小松左京氏死去の報を聞いて
小松左京氏の訃報を聞き、氏の作を愛読していた者としては、やはり感慨深いものを感じる。
氏の作品は名作ぞろいなのであるが、「果てしなき流れの果に」は、特に読書体験として貴重なものであった。
壮大にして深遠な世界に、ぐいぐいと引きずりこまれ、主人公とともに時空を飛びまわり、めくるめく経験をしたのちに、一挙に、寂しくも哀しい、日常に放り出されるという、宇宙規模的ジェットコースターとでも称すべき、読書の醍醐味といえる時間を味わうことができた。
これほどの作品を生み出すのは、小松左京氏の、途方もない知識と、想像力と、それから筆力あっての力業であり、こういう巨人的な作家は、まさに稀なる存在であった。
氏の作品で最も有名なものは、日本が日本海溝に引きずりこまれ、日本が沈んでいく「日本沈没」であろう。
氏は、日本人のアイデンティティは、日本という国土に依っているのであり、それでも、それを失っても誇りを持って生きていく日本人を書きたかったそうである。そして、その国土の破滅として、綿密に研究した結果、将来あり得るものとして「日本沈没」というフィクションを考え出したわけであるが、しかし、その前兆とでも言うべき破滅的事象が、今年の3月に、東日本大震災という形で実際に起きた。あの震災は、日本が日本海溝に落ち込んでいくまでの一過程で起きたのである。
氏としては、自分が生きているあいだは、フィクションであろうと思っていたものが、その一部が現実に起きてしまった。それを見て、何を思ったのであろうか?
「日本沈没」では、国土が破滅していくなか、誇り高く生きていく、日本の一般市民、経済人、そして政治家が描かれている。国土を失い、流浪の民となっても、たくましく生きていく日本人への期待が、作には込められていた。
しかしながら、今回の大震災では、残念ながら、少なくとも政治家に関しては、ため息が出るくらいに誇り高くなかったことが判明した。
この現実をみて、国土の壊滅とともに、人も社会も崩壊していってしまう「新・日本沈没」を、氏のような知性の巨人に書いてもらいたかった、とか皮肉なことも思ってしまった。
小松左京氏、平成23年7月26日没。享年80歳。
壮大で、深遠で、しかも楽しく、また恐ろしい、数多くのSFを読ませていただき、心より感謝しています。
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