読書:サイコパスを探せ! 狂気をめぐる冒険(著)ジョン・ロンソン
テレビドキュメンタリー作家である筆者は、精神病についての取材を行っているときに、ある精神宗教団体の人物より、トニーという哀れな人物を救ってくれとの依頼を受ける。
トニーという青年は傷害罪を犯して捕まった。彼は留置所に入れられているときに他の犯罪者から「実刑だと7~8年は刑務所に入ることになる。しかし精神病者と診断されれば、精神病院に入ることになる。精神病院は刑務所よりもずっと快適に過ごせるところだ」とアドバイスされた。トニーは頭の良い男であり、以前に観た映画で覚えた精神病者のふりをし、それはうまくいって精神病患者と診断され、精神病院に収容されることに成功した。
しかし、ここで大誤算が生じてしまった。精神病院は病気を治すところなので、トニーは精神病が治癒したと診断されれば、そのとき退院することが出来る。けれど、トニーは精神病者のうち「サイコパス」と診断されてしまった。
サイコパスについては、日本でも池田小学校事件という、典型的なサイコパスによる悲惨な事件が起きたため有名になったけど、「良心や思いやりが先天的に欠けており、社会の規範を容易に破り、己の思うがままに犯罪を犯す。そしてその行為を決して後悔や反省しない」という異常人格者がサイコパスであり、社会秩序の破壊者である。
サイコパスの特徴は、生まれついてそういう人格ということであり、そしてその人格がずっと変わらないということにある。すなわち、精神病患者のうち、サイコパスは決して治らない。
だからサイコパスという診断がついた時点で、トニーは退院できる可能性がなくなり、じっさいにトニーは12年間も精神病院に入れられたままとなってしまった。
そういう状況に陥ったので、トニーは精神科医に「じつは自分は精神病ではない」と懸命に主張するのであるが、その主張こそ彼が精神病者そしてサイコパスの証拠となるわけで、彼が退院できる目途は全く立たない。
もっとも、サイコパスは初めから退院不能の存在とされていたわけではなかった。
人間社会を脅かすプレデター(捕食者)であるサイコパスについては、その存在が1990年代に定義されてから、アメリカではずいぶんと治療についての研究が為された。
なかには、麻薬(LSD)を用いた怪しげな治療法もあったのだが、それらの治療法のどれもがそれなりに効果を上げ、治療を受けたサイコパスの多くは自分の犯した罪を認め反省した。それで「サイコパスは適切な治療をすれば治る」との報告もなされた。
しかし、その「治ったはずのサイコパス」を退院させ、社会に戻すと、彼らの再犯率は80%というとんでもない高い値となった。
つまり、サイコパスは「治ったふりをする」ことに長けた人種であったのだ。
結局、サイコパスの治療についての研究は打ち切られ、そしていったん犯罪を犯したサイコパスを刑期が終わったからといって釈放あるいは退院させても、また犯罪を犯すに決まっているので、サイコパスは刑期の長短にかかわらず、ずっと精神病院に閉じ込められることになった。
バットマンに出て来るアーカム精神病院のごときものがアメリカには実在するわけで、アメリカというのは、ずいぶんと極端なことをする国、とも思えるが、サイコパスによる社会的、人的被害は膨大なものであろうから、政府は国民をサイコパスから守るためにもサイコパスを隔離する施策というのは、妥当とも思える。
トニー救出の依頼から、筆者はサイコパスに興味を持つようになり、刑務所や精神病院の中にいる以外のサイコパスを探したり、それらしき人にインタビューをしたり、というふうな内容の本である。
ユーモアに富んだ文章で、面白い記事をいくつも並べる形式で書かれており、読みやすい本であるが、ただし書かれているサイコパスの陰惨さと救いのなさもまた印象的な本である。
トニーが脱出できたかどうか、その後の運命等については、本書を参照ということで。
ジョン・ロンソン著 サイコパスを探せ
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