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August 24, 2013

レ・ミゼラブル感想:エポニーヌ(3) エポニーヌが終幕に再登場する意味について考えてみてみる

 レ・ミゼラブルで最も印象的な役エポニーヌは第二幕の半ば、革命騒動のなかで絶命し退場する。これで出番はなくなるはずであるが、劇の終幕ジャン・バルジャンの終焉の場で、霊として再登場する。

 もう聞けないと思っていたエポニーヌの歌声が、またここで聞けるわけだから、観衆としてはラッキーな気持ちにはなるのだが、…やっぱり変である。
 ここでのエポニーヌの役は、ジャン・バルジャンを天国に導く天使みたいなものである。ジャン・バルジャンを天国に導く役はもう一人いて、それはファンテーヌであり、この人は終幕の最初のほうから出ている。

 レ・ミゼラブルという劇は、最初の牢獄のシーンからジャン・バルジャンが登場し、そしてジャン・バルジャンの臨終の床が終幕という、徹底的にジャンバルジャンの物語ではある。
 ジャン・バルジャンの後半生は、彼は孤児コゼットを育て嫁に出すことに専念している。ジャン・バルジャンは高い知力と頑健な体力をあわせ持つたいへん有能な人物であるけれど、そういう人物の畢生の仕事がそれというのも、能力の無駄使いのような気がして、私としては気に入らないところがあるのだが、ジャン・バルジャン本人としてはそういうことは考えておらず、コゼットを育て上げることを至上の幸福としていた。
 とはいえコゼットを嫁に出したところでもう自分は用済みと、コゼットと絶縁し、そして死を迎えるにいたり、「自分の人生は正しかったのだろうか? 自分は天国に行けるのだろうか?」 と自問する。

 ここで現われたのがファンテーヌの霊である。
 ファンテーヌはコゼットの母であり、コゼットをジャン・バルジャンに預けた人であるからして、彼に感謝を捧げ、「あなたは天国に行けます」と言うのは当然であり、ジャン・バルジャンの天国への導き手としてこのうえない適役である。

 この感動的で静謐な場面に突如マリウスとコゼットが乱入し雰囲気をぶちこわすのであるが、この若夫婦との会話のあとついにジャン・バルジャンは息を引き取る。

 ここでエポニーヌが登場する。
 観衆はそれでぎょっとしてしまう。
 あとでエポニーヌの霊はジャン・バルジャンを天国に導く第二の精霊として登場したことが分かるのだが、今の時点ではそういうことは分からない。

 そして、エポニーヌが登場したとき舞台上にいるのは、ジャン・バルジャン、ファンテーヌ、マリウス、コゼットの4人である。エポニーヌがそのなかの誰に用があるかと言えば、どう考えてもマリウスであろう。彼女はマリウスに惚れぬき、彼を守るために命を落としたのだから。
 それゆえ、精霊というものが人を天国に導く存在だとしたら、まずはファンテーヌがジャン・バルジャンを導き、次にはエポニーヌがマリウスを天国に導くというのが、話の流れとしては正しい。
 ファンテーヌがジャン・バルジャンと手をつないで天国への道を歩き、エポニーヌがジタバタ暴れるマリウスをつかんで強引にそのあとを追っていったら、牡丹灯籠フランス版みたいで、これはこれで感動的(?)なシーンとなるのでは。

 もちろん劇ではそのような斬新な演出はなされず、エポニーヌはファンテーヌとともに美しい二重唱でジャン・バルジャンの魂の救済を歌い、ジャン・バルジャンは二人の霊に導かれ天国に召される。

 ここでまた問題になるのは、なぜエポニーヌ?である。
 エポニーヌとジャン・バルジャンはほとんど人生での接点はなく、臨終の場でエポニーヌが来たところで、ジャン・バルジャンは「おまえ、誰?」と思うのが普通だろう。それでもジャン・バルジャンがそういう怪訝な表情を見せず、エポニーヌの導きを素直に受けいれた。
 …ということは、エポニーヌが既に高次の存在になっていたからなんでしょうねえ。

 人を懸命に愛することと無償の献身、この劇の大きな主題の体現者エポニーヌは、同じことをおこないそして死んだジャン・バルジャンを迎え導くものとしてふさわしい、天使のような存在になっていた、と結論つけておこう。

 …でも、どうもエポニーヌにそういう役を求めるのはなにかが違うとは私は思う。エポニーヌはもっと人間的であり、霊になってもマリウスに会ったら、そこで号泣してしまいそうな、そういうイメージがある。
 どちらにしろ、劇終幕でのエポニーヌの登場は、少々無理筋気味とは思える。映画でも、ここではエポニーヌは登場せず、ミリエル司教がその役をやっていた。そっちのほうが、万人の納得を得やすいと映画監督が考えたからであろうけど、そのほうが正しいと私も思う。


 エポニーヌ(1)
 エポニーヌ(2)


【Résumé(まとめ)】

 Quand Jean Valjean est mort dans l'épilogue, Esprit de Fantine et sont apparu pour le conduir à paradis.
 Fantine lui a laissé sa fille, et leur observé. Apparaître est naturelle.
 Mais Éponine ne voir plus Jean Valjean dans sa vie, on croit que sa apparaître est étranger.
 Je crois que Éponine devient comme un ange par sa esprit du sacrifice de soi, et elle vient secouirir Jean Valjean par cette qualité。


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