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August 2013の記事

August 31, 2013

映画:パシフィック・リム

Pacificrim_2

 一言でいえば、怪獣と巨大ロボットがガチバトルを繰り広げる映画。
 映画というものを、「自分が見たいと願っているけど現実社会では絶対に見ることはできない世界、それをリアルに大画面で見せてくれるもの」と定義するなら、この映画は、まさにそれ以外のなにものでもない、まさに映画そのものの映画であった。

 もちろんその感覚は、ウルトラマン世代というか、若き日に奇々怪々な怪獣たちとウルトラマンのバトルをリアルタイムで見た者たちに、けっこう限局される気はするのだが、…しかし、あれらの巨大な怪獣と、人類の味方が大画面いっぱいを使って繰り広げるバトル、それが最新の高技術を用いた実写方式で描かれているわけで、じつに見ごたえがある。

 太平洋の海底に突如時空の割れ目が出来、そこから巨大な怪獣が現れ、アメリカに上陸し破壊殺戮の限りを尽くす。三つの都市が破壊されたのち、人類は軍隊を使ってなんとか怪獣を撃破できたが、怪獣の出現はこれで終わりでなく、それからも次々に現れた。怪獣はだんだんと巨大さと力を増し、人類は通常の兵器では対処できなくなった。そこで太平洋に面した国家が、今までの争いを止め、互いに協力して、怪獣に対抗できるべき兵器である、巨大ロボット「イェーガー」の開発に成功する。イェーガーは強力な兵器であり、イェーガーによって人類は怪獣が現れたら、海上で撃破し、それによって平和が守られた。しかし、怪獣は更にパワーアップし、イェーガーでは勝てなくなった。人類は戦略を変更し、怪獣が現れる海溝の裂け目を封鎖する作戦を行うことにする。ここでイェーガーが海溝封鎖のため、最後の出撃に出る、とかいう話。

 ウルトラマンシリーズで出て来た怪獣たちは、その出現の理由はじつに様々なものがあり、出自もてんでバラバラであったが、この映画での怪獣たちには人類の消滅という目的があった。それゆえ人類は共同して英知を出しあわねばならず、日・中・ロ・豪・米の環太平洋国家が総力をかけてプロジェクトを立ちあげる。巨大ロボット作成や、研究施設、それに基地(シェルター)等、このプロジェクトは天文学的予算がかかるはずだが、そういう総人類的プロジェクトなら納得できる。

 ただし、巨大怪獣に対抗すべき兵器がなぜ「巨大人型ロボット」という説明はなかった。普通に考えれば、今ある兵器のさらなるパワーアップで対応すればよいとは思うのだけど、人型ロボットなんて動きを制御するだけでもそのシステムに膨大な負荷がかかるはずで、とても実用的には思えない。
 しかし、人類は対怪獣兵器に巨大ロボットを採用した。
 手と足を持つ人型ロボットに格闘をさせるわけだから、現有のコンピューターで動きを制御できるものではなく、結局、人の脳神経を直接ロボットにつなげる方式で制御しすることになった。けれど巨大ロボットは格闘技に加え武器も使うのだから、人間一人の脳ではではとうてい制御できず、きちんと動かすには二人分の脳が必要になる。それでイェーガーは二人乗りのロボットとなり、二人のパイロットの脳をシンクロさせて容量を増やすことによって、ようやく実用化できた。
 この「二人の脳をシンクロさせて動かす」というのが、映画の重要なところとなっていて、この二人は信頼感があり相性も良くないとシンクロなど出来るはずもなく、それゆえ各々のイェーガーのパイロット達にそれぞれのドラマが生まれている。

 そして、この映画の何よりも素晴らしいのは、怪獣たちと巨大ロボットの存在感である。
 まず冒頭。アンギラスみたいな巨大怪獣がサンフランシスコに現れ、ゴールデンゲート橋を破壊するシーンから、その大迫力に圧倒される。それからゾロゾロ出て来る怪獣達は途方もなく強く、人類は破壊の限りを尽くされるわけだが、しかし例えばスピルバーグの「宇宙戦争」では宇宙人の超強力なロボットの侵略に人類は為すすべもなく絶望するだけだったのに比べ、この映画では、強大な怪獣に、それに拮抗する力を持つ巨大ロボットが立ち向かうわけだから、この人類存亡をかけての戦いを、高揚感をもって、手に汗を握る思いで見ることができる。
 そして、この怪獣と巨大ロボットのどつきあい、凄まじい格闘劇が、大画面で、技術の限りを尽くした映像で見られるわけだから、これはもうたまらない。
 最初のほうにも書いたけど、現実にはあり得ないものが大迫力を持ってスクリーンに現れる、その興奮を味わいたい人には絶対的にお勧めの映画である。
 私はここ数年、これほどまでに面白い映画は見たことがなかった。

【日本人パイロット@菊池凛子】
Kikuchi_2

 ロボット、怪獣に劣らず、役者陣も見せ場が多く好演している。
 各パイロットは個性豊かな者たちであったし、「怪獣博士」そのものの研究者たちも楽しい。
 環太平洋国家日本の代表「森マコ」役は菊池凛子が演じている。各国のパイロットたちと比べ、芯が細い印象があるが、心の危機を乗り越え、主人公とシンクロして、足踏みを揃え出撃するシーンは、胸熱くなる、なかなかの名場面であった。


パシフィック・リム 公式サイト


【Résumé(まとめ)】
 Je remercie le directeur Guillermo del Tor qui a créé ce film“Pacific Rim” à japonais.
 En japon des fictions TV que Kaiju(=le géant monstre) entre en scéne s’sont rédigé établir beaucoup. Japonais s’habitue Kaiju, et aime le.
 Mais nous ne regardons pas le film de Kaiju que est créé par le plus nouveau technologie tournage.Les Kijus de ce film sont trés réels et ont énorme impact.
 Nous avons espérié voir un film comme celui-ci.

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新築祝い+ベルエポックケータリング

 宮崎市自転車仲間が、結婚を機に宮崎市に家を建てたとのことで、その新築祝いパーティ。
 夫婦ともに芸術的なセンスの優れたかたであり、かつ奥さんは建築士であり、夫婦の趣味を最大限に生かすよう、自ら設計した家なのであって、出来あがった家は、もう誰もが興味深々という家であった。

 家は小高い丘にあり、庭も家も南国的な雰囲気。玄関から入れば、廊下が一気に先まで開け、その先には風景が眺められるという、じつに開放的な造り。
 この時点で素晴らしいと思うわけだが、それからリビングに行けば、この空間もシンプルでありながら凝っていて、最高の音楽が鳴り響くような、趣味全開のつくりとなっていた。じつに楽しそうな家であり、やはり、家を建てるなら、自分の趣味を生かして、その愉しみを最大限に生かせるつくりにするべきだなあと思った。…まあ、そういうことは贅沢きわまりない話なんだろうけど。

【ディナー】
Belle

 リビングは全体的にセンスいい、居心地のよい空間。
 今回はここでパーティ。
 人数が多いので、料理は宮崎市内のフレンチレストランのベルエポックのケータリング。
 これはレストランで出てくるような料理ではなく、ビッフェスタイルのオードブルであったが、ベルエポックの料理らしく、それぞれ手の込んだいい料理の数々であった。

 素晴らしい家、美味い料理、香り高いワイン、見事に響く音楽、活発な自転車談義、それに音楽にあわせての人々のダンスと、とても楽しい夜であった。

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August 25, 2013

サーラカリーナ@8月

 8月のまだ強い日差しで庭園の緑が生き生きと輝くサーラーカリーナにてランチを。
いつものごとく、本日のお勧めの品々をアラカルトで。

【パスタ1】
1

 夏らしい彩りで、唐墨、烏賊、パブリカのスパゲッティ。
 鮮やかな原色がパスタの上に華やかに開く、見て楽しく、香りもよく、そして食べればもちろん美味しい、二度も三度も愉しい料理。

【パスタ2】
2

3

 今井シェフの自慢の新作だそうで、本日一番のお勧め料理。
 オマール海老のラビオリで、外から見るとなにやらよく分からない料理だけど、割ってみるとまた複雑な料理である。
 オマール海老、白身、ホタテと魚介類を練りこんだものを包み、それに野菜にニョッキをあわせ、海老のソースを添えるという、サーラカリーナにしては珍しく濃厚系の料理。
 でも、もちろん全体のバランスは絶妙で、美味このうえなし。

【パスタ3】
4

 〆のパスタは、強めの料理で、タリアテッレのポロネーゼ。これは赤ワインによく合います。

 このほか、前菜盛り合わせ、魚介類のフリット、ニョッキなども頼み、ランチといえど、よく飲みよく食べ、いつもながらの大満足のサーラカリーナであった。


 ところで、サーラカリーナの最新のニュース。
 免許皆伝のお弟子さんが独立して店を出すことの多いサーラカリーナであるが、今度阿蘇の瀬の本に、直営の支店を開店するとのこと。
 場所は高級旅館の界ASOとかフレンチのアマファソンとかある、熊本の食好きの者なら誰でも知っているあの界隈であって、そこに新たにイタリア料理店がまた加わるわけだ。
 なぜ瀬の本?というのは、今井シェフが元々そういった高原の地が好きだからだそうで、いずれはそこに住むのでは、なんて話も出ていた。
 10月末にオープンとのことで、宿泊も一室あるというオーベルジュでもあり、これは訪れてみないといけませんな。

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August 24, 2013

レ・ミゼラブル感想:エポニーヌ(3) エポニーヌが終幕に再登場する意味について考えてみてみる

 レ・ミゼラブルで最も印象的な役エポニーヌは第二幕の半ば、革命騒動のなかで絶命し退場する。これで出番はなくなるはずであるが、劇の終幕ジャン・バルジャンの終焉の場で、霊として再登場する。

 もう聞けないと思っていたエポニーヌの歌声が、またここで聞けるわけだから、観衆としてはラッキーな気持ちにはなるのだが、…やっぱり変である。
 ここでのエポニーヌの役は、ジャン・バルジャンを天国に導く天使みたいなものである。ジャン・バルジャンを天国に導く役はもう一人いて、それはファンテーヌであり、この人は終幕の最初のほうから出ている。

 レ・ミゼラブルという劇は、最初の牢獄のシーンからジャン・バルジャンが登場し、そしてジャン・バルジャンの臨終の床が終幕という、徹底的にジャンバルジャンの物語ではある。
 ジャン・バルジャンの後半生は、彼は孤児コゼットを育て嫁に出すことに専念している。ジャン・バルジャンは高い知力と頑健な体力をあわせ持つたいへん有能な人物であるけれど、そういう人物の畢生の仕事がそれというのも、能力の無駄使いのような気がして、私としては気に入らないところがあるのだが、ジャン・バルジャン本人としてはそういうことは考えておらず、コゼットを育て上げることを至上の幸福としていた。
 とはいえコゼットを嫁に出したところでもう自分は用済みと、コゼットと絶縁し、そして死を迎えるにいたり、「自分の人生は正しかったのだろうか? 自分は天国に行けるのだろうか?」 と自問する。

 ここで現われたのがファンテーヌの霊である。
 ファンテーヌはコゼットの母であり、コゼットをジャン・バルジャンに預けた人であるからして、彼に感謝を捧げ、「あなたは天国に行けます」と言うのは当然であり、ジャン・バルジャンの天国への導き手としてこのうえない適役である。

 この感動的で静謐な場面に突如マリウスとコゼットが乱入し雰囲気をぶちこわすのであるが、この若夫婦との会話のあとついにジャン・バルジャンは息を引き取る。

 ここでエポニーヌが登場する。
 観衆はそれでぎょっとしてしまう。
 あとでエポニーヌの霊はジャン・バルジャンを天国に導く第二の精霊として登場したことが分かるのだが、今の時点ではそういうことは分からない。

 そして、エポニーヌが登場したとき舞台上にいるのは、ジャン・バルジャン、ファンテーヌ、マリウス、コゼットの4人である。エポニーヌがそのなかの誰に用があるかと言えば、どう考えてもマリウスであろう。彼女はマリウスに惚れぬき、彼を守るために命を落としたのだから。
 それゆえ、精霊というものが人を天国に導く存在だとしたら、まずはファンテーヌがジャン・バルジャンを導き、次にはエポニーヌがマリウスを天国に導くというのが、話の流れとしては正しい。
 ファンテーヌがジャン・バルジャンと手をつないで天国への道を歩き、エポニーヌがジタバタ暴れるマリウスをつかんで強引にそのあとを追っていったら、牡丹灯籠フランス版みたいで、これはこれで感動的(?)なシーンとなるのでは。

 もちろん劇ではそのような斬新な演出はなされず、エポニーヌはファンテーヌとともに美しい二重唱でジャン・バルジャンの魂の救済を歌い、ジャン・バルジャンは二人の霊に導かれ天国に召される。

 ここでまた問題になるのは、なぜエポニーヌ?である。
 エポニーヌとジャン・バルジャンはほとんど人生での接点はなく、臨終の場でエポニーヌが来たところで、ジャン・バルジャンは「おまえ、誰?」と思うのが普通だろう。それでもジャン・バルジャンがそういう怪訝な表情を見せず、エポニーヌの導きを素直に受けいれた。
 …ということは、エポニーヌが既に高次の存在になっていたからなんでしょうねえ。

 人を懸命に愛することと無償の献身、この劇の大きな主題の体現者エポニーヌは、同じことをおこないそして死んだジャン・バルジャンを迎え導くものとしてふさわしい、天使のような存在になっていた、と結論つけておこう。

 …でも、どうもエポニーヌにそういう役を求めるのはなにかが違うとは私は思う。エポニーヌはもっと人間的であり、霊になってもマリウスに会ったら、そこで号泣してしまいそうな、そういうイメージがある。
 どちらにしろ、劇終幕でのエポニーヌの登場は、少々無理筋気味とは思える。映画でも、ここではエポニーヌは登場せず、ミリエル司教がその役をやっていた。そっちのほうが、万人の納得を得やすいと映画監督が考えたからであろうけど、そのほうが正しいと私も思う。


 エポニーヌ(1)
 エポニーヌ(2)


【Résumé(まとめ)】

 Quand Jean Valjean est mort dans l'épilogue, Esprit de Fantine et sont apparu pour le conduir à paradis.
 Fantine lui a laissé sa fille, et leur observé. Apparaître est naturelle.
 Mais Éponine ne voir plus Jean Valjean dans sa vie, on croit que sa apparaître est étranger.
 Je crois que Éponine devient comme un ange par sa esprit du sacrifice de soi, et elle vient secouirir Jean Valjean par cette qualité。


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レ・ミゼラブル感想:エポニーヌ(2)日本人がエポニーヌを演じる利点など

 エポニーヌは舞台女優なら誰でもやりたいと願う名役であり、多くの女優によって演じられ、それは検索すればいくらでもその動画を見ることができる。
 ただそれらを見ると、私はけっこう違和感を感じることが多い。
 原作のエポニーヌって、極貧の食うや食わずやの生活をしているため、栄養失調で発育不良なのであり、小柄で痩せこけた少女である。しかし、エポニーヌを演じる役者は現代人だからしようがないにせよ、とくに外国の女優などは体格のいい人が多く、その姿からは、エポニーヌの哀れさが伝わってこない。

 私にとってエポニーヌの登場シーンで一番泣けるところは、片思いの悲しさを切々と歌う「オンマイオウン」でも、マリウスに抱かれ息をひきとる「恵みの雨」でもなく、テナルディエ一派によるジャンバルジャン邸襲撃の「プリュメ街の襲撃」である。

 ジャン・バルジャン邸の裏庭でコゼットとマリウスが逢引しているところ、エポニーヌの父親テナルディエと悪党一派が、強盗しに押し寄せて来る。二人の愛が成就するかどうか大事なところなのに、ここで家に押し入られては滅茶苦茶になってしまう。エポニーヌは扉の前に立ちはだかり、こんな家に入ってもしょうがないよと言い、必死に防ごうとする。しかしテナルディエは邪魔するな、とエポニーヌを容易に押し倒す。
 ここの場面は、エポニーヌは原作とおりに小柄で華奢な娘でないと、エポニーヌの健気さ懸命さが、最大限には伝わらない。動画で見られる、体格のしっかりした女優が扉の前に立ったりすると、妙な迫力があって、どうにもしっくりこない。

 それゆえ、エポニーヌ役は日本人が演じるメリットのずいぶんとある役に思えた。
 日本人ってどうやっても外国人には体格では負けるのだが、そのぶん華奢な体格が普通ゆえ、エポニーヌはどの人がやっても、いかにもエポニーヌという感じになり舞台で自然である。
 それで、エポニーヌが最初登場したとき、その姿を見て安心感を覚えた。


Hiranoaya_2

 私の観た舞台では、エポニーヌは平野綾さんが演じていた。
 彼女はエポニーヌ役にしては少々美人すぎるような気がしないでもないが、ただし「エポニーヌは不器量な娘である」との思いこみは、あくまでもミュージカル限定のものである。エポニーヌは歌唱力が要される役なので、配役には容姿よりも歌唱力が優先されるため、その手の俳優が選ばれることが多かったからそういう認識が出来上がってしまったのだけれども、しかし原作には、「エポニーヌは身なりはみすぼらしいけど、美しい娘である」とちゃんと書かれており、というわけで原作準拠のエポニーヌであったといえる。
 その平野綾さんの演技は、エポニーヌそのものが乗り移ったような熱演であり、どのシーンでもテンション高く、劇をぐいぐいと引っ張っていた。バリケードでの死の場面でも、じつに迫真的な死にかたであった。銃弾で胸を貫かれたのなら、このように苦しんで死ぬんだろうなと誰にも思わせる悶えぶり、そこでの歌詞が「痛くない、つらくない」というんだから、余計に悲しい。

 また先に述べた「プリュメ街の襲撃」での歌唱も上手かった。
 エポニーヌは父親たちに、「この家は老人と娘が普通の暮らしをしているだけで、金などない」と言う。この台詞、オリジナルでは「just the old man and the girl. They live ordinary lives」である。このgirlとはもちろんコゼットのことであり、憎い恋敵でありながら現在懸命に守っている対象なのでもあり、非常に複雑な感情をエポニーヌは抱いているわけで、ここのgirlという言葉の歌唱はその感情を込めて歌わねばならず、歌い手にとってはとても難しく、しかし歌い甲斐のあるところである。
 日本語版では、「爺さんと、ケチな暮らしさ」という歌詞になっているけど、やはりここでの「」の歌いかたは大事なポイントとなっており、そして上手くこなせていたと思った。


 レ・ミゼラブル:エポニーヌ(1)
          エポニーヌ(3)


【Résumé(まとめ)】
 Éponine qui joe la rôle importante de les misérables est petite femme dans le original.
 Mais quand il est joué à l’autre pays, une actrice de grande physique joue souvent elle.Je me sens mal à ça.
 Mais Éponine est joué par la actrice japonaise dans japon. Japonaise est ordinairement petite, nous pouvons voir elles qui ont atmosphère resemblé la Éponine originale.


  ……………………………………
 
 ついでながら「プリュメ街の攻撃」でのオリジナルのgirlの歌い方、やはりレア・サロンガのものが傑出している。この人、超絶的に上手い歌手である。

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ミュージカル:レ・ミゼラブル@博多座  感想 エポニーヌ(1)

Hakataza

 ミュージカル「レ・ミゼラブル」の新演出版。東京公演が好評に終わったのち、福岡へと来た。プリンシパルもアンサンブルも熱気のこもった大熱演。見事な歌と演奏、演技であり、劇全体を通して、とても心を打たれた。

 この劇、いろいろと書いてみたいことは多いのだが、やはりまずはエポニーヌについて書いてみたい。

 レ・ミゼラブルでは、幾人もの魅力的な、主役級の人たちによって物語はつくられ、劇が動いて行く。
 劇の主役はもちろんジャン・バルジャンであるが、しかしエポニーヌはジャン・バルジャンを補助するかのように劇の筋のもう一つの主軸を受け持っていて、その存在感は強く、場合によってはこの劇はエポニーヌの物語にも思えてしまうほどである。

 というのは、ジャン・バルジャンという人物は、どうにも感情移入しにくい面があるからだ。ジャン・バルジャンは、辛酸極まりない前半生において、人を憎むことしか知らなくなった男であるが、放浪の時に崇高なる司教に出会ったことから改心をする。そして人を愛することを覚え、そこから真の幸福を知り、やがて魂が救われるにいたる。彼の苦難と憎悪、そこからの改心と受難、そして救済がレ・ミゼラブルという劇の主筋である。

 この主役であるジャン・バルジャン、観ている側からすると、真面目すぎ、融通が利かず、妙に神懸かりなところがあって、どうにも観ていて辛くなるものがある。彼に融通をきかせる要領さがあれば、もっと豊かな幸せを自分にも他人にも与えられたのに、とかどうしても思ってしまう。

 これに対して、エポニーヌには神懸かったところはなく、自分の感情に素直に生きており、その生き方がたいへん理解しやすい。
 またエポニーヌは、劇のなかの重要な支点であり、彼女とからむことにより人々の交流が広がり、そして筋は流れて行く。
 それゆえ、何処で誰がエポニーヌと絡むかが観劇のポイントとなるが、劇ではエポニーヌは一際目立つ赤い帽子をかぶっており、群衆のシーンのなかでもエポニーヌの所在はすぐに知れ、動きが分かりやすい。こういうのもエポニーヌが演出的に重視しているからであろう。

 エポニーヌは幼少の頃から舞台に登場している。彼女は詐欺師の両親に幼少時から悪事の片棒を担がされるという劣悪な環境で生まれ育った。そしてパリに移り住んだときも、両親と悪党仲間と一緒に泥棒強盗稼業をやっているというひどい環境にいる。観衆は、彼女はさぞかし性格の悪い娘に育ったのだろうな、と予想するわけだが、劇が進行するにつれ、彼女は愛情深い健気な娘であることが分かる。

 なんであの極悪の両親から、こんな素直ないい娘が出来たんだろう、と思ってしまうのだが、…いや、違っていた。劇での主要場面でのエポニーヌの健気ぶりがあまりに印象強いため、エポニーヌはずっとそういう娘だったと観衆は思いがちなのだが、そうではなかった。
 よくよく観れば、エポニーヌは幼い頃は、テナルディ夫人と一緒にコゼットをいじめる意地悪な子供だったし、成長した姿でパリに登場したときも、いきなり「エポニーヌは泥棒一家の一味で、悪いことしても気にしない」などと紹介されており、かなり性悪な娘であることは間違いない。

 しかし、エポニーヌはマリウスを愛するようになってから変貌をとげた。
 彼女は愛を知ったことにより、成長していったのである。
 彼女はマリウスに愛情のありったけを捧げる。それでも全く見向いてもくれないマリウスに対して、彼を幸せにすることに懸命になる。鈍感男マリウスに対して、エポニーヌはマリウスとコゼットのキューピッド役を務めさせられるという、ある意味究極の苛めをマリウスよりくらうわけであるが、そこでの健気なエポニーヌの姿は、心痛くなるまで哀しく、また美しい。


 ジャン・バルジャンの静かな愛の捧げ方に対し、エポニーヌの愛情は、不器用ではあるが、情熱的であり、一直線に進んでいく。
 彼女の恋は悲恋としか言えないのだが、それでも最後には幸福を得ることはできた。惨めな人生の果てに、つかむことのできた幸福を胸に、彼女は息をひきとる。

 レ・ミゼラブルの主題は、ジャン・バルジャンの最期の言葉「To love another person is to see the face of God」という台詞で示されている。これは直訳すれば「他人を愛することは、神の顔を見ること」。分かりやすく訳せば「人を愛することによって、人は天国に行ける」であり、この台詞が三重唄で歌われるところはじつに感動的であり、じっさい舞台でのこの場面は、全観衆落涙必至という名場面。

 ただしジャン・バルジャンはたしかにそういうフシはあるものの、エポニーヌはべつに神様に会いたくて、マリウスを愛したわけではない。彼女は人を愛し、その人を幸福にしょうとした、そしてそのことが彼女の無上の幸福となり、彼女自身を幸福にした。
 ジャン・バルジャンの愛が少々独りよがり気味なのに比べ、エポニーヌの愛と献身は純粋であり誰しも理解しやすい。

 レ・ミゼラブルでは様々な登場人物は、それぞれに愛するものを抱え、それから各々の行動をおこなっている。レ・ミゼラブルは愛情についても多くを語っている物語なのであるが、それについては、私にはジャン・バルジャンよりも、エポニーヌがそれの象徴人物に思え、より劇の主題を深く感じられた。

 というわけで私にとっては、レ・ミゼラブルはまずはエポニーヌの物語なのである。


 エポニーヌ(2)
 エポニーヌ(3)

【Résumé(まとめ)】
 Musicale les misérables s’est joué en Fukuoka ville.
 Exécution, interprétation, chanson tout est été excellent, et je suis été ému.
 Sur ca musicale, je veux ecrire des choses variés.
 Premiére, je ecris par Éponine qui est l’un de personnage de ca musicale.
 Les misérables a beaucoup de objet, l’un dans les grands thèmes est “amour”
 Ce musicale dit en aimant autre persone gen, le gen peut obtenir le bonheur.
 Personne qui symbolise cette thèmes est Éponine, je trouve.
 Histoire d'amour elle est la chose la plus importante dans ca musicale.

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August 23, 2013

鮨久保田@西中洲

 西中洲にある「鮨久保田」という店の存在を私が知ったのは1年ほど前。ある寿司店での雑談時に、市内の某寿司店主2名が、忘年会で1次会、2次会と飲んで、相当に出来あがったのち、「まだ飲み足りない、そうだ久保田が開いているぞ~」と、深夜に3次会で乱入して騒いで楽しかったと、その当の乱入した店主から聞いて、私は久保田という店を知り、さらにその店が深夜まで営業しているという情報も得た。

 私が福岡市に夜遅く着いたときは、真っ当な寿司店はほとんど閉店しており、夕食はたいていは居酒屋を使うことになっていた。しかし、本職が使うような寿司店なら真っ当な寿司店であろうし、さらに深夜まで営業しているとなると、貴重な店である。
 それで一度訪れてみたら、やはりなかなかいい店だったので、重宝させてもらっている。

【アン肝】
1

 肴は、造り各種、鰯をいろいろな薬味で海苔で巻いたもの、秋刀魚の炙りに肝の裏漉しを和えたもの、などなど。店主は東京のすし匠系統の店で修業してきたため、肴はけっこう手の込んだものが出てくる。
 そして上物のアン肝も出てきた。このアン肝は余市の産で、九州では安春計しか使っていなかったのだけど、この美味さがだんだんと評価され、今では夏場でも他の店でも出てくるようになった。各店で調理は異なっており、それで店によって幾種類もの味わいが楽しめる。

【握り】
3

 握りはだいたい江戸前である。
 このシンコ2枚ヅケも、しっかりと〆られている。
 ただ修業先の鮨そのものというわけではなく、福岡のネタにも合うようにと、いろいろとシャリをいじり、試行錯誤を重ねているところだそうだ。

【握り】
2

 〆の巻物は干瓢巻にしようかなと思ったら、太巻き、というか中巻きが店の自慢だそうで、それにしてみた。いろいろな具が使われ、華やかなものである。〆の鮨として、存在感あり。

 一通り食べて飲んで、終わるころには日付が変わっていた。
 寿司店は仕入れがあるので朝早く、これじゃ大変でしょうと尋ねると、若くて体力あるうちは頑張っていきます、とのこと。
 そういうわけで、頑張り屋の若き店主の、新進の寿司店。これからもおおいに期待できる店である。


【Résumé(まとめ)】

 “Sushi Kubota” est un sushi restaurant que exsiste en Nishinakasu de fukuoka ville.
 Maître du restaurant a entrainé au Tokyo et il fait susi dans edo mode.
 Il fait encore amuse-gueule dans le même mode, donc on peut boire bien avec eux.
 Ce reataurant est ouvert jusqu'à le minuit.
 Au fukuoka ville, si on a envie de manger un sushi délicieux en minuit, on doit aller à “Sushi Kubota”

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August 22, 2013

祝 延岡学園高校準優勝

 宮崎県というところは日本全国における知名度でマイナー系の県に属している。
 けれども、具体的な他県の名前を出すわけにはいかないが、県の名前さえ一般人にとって容易に出てこないようなマイナー県とは違って、それなりに歴史に名を刻んだことは幾度かある、マイナーはマイナーだけど準マイナーくらいの位置にはある県ではある。

 宮崎県は、日本の歴史において、二回表舞台に立っている。
 一つは日本の有史での歴史の一番の最初、紀元4世紀頃、神武東征の出発地である。
 日本を制覇した神武東征を行ったくらいだから、古代の宮崎は人材豊富な地だったと思える。しかし口の悪い人によると、「神武天皇が宮崎の優秀な者を全部連れて行ったから、あとがどうもこうもならなくなった」とか言うのだが、それはそうとして、神武東征後宮崎は何故か忽然と歴史から姿を消し、その後1000年以上、歴史の表舞台に出ることはなかった。
 しかし、突如また表舞台に立ったのは、昭和30年から40年代。
 宮崎県は南国の楽園として認識され、「新婚旅行は宮崎」というのが常識となり、世の若いカップルの大半は新婚旅行として宮崎を目指したのであった。
 宮崎県はいい所ではあるが、さすがに「南国の楽園」との評価は無理があり、この新婚旅行ブームは、早々に廃れ、そして今では「新婚旅行は宮崎が定番だったんだよ」とか若い人に言っても、ギャグにしか認識されない、そういう時代となっている。
 
 まあそういうわけで、宮崎は全国レベルのニュースには縁のないところなのだが、メジャースポーツである野球は全国レベルの話題となり、そして宮崎県勢が活躍すると、それは全国レベルなのであり、それゆえ、県は熱狂する。

 宮崎は、隣の熊本・鹿児島が強豪揃いなのに、まさか神武天皇が人材をよそに連れて行ったせいでないにしろ、野球は全く強くなかった。
 それで甲子園大会は、宮崎県民は大会が進むと、いつのまにか自県を応援する機会がないことが当たり前になっていたのだが、今夏、宮崎延岡学園がベスト8になった。すると、滅多にないことゆえ、県は盛り上がり、その時点で地方紙は1面にその記事をあげた。さらに準決勝に勝ち進めばさらに熱狂は増し、決勝に出たところでは号外まで出た。

 この盛り上がりのなか、本日が前橋育英との決勝戦である。

 宮崎は、スポーツの盛んなところであり、バスケットやフットボールでも近年全国優勝しているのだけど、やはり日本では野球が一番のメジャースポーツであり、今回の注目度は別格であった。

 宮崎県北の延岡~日向界隈って、もともと街中はそんなに人がいないところなのだが、本日の昼から試合が始まってからは、それどころでなく人がいなくなり、稀にみる静かさだったそうである。

 そして肝心の試合は、両高校とも、まさに死力を尽くした大熱戦、延岡学園を応援する側からは残念な結果に終わったが、それでもこういういい試合を見せてもらったことには感謝します。

 それから夜に近所の居酒屋に行って、店主と試合の感想などを語る。
 宮崎出身の店主は、私以上に試合に興奮し、しかし当然私以上に敗北に打撃を受けており、それゆえ言いたいことは山ほどあり、まあそういう言いたいことを話しあったのだが…でもまあ、これで次が出来た、今回優勝できなかったから次に初優勝の楽しみがある、てな具合に無理やり結論は出た。

 まったく、何事も次はある。
 次を見据え、次を期待し、次を待ちましょう。

 このブログにも、いつか、祝○○高校優勝との記事を書きたい。

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August 10, 2013

赤ウニ@鮨匠のむら

 鹿児島市の名店鮨匠のむらはいつ行っても抜群に美味しいものが食べられるが、夏になると赤ウニが店の看板料理となる。
 ウニというものは、身が崩れるのが早いのと、とはいえ適度な熟成も必要なため、意外と「本当に美味い」状態で出されることが少ない。けれども、ここ、のむらでは、良いウニをうまく処理して、甘くて、濃厚で、豊潤そのものの「本物のウニ」が食べられ、店主が豪語するように「日本一美味しいウニ」を味わうことが出来る。

 本日のウニ、例によって100点満点での採点を店主に問うと、今回は3333点ということで、これは私の記憶するかぎり、今までで最高の点数である。
 そしてたしかに、抜群に美味しいウニであった。

【ウニ(+イカ+キュウリ)】
1

 最初はウニそのものがイカに乗って出て来る。
 ウニはまずは直接、そして山葵もちょっとのせて食べて、様々な美味さを感じましょう。

【ウニと筋子の茶わん蒸し】
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 ウニは温められ、さらに甘さが増す。筋子は今年の初物。個性豊かな素材を、まろやかな茶わん蒸しの卵がさらに引き立ている。

【鮨】
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 少しばかり温かめのシャリは、ウニの甘さをさらに高め、シャリとよく調和している。

【ウニとイクラの小丼】
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 ウニとイクラの贅沢な二色丼。
 これをそのまま食べてもいいのですが、乱暴にかき混ぜて食べると、さらにカオスな味の豊かさが広がり、美味さがパワーアップ。

 ウニ、ウニ、ウニのウニ三昧であるが、もちろん鹿児島湾や東シナ海の地元の魚もたっぷり出て、贅沢至極な肴と鮨が楽しめた、相変わらずの、のむらの夜であった。


【Résumé(まとめ)】

 “Susisho Nomura”est un sushi restaurant à kagoshima ville que manie principalement des matrières de Kagoshima local.
 A ce restaurant, un oursin est delicieux spécialement en été.
 On dit que le ourisin de ce restaurant est le plus délicieux de japon.
 Les photos est de là-haut oursin frais, oursin et œufs fait couire, sushi de oursin, riz avec oursin et œufs de salmon.
 Tout est très délicieux. Je me suis amusé un merveilleux dîner.

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耐暑登山:韓国岳

 先週に引き続いての耐暑登山その2は、鹿児島霧島の韓国岳である。
 もはや亜熱帯域にあるといってよい南国鹿児島の、気温35度を超える猛暑日での登山。暑い、きついと嘆きながらの登山であったが、今回の登山にはきちんと目的があったので、なんとか心は折れずに山頂を踏むことができた。

【大浪池】
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 ルートは大浪池経由で。
 今年の夏は全国各地、「これまでに経験したことがない大雨」が降っているのであるが、鹿児島は全く雨が降らずにカラカラの日が続いている。それで、大浪池はもしかして干上がっているかもと思っていたが、普通に水を蓄えている。ここを取り囲む山群の保水力は、このくらいの日照りではなんともないようだ。

【霧島 夏の花】
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 霧島には春と秋しか訪れたことがないので、夏は初めてである。
 それでいつもは見かけぬ花をいくつも見ることができた。
 上の二つはノリウツギにナガサキオトギリだろうけど、あとの花の名は分からず。
 いずれも小さな楚楚とした花。夏の花って、あんまりやる気がない、というか華やかさに欠けているなあ。そういえば、日本アルプスでみる高山植物もこういう感じだな。

【韓国岳へ】
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 大浪池、火口辺縁を半周して、それから韓国岳へと登って行く。
 霧島の山は基本的に観光客が多く訪れるところゆえ、登山道はよく整備されているので、歩きやすい。
 歩きやすいのではあるが、なにしろ気温は35度、日光のもとでは40度を超える猛暑日の登山ゆえ、暑いったらありゃしない。登るうち、汗がとどめなく出てきて、ウェアは経験したことがないほどに重くなる。夏といえども、長袖長ズボンは登山の鉄則なので、全身が汗びたしで重たい。脱水症対策にこまめに水を飲んでいるが、その水がそのまま汗に化けているような感じだ。

【韓国岳山頂より】
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 暑くとも、きつくとも歩を進めて行けば、いつかは山頂にたどり着く。
 山頂からは、噴火して周囲が立ち入り禁止となっている新燃岳を見下ろすことができる。新燃岳火口は、溶岩で埋っているような写真が報道されていたが、噴火活動が弱まった今はだいぶ溶岩の位置が下がっているようであった。

【韓国岳山頂】
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 南国鹿児島の猛暑日の韓国岳登山。
 登山としては面白くともなんともなく、他人にはぜったいお勧めできないものであるが、それでもけっこうな数の人が登っているのには驚いた。
 人間って、意外と暑さに強い生き物なのかもしれない。


 韓国岳に登ったあとは、いつもは高千穂河原まで縦走していたけれど、新燃岳噴火のせいで縦走路は通行禁止となっているため、元来た道を下っていった。
 下りになっても、やはり暑い。いつもの倍以上の疲労感を感じながら、登山口へ到着。感想は、何度も繰り返すけど、暑かった。ひたすら暑かった。

【生ビール@鮨匠のむら】
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 今回の耐暑登山の目的、それは「美味しく生ビールを飲む」である。
 生ビールというものは元々美味しいものであるが、汗をおおいにかいて、水分への渇望を募らせたのち飲めば、さらにさらに美味しくなる。
 まあ、その汗をかくために、猛暑の日の韓国岳に登るのはやり過ぎのような気はしないでもないが、それでもそういう馬鹿らしい行為こそ、いわゆる「大人の贅沢」なのでは。


【Résumé(まとめ)】

 Mont Karakuni est la montagne à une altitude de 1700m que existe dans Kirishima montagnes de Kagoshima préfecture. Ia montagne est couvert par fleures belles (Miyamakirishima) au printemps, Ce devient un endroit célébrate.
 Je lui ai grimpé dans la saison chaud en été. Grinperant dans temps chaud, Je ai sué très. De la bière après la descente, C’etait très délicieuse.

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August 09, 2013

寿司:紫光@鹿児島市

 ひさしぶりに鹿児島市へと出かけ、夕食は「紫光」にて。
 「紫光」は地のものと、それから築地などから仕入れたネタ両方を使って、紫光独自の鮨を握る店である。

【アラ】
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 アラは本来の旬は冬なのだろうけど、年中獲れる魚でもある。
 今回は地元で25kgの大アラが上がったそうで、そのワタの湯引きを肴で。コリコリ、プルンプルンとした舌触り、歯触りが面白く、また淡泊ながらじっくりと旨みが広がる味もまたよし。

【毛蟹】
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 毛蟹はいつの季節でも美味しく、今日はいい毛蟹を仕入れられたとのことで、毛蟹も肴で。さっぱりとした風味は、夏向きである。

【シンコ】
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 握りは白身各種、ハガツオ、赤貝、トリガイ、鮑、海老、中トロ、大トロ、穴子等々。
 紫光は九州では珍しく、夏にシンコを出す店である。シンコは各種サイズがあり、いかにもシンコという小さいサイズのものもあったが、これくらいが一番美味しいであろうと店主の勧める二枚ヅケで。
 江戸前風にきっちりと〆られたシンコである。

【イカ】
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 ヤリイカを薄く細く削ぎ、それに雲丹をあわせて、胡麻塩で。
 イカがとろけるように柔らかい食感。イカの甘さと雲丹の甘さで、複雑な甘みを感じる。見事な技術と工夫の鮨である。

【鯖】
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 鯖は今の時期にしては、じつによく脂がのっている。
 鯖を主役にして、シャリは少なめで、シャリの味でかえって鯖を引き立たせるような面白い鮨である。


 いずれの鮨も、いいネタを使って、店主独自の工夫がなされていて、紫光ならではの鮨ばかりであった。
 鹿児島市に来たら、やはり紫光ははずせない寿司店である。

【Résumé(まとめ)】

 En la ville de Kagoshima, j'ai dinné au sushi restaurant “Siko ”(cela signifie la limière pourple). Ce restaurant renuit le matière de la cuisson dans le marché aux poissons de Tokyo et Kagoshima local. Utilisation de cette matière excellente, le maitre fait les délicieux sushi.
 J’ai mangé turbot, crevette, thon, bonite, oursin, calamon, ormeau, congre…. Tout est très délicieux、j’ai été satisfait.

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August 05, 2013

コミック:かもめ☆チャンス (著)玉井雪雄

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 自転車プロロードレースは観ていてたいへん面白い競技である。
 競技者が一般人からすると人間業とは思えぬパフォーマンスを示すし、さらにはレースの組立てが、知略の限りを尽くす頭脳戦であり、レース全般がとてもスリリングである。それで深夜にツールドフランスが生中継されているときなど、画面を見ていて止められなくなり、寝不足に陥る人は数多い。

 ただし日本ではプロによる自転車レースはまだマイナーな存在であり、その魅力は一部の人にしか知られていない。
 それでも自転車レースというものを知らない人にも、この漫画「かもめ☆チャンス」は、そのリアルで丁寧な書き方から、自転車そしてレースの面白さが十分に伝わってくる秀作である。


 地方銀行マンの主人公は、自転車には興味などなかったのだが、ひょんなことから乗鞍ヒルクライムレースに挑戦せねばならない羽目になる。そこで己の限界を超える力を発揮した彼は、そこで自転車の魅力を知る。
 自転車に乗り続けるうち、主人公の周りには、変人ばかりが集まってくる。主人公は「どうして自分の周りには変人ばかり寄ってくるのだろう」と嘆くのだが、そのうちどうも自分には変人を引き寄せる何かがあるのではないのかと自問するようになる。それはじつは、主人公に人徳と、それに自転車の特殊な才能があるからだったわけだが、そうしていろいろな紆余曲折のうち自転車チーム「ブルーシーガル(青いカモメ)」が結成された。
 チームの面々は揃いも揃って変人ばかりであり、そしてじつに個性的である。
 このメンバーは、みな自転車は強いが、それぞれ自分の人生に影を持っており、その影が彼らの自転車の力を上げたり、あるいは下げたりしている。この影ある人生と、それに自転車のレースの進行が、微妙に交差しながら話が流れる。
 そのレースでは、チームはなにしろ個性的な者ばかりなので、つねに戦略が破綻しがちになる。自転車レースというものは、どんなに脚力のある圧倒的なエースがいても、チームプレイが機能しない限り、絶対に勝利することはない。ばらけがちなチームを、なんとか主人公と監督の力でまとめあげていき、レースは進んでいく。

 作中で、メンバーの一人が「全ての競技者は、フランスを目指す」というように、ブルーシーガルの目標は海外参戦であった。
 現実の話では、日本人チームというのは実力が低く、まだまだそれは夢物語なのであるが、作中では、その海外挑戦への段階にようやく入ったところで、今週最終回を迎えた。
 どうせなんだから海外戦までやってくれよと読者としては言いたくなるが、でも、話全体としてはここで終わったほうが、まとまりは良いとは思う。

 5年間連載を楽しませてもらいました。
 この作者の作品はどれも面白いので、またの新作におおいに期待。


 かもめ☆チャンス 玉井雪雄著


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 Résumé(まとめ)

 En Europe la course de vélo est sport trés populaire, mais la est im populaire au japon. Quiquoi la course de vélo est très intéressant, il est regrettable.
 Si les gens ne sont pas intéressés à vélo lirent cette bande dessinée “kamome☆tyannsu(mouette☆chance)”, ils pourraient savoir le charme de vélo.
 Dans la bande dessinée , l'image et l'histoire sont aussi très excellents.
 Lirant la, on peut être excité autant que on voit le Tour de France.


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August 03, 2013

大崩山登山の後は、「美人の湯」でビアガーデン

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 大崩山の登山基地となっている「祝子川温泉 美人の湯」が、7月中旬より、毎週土曜日にビアガーデンを行うという面白い企画を始めている。
 山のなかの施設である「美人の湯」は延岡市から車で1時間ほど離れているし、また祝子川地域にもそんなに人は住んでいないので、集客力にかなり問題のある企画とは思ったが、「大崩山登山+温泉+ビール飲み放題」はたしかに魅力的な企画ゆえ、登山帰りにそれに参加してみない手はなく、私も参加。

 レストランはいったん午後7時に閉店となり、そして同じ場所で午後7時からビアガーデンがスタートである。
 客なんているのかなと思ったら、この企画好評なのであって、結局総勢20名弱は集まっていた。客のうちわけは、大崩山に遊びに来た者と地元の人たち。

 地元の人たちはなにしろ山深きところに住んでいるので、この界隈には居酒屋のたぐいなどはなく、このように専門業によって飲み会が企画されるのは、たいへん有難いことなのである。

【祝子川集落】
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 祝子川集落はかつては林業で栄え、子供もたくさんいたので小学校もあったのだが、その日々も今は昔、今では過疎化の進行によりいわゆる人口の減り続ける「限界集落」となっている。
 それでも自然の豊かな地なので、人を惹きつける魅力があり、若い人が少ないながら移り住んで、なんとか村落の消滅はまだ先伸ばしの話となっているそうだ。

【料理】
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 ビアガーデンがスタート。
 ビールのツマミは食べ放題のバイキング方式。スタート時点で撮った写真は突出しみたいなもので、これから揚げもの多種に、野菜サラダ、パスタ数種にピラフ、どんどん出てきます。「美人の湯レストラン」は料理の美味しいことでも知られており、ツマミはどれもなかなかのもの。そして生ビールと焼酎は飲み放題。これで2500円だから、酒飲みには容易に元が取れてしまうCPの良さ。

 私は地元の人たちのテーブルに混じり、飲みながら、いろいろとこの地の面白い話を聞かせてもらった。祝子川に住んで何十年という人たちは、さすがに自然を相手に働いて来たヴェテランであり、猟の話、林業の話、魚取りの話、蜜蜂への花の選択、どれも興味深いものばかりである。
 とくに林業って、一般人的な感覚からは穏やかな仕事と思っていたけど、じつは自然相手のガチバトルだったんですねえ。元々の自然の地に、人間のための人工林を造るわけだから、それに対抗すべく、獣、昆虫が常に襲い掛かるなか造林していくという、まさに自然との終わりなき戦い…


 このビアガーデン、午後7時がスタートなのだが、御開きはその日の客のノリで決めるという、さすが田舎らしいアバウトさ。そして田舎の人は酒も強く、みんなよく飲む、飲む。
 明日も朝から森に入っての仕事だぞう、とかの話が出ていたのに、宴会は夜遅くまで続く。私は夏山登山で疲れが残っていたので、午後11時半で切り上げ、車に戻って車中泊。

【美人の湯 夜景】
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 駐車場から「美人の湯」をみれば、いちめん闇のなかに、建物が明かりで輝く。
 宴会はまだまだ終わらなさそうである。あそこには70歳過ぎた人もいたはずだが、みんな元気だなあ。


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 Résumé(まとめ)

 Au pied de la mont. Okuke, il y a “Bijin no Yu” que est la institution pour aider à monter.
 Le gére des eaux tempérée et un restaurant. En utilisant le restaurant, le a commencé un buffet de la nuit tous les samedi. A ce buffet on peut manger et boire infiniment à 2500 yen.
 J'ai participé à ce après l'escalade.
 Le reataurant est trés fréquenté avec des grimpeurs et des villager.
 A Horigawa village le dépeuplement avanse, les gens sont à la baisse.
 Pourtant, les gens sont de bonne énergie.
 Tenir le banquet comme ça sur une base régulière, C’est un amusement très pour les villager.

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耐暑登山:夏の大崩山

 7月は連休も使って、阿蘇望に備えての耐暑トレーニングをやっていたのだが、本番の阿蘇望をDNSしたため、その努力は空回りに終わってしまった。
 耐暑トレーニングはそれなりに効果があり、エアコンを28度で設定しても問題なく感じられるまで、暑さへの耐性はついたのであり、それで九州電力の節電に微力ながら協力はできているのであるが、…これだけではなにか勿体ない。
 酷暑のなかの努力で獲得した暑さへの抵抗力を何かに使わないと、降り上げた拳の下ろしようがないというか、せっかくのトレーニングが無駄になってしまう。

 では、阿蘇望の翌週の週末、天気も良いようなので一人で阿蘇に行って、阿蘇四峠越えをtryしてみようかと、ちらりとは考えたが、阿蘇望のようなものは、あの馬鹿らしいことを多人数でやるからいいのであって、一人でやっては面白さ半減だし、それにたぶん途中で心が折れる。

 というわけで、耐暑登山として大崩山に登ることにした。
 基本的に南九州の山は夏はオフシーズンになる。九州の山は長野のように標高がないので、高く登ったところで気温はさして下がらない。そして日差しは強く、稜線上で直射日光を浴びて行動すると、下手すれば熱中症にもなりかねず、だいたい登っていて全く楽しくない。それゆえ私は九州の夏山は登ることなく過ごしている。
 けれども、少しは暑さに耐性ができた私ならば、夏の大崩山に、それなりの楽しさを得ることも期待でき、一度は登ってみようと思いついたのである。

 8月最初の週末。
 予報では晴れだったのだが、当日には曇り時々晴れになっている。
 そして前日までは宮崎は35度を超える猛暑日が続いていたのに、本日はそこまではいかず30度を超える程度の夏日になっていた。それゆえ、暑さはそこまで過酷ではなかったけれど、…それでもやっぱり暑いわな。
 登山口に着けば、車が10台ほど止まっていた。世の中には物好きが多いなあと感心したけど、あとで分かったのだが、このうち半分ほどは渓流釣りと、あるいはボルダリング(岩遊び)をする人たちの車であった。

【祝子川渡渉部】
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 祝子川を渡渉して、ワク塚尾根へと向かう。
 流された橋のかかっていた岩にロープが新たに設置されていた。
 …この岩って橋が無ければべつだん登る必要はないし、あんまり意味ないのでは?

【小さな淵】
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 登山道沿いの小積谷の沢には、ところどころ淵があるが、そこをよく見てみると、山女が幾匹も泳いでた。
 沢が枯れたところから尾根へ取りつくが、それからがまたさらに暑くなる。
 物理的にいつもの2倍の汗をかいて、なんとか稜線上へと出た。

【袖ダキ展望台】
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 袖ダキ展望台に出た時は、空は薄曇りになっていて、また風も吹いていたので、涼しさを感じた。
 そして、袖ダキ展望台の岩は今まで日光の直射を受けており、さわってみればよい加減にポカポカに温まっている。風を受けながら寝ころぶと、これはいい気持ちだ。思わずそのまま眠りにおちてしまいそうになるが、油断すると気付いたときに日が暮れる危険もあるので、寝っころがるのはほどほどにして、下ワク塚へと向かう。

【下ワク塚】
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 下ワク塚へと登れば、先行していた3人組が休憩していた。
 この温もった岩がやはり気持ちよいらしく、岩を寝床に昼寝中である。
 今の時期、大崩山の岩は、冬のコタツなみに眠りを誘う道具となるみたい。

【坊主尾根】
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 下ワク塚からはりんどうの丘経由で坊主尾根を使い下山。尾根に入ると、風の通りが悪くなり、また暑さが戻って来る。
 この尾根で単独行者2名を追い抜いたが、二人とも汗びっしょりで、疲労困憊という感じで下っていた。まあ、今の時期、今の時間に登ればそうなるであろうな。
 私は耐暑トレが効いていたらしく、彼らよりは余裕をもって下れたが、それでもやはり暑さは身体にこたえ、渡渉部に近づき川の水音が聞こえてきたときには、「ああ、ともかく早く川で顔を洗いたい」といつもは思わぬことも思った。やはり夏の大崩山はハードなのである。

【山荘前渡渉部】
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 そういうわけで、ようやく着いた山荘前の祝子川の水は、冷たく、清らかで、これで顔を洗えば、たいへんに爽快であった。

【大崩山 夏の花】
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 夏の大崩山。暑さと、岩の温かさが印象的であったが、普段見ない夏の花を見ることができたのも収穫であった。
 上がイワタバコで、下がシコクママコナ。
 大崩山名物のアケボノツツジやササユリのような華やかさはないものの、これはこれで可憐な花であり、夏の風物詩として、大崩山の魅力の一つになるものであろう。


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 Résumé(まとめ)

【Mont. Okue】
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 Mont. Okue dans la partie nord de la préfecture de Miyazaki est géant palais que tient dans la granit. Par la beauté de la roche et la richesse de l'environnement naturel , on considére le comme la plus belle montagne de Kyushu.
 L'été de cette année, j'ai grimpé à Mont. Okue.
 Bien que la chaleur était dur, quand j’ai arrivé à la ridge ligne et vu le panorama, je trouvais que ma épreuve a été recompesé.

【Simowakuduka: petit pic】
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 C’est Simowakuduka que est un petit pic sur la ridge ligne de Mont. Okue.
 Les grimpeurs ont un repos.
 Roche est chauffé par le soleil, ainsi les sont douce comme des literies que s’ exposent au soleil.
 Dormir sur les rochers dans le frais vent que se léve à la ridge ligne est très agréable.

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August 02, 2013

立原道造「のちのおもひに」を読み返す

 映画「風立ちぬ」を見てから、堀辰雄の「風立ちぬ」をひさしぶりに読み返し、その流れで当時のいわゆる「軽井沢文学」も読み直している。
 そのなかでもとりわけ立原道造の詩は、いつ読んでもその清新さが印象的であり、その瑞々しさはいつまでも残っていくものだと実感した。
 ただし、年月を経てから読みなおせば、詩は同じでも、読んでいる当人は変化しているわけで、今回読んでみて、以前気付かなかったものも見えて来た。
 立原道造の詩は、抒情豊かで、端正なものであるが、また繊細すぎるところもある。私は、その詩のいくつかに弱々しさを感じ、この夭折した天才詩人について、「こういう弱々しい詩を作るから、早死にするんだよなあ」などと失礼な感想を抱いたことがあった。今読みなおせば、全然そういうことはなく、どころか彼の病弱な身体には、一本の強靭な精神が貫かれていたことも知った。
 昔の私の粗忽な面への反省はともかくとして、立原道造の詩の魅力について書いてみたい。

 今回は一遍の詩を紹介するが、それはて、立原道造の詩のなかでも傑作として知られる、「のちのおもひに」である。

 
  ……………………………………
 
のちのおもひに  立原道造 「萱草に寄す」より               

 夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
 水引草に風が立ち
 草ひばりのうたひやまない
 しづまりかへつた午さがりの林道を

 うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
 ──そして私は
 見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
 だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた……

 夢は そのさきには もうゆかない
 なにもかも 忘れ果てようとおもひ
 忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

 夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
 そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
 星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

  ……………………………………


 美しも、哀しい調べで書かれている詩である。
 端正なソナタ形式で書かれてこの詩、三節までは分かりやすい語句で書かれている。またこの詩は作者の実 体験に基づくものであり、作中の「島々」「岬」「日光月光」は、具体的にどこのものかも同定されている。
 この分かりやすい詩は、しかし、第三節で語句の重ね合わせで、詩の勢いが高揚したのち、第四節で突如突き放すように転調される。

 「夢は、真冬の追憶のうちに凍るであらう

 第四節は美しい詩であるが、難解ではあり、多くの解釈は可能である。
 私は以前はこの象徴詩的技術を使った部分は、今までの懐かしい思い出を、心に永遠に残すべき結晶化のように解釈していた。
 今思えば、ずいぶんと甘い解釈であったと思う。

 今この詩を読むと、死に近き病床の人の辞世の詩にしか思えない。
 (だいたい「のちのおもひに」という題名からして、ネタバレみたいなものであった。)
 作中使われている「夢」という言葉は、「魂」と置き換えてもよいであろう。動くこともままならず病床で死を迎える作者は、自らの魂を、かつて自分が愛したところへ彷徨させ、自分との別れを物語らせる。その哀悼の彷徨を終え、魂が行き場を失ったとき、魂は凍りつくのである。すなわち、死、である。
 生と死を隔てる扉から、魂は生の場より退場する。その先の世界は、寂寥に満ちた星くづに照らされた道であった。

 ここで語られているのは、作者自身の死である。
 作者は率直に自身の死を見つめ、自らの死の床を想像し、自らの死そして死の世界を考え、それらを表現する言葉を磨きぬき、完璧な詩に昇華させている。その徹底した冷徹な作業を行う、若き作者の精神の強さに、私は慄然とする。

 名作というもの、年を経れば、見えてくるものはまた違ってきて、新たな魅力を知ることができる。
 しばらくは、読書は古典を中心にしてみようと、近頃思った次第。


Wasurena

立原道造 萱草に寄す 
 

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「風立ちぬ、いざ生きめやも」は誤訳とはいうけれど。

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 堀辰雄の小説「風立ちぬ」の冒頭近くで語られる有名な台詞「風立ちぬ、いざ生きめやも」。これは美しい響きの言葉であり、印象深い句なのだが、誤訳であることでもよく知られている。

 「風立ちぬ」の巻頭には、ヴァレリーの詩の一節「Le vent se lève, il faut tenter de vivre」が引かれていることから、「風立ちぬ、いざ生きめやも」はそれの翻訳であることは明らかではある。
 原詩のほうは、一般的によく使われるフランス語の言いまわしで、特に難しいものではない。英語に訳すと、「The wind is rising, you should try to live」くらい。後ろの句の主語は本来はweなんだろうけど、この句は自分に言い聞かすような言葉なので、youのほうがいいとは思う。
 それで和訳すると、「風が起きた、生きることを試みねばならない」の意味となる。要するに、吹いた風を契機に、著者の「生きるぞ!」との決意を現わしているのである。

 ところで、堀辰雄はここの部分を、「いざ、生きめやも」と訳している。「生きめやも」は「生き+む(推量の助動詞)+やも(助詞『や』と詠嘆の『も』で反語を表す)であり、現代語になおすと「生きるのかなあ。いや、生きないよなあ」となる。ダイレクトに訳してしまえば、「死んでもいいよなあ」であり、つまりは生きることへの諦めの表現である。
 「生きめやも」を逆にフランス語に訳せば、Vous ne devez pas tenter de vivre.…ではあんまりだから、やんわりとVous n'avez pas à tenter de vivre.くらいになるだろうけど、いずれにせよ、己の生への強い意志を詠じた原詩とはまったく反対の意味になってしまう。

 それゆえ、堀辰雄の「いざ生きめやも」は誤訳の典型として知られてきており、例えば大野晋、丸谷才一の両碩学による対談で「風立ちぬ」が取りあげられたとき、両者により、堀辰雄は東大国文科卒のわりには古文の教養がないと、けちょんけちょんにけなされている。

 ただ、誤訳といえば、誤訳ではあろうけど、私は小説「風立ちぬ」では、「生きめやも」でもいいと思う。

 結核に冒された人達の生活を描いたサナトリウム文学を代表として、結核患者が著書の作品には独特の世界が広がっている。
 結核は抗生物質のある現代では治療の方法のある感染症の一つであるが、20世紀前半までは、効果的な治療法のない死病であった。今の感覚でいえば、末期癌のようなものであり、これに罹ったものは、自身の命を常に見つめて生きていくことになる。

 それゆえ、結核患者の作品は、短く限られた命を真摯に見つめ、その貴重な時を文章に凝集させていくため、清明でありながら密度が濃い、独自の文学を創造している。
 彼らの残した作品は、堀辰雄をはじめ、梶井基次郎、立原道造、富永太郎、…と日本近代文学の珠玉の宝物となっている。

 そういった人たち、毎日死と向き合っていた人たちの作品として、「風立ちぬ」を読んでみれば、季節の移り変わりに吹いた風に、「生きよう」という意思が立ちあがるとは思えず、季節の流れとともにこのまま静かに命が消えても、という感慨が起きても不思議ではなく、かえって自然な感情とも思える。
 元々「風立ちぬ」は軽井沢の療養所で、死を迎えいく若い男女の、残された日々の静謐な生活を描いたものであり、「il faut tenter de vivre」という能動的な精神はどこにもなかった、と思う。

 ヴァレリーの原詩では、いくつもの魂の眠る墓地に地中海から風が吹き付け、そこで著者は「生きねばならない」という強い意思を抱くわけであるが、軽井沢の森に吹いた秋の訪れを知らせる風は、地中海の風のようにある意味精神を鞭打つような剛毅なものとはほど遠く、もっと人の心に寄り添うような、人に赦しを与えるようなやさしいものであったには違いない。それゆえ堀辰雄は、吹く風にヴァレリーの詩を想起したとき、敢えてあのように訳したのでは。

 「風立ちぬ」という不朽の名作につきものの誤訳問題。
 いろいろと意見はあるようだが、私は堀辰雄を擁護したい。


 風立ちぬ 堀辰雄著

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August 01, 2013

映画: 風立ちぬ

Kazetatinu

 美しい、ただひたすらに美しい映画である。
 もうこれは絶対的に映画館の大画面で見ないと、人生大きな損をしてしまう、そういった映画だ。

 宮崎駿監督の5年ぶりの新作。
 近年は深い思索がゆえに、混乱、停滞気味な筋を強引に結末に持っていくような映画の多かった宮崎アニメであるが、今回の作品は、舞台は波乱万丈の世の中なのであるが、そこに一本の筋が通っていて、その筋に沿って話は流れていき、よどむことがない。ゆえに分かりやすく、感情移入しやすい映画である。
 そして、その一本の筋とは、「短い人生のなかで、人はひたむきに生きて行く」というものであり、作中登場する人々全てが、激動の時代のなかで、精一杯の人生を送っていき、その姿が人の心をつよくとらえる。

 この映画は、明らかに今までの映画とはトーンが異なっており、そしてこれはプロデューサーが宣伝で言っていたように、宮崎駿の「遺言」的な位置にあるがゆえと思われる。

 まあ、宮崎駿という人は日本で最も元気な老人ではあるし、どころか今の若い者100人が束になってもかなわないエネルギーの持ち主ではあるので、「遺言」という言葉には最も似つかわしくない老人なのではあるが、それでも齢70を越えれば、そこで見えて来た世界があったということなのであろう。

 宮崎駿はアニメ界の先頭をずっと突っ走っていて、日本どころか世界に影響を与え続け、アニメは宮崎以前と宮崎以後で変貌を遂げたという、手塚治虫以来の偉人なわけであるが、70歳を超え、老境にいたり、この映画の作成にあたって走り続けてきた自分の足をしばらく止めた。そこで自分のやって来たこと、自分の生きて来た世界と人生、それを俯瞰する。それは厳しくも辛くもあったが、それでもそれがあることへの感謝、それに愛情が、振り返れば湧き起こってくる。宮崎駿はその感情を、スクリーンいっぱいに注ぎ込み、哀しきまでに美しいシーンに満ちた映画がつくられた。一つ一つのシーンがすべて非凡であり、生々しく、心を打つ。

 映画のラストシーンはじつにじつに美しい。
 蒼天に吸い込まれていく零戦の編隊、大地いっぱいに広がる大草原、そこを吹き抜けていく風、…
 全てをやり遂げたような主人公の前に、しかし、言葉が投げかけられる。

 Il faut tenter de vivre !

 この台詞、原文で最初の方に出てきたが、この映画のキモのような言葉なのであり、しかし無理に日本語に訳すと長くなりすぎるので、「生きて!」と訳されていたけど、敢えて訳せば、「お前は(より良く)生きていかねばならない」の意味。

 人が生きることの最高の喜びは、世のため、人のために尽くすということであり、そしてそれは生きている限り終わりはない。

 宮崎駿という、人生を全速力で駆け抜けてきた人は、老境にいたって立ち止まったとき、いろいろと考えることはあったのかもしれないが、そのとき本人の心に響く声は、「Il faut tenter de vivre !」 (訳その1「生きて!」 訳その2「もっともっと映画をつくって!」)だったのであろうし、そして彼の映画を愛する人たちの声は皆そうであったであろう。


 「風立ちぬ」。
 宮崎駿という稀有の個性が存在する時代に生きられた私たちの幸運を改めて実感できる映画である。

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 風立ちぬ 公式サイト

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