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June 01, 2012

電波の日

 初めて知ったけど、本日6月1日は「電波の日」だそうである。
 電波には種々の役割があるが、その第一の役割は通信である。
 その価値を知らしめたのは昨年の東日本大震災ということで、TV放送に加え、メール、SNSなどにより情報が迅速に伝わり、被災地に的確な情報を与えることが出来た、電波の役割の重要性が知れ渡った、というようなことを総務省が発表し、その電波の普及に尽力した地方放送局の表彰なども行っていた。

 たしかに電波による情報の発信は、その速報性において追随を許すものなどなき優秀なツールである。
 あの3月11日、津波警報のサイレンが外で鳴るのを聞き、去年の警報同様の狼少年かくらいな軽い気持ちで仕事をしつつ、TVを見たら、仙台の大地が大津波に飲まれる光景が生中継で流れ、たまげてしまった。
 こういう人生で初めて見る大惨事に接し、「なにが起きるか分からない。なにが起きてもおかしくない」という恐怖にかられ、職場の同僚とともに、徹夜態勢で職場に残った。とんでもない惨事が次から次へと流れるTVやネットで情報収集しつつ、結局宮崎県北には1m50cmの津波が来ただけで、無事に夜は明けたのであるが、あのとき情報を的確に伝えてくれるツールが無かったら、あの夜はいかに不安極まりないものであろうかと、たしかに思う。


 ただし、その素晴らしい電波が、肝心要の東北で役目を十分に果たしていたかといえば、とてもそう言えないのは断言できる。

 私は昨年、東北のあちこちを訪れたのであるが、そこで聞いた体験談では、あの311は「情報の遮断」に苦しんだ、ということが多かった。
 情報を伝えるべく最も頼りになるテレビは、東北が広範囲に停電しているので、まったく使いものにならない。携帯電話にしろ、スマートフォンにしろ、バッテリーは生きていても、そこに情報を流すはずの各通信社の電波塔の多くは倒壊して使いものにならなくなっているし、残った電波塔もそれに基地局も停電のためやはり使いものにならなくなっていた。
 東北の人達は、あの311の夜を、真っ暗ななか、絶え間なく続く余震に揺られながら、「とんでもないことがこの地に起きているけど、それがいったい何が何やら分からない」という不安とともに過ごし、そして運よく翌日に電気が回復した所では、そこで初めて知った大惨事に言葉を失った、ということであった。

 東北から離れた西日本、九州にいる人間は、東北で凄まじいことが起きているのをリアルタイムで見ていたが、その当の被災地である東北では、その情報を知ることが不能で、情報社会の恩恵には全く与ることは出来なかったのである。


 文明を支えるものとして情報伝達としての電波は極めて重要である。
 しかし、その電波を飛ばし、受け取るには、電気というものが絶対的に必要となる。文明を支える根幹は電気であり、電気なければスマホもTVもラジオもただの箱であり、なんの役にも立たない。

 電波の日は電波の有難さに感謝する日だそうであるが、たしかに電波は大事である。しかし、電気はもっともっともっともっともっと大事なのである。

 文明社会の根幹である電気について、私たちは、あまりにもないがしろにしていませんか。
 今年の夏、日本の原発は全て停止し、深刻な電力不足が予測されている。
 電力の30%を原発に頼っている我が国に、脱原発なんて選択は最初からなかったのであるが、ずるずると原発停止を続けこのざまである。

 原発止めて、それで計画停電して、そのときまた大震災が起きたらどうするんでしょうかね。
 電気ないと、避難指示の一つさえできませんよ。病院も機能しませんよ。救えたはずの命も、何千人という単位で失われますよ。

 電波の日にちなんで電波に感謝するのはいいとして、昨今の、あまりに電気および電気会社に対するバッシングに、それはちょっと、というか、ものすごく違うんじゃないんですか、との苦言を呈したくなった次第である。

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