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August 20, 2010

映画:借りぐらしのアリエッティ

 この世の中には小人(コビト)が住んでいて、その小人には2種類がある。
 一つは野生のなかで狩猟生活をやっているもの。もう一つは人間の家のなかで暮らし、人間の使っているものを盗んで生活しているもの。野ネズミと家ネズミみたいなものか。

 人間の家で暮らしているものは、人間に見つかると家を追い出されるか、あるいは自主的に逃げて行くしかないわけで、家の中での生活必需品の狩り(これを「借り」と称している)は繊細な注意と卓越した技術が必要になる。
 映画は、14歳になって初めて家での狩りに出かける少女アリエッティの冒険から本筋が始まる。小人族の家での探検の技術は確かなもので、そのロープワークや登攀技術は一流のクライマー以上のものである。(支点一つで人間換算でワンピッチ100mを超すクライミングが出来るようなやつは、人間界にはまずいない)
 この小人の冒険のシーンで、小人の目から見る家の風景。全てが巨大に映り、日常見慣れたものが、視点が変わることにより、ここまで妖しくも不思議なものに変わるのかと感心するほどの幻想的なシーンで、これはこの映画の最大級の見どころであろう。

 健気に、逞しく生きる小人族に対して、家に住む人間たちは、あんまり好感はもてない。
 妙に大人びて、ひねた考えの主人公の少年は、重い病気を患っているから仕方ないとはいえ、あまりに考えが厭世的。周りで暮らしていた同族がどんどん去っていき、種の絶滅に怯えている小人に対して、「君らは絶滅する種族なんだから」と言い放つ、その傲慢さと無遠慮さは、…少年らしいといえば少年らしいか。
 その主人公を家で療養させている大叔母は、病弱な子供の前でその母親の悪口を言うデリカシーのなさ。
 通いの家政婦は、小人らを見つけると、弱いものいじめとしか思ないような熱意をもって、駆除にやっきとなる。まあ、床の下に住んでいて、家の細々したものを盗んでいるのが、ああいう可愛い小人なので、私らの感覚からすると、家政婦はやり過ぎのような気もするが、その盗人がトカゲとか大ネズミとかの、禍々しいものだったら、私だって駆除に懸命になるよなあ、とかも思った。

 これらの人間との共生をあきらめて、アリエッティらは、新たに見つけた小人の一人とともに新天地を求め去っていく。
 その決意がアリエッティの真の成長であり、本当の物語はそこから始まるのであろう。そして次はもう「借り暮らし」はやめて、新たな仲間とともに自然のなかで暮らすことになるのだろうな。
 アリエッティの種族が絶滅の危機に瀕しているのは、「人間とともに暮らす」ことを選択してしまったからであり、今度のことでそのことはもう十分に悟ったであろうから。

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 借りぐらしのアリエッティ 公式サイト

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