読書:無菌病棟より愛をこめて (著) 加納朋子
小説とは結局は「人間」を描く芸なのであろうが、その描かれる多種多様の人間像のうち、リアルに存在する「いい人」を描いて、当代で加納朋子ほど上手い作者はいないと思っている。
彼女の作に出てくる「いい人」は、宗教書や伝説とかに出てくる聖人や善人系の「いい人」と違い、絵空事ではなく、私たちが今生きている社会に実際に存在している、確かな実在感を感じさせてくれる。
加納朋子の著作は全部読んでいるけど、今年出た新刊「無菌病室より愛をこめて」は、ミステリではなくて、なんと著者自身の闘病記であった。
体調が悪くなった著者が大病院で検査を受けたところ、「血液のがん」といわれる急性骨髄性白血病であることが判明。そして精密検査を受けたところ、それは白血病でも特にたちが悪いタイプのものであった。
白血病に対する抗腫瘍薬による治療はハード極まるもので、そのハード極まる治療を受けても寛解は難しく、結局さらにハードである骨髄移植が適応だと判断され、著者はその治療を受けることになる。
そして死亡率も高いその治療を乗り越え、なんとかほぼ白血病細胞が消滅するまでにいたった。それでも治療はまだまだ続き、治療は途上であり、これはその中間報告を書いたルポである。
白血病を含めた悪性疾患に対する治療などについては、かなり詳しいことが書かれた闘病記はすでにいくつかあるが、この本はそれらとはずいぶんと異なったものであった。
冒頭の話にいきなり戻るが、「いい人」の定義をしてみる。
「いい人」とは、人の気持ちを思いやり、人の悲しみ苦しみを、自分に置き換えて考えられ、だからこそ人に対して優しくなれる人であろう。
そして本書で知る加納一家は、著者を含めてみな「いい人」であることが分かる。病気が分かったときの家族の反応、そして著者の反応をみれば、あなたたち、そんなに優しくていいの?とか突っ込みたくなるくらい。
著者の作に描かれた「いい人」があまりにリアル感があるのは、著者がそういう環境に生まれ、育ったからなんでしょうね。
著者はこの本が、今まで書いたミステリ等の小説とちがって、あまりにプライベートなものなので、発刊に躊躇を感じたと述べている。
ただ、それでも発刊を決意したのは、表題に示す「愛」であった。
「無菌病棟より愛をこめて」の「愛」は、無菌病棟で過酷極まる治療を受けた著者のからの、同じような境遇になってしまった人へのメッセージのことなのである。
白血病になった人たちに、「決して絶望しないで下さい」と伝えるため、著者はこの作を書いたのだ。
本書は全体的に淡々とした筆致で書かれているが、行間からにじみ出てくる、哀しみと、同時に現れる明るさが、独自の魅力を与え、そしてあとがきにいたり、静かな感動を与えてくれる。
名著であるとは思うが、読みたくなかった名著だというのも実感である。
加納朋子(著) 無菌病棟より愛をこめて
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Comments
著者さんの闘病記と知って愕然としました。治ってよかったです。
気力とか前向きさとか人の良さが良く伝わってくる一冊でした。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。
Posted by: 藍色 | June 27, 2017 08:05 AM