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August 05, 2010

無量塔オーナー 藤林晃司氏の逝去を悼む

 私は一時期旅館めぐりに凝っていたことがあり、日本全国の有名な旅館を訪ね歩いた経験がある。それぞれの旅館には、さすがに名前が響くだけある、独自の良さと特徴があり、いろいろと「旅館の文化」というものを学ばせていただいた。

 そしてそれらの旅館を訪ね歩くうち、自分の本当に求めている宿とは、「自分の人生の傍らに常にその旅館があってほしい。人生の節目のときに必ず訪れて、自分とともに、旅館も成長してく、そういう宿」というのが分かってきた。
 旅館はただの泊まる場所ではない。泊まる人と同じように、年月とともに、人の思いに応えて、姿を変えていく、そういう生きているものである。


 「無量塔」はけっこう付き合いの長い旅館であり、中年になってからの私の傍らにある旅館である。
 惜しむらくは最初に訪れた段階で、無量塔は圧倒的な完成度と存在感を示しており、私よりはるかに成長・成熟している宿であった。この成熟度に追いつくには私はまだまだ歳を取らないといけないようだが、とはいえ、それはそれで私のいい目標とはなり、これからもつきあっていきたい宿である。

 「無量塔」の魅力は、なによりも濃密で重たい、「空間」と「時間」の演出である。この宿に泊まった人は、誰しもそこに日常とは異なる空間が存在し、密度の濃い時間が流れていることを感じる。
 この特殊な「空間」「時間」を演出するために、オーナーは懸命に考えに考え抜き、独自の感性を磨きあげたのち、宿は見事なレベルで完成した。

 宿の「形」が出来たのちも、オーナーはそれに魂を吹き込むべく、常に陣頭指揮を取って従業員を動かして、宿をより高次の存在にすべく努力してきた。
 無量塔の魅力の第一は、すなわちオーナーの努力の賜物であった。

 オーナー藤林氏は、無量塔では朝によく姿をみかけることがあり、何度か挨拶をしたことがあるが、お洒落でセンスのいい人であり、ダンディな中年であった。

 藤林晃司氏、平成22年7月26日没、享年57歳。
 近年体調はすぐれなかったそうだが、それでも早すぎる死であろう。
 周囲の者も藤林氏の早すぎる死に、まだ動揺が収まらないとのことである。


 思うに、人生とは、なによりも愉しむべきものである。
 
 本来面白くも愉しくもない人生において、人は懸命に愉しむべき努力をせねばならない。
 その人生の愉しみのための「空間」「時間」、それを現実に用意立ててくれる人は、とても貴重な存在である。
 藤林氏は、その貴重な存在であった。

 藤林氏の早すぎる逝去を心より悼み、近いうちに無量塔に線香の一本でも手向けに行こうかなと思っている。

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