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October 25, 2013

読書: 島田清次郎 誰にも愛されなかった男 (著)風野春樹

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 大正時代の小説家島田清次郎は、自分を天才と信じきり、傲慢きわまりない態度で生活を送った。彼は周囲との軋轢を積み重ねた結果、全ての人間関係を破壊させ、生活破綻者として社会から追放され、25歳の若さで精神病院に収容されることとなり、その後そこから出ることはなく、31歳で亡くなった。

 ここまで極端でなくとも、高いプライドを持ちながら、そのプライドに値する能力はなにもなく、自分が認められないのは社会のせいと主張し、荒んだ人生を送っている人は、今の時代でもいくらでも居るので、島田清次郎はさほど珍しいタイプの人間ではない。
 ただし、それらのプライドのみ高い凡百の人物たちと島田清次郎が隔絶して違っているのは、彼が20歳のときに書いた小説「地上」が高い評価を受け、大ベストセラーになり、一躍時代の寵児となった実績を持つことである。

 島田清次郎は今では文学史から殆ど忘れ去られた存在であり、かつて大正の文学青年たちがこぞって読んだ「地上」は絶版になって久しく、いわゆる稀覯本的な存在となり、実際に読むのは難しかった。
 ありがたいことに現在はITが発達し、パソコンさえあれば誰でも容易に無料で「地上」を読むことができる。私もkindleを使い「地上」を読んでみたが、全編異様な迫力に満ちた、若々しい青春物語であった。文章力は確かにあり、20歳でこれを書いたなら、たしかに自らを天才を自負してもしかたないとは思える。

 「地上」の成功で、島田清次郎は自尊心を雪だるま式に肥大させていき、自身を大作家と思い込み、周囲の人に対して王侯のように振るまい、隷属を強要する。当然人々は離れて行くのであるが、島田清次郎は自分が正しいと信じ切っているので、周囲との齟齬は増していくばかりだ。
 島田清次郎は当時の文学好きの者にとっては偶像的存在であったので、実物を知らない人には人気がある。しかし、実物を知るとみな幻滅してしまう。
 そして島田清次郎のファンであったけど、実際を知って離れていこうとした令嬢を強引に誘拐監禁した事件を彼は起こしてしまい、結果、社会的人生が断たれ、誰からも相手にされなくなり、精神に異常をきたして、精神病院に収容され、上記のようにその6年後に亡くなった。

 非常に痛い人生である。
 痛ましい、というわけではなく、ただただ痛い人生だ。
 島田清次郎の悲劇は、その最たる原因は彼の生まれ持った性格によるのだろうけど、次は自らを天才と思ってしまったことであろう。島田清次郎が本当に天才であったかどうかは、時代がはっきりと結論つけている。「時代」という審判は残酷なまでに正確であり、本当の天才の作品は必ず世に残るが、彼の「地上」は大いに売れはしたものの、世に残りはしなかった。現在のほとんどのベストセラー作品のように。

 島田清次郎は天才でなかったため、「地上」のあとに続々と書かれた作品はたいしたものではなかった。周囲の者も、それらを低く評価する。しかし島田清次郎は自分を天才と信じているため、自分の作品に問題があるとは思わず、それは周囲の理解力がないためと思い込み、周囲を攻撃し、その攻撃は結局は自分に返り、肥大した自負心に比例して、その反動も大きくなり、やがて彼は破滅する。

 天才でなかったものが、おのれを天才と誤信したための悲劇。その勘違いの元となった成功が大きすぎたため、破滅の規模も大きくなってしまったということだろう。
 繰り返すが、痛い人生だ。


 今では無名に近い人物である島田清次郎の評伝を何故私が読もうかと思ったのは、一つは以前に読んだ「栄光なき天才たち」というコミックの一章にあった島田清次郎の物語がかなりインパクトの強いものだったということと、もう一つは著者が風野春樹氏であったことによる。
 風野春樹氏はネットの黎明期にとても面白い書評感想日記をwebで掲載していた、ネット民にとっては有名人であった。しかしこの頃は氏の書評日記は書かれなくなっていたのだが、今回の発刊にて、久々に氏のまとまった文章が読めるので、それで購入した次第。

 「栄光なき天才たち」では、島田清次郎は、「地上」で一世を風靡し、あとは急転直下に没落した、打ち上げ花火のような人生を送った人物のように書かれていた。
 まあ、じっさいにそうだったのであるが、風野氏はその没落した時代についても詳しく書いている。
島田清次郎は精神病院で廃人になっていたわけではなく、懸命にそこからの浮上を試み、創作を続けていたのである。風野氏はその創作を詳細に検討し、それらは決して精神病者の支離滅裂な戯言ではなく、評価すべきところは多とあると判断している。
 島田清次郎は巷間伝わる、己の傲慢さで破滅した愚人ではなく、人生最後まで己の内なるものを表現しようと苦闘した「努力の人」と肯定的にとらえているのだ。

 この評伝を読む限り、私にとって島田清次郎という人物は、人間的魅力はゼロに等しく、胸糞悪くなる人間の屑であり、彼が見捨てられた理由は非常によく分かる。
 それでも作中には、そんな島田清次郎を、実際に馬鹿にされたり、あるいは小説や雑誌を使って罵倒されたされながらも、彼を助けた人たちが何人もいることが描かれている。それは人間に本来備わっている度量の大きさ、あるいは博愛性というものを示しているのであろうし、島田清次郎があまりに黒く暗いのと対比して、彼らの明るさは、人間のhumanityというものの実在を教えてくれる証しのようにもなっている。
 そして、風野春樹氏の島田清次郎の捉え方も、この性格破綻者に対して決して冷笑的な態度は取らず、島田清次郎の本質を探り、良きものを見出すことをずっと試みている。これもhumanityといってよいものであろう。

 人間には島田清次郎のようなやつもいるが、それでも素晴らしい人間だっていくらでもいる。この本は、島田清次郎という人物を反面教師とした、人間肯定、人間賛歌の書なのかもしれない。


 島田清次郎 誰にも愛されなかった男 (著)風野春樹

【Résumé(まとめ)】
 Ce roman est une biographie de Shimada Kiyojiro qui a existé en réalité.
 Il est un écrivant qui a joué un rôle actif dans Taisho périod, et le livre que j'ai écrit à l'âge de 20 ans est devenu un best-seller, ainsi il est devenu célèbre dès que, c'est l'envie de la littérature de jeunesse.
 Il était convaincu un génie lui-même. Cependant, les livres que j'ai écrit après est plu bas de niveau, et ils n'ont pas été évaluée.
 Mais il pense que le était génie lui-même, il ne pouvait pas comprendre. Car il a continué de se quereller avec l'environnement. Finalement, il ne’est plus contre quelqu'un, il est tombé malade de esprit Il a admis à l'hôpital psychiatrique, et est mort à 31 ans.
 C'est la tragédie de bête homme qui s’est mépris pour le génie lui-même.

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