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August 2011の記事

August 23, 2011

読書:人生は五十からでも変えられる (著) 平岩正樹

 著者は抗癌剤治療では有名な人であり、独自のオーダーメイド抗癌剤治療を行い、延命効果をあげてきた実績を持っている。
 そのため著者のもとに、全国から通常の医療機関では手のつけようのなくなった癌患者さんが殺到していた。

 しかしながら、それほど需要があるのに、そういうことを行っている医師は平岩氏ただ一人であり、マンパワーは決定的に不足している。しかも「抗癌剤治療」というものは手間がかかるわりには診療報酬ゼロという技術であり、著者はボランティアでその治療を行わざるをえず、収入はアルバイトで得ていた。(←ひでぇ話だ)

 そういうこともあり、著者は精神的、肉体的に疲れ果て、鬱状態に陥ってしまう。そのため、ついに臨床医を辞める。辞めたあとはなにをしようかと考えた結果、学問をしたいとの結論にいたり、齢50過ぎにして母校の東京大学の文学部に入学し、歴史学専攻の学生となった。
 そこで著者は学問以外のさまざまなことを知り、「人生は五十からでも変えられる」と、高らかに言い放つ、という本である。

 著者が東京大学で経験したのは、トライアスロンであり、海外でのボランティア活動であり、神学、哲学とかであったり、…よく身体を動かし、頭を働かしといったところで、とにかく「頑張るのが好きな人」であるのは間違いない。

 日常の生活に倦み、「人生を50才で変えたい」と思っている人は、けっこうな数がいるとは思うが、どう考えても、著者は特殊な人であり、この本がそういう一般的な人の参考になるとは思えない。


 さて、東京大学の4年間で、よく学び、よく遊び、よく運動した著者が卒業したあとなにをやっているかと言えば、もとの抗癌剤治療専門家として、臨床の場に復帰している。
 …ぜんぜん人生変ってないじゃん、との突っ込みは誰でもいれたくなるではあろう。
 ようするに抗癌剤治療医は、著者の天職であり、東京大学の4年間は著者にとてはリフレッシュの期間であったのでしょう。

 だから、この本の内容からは、「人生は五十からでも変えられる」との題名は、おかしい。変わってないんだから。
 それゆえ本来の題名は、「五十からでも新しいことを始めていい」というふうにするべきではあったのでしょう。
 しかしながら、50過ぎたいい大人が、社会のしがらみ、家庭のしがらみを捨て、新たなことをするというのは、恵まれた環境が必要であり、…著者は自分がその恵まれた環境にいるということを自覚していないっぽいのが、この本の少々鼻白むところである。

 そういうことはともかくとして、たしかに著者の描く東京大学での4年間の暮らしはとても楽しそうである。
 人生の楽しみ方はさまざな種類があり、そのなかの一つの例として、この本は参考になるであろう。


 …………………………………
 人生は五十からでも変えられる 著 平岩正樹

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August 20, 2011

ふく菜@宮崎市で秋の気配を楽しむ

 まだまだ暑い日が続くなか、それでも涼しい風が吹くときもあり、秋が確実に近づいている気配を感じる。
 秋の気配はもちろん食事からも分かるのであり、本日は、「ふく菜」で楽しんできた。

【造り】
Onomi

 造りは、ゴマアラ、ホタテ、クジラ尾の身。
 ゴマアラは南九州でよく見かけるけど、アラを少しばかり濃くしたような味が特徴的。クジラの尾の身は脂がたっぷりである。

【ハモ】
Hamo

 ハモ椀。
 ハモの旨みを純粋に出した、ハモの魅力をストレートに味わえる椀。
 ハモの骨切も、見事なものである。

【松茸1】
Matsutake

 松茸の餡かけ。
 秋の訪れは、やはり松茸から。秋の香りがあるとしたら、日本では、これが断トツで選ばれるでしょうね。

【松茸2】
Matsutake2

 松茸は土瓶蒸しに限るという意見もあるであろうが、シンプルに焼くのも、それに負けず劣らずの美味である。
 なによりも、これは酒が進む。

 このほか、水貝に蓴菜を添えたもの、素麺唐墨和え、鮎塩焼き、と格調高い和料理が続いたのち、カツオ丼で〆。

 素材の良さと、調理の技術の高さに加え、秋の訪れの演出に満足した、ふく菜の夕食であった。

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August 09, 2011

割烹旅館さつき@浅虫温泉

 青森の奥座敷、浅虫温泉は津軽海峡を望む湾岸の、鄙びたのどかな温泉地であり、しかし、ねぶた祭りのときだけは賑わいを示す地であり、その賑わう時期に訪れた。
 …でも、やはり静かで、落ち着いた、安らぎのある温泉地であった。

【浅虫温泉駅の高架橋からの眺め】
Station

 浅虫温泉は、陸奥湾と、背後の山に挟まれた狭い地に、いくつもの温泉施設が立ち並んでいる。
一種の箱庭的地形の温泉地であり、出歩ける範囲は限られていることから、かえってそこでじっくり過ごせる、そういうところである。

【割烹旅館さつき】
Ryokan

 浅虫温泉駅から歩いてすぐのところに、「さつき」はある。
 客室は8室のこじんまりした、家庭的な宿である。
 入れば、いかにもやる気のなさそうな猫がごろんと寝転がっており、なんとものどかな雰囲気をかもしだしている。

【夕食】
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 「割烹旅館」と銘打つだけあって、青森の新鮮な素材を用いた、鮮魚系の料理がずらずらと並ぶ。
殻付雲丹、水貝、赤貝、本鮪、牡丹蝦、毛蟹、キンキ…
 海近き宿に泊まり、こういうものを食いたいと期待するものが、ふんだんに出てくる。日常を離れ、宿に泊まったときに食するに、満足度の高い料理だと思う。コストパフォーマンスもたいへんよろしい。

【朝食】
5

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 朝食も、またよろしい。
 朝食では、津軽名物「味噌焼きホタテ」が出される。
 ホタテの貝殻に載せたホタテの切り身に味噌出汁をくわえ、それに卵をかけて、半熟状に煮立てる。酒の肴としても、御飯のおかずとしても、なかなかの上物である。


 そして料理も良かったが、浅虫温泉もきもちのよい温泉であった。
 軽めのぬるぬるした感触のある温泉で、それが源泉掛け流しで24時間供される。
 静かな海沿いの地で、美味い料理と、気持ちよい温泉で、ここもゆったりした時を過ごしたい、そう思う浅虫温泉であった。

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August 08, 2011

林檎畑のなかの洋館 アグリハウス@弘前市

 ねぶた祭りに行こうと思い、8月5日の宿をネットで探したら、当たり前のことながら青森市には一軒の空きもなく、隣の弘前市に一つだけ空部屋があったので、それをGETして、とりあえずはねぶた祭り行きを決めた。

 「予約が取れた」というだけで、なんの知識もないまま訪れたその宿「アグリハウス」。
 訪れてみて驚いた。

【アグリハウス】
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 ネットに載っていた外観は、ペンション風の建物だったので、数組の客が泊まる宿なのだろうと思っていたが、なんとこの「アグリハウス」は、洋館一棟がまるごと貸し切りなのである。

【リビング】
Living

【階段】
Stairway

【キッチン】
Kitchen

 部屋の数は多く、その部屋がまた広い。
 泊まりこみでパーティを開いたりするのによく使われているんだろうな。

【外の眺め】
Mtiwaki

 アグリハウスは、はっきりいって不便なところにあったが、しかしロケーションはたいへん素晴らしい。
 林檎畑のなかの高台にぽつんと一軒あるので、さえぎるものとてない広々とした眺望が楽しめるし、そしてその眺望の真ん中には、名峰岩木山がそびえている。絶景といってよろしい。

 アグリハウスは、この風景を楽しみながら、ゆったりとした時間を過ごすのが、正しい使いかたであろう。

 しかし私はねぶた祭りに来ているのであり、さっさと青森に行く必要がある。館の滞在を楽しむ余裕もなく、荷物を置いたのちは、青森駅へGo。

 そしてねぶた祭りを堪能したあとは、弘前駅にたどり着いたのは午後10時半。
 じつは夕食は、広くて雰囲気のいいキッチンをみたとき、ワインでも買って、素材も買い込んで、軽くイタ飯でも作ろうかなあ、などと思っていたのだが、そんな時間に駅到着では、とても夕食を作っている時間などない。
 しかたなく、コンビニで、出来あいのものを適当に買ってきて、缶ビールで「ディナー」ということにした。

【コンビニディナー】
Dinner

 キッチンの立派さに対して、このディナーのなんと寒々としたことか。
 まあ、べつに不味いものでもなかったから、それはそれでいいとしよう。


 アグリハウス、それ自体は素晴らしい建物でありロケーションであった。
 林檎の実るころ訪れれば、さらなる美しい風景、それに香りが楽しめるであろう。
 もう訪れる機会もないだろうが、それを楽しめる人たちをうらやましくも思う。

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August 07, 2011

ねぶた祭り@最終日

【昼のねぶた】
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 6日間行われるねぶた祭りで、最終日のみは、ねぶたは昼の運行になる。
 光の祭典のような夜のねぶたと違い、昼のねぶたは内部の明かりがないだけに、生の色彩と造形とが単純によく分かる。
 やはり昼と夜のねぶたは両方経験するべきものであろう。

【踊り手(青森市長)】
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 夜は踊り手の詳細がよく分からなかったが、昼はタスキが読めるので、分かりやすい。
 ねぶた祭りは青森で最も大きな祭りであり、そして青森を代表する企業、組織がねぶたを出しているので、その組織の長が、先頭で踊り手を率いて踊っている。
 JR青森は青森駅長、青森市は青森市長、東北電力は会長代理、といった人たちが、けっこう達者な踊りを披露していた。

【ディズニーカー】
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 大震災の年のねぶたは、特例として、米国からの応援で、ディズニーランドのパレードカーが参加していた。
 本家の電飾ギラギラのものでなく、ディズニーキャラクターたちがパレードカーのうえで踊り出すという地味なものであったけど、…あらゆるねぶた運行のなかで一番受けていたなあ。
 エンターテイメントの技能は、やはりディズニーは傑出した力を持っている。

【花火大会】
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 日が暮れてからは、花火大会に、それに優秀賞を取ったねぶたの海上運行で〆である。
 ねぶたの海上運行は、これも楽しみにしていたのだが、ねぶたを乗せた船が岸壁に近づくところは、有料の指定席となっており、一般席からは、光満載の船を遠く望めるのみであり、迫力不足であった。これを知っておけば、双眼鏡くらい持参したのだが。

 花火が終わりかけのころ、青森駅から電車に乗る。
 たぶんこの時期だけであろう、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車で、浅虫温泉の宿へと着。

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August 06, 2011

青森ねぶた祭り(夜)@平成23年

 東北三大祭りの一つ、青森ねぶた祭り。
 一度は行きたいと思いつつ、なにしろ祭りの時期は青森市の宿泊施設は瞬時に満室となり、宿の確保が難しいゆえ、訪れる機会もないままとなっていた。
 しかし今年の夏は、一度は東北を訪れないとなにか悪いような気がしていたし、これを機会に訪れないと、訪れることもないままとなるような気もしたので、交通の便の悪さは我慢し、青森市の周辺で宿を取り、ねぶた祭りを訪れた。

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 ねぶたは実物をナマで見ないと、その美しさ、迫力はまったく分からない。
 私はねぶたを写真でしか見たことがなかったため、ねぶたを羽子板のような平面的なものと思っていたが、実物はそんなものでは全然なく、巨大な立体的な像群であった。
 長径が10mほどもある長方形の台座に、きわめて複雑な形の像がいくつも載せられ、それらは鮮やかな色彩に塗られて、内側からの照明で輝いている。この巨大なねぶたが、大勢の者に曳かれて、観衆の目の前で、動き、揺れ、回る。
 この大迫力は、動画でみて分かるようなものではなく、青森に実際に行かねば、知り、感じることはできませんな。

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 ねぶた祭りは、ねぶたがただ運行しているのではなく、大勢の、笛,太鼓,手振り鉦をリズミカルに鳴らす囃子たち、それに踊り手たちとともに運行している。
 その活気たるや、街中にその熱気が満ちあふれるほどであり、青森の人たちは、このねぶた祭りに、全てといっていいくらいエネルギーを傾けているかのように思える。
 それこそ、この人たちって、祭りが終わったら、真っ白になってしまうんじゃない?と思ってしまうほど。


 青森のみならず、東北から、日本全国から、300万人近い人が集まる青森ねぶた祭り、たしかにそれだけの価値はある、美しく、華やかで、そして迫力のある祭りであった。

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仙台七夕祭り@平成23年

 七夕祭りは、各地の習俗、各地の宗教、それらの色々な習合があって、なんだかよく分からない祭りとなっているけど、本来は「盆」の行事のなかの一つなのであり、基本は、死者を迎える鎮魂のための祭りである。

 七夕祭りは、やはり仙台のものが有名であり、一度は実物を見てみたかったので訪れてみた。

【仙台七夕祭り1】
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【仙台七夕祭り2】
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【仙台七夕祭り3】
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【仙台七夕祭り4】
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 ずらずらと並べてみた。
 七夕の飾りつけの多さにも驚くが、それよりも東北仙台の街中を歩いて驚いたのが、仙台の商店街の馬鹿でかさであった。
 東北における仙台市の地方的存在感は、九州での福岡市と同様に思えるが、福岡市にはこんな巨大な商店街はなく、当然九州の各地にもこんな大きな商店街はないわけで、九州在住者としては、東北にここまで巨大な商店街があることに感心してしまった。
 そして、その巨大な商店街すべてに、七夕飾りがなされているわけで、歩く人々の数多さもあり、人を含めて、それは壮観そのものの光景であった。

【仙台七夕祭り5】
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 七夕飾りには、ただぶら下げておくものだけではなく、このような動く仕掛けものがあり、観光客は足をとめて、それを楽しんでいた。
 七夕祭り、なかなか奥が深い。


 七夕祭りは鎮魂の祭りであり、そして今年の仙台七夕祭りは、あの大震災のあとなので、特別なものであった。飾り付けの短冊には、慰霊の言葉が数多く書かれており、読んでいて心が痛くなるようなものもあった。
 しかし、それでも祭りは、賑やかに、華やかに行われていた。
 盆が、還ってくる死者と、そこに生きている者たちとの交感の場ならば、静謐な死の世界から、この日のみに還ってくる人たちにとって、このような生命あふれる場こそ、望ましいものでないだろうか、そう思った。

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August 05, 2011

居酒屋:阿古@仙台市国分町

 東北へ祭り見物へと行ってきた。
 一日目は仙台に宿泊。
 仙台は魚の美味しいところである。そして有名な鮨店もいくつかあるので、夕食は鮨にしようかなとも思ったが、なにしろ大震災のせいで、三陸の漁港の機能が停止しているので、鮨店ではネタ揃えも大変だろうからと、却下。
 それよりはネタ揃えで工夫の利く居酒屋にしようと思い、国分町の「阿古」を予約した。

 7時からの予約であったが、石巻から仙台に戻るときの仙石線が、ズタズタになっており予定より1時間以上も遅れて仙台にたどり着いたため、遅れてすみませんの電話を入れての来店。店には申し訳なかったが、本日はちょうど七夕祭りの前夜祭で、市内では花火が打ち上げられており、それを見ながら店に行けたのはラッキーであった。

【阿古店内】
Ako

 阿古は、鮮魚系+炭火焼き系の居酒屋であり、焼きものに特に自信があるようであった。さらに名物メニューとして、「鴨セリ鍋」というものがあり、ちょっと期待していたが、メニュー表をみると、やはり秋冬の限定品であった。残念。

【カツオのタタキ】
Katuo

 カツオのタタキは、藁で軽く炙って、藁の香りの奥にある新鮮なカツオの味と香りがよく分かる。
 カツオはジャンボサイズであり、もしこの店を一人で訪れたなら、この一品で満腹になるサイズ。
 全体的にどの品も3人くらいで食べるような量になっており、この店はそういう使い方が適しているみたいであった。

【銀ダラ】
Gindara

 これも店の名物、銀ダラ焼き。
 銀ダラは、北の海に住む深海魚であり、くせのない脂がたっぷりである。
 九州では味付けして食べることの多い魚だけど、産地に近いせいか、生の味をしっかりと出した料理である。

【笹蒲鉾】
Sasakamaboko

 仙台といえば、笹蒲鉾。
 この店の笹蒲鉾は、笹饅頭とでもいいたくなるような、ふっくらした、大きな蒲鉾である。歯ごたえも、餅を焼いたような感じであり、なんとも独特な蒲鉾であった。これは笹蒲鉾の概念が変わるような逸品である。

【サンマ塩焼き】
Sanma

 サンマは秋に獲れた型のいいものを塩サンマに保存して、今の時期に出すそうだ。熟成、というわけでもないんだろうけど、まずは大きさに感心。そして味もたしかに豊かなものである。

【温麺】
Unmen

 このほか、汲みだし豆腐、焼きトマトなどを食したのち、〆は宮城県特産の「温麺」。一種の素麺であるが、油を使わないのが特徴だそうである。
 野菜と根菜の汁に、葛をからめて、麺を食べる。
 なんというか、野趣豊かな、いかにも郷土料理という感じの料理であった。


 旅に出たときしか食べられないような料理をたらふく食ったのちは、仙台の町を歩いて、宿へと帰る。
 明日から七夕祭りであるが、その前夜にもすでに商店街にはいくつかの飾り付けがされている。
 これが明日には、ものすごい量に増えるのである。

【仙台七夕前夜】
Tanabata


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