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November 30, 2010

秋の怖い絵

Beksinsky


 紅葉の樹々をみると、ついつい思いだしてしまう絵がある。
 ほんとは思いだしたくないんだけど、そのあまりのインパクトの強さから、紅葉の風景が、強制的にその絵の記憶を喚起してしまう。
 もちろん冒頭に示した絵のことなのであるが、なんとも不気味な、神経を逆なでするような、怖い絵である。

 森の樹々は紅葉の盛りである。葉は全て赤く染めあがり、一枚一枚が融合して、枝ごとにかたまりとなり、木とは別の生き物のようになっている。時は夕刻にせまり、その夕日を浴びた樹々の葉はさらに赤みを増して、いまにも血がしたたりそうなまでの壮絶な赤にかわりつつある。なにか嫌なこと、なにか不穏なことが起きる、そういう予感を内包した森。

 そんな雰囲気の森のなか、異形の生首が浮かんでいる。
 その顔、肌の色、目の色からして、この生首は、生者のものではなく、しかし死者のものでもない。この生首は、絵を眺める人への、絵総体のメッセージである。
 眺める者を正面から見つめるその緑の目、表情は、明らかに悪意を告げている。
 この世には、理由もなしに人を不幸にしてしまおうという、純粋な悪意が確と存在しているが、この生首が絵と正対している人に告げる感情は、もっともそれに近いものだ。
 誰もこの絵を見て、温かさとか、慰めとか、愛しさとか、そういう正のものは感じないであろう。感じるのは、突き刺さってくるような、鋭い感情、じっと見ていると自分が不幸になってしまうと思うような、そんな悪意である。

 「怖い絵」は数多けれど、こういう神経をキリキリ締めあげるような、心を痛めるような「怖い絵」はそうはない。
 かなりの秀作に思える。


 …ただこの絵、森の描写も、それに生首の描写も「怖さ」の表現において卓越したものがあると思うが、どうも絵全体としては、両者の存在の必然性があるようには思えないんだよなあ。
 この生首は、この赤く染まった森でなくとも、例えば、廃墟とか、孤島とか、古井戸の上とか、いろいろな「怖い絵」に出て来る場面を背景にしても、十分に絵として成り立つ気がする。
 それどころか、生首、森、一つずつ取り出して絵にしても、それで立派な完成品になるとも思える。

 絵の作者はポーランド出身のズシスワン・ベクシンスキー(Zdzislaw Beksinski)。技法もモチーフも素晴らしいものを持っている画家だけど、いまだにメジャーな存在になっていないのは、そういったところの弱さにも原因があるのではと、私は思っている。

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