アイスクライミングとイヴォン・シュイナード
垂直に聳え立つ氷壁を登るアイスクライミングは、とても歴史の新しいスポーツである。
1960年代前半まで、そのようなスポーツはこの世に存在しなかった。
なぜ存在しなかったかと言いきれるかと言えば、それまでそんな氷壁を登る道具がこの世になかったからである。
1960年代のトップレベルのクライマーであったイヴォン・シュイナード氏は、氷壁の傾斜がきつくなり70度を超えると、いくら技術を磨いても、登攀は不可能になる、アイスクライミングの問題点に直面していた。
彼は道具を改良することによって、それは可能になると信じた。彼は鍛冶を独学で学び、アイスクライミング道具を自作していった。その道具は革新的な改良が加えられており、遂には垂直の氷壁を登攀することが可能となった。
イヴォン・シュイナード氏はその道具をひっさげ、次々と難攻不落と思われていた各地の氷壁の登攀に成功する。
氏は各地の氷壁を訪れながらも、道具の改良を重ねていき、持ち運び式の炉で鉄を焼き、車のトランクでそれを鍛え、道具を作っていった。そしてイヴォン・シュイナード氏のクライミングの道具は性能がよく、マニアからは非常に評価の高いものとなっていった。
ただし、世の中にはアイスクライミングとか先鋭的なクライミングのマニアは絶対数が少なく、買い手の数は知れたものであり、それは商売になるようなものではなく、氏は旅のなかで極貧の生活を続けていった。食べるものにもことかき、シマリスやアライグマを捕えて飢えをしのぐことも度々であった。そのころの最高のご馳走は、安い値段で買える期限切れのキャットフードであったそうだ。
それから数十年がたち、イヴォン・シュイナード氏は今も現役のクライマーであるが、さすがにもうキャットフードを食べていることはないだろう。
なぜなら氏の主催するクライミング道具作成の工房は、だんだんと規模を広げ、今ではパタゴニアという年商2億7500万ドルの大会社になっているからだ。
パタゴニアはクライミング道具も売っているが、ファッションセンスあふれるウェアのほうで有名で、売り上げの大半はそれによっている。
会社の元となった、イヴォン・シュイナード氏が考案し改良してきたアイスクライミングの用具は、今も昔もまったく儲けをだしていない。なぜなら、いまだにアイスクライミングはマイナーなスポーツであり、需要があまりに少ないからである。
しかしイヴォン・シュイナード氏は、そのようなものこそ自分が売りたいものであり、これからも作り続け、売り続けていくそうだ。
パタゴニアは、近頃はエコとか街中ファッションウエアのほうが有名なようであるが、じつはこういう熱い会社なのである。
…………………………………
(1) 記事中の内容は、おもに「エヴェレストより高い山」より。
(2)イヴォン・シュイナード氏の若き冒険を描いた映画「180°SOUTH」が今日本で公開されているけど、さて九州ではどこで上映されるのであろうか。やっぱり福岡のKBCシネマか?
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Comments
小学生くらいの頃、見に行った映画の併映で15分くらいの短編映画ありました。この映画は台詞無しの延々と雪山を登る映画でありまして、最後にオーバーハングを登り終え、雪原を歩き去っていくという内容だったのです。
非常に印象に残っている映画なのです。が、、時々思い出したように検索するのですけど、まだ題名も見つかりません。ご存知ないですよね。
Posted by: AB | January 26, 2011 11:40 PM
映画ミステリですね。その条件からは
(1)1970年代に公開された映画である。
(2)熊本の規模の都市で公開されたからには、それなりにメジャーな映画である
(3)台詞がないというからには、ドキュメンタリータッチの映画である
の3つは最低満たされないといけないわけですが、
…そういう映画は私は、「星にのばされたザイル」くらいしか知らないなあ。
ただし「星にのばされたザイル」は、短編を集めたものとはいえ、1時間は越える映画だから違うのかな。
メジャーな映画でなかったら、例えば長谷川恒夫の「氷壁の壁」みたいなドキュメンタリーを、一部映画館でサービスで上映したようなものかもしれない。ドキュメンタリーだと、無数にあるから、ま、分からんですね。
とりあえず、「星にのばされたザイル」の紹介。
↓
http://www.youtube.com/watch?v=mPHFBOF6D-4
ところで、南九州では霧島がえらいことになっているみたい。
延岡は平穏無事だけど、そっちはけっこう空振とか、降灰とかあるんじゃないの?
Posted by: 管理人 | January 27, 2011 10:10 PM
いろいろどうもです。
「星にのばされたザイル」はいくつか見ましたが雰囲気が違います。
私の見た映画は単独行でした。映画では黙々と一人で登っていましたが、これを撮る人はもっと大変だったろうなと後から思いました。一緒に見た父は「別ルートから行って準備していたのではないか?」とか言ってましたが、その当時「は別ルートから行ける道があれば、そっちを通れば良いのに」と思ったもんでしたね。
火山灰はほとんど感じません。実際、えびの、人吉で止まってるみたいですよ。
Posted by: AB | January 28, 2011 08:50 PM