八百長するのはいいとして、文書に残してはいかんだろう and 本因坊道知の話
相撲界の八百長問題が深刻化しており、本場所の開催も中止となってしまい、今後の再開の見通しがまったく立たないとのことである。
ああいった狭い閉鎖社会で為される勝負ごとは、体制そのものに八百長が組み入れているのは誰しも容易に理解できることである。そして八百長とは個人のやり取りである以上、それを立証するのは不可能なはずで、本来は今までのように八百長が明るみにでかけたとしても知らぬ存ぜぬですませてよい問題であったはずだ。
しかしながら、今回の騒動では当該力士たちは携帯メールでの文書という、確固たる物的証拠を残してしまったため、八百長の実在が証明されてしまい、事態の収拾が困難になってしまった次第。
まったく八百長するのはいいとして、文章に残してはいかんだろう、口頭でやれよ、口頭で、と相撲界上層部はおおいに嘆いたことであろう。
私からしても、相撲界を根幹から揺るがしかねない情報を、文書に残してやり取りしていた力士たちをみると、失礼ながら「大男総身に知恵がまわりかね」という諺を思いだしてしまう。
相撲界はどうやって八百長問題にけりをつけて興業を再開するのか、その方策については、皆目見当つかないが、おそらくはさらに相撲人気が下がる方法がとられて、事態は収拾されることになるであろう。
さて、相撲業界がプロ組織化されたのは江戸時代までさかのぼり、非常に歴史のある業界である。
そして江戸時代にプロ組織が確立した勝負師たちの団体には、あと二つ「囲碁」と「将棋」がある。この二つも相撲界同様に狭い社会だったので、八百長は当然横行していたはずだが、当たり前のことながら八百長の証拠文書などほとんど残っておらず詳細は不明である。
ただし、ただ一つ、囲碁界において八百長を示す文章が残っていて、それがけっこう面白い。
その話を紹介してみる。
囲碁において史上最強の棋士は誰かといえば、今から300年ほど前、元禄時代に活躍した本因坊道策ということになっている。
同じく相撲においては史上最強の力士は誰かといえば「雷電」と誰もが言うが、ただし雷電については取組のビデオが残っているわけでもなく、本当の強さは不明であり、史上最強の力士というのはあくまでも伝説である。
それに対して囲碁は「棋譜」というものが残っており、本因坊道策がどのような碁を打ったかは、そのままの形で今に伝わっている。そして道策の時代から300年が過ぎ、囲碁の戦術も相当に進歩したはずなのに、道策の碁を並べた現代の棋士たちは、トップレベルの棋士でさえも「道策先生にはとても敵いません」と言う、それくらいに強い人なのである。
囲碁というものは紀元前からあったゲームだが、天才棋士道策はそれに革命的な改革を加え、囲碁の技術を飛躍的に向上させた。これ以後、囲碁は魅力を格段に増大させ、この世の最高のボードゲームというべきものになった。道策は、囲碁の中興の祖、近代囲碁の創設者、とでもいうべき人物なのであり、ものすごく強くて、まあ当たりまえなのである。
ちなみに囲碁は昔から中国、朝鮮、日本で打たれており、30年ほど前まではそのなかで日本が圧倒的に強かった。なぜかといえば道策先生が日本の囲碁のレベルをぐんと上げ、本因坊家、その他の家元たちが、その流れを引き継ぎ切磋琢磨してきたからである。
その史上最強の棋士本因坊道策が後継者として選んだのが、天才少年本因坊道知である。道知は道策の眼力通りの成長を示し、他の家元を圧倒して、棋界を統率する名人になる。
そして、この本因坊道知、じつは道策よりも強かったのではないだろうか? と昔からずっと言われている。
…長くなったので、本因坊道知と八百長の話は、次回にて。
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