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May 28, 2012

吉田秀和氏死去の報を聞いて

 音楽好きの者なら誰もがその評論を愛読していたであろう吉田秀和氏は、戦前から著作活動を行っていたような高齢のかたゆえ、いつ訃報を聞いてもおかしくないなとは思っていたが、5月22日に心不全にて98歳で死去との報を知り、「聞きたくはないが、そのうち聞くに違いない」報を実際に聞いてみると、やはり哀しいものを感じた。


 吉田秀和氏がどれくらいベテランかといえば、かれこれ30年ほど前に全集が発刊されていたほどであり、既にその時点で大家とされていた。
 当時は、氏の著作で手に入りやすいものは文庫本3冊くらいのものであり、それで大学の図書館に10巻並んでいた吉田秀和全集は、たいへん有難いものであり、じっくりと読ませてもらったものである。
 吉田秀和氏は、文章のめっぽう上手い人であった。その文章のせいで、氏に評論された音楽は、聞く前から全て名曲、名演奏に思えてしまうてな陰口(?)も言われていたくらいのものだが、じっさい聞いたこともない曲、聞いたこともない演奏家の音楽が、氏の文章の紹介により、これは是非とも聞かなくてはという高揚感を感じたのは、ほとんどの人が経験したことであろう。

 氏の評論は印象深いものが多かったが、そのなかで、とりわけ印象にのこったことを一つ紹介。

 バッハの大作「ロ短調ミサ曲」中の、クレド「十字架につけられ」という曲は後半部、急に調子が代わり、なんとも神秘的な、彼岸の彼方から響いてくるような神韻縹渺とした音楽となる。吉田秀和氏はこの部を評して「この音楽は優れた芸術家が経験に経験を重ね、さらに晩年となり、死の深遠を覗いたとき、くらいのことにならないと作れない、神品といってよいものだ。しかしバッハはなんとこの曲を20代の若さで作曲している。ここにバッハの途方もない偉大さが示されている」というふうなことを書いていた。またモーツァルトのホルン協奏曲第3番についても、似たようなことを書いていた。
 私はそれらを読み、頭のどこかに入れていたのだが、それらの評が書かれて数十年して、音楽の考古学の発達により、世の名曲群の正確な作成時が明らかになってきた。それらの研究により、氏の指摘していたバッハの「十字架につけられ」はまさにバッハ最晩年の作ということがわかり、またモーツァルトのホルン協奏曲の作成時もずっと後年にずれることが判明した。
 私はそれらの記事を、たしか「音楽の友」か「レコード芸術」か、ともかくそのたぐいの雑誌で読み、以前に読んだ吉田氏の評論とあわせ「吉田秀和はなんと耳の良い人だ」とあらためて感嘆した。

 世にある美しいものは、その真の価値を感じ取れる人がいて、はじめて存在しえるというところがある。そして、その真の価値は、人に知らせる術を持っている人により、より広まり、普遍的なものになりうる。

 吉田秀和氏は、世の美しきものの真の価値を知る術、そしてその価値を知らせうる術の、両方を持った稀有の人であった。
 まさにミューズの神のもとに生まれた人であり、その98年の生涯は、ミューズの神に与えられた使命を見事に果たした、天晴れな生涯といえよう。

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Comments

最後に「といえよう」で締めるとは!

いや、ここ数回力の入った文章でした。大偉業がなされるか、偉人がお亡くなりになると力の入った文章が読めるのですね。

Posted by: AB | June 01, 2012 12:22 AM

頭のやわらかい若いころに、自分の考え方について影響を受け、それが血肉となっているような人達が亡くなると、やはり感慨深いものがありますね。
まあ、50歳近くの我が身では、そういう人達のほとんどは鬼籍にいるわけですが。

そういう影響を受けた人たちについて、過疎ブログながら、追悼文を書くのは恩返しのような意味もあります。
というわけで、その人たちに報いるためにも、まだ生きねば、とか思ったりもします。
とりあえずは、ひたすら棋譜を並べた呉清源(98歳)よりは、生きるのを目標としますか。その次は丸谷才一(86歳)かな。

ちなみに、影響を受けた人の死で一番ショックだったのは、ジョン・レノン(40歳)ですね。これ以上の衝撃はたぶんもうないでしょう。

Posted by: 湯平 | June 01, 2012 10:33 PM

とりあえずと言いながら、歳の順に偉人を並べたつもりだが、ブラッドベリ(91歳)のことをすっかり失念していた。
6月7日訃報を聞き、これもショック。

Posted by: 湯平 | June 07, 2012 09:52 PM

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