映画: 風立ちぬ
美しい、ただひたすらに美しい映画である。
もうこれは絶対的に映画館の大画面で見ないと、人生大きな損をしてしまう、そういった映画だ。
宮崎駿監督の5年ぶりの新作。
近年は深い思索がゆえに、混乱、停滞気味な筋を強引に結末に持っていくような映画の多かった宮崎アニメであるが、今回の作品は、舞台は波乱万丈の世の中なのであるが、そこに一本の筋が通っていて、その筋に沿って話は流れていき、よどむことがない。ゆえに分かりやすく、感情移入しやすい映画である。
そして、その一本の筋とは、「短い人生のなかで、人はひたむきに生きて行く」というものであり、作中登場する人々全てが、激動の時代のなかで、精一杯の人生を送っていき、その姿が人の心をつよくとらえる。
この映画は、明らかに今までの映画とはトーンが異なっており、そしてこれはプロデューサーが宣伝で言っていたように、宮崎駿の「遺言」的な位置にあるがゆえと思われる。
まあ、宮崎駿という人は日本で最も元気な老人ではあるし、どころか今の若い者100人が束になってもかなわないエネルギーの持ち主ではあるので、「遺言」という言葉には最も似つかわしくない老人なのではあるが、それでも齢70を越えれば、そこで見えて来た世界があったということなのであろう。
宮崎駿はアニメ界の先頭をずっと突っ走っていて、日本どころか世界に影響を与え続け、アニメは宮崎以前と宮崎以後で変貌を遂げたという、手塚治虫以来の偉人なわけであるが、70歳を超え、老境にいたり、この映画の作成にあたって走り続けてきた自分の足をしばらく止めた。そこで自分のやって来たこと、自分の生きて来た世界と人生、それを俯瞰する。それは厳しくも辛くもあったが、それでもそれがあることへの感謝、それに愛情が、振り返れば湧き起こってくる。宮崎駿はその感情を、スクリーンいっぱいに注ぎ込み、哀しきまでに美しいシーンに満ちた映画がつくられた。一つ一つのシーンがすべて非凡であり、生々しく、心を打つ。
映画のラストシーンはじつにじつに美しい。
蒼天に吸い込まれていく零戦の編隊、大地いっぱいに広がる大草原、そこを吹き抜けていく風、…
全てをやり遂げたような主人公の前に、しかし、言葉が投げかけられる。
Il faut tenter de vivre !
この台詞、原文で最初の方に出てきたが、この映画のキモのような言葉なのであり、しかし無理に日本語に訳すと長くなりすぎるので、「生きて!」と訳されていたけど、敢えて訳せば、「お前は(より良く)生きていかねばならない」の意味。
人が生きることの最高の喜びは、世のため、人のために尽くすということであり、そしてそれは生きている限り終わりはない。
宮崎駿という、人生を全速力で駆け抜けてきた人は、老境にいたって立ち止まったとき、いろいろと考えることはあったのかもしれないが、そのとき本人の心に響く声は、「Il faut tenter de vivre !」 (訳その1「生きて!」 訳その2「もっともっと映画をつくって!」)だったのであろうし、そして彼の映画を愛する人たちの声は皆そうであったであろう。
「風立ちぬ」。
宮崎駿という稀有の個性が存在する時代に生きられた私たちの幸運を改めて実感できる映画である。
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風立ちぬ 公式サイト
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