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April 07, 2013

絵画:フランシス・ベーコン

 20世紀の画家ではフランシス・ベーコンは重要な位置を占める画家なのだろうけど、図柄から広い人気を博すようなものではなく、マイナー系あるいはオタク系の位置に甘んじているところがある。
 そのベーコンの大規模な展示会が開催されているとのこと。たぶん、もうそのような展示会が開かれることはないであろうから、せっかくなので見に行ってきた。
 もっとも、私はベーコンの、なんでもかんでも捻じり上げたような人体の絵は好きではなく、目当ては枢機卿のシリーズである。

【ヴェラスケスの教皇インノケンティウス10世の肖像による習作】
Ino10_3

 ヴェラスケスによる「インノケンティウス10世肖像」をモチーフにして描かれた連作のうち、最も有名な絵。
 ただし、今回の展示会には出品されていなかった。ちょっと残念。

 この絵は、誰でも初めて見たとき、強いショックを受ける、印象的な絵であろう。
 上方から垂直に降り、下方で四方に弾ける金色の光線に打たれ、そこに座る人物は、恐怖と苦痛の叫び声を上げている。大きな叫び声が聞こえてきそうな臨場感、そしてその絶望感がじかに迫って来る迫真性。
 な、なんなんだ、この絵は!
 とあきれ、絵の前から後ずさりしてしまいそうになるくらい、刺戟の強い絵である。

 ただ、この刺戟は、いわゆる「俗な」、一回やれば馴れてしまうたぐいのもので、2度3度見て、その刺戟性が薄れてしまえば、この絵もあんがいつまらなく感じられてしまう。
 じっさい、ベーコンも一時期は憑かれたように描き続けていたこの「叫ぶ枢機卿」シリーズも、ある時期突然に興味を失い、それからは少しでも似たモチーフのものは描かなくなっている。

 それについては、展示会で上映されていたインタヴューのビデオで、枢機卿シリーズを描かなくなった理由を問われ、ベーコンは「元絵が完璧すぎ、何をどうやっても、どうもならなかったから」みたいなことを言っていた。

 その元絵、

【教皇インノケンティウス10世の肖像】
Vel_inno10_2

 この絵は、人類がその絵画の歴史のなかで持った、何百万、いや、何千万、何億といった肖像画のなかで、最も偉大なものの一つである。
 ヴェラスケス自体が、絵画の歴史のうち、画家トップ10内には必ず選ばれる偉人であり、その偉人の画業のなかでも、最高に属する作品であるからして、優れているのは当たり前なのだが、それにしてもこの絵は素晴らしい。
 色彩、構図、構成、すべてが完璧である。

 …ただし、完璧と言っても、人好きする絵であるかどうかはまた別問題だ。

 ヴェラスケスは描写力が抜群に長けていた人ゆえ、この絵、モデルとなった人物の精神性もあますことなく表現している。
 そして、その精神性であるが、教皇という特殊な立場の人が持つべき聖性が微塵も感じられないのはどうしたことか。
 もちろんカトリック教会のトップに立つものとして重要な、意思の強さとか、精神力の逞しさとかは十分すぎるほど持っているのは分かるが、さらに感じられるものは、意地の悪さとか、残忍さとか、狡猾さとかであり、この人物が教皇に登りつめたのは、決してその聖性や慈悲性ではなく、権謀術数によるものであることまで分かってしまう、そこまで描かれた深い絵だ。
 じっさい、インノケンティウス10世はそういう人物であった。

 ベーコンによれば、彼にとっての暴君であった父が、この絵のインノケンティウス10世によく似ていたそうだ。それで父を罰するために、父の代理であるインノケンティウス10世を罰する絵を描いたとのこと。フロイト的には分かりやすい話だ。
 ただし、それも話半分のような気はする。
 絵をよく見れば、ベーコンの矢である金色の線は、じつは画面中を飛び回っており、一部は椅子と同化して画面からはみ出ている。ベーコンの罰したかったものは、中央の人物ではなく、絵全体である。それならば、攻撃の的はあの完璧な絵であるヴェラスケスの元絵であり、さらにはヴェラスケスその人であると考えるのは、べつに間違ってはいないだろう。ベーコンには、この完璧な絵、そしてそれを描いた画家が、許せない、そういう激情があったのでは。
 しかし、その憎悪に等しい激情は、さらには我が身にも返ってくるようである。
 この絵は、眺めていると、罰していたはずの自分がいつのまにかこの絵のなかに連れ込まれ、自らが中央の椅子に座っている人物となり、金色の光線に貫かれ、叫び声をあげる羽目になってしまう。そういう不気味さがある。展示展に行くと分かるが、ベーコンの絵は、ガラスを使って、絵と自分を一体化させる、そういう凝った仕掛けがしてある。

 こういう他者への攻撃が、自分にも返って来る、無限ループのような苦悶が、枢機卿シリーズ以外の絵でもえんえんと感じられ、どの絵を見ても、なんとも疲れる展示会であった。

 そして私はただ精神的に疲れるだけの立場であったが、なかには肉体的にもその疲れを感じたい人もいるようであった。
 展示室一つをまるまる使って、「ベーコン的肉体の絵画表現」を肉体そのものを使ってダンスしているビデオを上映している部屋があった。そこでのダンスは、自らの身をあらぬ方向に折り曲げる奇々怪々なものであり、たしかにベーコンの世界そのものであった。

 フランシス・ベーコン、奥が深いが、やっぱりあんまり好きにはなれない画家だな。

 …………………………………

 フランシス・ベーコン展 公式サイト

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