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April 01, 2011

人々ごとの3月11日

 日本にとっては悪夢のような3月があけて、ようやく4月になったわけだが、まだまだ難題が山積しており、事態の収拾の目途はまだたっていないというのが現実である。

 それにしても思い起こすに2001年9月11日、NHKの夜のニュースを見ていたら、冒頭でツインタワーの火災を生中継していた。するとまたもリアルタイムで飛行機が突入するところが中継され、やがて数時間がたちビルが崩壊する映像が流れた。そのときは、「一体何が起きているんだろう。世界は大丈夫なのか」という不安とともに、自分の人生でこれほどまでに凄い映像は見ることはもうないだろうなという感想を持ったのであるが、それから10年もたたぬうちに、それ以上の衝撃を受ける映像を見るとはまさか思いもしなかった。

 2011年3月11日、仕事中に津波警報を告げる戸外のマイクでの放送が響いたことから、テレビをつけて見ると、NHKでは大津波に、田が、家が、人が、車が、街そのものが流される光景が映っていた。息をのまざるを得ない光景であった。健気に生きて来た人々が、営々と築きあげてきた人々の生活が、一瞬にして濁流にのまれ、無と化していく、おそるべき光景。
 そしてその映像を見ていて、私が、私たちが心に深く刻まれた感情は、無常感であり、無力感であった。


 あの震災から3週間が経つ。
 911が起きて、世界がそれ以前の世界に二度と戻れなくなり、新たなものとなったように、311の後、日本は確実に変わった。良い方向か悪い方向かは分からないにせよ、政治、経済、流通、福祉、医療等、全ては変わらざるを得なく、311の前の日本に戻ることはあり得ない。

 そして、社会と同様に、あの光景を見た私たちも、たとえ震災に直接の被害を受けていなくとも、もはや以前の自分には戻れない。
 この世のなかに厳として存在する「圧倒的な存在」を現実にみたとき、私たちは自分たちがあまりに弱々しい存在であることを思い知らざるを得なかった。311を過ぎ、私たちはそのことを常に心にしまったまま生きていくことになるであろう。

 …そして、3日続けての話になるが、そのような弱々しい存在の自分が、ここに生きていることの幸運を感じ、日々を誠実に生きていくことこそが、その幸運な自分たちの務めであると、私には思える。


 あの3月11日、その日なにを思い、その日どう行動したか、そして、その後なにを思い、どう行動していったか。
 人々の数だけある3月11日、いつかは誰かと、思い出として、静かに語り合いたいものだ。

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Comments

>あの3月11日、その日なにを思い、その日どう行動したか

9/11直後にそのテーマで書かれた”Where Were You When the World Stopped Turning”という曲があります。すばらしい曲でした。

その後に出てきた様々な好戦的な曲とは一線を画していたと思います。

Posted by: AB | April 01, 2011 11:50 PM

いい曲の紹介ありがとう。
まさにあの911は世界が止まった日(直訳的に「地球の回転が止まった」と訳すのが正しいのかな?)でした。
そして、この歌で謳われている、呆然とする人々、愛する人を亡くした人々、理不尽な被災に対する怒り、己の職務を果たして死んだ英雄たちへの誇りと自省、生き残った人々の故なき罪悪感、…日本の311と、そのまんまですねえ。

ただ、この歌聞いていると、神のいる民族は強いなと思います。想像し得る最悪のときにでも、確かな精神的支柱があれば、なんとかなると。 
歌のキモは、Jesus gave us and the greatest is love のところでしょうけど、ここまで言いきれることの誇りも、またすごいことに思えます。

(私もじつのところJesusのすごいところはそこと思ってはいますが。あと、CNNとイラン・イラクの繰り返しはうっとうしい。)

そして、また日本人の大きな精神的ショックも、根は同じなのでは。

日本は天災は多いとこでしたけど、近代の日本人は、自然は愛らしく、豊かであり、その自然に包まれて生きていました。母なる自然への信仰はずっと心のベースにあったと思います。
それが、今回の惨劇で、自然とは禍々しく災いをもたらすものと知り、まるで神を失ったような喪失感、絶望感をもったのではと思います。
その悲愴な感覚から、今にいたる粛々モードに突っ込んでしまったのでしょう。

…まあ、AB君なら、「日本の神は本来は荒ぶる神なんで、今度の『神』は、まさにそれそのものでしょう」とか突っ込むような気もしますが、しかし今回の「神の仕業」はやっぱりショックだったよ。

Posted by: 管理人 | April 02, 2011 10:34 PM

 自然って、美しく、人を癒して元気にしてくれ、豊かにしてくれる半面、手のつけようがない荒れ狂う一面と両極端ですね。
  霧島の道路を車で走ると、四季折々の花に
ほっと和まされながらも(今ここで土石流が来たら・・・)などと 今までなら 考えもしないような不安にかられることもあります。
 登山等の時は くれぐれも お気を付けて。
でも、たくさん元気をもらって下さい。

Posted by: ホワイトアスパラガス | April 03, 2011 10:24 AM

私たちが日々過ごしているのは、自然のおかげであることはまちがいなく、いいか悪いかでいえば、自然は圧倒的にいいものなのですけど、自然はべつに人間を養っているためにあるわけでもないんですよね。
今回の大地震、地球の自然にとっては局地のものであり、敢えて言えば地球のクシャミ程度に過ぎなかったのだったんでしょうけど、その影響はあまりに甚大でした。
私たちは、大きな存在である自然の好意によって生かされていることを心に止め、感謝と警戒をつねにもっておく必要がありそうです。

…そして登山というものも、まさに山への感謝と警戒のスポーツであります。

Posted by: 管理人 | April 04, 2011 08:18 PM

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