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June 2011の記事

June 28, 2011

梅雨明け!

Tenki0

 先週末は台風5号のせいで、このごろ定番のような、空の底が抜けたような大雨が降っていたのであるが、週が明けて、夏そのものの青空が広がっている。しかしまだ6月。梅雨前線の逆襲は明日くらいかな、と思っていたら、気象庁によって本日28日梅雨明け宣言が出された。

 え~と、まだ6月なんですけど。
 6月のうちに梅雨が明けた、なんてことは半世紀近く生きている私としても、経験なきことである。
 まあ、今年の日本の自然現象は、もう何があっても驚かない、というレベルのものだが、…それにしても、よりによって、日本の歴史のうち、最も暑くならないでほしいと誰もが願った今夏で、とんでもなく早い梅雨明けかあ。
 日本国民、なにか天に悪いことしたのか? -そう問えば、思い当たる節は多々あれど、それでもそう愚痴りたくもなる。

 それでも雨が上がれば、サイクリングの季節。
 暑さを無視すれば、ひさしぶりの乾いた路面は、自転車にとってご機嫌なものだ。

【愛宕山公園から】
Park

 そういうわけで、定番の愛宕山。
 梅雨明けの空のもと、日向灘を望む。
 暑かろうが、蒸し蒸ししていようが、坂を上りきれば、そこには満足感が待っている。

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June 27, 2011

コミック:とりぱん(11) とりのなん子 著

Toripan

 東北岩手に住む作者が、庭を訪れる野鳥たちの仕草、あるいは東北の自然豊かな地で暮らす日々の魅力、移ろいゆく自然の美しさを描く短編集である「とりぱん」。
 作者の独自の感性が描く、東北の自然の様々な姿は、あるものはコミカルで、あるものは詩的であり、漫画つきの良質なエッセイと称される分野のものであろう。

 季節はいつものようにめぐり、自然は静かであり、平穏なまま過ぎていくであろう東北の日々を描いていたはずの「とりぱん」であるが、連載6年目にして、作者は大事件に遭遇することになる。
 もちろん、3月11日の東北大震災のことである。

 大地は揺れ続け、電気が通らず、あらゆる情報から隔絶された不安な一夜を明かしたのち、翌日作者は、東北を襲った大災害の実態を知ることになる。
 幸いなことに作者は内陸に住んでいたので、自身や家族は大きな被害を受けることはなかったけれど、それでも少し離れた地では大災害の光景が広がっている。

 作者は呆然とした日を過ごすなか、いつものように庭を訪れた小鳥たちを眺め、彼らの声を心で聞く。
 ―小鳥たちは、電気もガスも関係なく、食べ物がなくなり寒さが厳しくなれば、そこで一人で死んでいく。それが当たり前であって、地震や津波だって彼らにとっては彼らが生きている自然のうちの一部である。
 作者は自省する。その小鳥たちと異なり、人間は自然とあまりに離れたところで、生活を営んでいるのではないか?

 それでも人は今の生活を生きていかねばならない。日常を取り戻すため、人々は社会での己の役割を果たしすべく、コツコツと活動を始めた。
 そして作者も机からノートを取り出し、漫画を描き始める。

 作者は思う。自然はたしかに厳しく恐ろしいものであるが、それでも、いやそれだからこそ美しいものである。その美しさを描きとめていくことこそ、自分のこの世での役割ではないかと。


 あの大災害を経験した人、見た人は、多かれ少なかれ、その人生観や自然観は変わらざるをえない。
 明るく愉しかった「とりぱん」の世界が、震災後、明らかに深化してきている。


 …………………………………
 とりぱん11 (著)とりのなん子

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June 26, 2011

読書:ジェノサイド (著)高野和明

 内乱続くコンゴ共和国のジャングルに暮らすピグミー族の一村落で、人類を破滅に至らせかねない強毒性のウイルスが蔓延しているという情報がアメリカに入った。 
 それに対応するため、政府は各々特殊技能を持つ腕利きの傭兵達を集めて強力なチームが結成し、ミッションが行われることになった。チームには「感染したピグミー族を全員抹殺すると同時に、彼らのなかにいる一匹の『奇怪な生き物』も始末すること」という、奇妙な命令が下される。

 傭兵チームはその奇妙な命令に不審感を抱きながらも、ゲリラの跋扈するジャングルを進み、やがてピグミーの村に到達し、『奇怪な生き物』に遭遇する。
 『奇怪な生き物』の正体は、すぐに明らかになる。それはピグミー一族のなかに生まれた突然変異の人類、つまり新人類であった。
 このミッションは、現人類を遥かに凌駕する知能を持つ、超常的存在を知ったアメリカが、それがまだアフリカという未開の地にいるうちに始末をしてしまおうと決意して行ったものだったのである。

 傭兵達はこの「汚い仕事」が終わったのち、彼らもアメリカから始末されることを知り、高い知能を持つ『新人類』の力を借りて、ゲリラとアメリカを敵に回して、コンゴから脱出を図ることになる。
 そしてその脱出行を続けるうち、世界規模で異様な現象が生じるようになる。それにつれ、このミッションを本当に操っているのは、アメリカでもなく、また彼らが連れている『新人類』でもなく、もっと高次の存在が介在していることが明らかになってくる。
 このとき表題のジェノサイドの真の意味がはじめて分かって来る。ジェノサイド(民族虐殺)はピグミー一族に対してのものだったと思っていたのに、じつはジェノサイトのターゲットは、人類そのものであったことが。

 アメリカ、コンゴ、日本、ヨーロッパと、舞台はめまぐるしく動き、全ての伏線がうまく収拾されたところで、物語はいったん幕を閉じることになる。よく練られた筋である。
 そして物語は全編を通して、迫力と驚きに満ち、ほぼ600ページを一挙に読ませる力を持っている。

 人類の進化を題材にしたSFは古来よりたくさん書かれており、名作も多いが、このジェノサイドはその名作群に十分に肩を並べられる作品であろう。

 著者の高野和明氏は寡作な小説家であるが、どの本もレベルが高い。そして、これだけのレベルを保つには、今の刊行ペースが目いっぱいなんだろうな。もっと著者の本を読みたいけれど、そういう事情なのだろうで、これは仕方ない。


 ……………………………
 ジェノサイド (著)高野和明

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June 25, 2011

映画:X-MEN ファースト・ジェネレイション

1st_generation

 ある種族の一部に進化が生じ、新種族が誕生する。そうなるとその種族は、新種族と旧種族間で生存競争が起き、それに勝ったほうがその種族を維持する。これが生物界のルールであり、現在の人類も、幾種もあった人類種のうち、生存競争に打ち勝ったホモ・サピエンス一種のみが人類として生き残っている。

 映画X-MENの舞台では、20世紀になってそのホモ・サピエンスの一部に超常の能力を持つ者が現れ出した。新人類は、当然旧人類から攻撃を受けることになる。その新人類のうち、旧人類との調和共存を目指すグループのリーダーがチャールズ(プロフェッサー・X)。旧人類と敵対するグループのリーダーがエリック(マグニートー)。彼らの争いを描いていたのが、X-MENの1~3だったわけだが、今回上映の1st generationは、彼らの若き時代、つまりチャールズがプロフェッサーXになり、エリックがマグニートーになっていく契機を描いたものである。

 二人とも将来は怪物になるだけあって、幼き日々は常人離れした生活を行っているのだが、特にチャールズの生活が哀しい。

 資産家の子供に生まれたチャールズは城のような家に住んでいる。
 彼はテレパスであり、幼きときから人の思考を読むことができる。
 少年チャールズは、母親からは化け物扱いされており、母から遠ざけられた生活をしている。その孤独のなか、彼は家に泥棒に忍び込んできた、幼い新人類ミスティークを見つけ、初めて世の中には自分と同類の者がいるのを知り、安堵する。

 チャールズは新人類としても学者としても成長していき、大学卒業と同時に教授となる。彼はだんだんと新人類の仲間を見つけていき、グループを作ることになる。

 しかしチャールズのグループとは別に、旧人類を相手に戦争を仕掛けようとする新人類グループがあり、これを阻止せんとチャールズは奮闘する。
 ところが、その戦いで示された新人類の力に旧人類は恐慌状態になり、新人類を抹殺することを決定する。


 …というわけで、結局は敵になるに決まっている旧人類に対し、ならばさっさと敵になると決意したのがエリックである。きわめて正常の思考であり、当然にエリックに新人類の多くはついていく。チャールズと幼きときから一緒に過ごしていたミスティークでさえも。


 なぜ、チャールズは新人類の指導者でなく、旧人類の庇護者を選んだのか?
 これについては映画からははっきりした答は得られないようで、チャールズの個人的嗜好としか言えないみたい。

 ただ、旧人類が恐れたような、旧人類を容易に滅ぼせる新人類、-圧倒的力を持つスーパーフォースは、じつは作中登場するのはただ一人、チャールズだけである。
 他人の思考を読み、他人を操ることのできる能力というのは、それだけで最強に近いものがあり、そして脳波増力器(セレブロ)を使えば、全人類さえ滅ぼすことが出来る、というのはX-MEN2で証明すみであり、チャールズはほとんど神に近い存在なのである。

 チャールズは自分の能力の意味を知らない幼き時に、周囲の人々から恐れられ、疎外されたことは間違いない。しかし彼はそのことで周囲を恨まず、ただ、なぜ自分がそういう存在なのかということを苦悩するのみであった。
 彼はやがて自分の存在に意味があることを知り、人類との調和、その道を進んでいく。
 親友エリックからも、幼き日からの心の友ミスティークからも離反されたことから、彼はその進んだ道を、自分の信じた者からも理解できないことを知る。それでも彼はその道を進んでいく。
 哀しく、辛い道だと思うが、映画ではチャールズは、あっけらかんとしており、故国から攻撃されても、友が離れても、それに脊髄を撃ち抜かれても、平常心を保っている。

 …たぶん神とはそういうものなのだろうな。
 心を読み、心を操れるチャールズは、すでに人間を離れ、ほとんど神に近い。
 神は孤高であり孤独であるが、それを寂しいとか辛いとかは思っていないだろう。チャールズもその域に達している。
 彼は、新人類と旧人類の戦いを、遥かな高みから眺め、結局は一つのところにしか行きつかない、その行末を、己の嗜好から、ただ伸ばしている、そういう存在なのであろう。

 神そのものに近いチャールズと、新人類としてその使命を懸命に果たしていくエリック。その相克劇も、また魅力であり、これを観たあとでX-MEN1~3を見直すとさらに面白みを増していくものに思えた。


 ……………………………………
 X-MEN ファースト・ジェネレイション 公式サイト

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June 24, 2011

暑さに耐えよう! -真夏日のサイクリング

 6月になって、空の底が抜けたように、ひたすら雨が降り続く日々を南九州は迎えている。
 まったく世の中にはこんなに雨の素があったのかと、6月以前のカラカラ乾季の日々を知る者としては思ってしまうわけであるが、そのせいでなかなか自転車で外に出ることができない。

 ところが、昨日・本日と、世の中には「晴れの日」もあったのだなあとか思い起こすような、見事な晴天が続いている。
 そういうわけで、定番の愛宕山裏表サイクリングに行ってきた。

 …行ってきたはいいが、30度を超える気温と、蒸し蒸しの湿気で、登り始めてすぐに、「こんなもん、絶対面白くねえ!」と引き返したくなった。まるでサウナの中で自転車を漕ぐような行為は、他人が見ても楽しくないだろうし、自分自身もまったく楽しくない。
 そういうわけで、「今年のサイクリングの季節は終わった、あとは10月にまた乗りましょう」と例年のごとく決意し、自転車はそのままお蔵入りでよかったのだが、残念ながら(?)、今年の夏は「阿蘇望」という目標がある。

 この暑さに耐えられねば、とても阿蘇望完走など無理なのは明らかなので、引き返すのを我慢し、根性で登っていく。
 登っていくと、この暑さでは心拍数がいつもより上がり、それに従いギアも1~2枚上げることになる。なんとか心拍数160以下を保持しながら登りつめた。

【愛宕山】
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 そういえば、前に愛宕山の伝説などを書いたが、そういう伝説を省いても愛宕山は魅力ある山で、展望も良く、特に夜景は素晴らしいものがある。
 とりあえず、愛宕山公園から見る、日向方向の景色を以下に紹介。

【愛宕山展望公園】
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 愛宕山をいったん下る途中、3台のMTBチームとすれ違う。愛宕山も、サイクリストが増えてきたなあ。
 登り返すうち、またすれ違った3台のチームはバラバラに下ってきており、実力に差のあるチームみたいであった。

 さて、自転車の魅力の一つは、風をきって進む爽快感だが、この暑さのなかのヒルクライムはとてもそういう爽快感を与えてくれない。
 それで、帰りは釈迦地トンネルを越えて、三輪交差点からのフラットルートを高速巡航することにした。この道は、広くて走りやすく、交通量も少ないことから、延岡のサイクリストのよく利用している定番の道である。

【三輪交差点】
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 ここからは高ケイデンスで、35km/hrで巡航する。いくら暑くても、これくらい速度を出せば、身体を滑っていく風も強く、爽快な気分が味わえた。
 夏の時期は、愛宕山ヒルクライムと、この巡航をセットにしないと、とてもサイクリングする気はしないなあ、とか思った。

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June 21, 2011

御馳走の記@藍海(宮崎市・中華料理) その2

【効外油菜遠】
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 莧菜(ひゆ菜)の炒めもの。
 中国野菜らしい味の強さと歯ごたえの良さが特徴的。
 これをピリ辛風味の辛子和えと、蟹玉和えの2種類でいただく。
 なお給仕をしている姿が写っているスーツ姿の人物は、シェトランホテルのサービスマンではなく、食事会参加者のリトル・キミヤ氏である。(ビッグ・キミヤ氏のほうは今の時間は光洋で鮨を握っており、ミドル・キミヤ氏は光洋で和食をつくっている。)
 リトル・キミヤ氏は光洋は忙しいのに、時間をもらって食の幅を広げるための勉強に来ているはずなのだが、大皿の料理を見ると、横浜サローネで鍛えた給仕の腕をついつい発揮してしまうようであり、全員に料理を配る。それは、たしかに上手な取り分けかたと、そしてタイミングであった。

【上頂鳳凰燉】
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 手羽先に、挽肉餡とフカヒレを包み、それを濃厚スープで煮たもの。
 控えめに入れられたフカヒレのむにょむにょした食感が面白く、その食感を引き立てるスープと鶏の味がまたよろしい。

【清蒸鮮石斑】
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 中華料理のスター、清蒸魚。酒蒸するのは、キジハタである。
 このキジハタの素材が抜群であった。そのまま和料理に使えるような鮮度抜群のものが、強引な中華味付けをされ、それに負けてたまるかというがごとき、本来の旨さを押し出し、じつに見事な料理となっていた。
 本日の文句なしのNo.2といえる、すばらしい美味。

【豉汁燜渡蟹】
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 渡り蟹とマッドクラブの野菜炒め。
 元々、味濃厚な二種の蟹に、これも味豊かな野菜を加えての、強力な料理。
 これは美味い。美味いのだが、さすがに、今までの濃いい料理の流れとしては、疲れてきた。
 本日の食事会は、若手の人は半分ほどであったが、横目で見るかぎり、彼らも疲れていた感じであった。

【揺柱香炒飯】
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 炒飯はその料理店の核とも言われるが、この薄味で整えた、ハラリとした食感の炒飯は、核そのものといっていいようなもの。
 この炒飯だけでも、この店に来る価値があると思います。

【衣笠茸・浮袋・椎茸のスープ】
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 料理が始まる前に、スープを最初にしますか、最後にしますか、との問いが店側からあった。
 そう言うからには、これが藍海の最強兵器のはずなのだろうが、最終兵器が最初に来てはそこで終わってしまうというNKさんの提案により、このスープは最後に出てくることとなった。

 はい。ノックアウトです。

 金華ハムの旨みを徹底的に仕込んだスープに、宮崎諸塚産の極上椎茸の出汁がからみ、それを飲んだ人がみな言葉を失ってしまうまでの、広がりと深みのある、…遠い世界へ連れて行ってくれるがごとき、黄金のスープ。
 「藍海」では、御馳走ばかりの料理であったが、そのなかでも最上のものが、このスープであった。

 最初から最後まで、めくるめく豪華な食の世界を経験させていただいた。
 これって、…大阪の「カハラ」以来の経験だな。
 でも「カハラ」がコース23000円なのに比べ、藍海はコース8000円。
 比べてみれば、素晴らしきCPである。
 ただし料理の内容からすると、それなりの大人数で来ないと、このたぐいの料理は出せないようにも思え、そうすると、本日の大人数参加の料理会はじつに正解であったと感心する次第であった。

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御馳走の記@藍海(宮崎市・中華料理) その1

 何が何やらよく分からないまま適当に使っているFacebookであるが、これは遊びのツールとしてはきわめて有効なことが、近頃分ってきた。
 Facebookは基本的には実物を知っている人しかPartyに入らないわけで、となると各自が互いの趣味嗜好を理解しているので、容易に目的ごとに遊びのイベントの誘いがかけられる。だから定期的にそういうイベントがFacebookに載ることになり、自分の日時の合う日がそこにあれば、それを選択して遊びに行くことができる。
 そういうわけで、今回初めてFacebook発の食事会に参加した。

 とはいっても面子はいつもとさほど変わらぬ人達なんだけど…

 今回の食事会は中華料理であり、宮崎県が日本に誇るバブルの巨塔「シーガイヤ」の一画にあるシェトランホテルのレストラン「藍海」でのディナーである。

 総勢13名の美味いもの好きたち面々の引率者は食通W氏であり、「W氏の連れて行くところ外れなし」というくらいの信頼度ある存在ゆえ、本日の期待度は高まるわけだが、…いつにもまして今回は大当たりであり、豪勢豪奢な貴重な時間を経験することができた。

 あまりに豪華だったゆえ、レポートは2回に分ける。本日はその1である。

【風味三小碟】三種冷菜盛り合わせ
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 まずは挨拶として前菜が。
 鮪、玉子、クラゲが中華風の味付けで出てくる。
 今日の料理は中華なんだ~という気を高まってくる。

【海上鮮鴛鴦】蛤とアワビの二種蒸し
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 蛤自体の素材が大変よろしい。和食派としてはこれをただ焼くなり蒸すなりすればそれで良いと思うわけだが、そうでなく中華風に肉やスープをかけることにより、強引に中華料理にしており、それはそれで納得できる料理である。

【遊水酔中蝦1】
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 ここから、目にも耳にも鼻にも、そして当然口にも楽しい、広東料理の真髄が始まる。
 まずは小柄なサイズの車海老(サイマキ)を大きなガラス瓶に入れ、中国酒(老酒)を注ぎ込む。車海老は当然暴れるが、暴れるうち酒をたっぷり吸いこみ、やがてはおとなしくなる。

【遊水酔中蝦2】
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 こうして、酒を吸い込んだ海老には、全体に酒の香りと味が回る。それを茹でれば、ほんのりと酒の香りが漂い、酒のコクをうっすらと身にまとった、なんとも不思議な味わいの茹で海老の出来上がり。

【焼烤富貴鶏1】
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 次に出てくるのは、この妙な茶色い大きな塊。

【焼烤富貴鶏2】
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 これがなにかと言えば、中国風鶏の蒸し焼きである。
 内臓を抜いたところに野菜を詰め、まわりを岩塩で覆い、ひたすら焼く。
 十分に火が回ったところで、カンカンと塩を砕き、そして中から蒸し鶏が出てくる。

【焼烤富貴鶏3】
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 鶏そのものも美味いけど、中でしっかりと旨みを吸った野菜、それにスープも当然美味い。
 それらをごっちゃにして食べると、混沌として、野性的な料理を楽しむことができる。

 ここまでの料理の演出、料理の濃さだけでもすごいが、まだ半分である。
 これからもメインが続く。

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June 20, 2011

愛宕山の伝説 -古代史ロマン

【愛宕山】
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 延岡のランドマーク愛宕山には伝説があり、それが展望公園の案内板に書かれている。それによると、「天孫ニニギノミコトが笠沙の岬(=愛宕山)に到来し、ここで妻となるコノハナサクヤヒメと出会った」とのことである。

 日本書記および古事記から神話的装飾をあえて外して天孫一族の足取りをたどれば、彼らは「笠沙の岬に上陸し、それから高千穂の地で勢力を増してから、日向の地に下りてきて、さらに勢力を増したのち美々津の岬から東征へ船出していった」ということになる。
 その天孫一族上陸の地「笠沙の岬」こそ、現在の愛宕山というわけなのだが、…これにはずいぶんと無理がある。そういう無理なことを、堂々と案内板に載せるのもいかがなものかと思わぬこともないが、…まあ神話でそういうことになっているので、いいといえばいいか。


 天孫一族の足取りは、すなわち弥生文化―稲作文化の広がりと一致する。
 稲作文化は東南アジアを発祥の地とする。これが九州に渡ってきて、それから全国へ広がっていった。中国から日本への文化伝達のルートは、中国→朝鮮半島→壱岐対馬→九州がメインルートであるが、稲作文化に関してはそのルートではないことが、近年の学術的調査から判明している。

 稲作文化は朝鮮半島を経由せずに、直接九州に伝わっている。
 そのルートであるが、中国南部から船を出して海流に乗ると、だいたい鹿児島の薩摩半島の野間岬あたりに着くようになっている。たとえば中国南部から出港して遭難した鑑真和上はそこに漂着しているし、またマカオ発で日本を目指したフランシスコ・サビエルも同じようなところに上陸している。

【笠沙の岬】
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 数百年もあいだに幾度も幾度も行われた、中国南部からの九州への船旅を行った者たちのなかに、天孫一族がいたことは間違いなく、この渡航者たちのなかで歴史を伝える力を持っていた天孫一族によって、あいまいな形ながら、いかなるルートで彼らの文化が広がっていったかが記録に残された。

 新文化の到来の記録として、九州には天孫降臨の伝承のある地は二つほどあるが、海を渡っての天孫上陸の伝承の残る地は一つしかない。それは、やはり中国からの船旅の到着点である野間岬周辺であり、現在の鹿児島県南さつま市笠沙町である。
 地理的条件からも、伝承からも、神話に伝わる「笠沙の岬」は、ここと断定してよいであろう。


【笠沙→高千穂→美々津】
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 笠沙の岬に上陸した天孫一族の移動を地図で現わせばこういう感じとなる。
 笠沙に上陸した一族がその近傍である鹿児島や熊本南部で勢力を持てなかったのは、そこが稲作に適した地でなかったということより、そこには隼人族や熊襲族などの、強力な土着の縄文族が勢力をふるっており、そこでの生存競争には打ち勝てなかったからであろう。
 そして一族は長い旅ののち、高千穂~阿蘇に安住の地を持ち、そこで勢力を蓄える。その後一族は海沿いの日向に出てさらに力を強くさせ、それから東へ向けさらに勢力を拡大させていったというのが神話に伝わる、天孫一族の行跡である。

【海→愛宕山】
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 さて、もし延岡の愛宕山が、伝説の笠沙の岬とすると、天孫一族は図のごとき行跡をたどったことになる。
 明らかに、これはあり得ない。
 中国南部から九州を目指した場合、この日向灘の愛宕山に着くまでには、関門海峡というものが途中にあって、九州上陸が目的なら、彼らはこの周囲で北部九州に上陸するはずであり、日向の地までわざわざ来る理由がない。
 ではなぜ愛宕山が、笠沙の岬と伝えられるようになったのだろう?


 日向の地に天孫一族が居住していたことは歴史的事実である。
 愛宕の山が上陸の地「笠沙の岬」ではないにせよ、この延岡の地でひときわ目立つランドマークがなんらの信仰を受けていたのは間違いなかろう。

 日向の地には愛宕山以外にも、天孫一族に関与した伝説を持つ山が多く、
 (1) 行縢山:クマソタケルが住んでいたとされる
 (2) 可愛岳:ニニギノミコトの御稜とされる
 (3) 速日の峰:ニギハヤノミコトの降臨した山とされる
 と、延岡から見ることのできるほとんどの山に、その手の伝説が残っている。

 笠沙の岬にしろ、クマソタケルの地にしろ、実際の場所は鹿児島なので、日向とは相当に離れている。それなのに、そのような伝説が残されたのは、おそらく遠い日々に行われた先祖の大遠征を記憶に残すために、これらの地にその古き伝説を付与し、遠征のミニチュア版を今住んでいるところにつくることによって、一族の記憶を紡いできたのでは、などと私は思っている。

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June 12, 2011

天然鰻@光洋

 光洋に定刻を遅れて着くと、すでにカウンターはW氏はじめ、濃いいメンバーで宴もたけなわであった。
 本日のミッション、大雨のなか由布院から持ってきたPロールケーキをW氏およびNKさんに渡すことができたのち、私もじっくりと光洋の肴と鮨を食う。

【天然鰻】
Eel

 今年初めて食べる、天然鰻の白焼き。
 宮崎は鰻が住んでいる川が多いことから、案外と天然鰻は容易に食べることが出来る。そして一部のマニアな人には人気の高い天然鰻であるが、川の天然鰻はそんなに美味いものではないと私は思う。
 しかし汽水域の天然鰻は、香りも歯ごたえもよく、断然美味い。
 今回の鰻は天草産のものであり、厚い皮、筋肉質の身、独自の香ばしさ、三拍子そろった見事なものであった。

【ノドグロ煮漬け】
Nodoguro

 ノドグロは今は旬を外れているはずであるが、なかなかの脂の乗り。
 なんというか、ほんとに近頃は魚の旬がおかしなことになっているなあ。

【赤身】
Tsuna

 本日の鮨は、シャリが新バージョン。
 塩と酢がよく利いて、たいへん鋭い。鋭すぎて、余韻もなにも残らないというユニークなもの。
 こういうシャリが宮崎で受けるかどうかは微妙なところであるが、酒を飲むにはよろしいのではないでしょうか。


 本日のデザートは、私の持ってきたPロールを出してもらい、けっこう好評であった。こういう甘さ抑えめの柔らかな味のケーキは、和食の〆に向いているなと思った。

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雨、雨、雨、そして光洋へ

 6月第二週は梅雨前線と低気圧のダブルパンチで、九州北部にはとんでもない大雨が降り、観測史上最大の降雨量を記録する始末。一日で500mmを越えたそうだ。
 この大雨のなか、由布院から宮崎に帰るまでには、所用で熊本に寄る必要があり、雨雲の中の山道を車で行くというハードドライビングを経験する羽目になってしまった。

 いや、すごかった。
 稜線上の山道では雨は横殴りに降り、フロントガラスには雨が突き刺さるように寸断なく降り、まさに滝の中を進むような感覚であった。
 そしてアップダウンの続く道で、ダウンの部には雨水が満ちており、そこに突っ込むと、車全体が水に包まれ何も見えなくなり、非常にスリリングな瞬間を経験する。

 そういう危険な道を行くうち、なんとか山を下り平地を走ると、今度は交通の寸断により、大渋滞にはまったりして、とても疲れるドライビングとなってしまった。

【緑川ダム】
River

 写真は218号線で、緑川ダムの放流のところを写したものである。
 この緑川の増水ぶりもたいしたものだが、白川、五ヶ瀬川、大瀬川の濁流ぶりも、とんでもないものであった。
 そして、この大量の水の流れに耐え、氾濫せずに抑えている、河川の整備もたいしたものだと思った。日本の治水のレベルって、高いですな。


 そういう感想をもちつつ、由布院から大回りをして、延岡に帰り着く。

 本日は宮崎市の光洋で食事会の予定があったのだが、10号線もJRも動かないだろうから、キャンセルだなと思っていたけど、…宮崎に入ると雨の勢いが弱くなった。JRに問い合わせると、平常通り動いているとのこと。
 鹿児島から福岡までの鉄道のラインは麻痺していたが、九州の東側はなんとか動いていたのか。

 ならば、光洋に行ってみるか。
 だいたい由布院からは、この会に備えてのB-speakのロールケーキを4本用意している。賞味期限の短いものゆえ、光洋に持っていかねば、そのままゴミになってしまう。
 というわけで、それなりの雨の降るなか、ロールケーキをぶらさげて、JRで宮崎市までと行った。

 …おれって、タフだなあ、とか思いつつ。

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無量塔の朝食

 旅館の朝食とは面白いものである。
 朝食のおかずは、イコール酒の肴であり、あまりに気合を入れすぎたものを出せば、客はそれに感応して朝から酒を飲み、さらに飲んで、そこで一日が終了してしまう。
 …それじゃあんまりなので、力を抜いた料理を出せば、まあ、普通の朝食になりがちだ。

 私の経験した限り、日本の旅館で一番美味い朝食を出すのは、長崎雲仙の「半水盧」であり、ただしここは車で来たので、そこで酒を我慢するのに苦労した記憶がある。そういうわけで、旅館としては、「美味いけど酒は飲みたくなるような朝食」を供することに、ずいぶんと苦労しているのでは、とか思ってしまう。

 ただし旅館としては、これを避けるには、和食でなく洋食を出せば、少なくとも客は日本酒を朝から飲む気にはなれず、そこで全力投球の朝食を出せるとか、の話にもなる。だから名旅館と称される旅館は、朝食に洋食を充実させているんじゃないのかな?

 以上は私の勝手な思いなのだが、それはともかくとして由布院においては、旅館の朝食の洋食のレベルはすごく高い。由布院を代表する旅館「亀の井別荘」も「玉の湯」も、その朝洋食は傑出したレベルのものである。

 無量塔も以前は朝食に洋食が出ていたのだが、和をベースとした強引な洋食であり、あんまり一般受けするようなものではなかった。
 そのうち無量塔では、洋食を専門にする料理人が、旅館附属の料理店「アルテジオ・ダイニング」のシェフとなったので、朝食で洋食を希望する人は、そこに行って本格的な洋食を食べるシステムになっていた。ここが無量塔という旅館の、こだわりのすごさではある。

 ところが、「アルテジオ・ダイニング」が閉店ということになって、無量塔で朝の洋食が復活となった。

【無量塔・朝の洋食】
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【野菜と玉子の鍋焼き】
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 ひさりぶりに経験する無量塔の朝の洋食。
 昨日に出た無量塔の夕食の旨さを凝集したような、そういう料理だ。
 鍋のなかの野菜と卵と、それにソーセージをパンに詰め込んで、そこで荒い味のワインをぐいぐい飲みながら、食ってみたい。真にそう思う料理である。
 まあ、それじゃあ車に乗れなくなるから、コーヒーを飲みながらの朝食になったわけだが、でも、この洋食の濃厚さは、すでに由布院名物といってよい存在になっていると思った。


 【参考】「アルテジオ・ダイニング」の料理長は、今は別府の旅館「神和苑」内のイタリア料理店の料理長として腕をふるっています。
 Web pageはここ

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June 11, 2011

和食:無量塔の夏

【先付】
1

 香り豊かな焼き鮎に、これも香り豊かな野菜の数々を添えて。
 パブリカ、ズッキーニ、オクラ、コーン。それにセロリを摺ったドレッシング。
 緑あふれる初夏の表現。

【椀】
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 椀は地鶏の治部煮。それに揚豆腐、冬瓜、茄子、根菜。葛で少しとろみをつけて。
 コリコリ、シャキシャキした強い歯ごたえに、郷土料理風の強めの出汁が、いかにも「力ある椀」という感じになっている。

【八寸】
3

 八寸はまた旬の素材をふんだんに用い、赤、黄、緑、白。色彩あふれるものである。料理もそれぞれ個性ある味であり、にぎやかさが楽しめる。

【鍋】
4

5

 月変わりの鍋は、6月は鱧のつみれ鍋である。
 今が旬の魚、鱧をつみれにして、これも旬の野菜を数々を無量塔風の強めの出汁で煮られた鍋は、鱧のつみれの上品さと、玉葱、葱などの野菜の濃厚な味が、おもしろい具合に調和している。

【鉢肴】
6

 〆は無量塔名物豊後牛ローストビーフの五葷味噌和え。
 安定した美味さである。

 食材がいよいよ旨く力強くなってくる初夏の息吹を感じさせる、そういう無量塔の夏料理であった。


 部屋は本日は「吉」の部屋。
 この部屋は個性豊かな部屋がならぶ無量塔のなかでも、最も個性豊かなものである。

【囲炉裏の間】
Room

Room2

 北国の民家を移設してきており、そういう北国での定番の囲炉裏の間がある。
 冬の寒いときなどは、この囲炉裏を囲んで、酒でも飲むとじつに風情がある。
 板張りの囲炉裏の間には、ペルシャ絨毯が敷かれ、その豪華な色彩は、炭火に燻され黒くなった板や柱と妙に調和がとれている。

【リビング】
Room3

 リビングには圧倒的な存在感を持つ大きな絵がかけられている。
 無量塔には、この作者アンデルセン氏の絵が、Barや部屋にいくつも置かれているが、「吉」のものが最大であり、そして最もユニークである。
 見れば見るほど、深みと広がりのある絵であり、ソファに埋もれて座り、この絵をず~と眺めているだけでも、充実した時間が過ごせるであろう。

 「吉」の部屋は、私が無量塔に初めて泊まったときの部屋であり、強い印象を受けた。そのときのレポートを別HP(すっかり放置している)に載せている。
 …ま、今の感想も、そこに書いたことに尽きる。
 ただ、10年前の料理と比べると、料理長は同じなのに、ずいぶんと料理は変わってるなあ、とも思った。

 (参考:以前に書いた「吉」のレポート

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大雨のなかのミヤマキリシマ@九重

 6月はミヤマキリシマの季節であるが、6月になると、せっかくの週末は雨が降ることが続いている。
 11日土曜日も朝から雷を伴う大雨が降っており、これはとても山など登れそうもなさそうだ。
 しかし、とりあえず宿は由布院に取っているので、山には向かわねばならない。

【蕎麦や漱石】
Soseki

【蕎麦:玄舞】
Soba

 ゆったりと阿蘇に着き、昼食は「蕎麦や漱石」で蕎麦を食う。
 漱石の名物、「玄舞」を注文。蕎麦の風味と旨みを前面に出した、直球勝負の蕎麦である。
 この手の蕎麦は、いわゆる「純文学系」の蕎麦であり、店主のお勧め通り、塩でのみ食うのが一番魅力を感じられると思う。

【長者原】
Chojabaru

 蕎麦で腹を満たしたのちは、やまなみハイウエイに入り、大雨と強風のなか車を進めていき、長者原へ着く。
 6月の週末といえば、牧ノ戸や長者原の駐車場は午前9時くらいで満車となり、車は道路に溢れている、というのがいつものパターンであるが、本日はこの荒天で、駐車場は閑散としてる。こんな6月の長者原を見るのは初めての経験だ。

 本日はずっと大雨だったのだが、長者原に着いたときは、小雨となっていた。

 …となると、つい山に登りたくなる。
 長者原から九重を見ると、写真にも写っているように、指山だけは雲の下にある。
 指山くらいなら、こんな悪天候でも登っていいだろうと思ってしまい、雨具装着し、カメラだけ持って登ってしまった。

【指山】
Mt_yubi

【指山のミヤマキリシマ】
Miyamakirisima

 九重の山々のうち、登山の容易さではトップクラスの指山であるが、この天候では容易ならざる山となっていた。
 指山って、じつは傾斜が強く、その傾斜の部分は泥道となっていて、滑る、滑る。登るも降りるのも、大変な山と化していた。

 雨まみれ、泥まみれ、そういう苦労を費やして登った指山も、お目当てのミヤマキリシマは花のつきが悪く、ここまで花のつきの悪いミヤマキリシマを見たのも久しぶりだ。
 今年のミヤマキリシマは、外れの年みたい。

 こんな気候では、当然ながら他には登山者もいなく、いったい私は何をやってるんだろうと思わざるをえない、そういう登山であった。


 …本当は雨のなかの登山だって、それなりの面白さはある。
 しかし、それはあくまでもきちんとした装備があってのことで、今回はなんの装備もなく、それで全然楽しくなかった。

 ただ登ってしまっただけの、反省しきりの登山であった。

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June 09, 2011

暑さに勝ちたい。 -「阿蘇望」挑戦記

【愛宕山】
Atago

 夏は暑いものと決まっていて、その時期は古来よりひたすら耐えることと決まっている。
 無駄と言えるまでに暑く、湿気が満ちている季節を、これは天の意地悪だと諦め、ただただその季節が過ぎていくことを願う、これが本邦のほとんどの人のライフスタイルとなっている。

 …このブログは私の備忘録的役割があり、その暑い季節、7月~9月になにをやっていたのだろうと思って見直すと、アウトドア系統が趣味の私は、その時期はまったく何もやっていない。
 じつに季節に素直な男と、ちょっと感心してしまったりした。

 そういうわけで、梅雨が過ぎて、7月になれば登山もサイクリングも休眠というはずだが、今年は、狙っているものがある。
 九州サイクリング、最難関の「阿蘇望」である。

 「阿蘇望」は、阿蘇の4つの大きな峠を越え、獲得標高3000m、走行距離120kmを8時間以内で走るというイベントである。
 その値だけ出せば、それほど凄いコースとは思えないだろうが、問題はその開催時期だ。7月24日、暑さの盛りの時期である。
 阿蘇盆地は標高500mといえど、それでも日が照っていれば、余裕で気温は30度を超える時期である。
 サイクリングの最大級の敵は、暑さと湿度である。ヒルクライムをやっていて体温がどんどん上がっているときに、周囲の気温と湿度がそれをさらに高めるような状況では、誰しもめげてしまう。そして、実際にかなりの人がめげてしまい、「阿蘇望」は完走率65%程度という、じつに過酷なイベントとなっている。

 この暑さと湿度と戦う過酷なイベントを、なんとか力づくでねじ伏せれば、…けっこうかっこいいのではないだろうか?
 「おれは阿蘇望完走したんだぜ」とか言えるようになれば、人生なにかの自信の足しになるような気がする。(世のなかには「阿蘇望」など知らない人が圧倒的多数とはいえ)

 そういうわけで、「阿蘇望」に申込みをいたしました。
 ただし客観的にみて、誰がこんなもんに参加しようとするんだいと思うような「阿蘇望」なのに、自転車界には、参加したい者がいくらでもいるみたいで、すでに定員オーバーとなっており、エントリーできるかどうかは、微妙なところである。
 さてどうなることやら。


 ただ、もしエントリーできたら、「阿蘇望」まではあと1ヶ月半しかない。
 私を知っている者は、私なら阿蘇望は完走できるだろうと言うだろうけど、本人にはまったく自信がない。私は暑さに弱いのだ。
 8時間で3000mを越えるのは今の時期ならno problemだが、30度を超える気温で行うなら、もう1ランク上の力、すなわち8時間で4000m超える力がないと、とても完遂できそうにない。

 そういうわけで、6月に入って、近くの山でトレーニング中である。
 延岡のランドマークの山である愛宕山は、10%近い坂を200m登る道があり、それを2回登れば、けっこうなトレーニングになる。
 これをアウターで登れるまで鍛えれば、阿蘇望完遂も、なんとか視野に入れそうだ。

 …ただし、7月になり暑くなれば、ただちにやる気がなくなりそうなので、自戒の意味を込めて、ブログで宣言しておくことにしてみた。


 ところで、愛宕山を登っているとき、近頃いつもすれ違う人がいる。
 ロードでなく、MTBで思いっきりの高ケイデンスで、気合で上がってくる人である。最初、後ろから追って来られたとき、聞こえてくるあまりの呼吸の激しさに、…この人はなにをこんなに頑張っているのだろう、心臓大丈夫だろうか、とか思ってしまい、「あのー、心拍数、大丈夫ですか?」とか聞いてしまったが、ゼイゼイ言いながらも「大丈夫です」と気丈に答えられた。強い人だと、感心してしまった。

 そのMTB乗りの人は、ブログも開いており、延岡のサイクリング事情、美味しい店、飼い犬の成長期と、楽しいブログである。
 自転車乗っていると、いろいろと出会いがある。自転車はやはり面白い。


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 阿蘇望2011(前半)
 阿蘇望2011(後半)

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June 08, 2011

読書:初代竹内洋岳に聞く (著)塩野米松

 日本で山登りをしている人は多いけれど、竹内洋岳氏はそのなかでただ一人、山登りで飯を食っている、すなわち本邦唯一の登山のプロである。
 …登山で生計を立てるといえば、普通は登山客を連れての登山ガイドということになるが、竹内氏はそうではなくて、登山行為そのもので給料を得て、生活しているのである。

 ヨーロッパなどでは先鋭的な登山をする人は英雄的存在であり、スポンサーがいくらでもつくので、登山プロはそれほど珍しい存在ではないが、日本にはそのような登山文化はないので、登山という行為に商業的価値はなかった。

 しかし竹内氏は、登山に商業価値があることを認識し、それを周囲に覚知させることによりスポンサーを得て、日本初代のプロになることに成功した。
 これは、本邦の登山史における画期的な出来事といえる。

 竹内氏が示した商業的価値とは、大雑把にいうと、(1)登山の近代化により、各種の器具も近代化してきた。それを実際に使い検証するプロが必要だ。(2)登山にはまだ冒険が残っている。その冒険は十分に商業として成り立つコンテンツだ。との2つである。

 本書を読めば、そのへんのことが詳細に分かり、日本の登山技術史の進歩そのものを理解することができて、たいへん面白い。

 ところで、竹内氏はその商業的コンテンツとして、現在「8000m峰14座登頂」を実行中である。
ヒマラヤには8000mを超える山が14座あり、その全てを登ったものは、この世に21人しかいず、そして日本人にはまだ完遂者はいない。
 このヒマラヤ8000m超の峰は、いずれも登頂に命の危険のある山である。
 ベースキャンプから頂上までロープを張り巡らされている、「観光客でも登れる山」と揶揄されているエベレストでも、そういうロープだらけの状態になってもまだ死亡率4.4%であり、一番危険な山アンアプルナでは、死亡率は40.7%に達する。
 14座完登者は、そのような危険な山を14も登って、生きたまま降りてきた、卓越した技術と精神力を持った、賞賛すべき優れた登山者である。

 竹内氏は、8000m級14座のうち、すでに12座を登り、あとは2座残すのみである。
 さて、栄光の日はいつ訪れることになるのか。


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 初代竹内洋岳に聞く

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June 02, 2011

6月といえば鮎

Ayu_siyoai

 6月になると、鮎漁解禁である。
 天然鮎が食えるぞ~、という気分になります。

 そういうわけで、「由貴亭」で今年の初鮎を食べに行った。
 この店は鮎釣り上手の店主が午前中に鮎を釣りに行き、その取れたての鮎を夕方に出すという店である。
 漁開始のものなので、まだサイズは小さく、鮎独自の香りと旨みには乏しいけれど、パリッとした皮を裂いて腹を開けたとき、立ち上る水苔の香りをかいだとき、ああ鮎の季節が始まったのだなと思う。

 日本は季節の変化の豊かな国であり、そして季節がめぐり、今年もまた鮎が食べられることに感謝。


【本日の鮎】
Ayu

 本日の店主の釣果。獲れたての鮎が並んでいる。延岡にはいろいろな川が走っており、どこでも鮎は獲れるわけだが、今の時期は見立川の鮎がいいそうだ。

【囮鮎】
Ayu_2

 これは囮鮎用に生かしている鮎。これを囮にして鮎をひっかけて釣るのが鮎漁である。

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June 01, 2011

映画:パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉

1

 パイレーツ・オブ・カリビアンは第3作目で完結していたので、4作目は時系列的にはどこに位置するのかと思ったら、3作目の4年後の話で、まったく別の話ということである。

 パイレーツ・オブ・カリビアンはJ・デップという大スターがスパロウ船長の役をやっているため、スパロウ船長が主人公と思われがちだが、彼は物語では一貫して狂言回し役であり、1~3作目の本当の主人公は呪われた運命を生きる男ウィルであり、最初から最後まで彼を軸として物語は動いている。

 で、物語はリセットとなり、次はスパロウ船長を主人公にした話かと思いきや、またも彼は脇役であり、物語の主筋はバルボッサ船長と黒髭船長の確執劇なのであった。

 あらすじはといえば、自分が近いうちに亡くなるという予言を知った黒髭船長がそれを回避すべく、それを飲めば寿命が延びるという「生命の泉」の水を得るために、航海に出る。
 「生命の泉」は邪教の崇拝物なので、その情報を知ったカソリック国のスペインが、船団を出してそれを破壊しに行く。スペインと敵対しているイギリスはそれを阻止し、かつ病気の国王の寿命を延ばすために泉の水が欲しい。そのためにバルボッサを船長として船団を組み、スペイン船団のあとを追いかけていく。
 これにスパロウ船長がからみ、4組での「泉の水」争奪戦が行われる。

 スペインは実際にアメリカ大陸、アフリカ大陸で異教文化の破壊、抹消をやり尽くしたわけで、このところは妙に説得力のある設定である。

 物語は一種の家庭悲劇で幕が閉じる。

 パイレーツ・オブ・カリビアンは、主役級の登場人物に関しては、「親子の物語」に固執しているところがある。 ウィルは呪われた運命にある父をそれから解放させるために奮闘し、エリザベスは憎しみまで覚えていた父と和解を果たす。スパロウ船長は、海賊長であった偉大な父に心身ともにずっと守られている。(だから父親はJ・デップよりも格上のスターが演じている)

 本作では、黒髭船長とその一人娘の親子の悲劇が語られる。
 それは、自分を愛さない父を、それでも愛し続ける娘の物語である。これが悲劇となっているのは、父が娘を愛していないことを、他人は誰でも分かっているのに、当の本人だけが分かっていないというところである。まあ、スパロウ船長はそれを逆用して、娘の命を救ったわけで、こういうところが食えない男スパロウ船長の真骨頂というところか。

 本筋はともかくとして、本作で一番映像的に魅力であったのは、「命の泉」に関連する人魚たちの登場と、彼女らによる船の破壊のところ。
 まず最初に登場する人魚が人間離れした(まあ、設定上は人間でないわけだが)美しさを持ち、そして海での人魚の群れの遊泳も幻想的に美しい。
 ここ見るだけでも、映画を観る価値あり。

【人魚】
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 最初に登場する人魚は、ジェマ・ワードが演じている。
 非常に整った、人形のような容姿であり、「これが実際の人魚だ」を言われれば信じてしまいそう。
 人魚は一匹捕えられ、その後の物語に絡んでくるのだが、その人魚はジェマ・ワードでない、他の役者によって演じられていた。もっと見たかったのに、残念。
 ジェマ・ワードはモデルが本業であり、演技力に問題があったのだろうなあ。

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 パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉→公式サイト

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