめる。

【蟹椀】
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 蟹の身と海藻を使っての椀物。

【焼き蟹】
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 焼き蟹は、料理人が部屋まで炭火を持ってきて、部屋のなかで焼いてくれます。
 部屋中が蟹の香ばしい香りで満ちて、それだけでも幸せ気分。
 そして、上手に焼かれた蟹を食べれば、旨みと甘みがたっぷりであり、ひたすら無口で食べ進めていくのみ。

【御飯】
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 〆の御飯は、蟹の炊き込み御飯。
 そして、味噌汁は背子蟹を半分そのまま仕立てたもの。
 背子蟹はいろいろと食べ方はあるけど、…これって少々雑な調理ではあるな。


 最初から最後まで、ひたすら蟹を食べ続けた会席料理であった。
 蟹食べるために鳥取まで500km以上運転してきたけど、その甲斐あるたいへん美味しい料理であった。

【露天風呂】
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 水仙の間は、露天風呂付である。
 檜風呂と陶器の風呂があり、檜風呂のほうは5~6人入れるくらいの広さがある。
 これに源泉掛け流しの湯が注がれ、身体が芯から温まるとてもいい湯だ。
 「大橋」は独特の大浴場を持っており、その魅力もたいへん高いけど、さんざん食って、さんざん飲んだあとは、部屋からさらりと風呂に入れる部屋露天はたいへん有難い。
 美味しいものをたらふく食べ、美味しい酒をたくさん飲み、そして名湯の部屋露天に入って寛いでいると、これぞ至福の時、という気持ちになってくる。

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雪の三朝温泉@鳥取

 年末は山陰にズワイガニを食べに行こうと思った。
 ズワイガニは揚がる漁港の関係で、鳥取より東に行かねばいいズワイガニを食べられないということになっている。それで以前に訪れ、美味しいズワイガニをたらふく食べたことのある、鳥取の三朝温泉の旅館を訪れることにした。

 年末、ちょうど大規模な寒波が日本全体を来襲し、山陰あたりは大雪になるとの予報である。これは、雪見酒、雪見温泉も楽しめるいい滞在となりそうだ。
 ただ、大雪も程度を越えると運転が困難になることもありえる。四駆スタッドレスだけでは準備万端というわけにもいかず、念のためチェーンも用意し、スタック脱出用の道具もそろえ、いざ出発。

 高速道路は冬タイヤ規制の区間がいくつかあった程度で順調に走行できたが、湯原ICを下りてから、三朝温泉に至る国道482号線が除雪も行われていない雪まみれのハードルートになっており、特に峠を越えてからの下り道が厳しいものがあった。それでも標高が下って国道179号線に合流したころには道路は除雪もされており、それからは普通に運転できて、無事に三朝温泉に到着。

【旅館大橋】
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 本日の宿は「旅館大橋」。昭和7年創業、82年の歴史を誇る老舗旅館である。
 建物は当時のものが残されており、旅館そのものが国指定の文化財になっている、たいへん由緒ある宿である。

 フロントで受付を済まし、しばし外を散策することにする。
 三朝温泉は温泉が極上であることでも有名であり、長い距離を運転した疲れを癒すためにもまずは温泉に入りたいところであったが、温泉に入ってしまっては、雪降る寒いなかを散策する気になれるはずはないので、ここは我慢。

【かじか橋】
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 三朝川にはいくつも橋がかかっているけど、ここは橋の半ばに足湯があることから、もっとも人気高い橋である。
 …ただし、冬期は足湯は休業中であった。

【三朝川】
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 三朝温泉を流れる三朝川。
 6月にはホタルが舞飛ぶことでも知られている。

【旅館大橋】
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 大橋を正面から見た図。
 昭和7年という昔、こういう山間の地にこんな大きな旅館が建てられてことを不思議に感じてしまう。

【三朝の町】
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 三朝温泉の路地に入ると、タイムスリップしたような、昭和を感じさせる店々が並んでいる。これがシャッター街とならず、現役の店々であるところが、三朝温泉の凄味を感じさせるところである。

【河原風呂】
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 三朝温泉名物、河原にある露天風呂。
 さすがに日のあるときには使っている人はいなかった。
 鳥取大学出身の知合いに聞いた話。「大学時代、三朝温泉にはよく訪れていたけど、冬にこの風呂に入り、身体があったまったのち、すぐわきの積もった雪に身体を投げ出して、それで身体を冷やして、また風呂に入るのが極楽的に気持ちよかった。」とのこと。
 …若いからやれることで、それはぜったい身体に悪そう。

【三朝神社】
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 三朝温泉の守り神である、三朝神社。
 静かでこじんまりした温泉地、三朝温泉にふさわしい雰囲気をもった神社である。

【三朝神社 手水所】
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 冬の三朝温泉で最も私が好きなスポットが、この三朝神社の手水所。
 手水所は神社に必ず備え付けられているので、手水所は数あまたあるわけだが、三朝温泉の手水所は極めて独特で、なんと流れる水は温泉なのである。
 それで、冬の厳しい風景のなか、温かな湯気を立てながら、こんこんと流れる手水所の湯は、とてもほっこりした、癒される光景をつくっており、これを見るだけでも冬の三朝温泉に来る価値はある、そういうところである。

【晴れた朝】
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 三朝温泉を訪れた日は一日中雪が降っていたが、翌日は晴れであった。
 朝明けのもと、陽の光を浴びて、霧氷や、積もった雪が輝きだす。

【三朝川川原】
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 空は澄み切って青く、雪は陽に輝いている。
 雪の三朝温泉、とても美しい風景を見ることができた。

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読書:皇帝フリードリッヒ二世の生涯 (著)塩野七生

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 12月中旬に上下二巻の「皇帝フリードリッヒ二世の生涯」が発刊されたので、年末はこの大著をじっくり読んで過ごそうと計画していたのだが、読み始めるや、一気に最後まで読んでしまった。

 それは本書の主人公、フリードリッヒ二世が、あまりに多くのことを、あまりに速く、立ち止まることもせずに次々に続けていく、その疾走ぶりに、読み手のほうもついついつられてしまい、頁をめくる手が止まらなくなってしまったからであった。

 本書の主人公である神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ二世の生きた時代は、13世紀のヨーロッパ中世である。中世はキリスト教が災いして、全てが因習にとらわれ、停滞し、沈滞した時代であった。
 あの時代、なぜヨーロッパがキリスト教を必要したかというと、治安が悪化し、経済が疲弊した社会では、人々の精神の支えとなるものが宗教しかなく、そしてその宗教が制度としてシステム化されたものがキリスト教しかなかったからである。

 ヨーロッパ全土がキリスト教が関与して動くなか、フリードリッヒ二世のみは一神教の弊害を知りぬいていた。
無謬が原則のキリスト教は、誤りを絶対に認めず、その結果社会は進歩を止め、さらには誤った行為はいつまでも続くことになる。

 当時のローマ教会の最も誤った施策とは、イスラム世界との全面戦争、十字軍だったわけだが、フリードリッヒ二世は第六次十字軍の指揮をとっている。そのとき彼は、ローマ教会の誤った干渉をいかに避けるかに力を注ぎ、そして彼の努力により、第六次十字軍は、キリスト教徒、さらにはイスラム教徒の無駄な血をそれこそ一滴も流さずに、十字軍の目的―エルサレム奪還を遂げることができた。

 もっともフリードリッヒ二世は、十字軍で成功を遂げても、「聖地は信者の血を捧げることによって取り戻されるべき」と主張するローマ法王によって破門される。
 ほとんど狂信者の所業であり、このような宗教が世を統べていた時代なのであった。

 フリードリッヒ二世は宗教に対抗するためには、宗教と独立した政治機能を樹立する必要があると考えた。彼はそのために法律を造り、法を運用できる人材を育てることに尽力する。そのために、高度教育機関を設営し、教育を受けた者を増やしていった。また能力あるものは、身分、人種を問わずに採用し、フリードリッヒ二世が当主の南イタリアは人種のるつぼのようになった。

 フリードリッヒ二世のやろうとしたことは、「近代的法治国家をあの時代に作りだす」ということであり、無から有を造りだすようなものであったため、たいへんな苦労と労力がいり、彼は生涯ずっと誰よりも激しく働き続けていたわけだが、その努力の結果、南イタリアでその法治国家をほとんどつくり上げることに成功した。

 フリードリッヒ二世は、近代という扉に手をかけ、一度はほとんど扉を開いたのである。

 もっとも、近代国家は、彼により設計図が書かれ、基礎工事まで出来たのに、後継者たちの早世などもあり、20年ほどで失われてしまった。開きかけた近代の扉は、いったん閉じてしまったのである。
 ヨーロッパで本格的な近代国家が生まれ、近代の扉が真に開くにはあと200年後になった。

 フリードリッヒ二世はあまりにも先見の目があり過ぎたのか、それとも運が悪かったのか、とにかくあの時代の早すぎた先駆者として、その一生を終えたことになる。
 彼はある意味失敗者であったとは言える。

 しかし、本書を読んだとき、彼の時代を見る目の正しさ、そしてなにをしていけばいいを見通す能力の高さには感嘆するしかなく、さらに、56年の生涯を通して、疾走するがごとく仕事をやり遂げて行く姿には感銘してしまう。

 著者が述べるように、自分の人生を生ききった人間には、勝ちや負けなどないのであろう。
 本書は、「自分の天命を知ったのち、一生をかけて懸命にそれをやり遂げた人物の物語」である。それを読み終えたとき、私は静かな感動を覚えた。

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 皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上)
 皇帝フリードリッヒ二世の生涯(下)

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December 22, 2013

映画:鑑定人と顔のない依頼人

Cinema

 ミステリ映画は昔はよく作られていたけど、近頃は人気のない部門となってしまったようで、上映される本数はずいぶん少なくなっている。そのなかで、なかなかの名作との評判のあるこの映画、ミステリ好きとしては、やはり観てみたくなる。

 あらすじは美術品を題材とした、詐欺ものである。
 主人公は60歳過ぎくらいの中年男性ヴァージル。彼は天才的な鑑定眼を持つ美術鑑定人で、美術館関係者や美術専門家からの信頼篤く、重要な作品の鑑定やオークションを一挙に引き受けている。しかし、彼は偏狭な人物でもあり、他人との関わりがとても苦手で、女性に対して臆病である、それでも女性の美しさはこよなく愛しており、彼は美女を描いた絵画を収集し、それに囲まれて過ごすことを無上の喜びとしていた。
 その彼に、ある日資産家の両親が残した美術品を査定してほしいとの依頼があった。依頼人はクレアという若い女性であったが、彼女は決して自分の姿を見せようとしなかった。彼女は以前に精神に傷を受け、人前に出たり広い場所に出ることができなくなってしまっていたのだ。そういう異常な依頼人に戸惑うヴァージルだが、しかし実は彼も幼きときから精神の傷を抱える身であり、似たものどうしの彼らは次第に心を交わしていき、やがて彼女は社会に復帰していく。

 と、筋だけ追っていけば、「偏屈な中年男の不器用な恋愛物語」みたいな話なのだが、この映画は最初からミステリものと分かっているので、どこかで事件が起きるはずである。
 そして、それはたぶん詐欺事件であろうし、狙われているものはあれであろうな、ということは誰でも分かるのだが、それが成功するにはものすごく手間がかかるであるし、そう上手く行くはずはないのに、それでも結局うまく行ってしまい、そこであれっ?と思ってしまう。
 けれど、その上手くいったシーンで、主人公が絵の裏を見ることにより、状況は一転し、一挙にその訳が分かる。というか、ここで主犯が分かり、すると今までの伏線が全部生きてくることになり、この計画がうまくいった理由も分かる。
 一つ一つの場面に意味があり、伏線が鮮やかにつながる、とてもよく練られた脚本であり、良質なミステリ映画だったと思う。

 しかし、このミステリ映画、そこで終わらないところがまたミソでもあった。

 主人公があっけにとられ、謎が解けたシーンから、簡単なエピローグが始まったとおもいきや、それはけっこう長く、じつは新たな謎を題材としたミステリ第二章が始まったのである。
 この第二章も、第一章で残されていた伏線を回収していく正統的なミステリなのだが、ラストシーンに頭を抱え込まざるをえない仕掛けがあるため、観る人によっていろいろな解釈ができるようになっている。
 それで、このシーンは、バッドエンドともとれるし、微妙なハッピーエンドともとれるし、堂々のハッピーエンドともとれるし…とりあえず私はハッピーエンドと解釈した。

 その解釈についてはネタバレなしでは書けないので、以下については、ネタバレ注意。

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 ここからネタバレ解説

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 ヴァージルは愛した女と親友に裏切られ、かつ命の次に大事にしていた美女の名画も奪われてしまい、絵画の隠し部屋で呆然と立ちすくむ。そして、ショックのあまり歩くこともできぬ廃人になってしまう。
 その廃人状況の彼のところに、秘書が家に届けられた手紙の数々を持ってきた。ヴァージルはそれらを力なく手に取っていたが、そのなかの一通を見て瞳の輝きを取り戻す。
 彼は施設で寝てなんていられるかとばかり、懸命のリハビリを行い、体力を回復して、それからプラハに行き、そこでアパートを借りて暮らすことにした。
 そして、以前にクレアが思い出を語った時、自分の運命の場所と告げたカフェ「Night&day」を訪れる。この店に入り、ヴァージルがテーブルにつく、これがラストシーンである。

 全体としては分かりやすいミステリである。
 まず最初の謎は、あの手紙は何だったのか?である。
 これは、廃人同様の男が、外国まで行ってそこに家を借りるまでの気力を起こさせる魔法の言葉が書かれていたわけだから、それはクレアからの「『Night&Day』で待ってます」との内容以外ありえない。
 そしてそれなら、ここで第一章での伏線、クレアの言葉がきちんと回収される。一つはクレア(小説家という設定になっていた)の電話での編集者への回答「物語はできたけど、最終章だけ書き換えるわ」。もう一つは、隠し部屋に案内されたときにヴァージルに言った言葉「たとえ、どんなことが起きても、私だけはあなたを愛します」。
 詐欺師グループの片棒をかついてでいたクレアだが、彼女だけは本気でヴァージルを愛するようになっていたのだろう。

 そして次の謎は、クレアは本当に来るのか?である。
 これについては、以上のクレアの言葉のように、わざわざそういう伏線を張っていたのだから来るはずなのであるが、…しかし、カフェ「Night&Day」の姿が画面に現れると、途端に観客誰もが不安になってしまう。
 店じゅう、精密に動く歯車が飾られたその一種異様な姿は、詐欺師グループの主要なメンバーであった修理技師ロバートの趣味そのものなのである。
 それで、これも詐欺の一環なのでは、とどうしても疑ってしまう。

 はたして、ヴァージルをプラハの「Night&Day」を訪れさせた手紙は、彼に止めを刺す詐欺の道具だったのか、それとも廃人同様になった彼を少しは元気づけるための同情だったのか、それともやはり本物で、その後クレアが訪れるのか。
 映画は、そこまでの解答を描かずに、クレアを待つヴァージルの姿で終わったが、さてさて、このミステリの正解はなんだったのであろう。

 これについては、観るものの心で解釈するしかなく、ならばハッピーエンドにこしたことはないであろうから、私は、「誠実に女性を愛した中年男の恋の成就の物語」と解釈いたしました。


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 鑑定人と顔のない依頼人 公式サイト


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映画:バックコーラスの歌姫たち

Cinema

 きらびやかなスターがステージ中央で演奏するとき、バックで演奏を支えるバックコーラスの歌手。彼女たちは、素晴らしい歌唱力を持っており、ステージにとって欠かすことのできない存在でもある。
 しかし、彼女たちがスポットの当たる表舞台に出て来ることはほとんどなく、たいていは無名のまま、いつかはステージを去ってしまう。

 その彼女達の音楽と人生を描いたドキュメンタリー映画。

 この映画、バックコーラスの人たちが主役なので、普段は注意をもって聞くことのない、彼女達の歌声がよく流されるのだが、…これがマジに上手い。
 例えば、ローリンストーンズの名曲「ギミー・シェルター」をyoutubeで紹介すれば、

【GimmeShelter】

 ここでバックコーラスを担当しているのは、リサ・フィッシャーという歌手である。そして動画で分るように、彼女はメインボーカルのミック・ジャガーよりも遥かに歌が上手い。声域、声量とも桁外れで、驚異的な歌唱力を持ち、途中のソロパートなど観客はここで一番盛り上がっている。
 これほどまでに実力ある歌手なので、彼女はソロデビューも行い、音楽的にはかなりの評価は受けたものの、その得た人気は、本来の歌の実力にはとても届かぬものであった。

 そして映画に登場するバックコーラスの歌手たちは、みな、リサ・フィッシャーに劣らぬ実力派ばかりである。例えばダーレン・ラブという歌手は、彼女と組んだスターたちはみな、彼女の歌を称賛している。
 彼女の歌はとても素晴らしかった。しかし、彼女自身はかなりひどい扱いを受けた。
 彼女が歌ってレコーディングした曲は見事な出来であったのだけど、彼女の名前では売れないと判断した敏腕プロデューサーは、別の人気歌手の名前でレコードを発表し、大ヒットした。
 当然それが不満なダーレン・ラブは、そのプロデューサーときちんと約束をして、新たな曲を録音してレコードを出したのだが、…またも違う歌手の名前で出され、やはり大ヒットした。
 いろいろあってやる気をなくしたダーレン・ラブは、歌を諦め、家族を養うために家政婦として働いていたのだが、ある日雇い人の家を掃除しているとき、自分が歌った(しかし他人の名で出された)曲「Chrismas(Baby Please Come Home)」が部屋のラジオから流れるのを聞き、なんていい曲なんだろうと思い、自分は歌うべきなんだと、歌手にカムバックした。そして、あまり売れはしなかったものの、音楽通からは評価されロックの殿堂入りを果たした。
 いい話なのではあるが、…彼女自身の歌の力からは、その栄光はまだ小さいものといえる。
 ちなみに、ダーレン・ラブを騙した悪辣なプロデューサーは、若き日のフィル・スペクターである。ああいう倫理を超越した人ならそういうこと平気でやるだろうなあ、とこちらも納得。今は塀の中にいるし。

 この他、いろいろなバックコーラスの人の人生が紹介され、どれも興味深い。

 そうして、あれほどの歌唱力を持つ人たちが、メインステージに立つこと殆ど無きことについては、彼女たちを高く評価し、一緒のステージで歌うこと多かった大スターのブルース・スプリングスティーンやスティングがインタビューで答えている。
 「バックコーラスの位置から、ステージのメインまでは物理的距離はたいしたことはない。しかしその距離まで行くのは、じつはとてもとても難しい。バックコーラスは歌全体をまとめ上げることさえできればよいのだが、ソロは単独で全体の芯になり、方向を決め、流れをつくらねばならない。それはとても精神的に厳しく、創造性も必要なのだ」というふうなことを、全体で言っていた。

 たしかに歌が超絶的に上手いからと言って、それでスターになれるかといえば、全然そうではないわけであり、スターになるには、生まれ持った才能が必須なのだろう。
 しかし、それでもスター歌手にはスター歌手の魅力があるように、バックコーラスにも独自の素晴らしい魅力があることを、この映画はとてもよく教えてくれた。


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 バックコーラスの歌姫たち 公式サイト

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サーラカリーナでクリスマスディナー

 福岡市に来たので、サーラカリーナでディナー。
 この店ではアラカルトで頼むことが殆どなのだけど、今はクリスマスシーズンなので、メニューはクリスマスディナーコースしかなく、久しぶりにコース料理を。

【アミューズ】
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 アミューズは、一口で食べられるようにスプーンに載せたものが3つ。黒米ピラフ、キャビアと冷製カッペリーニ、リコッタのパンケーキなど。いつものプレートで出されるものとよく似た感じだけど、これがスプーンに載るとまた新鮮な印象を受ける。

【スープ】
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 店の実力をよく示す、澄み切った味のコンソメスープに、小さな詰め物パスタ。

【前菜】
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 生ハムは蝦夷鹿と牛。山羊のチーズと野菜のサラダ。

【メイン1】
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 メインの魚料理は、鰆、平目、鮪、タラバガニ、紫ウニの食材を使って、丁寧に手を加えて、小さくまとまった、美しい料理が皿に並ぶ。
 サーラカリーナならではの、一枚の水彩画のような、芸術的な料理である。

【パスタ1】
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 最初のパスタは、オマール海老のラビオリにトマトとバジリコソース。

【パスタ2】
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 続いてのパスタは、白トリュフとブラウンマッシュルームのラグー。
 トリュフをかけているところから、濃厚なトリュフの香りがテーブル中に漂う。

【トリュフ】
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 白トリュフ、置いているだけでもじつはいい香り。
 このトリュフ料理がパスタだけなのももったいないので、追加でリゾットを頼んだ。

【リゾット】
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 香ばしいチーズのリゾットに、さらに香りを高めあうトリュフが合わさり、なんとも豊かな香りを楽しめるリゾットの出来あがり。

【メイン2】
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 メインの肉料理を、ここはストレートに尾崎牛の炭火焼。
 とても上手な火の入れ方であり、尾崎牛の良さが十二分に味わえる。

【デザート】
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 デザートはクリスマスケーキとのことらしい。
 ホワイトチョコレートは雪に見立てているようだけど、円筒形のケーキはサンタの煙突?


 久々のフルコースであったが、いずれの皿も繊細にして丁寧なもの。
 サーラカリーナの醍醐味を味わえた、素晴らしい料理の数々であった。

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December 21, 2013

映画:ゼロ・グラビティ

Zerogravity

 今年の夏に「パシフィック・リム」を観たときに、その映像のあまりの迫力に驚くと同時に、「このような映画はIMAXで観るべきだ」との思いが生じ、しかしIMAXで観る機会がないままに終わり、今も悔いが残っている。

 米国で大ヒットしたゼロ・グラビティは、その圧倒的な映像で、「映画の歴史を変えた」と称され、映像に凝った映画を造る人たちからも絶賛されたという、エポックメイキング的な映画だと、ずいぶん前評判が高い。それで、「この映画も、絶対にIMAXで観なければ、きっと後悔する」と思い、キャナルのIMAXで観ることにした。

 これが大正解であり、肌理細やかな画像が超大画面に映され、観客が画面と一体化するような感覚を味わえるIMAXでは、この映画のキモ、―宇宙空間の絶望的な広さ、恐ろしさを、最大限に体験することができ、自分自身が宇宙空間に放り出されたような、極上の映画感覚を味わうことができた。
 IMAX万歳である。


 というわけで映像は大変素晴らしかったが、脚本もまたたいへん良かったと思う。

 スペースシャトルの乗組員が、宇宙空間でハップル望遠鏡の修理を行っていたところ、ロシアによる衛星破壊の波及事故が起き、衛星軌道は無数のデブリ(衛星の破片)が飛び散る危険地帯となった。スペースシャトルは破壊され、かろうじて二人の隊員が落命を免れる。
 けれども、宇宙という本来生物の存在が許されない空間で、生存のベースであるシャトルを失い、さらに90分周期でデブリが襲ってくるという極限の危機状態はまだ続いている。
 この危機を克服し、地球に生還するためには、何十もの針の穴を通すような、僅かな可能性を、緻密な精度でつなげていく、困難なミッションを実行せねばならない。

 サンドラ・ブロック演じるところの主人公は、この突然の重大事故に最初はパニックに陥り、他のヴェテラン隊員のサポートでやっと落ち着きを取り戻すものの、彼の脱落後は、やはり半ばパニック状態となり、一時は絶望したりする。しかし彼女は、勇気を取り戻し、生還に向けての、孤独で懸命な奮闘を行う。
 そうして、やれること全てをやり尽くし、「あとは死んだとしても悔いはない」と、大気圏に突入していく姿、ここから一気呵成のエンディングまで、胸は熱くなりっぱなしである。

 この人間の精神の弱さと、それに同時に逞しさを描いたヒューマンドラマが、圧倒的な画力で示される広大で恐ろしい宇宙空間のなかで演じられるのだから、そのドラマの迫真性もまた一層増すことになる。
 まさに映画でしか表現できないものを表現できた見事な映画であった。


 この映画を初めて観るときは、DVDとかで観てはいけない。かならず映画館で観るべきものであり、それも3Dで。さらには、IMAXならもっとよい。というか、IMAXが絶対のお勧め。


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 ゼロ・グラビティ 公式サイト

【予告編】

 どうやったら、こういう動きを映像化できるんだろうと、不思議に思うようなシーンが満ちあふれている。

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December 19, 2013

猪瀬都知事辞任に思う

Inose

 本日、猪瀬都知事が辞任会見を行った。
 この辞任、元はといえば、徳洲会グループの内部紛争からの波及である。
 徳洲会グループは選挙のたびに多額の金を使うことで知られており、潤沢な資金を持っているが、グループの事務総長は己の権限を利用してそこから多額の金を着服した。それが徳洲会幹部らに知られたことから、横領で告発された。このままでは罪人になること必至な事務総長は、徳洲会に対して「悪いのは自分だけではないぞ」との反撃を行った。
 徳洲会は以前から大々的に違法選挙を行っており、その指揮は事務総長が取っていた。当然、彼はその違法なやり方を全部知っており、また資料も大量に持っていることから、それを持って検察に行き、徳洲会グループを告発したのである。
 犯罪を犯した当の本人の告発ゆえ、本来立件が難しいはずの選挙違反は、あっさりと内容が解明され、徳洲会は中枢部の人たちが次々に逮捕された。反撃成功である。
 もっとも、自分を告発した人が逮捕されたからといって、自分の罪が帳消しになるわけもなく、事務総長は、選挙違反事件立件の目途が立ったのち、やっぱり逮捕された。
 なんとも壮大な自爆テロであり、彼はおよそ大企業の事務責任者として、やってはいけないことばかりをやり尽くした、愚かな人物であったといえる。このような人物を、どうして徳田虎雄ともあろう者が重用したのか不思議ではあるが、病気による判断力の衰えというのも多少はあったのだろうか。

 この徳洲会の内紛劇は、扱っている金額が巨大であったこともあって、各方面に問題が波及した。なにしろ徳洲会病院は全国あちこちにあるので、その多くの地で、首長、議員等関係者には資金援助が為されていたであろうことは容易に想像でき、今回問題になった猪瀬都知事の資金援助も氷山の一角に過ぎないであろう。

 ただし、明らかに猪瀬都知事は、やり方が下手であった。
 民間人のたくさんいるところで資金援助の話をしたり、本人自ら5000万円を受け取りに行ったり、噴飯ものの借用書を表に出したりと、やっていることが非常に素人っぽい。
 まあ、猪瀬都知事の本職はジャーナリストであり、選挙時の彼は政治家としてはほとんど初心者だったので、このような脇の甘さはしょうがなかったか。他の政治家たち、(おそらくは糾弾している都議会議員の幾人かも)は、もっとうまく処理していたであろうに。
 猪瀬都知事も、「なんで俺だけ」と内心思っているであろうことは想像に難くない。


 というわけで、今まで広範囲に行われていたであろうし、現在のところは犯罪と決まっているわけでもない資金援助に対し、マスコミ及び都議会議員が、猪瀬氏を重大犯罪人のように吊し上げることに対して、私は同情的ではある。

 ただし、やっぱり猪瀬直樹という人物のダブルスタンダードには情けないものを感じざるを得なかった。
 猪瀬氏は元々は有名ジャーナリスであり、政治分野に関してもずいぶんと記事を書いていた。そして、そこでは政治の闇を鋭く追及していたはずである。さらには氏が副都知事のとき、東京電力の値上げ方針に対して、「こんな値上げは許さん、値上げの根拠について情報開示しろ」、と舌鋒鋭く迫っていた。
 猪瀬氏は、正義の味方気どりで、政治家や大企業を攻撃して名をあげてきたわけだが、それが立場が一転して、攻撃される側に回ると、「情報開示? 説明責任? なにそれ?」という、今まで自分が攻撃してきた対象と同様の態度を取るようになってしまった。
 立場変われば考えも行動も変わる、というのは人間の真理の一つであるが、それにしても、以前のジャーナリストの仕事っぷりがあまりに鮮やかであったため、その変容ぶりは非常にみっともなく、これでは卑劣な変節漢と罵られてもしかたなかろう。


 猪瀬氏は石原前都知事に「晩節を汚すな」と諭され辞任を決めたそうである。
 辞任することによって、都知事の晩節は汚さずに済むのかは知れないが、辞任後だんまりを決めてしまっては、それは氏の今までの人生そのもののを否定することであり、それこそ晩節を汚すことになる。
 失職後は彼の職業はジャーナリストであろうから、都知事辞任した後は、この徳洲会献金事件の闇を自ら暴いて、レポートを仕上げてもらいたいものだ。それは下手すれば、自分を罪人に追い込むような行為であろうけど、この事件がこのまま終わってしまうのは、大きなネタを持つことになった有能なジャーナリストとしては、まったく納得いかないことであろう。

 猪瀬氏が秘密を墓場まで持って行くのか、それとも某事務総長のように、自身および周囲の者を巻き込んでの暴露劇を行うのか。通常の人なら、99.9%くらいの確率で前者を選ぶだろうけど、猪瀬氏は一応は一流のジャーナリストとして活躍した人である。彼にジャーナリスト魂が残っているなら、そのようなレポートを出してもらいたい。その確率は、0.01%くらいはあるはずである。


【Résumé(まとめ)】
 Inose Tokyo gouverneur fait une conférence de démission aujourd'hui.
 Comme le financement électoral, M. Inose a reçu ¥50million de groupe Tokushukai.
 Pour l'or, a été poursuivi pour laquelle vous avez reçu est lui, mais rien n'a révélé.
 Bien que n'étant pas évident, il a démissionné le gouverneur. Et il met un terme à ce problème

 M. Inose était un célèbre journaliste.
 Quand il travaillais en tant que journaliste, il a été violemment attaqué pour les politiciens de fraude.  Cependent quand il devient la position qu'il est attaqué urgence, il n'a pas expliqué quoi que ce soit
 Il est celui qui dit que ce « double standard ».
 Il n'était pas le moyen d'être méprisé
 S’il se sevient son esprit de journaliste, il ecrirait le rapport de ce probléme. Ce probalité peut etre 0.01%.

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December 17, 2013

河豚コースで忘年会@ふじ木

 12月になり、河豚の季節である。
 それで宮崎での河豚を食うときの定番の店「ふじ木」で、忘年会を兼ねて河豚のコース料理を楽しもう。

【突出し】
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 突出しは、河豚の煮凝り。
 ゼラチン質の色が美しい。

【ヒレ酒】
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 河豚の香りを楽しむため、ヒレをたっぷり入れてのヒレ酒。
 突出しの煮凝り、そして湯引きを肴に、ぐいぐいと飲みましょう。

【河豚刺し】
2

 本日の河豚は、川南港で上がったもの。
 河豚は臼杵や下関ばかりでなく、宮崎は日向灘でもよく上がるのである。
 活きのよいものをやや厚めに切った刺身は、歯ごたえ十分、甘みも十分。

【白子焼き】
1

 冬の時期にしか食べられぬ河豚の白子は、河豚の旨さを濃縮したような食材でもあり、これを食べるときは、冬を迎え、河豚の白子を食べる喜びをかみしめることになる。

【唐揚げ】
3

 河豚の弾力豊かな身は、やはり唐揚げでも最もその真価が発揮できる。そして、骨の周りの身もまた実に美味。

【河豚鍋】
4

 具がどっさり。
 大皿に5人分の具材が盛られていて、迫力あります。
 湯が煮立ったら、河豚をどんどん放り込んで行きましょう。

【河豚雑炊】
5

 河豚は当然として、白菜も、春菊も、椎茸もばつぐんに美味しかった鍋を存分に味わったのちは、〆で河豚雑炊。
 むせかえるような豊かな河豚の香り、それに高等葱のよい香りも混ざって、香りの共演とでもいうべき河豚雑炊を食せば、今までに加え、さらに幸せな気分になれるのであった。


【Résumé(まとめ)】

 Fugu est un poisson qu’est le plus délicieux en hiver au Japon.
 Le fugu, il existe certaines façons de manger.
 Typique est le poisson cru. Il est appelé «Tessa», a la dureté et unique, et un avant-goût.
  La seconde est cuisine de pot. En bouilliant, fugu produit bonne soupe.
 Utilisant ce soupe, riz est fait cuire, cuisine très deliceuse est produit.
 En plus des celles, cuit testiculaires, et poulet frit, peau bouillie sont deliceux aussi.
 Manger de la cuisine fugu , C’est également un de connaître le bonheur de l'hiver au Japon

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December 15, 2013

忘年会走行会@宮崎りんりん館チーム

 本日は宮崎の自転車仲間の忘年会走行会。
 この寒い時期にサイクリングは少々きついのだが、うまい具合に12月半ばにしては穏やかな天候となり、サイクリングにちょうどいい塩梅であった。

 佐土原の久峰公園をスタートして、北西方向へと走る。

【新田原基地】
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 ちょっとした坂を越えて、新田原基地へ出て、その広大な敷地に沿って走行。

【尾鈴山】
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 尾鈴山サンロードに入り、車の通行量の少ない、気持ちのよい道を走る。
 好天のもと、尾鈴山もくっきりとその姿が見える。

【ヒルクライム】
3

 今回のコースの目玉の、ループの坂。
 正面に見える高架橋の高さまで、約50m登る激坂である。
 走行会主催のAさんが動画を撮るために、先に橋まで登り、合図をしてからスタート。

【合図】
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【ヒルクライム】
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 高さはたいしたことはないものの、傾斜が急なので、それなりに苦労して登った。
 ついでながら、走行中のメンバーと、そして動画を撮るAさんも撮影。

【橋からの眺め+夢の工場】
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 この橋は、小丸川と、木城の平地が見渡せる、いいビューポイントである。
 ところで、この風景のなか赤丸で囲ったところに工場がある。この工場、じつはAさんがかつて経営した「夢の工場」であった。
 以前に、今まで人工栽培の方法のなかったハタケシメジが、その栽培法が開発されたとき、これは受けると思ったAさんは、そのパテントを持つ企業と契約し、ン億円の大金をかけて、ハタケシメジ栽培工場を造った。
 Aさんの狙い通り、ハタケシメジはホンシメジなみに美味しく、また栽培品の品質も良かったので、一流の料理店でも購入されるほど人気が出た。
 しかしながら、工場運営を続けるうち、やがて重大な誤算が判明した。
 ハタケシメジは冬にはよく売れるのだが、夏にはさっぱり売れないのである。
 これは、「日本ではシメジは基本的には鍋の具材である」という認識を考慮しなかった、すなわち工場を建てる前のマーケッティングリサーチに問題があったわけだが、…宮崎人はだいたい気質がおおらかなので、この手の失敗は、よくあることではある。(典型例:シーガイヤ)
 この苦境に対して、Aさん夫妻は日本全国を股にかけた奮闘を行った。その笑いあり涙ありのプロジェクトXは、…とても面白いのだが、長くなるので割愛し、またの機会ということで。

 それはともかく、こういう新たな事業の企業って、内実は大変だったのでしょうけど、なんといっても男の夢であり、これを実現したAさんをうらやましく思う。

【川南】
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 ヒルクライムののちは、川南から都農へ向かって行く。
 尾鈴山は、このサイクリングで常にいい風景のアクセントになっていた。

【四季の味 うたげ】
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 昼食は都農の「四季の味 うたげ」にて。
 ロードバイクでの外出の場合、常に駐輪の方法が問題になるけど、この店では奥の店専用のスペースを開放してくれて、セキュリティのある場所に9台の自転車を止まらせいただき、自転車乗りにとってとても有難い店であった。

【昼食】
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 昼食は、お決まりの定食で。
 洋と和が混在した、手間のかかった料理である。
 これで1000円なのは、CPよしである。

【Sさん】
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 私が料理の写真を撮っていると、隣のSさんが、「自分もブログに載せてくれ」と要望するので、撮影しUPいたしました。
 このブログ、基本的には顔出しNGでやってるので、顔出しは珍しく、他の顔出しは寿司店店主ばかりなので、初めての一般人参加であります。
 まあ、だからなんだというわけではないのだが。

【川南の坂】
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 都農からは川南駅前を走る県道302号線を走行。この道は自転車乗りにとっては、よく知られた道であるけど、国道10号線に合流する前に激坂があることでも知られている。
 その激坂を走らない裏道ということで、Aさんが先導してその道を行ったが、(ルートラボ参照)、…やっぱりそれなりの坂ではあった。

【国道10号線側道】
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 県央のサイクリングでは、交通量の多い国道10号線をいかに避けて走るかが問題になるのだが、このように10号線に沿った脇道を使って走行。
 車は地元民しか走らないような道であり、狭いながらも、自転車にとってはたいへん走りやすい道であった。

 今回の走行会は、裏道、脇道を駆使しての、マニアックなコースであったが、面白く、珍しい風景や光景を見ることができた、楽しいものであった。

【忘年会】
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 走行会ののち、夜は「ワイン食堂geeks」で忘年会。
 この店、新しくできたばかりなのだが、ワイン仲間からの評判もよく、気になっていたが、年内に訪れられてよかった。
 雰囲気はビストロ風で、アットホームに、みなで盛り上がれるいい店であった。


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December 08, 2013

映画:47RONIN

47r

 日本の時代劇でももっとも人気のある題材「忠臣蔵」を、ハリウッド流に翻案し、170億円もの製作費をかけてつくられた大作。で、つくってみたはいいものの、あまりに内容に無理があるため、お蔵入りになりかけたという逸話もある曰くつきの映画でもあり、馬鹿映画のにおいがプンプンする作品でもあるが、さて実際にみてみたらどうであろう。

 映画は、まずは日本の赤穂というところから始まっているのだが、侍たちは侍という身分にこだわっているわりには丁髷も結っていないし、格好からして侍らしくない。彼らは狩りを始めたが、その狙いの「ケモノ」が姿を現すと、それは体長が少なくとも5mはある日本にいるはずもない動物であり、その姿をよく見ると、どうやらこれは中国の妖怪「麒麟」のようである。

【参考:麒麟図】
Kirin


 その後、獲物をしとめたのち城下に帰れば、城はいちおう「日本風(or黒澤明風)スーパー城」という感じであるけれど、建物、住居は中国風、ベトナム風であり、女官たちの着物は朝鮮宮廷風である。そして赤穂藩主催の御前剣術試合のため、絶対権力者の将軍が招かれるわけだが、どう見ても将軍のその格好は清朝の皇帝のそれである。

 というわけで、この映画は最初のほうからして既に、「日本の描写の勘違いぶりを笑う、とか突っ込む」たぐいの映画なのではなく、忠臣蔵を題材とはしているけど、その舞台はアジアのどっかにあったらしいファンタジーワールドを舞台にした、剣士物語であることが分かる。

 とはいえ、やはり日本の地名は使われているわけで、そこのところにはどうしても突っ込みをいれたくなってしまう。
 大石内蔵助は、奴隷として長崎に売られた、赤穂藩の異人「カイ」を、討ち入りの助っ人として連れ戻しに、長崎へと向かった。大石内蔵助は断崖絶壁が続く海岸線を越え、その果てに煌々と怪しい光を放つ建物が並ぶ魔界のような都市、長崎にたどり着く。…いったい、それどこのナガサキだい。
 また、長崎の出島にカイは囚われているのだが、その出島では地下で奴隷たちの殺し合いショーが行われていて、異国の紳士淑女たちはそれを大興奮して見物している。…いや、オランダ人そんなことしないっしょ。
 などなど、こういう突っ込みを入れてしまいたくなるのは、私が今までの洋画の日本のトンデモ描写に毒されて、突っ込みを入れるのが習慣になっていたからであろうな。


 映画の本筋に戻れば、赤穂の殿が吉良上野介の術にかかり罪を負わされる→赤穂藩は取りつぶしになる→赤穂の浪士が雌伏して戦力をたくわえる→オリジナルキャラのカイが超常の者の助けを借りて戦力をUPする→浪士自らの死を覚悟し、ついに討ち入り、という元々の忠臣蔵に沿った内容である。四十七士の行動は武士道というものを知らないと理解しにくいところもあるのだが、この映画では真田広之の好演もあり、武士道をうまく説明できていた。
 そしてその討ち入り劇が、妖獣あり、妖術あり、天狗あり、魔女あり、等々のファンタジーワールドで行われており、内容に関しては豊富なものを持っている。
 すなわち、馬鹿映画と思いきや、ずいぶんと真面目につくられた映画であり、A級とまではいわぬが、準A級のファンタジーとなっていると思う。
 ただし、忠臣蔵という素材じたいが内容量が多く、それに付け加えられたファンタジー要素も多いので、2時間7分という上映時間では、映画は少々駆け足ぎみに進んでおり、物足りないところがあった。だから、欲をいえば二部作くらいにすればよかったのではとも思う。

 さて、ハリウッドは、アメコミの使いまわしでも分かるように、オリジナル脚本が枯渇しているようである。
 日本には、「平家物語」「八犬伝」[四谷怪談]「太平記」「国性爺合戦」…等々いくらでも映画化してもらいたい原作があるので、この「47RONIN」を先駆けとして、ハリウッドが手を出してもらえないものであろうか。
 まあ、そのためにはこの「47RONIN」がコケないことが大事なのだが、…う~む、私の予想ではコケる率が90%以上なのが、ちょっとつらい。

【おまけ】
Castle_2

 この城郭は、敵役の吉良家のものである。櫓をいくつも囲わせて屹立する本丸、これはとても格好いいのだが、やはり、これはちょっと違うぞ、いやものすごく違うぞ、と突っ込んでしまうのは、日本人としては仕方ないであろう。


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 47RONIN 公式サイト

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December 07, 2013

晩秋の行縢山

 天気が良かったので、午後にさらさらっと行縢山に登ってみた。

【行縢の滝】
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 日本百名滝の一つ、行縢の滝は、近頃雨が少なかったために、細い流れとなっている。

【頂上より】
2

 1時間と少しで、行縢山山頂に到着。
 紅葉は盛りを過ぎていて、くすんだ色に、色あせていた。
 これはこれで味のある、晩秋の行縢山の風景である。

【行縢山雌岳岩壁】
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 登山口近くに下りたことには、日は傾き、夕日が雌岳の岩壁に当たって、美しく岩肌を染め上げていた。

【行縢山正面】
3

 行縢山を正面から望む。
 山全体、紅葉の時期は過ぎており、冬を迎える静かな装いになっていた。
 標高の高い山々は、もう冬の山となっていたが、行縢山もそろそろその時期になろうとしている。


【Résumé(まとめ)】
 Mont Mukabaki est celle qui représentant de Nobeoka ville.
 C'est une montagne consisté en granit énorme, et est plein de vigueur.
 Tous Nobeoka citoyen pouvent voir ce montagne de partout.
 J'ai grimpé la montagne.
 Les arbres couvrant la montagne, était passé le temps des feuilles d'automne.
 Saison allait devenir en hiver sûrement.

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December 06, 2013

コミック:月夢 (著:星野之宣)

Getumu2

 日本最古の物語である「竹取物語」は、月世界からエイリアンが地球に超常の手段でやってくるという、日本最古のSFでもある。それゆえ、SF作家の創作欲をかきたてる題材でもあって、いくつもの翻案が為され、作品となっている。

 そのなかで、私が最も優れていると思うのは、星野之宣の「月夢」である。

 「月に還ったかぐや姫を諦めることが出来なかった男が、執念の努力のすえ宇宙飛行士になって月までかぐや姫に会いに行く。」という、あらすじだけ書けばギャグ漫画すれすれの話なのであるが、これがどうして、ギャグの要素など一切ない、ハードSFの一大傑作となっている。

Getumu1

 30頁ほどの短編ゆえ、内容を詳細に書くと全てのネタバレになってしまうので書かないが、テーマの一つは永遠のものを求め続ける男の夢である。それはあくまでも夢なのであり、夢であるがゆえに儚いものである。しかし、その儚さを知っていても追い続けねばならない、その悲哀が全編を覆っていて、胸に強く迫って来る。
 そして、星野之宣ならではの緻密な画がまた見事なものである。
 とくに主人公が宇宙服の姿で月上の寝殿造りの屋敷に現れるシーンは、名画「2001年宇宙の旅」のラスト近くのロココ調の部屋のシーンにも匹敵する、衝撃性と、美術性にあふれた名場面。その他、かぐや姫も天上のものらしい非現実的な美しさをもっており、とにかく全ての画面が素晴らしい。

 映画「かぐや姫の物語」にも感心したが、「月夢」の傑作性を思い出し、この日本最古のSFは、優れた作家たちに刺戟を与え続けている名作なのだとも思った。

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 星野之宣 妖女伝説(2)

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December 05, 2013

映画:かぐや姫の物語

Kaguya

 日本最古の物語であり、あまりにもポピュラーな物語である竹取物語を、高畑監督独自の視点から再解釈した映画。
 原作の竹取物語は、物語全般を通じては、絶世の美女かぐや姫が騒動ばかりを起こして、皆を不幸にしたあげく、さっさと去っていってしまうという、無責任なトラブルメーカーの物語であると言えなくもない。
 それに対して、この映画でのかぐや姫は、原作通り人々を不幸にしてしまうのであるが、それには理由があったという解釈がなされている。

 予告編で語られているように、かぐや姫は罪人であった。
 姫は罪を犯したため、天界(=月)から地球に落とされた。かぐや姫は地球では罰を受けるのであるが、その罰とは幸せを感じる場所から姫を引き離し、さらには他人を傷つけることにより優しい姫の心をさらに傷つけ、また他人の心の醜さをダイレクトに姫に見せつけ絶望させる。そういった陰湿な苛めのようなものであった。

 罪人である姫の待遇は、刑務所よりもひどく、天界の目である月は常に姫を監視しており、姫が自分の幸せを願って懸命の行動を起こすたび、月は、空間軸と時間軸を捻じ曲げて、姫を苦悩の場所にすぐに連れ戻す。映画で二度繰り返されるこの場面での、姫を冷ややかに見つめる、画面の大半を占める巨大な月の無慈悲な輝きっぷりは、不気味な映像美を感じさせた。

 こういう暗欝なストーリーが2時間を越えて流されるのであるが、この映画を支える絵の技術が、これがとんでもなく素晴らしい。
 一コマとして無駄なコマはなく、あらゆる日本絵画、…大和絵、花鳥図、戯画、南画、山水画、琳派の画、等々のテクニックを用いて、それが自然に動くアニメーションに昇華されている。
 大げさでなく、日本絵画の歴史の集大成ともいってよい出来であり、この動く画を見るだけでも、かぐや姫の物語を観る価値はある。

 さて、映画は日本人なら誰でも知っているラストシーンを迎えるわけであるが、このシーンがまた、独創的と言うか、意外というか、なんというか、最初は驚くつくりとなっている。
 かぐや姫を迎える天上の者たちは、べつだん神々しくもなく、へんに平板な佇まいであり、楽士の奏でる天上の音楽も、やたらに陽気で安っぽい。
 しかし、シーンが進むうち、たしかに安楽な日々が永劫に続く天界に住むような者は、ああいった薄っぺらい、非情で没個性的な存在であろうなと納得するし、さらにはあの音楽も、単調な同じメロディが繰り返されるうち、こういう聞く者の解釈を無視するような音楽こそ天上の音楽なんだろうなと、説得力も感じてしまう。
 これは、映画史に残る名場面だろう、そう私は結論づけた。

 「かぐや姫の物語」は、近年のジブリの映画のなかでは筋は難解ではなく、分かりやすくつくっている映画だとは思う。しかしなにしろ画に込められた情報量が多大であり、観れば観るほどいろいろなものが分かってくる映画だと思う。
 私としては、かぐや姫が可哀相すぎるので、また観る気も起きてこないのだが、…あの画はやっぱりまだまだ観たいなあ。


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 かぐや姫の物語 公式サイト

【予告編】

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December 01, 2013

忘年会サイクリング@田中サイクル

 師走となった12月、その初日から忘年会サイクリングの開催となる。
 コースは県北の北川町を周回するもの。ここは山が海に突き出た複雑な地形であり、山、川、海、それぞれを楽しむことができる、すぐれもののコースだ。

【川島橋】
1

 国道10号線から日豊リアスラインにいったん入り、川島橋を越え、そこから北川沿いに走って行く。

【坂】
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 このコースは坂の多いコースであったが、最初のちょっとした坂は紅葉がきれいであった。

【家田集会所】
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 坂から下りて、一回目のエイドが家田集会所。
 パンダの置物がなんともいえぬ場違い感があって、よろしい。

【鏡山林道】
B

 最初の大きな坂は、鏡山の麓を走る林道。
 200mくらいの高さで、たいした坂ではないのだが、元気な若手がガンガン登るので、ついて行ったらたいへんに疲れてしまった。…しかも途中で思いっきり千切られたし。

【鏡山林道】
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6

 下りに入ると、日向灘方向の視界が開け、たいへん景色がよくなる。
 その景色を楽しみながら下っていくと、やがて海岸線へと出る。

【須美江海岸】
7

 県北で、最も海の色が美しいとされる須美江海岸。
 夏には海水浴を楽しむ人でにぎわう浜である。
 ここで昼食休憩となるのであるが、米が炊きあがるまで時間がかかるので、そのあいだ浦城へ向けてまた坂越えサイクリング。

【七ツ島展望所から】
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 このリアス式海岸に沿ったコースには、展望所があり、そこから見る須美江湾。

【昼食】
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 浦城への往復を終えて、須美江に帰ってきたころには御飯も炊きあがっていて、カレーライスである。

【追内】
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 須美江からは延岡CC横から海岸線に入り、そこからまた追内への山越え。
 こちらはかなりの急傾斜であり、なかには手押しで登る人も。

【東海町】
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 山を越えて、また北川に沿った道に入ったところで、本日のコースは終了。
 今年度の〆の挨拶がクラブ会長よりあって、それから解散である。

【北川堤防】
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 東海町からは各々好きなコースをたどって帰宅となる。
 私は堤防で、川を眺めながらのサイクリングコースを走った。


 宮崎県北は自然に富んだところであり、そして山や川が入り組んだ地形となっているので、自転車で走って面白いところばかりである。
 本日のコースの半分ほどは、私は初めて走ったが、やはりとても魅力的な道であった。
 そして地図をみれば、まだまだ面白そうな道はたくさんあり、探索すべき道はかぎりなくありそうである。

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