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April 2011の記事

April 28, 2011

コミック: テルマエ・ロマエIII (著)ヤマザキエリ

 コンビニに行くと、この新刊を含め、ずらりとI巻・II巻が売っていた。ローマ時代の風呂が題材という、極めてマイナー部門のコミックだったはずだが、しらぬまに人気作品となっていたのか。

 I・II巻では、タイムスリップ能力を持った帝政ローマ時代の風呂設計技師ルシウスが、日本の先進的風呂技術を古代ローマに移植していき、もともと風呂好きな民族であったローマ人たちに、さらなる幸せと喜びをもたらすといった物語であったが、III巻ではこれにローマの政治史が加わっていき、さらに物語の幅が広がってくる。

 時代背景はローマの最盛期五賢帝時代であり、ルシウスの実質的なオーナーがハドリアヌス帝という設定がまずよい。ローマの歴代の皇帝のうち「新しもの好き」で芸術家肌の皇帝といえば、第一にこの人だろうから。(ま、ネロ帝もいるけど、ネロ帝の享楽的気質は、真面目なルシウスとはあわないだろうし)

 ハドリアヌス帝の庇護のもと、技師ルシウスは風呂文化を改良させていく。ルキウスによって建てられた風呂はとても気持ちのよいものであり、気持ちのよい風呂は、それだけで人々の心と暮らしを豊かにする力をもっている。こうしてハドリアヌス帝治下のローマは平和と繁栄を享受していくわけだが、なかにはそれが気に食わぬ分子もいて、ルキウスの身にいろいろと事件が降りかかってくる、それがIII巻の主筋である。

 風呂話にしぼったI・II巻とちがって、III巻ではローマの歴史もからんでくるので、ローマ史好きのものとしてはより面白く感じられる。
 そしてIII巻ではハドリアヌス帝に加え、次皇帝アントニヌス・ピウス、その次の皇帝マルクス・アウレリウスもちらほらと姿を出し、どうやらこの物語は長期ものになる雰囲気もでてきたが、さてどうなることであろう。


 (おまけ)
 このコミック、人気は確かなもので、映画化が決定されたそうである。
 技師ルシウス役は阿部寛とのことで、彼のローマ人的風貌はたしかに適役に思える。
 しかし、そうなるとその雇い主のハドリアヌス帝が問題だな。阿部寛より威厳がある、彫の深い風貌の役者というと、役者の選択がそうとうに限られてくる。私が思い浮かべるに、渡辺謙くらいしか思いつかんが、…さて誰が選ばれるのか。

…………………………………
テルマエ・ロマエIII

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April 24, 2011

4月のワイン会@ベルエポック

 W氏主催のワイン会がベルエポックにて開かれた。
 W氏があらかじめワインを選択し、そのワインに合わせて一品ずつシェフが料理を考案するという、「ワインと料理のマリアージュ」が基軸にある、フランス料理の王道ともいえるものである。

 本日の料理は佐々木シェフによるものであった。
 そのコース料理のうちのいくつかを。

【オマール海老 菜園野菜 生ハムの香り添え】
2

 菜園野菜とオマール海老は、よい加減に茹でられて、食感抜群である。
 これに生ハムの香りをつけたソースを添えて、野菜と海老の香りをつつむようにして、新たな香りが複雑に広がっている。

【スズキのポワレ 大根のレムラードソース】
4

 長崎産の本スズキのポワレを、上はアサツキのマセラシヨン、下はレムラードソースの紫大根で挿んだ、香りが重層的になるような料理。
 この香りのハーモニーとともに、それぞれの食材の美味さがくっきりと浮かび上がってくる。

【仔羊のグリエとクロケット ホワイトアスパラガスと空豆添え】
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 まずは直球的な仔羊の網焼きの存在感が素晴らしく、仔羊の質の良さが分かる。それから、さらに手を加えたクロケットの味の面白さ、それに野菜たちも同様の強い存在感があり、なんとも力強い料理であった。

【クレープシュゼット】
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 本日のデザートはクレープシュゼット。
 これを調理するのはソムリエK氏で、皆の前でフランゼの妙技を披露。
 この炎の調理でできあがったクレープのカラメルソースは、出来たてだけあって、なんとも豊かな味であり、香り高いものであった。

【ワイン】
Wine

 ワインはどれも美味しかったけど、圧巻だったのがブルゴーニュワインの1966年もの、Gevrey-Chambertin Lavaux St-Jacques。40年以上たったワインということで濃厚な淀みを感じさせるものを予想していたら、それを越えて純化されたような、まさにワインの魂のみが仄かに輝いているごとき、凄みを感じるものであった。
 こういうワインに合わせる料理を考えるのも大変だろうけど、佐々木シェフはそれを見事にこなしていたと思います。

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April 23, 2011

若松風景

 法事で北九州に行ったときに、ぶらぶらと若松区を散策したときの写真を紹介。

【若戸大橋】
Wakato_bridge

 かつては東洋一の吊橋と呼ばれていた若戸大橋は、どこからも見ても格好のいい橋ではあるが、見下すなら高塔山展望台からの風景がよい。
 若戸大橋は洞海湾をはさむ戸畑区と若松区をまたぐ全長2kmほどの大橋であり、この橋によって北九州の交通の便はずいぶんと良くなった。
 この橋は、顰蹙な橋でも有名である。
 若戸大橋は私が生まれる前に出来た古い橋で、21世紀になれば建築費の償還は終わって通行料は無料になっているはずだが、なんだかんだと工事を付け加え続け、いまだに通行料は只にならず、なんと出来てから67年後の2029年に無料にするとの予定となっている。二度にわたる無料化の撤回からして、たぶんその約束も反故となると私は予測している。

【洞海湾・工場群・皿倉山】
Sarakura

 幼き日の私にとって、北九州は自慢すべき都市であり、一つは先に示した「東洋一の吊橋」の存在、そしてもう一つは、九州の片田舎でありながら、日本の工業を担う「四大工業地帯」の一員であったことだ。
 あとから調べると、北九州の規模は他の三大工業地帯とは比べ物になるようなものでもなかったのだが、そういうことを知る努力もしなかったので、けっこうな時期を、北九州凄い!と思いこんでいた。

 それはそうとして、洞海湾は若松側からも八幡側からも山に迫られた狭い海であり、そこに集まっている工場群は夜になれば、光が密集して、これは今でも全国区レベルで自慢できる、きれいな夜景図を見せることができる。

 この写真の黄昏時からしばらくすれば、洞海湾を囲んで宝石のような夜景が出現することになるのだ。

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April 20, 2011

祖母山ミステリ解決編 

 このブログはカウンターの動きをみていても分かるように、人訪れること少なき過疎ブログであり、世間の片隅にひっそりと置かれているものなのだが、それでもエントリする記事に、人の興味を引くようなものが時にあるようで、複数の人から直に反応のあった記事がひとつあった。

 今年の1月に祖母山に登ったときの記事「祖母山ミステリ」がそれであり、「あれ、真相はどうなんですか?」と幾人もの人からきかれた。

 九州の奥山、雪の祖母山で、一人の女性が忽然と姿を消すミステリであり、謎の面白さとともに、解答をほったらかしておいたから、続きが気になったのだろう。
 たしかに、世のミステリ、-とりわけミステリ小説はまずは解答編から書かれて、その解答から筋を組立てるのが常道であり、解答は必ず用意されている。
 だが、小説とかではなく、現実に存在しているミステリは、はっきりとした解答がないまま終わってしまうのが殆どなのであり、今回の「祖母山ミステリ」も、まさか消えた女性登山者が「真実はこうでした」と名乗り上げるはずもなく、真相は闇のままに終わるに決ってると私は思い、「解答はありません」と答えていた。

 しかし、あれから3ヵ月して、ひょいと解答が舞い込んできた。

 今回はそれについての話。


 「祖母山ミステリ」に出てきた役者は、私・Tさん・失踪女性・山下ガイドツアーの4組なのであるが、失踪女性の目撃者(?)であるT(=しゅぷーる)さんが、たまたま私のweb記事を読んで、コメント(祖母山ミステリのコメント欄参照)を寄せてくれた。感謝である。

 それによれば、午後6時半、日の暮れた祖母山の稜線を歩いていた私を、テントのなかのTさんは、なぜか私が女性と二人連れで登っていると勘違いしたとのことで、その勘違いのまま、翌日下山の際に会ったときに、私に「昨日はもう一人女性が登っていましたね」と言ってしまった、と。

 このTさんの言葉に加え、私は前日稜線を登っているときに、登山ツアーリーダーの山下さんから「今、祖母山を登っている女性がいる」と聞いていた。
 それゆえ、行方不明の女性が一人いると思ってしまったわけである。
 今考えるに、山下さんの言った「今、祖母山を登っている女性がいる」というのを、私は現在進行形と思い、すなわち Now one woman is climbing to Mt. Sobo.と理解していのだが、じつは完了形、Now one woman has climbed Mt. Sobo.だったわけだ。

 この二つの勘違いにより、実在しなかった女性が、祖母山に出現してしまったわけ。
 まったく、当事者の錯覚により、実際には存在しなかった人間が存在してしまったという、ガストン・ルルーの古典的ミステリ「黄色い色の部屋の謎」みたいな話だったわけだ。
 (…「黄色い部屋の謎」のネタバレになってる気もするが、あの小説、古典的ミステリの名作というわりには、トンデモ系ミステリだから、それくらいどうでもよかろう。私は小学生のときに読んで怒った記憶があるが、大学生のときに読み直して、もっと怒った記憶もあることだし。)

 というわけで、それなりに反響があった「祖母山ミステリ」はこういう解答編があったわけであります。以上、報告。

 ただし、私としては、余計に恐くなってしまった感がなくもない。
 というのは、夜中に山のなかでテント泊した人は誰でも経験があると思うが、人里から離れた地のテント泊って、すごく感覚が研ぎ澄まされるのが常なのである。
 ちょっとした音、ちょっとした雰囲気、ちょっとした樹々の揺れ、ちょっとした動物達の動き、そういうものがテントのなかにビンビンと響いてくる。

 だから、雪の祖母山のなか、一人テントにこもって寝ていたTさんが、突如異様な雰囲気に目が覚め、そこでテントの外を歩いていた私を二人連れと認識したなら、…私になにか変なものがついていたことは、十分にありえるんだよなあ。

 まあ、その後、山小屋に泊まっていた私に妙なことは起きなかったので、それはそれで完結しているのだろうけど、私にとっては、「Tさんがもう一人いると思ったのは何故だ?」と、当事者としては思ってしまい、個人的にはまだミステリは完結しない、そういう「祖母山ミステリ」であった。

 
 それにしてもあの1月の降雪の祖母山、「マニアな人」しか登らないような雪の祖母山に登ったのは3組のみ。その3組が、それぞれwebページを持っていたというのも面白い話である。

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 雪の祖母山(1)
 雪の祖母山(2)
 祖母山ミステリ

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April 17, 2011

Muddy延岡 日之影ツーリング

 私が延岡で自転車のメンテナンスを依頼している自転車店田中サイクルで、春の走行会が開かれるというのでそれに初参加してみた。

【田中サイクル前】
Shop

 本日のコースは北方ゴルフ場方面への坂を登り、そこから上川流経由で旧218号線を走り、日之影温泉で折り返すというもの。
 フラット主体に適度な坂が混ざる、80km弱のコース。これから始まるサイクリング季節の足ならしに丁度よいコースである。
 参加者は約30名ほどであった。

【日之影温泉】
Station

Cycling_goal

 多人数で走ると、ついつい走りの強い人のあとに付いていってしまうので、けっこう真面目に走ってしまい疲れてしまった。
 おかげで写真を撮る余裕もなく、折り返し点の日之影温泉へと到着。
 ここはかつての高千穂鉄道の日之影駅だったのだが、今は線路も外され、ひなびた温泉施設となっている。

 サポート隊補給の水やパンを食べているうちに、自転車がやってくる。と、見ているうち、おじさん3人組がスプリント勝負をしながら駆け込んできた。おじさんたち、元気だな~。いや、私もおじさんの部類なのだが。あまりの迫力に写真を取り損ねたのが残念。

【自転車走行】
Cycling

 休憩をじゅうぶんにとったのちは、復路にはいる。
 めいめいのペースで自転車を漕いで行こう。

【パンク修理】
Stop

 こういうサイクルショップ主催の走行会のいいところは、トラブル対処がすぐできるところである。
 写真はパンク修理であり、店主の田中さんと、店のサポート車である。
 ちなみにパンクしたのは私であり、…どうも最近パンクしてばかりだなあ。

【自転車走行2】
Cycling2

 パンク修理でとまっているところを女性サイクリスト達が通り抜けていく。
 颯爽として、かっこいいですね。
 サイクリストは中年男性が圧倒的に多いわけだが、やはり若い人のほうが絵になる。

【焼き肉会】
Yakiniku

 特にアクシデントもなく無事に走行会は終了し、そのあとは焼き肉で打ち上げである。
 参加費1500円のうち、焼き肉代も入っているということで、そんな費用だと、お化けのような肉(←どんな肉だい)が出て来るような気がしたので、イオンで肉を買ってきて差し入れをした。
 でもショップが用意していた肉は、ちゃんとした肉であった。次回からは、肉じゃなくて、ワインのたぐいでも差し入れることにしようかな。

 愉しく、盛大に宴会をして、御開きとなる。
 次はツールド国東で会いましょう。

【今山神社から 延岡市街】
Night_view

【今山神社】
Night_view2

 田中サイクルから歩いて帰る途中、今日が延岡大師祭ということに気付いたので、そのままぶらぶらと今山神社まで歩いていった。
 ちょうど黄昏どきで、いい塩梅に翳った延岡の街と、神社の姿を見ることができた。


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April 15, 2011

寿司:光洋@4月

 4月の一心鮨光洋、本日は常連のW氏とN倉氏とで、いつものごとくおまかせメニューを。

 ツマミは、山菜・筍の突出、海そうめん、鯛、中トロ握り、オコゼ(皮・身・肝 湯引きを肝和えポン酢で)、サヨリ、ヒラス、ゲゾ焼、コノコ+ヤリイカ、バチコ、シャコ+シャコの爪、アワビの握り、フグの白子焼。

【サヨリ】
Sayori

 サヨリは透き通るようなうつくしさ。

【イカゲソ】
Ikageso

 どちらかといえば居酒屋メニューである下足焼きは、W氏のたっての希望であった。これをバター焼きすると居酒屋メニューになるけど、上品に塩焼きにしています。

【コノコとヤリイカ】
Konoko

 コノコは瀬戸内海の音戸というところの、獲れたて新鮮なもの。
 口に入れれば、濃厚な海、そのものが迫ってくる。
 これはW氏の伝手で生産者より直に仕入れているものだそうだ。

【バチコ】
Bachiko

 コノコを食えば、当然バチコも食べたくなる。
 塩味、旨味十分なバチコは、酒がいくらでも進む、これこそ「酒盗」そのものだ。

【シャコと爪】
Syako

 卵たっぷりのシャコは、濃厚な味の身とあわせて、じつに豊かな味わいのもの。

【フグの白子】
Sirako

 4月になり、これでフグの白子は終了。また冬に会いましょう。
 白子はいつ食ってもおいしいのであった。


 握りは、キス、カスゴ、ヤリイカ、ヤイト、コハダ、エビ、イワシ、ウニ、穴子などなど。

【キス】
Kisu

 この時期にしてはずいぶんと肉厚のキス。あっさりした〆方でキスの味がよく出ている。歯触りもよろしい。

【カスゴ】
Kasugo

 春の魚、カスゴはまず見た目が美しい。
 〆方も適度なものである。

【ヤリイカ】
Yariika

 今はミズイカよりもヤリイカのほうがよいとのこと。ミズイカよりも切れ味よい食感。

【ヤイト】
Yaito

 ヤイトカツオは、上品で、柔らかな味が特徴。同じ鰹でもマガツオとはまったく異なる食感と味。

【コハダ】
Kohada

 鮨のためにあるような魚、コハダ。
 見るだけでも美味しさのオーラが伝わる、そんな鮨だ。
 というか、おれの写真技術、けっこう上がって来たな。

【中トロ】
Chutoro

 マグロは対馬のもの。旬の時期の味の濃さはないが、そのぶん爽やかな食感がある。

 春はまだ魚に旨みの乗っていない時期だけど、それでどれも十分に持ち味をいかした、美味いものばかりであった。
 宮崎市に光洋あり、と言い切れる、そういう料理である。

【ワインバー HANA】
Hana

 二次会は中央通りのワインバーHANAにて。
 ワイン通W氏の勧めるところなので、マニアックで濃い目系統のワインバーを想像していたら、カジュアルな雰囲気の店であり、ワインもfreshで軽やかなものがよく品ぞろえしていた。これは私も気にいった。
 それと店の奥には日向のK氏ご夫妻がいらっしゃっていて、…どうも宮崎の食通の人たちの集まる店って、決まっているようである

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April 13, 2011

菜の花畑に入り日薄れ

Nanohana_sunset_2

 延岡の新名所、「柚の木田町の菜の花畑」の紹介。
 これは五ヶ瀬川の自然の豊かさを知らせようとするイベントで、五ヶ瀬川の中洲となっている広大な田圃に、50万本の菜の花を植えたものであり、今が見ごろとなっている。
 そのことを新聞で知った私は、夕方に行けば、唱歌「おぼろ月夜」に謳われる、「菜の花畑に 入日薄れ 見わたす山の端 霞ふかし」の情景になっているであろうと思い自転車で行ってきた。

 訪れてみれば、菜の花は一面に広がっており、春の風とともに揺れていた。
 日の沈む西の方には、延岡のシンボルである行縢山と旭化成の大煙突も見え、いかにも延岡という風景にもなっていた。

 ついでながら、夕日を主役にしたほうの写真もUPしておく。
 夕日の右手の鋭い山が行縢山である。

Sunset


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April 10, 2011

和食:春の俵屋

【俵屋玄関・桜】
Gate

Entrance

 春の俵屋を訪れると、玄関からは坪庭に桜がのぞいて見える。
 ほぼ満開の美しい枝垂桜だけど、…いつも思うのだが、この桜どこから持ってきて、そして散ったのちはどう処分しているのだろう。

【先附】
1

 俵屋の夕食、先附から。
 甘鯛の串団子、笹の葉で包んだホタテの霰焼き、コノコを胡瓜を摺って和えたもの、蛸の柔らか煮、百合根、ホタルイカ、菜の花、それにお多福豆の摺流し。
 旬のものを高度な技術で調理した、面白みのある、それでもいかにも京風の料理の数々である。

【向附】
2

3

 造りは定番の鯛のへぎ造りに、海老とサヨリ。
 海老とサヨリのほうは、胡麻塩でいただく新趣向。
 胡麻はたいへん香り高く、ちょっと主役のほうを食いがちではあった。塩の味も豊かなもので、この胡麻塩はあとで御飯のときにも活用させてもらった。
 「遊形」で土産物にでも出してくれないかなあ。

【椀物】
4

 海老桜餅を薄葛仕立てで。色どりに塩桜を添えている。
 この出汁は、口に含むなり、す~と奥深い料理の世界に連れて行ってくれる、玄妙なるものであり、俵屋の料理のすごさを最も分からせてくれるものだ。

【焼物】
5

 諸子焼きに、焼き雲丹、アスパラ山椒焼き。それに粟麩田楽。
 さきの幽玄なる椀とは異なり、やや田舎風味の力強い料理の数々。
 これも料理の流れとしてアクセントが利いている。

【温物】
6

 筍、若布、飛龍頭の温物は、いつもの俵屋流のもの。
 素材も出汁も完璧である。とくに飛龍頭の上品な味はたいへんよろしく、冬などにこれを具の一つとしたおでんでも出してくれる絶対に受けると思う。


 酒もたくさん飲み、いつものごとく美味しく、愉しい、春の俵屋を満喫させてもらった。

【鷹の間】
Room1

 今回宿泊した部屋は「鷹」であった。
 鷹は二階の部屋で、まずは窓から見える緑の葉々が圧倒的な印象を与える。
 俵屋は庭に力を入れている宿だけど、そこの樹々の葉は当然のことながら、二階あたりで茂ることになり、この部屋からはそのあふれるごとき葉々の姿を見ることができる。
 京都の街中の、箱庭のようなところに、こんな森が広がっているのである。

 鷹の間は、またずいぶんと広い部屋であり、広間が二つ、トイレは二ヶ所、風呂に加えシャワー浴の部屋も他にあった。
 おそらく二世代の家族などがよく使うのではないだろうか。

【朝食】
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 朝食は、絶品の湯豆腐に、焼き魚は甘鯛と鮭。
 日本人でよかった~と思わせる、和の朝食である。

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April 09, 2011

京都の夜桜@平成23年春

 桜は昼見るだけはもったいない。夜になってライトアップされた桜は、また違った魅力をもって見る人に迫る存在だから。

【清水寺1 正面】
Entrance

 清水坂を登りきったところで、清水寺の大伽藍がいきなり出現する。
 背後から一条の青白いサーチライトが夜空を切り裂いて走っている。

【清水寺2】
2

【清水寺3】
4

 ライトアップされた桜は、光源との距離や角度によって、さまざまな色に染まり、光が音階となって戯れているような光景を楽しむことができる。

【清水寺4 大舞台】
Kiyomizu

 清水寺の代名詞はこの大舞台。
 光に染まった桜の群れ、内部の光に浮かび上がる境内、背景には京都の街、それに空に小さな三日月。夜空はサーチライトに貫かれている。
 観光都市京都ならではの、ここにしかない、異様で貴重な夜景である。

【産寧坂】
Slope

 清水寺からおりていく坂、産寧坂での夜桜。
 この枝垂桜は目立つので、産寧坂の写真にはよく出ている。

【円山公園 枝垂桜】
Maruyama

 清水寺からは円山公園に寄ってみる。
 ここの名物の大枝垂桜は、いつ見ても、現実離れした、妖しげな、この世のものとも思えない雰囲気を持っている。
 それこそ、桜のお化けのような。

【円山公園 枝垂桜2】
Maruyama2

 その名物を慕って、もう深夜というのに、円山公園は人でいっぱいだ。
 ここまで人を寄せる力を持つ桜というのも、日本では数本しかないであろう。

 このあとは八坂神社のほうに下って、ぶらぶらと歩いて宿へと戻った。
 昼の桜と同様に、夜の桜にもすっかり酔ってしまった、そんな気分であった。

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京都の桜 @平成23年春

 京都駅を降りては、まずは嵐山方面へと向かう。
 最初の桜見物は法金剛院から。

【法金剛院 枝垂桜】
Houkonngou2

【法金剛院 池】
Houkonngou3

【法金剛院 (黒椿)】
Tubaki

 法金剛院は「蓮の寺」で有名だけど、それ以外にもたくさんの花咲く樹々が植えられていて、今は椿と桜が盛りの時期であった。桜もよかったが、寺自慢の花という黒椿も独特の気品があり、これも大変よかった。
 こじんまりとした寺に、精緻に造られた庭は、それ全てが美術品のようにも思えた。

【大覚寺】
Daikakuji1

 桜の名所、大覚寺。正門前の庭の風景。
 堂々とした門に、玉砂利、苔むす庭、それに満開の枝垂桜。
 寺の桜を見たあとは、寺に付設した日本最古の人工庭園湖と呼ばれる大沢池のまわりを歩いてみる。

【大覚寺 大沢池めぐり1】
Daikakuji2

 能舞台からみる大沢池。夜桜のときの能の舞は、幻想的に美しいだろうなあ。

【大覚寺 大沢池めぐり2】
Daikakuji3

 大沢池周囲にはソメイヨシノがアクセントをつける形で植えられていて、それぞれ趣のある風景をつくっている。

【大覚寺 大沢池めぐり3】
Daikakuji4

 池を半周歩けば、向いに大伽藍を見ることができる。満開の桜の花の窓から、大伽藍を覗いてみよう。極楽のような世界に見えませんか?

【俵屋 蕨餅】
Tawaraya

 法金剛院、大覚寺と嵐山近傍を散策したのちは、いったん本日の宿である俵屋に行き、荷物を置いて、ついでに煎茶と蕨餅で一服。ふるふる・ぷるぷるの食感の蕨餅はいつ食っても美味しいのであった。
 そして東山方面に行こう。

【哲学の道 手前付近 】
Tetugaku1

 銀閣寺の裏の大文字が見えるくらいから桜並木が続く。
 これに沿って歩いていく。

【哲学の道】
Tetugaku2

 京都大学文学部の哲学者が思考をしながら散策をした哲学の道。
 本来は人もまばらな、考え事に適した小径のはずだが、春の桜の時期だけはこのように人だらけである。

【南禅寺】
Nannzennji

 人と桜でいっぱいの哲学の道の終点は、南禅寺。ここも桜が満開である。

【インクライン】
Nannzennji2

 桜の名所の疏水から連なるインクラインもまた桜の名所。
 使命を終えた廃道と、今が盛りの花のコントラストも、またいい。

【円山公園 枝垂桜】
Maruyama

 京都の桜といえば、化け物的存在が、東寺の枝垂桜に、円山公園の枝垂桜。
 今回は円山公園の桜へと行った。
 見事なまでに満開の桜。
 この桜は、一種特別な力があり、妖気とか凄絶感までも感じる。

【円山公園 枝垂桜2】
Maruyama2

 円山公園にはいくつか枝垂桜があり、これはその一本。
 先に紹介した枝垂桜ほどの凄みはないが、普通の、ほっとするような、純粋な美しさがある。

【鴨川】
Kamogawa

 京都中心部に戻ると、鴨川沿いも桜が満開である。
 これはそのうちの三条橋のたもとの、桃色の枝垂桜。

【高瀬川】
Takasegawa

 これは高瀬川のそばのソメイヨシノ。
 満開の桜がはらはらと散り、それが川に落ちて流れて行きます。


 どこを行っても、満開の桜だらけの京都であった。
 桜酔いしそうな桜の群れであり、そして、その酔いが、また現実離れした夢のような心地に誘ってくれ、いつまでも夢から覚めたくないように思いたくなる、そんな京都であった。

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April 08, 2011

春の安春計 

【造り】
1

 最初は造り3品から。シャコに、鯛に、赤身。
 素材の良さに、切りつけのうまさ。まさに旬を切る料理である。

【味噌椀】
Miso

 肴は、造りに、ノレソレ、鯛の白子、耳イカ、アワビ、味噌椀、諸味雲丹。
 今回の新作は筍と若芽と土筆の味噌椀。春爛漫といった感じの具に、味噌と鯛と昆布で整えた豊潤にして繊細な味付けがうまくマッチングしている。

【諸味雲丹+大根】
Uni

 これも新作の一種か。今までは甘みたっぷりの大根スティックに諸味雲丹を合わせたものだったけど、今回は平たく切った大根。
 なんでもスティックより平たく切ったもののほうが諸味雲丹がよく乗るからと客から指摘され、それもいいかと切り替えてみたとのこと。ま、これのほうが大根の味はよく分かるが、酒のツマミとしてはスティックのほうがよいような。

【鯵】
Aji

 鮨のうちのいくつか。
 鯵は玄界灘のもの。まだ脂は軽めだけど、それでもこの柔らかで旨みたっぷりの味はやはり玄海灘のものである。

【中トロ】
Tuna

 鮪は今は油津のものがよいとのこと。
 若めの鮪は、爽やかでかろやかな食感が特徴的。

【赤貝】
Akagai

 赤貝は東北のものが入手困難になってしまったため、九州は豊後湾からのもの。
 それでも十分に肉厚で、噛みしめると海そのものの味が迫ってくる。

【雲丹】
Urchin

 雲丹はまだ旨みの乗り始めのころなので、シャリにたっぷり載せて、いつもよりタワーが高め。崩れぬように小椀に乗せているのも新機軸のようである。

 定番の穴子でしめて、追加で赤貝紐巻きをもらった。
 春は鯛と貝が旬だそうで、たしかにそれらも美味かったが、他のネタもまた十分に旨みの利いたシャリとのバランスがよく、安春計の鮨を堪能することができた。

 店主は震災後10日ほどして築地に仕入れに行ったのだが、あまりの閑散ぶりに驚いたそうである。震災の影響はまだまだ深刻なようだけど、それにもかかわらず美味い魚は日本中泳いでいて、そして美味い鮨もある。
 九州はまだよいとして、関東は大変なようだが、それでも美味い鮨文化はずっと継承していってもらいたいと、鮨好きの一員としてそう思う。

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April 07, 2011

人類とともにソメイヨシノは滅びる

1


 桜の品種は多いけれど、春の桜はいつのまにかソメイヨシノということになっている。
 ソメイヨシノは、花が葉よりも先に出て満開となることと、花弁が大きいことの二つの特徴をもっており、そのため満開のときは、樹が花に満ちる華やかな姿となることから、春のめでたさの象徴となり、日本全国に植えられることになった。

 ソメイヨシノはまさに「見る」ためだけの観賞植物であり、特殊な桜でもある。あくまでも観賞用の特化した桜であり、それ以外の力には乏しく、なんといってもソメイヨシノは自種で交配することは出来ず、すなわち自分の種をつくることが出来ない。
 種をつくれないということは、自分の子孫を残せないということであり、じっさいソメイヨシノは、純系の一種しか存在しない。今あるソメイヨシノは元は一本であり、日本中にあるソメイヨシノは全て同じものなのである。

 結実した種を使って子孫を増やすことが出来ない以上、ソメイヨシノがどうやって数を増やしていったかといえば、これは全て人間がいちいち山なり庭なり公園なりに枝を挿すか接ぐかして育てた結果なのである。他の植物のように種を動物や鳥が運んで行って、自然に増えていったものではない。

 そしてまたソメイヨシノは極めて人工的な植物ゆえ、病弱でもある。寿命はもって100年程度とされており、ソメイヨシノの老木というものは存在しない。
 ソメイヨシノは人間が植え、人間が面倒をみないと、育つことも花を咲かせることもない、その存在がすべて人間にかかっているという植物なのである。

 春の夜など、満開のソメイヨシノは妖しいばかりの美しさを見せ、その美しさに魅了されて、人はソメイヨシノをずっと育て続けてきた。桜を愛でる人によって、ソメイヨシノも栄えて来たのである。

 ただ、この共栄関係も永遠には続かない。

 現在地球の上で活発な活動を行っている人類も、やがては種の寿命は確実に来る。人類が滅亡する日、その日を迎えてから、ソメイヨシノは一本一本と数を減らしていき、100年ほどすれば最後の花が落ちたのち、最後の樹が枯れ、そして永久に地球から姿を消す。
 人類が愛したソメイヨシノは、人類とともに滅ぶのであり、それはまさに人類の弔花として用意されたもののようにも思えてしまう。

 私はその日を迎えることはないが、…しかしその最後に咲くソメイヨシノは、今咲いている、今見ることのできる花そのものでもある。

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April 03, 2011

延岡桜見ポタリング

 急に暖かくなってきて、桜の花が一斉に咲きだした。桜の名所に行くのもよいが、名も知らぬようなところに咲く花を見るのもまたおつなものと思い、自転車で散策して、それらを訪ねてみることにした。

【大瀬川】
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 鮎が獲れることで有名な大瀬川。川に沿ってぽつぽつと桜の木がある。

【沖田ダム手前】
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 ダムの周りには桜が植えられていることが多いので、沖田ダムを目指すことにする。沖田ダムの手前に花が満開に咲いている小さな公園のようなものがあったので、そこに寄ってみた。これは見事な咲き具合だ。

【沖田ダム】
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 坂を登って沖田ダムまで行ったが、桜はほとんどなかった。
 水上公園には一本だけ桜が植えられており、せっかくダムまで来たので一枚写真を撮る。

【日枝神社】
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 沖田ダムからは土々呂に向かう広域農道を走った。その途中に小さな神社があり、名前を調べると日枝神社であった。

【土々呂 公民館前】
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 土々呂港を望む高台に公民館があって、そこに桜が植えられていた。
 右側に海と港が写っているのだが、やや分かりにくいか。

【土々呂 稲荷神社】
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 今のところを少し海側に下ったところに、稲荷神社があった。
 稲荷神社の赤い鳥居とピンクの花のコントラストがなかなかよろしい。

【土々呂駅】
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 土々呂駅の前には一本桜の木があり、これがけっこう年期の入った、味わいある桜の木であった。

【広域農道】
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 土々呂を過ぎ、門川ICのところから日向に向かう広域農道はよく整備されており、かつ自動車がほとんど通らないことから、自転車で走るのに非常に気持ちのよい道である。ここを使い日向へと抜けた。

【道の駅 東郷】
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 日向からは国道327号線で北郷へと向かう。
 道の駅東郷には立派な枝垂れ桜があるのだけど、まだ花は咲いていなかった。
 後ろに見える山は、冠岳である。

【大内原ダム】
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 耳川につくられた大内原ダムのほとりには桜がずらりと植えられていて、このカーブの具合といい、湖面にうつる桜の色といい、けっこう見事な風景だ。

【和田峠前でパンク】
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 桜を見ながらのお気楽ポタリングであったが、お気楽に走っていてもパンクはする。和田峠を越える少し手前で、石を踏んだせいでタイヤがバースト。やれやれといった気分で、パーキングエリアでパンクの修理を行うことになった。
 私がパンクを修理している途中、停車して「大丈夫ですかあ~。何か手伝いましょうか」と言ってきた車が2台あった。どちらも軽トラで、明らかに地元民仕様である。この界隈の人たちって、親切な人が多いみたい。
 フレンチバルブ式のフロアポンプとかを装備している人なら、すごく役に立つのだろうけど、そういうことはまずないので、「いや、心配かけてすみません。パンク修理なのですぐ終わりますから」とか言って、気持ちだけいただいておく。

【宇納間神社】
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 パンク修理を終えて和田峠を越えた先は宇納間神社。
 桜はほどよい咲き加減であった。

 宇納間神社からは北方経由で延岡へと帰った。
 今日は小雨が降る、あまりよいコンディションの日ではなかったが、それでも走っていて寒くはなく、ようやくサイクリングシーズンの到来である。

 …………………………………
 本日の走行距離 111.7km


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April 02, 2011

行縢山のミツバツツジ

 4月始めはミツバツツジが咲きだす頃なので、行縢山に登ってみた。

【行縢の滝】
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 滝見橋から見る行縢の滝は、水の量が少なく、壁に伝わる程度の水しか落ちてこない。近頃雨の少ない日が続き、水不足が深刻になってきたと報道されていたが、それは滝に如実に表れていた。

【ミツバツツジ】
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【ミツバツツジ:近写】
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 さっそく尾根でミツバツツジが咲いていた。
 ミツバツツジはアケボノツツジのような華やかさはないけれど、そのぶん可憐な魅力がある。

【行縢の滝 2】
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 ミツバツツジを見た後は、アケボノツツジの開花ぐあいはどうであろうかと、雌岳への稜線まで登り観察してみたが、まだ蕾もついていなかった。開花はあと2週間後くらいであろうか。
 稜線上には行縢の滝を見下ろす、絶好の展望台がある。上から見ても、やはり滝の水は少なかった。…当たり前だが。

 その後は雌岳まで登り、県民の森を経由して下山。
 ぶらぶらと山を歩くのに、ほんとうに適した山である。

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恐怖:クレーの絵 and 津波実況中継

 パウル・クレーの絵は夢想的、夢幻的なメルヘンチックなものがよく知られているけど、けっこう恐い絵も描いている。
 その恐い絵のなかに、神経を直接キリキリと締めあげるような絵が一枚あって、最初に見たときから、印象深く心に残っている。その絵には、「恐怖」の感情が満ち、「恐怖」の叫び声が聞こえそうな迫真性があり、そして題名もそのまま「恐怖」となっている。
 この絵である。

【クレー作 「恐怖」】
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 この絵において、恐怖の叫び声を上げているのは、絵のなかの一点、赤い筋が入った小さな球状の物体なのであるが、形態からして受精卵にしか見えず、すなわちこれは生命の最も根源的な姿である。
 その生命が、今もはや逃げ場もないところに追い詰められている。彼を襲っているのは右方から迫って来る、矢印をつけた、多数の触手のようなものであり、そこには無限の悪意、あるいは無限の暴力が感じられる。
 逃げ場もないところで、己の生命が断たれる時間が確実に迫って来ることの、恐怖、そして絶望が、このシンプルにして整然とした絵からひしひしと伝わって来る。クレーの芸のすごさだ。

 クレーは晩年病気とナチスの迫害に苦しめられ、その感情がこの絵の迫真性になんらかの関わりはあるにちがいはない。


 さて、この種の恐怖について、映像を一つ紹介したい。
 見ると、笑ってはいけないと思いつも、つい笑ってしまうのだが、…まあ撮影者は助かったのが最初から分かっているから、それでいいか。
 この動画は今回の大震災の津波を実況中継したもので、最初は津波 キタ━(゚∀゚)━ !!!!! と面白がって部屋から撮影していたのだが、津波はあまりに早く襲来し、あっという間に家の周りも海水で埋まってしまう。のっぴきならぬ事態に撮影者はうろたえ、死の恐怖に声が裏返ってしまう。余裕から恐怖への、この気持の切り替わりのリアルさは、リアルなものだからとしか言いようがなく、そして滅多に記録に残るものでもなく、まさに貴重な映像である。
 撮影者は、しかし精神力と生命力はたいしたものであり、そんな危機的状況でも実況中継は続け、飼い犬まで救助している。将来は大物になる可能性高いなあ。

【東日本大震災 3月11日地震後の津波】

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April 01, 2011

人々ごとの3月11日

 日本にとっては悪夢のような3月があけて、ようやく4月になったわけだが、まだまだ難題が山積しており、事態の収拾の目途はまだたっていないというのが現実である。

 それにしても思い起こすに2001年9月11日、NHKの夜のニュースを見ていたら、冒頭でツインタワーの火災を生中継していた。するとまたもリアルタイムで飛行機が突入するところが中継され、やがて数時間がたちビルが崩壊する映像が流れた。そのときは、「一体何が起きているんだろう。世界は大丈夫なのか」という不安とともに、自分の人生でこれほどまでに凄い映像は見ることはもうないだろうなという感想を持ったのであるが、それから10年もたたぬうちに、それ以上の衝撃を受ける映像を見るとはまさか思いもしなかった。

 2011年3月11日、仕事中に津波警報を告げる戸外のマイクでの放送が響いたことから、テレビをつけて見ると、NHKでは大津波に、田が、家が、人が、車が、街そのものが流される光景が映っていた。息をのまざるを得ない光景であった。健気に生きて来た人々が、営々と築きあげてきた人々の生活が、一瞬にして濁流にのまれ、無と化していく、おそるべき光景。
 そしてその映像を見ていて、私が、私たちが心に深く刻まれた感情は、無常感であり、無力感であった。


 あの震災から3週間が経つ。
 911が起きて、世界がそれ以前の世界に二度と戻れなくなり、新たなものとなったように、311の後、日本は確実に変わった。良い方向か悪い方向かは分からないにせよ、政治、経済、流通、福祉、医療等、全ては変わらざるを得なく、311の前の日本に戻ることはあり得ない。

 そして、社会と同様に、あの光景を見た私たちも、たとえ震災に直接の被害を受けていなくとも、もはや以前の自分には戻れない。
 この世のなかに厳として存在する「圧倒的な存在」を現実にみたとき、私たちは自分たちがあまりに弱々しい存在であることを思い知らざるを得なかった。311を過ぎ、私たちはそのことを常に心にしまったまま生きていくことになるであろう。

 …そして、3日続けての話になるが、そのような弱々しい存在の自分が、ここに生きていることの幸運を感じ、日々を誠実に生きていくことこそが、その幸運な自分たちの務めであると、私には思える。


 あの3月11日、その日なにを思い、その日どう行動したか、そして、その後なにを思い、どう行動していったか。
 人々の数だけある3月11日、いつかは誰かと、思い出として、静かに語り合いたいものだ。

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