映画:スノーホワイト
誰もが知っているグリム童話「白雪姫」、の実写版。
そのまま実写にするとたいして面白くもない筋なので、現代風にアレンジされている。
意地悪い継母は原作よりさらに凶暴性が増し、夫の国王を暗殺して女王となり、圧政を敷く。幼き王姫白雪姫は女王に疎まれ塔のなかに幽閉される。やがて白雪姫は美しく成長するが、白雪姫が自分の地位を脅かす存在になったことを知った女王は彼女を殺すよう命じる。暗殺者の手から強引に逃れた白雪姫は、森に逃れ、そこで新たな勢力をつくりあげ、七人の小人とレジスタンスを率い、女王の城に反撃の戦を開始する。
従来の「庇護すべき愛らしい存在」であった白雪姫が、敢闘精神に富んだ武闘派として活躍するという、そのへんのミスマッチングが売りのようである。
SWのレイヤ姫とか、アミダラ姫とか、あるいはナウシカのような、ああいった「強い姫さま」が好きな人には受ける映画ではあると思う。
ただ、この映画、誰もが指摘するであろう重大な欠陥がある。
童話「白雪姫」の名場面、女王が魔法の鏡に「鏡よ鏡、世界が一番美しい女性は誰?」と問う場面、これは映画にもあるのであるが、そこで鏡が「今日までは女王様でしたが、明日からは白雪姫です」と答えるシーン。
ここで全世界の観衆が、「え~、そんな馬鹿な。女王様は白雪姫よりも、ずっとずっときれいですよ」と突っ込みを入れたであろう。
童話なら美人は美人と書いていればそれで済むが、映画では美人は女優が演じているので、美人と肩書をつけていればそれで済む話ではない。
そして、ここで演じている女優が問題になる。
前後左右、縦横斜め、どこから見ても正統派美人であるシャーリーズ・セロンは、「美人である」という理由だけで、存在感たっぷりの女王を演じている。これにベテラン俳優らしい演技力も兼ねているので、さらに存在感が増している。
それに対してクリステン・スチュワートは、個性派美人というわけではなく、やはり同じ系譜につながる正統派美人である。しかし、その美人度においては、相撲で例えるならセロン女王を大関とすると、さすがに幕下とまでは言わないが、平幕力士のレベルの美人である。ゆえに同じ土俵に立つと、勝負にはならない。
というわけで、「自分より美しくなった白雪姫の存在のため、自分の魔力が減じて半狂乱になってしまう」女王の苦悩・懊悩が、見ている観衆に全然ピンと来ないため、女王はなにを焦ってジタバタしてるんだい、とどうしても、白けた感じになってしまいます。
完全にミスキャストでありますな。
…ただ、もしも自分がこの映画の責任者になったと仮定した場合、では誰を白雪姫に選べばいいのだろうと思うと、確かに難しい。
白雪姫は原作によれば、「雪のように白い肌、赤い薔薇のような唇、黒壇のように黒い髪を持つ女性」であるが、このタイプの役者からして少ないのに、しかもシャーリーズ・セロンより美しい、横綱級の美人女優って、今の映画界にはいないよなあ。
まあ昔の役者でいいなら、エリザベス・テイラーなんかが見事にその条件にははまるとは思う。
さすがにエリザベス・テイラーが白雪姫の役なら、鏡がセロン女王に「白雪姫のほうが女王より美しい」と言っても、観衆は充分に納得してくれるであろう。
ただし、エリザベス・テイラーがそういう役をやったら、その時点で映画がまったく違ったものになるのは明らかで、映画全体として収拾つかなくなるだろうなあ。
てなことを鏡のシーンから考え続け、どうにも映画そのものに集中できない妙な映画であった。
白雪姫 公式サイト
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