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January 2013の記事

January 27, 2013

祖母山ミステリ(3) 宮原登山道渡渉部の迂回法

 ミステリー小説において、トリックは重要な要素であり、トリックの本質を知ることにより、謎解きを行うことができる。
 ミステリー小説は100年以上の歴史を持ち、トリックの分類もあらかた出来ている。そのトリックの代表的なものとして、(1)物理トリック (2)心理トリック (3)アリバイトリック (4)密室トリック (5)叙述トリック 等あり、…これらを詳しく説明していると、いつまでたっても終わらないので、そういうものがあるということを述べただけで、ここはいったん終了。


 さて、以前に祖母山の登山記事をネットで検索していると、大雨の祖母山で下山できずに大変な目にあったという記事をみつけた。
 それを読んで、私は「なるほど、これは祖母山ミステリだな。そしてその登山一行は心理トリックにはまってしまったのだな」と思った。
 今回、私はこの祖母山ミステリについて記述、考察し、そして解答を提示したいと思う。

 その登山記事は、以下のような行程となっていた。
 (1)梅雨の時期、7人組のパーティが黒金尾根経由で祖母山山頂に到着した。
 (2)登頂後、宮原経由で下山している途中で、大雨が降って来た。
 (3)下山もほぼ終了し、登山口まであと10分ほどのところで、小さな沢の渡渉部が増水しており、渡れなくなっていた。

【宮原登山道渡渉部】
1

 ちなみに、これが宮原登山道の渡渉部である。
 普段はこのように水量の少ない沢である。
 赤線が渡渉するライン。

【地図 図説】
Photo_7

 (4)の状況を、簡単に図説する。
 登山口がすぐそこである渡渉部を前にして、パーティは困ってしまった。
 なんとかして下山しないといけないのだが、この増水した渡渉部を通らずに、登山口まで着く方法を考えねばならない。
 祖母山ミステリ「宮原登山道渡渉バージョン」である。

 そして、パーティがどのような解決法を試みたかということを、先の記事を進めて示す。

 (5)宮原登山道には林道を行く旧道がある。ここに行くには300mほど登り返す必要があるが、上部の道なので、旧道の途中に一ヶ所ある渡渉部も水量が少ないから渡れるだろうと判断。大雨のなか、旧道を登り返した。
 (6)しかし、なんということか、こちらの道も渡渉部は大量に増水しており、渡れなかった。この時点で本日の下山は断念した。
 (7)下山後は旅館での宿泊を予定していたので、連絡をいれないと遭難騒ぎになってしまう。しかしこの場所は携帯電話の圏外であった。
 (8)パーティは稜線近くまで移動し、宿に連絡。そして、一部は九合目小屋まで行き宿泊。残りのものはビバークとなった。大雨のなかのビバークは大変であった。
 (9)翌朝下山すると渡渉部の水は引いており、無事に渡渉することができた。

 という顛末であった。
 大雨のなか苦労して下山し、あと一歩で登山口という所までたどり着き、あとは宿で宴会だ、というモードからの、いきなりの難行苦行の展開は、まったく辛かったことであろうと同情するばかりである。

【パーティの行動図】
Photo_3

 パーティの行動図を図に示すと、以上の通り。

【パーティの行動図2】
Photo_4

 先のは平面図だが、立体的に示すと、以上のようになる。
 祖母山にいったん登って下山したのち、大雨のなか1000mも登りなおすなんだから、まったく大変な登山だったであろう。

 この「宮原登山道渡渉部が増水のときに、どうやって下山したらよいのか?」という祖母山ミステリに対して、結局このパーティは解答を出すのに失敗したわけだが、これは心理トリックに引っ掛かったんだな、と私は思った。
 祖母山ミステリが提示されたときの図を再掲する。

【祖母山ミステリ】
Photo_9

 この状況でいかにして下山するかだが、このパーティは祖母山をよく知っていたようだ。そのため、
 (1)宮原登山道にはもう一つ旧道がある。
 (2)いざとなれば祖母山山頂を越えて黒金登山道側から下山することができる。
 という知識を持っていた。
 そのため、その知識に従い、結果的には誤った選択をしてしまった。
 祖母山を知り過ぎていたために、心理トリックに引っ掛かってしまったのである。

 ところがもし、祖母山を知らぬ人がこの状況に陥ったとする。
 そうなると最初にすることは、地図を開いて、ルートを検討することである。
 上に示した地図を、祖母山の知識のない、真っさらな頭で、ルートを探してみよう。
 そうすると、案外と容易に解答は見えて来るのではないか?

 というわけで、読者諸氏は、しばし考えてください。

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 それでは、この祖母山ミステリの解答編を示します。


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【祖母山ミステリ解答編】
Photo_14

 正解は、黒の矢印である。
 あまりに普通過ぎるようであるが、ミステリの解答なんて、本来はこのようなものだ。
 単純にして簡単なものが、だいたいは正解なのである。
 厳密にいえば、この迂回路は、川沿いの一部が崖になっているので、直線で行くのは難しく、いったん尾根に登る必要はあるのだが、正解のキモである「黒金尾根登山道に合流する」という意識さえあれば、どうやっても着くはず。

 そして、じつはこの迂回路は、ちゃんと登山道になっており、無理に直線で行く必要もない。具体的には、下のようなルートになる。

【宮原登山道渡渉部迂回路】
Photo_13

 このルートは、宮原登山道を登ろうとして、渡渉部を渡れなかったときにも使うことができ、けっこう応用度の高いルートである。

 そして、前回祖母山に登ったとき、このルートの写真を取って来たのでそれを紹介。

【黒金登山道への分岐】
2

 渡渉部からは、下りてきた登山道をもう一度登り返す。
 すると、すぐにこの分岐点がある。
 ここはロープが張られているが、それは「立入り禁止」というわけではなく、こちらに行くと別の登山道に入ってしまうから、それを防ぐためのものである。

【迂回路1】
3

 ロープを越えて道に入ると、赤テープがきちんとつけられているので、それに従って歩いていけばよい。

【迂回路2】
4

 歩くこと数分で、大野川が左手に見えて来る。ここで、川原まで下りて行こう。

【大野川川原より】
5

 川原につけば、上流に黒金尾根登山道の第二吊り橋が見えて来る。

【第二吊り橋】
6

 あとはこの吊り橋を渡るだけである。もうここは正規の登山道だ。


 祖母山は水の多い山なので、梅雨や台風のときは沢の渡渉が問題となる。いろいろと整備はされてはいるものの、黒金尾根方面ではまだ渡渉問題は解決されてはいない。しかし、宮原登山道では、これは解決されている。
 そして、本当は解決されているはずの問題が、心理トリックにはまり、下山できなかった人達もいることを知り、山というのは、やはり難しいなあとも改めて感じた。

 これからも宮原登山道渡渉部で途方にくれる人が生じるだろうけど、その際、このサイトが役に立てばとも思ったが、…あそこは電波が通じないので、その時には役には立ちませんな。
 しかし、まあ、降水が予想されるときに祖母山に登ろうと計画した人が、渡渉の件について事前に調べるとき、このサイトがその一助になればとも期待いたします。

 本来は、祖母山の情報については、小屋番さんの祖母傾最新情報が一番詳しくて、この迂回路も載っているのだが、(→ここ)、リンクが複雑すぎてたどりつきにくいからなあ。


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 祖母山ミステリ「消えた登山者の怪」
 祖母山ミステリ(2)「長ハシゴの謎」

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January 26, 2013

雪の祖母山

 1月26日土曜日の宮崎県の天気予報は、平地部は晴れだが、山岳地方のみ雪という変な予報。
 この季節は山が最も美しいので、せっかく晴れているのなら山に登らねばもったいないが、着いたら雪が降っていたというのも感心しない。
 どうしたものかとは思ったが、外は晴れているし、とりあえず行ってみた。

【尾平から見る祖母山】
1_2

 車での走行中、平地部はたしかに晴れていたが、山に近づくとだんだんと雲がでてきた。
 そして尾平に着き、見あげる祖母山は、稜線部が雲に覆われていた。予報を信じるかぎり、あれは雪雲であり、稜線部には雪が降っていると思われる。
 ならば、登っても見晴らしなどまったく利かないわけで、あの稜線を歩く気がまったく失せてしまった。
 でもまあ、せっかく登山口まで来たので、祖母山山頂には登ってみよう。

【登山口】
2_2

 ところで、本日の登山口の駐車場は車は一台も止まっていなかった。
 この天気予報では、誰も祖母山に登る気が起きなかったとみえる。
 ただし、ということは尾平から登るのは私一人だけなので、これは誰の足跡もない雪道を登れるわけで、これはこれで幸運なことである。

【登山道1】
3_2

 標高1100mを越えたところから雪道となり、それは目論見とおり、誰も通っていない新雪なので、気持ちよく雪を踏んで登っていける。
 そして、宮原を越えると、登山道のわきのクマザサが雪に倒れて、登山道を覆っている。それでクマザサを踏みつけながら歩かねばならないわけだが、生きているクマザサの上を歩くのは、少々心苦しくなるものがあった。

【登山道2】
4_2

 岩稜帯の馬の背まで来た。
 尾平から見た風景通り、この高さまで来ると、雲が稜線を覆っており、小雪も降っている。
 岩と雪と霧氷の、硬く、峻厳な世界。
 冬の登山者だけが見ることのできる、非日常的世界である。

【登山道3】
6

 九合目小屋から山頂までの道は、雪がふきだまるところであり、雪の量も多い。
 霧氷もびっしりついていて、一面雪と氷の世界。

【祖母山山頂】
5_2

 祖母山山頂は当然のことながらガスに覆われており、展望はまったく利かず、「登りました」というだけの登頂になってしまった。
 山頂にはテントが一張り。
 本日は尾平からは私だけが登っていたのだが、北谷方面からは2名が登っていて、そのうちの一人が山頂にテントを張っていた。真冬に、こんな風の吹きっさらしの気象条件の厳しいところにテント張らんでもとは思うが、テント主は山岳ガイドの人であり、冬の特訓として登ったとのことらしい。
 今の時期は、北谷の風穴ルートは、一部氷壁化しているので、相当にハードなコースとなっているので、冬期のトレーニングとしては適しているようだ。

【テント場】
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 北谷からの登山者のもう一名は、普通に九合目近くのテン場でテントを設営。
 風穴コースを通って来たので、見てのとおり、ハーネス、登攀具満載の重装備である。
 祖母山もコースによっては、これだけの装備は必要なんですね。
 もっとも、結局登攀具のたぐいは使わずに済み、ピッケルだけでなんとかなったとの話ではあったが。

【尾平】
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 下山して、尾平から祖母山を見ると、だいぶと雲がはれていて、稜線の大部分が顔をのぞかせている。
 もう少しばかり天気の移りが早ければ、祖母山から素晴らしい展望を楽しめたはずだが、まあこればかりはしょうがない。

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January 20, 2013

新年走行会 三社参りポタリング

 平成二十五年、田中サイクルの最初の走行会は延岡三社参り。
 春日神社→今山神社→小山神社の三社を回る25kmほどのポタリングである。

【春日大社】
1

 桜の名所、春日神社。
 たぶん延岡では一番大きい神社。

【今山八幡宮】
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 ここに至る蓬莱山の坂は、かなりの劇坂。
 女性陣は押して登る人も。
 延岡の中心地にある今山は、寺院の今山大師もあり、神仏習合の山である。
 今度のサイクリングに宮崎市から自走で初参加されたE氏は、なぜ今山大師のほうに誰も行かないのだろうという感じで、こちらのほうに寄っていた。私が、「こっちの建物のほうが立派ですけど、これはお寺なんです」と、いちおう説明をしておいた。

【小山神社】
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 民家の奥、細い路を行ったところにある、知る人ぞ知る、という感じの小山神社。
 急な階段を上り下りしてお参りをするが、みなさんクリート付きなんで、けっこう苦労していた。神社参りに、なにもSPD-SL履いて来なくともと思わぬこともないが、そこがまあサイクリスト魂というものでしょうな。

【祝子川沿い】
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 祝子川沿いの堤防の道は、向うに行縢山も見えて、たいへん眺めのよい道である。
 好天のもと、快適に自転車を進めて行く。

【餅つき】
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 三社参りが終わり、田中サイクルに戻ったのちは、餅つき。
 田中サイクルの新年の恒例行事だそうだ。
 なぜ1月に餅つきかといえば、べつにたいした意味はなく、年明けらしく活気があっていいだろうとのことで始まったそうだ。

 奥のほうでは炭火で、焼き鳥、焼き肉に加え、つきたての餅が焼かれていく。

 自転車走行後は、よく遊び、よく食べ、よく飲むというのが田中サイクルのいつもの楽しきスタイルである。



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January 19, 2013

ツルツルの大崩山

 年末年始、日本全国に大量の雪が降り、当然に九州にも降ったが、そのあとはたいした雪は降っていない。それでも気温は寒いので、まだ雪は残っていることを期待して大崩山へと登ってみることにした。

【祝子ダムから見る大崩山】
1

 祝子ダムから大崩山を観察。
 残念ながら雪はあまり積もっていないようである。
 それで車に積んではいたものの、ピッケルと前爪アイゼンは役に立ちそうにないので、持っていかないことにした。
 …そのせいで、あとでえらい目にあってしまった。

【小積ダキ】
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 祝子川渡渉点から見る、小積ダキの威容。
 本日は空気も澄んでいて、この巨大な岩の塔が、鮮やかによく見える。

【袖ダキ展望台より】
3

 大崩山を象徴する眺め、袖ダキより眺める下湧塚、それに小積ダキ。
 左側にある小積ダキの岩壁は凍っており、巨大な氷壁をなっていた。

【袖ダキ登山道】
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 下部が崩壊した袖ダキの登山道に寄ってみたら、…なんと凍っていた。
 下部が崩壊していようがいまいが、こんなツルツルの岩は歩行不能である。

【下湧塚へ】
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 袖ダキから下湧塚への登山道は、雪が吹きだまって来るところなので、雪の多い時期はたいそう積もるわけだが、せいぜい5~10cmの積雪であった。

【下湧塚】
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 下湧塚に取りつき、稜線の岩稜帯に上がるところがここであるが、岩一枚の表面がツルツルに凍っている。
 これは大変だ。
 今回は前爪なしの6本爪アイゼンを装着していたため、氷壁を登るときのスタイル、前爪を打ちこみながらの登り方が出来ない。しかたなく、横爪に氷を引っかけながらの、変な登り方をしないと上に身体を持ち上げられず、安定がたいへん悪い。しかも、支点のロープも凍っており、これもツルツルで信頼おけない。

【下湧塚岩稜】
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 ツルツルの岩をなんとか乗り越え、下湧塚の岩稜部へと出た。
 ここは展望の良く利く、高度感抜群の気持ちのよいルートなのだが、ここの岩も凍っていた。
 この岩は、ここから左側に滑り落ちると、100%命はないので慎重に進んでいった。

【中湧塚】
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 下湧塚から中湧塚に登ると、ここも当然凍っていた。そして、中湧塚からいったん上湧塚へ向けて降りるルートも、ツルツルに凍っている。
 下湧塚と違い、こっちは下りのルートなので、さらに難易度が高い。
 ここも苦労して降り、…さてこの後どうするかだ。

 普通に行くなら上湧塚へ出て、それから坊主尾根を降りて行くのだが、あちらのルートは、凍っていたならさらにハードそうな岩がけっこうある。
 小積ダキ分岐から降りたところの巨大な一枚岩や、坊主岩周囲の岩稜帯などなど。

 今回は明らかに装備に不備があるので、本日の登山はここで終了として、麓のトラバースルートを通って下山することにした。

【登山道分岐】
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 というわけで、下湧塚方向へと向かう巻き道を行くことにする。
 この道は、樹林帯のなかにあり、岩は出てこないから、まあ問題ないだろうと思ったのだが、…そうはいかなかった。

【凍った沢】
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 この巻き道、だいたいは樹木のなかにあるのだが、途中、3本ほどの涸沢を越えるところがあり、そこが凍っていた。
 まあ、水平方向のトラバースだから6本爪アイゼンでもなんとかはなるのだが、それでも2点支持で氷壁をトラバースするのは、たいへん心臓に悪い。足を片方上げたところで、誤って滑ったら、一挙に氷の沢を滑り落ちて行くことになる。
 ここでピッケル一本あれば、安心感は全然違うのだが、…まったく後悔先に立たずである。

【下湧塚分岐】
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 そんなこんなで、進退きわまった目にも少々あったりしたが、なんとか3本の沢を越え、下湧塚分岐の安全地帯まで到着。
 ほっといたしました。
 いやはや、このルート、凍った岩稜帯よりも、よほど神経と技術を使ったわい。ここは、冬期は通行不可にしたほうがいいんじゃない、と思ったほどの難易度。

【乳房岩】
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 帰りの下山路で、乳房岩にも寄ってみた。
 やはり凍っており、登るのは不可能であった。


 本日の登山は、雲ひとつない好天で、空気も澄んでおり、眺めは抜群であったのだが、眺めを楽しむほどの余裕は途中でなくなり、それからはいかに安全に大崩山を脱出するかしか考えられぬ、なんとも反省点の多いものとなってしまった。

 大崩山は、学ぶこと多き山である。

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January 06, 2013

朝食@冬の美山荘

【雪、つらら】
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 寒い地にある美山荘であれど、当然暖房は利いているし、布団にはカイロも用意されていたので、なんら寒さを覚えることなく夜を過ごし、朝起きて外を見ればやはり雪の世界。つららも屋根から下がっております。

【雑煮】
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 昨日の夕食で御節が出たので、まだ美山荘は正月ムードと思ったが、やはり朝は雑煮が出てきました。
 京都田舎バージョンというわけでなく、丸餅、白味噌仕立ての、王道的京風雑煮であった。縁起ものでもあるので、しっかりお代りをする。

【筑前煮】
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 この筑前煮は絶品。
 素材そのものの味が良いのに加え、田舎風の甘め強めの出汁なのに、全体として見事に洗練されている。

【煮しめ】
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 菜っぱと油揚げの煮しめも、また見事な出汁加減。
 美山荘は「摘み草料理の宿」と呼ばれるけど、その真髄は朝食によく表れていると思う。

【味噌汁】
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 汲みだし豆腐の味噌汁。
 出来たての豆腐のふわふわした食感と、それに大豆の旨み、甘みがたまりません。

【御飯】
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 美山荘には、「鯖のへしこ」という定番料理があり、塩のよく利いたこれが御飯のおかずとしてたまらない。炊きたて御飯がいくらでも入る入る。

 美山荘、夕食も当然美味しいのであるが、朝食もまた素晴らしいものである。
 美山荘は、日帰りで食事だけの利用も可能であるけど、宿泊して、夕食と朝食の両方を食べれば、この旅館のさらなる真価を知ることができる。


 年末年始、9日間ぶっ続けの休みをドライブしながら過ごしたが、それも本日で終わりである。京都に来るのには3日間かけてだらだらと運転してきたので楽であったが、帰るのは一日で帰らねばならない。やれやれですな。

 さて、美味い朝食食って元気をつけたのち、気合いを入れて、宮崎までの600kmの道のりを運転していくか。

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January 05, 2013

正月料理を雪の美山荘で

【御節】
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 一月五日の美山荘の夕食は正月料理。
 黒豆、紅白なます、田作り、慈姑、数の子。
 …おや、ならば明日の朝食も御節だろうから、明日は雑煮が食えるな、などと思った。

【汁、向附】
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 汁と向附は、定番の蓬麩白味噌に、鯉の昆布〆と皮揚げ。
 鯉は清流を引きこんだ生簀でじっくりと泥を吐かせているので、なんの臭みもなく、鯉本来の味が際立っている。皮はパリっと揚げられており、心地よい食感。

【進肴】
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 蕗の薹の白和え。
 春の山菜である蕗の薹であるが、雪の中に埋まっている今頃のもののほうが、あくが少なく、蕗の薹自体の味がよく分かるとのこと。

【焼き物】
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 蝦夷鹿と、脂のよくのった猪。
 ほどよい火加減で、肉の旨みがよく出ている。
 今までは清酒を飲んでいたが、これは赤ワインが飲みたいなと思い、美山荘にはたしかグラスワインがあったよなあとか思いつつ、頼んでみたら、置いてないとのことであった。
 残念。

【ルロワ ニュイ サンジョルジュ】
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 …残念と書いたが、私が猪肉で清酒を飲んでいるうち、先の会話を聞いていた隣の御夫婦が「よろしければ、」と持参していた赤ワインを一杯まわしてくれた。
 そのワインが、なんとLeroy Nuits St. George 1994。
 ブルゴーニュのカリスマ、マダム・ルロワの、しかも赤ワインである。
 ワインにはさして詳しくない私といえど、さすがにドメーヌ・ルロワの位置付けくらいは知っている。

 「こんな貴重なものはとても頂けません」と答えると、「今日は体調が悪く、ワインが余ってしまうと思っていたのでちょうど良かったです」との言葉に甘え、しっかりと頂いてしまった。

 それからワイン談義が始まったが、…ブルゴーニュ・マニアというのは間近に何人か知っているものの、みなさん、底なし沼にはまったような、とんでもない世界に入ってますねえ。たぶん出口のない迷路というか、なんというか。…いや、底のない魅惑の世界というほうが、表現としては正しいのではあろうな。

【蒸し物】
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 蒸し物は、筍。
 雪降る冬といえど、筍は土の下でもう生えているのである。
 甘さと旨さ、それに柔らかさ。

【八寸】
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 八寸はいろいろ。
 柿柚餅子、鳥黐蒟、柚子味噌、干し鮎、手長海老、大根毬和え、などなど。
 素朴な料理に見えるけど、じつは隅々まで細心な技術の入った料理の数々。

【御凌ぎ】
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 蛤と菜の花の蒸し飯。
 筍に続き、春の息吹を感じさせます。

【椀物】
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 椀物は、田舎風のしっかりした出汁。
 それに唐墨が加わり、くっきり、はっきりした力強い味わいとなっている。

【焼き物】
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 アマゴの炭火焼。
 この地を流れる清流のごとき、クセのない、澄みきった川魚の味を楽しみましょう。

【猪鍋】
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 私が宮崎の高千穂に居た頃、冬の宴会といえばシシ鍋ばかりであったが、そこで硬~い猪肉ばかりを食っていた身としては、こういう柔らかな口ざわりのよい猪肉は反則だと思わぬこともないではないが、この地で、木の実ばかり食っている猪は、とても優しげな旨みたっぷりの、独自の味を持っている。

【御飯】
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 炊込みご飯は、琵琶鱒と芹。
 豊潤な香りがたまらない。

【デザート】
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 デザートは干し芋薄切りにアイスクリーム。
 上品な甘さでまとめてある。


 京都では、柊家、俵屋、美山荘とまわってきたが、どこも個性の豊かな、そして美味しい旅館であった。
 そして、美山荘の料理は、京都市内の旅館で出る京料理とは明らかに異なり、京都の山奥の田舎料理なのであるが、その田舎料理は極度に洗練されており、唯一無二の世界にあると思う。
 そしてその世界を味わう時、そこはやはり山岳寺院である峰定寺の門前の、渓流が傍を流れるこの美山荘でないと、その本当の姿は経験できない。
 美山荘の正月料理を、美しき雪景色のなかで体験でき、たいへん満足であった。

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興福寺あたりを散策して、それから昼食を「玄」にて

【猿沢の池】
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 奈良を代表する風景はいろいろとあるけれど、猿沢の池から見る興福寺の五重塔も、誰が見ても「ここは奈良」という、いい風景だと思う。

【興福寺】
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 興福寺内を散策。
 興福寺は国宝の宝庫みたいなところで、この五重塔も当然国宝。
 奈良市ではどこからでも目立つ、古都にふさわしいランドマークである。

【阿修羅像】
Asyurazou_2

 興福寺では、国宝館も当然訪れるべき場所である。
 乾漆八部衆立像(阿修羅像が特に有名)、乾漆十大弟子立像など、その造形の完成度、技術の素晴らしさ、深い精神性、いつ見ても感銘を受ける。
 日本の彫像における芸術は、奈良時代に既にこの途方もない高みに達しているのであって、日本の文化の底力を改めて認識できる。…ただし、このへんあたりがピークになっているのも、またなにか納得いかないものもあるが。

【名人発見】
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 興福寺あたりは、道路が複雑に走っており、だんだんと狭くなって、袋小路に近いようなつくりの道もある。
 ある道は、「軽自動車しか通れません」との表示が掛けられていたのだが、その道にVWビートルが入って来た。
 地元の人が駐車場に入るのかな、くらいに思っていたら、そのビートルはだんだんと狭まり、最終的には車の幅とほぼ同じ幅になる道を、悠々と抜けていった。
 …世の中には名人がいるものだなあ、と感心。

【玄】
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 蕎麦好きの人なら、誰でも知っている奈良の「玄」。
 玄の蕎麦を食うためだけでも奈良に行く価値はある、とも称される老舗店である。
 その「玄」は、このように古民家風の建物の店であり、たいへん趣がある。

【蕎麦】
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 蕎麦は、せいろと田舎があり、両方を頼んだ。
 極細といってよい細さの麺であり、見た目美しく、丁寧さ、繊細さを感じるものである。
 食べてみれば、まったく繊細そのものの蕎麦であり、蕎麦の味、香りとも、儚ささえ感じるような、…そして儚さを感じたのち、さらに箸が蕎麦に伸び、一挙に一枚を平らげてしまう、じつに美味な蕎麦であった。
 この繊細な蕎麦には、塩のほうが良くあうと思い、ほとんどは塩で食べることになった。
 そして、〆の蕎麦湯は、これはトロトロの濃厚なものであり、その対比もたいへん面白い。

 いやはや、満足いたしました。
 たしかにこの蕎麦店は、奈良を訪れたときは外してはならぬ名店である。

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January 04, 2013

奈良、橿原神宮、明日香村

 奈良に泊まったので、本日は奈良を散策。
 正月は過ぎたが、それでも古都奈良にいるからには初詣に行こう。
 そうなると、春日大社か橿原神宮ということになるけど、春日大社には何度か行ったことがあるので、橿原神宮に行くことにした。

【橿原神宮】
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 以前初詣に訪れた春日大社が大変な人の数だったので、春日大社に並ぶ有名神社橿原神宮も同様かなあ、と思っていたが、本日は正月を過ぎた平日ということもあって、さほどの人出もなく、ゆったりと橿原神宮をお参りできた。

【橿原神宮】
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 万葉集で有名な畝傍の山の麓にある、この神宮は、古くからのパワーを一身に浴び、発散しているような、そんな荘厳な力を感じさせてくれる神社である。

【干支】
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 境内内の、今年の干支の大きな巳の絵馬は参拝客に大人気であり、ここで記念写真を撮る人が絶えなかった。

【飛鳥寺】
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 橿原神宮のあとは、奈良県南部では、これも全国的に有名な明日香村を訪れた。
 明日香村といえば、蘇我氏の里。そして、蘇我氏の氏寺、飛鳥寺へ。

【飛鳥大仏】
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 1500年以上も前に造られ、それからこの地を全く動いていないという飛鳥大仏。
 伝説の名仏師、鞍作鳥の作による大仏であり、歴史の重さというものを感じ取ることができる。

【石舞台】
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 明日香村名物を探索。
 これは外せない石舞台。
 蘇我馬子の墓とされており、古代の大権力者の墓なのであるが、実物を見ると、教科書とかで見てきたイメージとは少々異なり、思っていたより小さい。

【高松塚古墳】
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 これも明日香村名物。
 国宝である壁画は、複製が併設博物館に置かれていて、鮮やかな色彩がじつに印象的である。

【亀石】
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 明日香村は名物がたくさんあるところであり、次は石造物をたずねてみることにする。
 この明日香村の石造物群は、私が小学生の頃に読んだ手塚治虫の漫画「三つ目が通る」に載っていて、その頃から興味を持っていたのだが、実物を見に来たのは今回が初めての経験である。

 亀石は、…亀には見えないが、では何かと言われれば、答えに苦しむユニークな造形ではある。河童に見えるのは私だけかな?

【二面石】
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 聖徳太子建立との伝えのある橘寺に置かれている二面石
 人の顔が彫られており、悪と善の二面を表しているそうだが、風化による劣化が激しく、なにやらよく分からない。
 年月を過ぎれば、悪も善もいっしょくたに同化していくということなんだろうか。

【鬼の雪隠】
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 どういう目的で作ったのかよく分からぬ明日香村の石造物群のうち、これは分かりやすい。
 古墳の石室をばらせば、その底の一部はこういう形になる。
 …ただ、なんでばらしたかはやはり不明だそうだ。

【猿石】
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 吉備姫皇女王墓にある猿石群は、ユーモラスな造形が楽しい。
 説明によれば、猿ではなくて、渡来人の芸人をモデルにしたものだそうだ。


 明日香村の古代石群はまだまだ、「酒船石」「須弥山石」「マラ石」「車石」…等あるのだが、時間がなくなってきたので、全部のうちの4分の1程度の見物にて終了。残りは今度の宿題である。

 明日香村では自転車の貸し出しサービスが各所で行われていて、じっさいに明日香村では自転車で古墳群を回っている人をよく見かけた。
 狭い範囲に名所がたくさんある地なので、機動性のある自転車での散策は、駐車場とかを考えずに、多数の名所を回れるわけで、これは有効なサービスであろう。
 気候のよい時期、私も自転車で回ってみたいと思った。

【夕食】
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 明日香村を回ったのちは奈良市に戻り、夕食は近鉄奈良駅近くの料理店街「な・ら・ら」のなかにあるエスニック料理店にて、カレーセットを。
 濃厚なる御節料理シリーズのあとは、この手のものが、お腹のリセットになかなか良いのである。

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January 03, 2013

俵屋の御節を食って、…さてどこに行こうか。

【御節】
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 1月3日、朝食は当然に御節。
 イクラの小鉢、穴子巻き、慈姑、鮭、紅白の蒲鉾、玉子焼き、鰤、鴨肉、柚子練り、昆布巻き、里芋、人参、等々。赤、黄、緑、オレンジ、ピンク、白、黒、色どり豊かで、じつに華やかな御節である。

【雑煮】
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 雑煮は白味噌仕立て。
 京都の雑煮はまずはこれである。

【雑煮2】
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 雑煮は縁起物なので、お代りを頼む。
 お代りは白味噌、あるいは澄ましの両方のうち選べるので、もちろん澄まし仕立てを所望。
 俵屋らしい、鋭くも豊かな澄まし汁である。


 ところで俵屋は、普通のシーズンは、昼食用の弁当を希望すれば、それが帰るときには用意されている。俵屋の弁当はたいへん美味なので、これで一杯やりながら、新幹線のなかで飲んでいると、とても豊かな気分になれる。
 しかし、正月のときだけは弁当はなしであり、そこがちょっと物足りない。
 これは、弁当を造っている点邑が正月は休みだからなのだろうと思っていたけど、じつは俵屋の御節は俵屋と点邑スタッフ総動員でつくっているので、それで弁当をつくるまでの余裕がないからだそうだ。
 俵屋の御節が、とても手の込んだものなのに、種類がやたらに豊富なのは、そういう、目に見えないところの人海戦術的努力があるからなんだな。


 さて、正月のたびに、「御節は最強の酒の肴」と書いている私であるが、本日ばかりはこれから車を運転する必要があるので、はなはだ残念ながらノンアルコールビールにて、御節と雑煮を食い、…でもそれはそれで、やはり大変美味かったのであった。

 御節と雑煮に満足し、チェックアウトしたのちは、今日はどこに行くという予定もなかったのであるが、伊勢神宮にお参りに行ってみようかなと思い、南に向けて一般道を走っていると大渋滞に巻き込まれ、結局どこにも寄れぬまま日が暮れかけてきたので、奈良で宿泊することにした。

【夕食】
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 三日間続けて京懐石を食ったので、今日はシンプルなものを食べようと、昨日四条の高島屋で「鯖街道花折の鯖寿司」をゲットしておいた。
 コンビニで買ってきたビールとともに、鯖寿司を食えば、これもまたしみじみと美味しいのであった。

 …ところで去年の正月のブログを読み返すと、やっぱり同様に、京懐石続けて食ったあとは、鯖寿司を夕食にしている。
 行動がワンパターンな男であることよ。


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January 02, 2013

一月二日京都散策 柊家→俵屋

【御節@柊家】
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 一月二日は正月であるゆえ、朝はやはり御節に雑煮。
 昨日とはメニューが変わっており、御節は、銀鱈貝柱幽庵焼き、紅白蒲鉾、たたき牛蒡、烏賊明太子、裏白、それに湯葉と鞘えんどうと麩の炊き合わせ、鰻巻玉子など。
 華やかなる、酒の肴の数々。

【雑煮】
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 雑煮は昨日は白味噌仕立てだったので、今日は澄まし汁にて。
 こちらのほうが、料理の実力がよく分かるような気がする。
 もちろん、たいへん美味。

【俵屋へ】
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 柊家に連泊したのちは、次は俵屋へと宿を移す。
 柊家のすぐ前の俵屋は、こちらも正月バージョンである。
 柊家から俵屋へ移るときは、荷物も宿で移してくれるサービスがある。
 今回は自家用車で来たので、ついでに車も頼んでみたら、俵屋の駐車場に移動させてくれた。
 ただし、車の移動は柊家の前に止めたのち、全て宿側がやってくれたので、どこに駐車場があるかは不明。もしかしたら、共同の駐車場があるのかもしれない。(たぶん近くにある地下駐車場を使っていると思うのだけど)

【京都水族館】
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 京都市内をぶらぶらと散策。
 京都市に水族館が出来たというニュースを以前に聞いており、でもあんまり興味は持っていなかったが、新春の特別催しとして、干支である蛇の展示があるというので行ってみた。
 …たいへんな人出であり、水族館ってどこでも人気あるのだなあ、と感心した。
 とりあえずは、ここの水族館の名物であるらしいオオサンショウウオの群れを見て、それなりの満足を覚えたのち、お目当ての蛇を見て、ノルマは果たした。

【東寺】
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 水族館の近くにある東寺にも寄ってみる。
 この寺の五重塔は、造形的にじつに立派だ。

【観智院】
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 東寺ののちは、東寺の傍の塔頭、観智院も寄るべきところだ。
 宮本武蔵の襖絵を見て、そして枯山水の名庭も見て、新年早々気が引き締まる思いをする。

【俵屋 楓の間】
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 俵屋旅館、本日は楓の間に宿泊。
 柊家旅館旧館はどこも同じような京都情緒に満ちた部屋であるが、俵屋は「京都の旅館」というくくりを突き抜けた独自の世界を持つ部屋ばかりである。
 この部屋も、考えに考えぬかれた、精密細工の積み重ねのような完璧な部屋。
 …しかし、その完璧さには、息苦しさのようなものはまったくなく、かえってとても寛げるのがまた見事なところである。

【俵屋 楓の間】
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 二階であり、外の眺めはたいして良くはないはずだが、窓の造りが独特であり、狭い庭の空間が、立体的に部屋に開かれてくるという、じつに面白い趣向である。

【祝肴】
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 正月の夕食は、まずは祝肴から。
 柚子を器に、鴨南蛮、大黒しめじ、鮑、松葉人参、筍、長芋、等々。
 それに鯛の擦り流しの吸い物。

【造り】
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 造りは定番の鯛のへぎ造り。
 じつに精緻な包丁の入れ方。

【椀物】
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 椀物は花びら真丈磯辺仕立て。
 出汁は、俵屋ならではの鋭くも澄みきった、見事なもの。

【焼き物】
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 虎河豚、下仁田葱、椎茸を炭火で自分好みに焼き上げる。
 どれもいい素材だが、…これはべつに俵屋で食わなくとも、とは思った。

【温物】
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 蕪、人参、椎茸、蓮根、菜の花のそぼろ餡かけ。
 出汁の味といい、野菜の味といい、じつにうまくまとまっている。

【蕨餅】
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 酒をチャンポンでいろいろ飲んでいたのだが、御飯まで食べたのち、赤ワインが余ってしまった。
 それで、夕食前だったので、食べずに取っておいた俵屋名物蕨餅で赤ワインを飲む。
 これはこれで、けっこういけるのであった。


 京都市で正月を過ごすのも、10年近くやればさすがに飽きてきたので、来年からは別の過ごし方をしようと思っている。(海外に行くとか、冬山にこもるとか、南の島に行くとか。あるいは、全国各地の雑煮と御節の食べ比べなんてのもやってみたい)

 俵屋の正月は、これが最後であろうけど、いつもながらの、とても満足できた宿と食事であった。

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January 01, 2013

柊家@平成25年元日

 初詣を終えて、本日の宿へと戻る。
 宿は大晦日に引き続き柊家で連泊なのであるが、同じ部屋では面白くないので、別の部屋を予約しており、案内に従い一階34号室から二階の19号室へ移動。

【19号室】
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 この部屋も旧館ならではのクラシカルなもの。古びと雅びがうまく調和している。
 ただし二階にあるため、庭の眺めがあまりよろしくないのが欠点ではある。
 柊家に泊まるときは、旧館一階の広めの部屋がやはりお勧め。

【八寸】
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 華やかな料理が特徴の柊家であるけど、本日は元旦ゆえ、さらに華やかさを増した料理の数々。
 まずは、干支の巳をデザインした熨斗紙ふうな紙に包まれ、八寸が運ばれる。

【八寸】
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 それで、中身はというと、懐石風の御節料理である。
 雲丹のせ鮑、子持ち昆布、大根と唐墨、等々、華やかで、かつ酒の肴として抜群の料理の数々。

【伊勢海老黄金焼き】
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 これは昨年も出たので、柊家の正月の定番料理のようだ。
 新年のお祝いにふさわしい、赤、緑、黄色、色の競演のごとき、色彩あふれる伊勢海老の黄金焼き。

【焼き物】
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 焼き物は地元の牛肉と野菜を使った、京都の底力を魅せる、スタンダードなもの。

【揚げ物】
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 まだ寒き正月ではあるが、それでも春の気配はあるわけで、春に芽吹く山菜を使った揚げ物。

【御飯】
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 〆は錦糸卵をふんだんに使った鯛飯にて。
 元日にふさわしい、華やかな〆料理である。

【庭】
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 雰囲気あふれる部屋と、美味しい料理で、満足いっぱいの柊家ではある。
 ただ、そこで酔い冷ましに窓際に寄って、外を眺めると…
 部屋直下のこの南側の庭は、苔むしたに地に、灯篭や奇石、樹木を配しており、枯山水の見事な名庭なのであるが、部屋が二階ゆえに、広縁まで行って見下ろさないと庭を見ることが出来ない。ゆえに、食事をしながら部屋を愛でるということが出来ないので、これは少々残念である。
 本日泊まった19号室はいい部屋ではあるけど、どうせ柊家に泊まるなら、この直下にある一階の14号室のほうが、さらに趣あるなと思った次第。

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初詣@下鴨神社、貴船神社、鞍馬寺

 平成25年の朝は、古都京都市の柊家にて迎える。
 元旦の朝食は、当然に御節料理である。

【鯛】
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 元旦、とりあえずは目出度いということで、尾頭付の鯛。それに松とはじかみを添えて。
 鯛というのは美味しい食材であるが、その華やかさから、正月が一番の出番でありますね。

【御節】
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 新年を迎え、本年の幸いを願う、御節の数々。
 数の子、田造り、黒豆、赤飯、バチコ、姫慈姑、伊達巻、梅真丈、手毬麩、紅白なます、小鯛笹漬、棒鱈、牛蒡、梅人参、刻み柚子…等々。

 どれだけ手間かけてるんだろう、と感嘆する、全力投球の御節料理である。

 これらは全て美味しいが、御節料理というのは、酒の肴としても極上のものであり、平成25年を迎えた元旦から、酒が進みますなあ。
 …今年も飲みまくりますか。

【雑煮】
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 雑煮は、本日は京都の郷土料理である白味噌仕立て。
 上品な甘さが特徴である。

【鴨川】
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 御節をたらふく食い、さんざん飲み、あとは寝正月…でもいいと思うのだけど、せっかく京都に居るのだから、初詣には行くべきであろう。
 そして本日は好天である。
 鴨川に沿って、まずは下鴨神社を目指す。

【下鴨神社】
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 下鴨神社。
 先ほどの写真にも小さく写っているけど、本年の元日は某外資系保険会社の飛行船がずっと京都市内を漂っていて、ここでは大きく写っている。
 この飛行船、以前行った青森のねぶた祭りのときにも居たので、たぶん顧客サービスで、日本の行楽地をその盛りの時期に上空を飛んでいるのでしょうね。

【下鴨神社2】
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 楼門から入れば、下鴨神社大変な人数である。
 本殿に入れば、下鴨神社名物の、干支ごとの社があり、そこで自分の干支の社を参拝できるのだが、この人数ではそこに行くまでいくら時間がかかるか分からず、仕方なしに遠くで手を合わせるのみで、下鴨神社は終了とした。

【貴船神社へ】
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 京都の神社は、年々人が増してきて、元日の参拝はけっこう大変なことになっている。
 で、有名どころで、人が少なそうな神社といえば、貴船神社がまず思いついたで、叡山電鉄を使って、貴船口まで行った。
 貴船口駅からはバスも出ているが、歩いて20分ほどで貴船神社に着くので、てくてくと歩いていった。この貴船川沿いの道は、途中に和泉式部の和歌の歌枕的場所や、川床名物の料亭・旅館があったりして、風情ある道であった。

【貴船神社】
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 貴船神社は、一般的には「丑の刻参り」で有名である。
 恨みを持った女性が、頭に蝋燭を点した鉄輪を載せ、京都市内からこの山奥の神社まで、藁人形と五寸釘を持ってやって来て、呪いの言葉とともに藁人形に釘を打った、という鬼気迫る伝説が今に伝わっている。
 というわけで、貴船神社の神木とかには、五寸釘の刺さった藁人形がいくらでもあるという情景が見られると思っていたが、…けっこう注意深く調べたのだが、そんなものはなにもなかった。
 どころか、普通のほのぼのした絵馬ばかりが目立ち、なにか納得いかなかった神社であった。

 …いや、神社そのものの雰囲気は、静謐さと神秘性に満ちて、大変素晴らしいものではあったのだが。

【鞍馬寺へ】
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 貴船神社に参拝したのちは、また2kmの道を歩いて貴船口に戻って電車に乗ろうかと思っていたが、道の横に鞍馬寺へ行く道を見つけた。
 ならば鞍馬寺まで行って、鞍馬駅に乗ったほうが、時間と距離の節約になる。
 って、なるはずもないが、それでもそちらのほうが川沿いの道を下っていくより面白いに決まっているので、そのルートを行くことにした。
 貴船神社と違い、鞍馬寺は参拝料が必要であるが、正月ばかりは無料とのことであった。

【参拝道】
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 鞍馬寺までは、200mほどの高さを登る山道である。
 年末を襲った寒波で、雪道になっているのを期待したが、いくら登っても雪はまったく積もっていなかった。ちょっと不満。

【魔王殿】
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 山門からの山道を登りつめると、魔王殿がいったんの頂上。
 ここからの山道は、巨木奇木に満ち、いかにもパワースポットいう感じの魅力がある。
 「魔王殿」の魔の力が、山域にいっぱいに及んでいる、そういう雰囲気を感じ取れる。

【義経堂】
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 かつて多くの修験僧が歩んだ道、その山道を歩くと、平安時代、ここに居住していた義経を祀った堂があった。
 義経は、この地で天狗より兵法を授かったという伝説があるが、それもよく分かるような荘厳な気配を感じ取れる。

【鞍馬寺】
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 山を抜けると、ようやく参拝客のにぎやかな鞍馬寺へとたどり着いた。
 美しき階段を下りていき、鞍馬駅へとたどり着き、貴船~鞍馬散策は終了。
 このコースは、自然の豊かさに加え、歴史の重みもあり、散策路としてたいへん素晴らしい道である。

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