読書:死刑絶対肯定論 (著) 美濃大和
死刑の絶対的必要性を、塀の中の無期懲役囚が説く一種の奇書。
著者は最も刑罰の重い囚人が服役する刑務所に長く住んでいることから、数多くの無期懲役囚,死刑囚と接しており、持ち前の好奇心から、彼らへの獄中インタビュー(みたいなもの)を行っている。その結果から、著者はこういった罪を犯す者たちに対して、その悪しき人間性に絶望している。
無期懲役囚たちは、まず間違いなく人を殺しているわけだが、その行為に対してほとんどの者はまったく反省をしていない。どころか、盗みにいってそれを阻止しようとした者を殺した場合など、そいつのせいで自分は人殺しになってしまったと逆恨みをするしまつ。彼らの考えていることは、早くシャバに出ること、シャバに出て楽な生活をすることであり、被害者に対しての贖罪感など、つゆほどもない。
刑務所という施設は今の日本では、犯罪者の矯正には全く役に立っていない。どころか、少しはまともな人達も、朱に交われば赤くなるとの諺通りに、極悪人どもに囲まれて暮らしているあいだに、同様の悪者になってしまう。
だから、彼らは仮釈放されたのち、多くの者はまた犯罪を犯してしまう。
塀の外で理想論をただ語っている人権派の人々の言葉と違い、ナマの現場を知り尽くしている著者の言葉は、じつに説得力がある。
著者が、しかし、それらの犯罪者のなかで、数は少ないけど、真に自分の犯罪を悔い反省をしている部類の者がいると言う。彼らの多くは、死刑囚である。
死刑囚というのはいつ絞首台に登るか分からなく、常に自分の死を考えておかないといけない。強制的に与えられる死は怖く、残酷である。その死の正体を知ったとき、彼らは初めて自分が他人に死を強いたことが、いかに非道なことであったかを思い知るそうだ。
人々は犯罪者を裁いたとき、刑罰を科すことにより、彼らが反省と贖罪をすることを望む。それこそが、人が人を裁く「刑罰」の真の存在意義であろう。
しかしながら、現実は著者の言うごとく、ほとんどの者は反省などしない。
犯罪者が本当に反省と贖罪をし、すなわち人間に戻るためには、「死刑」が絶対的に必要である。死刑は世のためであり、そして犯罪者自身のためでもある。著者は死刑の存在意義を熱く説く。
死刑廃止論はいつもあるのだが、著者のこの説得力のある主張を論破できるような意見は、まあ存在しえないであろう。
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死刑絶対肯定論
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